竹簡(ちくかん)
紙が出来る前に使われてた物です。
紙が使われるようになってからも使われていたそうです。
竹を紐で繋げて巻物みたいに丸めてるあれです。
なんとなく諸葛亮が持ってるイメージがあるあれです。
竹ではなく木で作られた木簡というのもあるそうです。
歴史書の事を青史と呼ぶのは、竹が青いかららしいです。
招集
曹操が女の子だった!
そんなよくわからない世界にやって来て1ヶ月が経った。
可愛い女の子とひとつ屋根の下、ドッキドキの桃色生活を満喫するぜ!!──なんて事があるわけもなく。
「一刀、お茶を持ってきてちょうだい」「はい!」
「一刀、これをしまって来て」「はい!」
「一刀、厠の掃除が不十分だったわ。今すぐやり直しなさい」「はい!」
「一刀、お茶請けが無くなってるわ。買ってきなさい」「はい!」
「一刀」「はい!!!」
毎日華琳にパシられていた。
「一刀。これから出るわ。着いて来なさい」
「どこに行くんだ?」
「兵を募ってると言ったでしょ?準備が整ったからこれから合流するのよ」
目を通すようにと渡された竹簡を歩きながら見る。(やめよう!歩き竹簡!)
少しずつ、なんとなくではあるが読めるようになってきたこの時代の文字が、竹簡にはズラっと書かれていた。
これは全て今回集められた兵士の主な人物の名前だそうだ。
聞けば一般の募集以外にも、元々父親、曹嵩さんを慕ってる人やその親族の方達が華琳の将兵として集まったらしい。
その中にはやはり夏侯惇、夏侯淵の名前もあった。
華琳の後ろを歩きながら竹簡の中に知ってる名前はないかなと探していると、前方から大きな声が聞こえてきた。
「華琳様ぁ!!華琳様―――!!!」
大きく手を振りながら猛ダッシュで走ってくる女性。
華琳の前に来ると膝まづいて手を合わせる。いわゆる拱手と言うものだ。
「お久しぶりです、華琳様。此度の挙兵、真に嬉しく存じます」
「よく来てくれたわね、春蘭。貴方と会えて私も私も嬉しいわ。貴方もね、秋蘭」
「華琳様からの招集なのですから、当然です」
春蘭、秋蘭と呼ばれた2人の女性。竹簡にはそんな名前書いて無かったし、華琳ともかなり親しげな感じがするからおそらくこれも真名だろう。先に華琳から真名について聞けていて良かった。
3人が話しているのを後ろから見ていると、片目を髪で隠した女性、秋蘭と呼ばれていた人の目線がこちらに向く。
「華琳様。そちらの方は?見慣れぬ服を着ていますが……」
フランチェスカの制服。俺の一張羅。
この時代には珍しい、というかまず有り得ないデザインの服だ。そんな物を着ている男が後ろにいれば気になるのも当然か。
「あ、えっと、はじめまして。北郷一刀って言います」
2人とも背が高く、スラッとしているのにデカい。おっぱいが。デカい。チャイナドレスから覗く太ももが、エロい。
しかも滅茶苦茶綺麗で、思春期真っ盛りな男の子にはあまりにも近寄り難いというか、華琳とは違った美しさ、凛々しさがあり、緊張してしまう。
「そうね。彼は……ふふ」
華琳が俺の顔を見て笑う。何かを企んでるような、嫌な笑顔だ。
「私の軍の、私の、『最初の将』よ」
なんだか照れくさい。
爺ちゃんから剣道を習ってただけで、対して戦えるわけでもなく、政治が出来るわけでもないが、将と呼ばれたのが、華琳に少しでも認めてもらえてる事が、なんだか嬉しかった。
そんな事を思っていると
ガゴゥン!!!!!
鼻先を何かが掠め、足元から物凄い音がした。
足元を見ると、大きな剣が地面を抉り、深く刺さっている。
鼻の頭にはじわぁっと熱を感じる。
触れてみると指先に血がついていた。
「ぁえ?」
剣の先を辿る。
足元に刺さっている剣の主。
綺麗な黒髪の、春蘭さん。
「貴様ァ……私が……私がなりたかった……華琳様の……最初の将に……何故貴様のような男が居座っている……」
ゆっくりと顔を上げ、俺と目が合う。
その目には、初めて華琳と会った時に向けられた殺意とは比べ物にならない程の怖さがあった。
「その席は……私の座る場所だ……華琳様を誑かした不届き者めが…………たたっ斬ってくれるわァ!!!」
体が勝手に動き出した。
足が。体が。脳のサインよりも早く、逃げろと告げていた。
思考が追いつく前に走り出す。逃げる。逃げる。逃げる。
本気でヤバいと身体中が警戒音を発している。
「逃げるな卑怯者ォ!!!死ね!死んで寄越せェ!!!」
「あげる!あげる!!1番あげる!!貴女が最初で良いから!あげるから!!!」
「あら、一刀は私の最初の将は不満なの?」
「貴様ァァァ!!!!華琳様の最初の将というこれ以上ない栄誉をいらんと言うのか!!!!死んでも守りきらんかァ!!!」
「どっちだよぉ!!!」
「五月蝿い!!死ね!!」
泣きそうになりながら剣を避け、逃げ続ける視界の端に楽しそうに笑う華琳の姿があった。
華琳が楽しそうで俺はなによりですよ……そのせいで死にそうだけどな!!
華琳の余計な一言で激昴し、剣を振り回しながら追いかけてくる。それはもう死そのものだった。
10分くらい死ぬ思いをしながら逃げ続け、ようやく秋蘭さんが必死に抑えてくれて難を逃れられた。
こんなんじゃ命が幾つあっても足りやしない。
そんな事があってから少しして、やっと落ち着いて自己紹介が出来た。まさか俺を殺そうとした人が夏侯惇だとは思いもしなかった。
「一刀も貴方達と同じく私を支える将よ。2人とも、一刀に真名を預けなさい」
「は。秋蘭だ。さっきは姉者がすまなかったな。しかし、あの状態の姉者から逃げ延びるのとは大したものだ」
秋蘭と握手をする。そんなこと褒められても嬉しくないと思ったが、生きてる事が奇跡レベルらしい。ありがとう神様。
「春蘭だ。勘違いするな。お前を認めたわけでは無い。華琳様の命だから真名を許してやるだけだ」
そう言ってフンっと後ろを向いてしまった。
なんだかツンデレっぽいが、その言葉からは棘しか感じない。
秋蘭は兎も角、春蘭とは最悪の出会いとなってしまった。
この先一緒にいて殺されやしないだろうか……
「仲良くしなさいよ。さ、時間をかけてしまったわね」
華琳の後を着いて行くと、華琳の屋敷の門を出た直ぐに、大勢の人が集まっていた。
鎧を着込んで武器を持ってる人。いかにも映画やゲームで見るような文官って感じの服を着た人。端が破れた服に農具を持った人。
様々な人が列を乱すことなく並んでいる。
「皆、よく来てくれたわね。感謝するわ」
華琳が集まった人達―およそ300人―の顔を見渡す。
「朝廷の腐敗、腐った役人、民の暴徒化。皆常に不安に震えていることでしょう」
農兵と言うのだろうか。農具を持った一般志願者達の顔が曇る。
いつ飢え死にするかも分からない。いつ盗賊に襲われるかも分からない。そんな不安を抱えて生活していたのだろう。
「だけど、貴方達はその不安に負けず、盗賊に身を落とさず、気高く生きてきた。そして、私の元へ来てくれた。不安に震えるのではない。不安を煽るのでもない。貴方達は、私と共にその不安を取り除くのよ」
皆が顔を上げる。
村にいる家族を守る為に集まった人達だ。
俺なんかよりもずっと強く、逞しい、決意をした人達。
「その為にも、貴方達は戦いを知らなければならない。戦い方を知らなければならない。秋蘭」
「はっ」
「訓練、配属、全部貴方に任せるわ」
「御意」
「皆この夏侯淵に従いなさい。強くなりなさい。家族を守りなさい」
その言葉に全員が揃って拱手をする。
集まったばかりの人達をこの短時間で惹き込ませる。
これが華琳の、曹操のカリスマ。
「一刀、春蘭、行くわよ」
「はい!華琳様っ!!」
この光景に呆気に取られていると既に歩き出していた華琳に呼ばれる。
集まった人達と会うだけじゃなかったのか。
今度はどこに連れていかれるというのだろう。
後を着いて行くと、華琳と初めて会った場所。あの馬小屋に着いた。
「どっか遠乗りでもするのか?」
「まぁそんなものね。後ろに乗りなさい」
鎖を外し馬小屋から絶影を引いて出てくる。
相変わらず大きい。背中の高さが俺の肩よりも上だ。
初めて乗る馬に悪戦苦闘し、モタモタしながらもなんとか乗ると、華琳のお腹に腕を回す。
あ……めっちゃいい匂い……この世界ろくに風呂も入れずシャンプーとかも無いのに……俺と全然違う甘い匂い……しかも柔らかくてあったかい……女の子って凄い……
そう思っていると後ろから呪詛のような物が聞こえた。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さナい許さない許さない許さない許さない許さない殺す許さない許さない許さなイ許さない許さない許さない許さない許さない許さない殺す許さない許さない許さない許さない許さない許さない許サない許さない殺す許さない許さない許サない許さない許さない殺す許さナい許さない許さなイ許さない許さない許さない許さない許サない許さない許さない許さナい許さない許さない許サない許さない許さない許さない許さない殺す許さない許さない許さない許さない許サない」
その正体は血涙を流しながら爪を噛み、奥歯をギリギリと鳴らして俺の顔を睨み続ける春蘭だった。
こわっ!ボソボソと華琳には絶妙に聞こえないような音量で俺へ恨みつらみをぶつけてくる。
「行くわよ、春蘭」
「はいっ!華琳様ぁ!」
華琳に呼ばれ一瞬で呪いで人を殺せそうな顔をから笑顔になる春蘭。
俺……仲良くやっていけるのかな……
馬に初めて乗った俺の為にゆっくり進んでくれて1時間程。
洛陽の町を離れ、山の中を進んでいた。
「そろそろ坂が急になって来たわね。ここからは歩いていくわよ」
馬を降り、更に森の中へと進んでいく。
本当にどこへ向かってるんだ?
春蘭が先頭を歩き、邪魔になる枝を切り開きながら進む。
「華琳様」
歩みを止めた春蘭が華琳を近くの木の後ろへ隠すように誘導し、遠くを見つめる。
その視線の先には小さな小屋があった。
近くの村の人の物だろうか。小屋の周りには使い古された農具が散らばっている。
耳を澄ますと、小屋の中から声が聞こえてきた。
「呑気なものね。まぁいいでしょう。行くわよ、春蘭、一刀」
何も説明されず、あの小屋に誰がいるのかも分からない。
ドアの前に着くと春蘭が剣を握りしめ、勢いよくドアを蹴破った。
「不届きな野盗共!我が主君、曹孟徳様の命により、今から貴様らをたたっ斬る!」
突然の事に驚き、何も出来ずにいる「野盗」に切りかかる。
ドアの目の前に居た男が、切られた。
何も分からずに着いてきた先に見たのは人の死。
初めて見た、突然の人の死。
爺ちゃんに怒られるのが怖かった。
華琳に殺されそうになったのが怖かった。
春蘭に追い回されるのが怖かった。
全て自分に向けられた恐怖だった。
でも、今目の前で繰り広げられている人が死んでいく様。
それは、自分に向けられた物よりも、遥かに怖かった。
昔親戚の葬式に出たことがある。
1、2回位しか顔を合わせた事の無かった人で、特に悲しみとかは無かった。
でも、棺桶の中で眠るその人の顔を見た時、なんだか幸せそうだなと思った。
子供ながらにこの人はいい人生を送っていたんだろうな、と羨ましかった。
俺もこんな風に笑って死ねれば良いなと思った。
外で立って見ている俺の足元に何かが小屋から転がってきた。
あまりにも自分の常識、現代の平和な世界でふやけきっていた俺の脳みそではそれがなんなのか瞬時に判断出来なかった。
それがなんであるのか確かめる為にじっと見つめる。
目が合った。
それは人の頭だった。
春蘭に切られ、その勢いのまま外へ転がってきた人の頭。
綺麗に切られ、まだ意識をほんの少し残していたそれと目が合い、恨めしそうに俺を見ながら死んでいった。
この人達「野盗」も、誰かを殺し、奪って生きてきた。そうするしかないと思ったから。誰も助けてくれないなら、野盗に身を落としてでも生き残ろうとした。
確かに悪ではあるけど、それでも生きてた。
今この瞬間までは。
「っ!!!ぶ、おぶっ!!」
耐えられなかった。
人がこんな形で殺される瞬間を目の当たりにして、正気でいられるわけが無い。
昼ご飯もその後飲んだお茶も全て吐き出し、それでも足りないと胃液を流し、涙が溢れ、呼吸が出来ない。
「あ、あぁ!ああああ!!!!」
目を瞑っても何度も何度も、死ぬ瞬間のあの表情が脳裏に蘇る。
何度も味わった恐怖と違う、腹の底から凍りつくような恐怖。
身体中の力が抜けて膝をつき、全身が震えて、腹が空っぽになってもまだ胃液が込み上げてくる感覚。
親戚のおじさんは幸せそうに笑ってた。
目の前にある顔は、恨めしそうに最後まで睨んでた。
俺を見て、俺を睨みながら死んでいった。
俺も華琳や春蘭に殺されそうにはなったが、生きてる。
死ぬかもしれなかったが、どこかやっぱり頭の隅で俺はダラダラ生きてダラダラ死んでいくんだと思ってたのかもしれない。
自分の死がとても遠い物に思えていて、漠然としていた。
そんな事はなかった。
いとも簡単に人は死ぬ。
今目の前にあるこの頭が、いつ俺になってもおかしくない。
人の死ぬ瞬間、自分が死ぬかもしれない未来。
それが堪らなく怖かった。
「貴方の居た世界は、本当に平和で、良い世界だったのね」
胃液を出そうにももう何も出ないと咳だけが出てる俺の背中をゆっくりと撫でてくれる華琳の手。
今まで聞いた事のない華琳の優しい声。
「貴方の居た世界の平和は、とても尊い物よ。先人たちが勝ち取ってきた平和よ。誇りなさい」
「でもね、一刀。この世界は。この国はまだそう成れてないの。人は殺されて、搾取されて、捨てられる。私はそれが許せない。この国を平和な国にしたいの」
恐怖と華琳の優しい声に、子供のように泣き喚く俺の頭を優しく抱いてくれる。
子供をあやすように頭を撫で、ゆっくりと、静かに話す。
「その為にも、私は人を殺すでしょう。私の手で。私の命令で。多くを守るために多くを殺すわ。それはね、貴方もこの先しなければならない事なの。この世界で生きていくって事は。私の配下となるって事は。そういう事なの」
涙で華琳の服を汚す。
部下が王の服で涙を拭くなんて、本当はあってはならない事だろう。でも、今の俺はそんな事も分からなくなっていた。感情を抑えられず、ただ華琳にしがみつき、泣き喚くしか出来なかった。
「沢山泣いて、沢山悩んで、それでも前を向けるなら、私に力を貸してちょうだい、一刀」
既に野盗を全て倒した春蘭が戻って来ていたようだが、何も言わずに静かに待っていてくれた。
ちょっとシリアスなシーンが長くなってしまいました