朝。
清々しい朝。
小鳥の囀り。朝露に濡れた草花。窓から差し込む朝日と澄み切った空気。
見るもの全てが輝いて見える。
これが世界。
なんて。なんて美しいんだ。
今まで見ていた世界とこんなに違うなんて。
大人になるとは、こういう事か。
そう。
俺は昨日童貞を卒業したのだ。
しかも初恋の超絶美少女とだ。
勝ち組も勝ち組。
今の俺に敵う者はいない。
なんでも出来る気がする。
えっちとは、こんなにも凄い物だったのか…。
「一刀さん、おはようございます。そろそろお時間ですよ」
「ああ、おはよう。もう準備は出来ているよ」
「うそ…いつもギリギリまで寝てるのに…今日は槍でも降るのかしら」
「ふ…そんなんじゃないさ。大人が寝坊なんて、許されないだろう?」
「まあ!熱でもあるんじゃないの!?」
いつも起こしに来てくれる侍女さんより先に起きていたらなんて酷い言われようだ。
だがこんなことでムッとしない。そう。大人だから。
童貞だったらムキになるのだろうが、俺はそんなガキンチョじゃないのさ。大人の男の余裕と言うやつだ。
今日は新しい軍師候補が来るらしい。
最近の曹操軍の活躍が広まり、続々と人が集まって来る。
それは今日みたいに軍師や武将だけではなく、住民や行商人もだ。
曹操の近くに居れば安心だと人や物が集まり、どんどん豊かになっていく。
華琳曰く当然それは良い事ばかりでは無く、お偉いさん方からは随分煙たがれているらしい。
宦官からは嫌われて中央から離され、地方の役人からも厄介がられる
まだ城を持たない華琳は軍議を自分の御屋敷の1番大きな部屋を使って行なっている。
たまに偉い人達を招待してお酒を振る舞う大広間。
その部屋の戸を開けると既にほぼ全員揃っていて、皆と朝の挨拶を交わしながら華琳の横へ立つ。春蘭には何故か無視をされた。
その部屋の中心に華琳と向き合うように立つ小柄な少女。
猫耳っぽいフードが可愛い。
この子が新しい軍師なのかな?
なんだ。華琳の周りには小さい子がよく来るな。
春蘭達美人どころに華琳を筆頭にした可愛い子達。美人が集まるのは嬉しい限りだ。
髭のおっさん達なんて知らん。いやお世話になっているし大切な仲間ではあるが。そういう事じゃないんだ。
猫耳フード少女を眺めていると、視線に気づいたその少女はキッ!と、まるで汚物を見るような目で睨んできた。滅茶苦茶デカい舌打ちもセットで。
あれ?俺…何かした…?
「いつまで見てんのよ。その汚らわしくて下品な顔を私に向けないで」
最大級の罵りと憎悪。
「貴方…何かあの子にしたの…?」
「いやいやいや、初めましてだよ!町ですれ違ってたら分からないけど、少なくとも話した事はない」
「ふぅん…」
華琳は視線をその子に戻す。
「貴女、荀彧と言ったわね。貴女の顔は覚えているわ。確か麗羽のとこに居た子よね。それが何故私のとこに来たのかしら?」
荀彧。
荀彧!?
あの超有名人の荀彧か!
確かにうちの軍師の中に程昱や荀彧なんて俺でも知ってる有名人は居なかったけど、最初から曹操に仕えてた訳じゃないのか。
「はい。袁紹は名ばかり。こちらがいくら策を講じようと聞く耳を持たず、数に頼っていつも無策に敵の正面からぶつかるばかり。政もろくに出来ず、あそこに居ても私の頭脳が無駄になってしまう。ですので真名を返上し、有能であればどんな人間でも起用すると噂の曹操殿の元へ志願して参りました」
とんでもない人だな。
まるで春蘭みたいだ。
ゲームで見た袁紹そのまんまって感じだ。
「貴女の頭脳が私の役に立つと?」
「はい。私を正しく使う事が出来るのでしたら、必ず」
「へぇ…」
……。
こっわ。
肘をついてる華琳は勿論だけど、その華琳を前にして目線を外す事無く、それどころか挑発紛いな事まで言うこの子も相当やばい。
広間全体に緊張が走る。
あの季衣ですら少しビクついているように見える。
「一刀。この子、貴方に預けるわ。上手く使ってやりなさい」
「んなっ!さっきの見てなかったのかよ!なんでか分からないけど死ぬほど俺の事嫌ってたじゃないか!俺の下に就けるなんてそれこそ上手い使い方じゃない!」
「決定事項よ」
「無茶だ!それに、あの荀彧だぞ!俺なんかに就けるべきじゃない!そんな無駄な事しちゃダメだ!」
「それは…貴方の、未来の知識…?」
俺の言葉に反応した華琳が皆に聞こえないような小さな声で言う。
俺が未来から来た事は華琳以外は知らない。
まだ言うべきでないと言われていた。
この世界ではまだ荀彧は名を上げるような功績は出していない。今まで名前を聞かなかった。
そんな荀彧を俺が知っていれば、それは当然未来の知識だと気づいたのだろう。
「…そうだ」
曹操の行く末に関する未来の知識を使うな。
初めて会った時にした約束だ。
だけどそんな事言ってる場合じゃない。
曹操の。華琳のこの先の行く末を潰しかねない。
互いに口を噤んで睨み合う。
昨日の今日でなんで華琳と睨み合わなきゃならないんだ。
「荀彧。貴女はこの男の下で働きなさい。貴女がどれだけ使えるかそれで試してあげる」
「華琳!」
「良いわね」
「……はい」
「華琳!!」
「以上よ。皆出発の準備を進めなさい」
結局俺に振り向く事無く出ていってしまった。
皆も何進の呼び出しの為の準備で広間から出て行き、残ったのは俺と荀彧だけになる。
「癪だけどとりあえずはアンタの下に就いてやるわよ。それが曹操様の命令なんだから。精々私が曹操様に気に入られる為に役立ちなさいよ」
「…分かってる。こうなった以上俺はそうするしかない」
「その口ぶり、さっきもそうだけど、アンタなんなの?なんで私を知ってるのよ」
「それは…言えない。でも君は俺の下なんかにいるべき子じゃないんだ」
「ふぅん…まぁ良いわよ。本気で邪魔だと思ったら殺すから」
それだけ言い残して部屋を去って行く。
何故初めて会ったのにこれ程嫌われているんだろう。
気になる事はいくつかあるが、やはり荀彧をこんなとこで燻らせる訳にはいかない。
こうなった華琳はもうこの件に関して聞く耳持たないだろう。
なら俺がやるべき事は1つ。
1日でも早く荀彧を取り立ててもらえるように動くしかない。
その為にもやはり、荀彧とは仲良くやりたいのだが。
無理…だろうなぁ…。
────
ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく
折角あのバカ袁紹の下を離れ、憧れだった曹操様に志願出来たっていうのに!
なんでこの私があんな何の才も無さそうな男の下で働かなきゃならないのよ!!
穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい穢らわしい
男なんて偉そうな事言ってても下心しかない獣以下の存在なのに。
そんなゴミの部下になるなんて!
しかも曹操様の真名を軽々しく呼んで…!
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない
絶対にあの下品な男を引きずり下ろして、私が曹操様の横に立つのよ!
────
華琳達は中央に向かった。
アレコレ色々とお役人から嫌われまくってて、とうとうお呼び出しをくらったらしい。
少し前に霊帝お気に入りの宦官の誰だかの叔父を切り捨てたのがまずかった。
俺も本当は着いていくはずだったが、華琳はそうとう怒っているようで、部屋で待機を命じられた。
留守番というより、謹慎だ。
仕事も無く、ただ布団の上で膝を抱えて座るだけ。
もう何時間経っただろう。
窓の外はすっかり暗くなっていた。
蹲っているといつの間にか帰ってきていた春蘭、秋蘭に目隠しをされてどこかへ連れて来られた。
何も見えない状態で服を無理やり着替えさせられ、両手両足を縛られている。
周りからはザワザワと結構な人数の声が聞こえる。
ああ…俺、華琳との約束を破って殺されるのかな…
悔いの多い人生だった。
そんな事を無気力に考えていると目隠しが外された。
周りを見ると、武将文官各隊の隊長副隊長と主要メンバーが勢揃いしていた。
その全ての視線が俺に集まっている。
法を侵した宦官の叔父のように、俺も死んで見せしめになるのだろう。
部屋の中に華琳が入ってくると皆が静まり返る。
「今から話すことは2つよ。まずは私は洛陽から出ることになったわ。ここより離れた場所で県令となった。小さいけれど一応城はあるから半年以内に移動を済ませなさい」
そして町民にも伝えなさいと。
この辺りは華琳を頼り、華琳を慕って集まった人が多い。
着いて行きたいと言う人も多いだろう。
他のとこよりも税は安いし。
そしてもう1つ、と華琳は静かに目を閉じた。
「このバカ。北郷一刀についてよ」
華琳に向かっていた視線が一斉に俺に向けられる。
「コイツは…未来から来た人間だそうよ」
黄巾の乱が全て終わるまで書いてたんだけど全部書き直す事にしました。
この3ヶ月は無に帰しました。