※この作品はR-18です。

Purgaturium/英雄 cupiditas   作:トラロック

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†02† 歓楽街

 迷宮都市オラリオの東と南東の通りに挟まれたダイダロス通りに住み始めた虎人(ワータイガー)にして元冒険者の女性アタランテ・ミリアは先の通せない暮らしに不安を抱きつつも生きることを優先させた。

 虎人(ワータイガー)としての矜持は特に感じていないが一般住民として溶け込む努力を続けていた。

 ダンジョン探索にて大怪我を負い、精神的な負荷から逃れるように【キュベレー・ファミリア】から自主的に脱退。背中に『神の恩恵(ファルナ)』こそ刻まれたままだが元の冒険者家業に戻る気は無かった。――主神に顔を見せる意欲はまだ残っている。

 このまま永住するのか、気が変わるのか分からないけれど、一度脱落した戦士としての遺児を取り戻すことが難しい事は本人が一番理解している。

 今回はあまりにも衝撃が強すぎた。アタランテ自身にも想定していなかった事態だ。

 

(歓楽街は南東の区画に広がっている、と情報にあるが実際に行った事は無かった。……思えばオラリオの全区画を巡った事が無い。地図ではそれ程広いとは思わなかったが……、実際の都市は本当に広くて多種多様な施設が犇(ひし)めき合っている)

 

 酒場と飲食店もかなりの数があり、一部の種族専用というものもある。――虎人(ワータイガー)専用の専門店というのは見たことが無い。

 南東の通りには薄着で褐色の肌を持つ女戦士(アマゾネス)の姿をよく見かける。

 彼女達は戦闘民族でありながら性に大らかで、大抵は歓楽街を拠点とする【ファミリア】の団員になっている。後、アマゾネスは女性だけだ。その筈なのだが、男性でも似たような格好になっている者が居る。常々、あれらは何と呼べばいいのか、と疑問に思っていた。

 

(……褐色ではないアマゾネスはほぼ見かけないな。全員が女性というが……例外は無いものか)

 

 知り合いの団員に聞いても男性のアマゾネスは知らないと言っていた。恐らく違う種族名の筈だ、と。

 別に半裸の雄(オス)に会いたいわけではない。単なる疑問の一つだ。

 念のために外套をまとい、頭部をフードで隠して杖を突きながら今まで行かなかった怪しい雰囲気を醸し出す歓楽街に向かう。女性だからと言って行ってはいけない規則は無い。

 

Erotiki trela

 

 昼間は締まっている事が多い歓楽街の本領は夕方から。その時間帯になると様々な街灯によって明るく照らし出される。そして、多くの冒険者達を慰める店が客寄せで活気づく。

 この辺りは娼館が多い。店員の殆どがアマゾネスで占められている程に。

 歓楽街にて大手と言われるのは美を司る【イシュタル・ファミリア】だ。他には細々とした【ファミリア】があるがアタランテは詳しく調べていなかった。

 娼館の他に飲食店があり、大衆浴場と宿屋がある。

 様々な国からきた者達が作り上げたせいか、建物の特徴が統一されていない。和洋折衷の程度はダイダロス通りの住宅に匹敵するほど。ただし、こちらの方が華やかである。

 

「お兄さん、遊んでいかない?」

 

 あちこちの店から客を招くために声を張り上げたり、時には強引に引き寄せたりする。

 それらを取り締まる者の姿が無いので拒否する場合は実力を出さないと危険である。

 多くのアマゾネス達はそれなりに強者である為、レベル2以上でなければあっさりと引き込まれてしまう。

 男性だけではなく女性も勧誘される事がある。

 

(淫靡なところだとは思っていたが……、想像以上に活気があるな。この甘ったるい匂いは媚薬か? 獣人の私でも頭痛を覚えそうだ。……他の亜人(デミ・ヒューマン)はこの匂いの影響を受けていないような……。いや、そうでもないか)

 

 光りに寄っていく我のようにフラフラと見せ吸い込まれる男性冒険者などをよ(・)く(・)見かける。

 大きな通りにたくさんの人々が居るが狭い路地にもあり、こちらはダイダロス通りと同じく入り組んでいる。何人かはその細い路地に連れ込まれ、あっさりと姿を消す。

 従業員も通るようだから一概に危険視は出来ないが迂闊に行くことも出来ないのは確かだ。

 近くの飲食店に入り、人々の噂話に耳を傾ける。

 どこの店が良かったとか言ってひどい目に遭ったとか。黙っていても勝手に耳に入る情報というのがある。

 その中で占いの店の話しが耳に届いた。

 

(……あまり呪(まじな)いは信じていないが……、今後の為にも行ってみるか)

 

 人気の店はすぐに行列ができる。それはなんとなく分かっていたが無数に点在する店のどれを選べばいいのか、歓楽街初心者のアタランテは今が冒険の時だった。

 酷い店はさすがに行く気はしないがオススメの一つくらいは把握しておきたかった。

 カウンター席に移動し、ヴァリス金貨を多めに乗せて店主にオススメの店を訪ねた。

 情報はただでは貰えない。相場が分からないので軍資金はしっかりと用意してきた。あまりぼった来るようであればすぐに金貨を回収する。

 

「比較的空いている店なら【エロス・ファミリア】か【カーマ・ファミリア】に行くといい」

 

 追加料金で場所を聞いておく。

 どの道、歓楽街を拠点とする【ファミリア】は大手である【イシュタル・ファミリア】しか聞いた覚えがない。

 これ以上の情報を聞くと初心者だと看破されて馬鹿にされるかもしれない。あまり噂が立つような行動をしては目立ってしまうので、適度に退(ひ)く事も大事である。

 

Erotiki trela

 

 占いの館を経営している、と言われる【エロス・ファミリア】は零細【ファミリア】の一つで主神は男神エロス。

 巷(ちまた)の印象では真面目な神だという。

 【カーマ・ファミリア】の主神は女神で上級者向け、という簡単な文言しか貰えなかった。――いかにも怪しいので今回はエロス一択にする事にした。

 件(くだん)の【ファミリア】は小さな店舗をあちこちに構えており、本拠(ホーム)は大口の客用の店として使っている。

 刻印(エンブレム)は簡略化した心臓に矢が刺さったようなもの。

 愛など同じものを司っていると刻印(エンブレム)も似通ってしまうがギルド登録する時は同一にならないようにしている。

 月だけでも五つくらいの【ファミリア】が使用している。

 

(……店というより対面テーブルだな。これがあちこちにあるということは彼らは眷族の方か)

 

 聞いた刻印(エンブレム)を掲げている店と思われる一つに向かった。丁度、客も無くすぐに相手をしてもらえそうと思った。

 遮るものが無いのが気になったが――

 

「いらっしゃいませ」

「ここは店でいいのか?」

「はい。出稼ぎの様なものです。すぐに退去も出来ますし。……それでどんなご依頼でしょう? いくつか占いの方法がありますが……」

 

 テーブルの中央には多めの水晶玉があり、店主の手元には紙の札や木の棒などが並べられていた。

 初めてであることを正直に告げて未来を占ってもらおうと思った。それと料金について――一応――尋ねる。

 内容によって料金に差があるが一回五〇ヴァリス程度だと答えた。

 小口だから安く済んでいる。本格的なものは大口用で【ファミリア】の本拠(ホーム)にて主神エロス自ら占いをする、と親切に教えてくれた。この情報は無料だと事後に言われて申し訳なくなった。

 

「うちらは大体恋愛系ですね。当たるとか当たらないとかで文句を言わないでください。これはあくまでお客様の指針を示すものにすぎません」

「承知した」

 

 五〇ヴァリスをテーブルに乗せて早速占ってもらった。

 一つの事柄につき五〇ヴァリス。追加を弾(はず)めば継続してくれるが後ろに客が並んでいる状態だと二つが限度と言われた。

 数をこなすのが仕事なので一人の客に独占されてしまうと商売が成り立たないのだとか。

 つまり、一人の客の独占を許すような店は愛想が無い。そう見られてしまう。

 

「恋愛でいいですか?」

「いい人が見つかるかどうか、で」

「は~い」

 

 いつもの調子で道具を使い、結果を紙に書く。いやに早いのが気になるが黙っていた。

 結果は口頭で伝えられるようで、恋人が見つかる予定は無い、と言われた。

 ここ数か月は全く意中の相手と運命的な出会いを遂げる事は無い。将来性も皆無。

 はっきりと言われたので精神的なダメージを受けた。

 

「恋仲になる相手は居ないけれど、全く出会いが無いわけではありません。頑張ってください」

「……うむ」

 

 項垂れつつも追加料金を払い、今後の事についても占ってもらった。

 将来性が無いと言われたばかりだが、もう少し具体性が欲しかった。だが、結果としては同じく真っ暗で見えない、としか。

 おそらく何らかの悲劇が待ち構えている。これ以上は占う方も怖いので見たくないと言い出した。

 

「この結果は今日明日ではありません。来年か次の年か……。何らかの病気や事故も考えられます。あと、これは占いであって予言ではありません。回避するよう努力されれば結果がまた変わるかもしれません」

「……そ、そうだな。ここまで酷いとは思わなかったが……」

「そうですよね……。念のために何回か占い直してみたものの結果が全滅って珍しいんですよ。相当厄介な呪い(カース)にでもかかっているとしか。解呪を専門とする冒険者を見つけてはいかがですか? 料金はしっかりとかかると思いますが……」

「ありがとう。検討しておく」

 

 店員に少し色を付けてアタランテは立ち去った。あまりにもひどい結果に店員も心配したらしく、姿が見えなくなるまで応援された。

 背中に受ける声は精神的なダメージで聞こえていなかったが、将来性が真っ暗というのは本気で胸が痛い。彼女は逃げるように路地裏に入って深呼吸を繰り返す。

 

Erotiki trela

 

 数分か一時間か分からないくらい呼吸が荒れた。

 落ち着いたのは夜空に星空が広がるのが分かった時だ。

 たかが占いの結果。けれども、少なからず心に響いた。精神状態がそれだけ静寂になっている証拠かもしれない。

 戦士としてモンスターに恐れを抱かなかった自分が占い一つに怖気づく。実に滑稽で笑えてくる。そして、惨めな今の自分の姿にも。

 

(呪い(カース)のせいにしたいだけだ。それほどまでに私は弱ってしまったのだな)

 

 深呼吸を何度か繰り返し、落ち着いたところで通りに戻る。

 飲食店のほかにはこの通りならではの薬屋というものがあり、そこに入った。

 男女の営みを生業(なりわい)とする上で避けて通れないのが避妊だ。如何(いかが)わしい店しかない通りだと分かった上で来ているのでアタランテも文句は言わない。けれども、フードに隠した顔は羞恥の為に既に赤く上気していた。

 とても知り合いに見せられる顔になっていないと――鏡を見なくても分かるほど。

 

(……店の中も盛況だな。そんなに利用客が居るのも驚きだが……)

 

 命を懸ける冒険者は短命になりがちだ。それゆえに風俗が絶対的に必要になる。――その辺りの知識が乏しいアタランテは未知の世界に驚きっ放しだ。

 ここに来たのは雄を見つける為である。それは頭では分かっているのだが、実際の世界は自分の想像を超えるものだった。

 店頭に並ぶ回復薬(ポーション)のようなものはほぼ『精力剤』である。

 細々とした木の根などの素材も精力に関連する。

 薬以外には避妊具や見た事もない道具類が無造作に置かれ、客達はそれらを購入していく。

 同じ目的で来ている為か、あまり遠慮しないようだが顔は赤めだ。多少なりとも羞恥心があると思われる。それと女性客も結構居た。

 

(香もあるのか。値段もバラバラでどれがいいのか分からん)

 

 まず効能が分からない。質問しようにも客が多い。

 ここはいつも通っている薬屋ではない事は確かだ。

 雄(オス)に何を飲ませればいいのか、身体にどれだけ悪影響なのか。それらを一つずつ学んでいく必要がある。

 昼間に来ればよかったかな、と思うものの日中店を閉めていると結局は無駄足になる。

 

「聞きたいのだが、今はいいか?」

「はい。何でございましょう」

 

 手の空いた店員を見つけて一つずつ質問する。得体のしれない道具を避けて――

 他の客が居る中で店員は慣れた様子で淀みなく答えてくれるが聞いているアタランテの顔はずっと赤いまま。

 人間(ヒューマン)の耳であれば赤く染まっているところ。獣耳は外見の変化が乏しく、硬く尖っているくらいにしか見えない。尻尾も同様に真っ直ぐに伸びたまま。

 身体の変調で言えば下腹部がい(・)や(・)に(・)む(・)ず(・)痒(・)い(・)くらい。

 それでも取り乱さないように聞き入り、メモについては店員にお願いした。恥を忍んで隻腕であることを伝えて。

 それによって精力剤の効能の違いなどを教えてもらい、どれを購入すればいいのか実に親切に対応してくれた。

 一本一〇〇〇ヴァリスから一五〇〇〇ヴァリスくらいが初心者に適しているとか。

 何が初心者なのか、聞くべきか迷ったが――結局は聞けなかった。恥ずかしくて。

 一(・)人(・)遊(・)び(・)用(・)の道具も説明されたが、それは途中で悲鳴に似た声が出てしまったために説明が中断された。

 

(……思わず声が……。何だ今の金切り声の様な悲鳴は。……ああ、穴があったら入りたい……)

 

 その穴(・)について説明されていたので余計に恥ずかしくなった。

 本当にどうしてこんなところに来てしまったのか、と今更ながら後悔した。

 その店では精力剤を適当に一〇本ほど購入し、逃げるように飛び出した。――店員が気を利かせて手ごろな値段のものを選んでくれた。

 

Erotiki trela

 

 再度、路地裏に逃げ込んだアタランテは一時間以上は深呼吸を繰り返し、過呼吸に陥ったりした。

 興奮が解けぬまま歓楽街から逃げるように退散し、中央広場にある噴水で顔を洗う頃には落ち着いてきた。

 ここまで無我夢中で走ったようだが杖を突きながらなので通常よりも時間がかかった。

 

(……全く、なんて世界だ。あまり長居するべきじゃないな)

 

 激しく鼓動する心臓に気付いて驚いたりしながら呼吸を整え、帰宅する事にした。

 既に辺りが暗いが帰り道は熟知している。いくら興奮状態だとしてもダンジョンの中とは違って見晴らしのいい外で迷う事は無い。これでも元冒険者だ。多少の入り組んだ通路くらいどうという事は無い。

 この日は荷物を置いてすぐに就寝した。緊張から解放された為か、興奮状態にあったにも関わらず、早めに熟睡することが出来た。

 翌朝、買った精力剤をテーブルに乗せて悩んだ。どれが一番高くて効能が強いものか分からなくて。

 初心者用と言っていたので差はそれほど無いのかもしれないが、出来れば安全な飲み物であってほしいと、と。

 覚えているのは興奮状態に陥り、眠れなくなるから気を付けるように、だった。

 男女の営みを長時間過ごす為の薬である。後は単純に飲み物として頼んでも構わない、とも聞いた。

 

(飲み過ぎると鼻血が出易くなる。不眠症には気を付けて。一気飲みは厳禁である、などか)

 

 外見上の違いは分からないが今飲むべきものではないのは理解した。

 しばらく眺めた後で保管庫に入れておく。

 物を腐りにくくする『氷室(ひむろ)』のような機能がある魔石製品で、割りと高額商品だった覚えがある。

 第一等級武装ほどではないが五〇万ヴァリスは超えていたはずだ。

 留守中に侵入された形跡がないか、盗まれたものが無いか調べるのも日常の光景のように感じられる。

 一人暮らししてまだ日が浅いが悪い気分ではない事は確かだ。

 溜まったゴミを捨てに行ったり、駆けまわる子供達を眺めたり、商店街で食料を買ったり――

 収入が無いので金は出ていくばかり。それでも全体の資産から見れば微々たるもの。

 余程の贅沢でもしない限り、今のところ緊急性は感じられない。例えば先ごろ購入した精力剤を毎日のように一〇〇〇本ずつ買ったりしなければ。

 

(……後、下着類が必要だな。……何故だが糸を引く粘液に塗れていたが……。あれは何なんだろうか)

 

 予想外の出来事に戸惑うアタランテ・ミリア。

 念のために風呂場で身体を洗い、下着が乾くまで日がな一日ぼーっとする。

 替えの下着もあるにはあるが自身に起きた現象に少なからず戸惑った。窓から覗き見られる可能性もあるが神相手だと女性のアタランテはあまり気にならない。けれども神以外の相手だと――特に異性――恥ずかしさを覚える。

 借りた部屋の日照は良く、埃臭い事もない。部屋の内装を丸ごと新調したお陰かもしれない。

 

Erotiki trela

 

 いつもは戦闘衣(バトル・クロス)を普段使いしていたが普通の服装も必要かもしれない事に今更ながら気付く。

 顔の傷跡や隻腕を隠す意味で外套をまとっているが、変に隠すのもそろそろやめようかと思った。実際には歓楽街に行くのが恥ずかしいから顔を隠していただけで、素顔を晒すことにあまり抵抗はない。

 酒場に行く時もフードで隠さないし、大衆浴場にだって行けないわけではない。

 気分というか気持ち的に他の神々にいじられたくなかった。――さすがに主神キュベレーは本拠(ホーム)から出てこないと思うけれど。

 知り合いに会いたい気分ではないのは確かだ。今正(まさ)に疚しい気持ちでいっぱいの元戦士がどの面(つら)を下げて会うというのだ、と。

 今のアタランテは雄(オス)に狂い始めた淫靡な獣になろうとしている。それゆえに一人で行動しなければ恥ずかしさで死んでしまう。

 戦士時代よりも羞恥心を強く感じている。この状況はどうしても見られたくなかった。

 

「……あ、あ、い、い……」

 

 カーテンで窓を覆い、床に寝転がる虎人(ワータイガー)のアタランテは発声練習を始めた。

 ただ声を出すだけではなく腹筋運動も交える。

 鍛錬を疎かにすると外出もままならない気がしたので、あまり鈍(なま)らないように始めた事だった。

 壁の薄さも解消しているとはいえ、大声は憚(はばか)られる。

 床に敷物を敷いて手足の柔軟体操をする。

 本当は日がな一日何もしないで済めばいいのだが、黙っていると動けなくなる気がした。やはり動いていないと落ち着かない。

 脚が無い事でただでさえ重心が狂っている。調子は常に快調でありたい。

 

(……多少の汗が出るほどでやめる。これを日課にしたとしても自己満足にしかならない)

 

 冒険者として復帰するわけでもないのに、と自嘲気味に笑う。

 自分は意味のないことをしている。その自覚と向き合いながら生きていかなければならない。それが例え虚しい結果にしかならなくても。

 快調になれるくらいならこんなところに居ない。だが、欠損した手足を見ると絶望感が蘇る。

 こんなところで何をしているんだろうか、と何度も思ってしまう。

 

Erotiki trela

 

 ひと汗かいたところで晩御飯時まで静かに瞑想する。少しずつ食が細くなっているので昼食を抜きがちだ。

 肉体は『神の恩恵(ファルナ)』により健康が保たれている。ちょっとやちょっとでは大病に罹る事は無い。それが変に期待を持たせてしまう。

 安易な死は訪れない。特に絶望を味わった冒険者にとっては最大級の毒となる。

 

(部屋の明かりは『魔石灯』のお陰。そうでなければ闇の中で暮らす羽目になる。……これでも私にとっては贅沢な暮らしなのだろうな。……キュベレー様)

 

 こんな我儘な眷族を召し抱えてくれた神に最大の感謝と謝罪を。

 瞑想を終えた後、戸締りを確認したり、火の気の確認をする。さすがに家ごとを燃やす気は無い。周りを巻き込むような死に方は彼女の矜持も許しはしない。

 

「……あ、服を買うのを忘れた……」

 

 それと干した下着を取り込むのを思い出す。

 この辺りの治安についてまだよく分からないが下着を盗む噂などは聞かないが、悪さをする神が居ないとも言えない。その為に室内で干せるように空調完備の改造をやってもらった。

 水気で駄目になるようなものは置いていないが手間賃を弾んだおかげで暮らしやすいのは事実だ。工事関係者にも感謝の念を送る。

 

(……掃除洗濯も随分とこ慣れて来たな。利き腕が無いから食事の用意はままならないが……)

 

 欠損した腕を見るたびにため息が漏れる。

 半身を失う事に匹敵する怪我は想像以上の苦痛であった、と。

 気持ちを切り替える意味で一人暮らしを始めて見たものの、やはり根底は変えられない。

 

 存在意義の喪失に心は悲鳴を上げている。

 

 それを見ないようにしても無駄である、とでも言うように。

 頭を振り、気分を無理やりにでも変えなければ自分を保てない。いや、保つ必要がそもそもあるのか。

 相反する自問自答は残酷な現実に自分を置いてしまう。

 

(……不毛な考えはやめよう。だからこそ占いが悪い結果を映し出す。あれはきっと……、真実だ。今のままでは……、そうなってしまうという警告だ)

 

 違う考えを取りたいが絶望感が拭(ぬぐ)えないので唸る事しかできない。

 殆ど無意識的に。それを自覚すると残念な気分に陥る。

 考えないようにしても悪い事ばかり浮かぶ。この負の連鎖から逃げ出したい。そう強く思うアタランテ。

 

「……精力剤というか、精がつくものを食べてみようか。……ああ、食が細いからあまり入らないか。お持ち帰り(弁当)してくれるだろうか」

 

 そんなことを呟きながら服を脱ぐ。瞑想で着替え忘れていたので。

 常に汗臭くなる暮らしを続けていたので着替えはそれほど用意していない。その日の内に洗って干すからだ。

 ダンジョン探索をしない今は過度な汚れを気にしなくていいが外出時は出来るだけ清潔でいたい。特に雄を見つける時に臭いと言われるのは心外なので。

 同族であれば匂いに敏感だ。自分でもそう思うほどに。

 一人暮らしをするようになって部屋で裸になる事も多くなった。ふと姿鏡に映る自分の裸体に顔を向ける。

 しっかりと食べて居る筈なのにどこか病的に細い肢体。前からこんなに痩せていたのか、と疑問を覚えるほど。

 

Erotiki trela

 

 誰も居ない時、裸で居る事に慣れると服を着ることを忘れる。まるで野生動物になった気分だ。

 季節的に温かい為に過ごしやすいが冬場の事も考えなければならない。

 ここは集合住宅の一室だ。薪を焚けるような仕組みになっていないし、部屋の中で火を使えるのは台所だけ。風呂場は専用の魔石装置だ。

 布団を重ねて中に潜り、それで寒さをしのぐのが一般的だ。

 運が悪いと凍死する事も珍しくない。

 貧困層は外で薪をたき、集団で暖を取る。後は酒を飲んで体温を温めたりする。

 

(……冬眠こそ出来ないが一般の住人にとって冬場ば試練の場の様な過酷さが襲う。私はキュベレー様の本拠(ホーム)のお陰で過ごせた。……だが、彼らは何の恩恵にも預かれない)

 

 ならばせめて薪くらいは用意してあげなければ。アタランテは彼らの仲間入りをする上で守られる必要に駆られている。

 既に女神ペニアから酒を融通してもらった。それなりの返礼を齎(もたら)さなければこの先、不都合な事態に対して困ることが多くなる。

 味方は多い方がいい。

 ――ただ、薪と言っても膨大な数を用意する事は元冒険者でも難しい。そして、冬は一度だけのものではない。

 暖を取れる仕組みを持つ建物を購入するのが早いか。それとも大衆浴場の完備か。

 あまり大きな出費は出来ないが色々と考える事は大事だと思った。――鏡の前で全裸になりながら考える事ではないけれど。

 その姿鏡の前に敷物を置いて、その上に座る。

 やはり片足だけで立っているのが地味に辛い。添え木の様なものでもあった方がいいか検討する。

 

(木製でも結構な額になるんだったか。特に切断面が痛むとかえって逆効果だとか)

 

 刃物で断たれたわけではなく、引き千切られる形だ。柔らかい肉体部分が当て木を阻害する。

 力を籠めると肉が潰れるようになり、炎症を拡大させてしまう。

 知りたくない事も知らなければならない。この先を生きていく上で――

 ため息を零しつつ猫背にならないように背筋を伸ばす。

 

(覗きの気配は無し。この辺りは神々も入ってこないらしいが……、それがどこまで信憑性があるのやら)

 

 何度もため息が漏れる。

 黄金色の尻尾を器用に動かし、機能に問題が無い事を確認する。

 時々、勝手に動く事があるので気付かずに腐り落ちているおそれも危惧していた。適度に確認しないと安心できない。

 使わない部分は特に機能低下しやすいと聞く。獣耳もちゃんと動くか確認しておく。

 

(今日も何とか生き延びました。……あまり長く続けているわけにはいかないのですが……、もうしばらくここでの生活を続けさせてください、キュベレー様。アルテミス様)

 

 尊敬する神々に祈りを捧げ、数分間瞑想に耽る。

 心を静かに安定させている時が一番の至福である。それが終わると一息ついて楽な体勢を取る。といっても精々胡坐をかくくらいだ。

 股を開く形になるので、普段は閉じている大陰唇が少しだけ開いていた。その様子を鏡越しで見ることになった。

 真下に顔を向けるより楽だが他人には見せられない姿である。

 

(粘液が出るような事態に覚えがないから病気かと思ったが……。あれは何だったのだろうか。お漏らしをするほど股が緩くなったわけではあるまいに)

 

 考えられることは歓楽街の店で色々と聞いた時に下腹部がむず痒くなる感覚が原因だと思われる。

 今まで自分には無縁だと思われていた世界を知った事で身体に何らかの変化が起きた、と考えるのが自然だ。

 手鏡を使ってより近くで女性器の様子を眺める。すると怪しく滑(ぬめ)ってくる様子が見えた。別に尿意は感じていないのに。

 

(これが発情か? 滑りで雄を受け入れるという合図とか。……全く良くできている)

 

 感覚的には発情には至っていないが似たような感じになっている事は理解した。

 未経験ではあるが人の噂として色々と耳に入る事がある。時に歓楽街に言った時は防ぎようがないくらいの話題を手に入れた。

 それに――如何わしい事を分かった上で自分はこれから挑戦しようとしている。今更逃げる事は頭に無い。

 その前に性器が滑ったままでは下着がまた汚れてしまう。タオルか何かを腰に巻くしかないか、と検討する。

 

Erotiki trela

 

 応急措置としてタオルを巻きつけることにした。それで一時凌ぎにし、夜食を取る事にする。利き腕が無いので結ぶのに時間がかかり、手間取る毎に女性器が擦れて変な気分になったりした。

 それが終わると服の購入も併せて忘れないように紙にメモする。

 外套をまとったアタランテは夜の繁華街に赴いた。

 飲食店に向かうとダンジョンから帰ってきた冒険者でごった返し、どの店も満員に近かった。それとあちこちで喧嘩も起きている。

 貧民街よりも活気があって、こちらの方がアタランテとしては好きな風景だ。普段は煩わしい光景だと揶揄していたが、これもまた人の営みの形だ。

 空いている店に入り、腹を満たした後、いくつかの弁当を購入する。

 自宅に戻って就寝すればもう朝だ。これを繰り返していけば圧倒間に老いて死ぬのも早いと思わせる。

 

「……こんな怠惰な生活は続けては駄目だな。心が病むのが早まってしまう」

 

 だからといって性急な解決方法があるわけでもない。

 ――あるとしても絶対に後悔してしまう気がする。主神の迷惑になる事だけは避けたい。それを最後の砦として心に残しておく。

 顔を洗った後は服の購入だ。心機一転という言葉を強く思い描いて外出する。

 冒険者の習慣として武具の売り場に向かってしまったが、今回の目的地は単なる服飾だ。

 オラリオには様々な店が軒(のき)を連ねている。

 一般客向け。エルフ向け。それぞれの種族向け、という風に。

 アタランテは獣人専用の服を取り扱っている店に向かった。

 それほど高くなく、普段使いにしてもいいものをいくつか見繕ってもらう。それと下着も多めに。

 靴や小物も買う事にした。手足が欠損しているので、その分を安くできないかと尋ねてみたが無理だった。

 片方だけ売れ残っても仕方がないと言われて諦める。

 荷物が多くなったが【ステイタス】のお陰で苦も無く運べる。この時は主神に改めて感謝した。

 自宅と店を往復するような生活も一〇日ほど過ぎ、部屋の中が荷物で賑やかになってきた。それらを丁寧に畳んで箪笥に入れていく。

 物が少なかった部屋が一般女性が住んでいると分るほどには物に溢れた。

 

(……雄(オス)が来ても納得してもらえるのではないか? ……連れ込む前提になっているけれど……。あとは何が必要だろうか。男物? 相手の事が分からない内に買っても意味が無いだろう)

 

 冒険者で戦士だったアタランテはほんの数日で男を待つ女性になった。

 心境にそれほど変化は無いが外見は以前よりはっきりと変わっている。おめかしするようになったし、髪型に気を配るようになった。

 化粧はまだだが、素の状態でも美しいと言われる程には整った顔立ちになっている。傷跡も気にならないほどに。

 手足の欠損は目立つが、それを気にさせない女の魅力が備わっているのは間違いない。

 雄を狩る準備が整った、とでもいうように。

 

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