Purgaturium/英雄 cupiditas 作:トラロック
勇気出して娼館に訪れた元女冒険者アタランテ・ミリアは言われるがままに契約を交わした。その内容の殆どは相手の言いなりになってしまったが責任者の懇切丁寧な説明に脱帽したり、しなかったり――
若き
署名の段階でふと自分は何をしているのか、という事に気付いたアタランテは急激に視野が狭くなる不快な気分を味わった。それと同時に身体が動かなくなり、周りの音が小さくなる。
(……な、なんだ? 息が苦しい。……景色が遠くなる!?)
妙な浮遊感と胸の鼓動。対面に座っている娼館の責任者の女性もアタランテの変化に気付いて驚いた。
彼女の額から流れる汗の量がおかしいくらいに多かった。
何度か声を掛けたり、店員に濡らしたタオルなどを持ってこさせて顔を拭ったりした。
「大丈夫ですか? しっかり」
「緊張し過ぎて意識障害とか? どれだけ
娼館の人員はアタランテの症状に覚えがあるようで、すぐに処置が始まった。といっても彼女を別室で休ませるだけだが。
過度に興奮しすぎると視野狭窄の後に動かなくなる。この時、無理に身体を動かしてはいけないが声掛けは続けるように、と医療を司る【ファミリア】の主神から説明を受けた。
身体を売る仕事において健康管理は必須。こういう事態も起こりうる。
店に務めている人員の多くが女性なので服の脱がし方や身体の扱い方はそこらの住人より上手い。
すぐに応急措置がとれるのも定期的に訓練しているからである。
客が突然、心臓発作に見舞われる事も――滅多に起きないが――あり得る世界だから。
もし、ここが怪しい店であればアタランテの命運はここで尽きることになる。しかし、ここは小さいながらも健全な店で適切に扱われ、夕方には意識を取り戻すことが出来た。
(……なんと。契約の時から意識を失っていたのか……。全く、
応急措置に関わった彼女達に感謝の礼を尽くす。
お礼を言われた彼女達は逆に申し訳ない気持ちになっていた。それというのも寝ている間にアタランテの身体を調べていたからだ。
獣人の
とにかく、健康診断と並行してそれぞれ思い思いの調査を
欠損した手足の様子や傷の有無。調べていないのは背中に刻まれている【ステイタス】くらい。
冒険者の【ステイタス】は通常、主神の『
信用第一で何かあった時、神を連れてこられて尋問されると全てが
さすがにそこまでの悪事を働く気が無かった彼女達は甲斐甲斐しく世話をした。
寝ているアタランテを調査したのは半分以上は興味本位だ。もう半分は彼女専用の制服を着させる為の採寸である。
欠損した手足に合わせる必要があるし、今のうちに調べた方が手間が省けると判断して。
娼館の多くはアマゾネスが働いている。その服装も常連には見飽きたものとなっている。かといって奇抜な衣装では動きにくい。――どの道、全裸になるのだから意味があるとも言えない。
最低限の節度を保ち、女らしさを見せられればいい。
アタランテは胸こそ小さいが見栄えはよく、このまま客の前に出しても充分に稼げる美貌を持っている。若さゆえの初々しさも相まって。
欠損部分はタオルで隠した方がいいと判断した。
何らかの事情で娼婦に身をやつす人物の中には障害者も含まれる。その扱いも彼女達は心得ている。
「このまますぐにお客さんの前に出したりはしません。ですが、通路で会う事もありますから、欠損部分は隠します」
「承知した」
「……いいですか。お客さんに暴言を吐いてはいけません。硬い喋り方ですが……、中には奇特な方も居るでしょう。無理に変える必要はありません。誠意をもって挨拶する事だけは忘れないように」
「……はい」
「よろしい」
ベッドから上体を起こしたアタランテに従業員としての心構えを責任者の女性は説明する。
起き抜けにすぐ動かすのも身体に悪いのでしばらく休ませる事にした。その間、無駄に時間を使うより娼館に慣れてもらう方が効率的なので、こうして色々と説明している。
見学費用は既に受け取った。契約も交わした。既にアタランテは店員の一人だ。
移動に難のある彼女にしばらく住み込みで働いてもらおうかと思って【ファミリア】の事を尋ねた。
「既に半脱退状態だ。今は一人暮らしで余生を過ごそうと考えていた」
(……その若さで余生とか何言ってるの、この子。……【ファミリア】に迷惑がかかるとかの話しは問題無いのね。後で報復に来られても困るけれど……)
狩人と聞いて【アルテミス・ファミリア】が浮かんだ。しかし、彼女は処女神の眷族ではないと言った。それだけでも安心する材料だ。後は
何となく印象で大丈夫か、どうか判断するしかない。そこは長年勤めて来た経験則や女の勘に頼る。
(報復うんぬんの問題があるならそもそも娼館に来たりしないか。こちらが無理矢理に娼婦として召し抱えでもしないかぎり。……ちゃんと交渉して契約したから神様に引き合わされても大丈夫のはず……)
料金は多少ぼったくったかもしれないけれど――弱小店なので勘弁してほしいと思った。
小さい店だが従業員を家族だと思っいる。弱みに付け込んで娼婦にした者は一人も居ない。何人かのギルド職員も常連として来てくれるほど、というのが秘かな自慢だ。
心構えの次は店で扱う薬品類について。
獣人であるアタランテの嗅覚は
そこで一通りのアイテムを用意し、確認してもらう事にした。
まず男性の体臭について説明すると顔を顰めた。初心な女性にとって最初は苦手意識を持たれる――が、仕事をする上で避けられるわけがない。
続いて媚薬類。正気を失うほどのものは無いと思うが念のために匂いの確認をしてもらう。すると早速、鼻を押さえて涙目になる。
(正気を失うほどのアイテムは無し、と。香りづけ程度で涙目なら、彼女にとって毒に近いかも知れないわね)
従業員達が毎回のように正気を失う事態になっては仕事にならないので、強烈な匂いの物は使わない。というよりそんなものが存在してほしくない。窓から漏れ出たら絶対に大騒ぎになる。
気分的に高揚するのが目的で、正気を失う危険な遊びをさせる気は毛頭ない。
「そもそもそんな危険なアイテムを取り扱っていたら摘発されてしまう。私の店は健全を旨としているわ」
娼婦の仕事はそもそも不健全だ、という
これはギルドでも認められた職業なので文句は受け付けない。
「次は一つずつ飲んで効能を試したいところだけど……。これは仕事に慣れた従業員用だから。今のあなたが飲んだらしばらく鼻血が止まらなくなるんじゃないかしら。貧血は娼婦の仕事にとって大敵よ」
「はい」
「媚薬も精力剤も充分に気を付けてから……。体力をつけた状態で飲むのがいいわね。興奮しすぎるとさっきみたいに失神するから気を付けるように」
素直に返事をするしか出来なくなったアタランテ。
大人しい彼女は本当に可愛く、きっと客受けもいいだろうな、と少し嫉妬を覚える。
歩けるまでに気持ちが回復した頃、よく使われる部屋に案内した。このまま自宅に帰らなくても問題は無いと事前に確認した上で。
既に何部屋かは使用中で獣耳に微かな声が届いた。
(悲鳴のような怪しい声と足元から定期的な振動が……。何らかの暴力行為か? ……そんなわけは無いな)
空き部屋に通されたアタランテはざっと室内を見回す。
窓はあるが薄暗く、部屋の中央にベッドが置かれていた。各部屋には洗面台とシャワー室がある。トイレと風呂は一体型。
生活するには
「従業員の生活の場は別の部屋にあるから心配しないで。そこで寝泊まりできるし、自炊用の食堂もある。近くに店がたくさんあるから、あまり不便は無いわ」
「……うむ」
「言い忘れていたけれど……。ここは店だからこういう間取りになっているわ。一般的な男女の営みはご家庭で
聞いている内に顔が赤くなり、獣耳が自然と倒れて来た。これ以上聞くのが恥ずかしい、という気持ちの表れで。
けれども責任者の女性はそんな獣耳を無理に起こして説明を続けた。今のアタランテは仮とはいえ店員だから。
案内した部屋にはいくつか隠し扉があり、先輩従業員の仕事を間近で見ることが出来る。ただし、防音設備が貧弱だから息をひそめる必要がある。
それらの説明をし、実際に入って体勢を確かめてもらう。
鍵は内と外にあるので閉じ込められる事は無い。
「見学者のあなたはここに入って勉強する事になるわね。当然、慌てたり、騒いだりしたら叩き出すから」
「……はい」
「屋根裏とか床下にも入れるけれど、首が痛くなるからおススメしないわ。これらは上級者用よ」
一部の趣味人の為の隠し部屋となっている、と説明する。
実際に入る時は先輩娼婦と二人で
最初に仕事をする従業員の多くは初めて見る世界に戸惑い、慌てる者だ。これは誰もが通る試練でもある。
次に長時間籠るとどうしてもトイレや腹を空かせる問題に当たる。
事前に済ませても発情状態となった女はどうしてもトイレに行きたくなるものだ。いや、男でも同様の現象に陥るけれど。
「さすがに大便はしないと思うけれど、見学途中で抜け出すことは出来ないわ。お客様の迷惑になる」
この場合は『おむつ』を着用する。それ用の下着も歓楽街では平然と売っている、と説明する。
長く運営されてきた為に必要な物資が随時制作、販売されてきた。
媚薬類も年々品質が向上し、体調悪化を招く事態が減っている。それも長年の研究の
妊娠を防ぐ避妊具も豊富だ。逆に子宝に恵まれる為のアイテムも作られている。それらを専門的に作る【ファミリア】があり、神の許しが出て初めて店頭に並ぶので信頼が厚い。
逆に非合法のアイテムもあり、
(……私はどうしてここに居るんだろう。……自分には無縁だと思っていた世界の事を知れば知るほど怖いと思ってしまう。……けれども、逃げ出すことは出来ない)
契約を交わしたからではなく、覚悟をもって臨んでいるから。
その覚悟が男女の営みなのが問題だ。
聞けば聞くほど自分の無知さ加減を思い知る。
部屋の説明の次は別室にて娼婦の仕事ならではの専門用語の勉強だ。雌として生まれたアタランテも何となく聞きかじった程度の事は知っている。だが、より深い部分は何もわからない。
部屋の一面に掲げられた移動式の黒板に――手慣れた様子で――白墨のチョークで
特に男女で違う性器の名称。うんこちんちんどころではなかった。
「……そういう名称なのか」
(……ほう、としか言いようがないな。子供が出来るの所が子宮というのは分かっていたが……。植物とか鳥で例えたりしないんだな。……聞いている私はただただ驚きの連続……)
途中から口を開けたまま呆ける事態が続く。
碧玉の瞳は文字に釘付けだ。
「この単語は娼婦の隠語ではなく、広義の名称です。病気になった時に説明できないと困る事があるので覚えておいた方がいいですよ。……恥ずかしくても」
「……はい」
弱々しい生返事が続く。
仕事に慣れている女性ははっきりと単語を口走る。アタランテも意味を理解する毎に声が低くなり、最後は無言のまま脂汗に塗れる。
女性として言葉に出すのが
この店では専用の名乗りがあるらしく、個人を示す名称を避けるのが習わしだとか。
今は先生と呼んでいる彼女の呼称は『山吹』となった。理由は髪の色だ。
極東風の名前でも良し、故郷に伝われる物語の登場人物でも良し。とにかく、それぞれの店の中で通用すれば何でもいいらしい。
もちろん、実名や二つ名も名乗っても良い。ただし、この店では通用しない、というだけ。
(そういえば、彼女の事を責任者や先輩と呼んでいたな。名前で呼び合う文化ではないのか)
急遽決まったアタランテの呼び名は『
前髪だけ緑色なのだが、それが鶯色に近いという。しかし、アタランテ自身は鶯色を知らない。緑色っぽいものなんだろう、としか。
「気に入らないなら自分で考えて頂戴」
そう言われてすぐに思いつくのは『林檎』だけだ。理由は好物だから。それを進言したら――
既に使われているので却下された。
残念がるアタランテに短い期間だからあまり悩まないように、と同情の目で言われてしまい閉口するしかなかった。
「今からあなたを鶯って呼ぶわね。ちなみに字はこう書くわ」
と、チョークで描かれたのは複雑な記号一文字。それで『ウグイス』と読むのか、と感心した。
先に出た林檎より山吹の方が簡単そうだが――極東の文字に忌避感を抱き、覚えるのが大変そうだから簡略したものを教えてほしいと進言する。せめて一般的な
難しくて書けないのは仕方がない。そうして書かれたのは
「今から鶯と呼ぶわ。あなたは山吹先輩と呼称するように」
「承知した、ヤマブキ先輩」
極東文字では覚えられないというアタランテの為に
小さな部屋で生徒と教師による勉強が本格的に始まった。
そして、開始早々に挫折感に見舞われるアタランテことウグイス。
文字を読んだり意味を理解するのはいい。それを実際に発音する所で詰まってしまった。
黒板に大きく書かれたのは普段の彼女であれば人の居るところでは言えないような単語ばかりが並べられた。
ウンコや小便、おしっこはまだ言える。ちんちんも何とか。
「お客様の中には無理矢理言わせて恥ずかしがる様子を楽しむ方がいらっしゃいます。鶯はきっと人気者になれますね」
「………」
返事が返せなかった。恥ずかしさのあまりに。
山吹の背後にでかでかと書かれている文字が気になって。
ちなみにそれは男性器の名称、すなわち――
チンポ。
ちんちんと同類なのにどうしてか声に出して言えなかった。何度も言おうとしたのに、と。
何故だが物凄い背徳感に苛まれる。対語として女性器名称の『マンコ』も言えなかった。
陰毛や
「おっぱいや肛門は言えるのに」
「……私には修行が足りないようですぅ……」
消え入りそうな声で言い訳する
それならば、と言える単語を連呼するように命令された。
今居る部屋は防音に優れているので割と大きな声でも外に漏れる事は無い。――それが本当かは確認していないが従業員として上司の命令は
うんこちんちんから肛門を一〇回ずつ発音していく。おっぱいも乳房や乳首という単語を交えて言っていくことになった。
ただ彼女に言わせているだけではなく山吹も単語を言っている。その度胸は歴戦の冒険者に匹敵する気がした。レベル3のアタランテですら怯むのに。
思わず尊敬の念を抱いてしまった。しかし、それで特訓をやめさせてもらえるはずもなく。
一通りの単語を学んだり、発声し終わる頃にはテーブルにぐったりと倒れ伏す
教える側の山吹は慣れた様子で佇んでいる。
最初の従業員は羞恥との戦いだ。これに慣れないと仕事として続けることは出来ない。
客の中には嫌がらせをする者が居る。それらは時に個人で対処しなければならない。
出来ない者は店を去るしかない。ここに居るのはそういう戦いに勝ち残ってきた者ばかりだ。
ただ女性器があるだけで客から金を貰えるわけがない。
「油断していると妊娠させられるわ。ここにはここの戦い方がある。いいですね?」
「……はい」
休憩を挟む頃には開店の時間になっていた。つまり夕方から夜になる間頃。
自宅に引き返すか、このままこの店で寝泊まりするか聞かれた。
恥ずかしさの為に外に出るのが怖くなったので泊まる事を選んだ。それに股間がびっしょりと濡れている。このまま外出するのも難しいと判断した。
着替えなどの荷物は一通り持ってきているので問題は無い。
「このまま実戦を見学するとまた倒れられると思うから……。三日ほど座学に集中しましょう」
アタランテははいとしか言えなかった。
強制されているわけではない。威圧的でもない。
単に自分が無知だっただけだ。だから、何も言い返せないし、気丈に振舞う事も出来ない。
仮とはいえ娼婦の世界に足を踏み込んだ。もう引き返すことも出来ない。ただ、前に進むだけ。
そう言い聞かせながら空いている従業員用の部屋に案内されて休憩するように言われた。そこで
狭い個室での講義はひたすらに息が詰まる。だが、それを三日も続けなくてはならない。
雄を知るためとはいえ、ダンジョンの下層に挑戦くらいの難題に早くも疲れを覚えた。
事前に食堂の場所を教えて貰っているので腹が減ったら行くように、と山吹から言われている。その前にまずはシャワーから。
そとは闇に閉ざされているのに室内は真昼のように明るい。それらは迷宮都市オラリオで作られた魔石製品のお陰だ。
外で仕事をする事が多かったアタランテにとって夕方からは就寝の時間となっている。なので今でも夜の活動は眠気が襲う。それでも数時間後には覚醒する。
深夜帯はモンスターにとっても夜行性の獣人にとっても活動的になる時間だ。
冒険者だった頃は寝て起きる機会が多く、一般人の様な長時間の就寝はまだ慣れない。
平均睡眠時間は長くて三時間。ダンジョンでは見張りの後退などを加味して一時間も寝られれば良い方だった。
(……子供のお漏らしのように濡れているし、粘ついている。着替えの下着をたくさん用意しておいて良かった)
ため息をつきつつ身体を洗い、新しい下着を身に着ける。すぐに濡れてしまうと思うけれど、何も履かないでいるのは気持ち悪いので仕方がないと諦める。
与えられた部屋は四人部屋だが同居人は一人だけ。残りは未定だとか。
他にも部屋があるので全従業員が二人だけ、ということはない。
食堂には料理担当の者が居るし、経理担当、物資担当が居る。それと従業員ではないが寝室の小物や敷物を運んだり選択する業者も出入りするので、それなりの人数が行き交う。
娼婦の制服に着替えたアタランテはそのまま食堂に向かう。薄着とはいえここに来るまでの間、似たような格好の女性ばかり見て来たので抵抗はあまりない。――異性が居ないから平気ともいえる。
(アマゾネスの恰好よりマシだが……、人前に出られるようなものではないな)
食堂での食事は基本的に自炊だ。大きな魔石製品の冷蔵庫の中に食材が収められており、それらを各人が取り出して調理していく。
料理が苦手の人は仕出しなどで注文した弁当を食べる。
既に席についていた他の娼婦達に食事の事を尋ねてみた。
「今日からしばらくお世話になる……、ウグイスだ。よろしく」
「よろしく」
「獣人さんは初めですね。片腕でしたね。……えーと、どうしましょう」
相手が障害者でも気兼ねなく接してくるのは珍しい部類ではないからだ。
オラリオにおいて五体満足で居る事は難しく、生活が困難な者な店員や客は彼女達にも覚えがある。だからこそ変に遠慮はしない。
無理に自炊を覚えろ、と言わないが一人の時の行動について説明しながら簡単な食事を作る。
(……お金を徴収していくと生活が困窮するか……。働くことが目的ではないんだよね、確か……)
(……獣耳や尻尾に触ってもいいのかな? それにしても細い身体……。これで第二級冒険者なんだっけ? 『二つ名』は何だろう? ああ、それ聞きたいけれど……、個人情報を聞くのは野暮なのよね。でも、知りたいな)
小さく悶えながらアタランテを見つめる娼婦達。
先輩店員の様子を眺めつつ愛想笑いを向ける
三日と言われたが次の日から三日なので実質四日も同然だった。一日程度増えるくらいアタランテにとって問題ではない。
――問題なのは授業の内容だ。
仕事の合間を縫って店の責任者である
「言いなれてしまえば気持ちも落ち着きます。……チンポ、マンコ、おしっこ、ウンコ。これくらいスラっと言えるようになりましょう」
「……貴女はどれほどの修羅場を潜ってきたのだ?」
そう尋ねると山吹は口角を少しだけ上げて、さぁ、と小首を傾げながら微笑した。
呻くアタランテは恥ずかしながらも単語を復唱する。大声で言った方がいいが、無理をさせるのも良くないと判断し、はっきりと聞き取れる程度なら合格とします、と山吹は告げた。
休憩時間に入り、個室に一人取り残されるアタランテことウグイスは何となく部屋を見回した。
教習を受けている部屋は狭い個室。男性の姿は無く、大勢に取り囲まれる事もない。それでもやはり恥ずかしさを感じる。
卑猥な単語を一〇〇個ずつ言い終わった後、薬品名と取り扱いについて学ぶ。それが終わると休憩だ。
異性の性器の名称も恥ずかしいが女性の各種名称を口に出して言うのも恥ずかしかった。それも人前で。
(頭の中がチンポとマンコという単語で埋め尽くされそうだ)
口に出さなければ比較的平気で言えるが、発声しようとするとどうしても呻いてからになる。
誰がこんな名称を考えたのか、と怒りが湧くが仕方がない。
昔から伝わる名称が卑猥だと思う方が悪いのだ、と自分に言い聞かせる。
左手で顔を隠しながら頭の中でチンポを連呼する。言い終わると言い知れない虚脱感に苛まれる。
(……たかが単語一つ。どうしてこんなに恥ずかしいと感じてしまうのか)
男性器と女性器の名称にすぎないのに、と。
言いやすさで言えば『おっぱい』はまだ平気だ。乳首も一人の時であれば――
性器の名称は中々口に出して言う度胸が出てこない。
休憩の為に山吹が退出している今、小さな声でチンポと言うと酷く大きな音として耳に聞こえて驚いた。
「……チンポ、チンポ。……やはり酷く卑猥な響きだな。マンコも……同様な……。おしっこやウンコの方が言いやすいか……」
単語は他にもある。肛門や陰嚢に睾丸。包茎というのはいまいち分からなかったが亀頭や勃起、陰核も習った。
性器に生えている陰毛は前々から知っていた。確かオリオンが口走っていた筈だ。
ふと【ファミリア】の仲間の姿を思い出す。団長アルテミス・タウロポロスに面と向かって今、チンポという単語を習っています、などと――言えるわけがない。
例え言ったとしても彼女はきっと動揺を見せないだろう。
乱戦の時も常に沈着冷静でいた。慌てたところをそもそも見たことが無い。
どんな怪我をしても文句一つ言わない女性冒険者。そんな彼女も卑猥な単語を言えと主神に言われたら恥じらいを見せるのか、気になった。
(案外平然と言い返してきそうだ。……たかが単語なのにどうしてこうも胸がざわめくんだか……)
気分が落ち込みかけるところで休憩を終えた山吹が戻り、講習が再開された。
単語を覚える事は大事だと
答えは単純に事前に知っておけば間違えない、と。
一日いっぱい卑猥な単語の発声練習に費やされ、合格を貰えたかどうか分からないまま就寝した。
次の日も同じく単語の勉強だが本物の教材を使う事になった。
山吹は男性を連れてこようかと思ったが適任者が見つからず、客に頼むのも気が引けた、という理由で従業員で妥協した。
店に居る女性は全て
「目の前にチンポを出してくれる従業員が居れば良かったんだけど……」
授業が始まる頃になると獣のように唸る事しか出来なくなる。
拒否権は勿論ない。逃げる気は無いが逃げ出したい気持ちに駆られる事は何度もある。
悶々と苦悩していても授業は止まらない。
縦長のテーブルの上に敷布団を敷き、その上に朝方仕事のない女性従業員の一人が寝転がる。
ただし、尻から足元はテーブルから零れる形だ。
アタランテの位置は寝転がる女性の投げ出された太ももに挟まる位置に座す。
「………」
言い知れない不安が襲う。こんな体勢の女性を間近で見る機会など――人生において――無いと思っていた。
なにより彼女は服を着ていない。アタランテが居ても気にしていないかのように両腕はテーブルの両脇を掴む形になっている。
垂れ下がる足の下に台を置き、体勢を安定させる。そうしないと浮いた太ももが辛くて下にずり落ちそうになるからだ。
体勢が安定する頃に授業が始められる。
「予習復習は大事よ。まずはここの名称を言ってごらん」
山吹が指で
寝ている
休憩に入り、食事とシャワーの後に講習が再開される。今度は別の女性が同じ格好となった。
「新人に見つめられるのって結構恥ずかしいわね」
「……すみません」
「他人の性器も見慣れてくればどうってことないでしょう? 獣人と形もそれほど違いがないと思うけれど……」
確かにそうだが、アタランテにとってみれば気軽に見るような部分ではないので言葉にしにくかった。
今度の勉強は山吹が言った部分を指し示したり、触ったりするようにと命令された。
いざ触れる段階になって山吹が止まるように指示した。
「そういえば爪のお手入れはちゃんとやっているかしら? それぞれ片方を欠損しているから難しいと思うのだけれど……」
「……ああ、
一つ息を吐いて裸の店員に見てもらうように指示され、されるがままに手足の爪の手入れを施される。
直接触れる部分から疎かにすると相手を傷つけてしまう。その辺りも特訓が必要だが座学を優先する事にした。
山吹はアタランテの為に様々なお手入れ用の道具の説明を追加することを約束した。
綺麗になった手足の爪の様子に互いが満足する。
「他人に足を触られるのは平気かしら?」
「くすぐったいが平気だ。素足で駆け回る事もあったから足裏は丈夫だ」
「それは良かった。お客様の中には女の人の足の裏を見るのが好きな方もいらっしゃる。触ったり、揉んだり……。中には嘗めたりも……。普段から綺麗にしておくと
思わず足を引っ込めたくなる情報に寒気を覚える。
世の中には様々な趣味人が居るのだな、と感心したり呆れたり――
何気ない会話の後、勉強が再開された。この頃になると抵抗感も幾分か薄れ、言われた通りの行動が取れるようになってきた。それと顔を背けるような激しい羞恥心も潜め始めた。
乳首を摘まんだり、陰毛に触れたり、大陰唇を慣れない手つきで広げたり――
片手での作業だがなんとか
「今ウグイスがやっている事を殿方にやってもらいます。その為にはやはり色々と知っておく必要がありますから。自分が異性にどこを触ってほしいのか、それをちゃんと言葉に出せなければなりません」
「……う」
娼婦としての仕事であればやらなければならないことだ。そう理解した。
全くの無駄な事ではない。けれども、何処までも恥ずかしい事だな、と強く思った。
自分の女性器では目立たない陰核も他人のものははっきりと目立つ形として見えている。羞恥を覚えつつ小さな突起を摘まむと店員の女性は小さく喘いだ。
これも指定されたことだが突然の変化に驚いてしまった。
「優しく触ってください。強く潰すようにしては駄目ですよ。第二級冒険者の『
「わ、分かりました。優しく撫でるように……」
触られごとにお腹が上下する。
この陰核や陰唇などは別の呼び方があるらしく、無理に覚える必要は無いけれど後日教えられることになった。
陰核の次は膣口に指を入れるように、と。
「生娘のウグイスの膣口は処女膜によって塞がれています。それは自分の膣に入れてもいいと思う殿方に破っていただきますから、この店では穴は空けません」
(……言い方がいちいち卑猥だな。店員と私の女性器には違いがあるのか。処女膜が……えっと、なんだと?)
少しだけ小首を傾げ、穴をあけるには殿方のチンポを挿入する、という事が脳内に浮かんだ。そして、顔が赤くなる。
さすがに悲鳴は上げなかったが相当恥ずかしい行為であることを理解した。理解してしまった。しかも他人の膣に指を入れたまま。
(……女性の膣にチンポを入れるのか。……ああ、そうだな。それが彼女達の仕事だ……。……えらいところに来てしまった。今更だが……。それと……膣というのは柔らかいな。何処までも指が入りそうで怖い)
動かすたびに女性が小さく喘ぐ。おそらく性器をいじられるとそうなってしまう。平然と佇むことが難しい、という説明を思い出す。
羞恥に耐えつつ二本の指で膣口を広げる。すると奥で蠢く肉塊が見えた。いや、膣で呼吸するように女性器が動いている。
それは手前に迫ってきたり奥に引っ込んだりを繰り返す。
「奥が見えますか? 芋虫の顔の様な外観で口のように見えるところが子宮口です。その奥で赤ちゃんが出来て、お腹が大きくなり、やがて狭い膣から生まれ出るのです」
「……こんなところから」
子供が出来る仕組みも後日教える事になる、と告げて山吹は次の命令を下す。
膣周りの感触をしっかりと学ぶように、と。
言われるまま他人の膣を弄り回す
ある程度触って学んだ後、休憩に入り午後まで自由時間となった。その間、与えられた自室にて手鏡を使い、自分の性器を観察する。
割れ目から小陰唇が飛び出るような形だった従業員達の
脚を開くと大陰唇が開くのは一緒で、見慣れた光景が現れる。見た印象で言えば自分の性器は綺麗だった。穢されていない処女の性器というのはこういうものか、と理解し納得する。
「……今の私に処女性は必要だとは思わないが……、穴が空く、というのは怖いものだな」
既に空いている女性は怖いものが無い。それは既に過ぎ去ってしまったから。
彼女達も最初は怖くて痛かったのではないか、と。
通過儀礼を済ませているから今があり、アタランテはその入り口に立っている。
気軽に考えていた節があるのは認めるところ。だからといって引き返す気は無い。いや、出来ないし、してはいけない。
協力してくれた娼婦達に申し訳ない気持ちを抱く。
(……命を捨てようとしていたんだ。命を軽んじていた私には丁度いい罰だ。このまま続けよう)
さしあたってどうやって処女膜とやらを破るのかと相手を誰にするか。
娼館に通う見知らぬ男性は印象的にも生理的にも嫌だなと思った。おそらく山吹もそれを望んではいない――筈だ。そう願いたいと強く思った。
後は無事に卒業できるか、だ。娼婦としてではなく一人の