※この作品はR-18です。

Purgaturium/英雄 cupiditas   作:トラロック

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†08† ありがたくない格言

 未知への興味の代償は決して少なくなかった。

 やさぐれて訪れた娼館にて果敢に挑戦したのは男女の営み。自慰行為に性行為。チンポとマンコなどの単語を学び、快感の最果てを知る。

 極度の興奮。緊張の連続。体力低下と脱水症状も相まって数日間寝たきりとなった。意識が回復した時は肋骨が浮き出るほど痩せ、身体全体が重いと感じるほどの脱力感に苛まれた。

 食事療法を受けながら落ち着いたのは更に一日後。持ち前の【ステイタス】のお陰ではないかと予想される。

 

(……野山を駆けずり回る幸せなひと時は夢だったか。……数日も寝たきりになっていたとは……。短期間の詰め込み教育の弊害か……。心なしか私のマンコは酷使し過ぎてヒリヒリしているような……)

 

 性にむしゃぶりついて調子に乗ったのはアタランテ・ミリアも同じ。ゆえに娼婦達を咎めようとは思わない。寧(むし)ろ、どこの馬の骨とも分からない小娘の為に尽力してくれた彼女達に深く感謝したいほど。

 思い出すとまた羞恥心で心臓麻痺を起こすかもしれないので、程々に思い返しておく。

 

「激しい現場は私の様な小娘には毒のようだ。しかし、あれ以上の事が無いと分かれば幾分か気が休まりそうだ」

「無事ならいいんだけど……。本当に娼婦になりたいなら毎日のように苦しむことになることもある。身体が資本だから……。もう少し身体が出来てから……、興味を覚えたらいつでもいらっしゃい。獣人でも歓迎するわ」

「ありがとう」

 

 追加料金を払おうかと進言してみると山吹に断られた。

 部屋代と言っても従業員用の寝室で、殆ど動かなかったから掃除も手間も殆どかかっていないという。

 最後まで逃げ出さずに講習を受けた例として従業員が良く飲む媚薬と雰囲気をかも出す香(こう)を受け取ることになった。

 

「心臓に負担がかかる仕事でもある。臨む時は運動をしてからよ」

「……肝に銘じておく」

 

 それから如何わしい話しを抜きにして外出できるようにまで体力が回復のは夜になってから。

 歓楽街の喧騒が耳に届く頃、人ごみに紛れて帰宅することにした。

 店員総出の送別会などは行(おこな)わない。代表者の山吹と暇な娼婦が見送るだけ。

 もう二度と厄介になる事は無いかもしれないと思いつつ彼女達に礼を述べて自宅に向かう。

 余計な寄り道だったかもしれない。帰り道、性に狂った虎人(ワータイガー)は居らず、獲物を見定める狩人が宵闇に紛れて消えていく。

 結局アタランテは一度も振り返事もなく、寄り道もせずに自宅に戻ってすぐ就寝に就いた。この日の夢はひたすら暗黒が広がっているばかりだった。

 

Erotiki trela

 

 数日間留守にしていた割に物取りに入り込まれたりせず、大事なものがそのまま置いてあった。

 本当に取られて困る物は隠してあるけれど、それを暴くのが盗賊の仕事だ。時には近所の貧乏人かもしれない。

 目が覚めたアタランテは姿鏡で己を見ると白髪が増えたような気がした。

 まだ少し身体は痩せているが移動には支障がない。震えていた手足の感覚も戻っている。

 ――ただ、全体的に弱々しく。また、死人の様な肌の白さが窺えた。

 

(一気に老化したような感じだ。……肉を多めに食べてもう少し体力を付けなければ)

 

 いきなり詰め込むのは勉強ばかりではなく食事も同様である事を思い出し、適度になれるところから始めようと思った。

 すぐに思いつくのは露天商で売られている人気商品『ジャガ丸くん』だ。甘い味が好みの彼女でも食べられる味付けがある。

 今回狙うのは肉と辛味。常に同じものでは飽きてしまう。特に甘いものは好きだけれど、それほど多くは食べない。

 理由は体力の足しにならないからだ。

 甘いものは仕事が終わってから、と決めている。

 早速食料補自由を兼ねて迷宮都市オラリオの北側にある商業地区に向かう。

 足腰が弱っていたためにいつもより足取りが遅い。以前は誰にも負けない俊足が自慢だった――

 杖を突きながら、というのも右腕の腋があるから出来ること。完全に肩口から失っていれば今以上に困難に歩行になっていたかもしれない。

 

(歩きにくいな。一歩がこんなに重いとは……。惨めだ。だからこそ弱者目線でものを見られる。……ここから這い上がるのは容易ではない。もう彼ら(冒険者)とは進む道を違えてしまった)

 

 移動している内に何人か見覚えのある冒険者を見かけたが、声をかける事はしなかった。

 例え声をかけても話す事は何もないし、同情してくれと言うわけにもいかない。逆に慰めの言葉をかけられたところでより一層惨めになるだけだ。

 頭の中で可哀相に、という単語が木霊(こだま)する。

 

(応援だけでは何の解決にもならない。例えて足が元に戻っても……砕けた心までは治らない)

 

 自慢の手足を失う事がどれだけ怖い事なのか知ってしまった。

 想像だけの恐怖よりも怖いものがあると理解してしまった。

 欠損した右腕や左足を見るたびにまた失ってしまうのではないか、と考えてしまう自分に気が付く。

 

Erotiki trela

 

 半日かけて買い物と食事を終えて帰宅した後、何をするでもなく就寝する。

 日がな一日何もしないで時間だけを浪費すると心が衰退していくのが分かる。このまま衰弱して死んでいく、とぼんやり思う時間が増えていく。

 何のために食べ、何のために生きるのか。

 動く事すら億劫に感じてくると命の終わりを考えるようになってくる。もうこのまま動かなくていいんだ、という諦めの気持ちによるものか。

 それを何となく想像するアタランテ。今はま(・)だ(・)そこに至るわけにはいかない。

 女神アルテミスとの約定が無ければもっと早い段階で生きる事を諦めていた。

 

(……黙っていても腹が減る。……夜店で夜店でも食べるか。その前に胃腸薬とか用意しておくか。後は性病か……。自分が良くても相手に何かあるのは気まずい)

 

 だるい身体に活を入れてもう一度買い物に出かける。

 外に出てや(・)は(・)り(・)と思った。じっとしているより動いていた方が気分が晴れる。

 家に居なければいい、というわけにはいかないけれど長く居過ぎるのは精神衛生上良くない気がした。

 買い物を終えるころには真っ暗な空が広がる。明日は雨かな、と思いながら。

 それからしばらく何をするでもなく家で寛いだり、食事に出かけたり――気ままな暮らしをしながらダイダロス通りの様子を眺めたりした。

 そこかしこで喧嘩が起きたり殺人事件が起きたりする噂などは聞かないけれど、貧乏長屋にしては割りと治安がいい事に気付く。子供達も怯えの色を見せず、狭い路地裏でかくれんぼしている。

 見て見ぬふりをせず、時には迷子を捜す事もある。

 たまに女神ペニアと炊き出しに訪れる謎の女性キルケーを見かける。

 オラリオには冒険しに来るもの以外に商売や貧民街の様子を気に掛ける者が少なからず居る事を知った。

 誰か彼か居て、一人だけの世界ではない。

 

(……もし、資金が無ければ日々の飢えを凌ぐために私はどういう行動を取るのだろうか。あんな炊き出しでも腹の足しになると信じて口にする。……生きることは難しく、安易な死はきっと愚行に違いない)

 

 機会がある時、住民に混ざって食事を貰ってみた。

 御大層なご馳走ではないが温かくて安心する味だ。

 鳥の羽の衣装をまとうキルケーという女性はアタランテの様子にこれといった意見を言わず、にこやかな笑顔で椀を提供してくれた。

 

「今日一日を頑張っていきてくれたまえ、愛しの子供(ピグレット)達」

「……感謝する」

「その椀に入っている食事は君の一日分の命と同等の価値がある。大事に食べ給え。朝に生き、夜に死す。……大魔女のありがたくない格言だけど……、君の道に少しでも光がさすことを祈っているよ」

 

 全てを見透かしているかのような言動に驚きつつアタランテは自宅に戻った。

 小さなテーブルに食事の入った椀を置き、左手でなんとか味わう。すると涙がこぼれた。

 先ほどの言葉が胸に刺さったのか、言い知れない感情にしばし戸惑った。

 そして、気が付けば椀の中身が洗ったように綺麗に無くなっていた。

 

Erotiki trela

 

 食べ終わった後、椀を綺麗に洗い、次の炊き出しの時に返却する。その時、キルケーから意味深な言葉をかけられることは無かった。

 いつものように今日も頑張って生きるんだぞ、とみんなにかけている言葉と同じだった。

 生きなければ何も成せない。死んだら終わりだ。

 単純にして真理である。

 

(知識を得た。次は……やはり体力か)

 

 少し金をかけて肉料理を中心に精のつくものを食べ、体力を付けようと思った。――代わりに心臓を強く方法が全く思い浮かばない。

 恐怖に打ち勝つのではなく、内臓強化の面だ。

 ここは専門家である医療系【ファミリア】に意見を貰った方がいいと判断する。

 単純に強壮剤を飲めば解決する、というものでもない気がした。

 しかし――

 

「過度な興奮を完全に防ぐことは出来ませんが強壮剤も一つの手ですよ」

 

 愛想笑いする店員にそう言われた。念のためにいくつか薬を購入する事になった。あまり高額なものは勿論避けた。いくら効果が高くても無尽蔵に払えないので。

 他に手は無いのか、と詰め寄ってみると内臓系の食べ物を摂取してはどうか、と言われた。

 単なる肉ではなく内臓系料理というのは盲点だった。頭には精のつくものとしか浮かんでいなかったので。それと匂いのきつい香草類も。

 獣人であるアタランテが苦手とするものだ。焼肉も大蒜(にんにく)を少なめにしてくれ、と頼むほど。

 酷い時は鼻をつまんで食べる。目的の為だから我慢できたことだ。

 普段食べていた焼肉は匂いの少ない香草を用いることが多い。

 鍛錬を疎かにしていた日々が続いたためか、すぐに洗塗れになったり疲れやすさを感じた。

 それと腕立て伏せをする時、性行為の場面が浮かんで真剣に取り組めなくなることがしばし続いた。それと散々陰核を擦られた為か、以前は目立たなかったのに今は突起が露出したまま元に戻らなくなってしまった。――最初は気になったが今は下着を穿いても何も感じない。

 それでも諦めずに続けていると病的に細くなった身体が骨が目立たないまでに回復した。

 大量の食事の後、半分くらい吐いて出て行ってしまうのは辛かったが――

 半月ほどで身体の調子が万全になったのはやはり【ステイタス】のお陰だろうか、と思い主神キュベレーに感謝の意を送る。

 体調がいいと気分も明るくなる。だからといって調子に乗るとまた寝たきりになるので、その辺りは気を付けようと心掛けた。

 

Erotiki trela

 

 隠居したまま朽ちる為に一人暮らしを始めたわけではない。その事を再認識する元女狩人のアタランテ・ミリアは戦闘装束をいくつか買い揃えた。

 暗闇の中を移動するの最適なものや外部から正体を探られにくくするもの。

 普段の戦闘衣(バトル・クロス)より悪人側に見えるのは無視する。とにかく、目立たない事を主眼に置いた装備であればいい。

 後の問題は欠損した手足の代わりだ。杖を突く以上、音で目立ってしまう。

 簡易的な義足でも割りと高めだ。

 

(……団長達に頭を下げて金を無心するか……。盗みは意味が無い。素人の鍛冶師を捕まえるのも一つの手だが……、それでも材料費が必要になってくる)

 

 戦闘用に使うわけではないから木材でも構わない気もする。使うのは出歩くくらいだし、と。

 あくる日、オラリオ中央に聳(そび)える『摩天楼(バベル)』に向かった。

 ここの上層階に武具の売り場があり、多くの若き鍛冶師(スミス)の作品と制作者当人による交渉が行(おこな)われている。

 上階には階段の他に魔石製品による自動昇降機がある。階層は五十以上。

 これだけの施設を建造する事は下界の人々には不可能に近く、多くは神々の手によるものと言われている。

 神々が会議を行(おこな)う場所もこの塔の三〇階だ。

 これから向かうのは四層から八層まで。管理しているのは鍛冶を司る【ヘファイストス・ファミリア】だが、店員は様々なところから出向している。

 ちなみに【ヘファイストス・ファミリア】の本拠(ホーム)は北東の工業区画にある。

 店は下から上に登るごとに華やかさから遠ざかる。客が楽な方に流れる都合で地上から近い方が有利であると思われる。

 アタランテの目的も八階層に設定していた。

 

(……運動を疎かにしただけで随分と疲れを感じる。まだ本調子に戻っていないからか)

 

 少々だるさを感じるが息が上がる程ではない。

 現場に到着すると装飾もろくにされていない金属の塊が目立つ。一言で言えばとりあえず作ってみた、を地で行く作品がそこかしこに置かれている。

 防具一式を箱に雑に詰め込んだものも。

 各店舗の様子を窺うと鍛冶師(スミス)と客が値段交渉したり、売り込みに大忙しだった。

 利用者の多くは下級冒険者だ。有名【ファミリア】の武具ともなると値段が段違いに高くて手が出せない。だが、ここなら原石の鍛冶師(スミス)達が造った性能不明の作品をお試しにと格安で売ってくれる。ものよれば掘り出し物となることもある。

 

(防具専門店は……無さそうだな。武器と一緒くたに作られている感じか……)

 

 アタランテがまとっていた戦闘衣(バトル・クロス)も金属鎧ではないが鍛冶師(スミス)の手によるものだ。彼らは服飾も手掛ける事がある。

 緑色を好んでいたが森の中で活動する為であって、あまり拘りは無い。――さすがに派手な色合いは勘弁願いたいところ。

 通路を散策していると女性ものの戦闘衣(バトル・クロス)を陳列している店を見つけたので中の様子を窺う。数人の女性冒険者が商品を物色していた。

 別の店を覗くと客は居ないが店版と思われる女性が頬杖をついて居眠りしていた。

 白銀の長髪に病的な印象を受ける色白の肌。眼帯を付けた半裸――下着姿としか言いようがない――の店員だった。

 大きな胸を包むのは頼りない下着の様な胸当て。長い脚を覆うものは無く惜しげもなく肌を晒していた。

 

(休憩時間か。男社会だと思っていたが女性の鍛冶師(スミス)も居るんだな)

 

 次の店に向かうとまたも女性が店番していた。こちらは本当の店番が急な腹痛の為に偶々(たまたま)来客した女性冒険者が見張りを兼ねて座っているという。

 防具を多く取り揃えていたので中に入る事にした。その間に戻ってくると思った。

 ロングブーツのようなものを履けば歩けそうだが、ズブズブと沈んでいって抜けなくなる事に気付いた。

 詰め物をすれば重くなる。金属の防具だとそれ自体が重く、歩くのが困難になる。

 軽い革製だとそもそもフニャっとなって履けない。

 中に何らかの加工をすれば義足の代わりに出来そうだが――素人(しろうと)考えには限界がある。

 この際、多少不揃いでも構わない、と。

 

(膝下が無いだけで曲げ伸ばしは……。丈夫な帯(ベルト)を付ければ……。あまり贅沢を言うものでもないか。二本足で歩ければ……)

 

 捻挫とは違い、完全に喪失している。自然と身体が傾いて杖を突いて歩く、という作業がとても重労働になっている。

 前に進むのに左手一歩で支えなければならない。

 防具を物色して悶々と考えていると店番をしていた女性が椅子を持ってきた。歩きにくそうにしていたのを見かねたようだ。

 

「どうぞ」

「……ありがとう」

 

 金髪碧眼で色白の人間(ヒューマン)の女性。背が低めだから小人族(パルゥム)という可能性もある。

 幼いうちは両者の見分けが困難である。

 幼子(おさなご)の様な明るい雰囲気をまとう笑顔を向けられ、アタランテは思わず表情が綻(ほころ)んだ。

 初めて見る顔だった。それは仕方がないかもしれない。ずっとオラリオの外で活動していたので未だに知らない事があっても不思議ではない。

 

Erotiki trela

 

 店員が戻るまでの間、自分の脚に合う防具を探してみた。店番の少女に尋ねるのもどうかと思い、放っておくことにした。

 他の来客も無く、わりと静かな時が流れた。

 普段から利用していたわけではないが、あまりにも静かではないかと不安を覚える。少なくとも四階は盛況だった。

 

(……棒を入れるとして足首はどうしようもないな。体重をかける時の問題もあるし……)

 

 見た目だけだといくつか候補を挙げられるが使用に関してはどれも難がある。

 肉体の喪失というのは相当大きな問題のようだと改めて失望に苛まれた。

 魔石製品のようなものや『魔力』に反応して動く仕組みなどが望ましいか、と考察していく。

 履けるけれど歩けない。その事実に気分が沈む。

 脚が資本だったアタランテにとって命の次に大事な問題だった。だから、今は半分死んだ状態だ。

 

「お、お待たせいたしました……」

 

 腹を押さえた青い顔の男性がフラフラしながら店に入った。しかし、すぐに呻いて姿を消す。

 どうやら下痢のようだとアタランテは何となく察し、自分の腹を押さえる。

 食べ合わせが悪い時や腐りかけの飲み物を飲んでしまった時によくトイレにお世話になった。

 酷い時は吐き気も同時に来る。

 

(恩恵持ちが病気になるのは珍しいそうだが……。下級冒険者でも腹を下す事はある)

 

 『超越存在(デウスデア)』と呼ばれる不変の神々も意外と人並みに病気になる。――ただ、回復速度が尋常ではないだけだ。

 都合三回ほど行ったり来たりを繰り返し、落ち着いたころには店頭に立つのはやめた方がいいと思えるほどに顔色が悪くなっていた。それより早く診療所に行った方がいいくらいに。

 

「……だ、大丈夫ですか? 今日はもう店を閉めた方が……」

「あー、そ、そうですねー。あれ? お客さんが居る」

 

 誰も来て否と思われていたらしい。奥で椅子に座って寛いでいるアタランテに今頃気付いた店員は大層驚いた。

 あまりに具合が悪いならアタランテも長居する気は無い。――本当は防具の相談をしようと思っていたけれど、あんなに顔色が悪いと出直したくなる。

 

「酷い汗だぞ? 早く休んだ方がいい」

「そうですよ。……今日はもう店終(じま)いです」

 

 二人の女性に言われては男性店員も折れるしかないと判断した。

 運のない雄だ、とアタランテは半分呆れつつ素直なところは可愛いと思った。

 見た目だけで判断するならば自分より少し年上のハーフドワーフといったところか、と。

 背が高くて褐色肌。それなのに離れていても分かるほどの顔色の悪さが余計に心配になる。

 

Erotiki trela

 

 急遽店を閉めるもののトイレに駆け込む事態がまた発生した為、店番をしていた女性と共に戸締りを確認する事になった。

 店員は店を閉めた後、礼も程々に階下にある診療所に駆け込んでいった。

 

(あれだけ走れれば大丈夫だろう。……私の場合はきっと間に合わないな)

「手伝っていただいてありがとうございます」

「……ああ、気にするな。偶々(たまたま)暇だっただけだ」

 

 自分の背よりも大きな杖を持つ女性冒険者。見た目から魔法専門だと分かる。

 表情がとても明るく、殺伐としたダンジョン攻略には似つかわしくない印象を受けた。

 もし駆け出しならば何か助言でも、と思ったが言葉は出てこなかった。

 

「……あのー」

「なんだ?」

「お礼というわけではないのですが……。武具探し、一緒にしませんか? 私も買い物が目的だったので……」

 

 店を閉める手伝いだけで買い物を一緒にする理由が理解できなかった。

 それに見ず知らずの冒険者だ。場合によれば敵――本来はそうなるが今のアタランテは【ファミリア】の蟠(わだかま)りから外れている。ただし、相手がまっとうな存在である場合に限る。

 怪しい輩(やから)であれば敵対も想定せざるを得ない。

 

「……正直に言いますと一人で買い物するの、すっごく不安だったんです。ここ薄暗いし、商品は汚いし、目利きが出来る訳じゃないんで、どんな値段をふっかけられるか、それはもう気になって気になって」

(……アストルフォみたいな奴だな。正直、煩(うるさ)すぎるのも好きではないのだが……)

「突然見知らぬ輩に一緒に買い物に行きませんか、と言われてついていく阿呆がどこに居る。そもそも、どこの【ファミリア】の団員かも分からないのに……」

 

 そう言うと今頃失態に気付いた、と言わんばかりに口元に手を当てて驚く少女。

 居住まいを正し、スカートを両手で摘まんで片足を軽く曲げて頭を少し倒す。

 

「これはとんだ失礼を。私は【モリガン・ファミリア】の団員で、……その、キャスターのアルトリアと申します」

 

 聞いた覚えがあるようなないような、そんな朧げな印象しか思い出せない。

 どんな【ファミリア】でどんな団員なのか。けれども、とても有名だったはずだ。結局のところ、ふーん、としか言えなかった。

 一応、アタランテも簡単ながら返礼をしておいた。ただし、自分の名前や【ファミリア】についての情報は言わなかった。殆ど脱退したようなものだから赤の他人や部外者を装えるが気が引けた、というのもある。

 馬鹿正直に何でも言えばいいわけではない。挨拶は簡単なもので充分だ、と相手に伝えると再度驚かれた。おそらく【ファミリア】の詳細を見知らぬ相手に言うな、とでも言われたことを思い出したのかもしれない。見る見る顔色を真っ青にしていく。

 

(キャスター。つまり魔術師(メイジ)の類(たぐい)か。……折角だが私は山育ちで都会の事は全く分からない。ついこの間まで世俗とは無縁の殺伐とした世界で生活していたからな)

 

 悪い言い方で言えば田舎者だ。その自覚もある。

 『二つ名』を言わなかったのは秘密にしたいというよりは駆け出しだから持っていない、と考えるのが自然だ。

 アタランテも『二つ名』を授かった。しかし、他の冒険者に呼ばれる機会は――彼女の記憶の中では――無かった。それを主神キュベレーは大層ご立腹になられた。うち眷属(子)の『二つ名』はかっこいいのに何故、誰も呼ぼうとしない、と。

 命名式と呼ばれる『神会(デナトゥス)』でキュベレーは満面の笑みで良い名を勝ち取ったぞ、と壮絶な戦いを終えたようなボロボロの状態で言っていたのを思い出した。

 

(知られていないのであればそれはそれで都合がいいけれど)

 

 いや、とすぐに思い直す。

 名乗ったから仕方ないな、と思って買い物に付き合う事になるわけがない。一般的な常識を持っている者ならば危ぶむ。

 アタランテの返答を待つアルトリアと名乗った少女はとても不安そうな顔をしていた。

 

Erotiki trela

 

 名乗れはすぐに友達だ、という考えでも持っているのか。生憎(あいにく)とアタランテにはそのような気持ちは湧いてこない。懇意にしている【ファミリア】の団員とすら最近まで互いに牽制しあう仲だ。すぐに手を取り合う獣が居ないように。

 断る理由は色々と浮かぶが共に買い物に行く理由はどうしても浮かばない。

 

「私も目利きできるわけではない……。値段交渉も得意というほどでもない。……残念ながら力にはなれそうにない」

「そ、そうですか……」

 

 一人で努力する事も冒険者には大事なことだ。

 ここで怖気づくようでは先が思いやられる。多くの失敗を重ねて前に進むしかないのだから。

 それに今のアタランテはそこ(冒険)から逃げ出した。御大層な助言などはなから期待されても困る。

 

「……だが、勝手についてくる場合はどうしようもない。偶々(たまたま)同じ店に行くこともあるだろうし」

 

 アルトリアに構っている余裕はない。ここに来たのは義足の代わりになるものを見つける為だ。それと協力してくれる鍛冶師(スミス)が居るかどうか。

 本音の部分ではどちらでも良かった。来るか来ないかはアルトリアが決める事だ。

 杖を突きながら次の店に向かう。その後を追うように彼女もついてきた。

 次に入った店の店員は鍛冶師(スミス)ではなかったけれど愛想の良い女性だった。

 

「いらっしゃいませー」

 

 鍛冶師(スミス)は奥で商品を制作しているらしく、姿は見えないが金属を加工する音が小さく聞こえる。

 無名の作品が所狭しと置かれており、それら全てが店の主人の作品ということなく、店を用意できない他の鍛冶師(スミス)の商品も並べられていた。これは他の店も同様である。

 まずは防具を確認していく。次に値札。品質はもとより期待していないが丈夫であれば良かった。

 

(長靴型……はこの辺りか。全身セット価格か? 具足関係の値段はどこかな……)

 

 一つずつ物色している横でついてきたアルトリアも欲しい商品を探していた。

 素人が頭をひねっても良い案など浮かぶはずもなく、やはり専門家に意見を貰った方が無難だと思った。

 それと――制作が無理そうなら諦める。たたでさえ貯蓄が減る一方だ。大きな買い物をあまりすべきではない。とりあえず、値段を聞いてから判断する事にした。

 店の主である鍛冶師(スミス)は歳若い人間(ヒューマン)の男性で所属は【ゴブニュ・ファミリア】だった。

 制作系の団員は店や服にそれぞれ所属している【ファミリア】の刻印(エンブレム)を入れている。

 主神から賜った『神の恩恵(ファルナ)』の影響にょって【ランクアップ】時に発現する『スキル』を使って制作する作品に特別な付与を施せる。

 新人の団員ゆえか相談事を持ちかけると作業をすぐに止めた。これが主神主導の工房であれば逆に追い出されてもおかしくない。

 依頼は受けるがあまり口出しするな、と自意識が高い鍛冶師(スミス)が割と多く居るからだ。その点、新人であれば色々んな事を勉強するうえで顧客の要望に耳を傾けてくれやすい。

 

「義足の代わりに使えるように改造できないものか。歩ければいい。あと、出来るだけ安く」

 

 ロングブーツ型の金属製具足を持ち込んで尋ねて来たアタランテに鍛冶師(スミス)は作業の手を止めて腕を組んで唸った。

 突然の要望に僅かばかり驚いたものの、客の為に真剣に考え込んだ。

 義足などは医療系【ファミリア】が得意としている。実際に作るのは鍛冶師(スミス)だが――

 注文書にある設計を元に。しかし、それらは下っ端には回ってこない高難度の仕事だ。

 だからといって出来ません、とは言わない。別に作る事自体は禁止されていない。

 

「中に詰め物を入れれば重くなり、体重を掛ければ膝が痛くなる。一体型が望ましいが……。素人ではこの辺りが限界だ」

「……そうですねー。お客さんの膝下は弛(たる)んだ肉が邪魔して設置を困難にさせていますからね」

(……弛んだ肉。肥満体系だと言われているような気分になるな)

 

 一応、異性相手だが欠損した左足の様子を見せない事には始まらない。裸を見せるより気分的には平気だった。もちろん下着が見えないようにすることは忘れない。

 本音の部分では女性鍛冶師(スミス)に相談したかったけれど、贅沢を言っても仕方がない。それとエルフのような高潔な種族ではないが――手足くらいなら異性に触れられても気にしない。

 

Erotiki trela

 

 木製。中に綿を詰める。バネを仕込むなどの案を出しては紙に書いていく。

 実際に作るとなると制作費と日数の相談に入るのだが、今はまだその段階ではない。

 本契約まで行くのは意外と時間がかかるものだ。

 

「ベルトと腰巻を連動させる……。杖なしであれば……。それでも歩き方がぎこちなくなりますね」

「杖が途中で折れては困るが……。それぞれの負担が軽減できればいい。使うのは日常生活のみだ」

 

 今日の段階では設計と見積もりしか出来ない。実際に作って客に受け渡すまで早くて数週間。安上がりに仕上げてもいい、ということだが強度不足の欠陥品を作ると信用にかかわる。そこは妥協したくないと鍛冶師(スミス)は言った。

 想像以上に制作に時間がかかる事が分かり、意気消沈気味に陥るも何らかの形になってくれればいいか、と簡単に考えた。

 

(……精巧な義足でなくてもいいのだか、結局高い値段になるのであれば無駄な事になるのか)

 

 念のために可能な限り費用を抑えたい旨を伝えておく。

 日を改めて来ることを想定し、店や鍛冶師(スミス)の名前を聞いておいた。その他でアタランテの用件は無くなった。

 未だに店内で品物を物色しているアルトリアに声掛けだけしておく。そうすると一人取り残される事に不安を覚えたのか、涙目になった。

 冒険者なのに幼い子供のように振舞う彼女の事が――どうしても放っておけない。お人好しというわけではなかったはずなのに、とアタランテはため息をつく。

 このところ外で遊ぶ子供を眺める生活を続けてきたせいかな、と。

 

(……そもそも【ファミリア】が違うのに私に頼ってどうするのだ。明日も付き合えと……言いそうな顔をしている……)

 

 変に心を許すとつけあがるかもしれない。ここは安易に流されるべきではないと判断し、アルトリアに一人で頑張るように言い放つ。

 時には痛い目に遭う事も冒険者には必要だ。アタランテはしみじみと痛感した。

 

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