仮面ライダーアマゾンズ LIVING AMAZON WS(Pixiv引用版) 作:げむおば
原作:仮面ライダーアマゾンズ
タグ:R-18 R-15 残酷な描写 仮面ライダー.バトル.切ない
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最終章に入るまでの読み切りになりますので、続きの最終章はこちらで読み進めてください
chapter:KILLING SIGMA]
野座間ペストンサービスという子会社があった。
そこには俺がいた。
俺は前原 淳。
駆除班というチームで仕事をしていた。
・・・。
この仕事はアマゾンを駆除すること。
──それは今もきっと変わっていない──
色々とストレスを感じる仕事だ。
だからこそ、嫌な仕事もゲームで忘れて、仕事終わりに仲間と話してリフレッシュしていた。
・・・。
俺は駆除班だったはずの前原 淳。
今でも俺は駆除班のメンバーだ。
今でも?そう。今でもだ。
自身にもよくわかってないがとても良く分かっているつもりだ。
俺の今の名はシグマ。
今回のミッションが目の前の男から与えられた。
「シグマ・・・いや前原君。君にはもう1度実戦テストをしてもらおう。アマゾンを駆除するんだ」
「了解」
この男の名は橘 雄悟。今も昔でも変わらずである。ただ、この男の言う通り仕事をするだけだ。
橘は俺の返事に頷き、近くにいた黒服の男に指示を飛ばす。
「シグマを鷹山 仁に再度接触させろ。・・・シグマ。オメガの討伐は評価する。これから手配する車に乗り込み、次はアルファの討伐をするのだ」
「了解」
俺は“アルファ”を倒すために現場へ向かわされ、淡々と戦闘をした。
──俺はそのターゲットを追い詰めていたはずだった
「そんな・・・バカな」
グシャア!!・・・と大きな音を立てて突然腹部が破裂し、見た事のある大きな手が俺を貫いていた。
「ぐあ・・・」
衝撃にうめき声をあげ、直後から動けなくなっていた。
痛みも感じなかったし、時間も感じなかったし、嬉しいも悲しいも何も感じることもなかったが、気がついたら俺は、振り返ると俺はかつての仲間に駆除されていた。
・・・いったいどうしてこうなったんだ?
俺はアマゾンだったのか?駆除対象の?確かにアマゾンシグマという名前を教えてもらった気がする。
アマゾンに食われて死んだ・・・?
・・・そうだ。思い出した。いや、覚えていた。
俺は死んでいた。もう既に死んでいるのに、また死ぬのか。
なんだか思考がまとまらないが、俺の体がこれから崩れる気がする。
何か感じることができるわけでもない、まるで粘土のような体が、今ここで崩れる。
・・・近くで俺を呼ぶ声が聞こえる。
マモル・・・?なんで泣いているんだ?・・・そうか俺が死んだから。
これからもがんばれよ。駆除班。きっと今度こそ本当にお別れだろう。
[newpage]
[chapter: IN TO THE DARKNESS ]
トラロックが終わり、人が溶ける怪奇現象も話題に上がらなくなった頃。
「ん?何だこれは?なんか詰まってんのか?」
マンホールの下、下水の点検をする若い髭面の男は下水に重く沈む真っ黒の球体を発見した。
試しにその球体を持ってみると、ジトジトしていていかにもグリストラップの生ゴミの塊のような感触だ。
しかし、何故かその球体は不自然に重く、ボウリングの玉4つ分くらいの重さには感じる上に、蠢いている感触すらある。
「・・・うえっ気持ちわりぃ。いくつか生々しいゴミは見たことあるがこれは初の感覚だ。さっさと回収して処分しねぇとな・・・」
気持ちを吐き出す独り言を言いながら球体から手をはなそうとした時、ようやく男は違和感に気づいた。
この球体は、男の手を飲み込むようにくっついている。
「あっ・・・ああっ!?離れろ!なんだこれ!?生きてんのか!?」
手をぶんぶんと振り回してみるが、取れるどころかますます悪化する。わずかな時間で両手が肘のところまで飲み込まれていた。
もともと重かったというのに、さらに大きくなっていく球体の重みに耐えられず、男は前のめりに倒れ込んだ。
「ぶぼぼぼ・・・た、たすけ・・・」
下水に顔が埋まり、息が出来なくなった男はもがき苦しむが、どれだけ暴れても球体からは離れられない。
その球体に上半身を覆うほどに侵食されると、ついに男は動かなくなった。
球体は、鈍色に輝き始め、下半身を新たに出来た『口』と『触手』で捕食するように取り込んだ。
「・・・マモル」
新しく出来た『口』で言葉を話す。それは最期に見たものの名前。
脳内で昔の姿を思い出す。それは、あの時死んだ『俺』の体。
「・・・俺は誰だ?・・・俺は前原 淳。」
思い出していくと、いつしか俺は昔懐かしいその姿を取り戻していた。
『俺』になった体からは薬のような匂いが体からしているが、特に行動に支障はないようだ。
ここは下水道か。きついにおいと薬のようなにおいが混ざり、鼻がまがりそうだ。
しかしとにかく今は・・・
「腹が・・・減った。」
出口は分かる。誰の記憶かはわからないが、この下水道の内部を俺は知っている。
とりあえず何かを食べるために外に出ることにした。
はしごを伝い、マンホールの蓋を押し開けると、そこは人通りの少ない路地だった。
「食べ物、無いじゃないか。」
記憶や考えがぼけて、うまく整理できない。
ただ、食べたいということははっきりとしていた。
なにが食べたいのかは、目に見えればわかるような気もしていた。
ふらつく足で路地を歩きはじめると、目立つジャンパーを着た若者が二人、路地に入って来た。
「お?なんだあの兄ちゃん?配管工か?」
「とりあえず脅かしてみるか?」
なにやら物騒な会話をしているらしいが、それより今は重要なことがある。
「おーい、配管工?の兄ちゃん、こんなところで何やってんの?」
「うわ汚ったない服!下水道の水でものんで暮らしてたんでしょ!ハハハハ!」
「・・・。」
「・・・話しかけてあげてんのに無視は無いでしょうよ?なぁ!きこえてますかーっと!」
若者の1人が慣れているような自然な動作で拳を持ち上げ、無防備な頬に向かって振りぬいた。
・・・痛い。
殴られた俺はそのまま地面に倒れ込む。
「は?よっわ!死にかけの行き倒れ?知らねーけどとにかく貰えるもん貰っとくか。」
若者の1人が彼の服をまさぐろうと近づいてきたとき、俺は思ったままを呟いた。
「・・・腹が・・・減った」
その瞬間、大きな紫の爆炎が広がる。至近距離にいた若者達、その炎に引火して吹き飛ばされた。
「うぎゃああ!?あっつい!!あついい!」
「なんだぁ!?なんだ今の!?火が!火が!」
若者が熱さと痛みにのたうち回っていると、彼は白銀に輝く新しい体を起こして、ゆっくりと歩きだした。
「これは・・・うまそうな肉・・・だな」
その直後、路地に若者達の悲鳴がこだました。
咀嚼音、汁をすすり噛み砕く音。
静かな路地に音が響く。
音を立てている本人は、音の原因に疑問を思っていた。
「俺は・・・人を食ってる?凄く食べたいと思ったし、美味しい。でも俺は、人を食うやつを駆除することを任務にしていて・・・」
疑問を口にしながら目の前のご馳走を口に運ぶ。
「ああ・・・すごくおいしい。でもこれは人だ。俺は人を食べているんだよな?・・・思い出した。アマゾンだ、化け物の姿になって人を食べるヤツがアマゾン。虫。俺はその害虫駆除をしていて・・・」
若者だったものの頭部を片手で持って、そのまま勢いよく地面に叩きつけて割る。
ほら、美味しそうなものが出てきた。
盃のような形に割れた殻を使って中身を食べながら、記憶を整理する。
「そうだ。俺は前原 淳であり、アマゾンシグマだ。新アマゾン細胞とかいうのを取りこんだ。だからこうして・・・」
残った中身を啜るように手でかき出しながら汁をすする。ぼんやりぼけていた思考が、徐々にクリアになっていく。
「・・・マモルも虫だ。そしてアマゾンシグマはその虫を駆除する虫だ。」
中身のなくなった殻を地面に落とす。鈍い音がした。
「腹も満たされたことだし、早速虫を狩るとしよう。そうだな、今の俺はアマゾンシグマだが、前原 淳でもある。二つの俺・・・。前までと違って意思がある、決定的に違う俺だ。新しい名前が必要だ。そうだな・・・」
「俺の新しい名は・・・『ダブルシグマ』・・・。」
『ダブルシグマ』と名乗った彼は、死体を背に、アマゾン狩りをするべく歩みはじめた。
[newpage]
[chapter:LIVING AMAZON LIVING DEAD]
「あれは・・・前原 淳!?なぜここに・・・」
橘 雄悟は、衛星映像を見て驚愕した。
駆除班によって始末されたはずのアマゾンシグマが映っていたからだ。
研究員の男がそれを解説する。
「街の監視をしているところ、シグマの変身に似た爆発が起こったため、すぐさま場所を特定。映像を記録しました。彼は路地に入った若者2名をアマゾン態の進化した素体に変身し殺傷、捕食し、街はずれの方角へと歩いていきました。なお現在も衛星映像で行動を追跡中です。」
橘は口元を抑えながら研究員に視線を向けた。その顔は険しい。
「・・・彼を捕獲しには向かえないか?」
「いえ、難しいでしょう。彼は恐らくランクAのアマゾン、もしくは手に負えないほど強いアマゾンになっている可能性が高いです。これは私共の仮説ですが、見てください。」
研究員は文書を束ねた資料を橘に手渡した。
「アマゾンシグマは、鷹山 仁、駆除班らとの戦闘の後、清掃を駆除班らに任せたものの、直後に雨が降ったため大部分が下水に混じって流れてしまったそうです。そして、シグマが捕捉されたエリアには開けられたマンホールがあります。」
「・・・ほう?シグマは下水から復活した・・・と?」
橘は話を聞きながらペラペラと資料に目を通す。
「そうです。シグマは恐らく下水に流され、
新アマゾン細胞と肉体だったものの塊となり、さらにトラロックで死んだ実験体の溶けた死体も大量に流れた結果、
おそらくその栄養やオリジナルの実験体の細胞などと混じって復活にこぎ着けたのかもしれないと考えています」
「トラロックの薬剤で死んだ実験体の栄養・・・か。下水に流して放置したのは問題だったようだな」
「・・・また、そのシグマのアマゾン態なのですが、アマゾンズドライバー無しでの変態にも関わらず戦闘能力はシグマよりも格段に上と思われます。
さらに食人衝動、間違いなく実験体を吸収しての行動でしょう。
トラロック以後から定期的に散布していた薬剤は未だに空気中に成分が確認されています。
下水に流れた薬剤も体に入っていると推測できます。恐らく彼にはトラロックが効かないでしょう」
橘は驚いた顔をして怯み、資料の最後のページをめくる。
「・・・ですので、このシグマは我々の作成した商品とは別物の正真正銘の新種のアマゾン、
資料にも書きましたとおり、通称『アマゾンワイルドシグマ』としてダブルエーランクの特例アマゾンに指定しました。現在はワイルドシグマの駆除のため、対策を練っております」
最後のページには、その白銀の体に禍々しく刺々しくなった四肢、妖しく伸びる無数の触手を若者に向ける『AMAZON WILD SIGMA』の画像が貼られていた。その画像の下にAARANKと記述されている。
「・・・対策か。シグマにも強力な衝撃を与える弾は効いたんだ。体ごと木っ端微塵にするような武器を持たせて戦える人間を準備しろ」
「整い次第、そう致します。それでは失礼します」
研究員は一礼し、そのまま退出した。
橘は部屋に1人残り、窓の外を見ながら呟いた。
「・・・完璧な商品のはずだったんだがな。シグマ計画はまだまだ完璧には程遠い・・・か。さらに感情も、行動も、死体らしく、商品らしくなるように研究しなくては・・・な。」
再度、追跡カメラに視線を戻し、ワイルドシグマを睨んだ。
そのカメラの先、その頃の前原は・・・。
「感じるぞ・・・。アマゾン。駆除してやる。」
前原はシャッターがしっかりと閉じた家の前にいた。
建物の上の方には「たばこ屋」と書かれている。
シャッターには鍵がかかっているようだったが、前原はお構い無しにシャッターを持ち上げる。
無理に上がりへしゃげたシャッターは爆音とともにくの字に曲がった。
すると奥に、2人ほどの動かない人間と、それを食らう者がいた。
「・・・やはりか」
その言葉に反応し、動かない人間を喰らうアリのアマゾンが振り向く。
そして、ゆっくりと呻きながら構えをとった。
前原は右手を開くと、アマゾンに向けて突き出し、視線の先の相手を潰すようにその右手で拳を作る。
「・・・アマゾン」
飛びかかろうと走ってきたアマゾンが、突如前原から起こった紫の爆発に吹き飛ばされた。
「ギィアアア!」
壁に叩きつけられて一瞬悶えるアマゾンだったが、すぐに体勢を立て直して走ってくる。
「俺の名はダブルシグマ・・・。お前ら実験体アマゾンを根こそぎ狩るためにここにいる」
白銀の体と刺々しい体が外の日光を反射して妖しく光る。
その紫の複眼は冷たく相手を睨みつける。
「はじめに言っておく。このゲーム、既にチェックメイトだ」
飛びかかるアマゾンに左手で腹部めがけてアッパーカットを決めた。
食らって吹き飛ぶアマゾンに向けて右手から触手を束にして出し、天井ごと突き破る。
「ぐぎ」
直後にアマゾンは絶命し、黒く変色し溶けるように床に崩れた。
少し遅れて、赤く光るアマゾンズインジェクターが残骸の上に落ちる。
「相手にならない。これなら何十体掛かろうと俺は詰まない」
そう言って後にしようとすると、部屋の奥の床にある蓋が、ガン!という音と共に跳びあがった。
「・・・何十体もいるということか」
その蓋の空いた場所から続々と同型のアリのアマゾンが姿を現す。
6体出てきたところで、明らかに他の形とは違う、赤紫の棘が数本生えた外殻の、一回り大きなアマゾンが出てきた。
「アレが女王か。・・・今度は・・・」
ダブルシグマは右手を開いて相手にかざし、翻して人差し指と親指以外を折り曲げた。
「お前達は二手で詰む」
直後にかかってきたアマゾンたちに反射するように、ダブルシグマは背中から出した無数の触手を床と天井を貫くように放った。
天井からカーテンのようにぶら下げる自身の触手で自分の身を守り、床からの触手が相手に向かうように伸びていく。2体のアマゾンを鋭く突き刺す。
貫かれたアマゾンはまるで肉食動物の群れにたかられる獲物のように大量の触手に襲われて切り刻まれる。
触手のカーテンまでたどり着いたアマゾンは、立ち止まってそのぶら下がる触手を手刀やパンチで牽制する。
「ギッ!?」
目の前の触手に気を取られた4体のアマゾンは足に絡みつく床からの触手に気づかず、動けなくなっていた。
「・・・まずは1手」
カーテンのようになった触手を収納し、動けないアマゾンたちを蹴り一閃で真っ二つに吹き飛ばした。
「そして、これでチェックメイトだ」
そう言って視線を戻すと、部屋にはただ黒い液体しか転がっていなかった。
「逃した?・・・俺としたことが」
ダブルシグマは変身を解除し建物を出る。すると、すぐ目の前に煙を出しながら横たわる女性がいた。
「なァ・・・なにこれ・・・あづい・・・アァ」
うめき声を上げている姿を見て、前原はゆっくりと近づく。上手くあの場からは逃げ出したものの、”別の原因”で遠くまで逃げられなかったようだ。
「・・・さっきの逃げ出した女王か。この外の薬剤の匂いはもしや、虫を駆除する殺虫剤か?」
半身が溶けかけた女性の後ろ襟を鷲掴みし、猫の首皮を持つように持ち上げた。
「おい、答えろ。この薬の匂いとお前が溶けている理由について分かることがあれば話せ。何か知っているから店の地下で避難していたんだろう」
女性は溶ける苦しさで悶絶しながらも、口を開いた。
「わ・・・私の仲間・・・雨の日に・・・溶けて死んで・・・それを知って・・・みんなで避難して・・・中にいた仲間も何人か・・・残ったのが・・・あれだけだった・・・」
「・・・なるほど、街全体に雨とともに殺虫剤をまいたわけか。水蒸気なら密閉された屋内でもない限り確実に吸うだろうしなぁ。考えたものだ」
用は済んだとばかりに掴んでいた手を離し、地面に落ちた女性の頭を足で踏み潰した。女王だった女性はみるみるうちに黒く変色して溶けてゆく。
前原は腕を組んで空を見上げながら、虫の反応を感じる方向へ歩き始めた。
「この街には殺虫剤の残り香が残っているようだな。殺虫剤から逃げ出した残りを駆除しないとならない」
突如、その虫の反応が途絶えて、前原も足が止まる。
「なるほど。このあたりの虫はもう息も絶え絶えで、駆除する必要は無いな」
そう言うと、また目的地を変えて別の方向へ歩き始めた。
「・・・駆除班のアジト。やつらがまだ働いていればその先に虫がいる。鉢合わせても・・・」
前原は不敵に微笑んでお腹を抑えた。
「・・・腹が減ったしな」
空腹に意識が向いたとたん、自分の中の何かに呑まれかけ、ハッと我に返る。
「これがアマゾン細胞の食人衝動か。大滝さんもこれに・・・」
腹が減ると極度に現れると聞いていた。しかし、食べることを考えただけでこんなにも激しい欲求に駆られるとは・・・。
前原は自身の手を握り締めた。
この衝動は我慢でどうにかなるものではない。
気を抜いたその時に、かつて感じたことのなかった異常な人肉への執着が、その野生のような本能的衝動に身を委ねさせようとする。
・・・耐えなければ。
その苦しみから油汗が吹き出る。
「腕輪だ、腕輪があれば・・・抑えることが出来るだろうが・・・はっ!?」
前原は腕輪を無理やり外して逃げた大滝と、先ほどの空腹時に自分が何をしたかを重ね合わせた。
「駆除班と合流してはならない。虫からまだ青の腕輪を奪えば、一時的に衝動を抑えられるはずだ・・・。耐えろ・・・」
意識を呑まれないよう、独り言を自身に強く刻む。
前原は反対の方向にもどろうと、方向転換して歩みを進めた。
「いや、その必要は無い」
「その声は・・・」
曲がり通路の壁の奥から現れたのは、かつて、前原を死から蘇らせた男だった。
「橘・・・本部長。俺をまた商品にしに来たのか?」
警戒している前原と対照的に、橘はどこか余裕を持った表情で、コツコツと地面に革靴を鳴らしながら後ろ手を組みつつ近づいた。
「似たようなものだが、ビジネスの協力要請だよ。前原君、君は優秀だ。新アマゾン細胞を取り込んだシグマタイプとして蘇り、倒され、崩壊したというのに今度は自力で蘇った。しかも、こうして自我まで復活している。私の想定外だよ」
「駆除しに来たのなら、抵抗させてもらうぞ。俺も生きたいんでね」
前原はゆっくりと右手を橘に向ける。
「勘違いしないでくれ。君と戦いに来たわけではない。交渉しに来たんだよ」
右手を橘に掲げたまま、前原は意図を探るように鋭く睨みつけている。
「君は今、困っているんだろう?その食人衝動に。見れば分かる。人を食べたくて食べたくて、どうしようもないんじゃあないか?」
何もかも見透かしたように、橘は語りかける。
「我慢するのは苦しいだろう?私はその食人衝動を抑えつつ、アマゾンの力を最大限に引き出す新たなベルトの試作品を、君に試してもらえないかと交渉に来たんだよ。」
そう言って橘は組んでいた後ろ手を解き、持っていたベルトを掲げて見せた。
赤が基調で、中心には複眼のような模様が細かくはいった黄色い楕円の部分がある。何かを差し込むソケット状のパーツが、前面に大きく取り付けられている。
「・・・これはどういうものだ?」
「これの名称は’’ネオアマゾンズドライバープロト’’。私はこのベルトを使える優秀な者を探していたのだ。とはいえまだ試作品だがな」
橘は恐れるそぶりもなく前原の側へと近づき、ベルトを手渡した。
「今度は俺に何をさせる気だ?」
前原が完全にベルトを受け取ったのを確認すると、橘は手を離して1歩後ろに離れる。
「先ほどの実験体残党との戦いを見ていたよ。凄まじい戦闘能力、そして実験体に容赦のない追撃・・・。君は実験体を殲滅することを目的にしているように見える。違うかな?」
「そうだ。俺は虫を、アマゾンを全て狩る。そうしないとならないと思った。俺のように、ただ食われるならまだしも、アマゾンを信頼して裏切られた人間のために・・・。だガ・・・」
前原は冷静に話していたようだったが、拳を握りしめて徐々にぶるぶると震え始めた。
「おい・・・!このベルトで、オレの衝動を・・・抑えられルんだろォ!?どうすればいい!」
様子が変わったのを見て、橘は冷静にポケットから注射器のようなものを取り出した。
「その答えは、これだ。動くなよ。」
そう言って橘は前原の首元にその注射器のような道具を突き刺した。注射器らしきものの中身がみるみる前原の体内に注入されていく。
「く!?あぁ・・・」
「この道具の名称は’’アマゾンズインジェクター’’。脊髄に注入し食人衝動を抑える効果がある。ついでに満腹感も感じるらしいが。人を食いたくなければこれを使えばいい」
前原は目を閉じて絶妙な快楽を感じていた。しかし、すぐにアマゾンズインジェクターの残量は無くなり、引き抜かれる。
「うっ!!はぁ、はぁ、これはいいものだな・・・。さっきの食欲が嘘のようだ」
空のアマゾンズインジェクターを2度振り、完全にカラであることを確認して橘はそれをポケットにしまう。
「そうだろう。そして、これは武器にもなる。このベルトによってね。協力するのなら、このベルトとインジェクターの供給を約束しよう。君にも悪い話ではないはずだ」
前原はすこし考えたが、 すぐに返事を返した。
「そうだな。俺も人を食いたくはないし、虫を狩るつもりだ。俺と同じ死に方をする人間を増やしたくはない」
「その正義感はすばらしいが、君は既に一度人を食べている。一度人を食べたアマゾンはその食人衝動を加速させる・・・それがどんなものかは、もう知っているだろう?」
「耐えてみせる。俺は虫とは違う、俺は前原 淳だ」
「なら、付いてくるんだ。車が手配してある」
くるりと背を向け、歩き出す橘。
それを見て、前原は少し遅れて付いていった。
用意されていた車は、軽トラックだった。
その軽トラックの荷台には、コンテナ室が設置してある。
「君に乗ってもらうのは、その“後部座席”だ。インジェクターを持った社員が待機しているから、食べたくなったら申告してくれ」
「後部座席、か。随分と豪華な車だな」
「そうとも。君専用の特別仕様だ。楽しんでくれ」
橘は嫌味を軽く流すと、右足を軸に体を車に向け、助手席に乗った。
仕方なく前原も、その後部座席と比喩されたコンテナ室へ足を踏み入れた。
入口を開けると、パッと明かりが付き、中にはインジェクターを手にした全身防護服の研究員が、両サイドの固定された長椅子に2人ずつ座っていた。
そのうちのひとりが前原をコンテナ室の一番奥の中央に固定された椅子に誘導した。
「完全に俺はアマゾン扱いらしいな。確かに今は人間とは言えないだろうが」
おとなしく椅子に座るとすぐに研究員にベルトで固定された。
エンジンがかかり、機体が震えると、コンテナ室内部のスピーカーから声がなる。
『前原君。少々苦しいかもしれないが我慢してくれ。まだ君は食人衝動が旺盛すぎる』
前原は黙ったまま目を閉じて力を抜いた。
車はしばらくの間走っていたが、目的地に着いたらしく完全に停車した。スピーカーから声が聞こえる。
『着いたぞ。前原君。降りようか』
「・・・あ、ああ」
ここに来るまでがとても長かった。
前原は我慢と解放を繰り返して小刻みに震えている自分の手を、まじまじと見ながらそう思った。
コンテナ室を出ると先に降りていた橘が、前原の様子目を細めて眺めていた。
「どうかな。たった10分程度の間に3本ものインジェクターを味わった気分は。人は食べたいか?」
「・・・いや、食べたくはない、が。食べたくなる・・・」
「なるほど・・・もっと効果のあるものを作らなくてはならないようだな。それでは行こうか」
「俺は、こんな・・・こんなはずじゃ・・・」
自分の意思とは別に蠢く食人衝動の波が恐ろしくなっていた。
インジェクターを打って衝動がおさまった今でも、自分の手を見つめ、あの衝動とは違う”本来の自分であるべき意識”を再確認していないと、気が狂ってしまいそうになっている。
研究員の1人がコンテナ室から降りた後、橘の横について並走した。
「本部長、完全に想定外です。ここまで強い症状ですと、アマゾンズインジェクターの在庫を考えても何日も持ちません。早急にアマゾンズレジスターを付けなくては」
「・・・仕方ない。近日中にネオアマゾンズレジスタープロトを完成させるように動かす。そうしなければワイルドシグマによって我々が・・・」
前原はその後ろを残りの研究員と共について歩いていたため、断片的に現状が聞こえてきた。
「やはり俺は想定外のバケモノ・・・か」
呟きが聞こえた訳ではないだろうが、橘が振り向いて前原に話しかける。
「前原君。ここが、新しい君の居場所だ。ここを拠点にしてアマゾン残党狩りに励むといい。・・・もっとも、残ったアマゾンの数ではおそらくなんのビジネスにもならないかもしれないが、君の戦闘能力は今後役に立つ。大いに貢献してほしい」
そうして紹介された建物は、四角く白いシンプルなデザインの建物だった。
ちょうどそこから4人ほど、マスクを付け帽子を被った人間が出てきた。おそらくここの研究員だろう。
すると、そのうちのひとりがこちらを見るなり足を止めて凝視してきた。
「・・・?」
「どうした?前原君」
橘がそう言うと足を止めていた1人の研究員がマスクを外して走ってきた。
「前原君!?前原君なの!?」
そこではじめて、前原はその人間を知覚した。
「お前は・・・」[newpage][chapter:IT IS GUILTY ENCOUNT]
橘はチッと大きく舌打ちをする。そして、その研究員に話しかけた。
「・・・知り合いか。渋谷君」
そう呼ばれた研究員は立ち止まり、バツが悪そうに返事をした。仕事中だということを思いだしたようだ。
「あっ・・・はい、そうです・・・」
「・・・はぁ。前原君。1本インジェクターを打ってからであれば、5分間だけ話してもいい・・・ただしその後は、後ろの彼らと共に私のところに来てくれ」
「わかった。インジェクターを」
研究員からインジェクターを渡され、首元に突き刺して注入した。
何度目かになるこの作業も手慣れたものだ。その姿を、目の前の渋谷という女性はまじまじと見ている。
注入し終わったインジェクターを研究員に渡して、身震いをしてから会話を始めた。
先に口を開いたのは目の前の女性だった。
「一目でわかった。おっちゃんでしょ?」
おっちゃん・・・懐かしいニックネームだ。
「そうだよ。俺は前原 淳。しーやん・・・だろ?[[rb:渋谷>しぶや]] [[rb:香>かおる]]」
「フフッ、びっくりしちゃった。おっちゃんがここにいるなんて・・・夢かなにかみたい・・・。
高校から5年も付き合ってたのに急に借金だなんだって言って私の前からめっきりいなくなっちゃって・・・」
そういうと渋谷は目に涙を浮かばせて前原に抱きついた。
「!!」
「・・・心配してたんだよ。
人づてに殉職したとか聞いて、本当に、本当に心配したんだから・・・。これからは何があっても私・・・離れないから」
「しーやん・・・。そうだな。ごめんな・・・」
2人は離れていた時間を埋めるように、許可された短い時間が終わるまで、ただただ抱き締め合った。
そのままふたりが抱き合っていると、前原の肩にぽんぽんと、研究員の手が叩かれた。
研究員が時間の終わりを告げる。
「前原さん。あと1分ですよ」
「わかった。しーやん、それじゃああとでまた話そう」
「うん。わかったよ。・・・あっみなさん、時間をとってすいませんでした!仕事に戻ります!じゃあね!おっちゃん!」
渋谷は手を振って、さきほど建物から出ていったほかの研究員の方向と同じ場所に走っていった。
それをこちらも手を振り返して見送ると、後ろから研究員の1人が背中を押した。
「行きましょう。前原さん」
「あぁ。でも何故・・・」
どうして、渋谷がここにいる・・・?その疑問の声に研究員達は答えることなく、前原を目の前の建物に誘った。
建物は堅牢な金属製の扉になっており、鍵もカードと鍵穴とで二重のロックになっている。
その重い扉が開いた先は、まっすぐ一本の廊下に、いくつかの扉とその廊下の奥の階段だけという非常に殺風景な光景だった。
「あちらの階段です。ここからは一人で降りてください」
なにやら疑惑を持たずにはいられないが、インジェクターのためには背に腹は変えられない。指示に従いまっすぐと階段に足をかけた。
降りていくと、その下の部屋はガラス1枚の壁で阻まれた通路と真っ白な部屋だった。
そこにはテーブルと謎の段差しかない。殺風景と言うには言葉が足りないほどの何もなさである。
階段を降り切ると、ウィーンという機械音とともに降りた階段の入口が閉じた。同時に部屋に薄暗い照明が灯され、また目の前に真っ白の部屋が現れる。
よく見ると、真っ白の部屋のテーブルに映写装置とスピーカーがあり、その薄暗い部屋に映像が映し出された。
そこには、橘が映っていた。
『前原君。突然閉じ込めてすまない。ここは実験室兼君のこれからの部屋だ。なにもなくて多少不満だろうが、当分はここで過ごしてもらう。・・・とその前に、そのベルトの使い方を教えよう』
「ようやくか」
前原は改めて腰に巻いたベルトを見る。
『そのベルトの変身の仕方だ。そこのインジェクターの入るソケット部分に、インジェクターを入れ、注入し、ソケットを下に倒す。そして君の声で稼動させるんだ』
「あぁ。前のドライバーと違うのは薬を入れることくらいか。やってみよう」
『おおっとやめてくれ。ここで変身すると物が吹き飛ぶ可能性がある。ここでは使い方を教えるだけで、戦闘実験をする部屋にこれから案内をするんだ』
変身しようとインジェクターを手に持った前原は、それを聞くとそのインジェクターをそのまま首に突き刺して注入した。
「どうにも要領が悪いな」
『悪く思わないでくれ。私にもこれから急用の会議があるんだ。戦闘シミュレーション前にあらかじめ説明をしておこうと思ってね。準備が整うまでここで待機してもらうためにね』
前原はからになったインジェクターをテーブルに置いた。
「それと、どうしてここに渋谷がいるのか知りたい。渋谷は前までただの薬剤師だったはずだ」
前原が質問すると、橘は顔を渋らせた。
『渋谷君は3ヶ月ほど前に面接採用してここに配属された新入社員だよ。・・・まさか君の知り合いだったとは誤算だったがな。とりあえず私は先の会議に向かう。悪いがそこで大人しく待っていてもらおう。すまないね』
そう言うと映写機のスイッチが落ちて、薄暗かった部屋が明るくなった。
前原はインジェクターとベルトを見ながら、うわ言のように呟いた。
「これがないと俺はただの薬切れの虫といっしょか・・・。生きる為、なのか、存在するため、なのか・・・」
それだけ言うと、壁にもたれ掛かって座り込んだ。
映写機の遠隔電源を落とした橘は、撮影室を出るとその隣にある会議室へと移動した。
ドアを開けると10人ほどの研究員が円形テーブルに先に座っている。その一番奥の席に橘が座るのを一同が見届けると、研究員の1人が沈黙を破った。
「それではワイルドシグマ対策緊急会議を始めます。現在ワイルドシグマは橘の独断により地下実験室に捕獲してあるとの連絡がありました。この件に関しての追加報告はありますか」
「あらたな情報がいくつか。順を追って説明しましょう。今回私は野座間製薬にて、本部長という立場から、ワイルドシグマを駆除するよう指示しましたが、おそらく駆除することは出来ないと考えました」
研究員のうちのひとりが口を挟む。
「まさか橘、またビジネスに利用する気か」
「もちろん。ただ、利用はしますが、ワイルドシグマはいずれ処分しますよ。そのための“圧烈弾プロジェクト”ですから。
ついでに、前から私の考えていたアマゾンの兵器としての有用さを実験したくてね。」
橘は立ち上がって会議室のホワイトボードに要点を書き出した。
「まず、ワイルドシグマには、野座間製薬にいる間に新しく開発したプロトタイプのベルトを試験運用させます。
そして、そのベルトでの制御がうまく出来なかったとしても、もしくはそのまま使えたとしてもとりあえずはアマゾン残党の駆除に当たらせる予定です。
どうやら、野座間の方では残党狩りに駆除班を向かわせたところ、例の水澤 悠や鷹山 仁、Mもあのトラロックから生き延びていると報告があったそうですしね。
これらの残党の始末もワイルドシグマに行わせ、その残党狩りが終わるまでに圧烈弾を完成させていつでも処分できるようにしておく。つまり・・・」
ホワイトボードには、ベルトの試験運用→残党駆除→圧烈弾による処分と書かれていた。橘はペンでトントンと叩きながら、結論を伝えた。
「この計画であれば、このチームの実績にも繋がり、私の試験運用も出来るということです。一石二鳥でしょう。・・・なにか他に提案がありますか」
円卓を囲む研究員達を見渡すが、手を上げる者はいなかった。橘の提案を上回る意見や意義はなく、そのまま拍手で幕を閉じた。
その一部始終を1人の研究員が、会議室のドアの向こうから聞き耳を立てていた。
「ワイルドシグマって、おっちゃんでしょ?おっちゃんがあぶない・・・」
「おーい、渋谷ぁ。早く来い!忘れ物もう回収したんだろ!」
「あっはい!今行きます・・・!」
渋谷は会議室のドアから離れて、外へと走っていった。
会議が終わると、その場にいた研究員のうちの3人を引き連れて、橘は足早に会議室を出た。
「早速だが、これからワイルドシグマによるベルトの試験運用を始める。彼をシミュレーション室へ案内してやってくれ。しかしことは安全に進めたい、直接は入らず、私とともにカメラで様子を見てから入るんだ」
そう言って先ほどの映写機を使った部屋に戻った。
監視カメラ映像を見ると、前原はしゃがんだまま微動だにしない。おとなしくしているようだ。
「・・・さて、まずインジェクターを注入させて、それからだ」
橘が映写機の遠隔電源をつけると、瞬く間に前原のいる部屋が薄暗くなり、壁に映写機の映像が鮮明に映る。
「待たせてすまないな。これから君にそのベルトの戦闘シミュレーションを行ってもらう」
前原はゆっくりと立ち上がって映写機の映像に話しかける。
『ようやくか』
「インジェクターを注入したら、シミュレーション室に案内しよう。君を疑っている訳では無いが、我々にも安全の確保は最低限必要なのでね。暴れられては色々と困る。」
『ふん』
前原はインジェクターを取り出すと、首に突き刺して注入する。
注入が終わるのをモニター越しに確認した後に、3人の研究員は部屋を出た。
『ふうぅ』
注入し終わると身震いをしてからインジェクターを振ってテーブルに置いた。
テーブルに置いてある、既に空になったインジェクターはすでに3本目であった。
『とりあえず、俺にはもっとこれが必要みたいだ。俺が俺としていられるために、もっとたくさんのインジェクターがないといけない・・・』
「そのようだ。さて、シミュレーション室へ行くといい。うちの社員が迎えにいく。素直について行ってくれ」
『分かった』
その返事を聞くと、橘は映写機の遠隔電源を落とした。
続いてマイクの電源を落としてから橘は呟いた。
「俺が、俺として、いられるため、か。彼はただのシグマであれば良かったのだがな。イレギュラーが起きたせいで、最も生きていてはいけない存在へと変わってしまったようだ」
両手を組んで、橘は真っ黒になったモニター画面を見下ろしていた。
「いや、“シグマ”とは計算式・・・。多くの実験体を取り込んだ彼はシグマにさらにシグマを重ねた・・・というわけか」
橘は立ち上がって監視カメラ室へと向かった。
「ハッ!私らしくない。あまり余計なことを考えると良くないな」
前原が案内に従ってシミュレーション室へ辿り着くと、研究員はすぐに部屋から掃けていった。
シミュレーション室の中には、様々な突起と車、ドラム缶などがあり、そしてサンドバッグが3つほどぶら下がっている。
「なるほど、ここでサンドバッグをなぐるだけということか?」
部屋の中に突如ぼそぼそとした音が流れ、声が響いた。
『前原くん。それではまず変身してくれたまえ』
「分かった」
前原はインジェクターを取り出し、目で残量があることを確認してからソケットに突き刺した。
心地良い注入音とともに頭の中の余計な衝動が排除されていく。
すると、ベルトから機械音声が鳴った。
──ZE・RO・SI・G・MA──
完全に突き刺すと、ベルトに熱が篭もり、さらには自分にも熱とともに力が沸き上がる。
熱ではち切れそうな全身を押さえ込みながら、口から声とともに膨大な熱を発する。
「ァアマゾォン!!!」
同時にソケットを倒すと、全身から紫の爆炎が吹き上がり、体にまとわりつく焔がそれを鎧に変えていった。
1度目の爆風で身を、2度目の爆風で鎧を、3度目の爆風で硬質な形を整えるのが分かった。
「・・・ハァァァァァ」
口から熱を吐き出そうとすると炎を吐いているかのような熱い蒸気が吹き出す。
頭には薄い黄色のバイザーが仕込まれ、装甲で覆われる。そして、何故か左半身だけがしっかりと装甲で覆われた。
しかし腕や足には何故だかずっと焔がまとわりついているだけだった。
『・・・素晴らしい。変身は成功・・・だが、どうやら試作品ゆえ、完全に装甲では覆えなかった上、武器となるはずの部分が不完全だな。うまく整形されずに焔となっているようだ』
「暑いなこれは」
じーっと焔を見ていると、ゆっくりと少しずつ整形されていくのが見えた。
「作られているぞ。ずいぶんと遅いようだが」
『そうか。それでは整形できるまで、その部屋を荒らしてみてくれ』
「分かった」
前原は聞くなりすぐに全速力で走り出し、その拳で1つめのサンドバッグを殴ってちぎり、障害物を飛び越えて斜めにまっすぐと飛ぶ飛び蹴りで2つめのサンドバッグを蹴り飛ばした。
その通った道を残像のように紫の炎が燃やしてゆく。攻撃されたサンドバッグも同じように引火している。
『とてつもない速さだ。攻撃力も凄まじい。・・・だが、これはどうだ?』
突如置いてある車が走り出して前原へと突撃する。
「耐久テストのつもりか」
前原はインジェクターのソケットを上下した。
──AMAZON STRIKE──
「チェック・・・メイト」
前原は飛び上がり、右脚で半月の形に蹴り、向かってくる車を蹴り飛ばした。
四肢の炎が空中にまとわりついて続いていき、龍のようにもみえる。
蹴り飛ばされた車は前輪部分がもげて、残った部分が横転し、紫の炎が引火して小刻みに爆発する。
『・・・驚いたな』
「これはなかなか面白い。このベルトは平静さを保てる上に力が沸き上がる」
ふと四肢に目をやると、焔が消えかかり、腕に何かの装置が、脚に装甲とスパイクがついたところだった。
「どうやらこれが完全体のようだな」
『よし。それでは2次テストを始めよう』
「まだあるのか」
そう聞くと部屋の奥の床がウィーンという機械音とともに開き、檻がせり上がってきた。中には若い男性が閉じ込められている。
腕には赤く光った銀のアマゾンズレジスターと金のアマゾンズレジスターが付けられている。
『これは薬が切れる前の実験体にこちらの野座間製薬が後になって作り出したレジスターが取り付けられた、意思のない私達の意のままに動く実験体だ』
「・・・なんだと!?」
前原が動揺を顕にすると、橘はその様子を[[rb:訝 >いぶか]]しんだ。
『ん?どうかしたのか?戦闘テストのために準備された極めて貴重な相手だぞ?しかもランクはA。並大抵の相手では敵わない。兵器としては無類の・・・』
「おい!意のままに動くというのはどういう事だ!?」
『そうか。君も同じような時期があったから同情するわけか。君は大きな勘違いをしている。彼は実験体。
元々人間ですらなく、駆除されるべき存在だ。生きていていい理由などない。
それを私はわざわざ存在していていい理由を作っている。それどころか、人間にとって最も有用な・・・』
「いや!!いい。やっぱりもう話さなくていい。そうだな。確かにこいつは虫だ。どうあっても・・・」
橘はため息混じりで答えた。
『・・・まあいい。始めてくれ』
前原は、全身を震わせながらソケットにさらにインジェクターを突き刺した。
すると、右腕の装置から新しく武器が作られた。
──LANCE LOADING──
機械音声が鳴り終わると装置から柄が発現した。その柄を引っこ抜くと、鉄製の長い槍が出てくる。
「意思のない実験体の悲しい運命は俺が一番よくわかる。お前は最短の一手で済ませてやりたい」
『行くぞ。前原君』
橘の声と連動するかのように、男性はクモのようなアマゾンに変身し、歩み出した。
こちらに襲い掛かるアマゾンに向かって、前原は槍を構えた。
「まず1手・・・」
そう呟いてまっすぐ投擲すると、クモのアマゾンは横に身を翻して避け、6つの脚を地面につけた。
「・・・読めないな。さて、どうくるのか。このタイプは何度か駆除班の時に相手にしたが・・・」
クモのアマゾンは脚に力を込めると、次の瞬間、凄まじい速さで壁から壁へ飛び移りながら糸を吐き出した。
前原はそれを目で追いかけるだけしか出来ない。
こちらを翻弄するように動いていたクモのアマゾンは、こちらが攻撃を仕掛けないことを確認すると、糸を吐きながら前原に体当たりを仕掛けてきた。
「ぐっ!!」
勢いのままぶつかると、通り抜けてそのままその方向の壁へ移り、床へ、天井へ、糸を吐きながら移動していく。その途中途中で体当たりをしてくるので、前原は防戦一方になっていた。
「ぐあっ!・・・鬱陶しい!!」
それほど攻撃が効いているわけではなかったが、攻め手に出られないことに憤りを感じていた。拉致が明かないと思った前原は、隙をみてインジェクターをベルトにさらに差し込み、もう1度ソケットを動かした。
──LANCE LOADING──
すると、先程投擲した槍が再び精製され、引き抜いて身構える。
が、あたりを見回して前原は困惑した。
「なるほど、ただヒットアンドアウェイを繰り返していたわけではなかったのか。・・・おかげで、俺の方の弱点も分かったな」
前原の脚、腕、腰、頭、あらゆる部分には、いつのまにか既に糸が付着していた。痛みがないために気付かなかったが、体の自由は糸によって奪われていた。普通の人間であればこうなると逃げることも叶わず、食われるのを待つのみだろう。
「この装甲は丈夫で頼りになるが、どうにも痛くないものに対しての感覚は鈍くなるみたいだな」
前原は力任せに槍を振り回して腕や頭の糸を切り裂くと、その次の瞬間に足と腰の糸が全身を持ち上げた。
放り投げられるような挙動で打ち上げられたあと、前原はハンモックのような蜘蛛の巣の中心に叩きつけられた。
「・・・」
前原はバイザー越しの妖しい紫の眼で天井にいるクモのアマゾンを睨みつける。
『降参してもいいんだぞ。前原君』
「・・・降参だと?まだ終わっちゃいない」
前原が槍を振り回し始めると、クモのアマゾンはその槍を糸で絡めとり、槍を持っている腕に向かって飛び、蜘蛛の巣から見て垂直に前原に馬乗りになった。
そのまま前原の顔に糸をはきかけながら殴打しはじめた。
「ぐっ!!がっ!!!」
ガン!ガン!と殴打する音が部屋に延々と響く。
はじめは腕で引きちぎっていた糸も厚みを増し、抵抗できなくなっていく。そのままクモのアマゾンにされるがまま殴られ続ける。
しばらくしてクモのアマゾンが殴打を止めると、前原は変身を解除した。
『終わりか。まぁ仕方ないだろう。こいつは実験体の中でも少し特別な相手だ』
クモのアマゾンが床に飛び降り、出てきた檻に足を運ぶと、蜘蛛の巣の中心が突然爆発した。
『ちっ。ベルトの性能のテストをしたいというのに』
燃え盛る蜘蛛の巣だったものが降る中、地面に降り立ったその爆炎の中心に立つのは、ベルトで変身した前原ではなく・・・。
『ワイルドシグマ・・・。いいだろう。ダブルエーに指定されるその戦闘能力をみせてみろ』
ワイルドシグマは、クモのアマゾンに左手をかざし、視線の先で握りつぶすように拳を握りしめ、次に人差し指と親指を開いた。
「お前は2手で救われる」
クモのアマゾンは、先ほどと違う姿の前原を前にして、同じように高速移動をし始めた。先手を取るつもりだろう。
怯まずワイルドシグマは腰から四方に触手を伸ばして呟いた。
「まず1手」
後ろに伸びた触手は投げ出されていた槍を取り、真横に伸びた触手はそのまま天井に登ってカーテンのようにうなだれ、前に行った触手はクモのアマゾンを追いかけた。
標的を追尾して何度も壁に触手を突き刺す。壁にどんどん窪みが空いていく。
「ハァッ!!」
ワイルドシグマは槍を持ったままクモのアマゾンに飛びかかり、展開した触手を一斉に相手に向かって狭めていった。
『何っまずい』
逃げ場を失ったクモのアマゾンは天井で動けなくなり、苦し紛れに糸をワイルドシグマに吹き付ける。
しかしそれを難なく振り払い、右手で槍をクモのアマゾンに向かって投げた。
「ぐぎいいいい!!」
クモのアマゾンの腹部に槍が突き刺さり、天井から床へと落下した。
落下したクモのアマゾンへと歩いて近寄るワイルドシグマ。その最中に糸まみれのもう一つの槍を手にとり、目の前にたどり着いた。
「次で積みだ!」
ワイルドシグマは寝転がり動けないクモのアマゾンに対して槍を大きく振りかぶれるように構えた。
『待て!!殺すな!!!!!前原君!!!』
キィーンとマイクの音が割れる。ワイルドシグマは耳元を手で抑え、変身を解除した。
「・・・ッツ!!殺すなだと!?もう死んでいるようなものだろ!!!お前達が殺したようなものだろうが!!!」
前原は怒りをあらわにして槍を床に叩きつける。
すると、クモのアマゾンが変身を解除し、腹部から血を流す男が現れた。目には涙を浮かべている。
「ウゥッ・・・ち、違うんだ。橘さんは・・・」
「なっ!さ、さっき、意思がないと言っていなかったか・・・?いったいどういうことだ・・・?」
『そうだ。ある意味な。その金の腕輪と銀の腕輪の揃ったアマゾンは、食人衝動が完全に抑制され、我々のコントロール下に置かれる。人間や他のアマゾンと変わっている部分はたった一つ、強いアマゾン態になれること、それだけだ』
橘の放送に続いて、クモのアマゾンの男性が続ける。
「私はここの社員だ。君も知る多くの実験体のうちのほんの一人だが、金の腕輪に選ばれた例外・・・。同時に橘さんの言いなりであり続けることで私は存在できている。
自由意志は持たされないが、こうして存在することは認められている。
だから、私はここで自由に戦闘シミュレーションが出来る絶好の相手としての役割を全うするんだ・・・」
前原はその話を聞いて冷静さを取り戻し、一つため息をついた。
「なんだ・・・。俺はてっきり、何も感じない人形と同じかと思っていた」
クモのアマゾンの男性はそれに遮るように続ける。
「いいや、何も感じない人形、っていうのは今の私にも似ている。私はまだ外に出ることも許されてない、戦闘の道具でしかないのだから・・・」
『“実験体S”。・・・いや、君の名乗った名前で言えば翔、[[rb:山口>やまぐち]] [[rb:翔> しょう]]。まだ何も感じられない君にもいずれ外に出るチャンスは作るつもりでいる。だが、それまでまだここで頑張ってもらわなくてはならない』
「はい」
翔はとぼとぼと檻の方向へと向かった。
「・・・翔さん」
前原が翔に話しかけると、翔はゆっくり振り向いた。
「翔さんには意思もあるし、感情もある。これから生きる楽しみや大切なものが出来るかもしれないですよ。・・・偉そうな事言ってすいません」
前原が照れくさそうに言うと、翔は少し微笑んでから檻へ戻っていった。
檻が閉じると、また翔は地下へと檻ごと吸い込まれていった。
前原は橘に向かって質問する。
「翔さんはこの地下で何をされるんだ?」
『君が知ることではない』
「いいから教えてくれ」
『・・・強化実験だよ。兵器としてのね。さて、インジェクターを打ってから部屋の外へ出てくれ』
「・・・そうか」
前原はインジェクターを首元に突き刺して、歯を食いしばって監視カメラを睨んだ。
シミュレーション室を出ると、橘がその向かいの部屋から現れた。
「ご苦労だった。前原君。それでは、さっきの実験室にもどって点滴形式でタンパク質をとってもらおう。終わったら1度休息だ。その方が都合がいいだろう」
橘が研究員にサインを出す。うなづいた研究員たちは前原を誘導しようとしたが、前原は1度手を振って遮った。
「ん?どうしたんだ前原君」
「・・・橘、二度とシグマタイプなんてつくるんじゃないぞ。二度と・・・!」
そう言うと、前原は研究員の誘導なしに実験室へと先に歩いていった。
橘はゆっくりと前原の方向へ視線を向ける。
「・・・あぁ、そうか。心配しなくてもいい。君のような危険物を生み出してしまうリスクを知ってしまったら、前みたいに気軽に作ることはできないさ。
もっと、改良を重ねないといけない・・・そう思い知らされたよ・・・」
後半は誰にも聞こえないように呟くと、どこへやら橘は歩いていき、携帯電話で何者かに電話をかけた。
「・・・あぁ、忙しかったかね、突然の電話ですまない」
『いえ、貴方の動向はワイルドシグマの捕捉映像で確認済みです、特別対策室に匿っていたのは拝見しましたが。・・・知らせずに突飛にこういう行動をされては私共も困ります』
「それはすまなかったねぇ。気がはやってしまったのはあったが、こちらのチームで開発したものを試したかっただけでね」
『あの不可解な赤い物ですか。そちらのチームに連絡したところ詳細は話せないと言われました。同じ野座間製薬グループの人間にも隠し事をするのですか』
「まぁ、見られてしまってはしょうがない、私から許可があったと伝えてくれ。それなら問題ないだろう?ああ、詳細説明は向こうで聞いてくれたまえ。それよりも、前原 淳・・・ワイルドシグマだ。今から野座間に向かって特別会議を開きたい。重役を集めて時間を決めてもらいたい。なるべく早いほうがいい」
『わかりました。すぐに』
「・・・仕事には的確な行動、流石だよ、加納君。今後ともよろしくねがいたい」
『・・・それでは、失礼致します』
電話が切れると、橘は玄関にいる研究員に車を手配させた。
「そろそろ野座間も潮時か?いや、野座間と連携するのも決して悪くは無い・・・どういう体制をとるべきかは・・・悩ましいな」
その背後で、橘の目が完全に外にあることを確認し、渋谷が実験室に向かっていた。
「あっ!待ってください!」
実験室に着いた渋谷は、その地下へのゲートを閉める作業をする研究員に話しかけた。
「あぁ、君は彼の知り合いだったな。ちょうどいいところに来た。おい!お前入らなくていいぞ!」
一人が実験室に声をかけると、地下から研究員が出てきた。
「やってほしい仕事がある。実はこれから、タンパク質を点滴しながら彼には就寝してもらうんだが・・・。とりあえずこれを読んでくれ」
一枚の冊子を手渡されると、渋谷は黙々と読んだ。
内容には色々と思うところもあったが、前原と話す貴重なチャンスを逃したくはない。
「・・・了解です。やります」
「おっ、やってくれるか!それじゃあ交代は3時間後以降にコールしてくれ。監視カメラは記録し続けるし、一応緊急通報もある。これは危険な仕事だから、少しでも異変を感じたり、自分の手に負えないと判断したらすぐに通報してくれ。いいな?」
「大丈夫です!」
渋谷が笑顔で言うと、研究員が渋谷にゲートの隣に置いてあった旅行用のアタッシュケースを手渡した。
「これが最後のひとつだ。重いだろうが気をつけるんだぞ」
「だっ!だだ大丈夫ですよ!」
一度取っ手を持って持ち上げた渋谷だったが、階段にローラーをつけて一段一段降りていった。
「閉めるぞー。頑張れよー新入りー」
「あっはい!!頑張ります!!」
ピピピっとアラート音がなってから、ゲートが閉じた。既にベッドに横になっていた前原は渋谷を見ると警戒をといた。
「・・・しーやんか。俺としてはちょっとは気が楽だな」
「ふふっ丁度よかったよ。おっちゃん!」
渋谷はゆっくりアタッシュケースを床に運び、ローラーで前原のいる白い部屋に持ち運んだ。
「今点滴中なんだね。私が業務を引き継いだんだけど、危なくなったらインジェクター?をさっきみたいに注入するね」
「あぁ。よろしく。
・・・ところで、しーやんはどうして野座間に・・・?」
渋谷はアタッシュケースから手を離して冊子を広げながら、前原の質問に疑問の顔を浮かべた。
「のざま?・・・そういえばどこかで聞いたことあるけど、たしかここの提携の組織だったっけ。私ものざま・・・の人なのかな?ホーシー?だったかって言ってたけど」
「ほーしー?っていうか自分の働く会社の名前くらい覚えておけよ・・・」
「いやーそれがね、みんなよく知らないらしくて・・・橘さんがその、のざまって所のえらい人っていうのは知ってるんだけど、こっちでもなんか局長?の立場についてるみたい」
ふーん、と相槌を打つ前原を尻目に、渋谷は冊子を改めて読む。
大きめのアタッシュケースが大量に置かれて狭くなった部屋で、前原は少し周りを見回してから目を閉じた。
渋谷は前原のベッドの隣に用意されていた椅子に座ると、小声を出しながら冊子を読む。
「1つのケースの中のインジェクターは30本あり、現在ある20ケースのインジェクターを搬入、緊急時は5分に1度インジェクターを首元に打ち込む・・・インジェクター処置は想定で10時間できる・・・へぇー」
「・・・しーやん、これ睡眠時間だよな?」
「あっ、ごめん寝てて!具合悪くなったら言ってね!」
前原はふっと笑ってから再度目を閉じた。
渋谷は冊子を読みながら、先ほどの会議の内容を思い出す。
──ワイルドシグマの処分
──独断でワイルドシグマを捕獲
──おっちゃんが危ない・・・
(ここには、おっちゃんが平静を保てるインジェクターがある。でも、もしもこの点滴が効かなかったら・・・)
読み進めると、対策書類の抜粋というページがあった。
(新型レジスターの開発、最大で3日後、定期的に薬剤を注入する腕輪を開発、試作段階であろうとワイルドシグマに取り付ける・・・。
それまではインジェクター処置でやりすごす。
・・・か。この新型レジスターがあれば、おっちゃんは大丈夫になるんだ・・・)
渋谷は冊子から前原に視線を移し、深い呼吸をしながら眠ろうとする前原を見る。
(でもこの施設にいたら最終的におっちゃんが処分されちゃう。それなら、その新型レジスターとかいうのを付けられてから、インジェクターを分析して、どうにかして複製できないかな?そのあとどこか友達の病院で匿ってもらえれば・・・)
渋谷はその野望を胸にアタッシュケースを開けてインジェクターを一つ取り、ポケットにしまい込んだ。
[newpage]
[chapter:NECRO DISASTER]
時を同じくして、野座間に着いた橘は、まず真っ先に橘グループの研究室に入った。
何やら争うような話し声が聞こえたが、その主は橘も知る人物だった。
「おやおや、水澤本部長。話は聞いていますよ」
声に反応してキッと橘を睨む、水澤 令華。彼女はこの野座間製薬の特別研究開発本部長である。その後ろには一礼をするその秘書、加納 省吾がいた。
水澤 令華はかつて、実験体アマゾン4000体の駆除で協力、対立しあった人物である。
同じ本部長の呼び名で通るものの、橘は国際営業戦略本部長として野座間製薬にテコ入れをする、また別の部の人間である。
「橘本部長、こちらに事前の報告もなしにワイルドシグマを捕獲とはどういう事ですか!?」
「その件に関しては謝ろう。しかし、ちょうど良かったのでは?私は指令を出したあと、あの異常なまでの戦闘能力を見て、絶望を感じたよ。これでは駆除班や水澤 悠も無しの、現状の私達の配備では到底かなうはずがない、とね」
「それは・・・。そうですが」
「そこで話を聞いてもらいたい。後に会議でも話すつもりだが・・・その前に水澤本部長には受け取って欲しいものもあるのでね」
橘は部屋にいた研究員の1人に資料を要求し、手に取ると、令華に見えるように掲げた。
「これが私達が開発を進める新たなドライバー・・・。その設計図だ。
例のワイルドシグマに手渡したものはそれの試作品。そちらは完成品の設計図になる。いずれ水澤 悠が水澤グループに戻ってくるような事があれば必要になるかもしれない」
令華は手渡された設計図を一瞥してそのまま加納に手渡す。
「それで、これの試作品をなぜワイルドシグマに?」
「実験だよ。この冊子を見てもらいたい」
橘は“圧烈弾プロジェクト”と書かれた冊子の入ったファイルを手渡す。令華はそれを今度は黙々と読む。
令華が冊子を読んでいる間に、橘は自身の机のノートパソコンを開き、ワイルドシグマの戦闘記録や実験体Sの強化実験の報告のメールを確認した。
橘は報告のメールを読むと、一息ふっと、笑って、くるりと令華に向き直った。
令華も冊子から目を離し、橘に目を向けた。
「だいたいわかりました。ワイルドシグマを利用し、処分する策が出来ているんですね」
「そういうこと、ですとも」
「ですが、悠の処分はしてはいけません。彼は人類の敵ではないです」
橘はそれを聞くと高笑いした。
「ハッハッハ!!今は実験体を守るただのアマゾンの親玉だろう!薬が切れれば人を食う!」
「悠は人を一度も食べたことがないんですよ!?タンパク質はほかの経口摂取で十分に補える力を悠は持ってます!」
「私は覚えているよ。君の管理を抜け出した水澤 悠の獰猛な姿を・・・。人を襲いはしなかったものの、ランクAのアマゾンを栄養不足の状態で圧倒する驚異的な戦闘能力を発揮した、君の作った危険物の姿をね。もしも薬が切れて、水澤 悠があの戦闘能力を持って人を襲うようになるとしたら・・・」
「・・・」
令華は歯を食いしばりつつ黙って聞いていた。
橘はその姿を見て、視線をノートパソコンに移して操作し、画面を令華にみせた。
「これを見てほしい。彼が私共の管理する実験体アマゾン、実験体Sだ」
画面には、20代後半ほどの見た目の男性と、両腕にそれぞれ金と銀のレジスターをはめたクモのアマゾンが写っていた。
「彼はもともとここの清掃班として潜伏していた実験体で、薬切れの兆候を察した清掃班の1人がそのまま私の元に引き渡したのだよ。彼は戦闘実験を重ねてランクA以上の力を手に入れた。」
「・・・この実験体Sは何の目的で作ったのですか?」
「よく聞いてくれた。彼こそがワイルドシグマ発見前に当初予定していたプロジェクトの主役だった。そして!」
橘はマウスをクリックして、画面を切り替えた。
「先ほど私へのメール通達の知らせによると、彼にも新しいドライバーを使えるように出来た。・・・これより」
画面には、プロジェクト名が大きく書かれていた。
「“ラムダプロジェクトセカンド”の試験を開始しようと思っている。・・・許可をしてくれるかね?」
“Λproject2nd”と書かれた画面は、実験体Sの単独残党駆除試験の項目を示していた。
令華はその画面を見ながら口を開いた。
「・・・許可します」
その言葉を聞いて橘は一瞬、体が硬直した。
「驚いた。私は水澤 悠の駆除に繋がることだからと却下されると思っていたよ」
令華は橘の珍しい反応を見てフッと笑った。
「まさか。私は悠が駆除されるとは思っていません。結果の報告を待っています。それでは」
令華はくるりと背を向けて出口へ歩いていった。
加納はすぐにはついて行かず、橘に話しかけた。
「橘本部長。特別対策会議は明後日の午後13時と決まりました。緊急でしたが召集できなかった人間も多かったもので」
「・・・構わんよ、今はこのラムダプロジェクトをやりたいのでね。時刻の設定、感謝するよ」
加納は橘達にむけて一礼をしてから早歩きであとを付いていった。
「・・・ハッ!!水澤本部長は水澤 悠の実力にかなりの信頼をしているようだ」
橘は携帯電話で、電話をかけた。
「あー私だ。ラムダプロジェクトの許可が降りた。明日より、実験体Sの評価試験を開始する」
『了解です』
「また、ワイルドシグマは点滴を続けさせ、明日明後日は外出を禁じて施設内のみ自由に移動できるよう許可させよう。ただし、見張りはつけよう。なに、そちらで決めて構わんよ。実験体Sをしっかりと整備しておいてくれ。明日の7時にはそちらに着くようにしよう」
『了解です』
橘は電話を切ると、ノートパソコンでなにやらデータをUSBに移した。
「水澤 悠。・・・数々の実験体を駆除した事実上最強のアマゾン。一度は前原・・・いや、私のシグマが倒した相手だったがな・・・」
データを移し終えると、そのUSBを胸ポケットにしまいこんだ。
「どれほどの成長をしているのかは知らないが、実験体の闊歩するエリアは補足している。・・・明日の評価試験が楽しみでならない。今日は明日に備えて早めに帰宅するか」
橘はそう呟くと部屋を出ていった。
その次の日の朝6時。
ブイイイーン、と渋谷の携帯電話が震える。
「んん・・・。ああっやばい寝ちゃってた・・・。交代の時間かな・・・」
渋谷が携帯電話の画面を見ると、電話が掛かっていた。
「ああっ!!電話電話・・・。しかも部長からの・・・」
寝起きの顔をさっと青ざめさせた渋谷は電話を取ろうとして、一旦やめてしまった。
気持ちよさそうに寝ている前原が見えたからである。そして、ゆっくり部屋の隅に移動した。
一番遠い場所でしゃがみこむと、電話を通話にして小声で話し始める。
「もしもし、渋谷です。すいません、寝てしまって・・・」
『あぁ見てたよ。カメラから見てたけど危険性は無さそうだったから継続して貰っていた。インジェクターは打たなかったようだね』
「す、すいません、私っ・・・」
『いやいや、いいんだ。君のおかげでもう朝の6時だ。そろそろワイルドシグマも起こしていいと思うが、一応、寝起きに食人衝動がないかの確認をしてから起こしてくれ。知らせることがある』
「は、はい・・・。って朝6時ですか!?睡眠開始は昨日の20時なのに・・・」
『予定の一番長い時間が10時間だったからな。起床に問題が無ければ点滴の実験は成功だ。カメラで見ているから、起こしてくれ』
「わかりました。インジェクターを用意して起こします」
部長側から電話が切れると、渋谷はあたりに置いてあるアタッシュケースの一つからインジェクターを取り出して、前原に近づいた。
心地よさそうな寝息を立てる前原に、渋谷は笑顔で近づき、右肩を左手でポンポンと叩いた。
「おーっちゃん!朝だって。起きて」
ポンポン・・・と叩き続けていると、前原はゆっくり目を開け、何やら呟いた。
「・・・あ」
二人の目が合ったので、渋谷は叩くのをやめて、ぼーっとしている前原の肩を掴んで軽く揺さぶりはじめた。
「あ、起きた?おはようおっちゃん!もしかして寝起き悪い?」
次の瞬間、前原は左手で渋谷の右手を掴み、ゆっくりと起き上がった。
渋谷は笑顔がだんだんとひきつり、ついに不安な表情を浮かべた。様子がおかしい。
「お・・・おっちゃん・・・?」
前原は、無表情で呟いた。
「はらが、へった」
「ひっ・・・!」
渋谷は右手に持っていたインジェクターを構えた。
しかしそれを打つよりも早く、前原によって床に押し倒された。
「はらが、へったァ」
「い、いや・・・」
渋谷は左腕の関節、肩を両手で持たれ、今にも腕を食われてしまいそうな状況に本能的な危機感が警告を鳴らす。
握ったままのインジェクターを、今度こそ首のほうへと持ち上げた。
そして、前原が頭を左腕に打ち付けたほぼ同時に、渋谷はインジェクターを前原の首横に刺すことに成功した。
「い゛っ・・・!!!」
前原の歯が腕に食い込んで止まっているのを感じながら、インジェクター全力で押して中身を流し込む。
渋谷は痛みに耐えながらも、冷静に対応していた。
部屋の開閉扉が開き、3人ほどの武装した研究員が入ってきた。
「渋谷君!大丈夫か・・・!?」
研究員3人が銃を構えるが、静かになっているその空間を見て、誰も発砲はしなかった。
彼らの来るまでの時間はせいぜい武装するほんの少しの時間であったが、当の渋谷の体感時間はとてつもなく長く感じた。
渋谷が、目から涙を零しながら研究員の方を向くと、流し終えたインジェクターをカランと床に落とした。
「・・・大丈夫・・・。でした・・・」
腕が痛かったからではない。食べられそうになった恐怖からでもない。自分の知っている前原が別の生き物のように豹変したことが、その涙の理由だった。
自分という個を認識すらせず、あの時の前原にとっては、渋谷は同級生でも元恋人でもない。ただの”食料”だった。そのことが渋谷の心に大きな衝撃を与えた。
少しして、インジェクターの効果がしっかりと現れた前原も、腕から顔を離して苦悶の表情を浮かべていた。
「・・・うっ・・・俺、は・・・俺は・・・」
渋谷は静かに泣きながら、前原の顔に右手を当てる。
「大丈夫・・・。おっちゃん・・・。私は大丈夫だから・・・」
「し・・・しーやん・・・ごめん・・・ごめん・・・」
前原は渋谷に覆い被さるように伏せて、謝罪の言葉をならべた。
渋谷はその前原を慰めるように背中を右手でポンポン、と叩いた。
研究員達も、その光景を見て静かに銃を下ろした。
渋谷の上から、少し落ち着いた前原がどいた。渋谷の左腕を見ると、犬歯が食いこんだ跡が4つついて、僅かに血が出ていた。
研究員の1人が手早く救急セットを広げ、消毒液を浸したガーゼを作って渋谷の左腕に当てた。その様子を尻目に、前原は自分の手を見てわなわなと震えていた。
「な、なんなんだ。どうなっている・・・?戦ったり腹がへると、どうしても抑えられない。俺とは違うなにかが現れる・・・」
その言葉に、研究員が反応する。
「ん?前原さん、今なんて・・・」
その言葉は前原本人には届いていないらしく、頭を抱えて唸っている。
インジェクターを打っていて、少なくとも数分は暴れることはないと判断し、研究員は追及を後回しにした。
渋谷の怪我を再度処置し始めた研究員の横で、前原は頭を抱えながら、ひたすら何かを呟いていた。
「誰だ・・・。俺の中にいるのは、誰なんだ・・・」
──誰じゃない。お前は俺なんだ。俺である俺とお前である俺・・・
「!?」
前原の頭の中で、自分の声が響く。
──シグマだった頃の俺と前原 淳だった頃・・・
「なんなんだ!?お前は!?なんなんだ!?!?」
ついに声を荒らげだした前原に驚き、研究員の3人のうちの2人が前原の目の前に回り込んだ。
「前原さん!?インジェクターが必要ですか!?」
「前原さん!!」
研究員が目の前で反応を確かめようと必死に話しかけるが、前原は自分の頭に響く声を聞こうと耳を塞ぎ目を瞑った。
「・・・お前が人を食おうとしているのか!!お前がしーやんを!!」
──違うな。俺じゃない。食べようとしているのは、俺達の・・・
「おっちゃん・・・。」
前原の中の前原が何かを言いかけた所に、渋谷が割り込み、前原を後ろから抱きしめた。
「・・・!」
「大丈夫だから・・・。私は大丈夫だから壊れないで。こんな傷、何ともないから・・・」
前原はハッと我に帰り、あたりを見回した。
「・・・俺は・・・俺は・・・俺は・・・」
振り向く時に、肩から顔を覗かせている渋谷と目が合う。
「しーやん・・・。いや、渋谷・・・俺は・・・」
「・・・おっちゃんはおっちゃん。前原 淳でしょ?」
「・・・そうだよな」
その後ろで研究員は、無線機で現在の状況を報告していた。
「えー、対象は起床直後に暴走しました。渋谷 香の左腕に噛み付きましたが、インジェクターを打ち込み鎮静化しました。現在は精神的ショックによる混乱が見られるため、渋谷 香が対象を鎮めています。」
『了解。引き続き警戒態勢を継続してください』
「了解」
その報告が聞こえた前原は、そっとアタッシュケースに手を伸ばし、インジェクターを手に取った。
「・・・おっちゃん、さっきそれ、私が挿したばっかりだよ?使って大丈夫なの?」
前原はその言葉を聞いた直後に首元にインジェクターを打ち込んだ。
「ふぅう・・・。いいんだ。これを挿せば俺は・・・俺でいられる・・・」
頭の中でのたうち回る猛獣のような衝動を感じるのが嫌で、インジェクターを打つ。
前原は自力で抑えることのできない衝動と、それを持つ自分に恐怖し、震えていた。
渋谷は、インジェクターを抜いた前原の手が震えているのを見て、何も言わずその手を両手で包み込んだ。
その直後、階段の上から揉め事の声がした。
「いけません!!まだ対象は混乱しており危険です!!」
「いや、大丈夫だ。どきたまえ」
そのやり取りの最中に階段を降りる音が聞こえた。
「橘・・・本部長・・・」
前原が未だ過呼吸気味の息継ぎの中、階段を降りる橘をそう呼んだ。
それに渋谷が反応する。
「え?橘さんは・・・局長なんじゃ・・・?」
「そうだね。ここでは局長だ。まぁ、前原君の中では本部長、もっとも今でも本部長の側の任には付いているが・・・」
前原は素直に呟いた。
「よく分からない・・・」
「まぁ、今は混乱しているだろうから、聞き流してくれていい。渋谷君には今後のために説明しておこう。
・・・この施設は、君のよく知る野座間ではなく、数あるアマゾン騒動を問題視した別の民間企業者が立ち上げた、有害生物を駆除する子会社だ。
『特定有害生物対策センター』。英訳したそれぞれのワードのイニシャルを文字って『4C』(フォーシー)と略称している。渋谷くんも知ってのとおり、ここの社長に賛同した私は“局長“として雇われている。
そして、このアマゾン騒動の内情を隠蔽工作し続けた諸悪の根源こそが『野座間製薬』だ。私はそこの“国際営業戦略本部長”でもある。
しかし、前原君はその野座間製薬ではなく、さらにその子会社として設立した『野座間ペストンサービス』に“駆除班”として所属していた。駆除班とはアマゾンと直接戦闘し駆除する部隊のことだ。
・・・とまぁこういった経歴がある。渋谷君も知っておいて損は無い。」
「は・・・はい」
渋谷は困惑したように橘を見るが、前原は意外にもしっかり聞いたようだった。
「なるほど。おおよそは理解できた」
「おっちゃんわかったんだ・・・」
そんな2人をおかまいなしに、橘は話を進める。
「渋谷君。先日は一晩ご苦労だった。今日はその様子を見て安心したよ。前原君とは仲良くしているようだね」
「あ、はい。もちろんです!」
渋谷は立ち上がり、ニコリと笑って声を張る。それを見て前原は安心したように顔がほぐれた。
「そこで重要な仕事を任せたい。前原君を今日1日この施設内のみ自由に出入りしていいようにしたい。だが、昨日のこともあり、無条件には自由にできないと周りがうるさくてね・・・。監視役が必要なんだ。だから、君には一日中前原君の監視をしてもらいたいんだが、やってくれるかね?」
渋谷はそれを聞くと前原と目を合わせ、微笑んだ。そして橘に向き直った。
「出来ます!」
「よろしい。しかし、現在は安定しているが、彼の食人衝動は一度発症すると危険だ。常に点滴をしながら移動し、インジェクターのケースは絶対に手放すな。・・・それでは私はこれから実験体Sのほうに用事があるので、これで失礼するよ」
橘は用件だけを告げると、くるりと背を向けて出口へ向かっていった。
入れ替わるように研究員たちが走ってきて、点滴スタンドを点検していく。
「あー、おっちゃん、点滴すっぽ抜けちゃったもんね。私たちも手伝おう?」
「・・・あぁ、そうだな」
前原が立ち上がって研究員に近づくと、研究員はびくりと怯えて離れた。
「・・・すいません」
仕方なくもとの場所に座り直し、研究員に任せることにした。
「・・・おっちゃん、わたしはなんとも思ってないからね。気にしなくていいよ!」
その渋谷の笑顔が、前原に重くのしかかる。
「あぁ、わかってるよ。ありがとう」
渋谷は視線を点滴スタンドに戻し、点滴の薬剤を交換した。
その階段の先、橘は監視カメラ室に入り、戦闘シミュレーション室地下の実験体Sを管理する部屋に映像とマイクを繋いだ。
「諸君、おはよう。テストは済ませてあるか?」
画面の奥にいた年配の研究員の男が、手元の資料に視線を落としたまま答える。
『もちろんです。新型ドライバーにより、実験体Sは全く別の強化体へと変貌することを確認しました。ドライバーはほぼ完成しましたが、インジェクターがプロトタイプのままでは完成出来ません』
「そうか。まぁいい。運用ができることは間違いないのなら予定通り今日、1度実戦を行いたい」
『運用可能ではありますが、完成版の方針である“使用用途ごとの分別”が完了していない今、暴走の危険性とエネルギー切れの可能性は無視できません。長くても20分でお願いします』
「都合がいい。私も時間が無いのでね。それでは先に車に乗っているので、実験体Sの搬入を頼むよ」
『了解です』
やり取りが終わると、橘は映像とマイクを消し、出口へ歩いていった。
すると研究員が2人ほど、タブレット端末を手に駆け寄った。
「橘局長。新しいインジェクターの進渉は順調の様です。2日で完成、摂取用を優先した在庫が確保できるのが5日後だそうです」
「ご苦労。精製用と起動用はまだそれぞれ1ケースか2ケースでいいことも伝えてもらいたい」
「了解です」
その研究員はそれを聞くとすぐに部屋へ戻っていった。
橘はそれを見送ると、前原を運んだ時のコンテナ付きトラックへと歩いた。たどり着く頃に、もうひとりの研究員がタブレット端末を見せる。
「橘局長。補足した位置情報です。ドライバーにお渡し下さい」
「ご苦労」
橘はタブレット端末を手に取り、車に乗り込む。
「さて、如何なものか・・・。」
橘は真剣な表情で、タブレット端末を眺めていた。
──────────
「はぁ・・・はぁ・・・た、助けてくれ・・・」
人気のない静まり返った廃墟郡にひとり、後ろから静かに追跡してくる何者かから逃げる男性がいた。
「はぁ・・・はぁ・・・うわっ!?」
後ろを確認しながら走っていた男性は、目の前に突如現れた女性と男性の2人組にぶつかってしまう。
「な、なんだ、君たちは・・・」
「あなたも追われてるんじゃないの!?」
2人は袖をめくりあげ、青色に光る腕輪を見せてきた。
仲間であることを示すために、追われていた男性も、袖をめくりあげて同じ腕輪を見せた。
互いに安堵したのもつかの間、追われていることを思い出し、再び走り出そうとした。
「と、とにかく逃げ・・・」
その瞬間、突如鉄パイプが猛スピードで縦回転しながら男女の間を縫って突き抜けていった。
ガランガランと大きな音を立てて地面を転がる鉄パイプは、その先の行き止まりの通路壁に当たって止まった。
「き、きた・・・」
コンクリートの砂利を踏む音を鳴らしながら、黒いシルエットの男がにじり寄ってくる。
男は汚れた黒いベルトのようなものを片手に、長い上着を風になびかせて威圧感を放っていた。
「・・・悪いな。途中で歩き疲れて休んで遅くなった。今すぐ楽にしてやる」
その男は不気味に笑うと、その手に持ったベルトを腰にあてがい、その中心部の造型を手でなぞる。
バックル部分はバイクの持ち手のようなものが二つあり、中心はタレ目のような不気味なパーツがついている。
その持ち手のようなものを左手で持つと、勢いよく奥へ捻った。
──A・L・PHA──
火が灯るような音と共にタレ目のようなパーツがプラズマ的に緑に光る。
男は、しっかりと3人を見つめながら静かに呟いた。
「・・・アマゾン」
〜♪──BLOOD & WILD!!!/W W W WILD!!!/──
突如赤い爆炎と爆風があたりを轟かせ、男は爆炎に包まれて燃え上がった。
「うわぁ!!」
「きゃあ!!」
周りの小石が飛び散り、雑草が引火して散る。
その爆炎の中心に、真紅のアマゾンが姿を現した。
「た、鷹山 仁・・・悪魔・・・」
鷹山 仁と呼ばれたその真紅のアマゾンは、先ほどの歩みのペースのままジリジリと間合いを詰めていく。
「や、やるしかない。二人共、戦おう・・・」
「・・・うう・・・死にたくない・・・死にたくない」
「ユウコ、やるしかない。やろう」
うずくまっていた3人は立ち上がり、熱けむりを出しながら、叫んだ。
「「「うあああああ!!!」」」
熱けむりが収まると3人は怪物の姿へと変貌していた。
対峙する真紅のアマゾンの名はアマゾンアルファ。その変身者、鷹山 仁こそ、この実験体アマゾン達の生みの親である。
「・・・お前達は俺が一匹残らず殺さなきゃあならないんだ。お前達は人を喰うからなぁ」
仁がそう言うと、ほの暗い緑の瞳をアマゾン達に向けた。最初に逃げていた男の変化したカニのアマゾンは反論した。
「くき・・・私はまだ人間を食べてはいない・・・!私はただひっそりと生きていたいだけなのに・・・」
「悪いが俺は、そういう考えのやつを救ってやってる気でいる。・・・お前達が人喰いの悪魔になって苦しまねぇようにな・・・!!」
突然高速で走り出す仁。それに反応しきれなかったカニのアマゾンに容赦なく仁の硬質な腕カッターが一文字に突き刺さる。
「ぐああああ!!!」
悲鳴を上げるカニのアマゾンを救うために、もう1人の男の変身したコウモリのアマゾンが攻撃を仕掛けた。次いで女の百舌鳥のアマゾンが加勢し、仁を突き飛ばした。
仁は慣れたように受身を取り、3人の前でゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう・・・一緒に倒そう・・・悪魔を・・・」
カニのアマゾンが血を流しながらそう言うと、2人はうなづいて構える。
「・・・ハハハ。そうだ。俺を恨めばいい。どちらにせよ俺がお前ら全部を狩ってやらなきゃならないからな。・・・ぐっ!?」
仁が構えた瞬間、突然痛みが走った。アマゾンが目の前にいるというのに、あまりの痛みに胸と頭を抑えて屈みこむ。
「!?今だ!みんなでやろう!」
カニのアマゾンの判断は素早かった。2人に向けて合図すると、3人は鷹山 仁に一斉に襲いかかった。
「こ・・・こんなときに・・・」
仁は腕を十字にして身を守った。
しかし、その後の追撃は一向に来なかった。
「・・・ん?」
仁が腕を解いて確認すると、目の前にはたじろぐ3体のアマゾンがいた。視線は自分ではなく、自分の後ろの何かを見ているようだった。
真横に素早く身を引いて、3体にも注意を払いながら反対の方向を見てみると、そこにはひとりの男性が立っていた。
その両腕には、金と銀のアマゾンズレジスターがつけられている。
「あれは・・・どういう事かわからないが、まぁそのへんの実験体とは違うことだけはわかるな・・・」
仁がそう言うと、男性が口を開いた。
「鷹山 仁さん。あなたの戦闘が見たい。早くその3体を片付けてほしい」
「・・・どういうつもりかは知らないが、俺は最初からそういうつもりだ」
仁はゆっくりと立ち上がり、3体へと視線と正面を向けた。
そして、右腕を斜めに掲げ、左腕をその対象に広げて構えを取る。
「・・・さぁ、来い」
びくりと怯えた反応を見せた3体のアマゾンは、たじろぎつつも一斉に襲いかかった。
仁はその四肢についた黒く硬質な刃のような武装を煌めかせながらその3体に向けて受け手の姿勢を取り続けた。
視線を仁に切り替えて、先手を仕掛けようと滑空するコウモリのアマゾンを、仁はひらりと身を翻して避けた。
仁は通り過ぎるコウモリのアマゾンの足を掴み、思い切り引いて斜めに投げる。
その際に百舌鳥のアマゾンの突進をコウモリのアマゾンに叩きつけた。
跳ね返った腹部に膝蹴りを叩き込んで、右腕のカッターを首元に食い込ませた上で地面にマウントする。
「よう、前に出過ぎるとこうなるんだ。望み通り一番乗りに地獄に送ってやる」
仁が左手を唸らせて振り上げる。
カニのアマゾンが百舌鳥のアマゾンをみると、どうしたら助けられるかを考えて立ち往生していた。
今にも仁は振り下ろして息の根を止める寸前。
「・・・させません!!!」
仁を引き剥がすために、カニのアマゾンが渾身の力でタックルをお見舞いする。その衝撃でくい込んだ仁のカッターが、コウモリのアマゾンの左肩をまるまる腕ごと削ぎ落とした。
仁はマウントしていた体勢のまま1メートルほど突き飛ばされ、怯んで硬直した。
「あぁ!しまった!!俺はなんてことを・・・!!」
カニのアマゾンはその光景を見て膝をつけてしまった。
「・・・お前が殺したんじゃない。俺が殺した。だからお前は安心して死ね」
タックルを受けてしゃがみこんでいた仁はゆらりと立ち上がり、ベルトに手をかけた。
「お前は悪魔じゃない。悪魔になっていいのは俺だけだ」
左手で左のレバーを勢いよくひねると、激しいノイズ音が響き、おぞましい機械音が鳴る。
──VIOLENT・SLASH──
仁の1歩の踏み込みを目視した次の瞬間、カニのアマゾンの目の前に庇うように仁王立ちした百舌鳥のアマゾンが立ち塞がり、バシュン!と突風が吹いたような音と共に一瞬、血しぶきが宙を舞う。
「・・・あ・・・あぁ・・・」
カニのアマゾンが目の前の惨劇を認識して震える。
百舌鳥のアマゾンはピクピクと痙攣しながら女性の姿に戻っていった。
そして、ゆっくり上半身を捻らせてカニのアマゾンに顔を向けた。
ぱくぱくと口を動かすが、何も声を発しない女性。そして、涙を浮かべながらぐしゃりと上半身が“落ちた”。
カニのアマゾンが足元を見ると、落ちた上半身に遅れて、立っていた女性の下半身が崩れ落ちた。
コウモリのアマゾンも失血によってほぼ同時に息絶えると、2人は黒く変色してヘドロのようになって混じりあった。
そこに青く光る銀のレジスターが2つ残っている。
カニのアマゾンは戦意を喪失し、元の人間体に戻ると、うずくまってそのふたつのレジスターを手に取る。
「なんで・・・なんで私は・・・私達は・・・」
呆然としている男の肩に、無情にも冷たく鋭い刃が当てられた。
手に掛けんとするその直前、突然男のレジスターが赤く光り出す。
「・・・お前、運がいいな。神様がその答えを教えてくれるらしい。少しだけ待ってやる」
仁が腕を上に離すと、男がぶるぶると震えだした。
「・・・ああぁ・・・。ふう、ふう、ふううう」
苦しむように呻き声を上げる男の体からは、蒸気が噴出していた。
人間にまぎれてひっそりと生活できる時間は、今終わった。
「は・・・はらが・・・へっ・・・」
人が変わったように目を血走らせ、その欲求を口にした瞬間、仁の腕が振り下ろされ、男は悲痛な断裂音と共に真っ二つに裂けて絶命した。
「・・・。」
仁は肩で呼吸をしながら、満身創痍で虚空を見つめるように男のいた場所をしばらくみつめた。
その姿を見て、金と銀の腕輪をはめた男性は無表情でつぶやいた。
「・・・鷹山 仁、推定Aランク以上・・・」
その言葉を聞いて、仁は先ほどから傍観していた男に向き直る。
「それで、お前はなんだ?俺のランクなんて付けてどうするかは知らないが、ある程度知ってるみたいだな?」
仁の問に答えるわけでも無く、彼は真っ直ぐ仁に歩み寄る。
そして、ポケットからひとつ、アマゾンズインジェクターを取り出す。
「・・・なんだ?それは・・・」
そして、もう片方の手で、あらかじめ付けていたネオアマゾンズドライバープロトを露出させ、躊躇なくインジェクターをソケットに差し込んだ。
それを見た仁は、思わず身構える。
ゲル状のものを注入する液音が響き終わると、ソケットを倒し、彼は目を青く輝かせ、口を開いた。
「・・・アマゾン」
──LA・M・BDA──
禍々しい機械音声の鳴った後、それをかき消すほどの爆音とともに青い爆発が起こった。
「ぐっ!!」
受けた仁にも、その衝撃が伝わる。
そして、その爆発は一度に収まらず、2度、3度と爆発し、4度目でようやく収まり、その姿を現した。
[newpage]
[chapter:GENOCIDE FROM SURVIVES]
炎の中から現れたのは、クモのアマゾンだった。主に肩と胸、顔にそして背中に背負った腹部を覆うアーマーを身に纏っている。
そのアマゾンの爪の間には、機械質の人間同様の手が生えている。
仁はその姿を見て、少し戸惑う。
「これは驚いたな。新型のドライバーか。お前、野座間製薬のヤツか?素体は俺が作ったヤツらのなかのひとつと似てるな」
仁は指を指して問い掛ける。
「私は実験体S。ラムダプロジェクト唯一の被検体・・・。鷹山 仁、悪いが戦闘データを取らせてもらおう」
「ラムダ・・・プロジェクト?それは初耳だな。野座間時代にも聴いたことがない。またどこかのマッドサイエンティストが・・・」
仁が話を続けようとする中、実験体Sはゆらりと静かに身構えた。
「・・・お話する気は無いか。最近は具合が悪いんだがなぁ」
直後に実験体Sはその場でバック宙返りをして背中の大きな腹部のアーマーの先端から粘着弾を仁に向けて真っ直ぐに射出した。
仁はそれを身をよじって避け、前進した。
それに合わせて実験体Sは高速で踏み込み、空中で回転しながらハサミのような腕部を上から振りかぶってきた。
そのハサミを仁は腕のカッターで受け返す。
「ぐっ・・・重いな・・・」
押し込んで跳ね返そうとした仁だったが、相手のパワーに負けると悟り、そのまま下に引いて受け流す。
実験体Sは受け流された手をそのまま地面に叩きつけ、足で仁の胴体を蹴りつけた。
「うっ・・・でかい体の割に随分身軽に動くなぁ・・・。」
さらに実験体Sはもう一度地面を踏み込んで回転しながらハサミを叩きつける。
クリーンヒットして思わず前のめりに倒れ込む仁に膝蹴りを腹部にお見舞いし、膝にもたれ掛かったところを壁に向けて足を振りかぶって投げた。
「うぐぅ・・・」
叩きつけられた仁はしぶとく立ち上がったが、そのまま黒く変色し、変身が解除された。
人間の姿に戻り、ふらふらとしゃがみ込む。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・今日はガス欠だ・・・。戦闘データとかいうの、取れなくて悪かったな・・・」
実験体Sは肩で息をする仁に向かって歩いていき、目の前で止まった。
「ならば排除する」
容赦のない言葉と同時に、そのハサミを振り下ろさんと掲げた。
「・・・俺は帰るけどな」
仁がそう言うと、ギギギーっと荒い車の運転の音が聞こえて、小道を荷台付きの大型の車が急カーブして曲がってきた。
「仁ーーーーーーー!!!」
女性の声が車から響く。
実験体Sはその声に反応し目をやったが、その瞬間に猛スピードで跳ねられ、衝撃で遠くに吹き飛んだ。
車は実験体Sを轢いた直後に急ブレーキし、5mほど先に停止した。
「仁!早く!」
彼女は泉 七羽。鷹山 仁のパートナーである。
仁はゆらりと立ち上がり、おぼつかない足取りで走って荷台に転がり込んだ。
「ぐぅーっ!!はぁ、はぁ・・・。ハハハ・・・さすが七羽さん・・・」
仁が乗り込んだのを確認して、七羽は何度かハンドルを切り返し、方向を逆転させて逃げるように車を走らせた。
轢かれた実験体Sはすでに立ち上がっていたが、二人が逃げるのをただ黙って見送った。完全に視界から去った頃にドライバーからインジェクターを引き抜いて変身を解除し、耳元の小型通信機に手を添えた。
「橘さん。鷹山 仁が逃げました」
『そうか。まぁ生かしていても問題はない。鷹山 仁はラムダプロジェクトには都合のいい存在でもある。・・・しかし、トラロックから生存しているとは・・・』
「・・・いえ、鷹山 仁の様子は明らかに弱っている様子でした。おそらくトラロックの薬剤で体が崩壊しつつあるでしょう。もともと倒すつもりは無かったので手加減をしましたが、おそらくあの様子では長くは持たないでしょう」
『やつでもさすがに無傷とはいかなかったか。今後は鷹山 仁の場合敵対されない限りは手をつけなくてもいい。実験体を補足次第戦闘テストをしてくれ』
「了解です」
実験体S、山口 翔は焦げ付いたタイヤ痕を踏み、次の場所の探索を始めた。
──────────
その頃、前原は部屋で頭を抱えていた。片付けが終わり、点滴を再度通した状態になっている。
「・・・ 。」
黙り込んだままうずくまる前原に渋谷が背中を撫でる。
「おっちゃん、私気にしてないよ。おっちゃんはおっちゃんだもん」
「・・・そうだな。そうなんだけどな・・・」
前原はあの時頭の中で響いた言葉が気になって仕方がなかった。
まるで、自分の中にもう1人の人格がいるかのような感覚である。戦闘の時の記憶はあるが、その時の自分が自分ではないような・・・。
突然渋谷がパンッと両手を合わせ、前原の手を掴んだ。
「ねえ!せっかく自由にこの施設の探検していいって言われたんだから、どっか行こうよ!私も自分の持ち場しか入れてなかったから丁度いいし・・・ね!?」
元気づけようと手を引く渋谷の顔を見て、前原は申し訳なくなって立ち上がった。
そして、気持ちを切り替えて微笑んだ。
「・・・そうだな。ごめんな。しーやん」
渋谷は笑顔を前原に向ける。そして、近くにあったインジェクターのケースからインジェクターを何個かポケットに入れた。
そして、前原の手を繋いで先導した。
「それじゃあ行こ!どっかに!」
「おっとと・・・俺は点滴中なんだからゆっくりな!あと階段上がるときはスタンド持つの手伝ってくれよ」
「はいはーい」
渋谷は変わらずニコニコしながら階段へ歩いて手を引いた。
部屋を出ると、その階段の出口の横に研究員が1人立っていた。
「あぁ、出掛けるんですか?行き先は決まってます?一応どこに行ったって記録をつけなきゃならないので」
研究員は手帳を取り出して渋谷に尋ねた。
「あー、いや、まぁとくにどこ行くとかは決めてなかったんですけど・・・どうしよっか?・・・って言ってもおっちゃんわかんないよね」
「・・・山口 翔と話したい」
前原が研究員にそう言うと、渋谷は首をかしげて黙った。
しかし研究員は知っていたらしく、すぐに返答が返ってきた。
「あぁ、実験体Sのことですか。彼は戦闘テストで出掛けていますよ。」
「戦闘テスト・・・。もしかしてあの緑のヤツと赤のヤツのところか?」
前原はシグマのころに戦った2人を思い浮かべた。
「緑のヤツと赤のヤツ・・・?まぁよくわかんないですけどそのへんのアマゾンを駆除するついでの戦闘テストらしいです。」
「駆除する・・・そうだ!駆除班は!?志藤さんのグループは今どうなってる!?」
「質問が多いですね・・・僕は知らされてないのでわかりません。戦闘シミュレーション室の隣の対策研究室で偉い人がいるんで、そっちに聞いてみてください」
研究員はそう言って手帳にスラスラとメモを書いた。
「対策研究室に行くって書いたので、行ってもらっていいですよ」
「・・・あ、ああ」
「だってさおっちゃん!私はその話よくわかんないけどとりあえず暇つぶしに行ってみよっか!」
渋谷は前原の手を引いて廊下を歩いていく。
研究員は手を振って見送り、あくびをして立ち尽くしていた。
ほんの少しの時間歩いて、『対策研究室』と書かれた扉に辿り着いた。
渋谷はコンコンとノックして恐る恐る扉を開けた。
「失礼しまーす・・・」
扉を開けると、30代くらいの男性と、いかにも新入りらしい若い男性が色々な機材に囲まれながら作業をしていた。
若い男性は渋谷と前原を見るなり怯えて遠ざかった。
もうひとりの男性もたじろぎはしたが、すぐに平静を繕って作業に戻った。
「ここに駆除班のことについてわかる人がいると聞いてきたんですが」
前原が口を開くと、30代くらいの男性が振り向いた。
「なるほど、私ならわかるよ。知っていることを話そう。私はここの部長の[[rb:杉山>すぎやま]] [[rb:渡>わたる]]だ。よろしく」
「よろしく、お願いします・・・」
前原は杉山の隣の空いているデスクの椅子に腰掛けた。
渋谷はその後について行って、空いている椅子に座って携帯電話をいじり始めた。
杉山はパソコンの作業していたファイルを保存して閉じ、前原に向き直った。
「・・・駆除班、メンバーの個々の名前までは覚えていないが、野座間ペストンサービスの害虫・害獣駆除グループの事だね?」
「そうです」
「君は駆除班についてどこまで知っているんだ?」
「・・・一緒に駆除班として行動していた竜介さんがアマゾンだと判明して、俺が食われて死んだこと・・・そしてシグマとして蘇ったこと。それから緑のアマゾンと赤のアマゾンと手を組んで俺と戦っていたことだけ覚えています」
杉山はパソコンのデスクトップから資料ファイルを開いた。
「あぁ、なるほど。それから先は知らないと」
前原は静かに頷く。
「君がいなくなった後、実験体アマゾンの一斉駆除作戦、通称トラロックが起こった。トラロックとは空から雨とともに、アマゾンだけに効く薬剤を撒いて駆除する作戦だ」
「あの薬の匂いやアレはそういうことだったのか・・・」
アリのアマゾンを殺した時のことを思い浮かべながら話を聞く。
「その時、味方のアマゾン・・・君のいう緑のヤツ、水澤 悠と言う。その彼と実験体M、君も知ってると思うが、マモルだな。この2人をトラロックから隔離しようとしたが、実験体Mが突如メンバーのひとりの腕を食って暴走、水澤 悠と行方をくらませたんだ」
「えっ!?マモルが・・・誰を!?」
杉山はファイルをさらにチェックし、名前を探した。
「あぁ、この三崎 一也という人物だ」
「三崎さん・・・。三崎さんはそのあと大丈夫だったんですか!?」
「命に別状は無かった。しかし腕を欠損したこともあり、多額の労災と報酬を出したらしい」
「そうですか。よかった・・・」
前原は安心して胸をなでおろした。
「トラロックのあと、駆除班のメンバーはそれぞれ報酬を受け取って解散した。しかし、加納という人物の招集によって彼らはもう一度集まって、トラロックから生き延びた実験体の最後の駆除をすることになった。もちろん、その三崎さんも行ったらしい」
「えっ、じゃあ、そんなまさか・・・」
「駆除班は想定よりも多い生き残り実験体によって窮地に立たされたらしいが、そこに行方をくらませていた水澤 悠が助けに入って全員助かったとのことだ。そして、生き残りの中に実験体Mがいたことも確認しているそうだ」
「じゃあ、マモルも、駆除班のみんなも全員・・・いるんだ」
杉山はパソコンのファイルの次へをクリックする。
「水澤 悠およびマモルはもう行方をくらませているため、現在はどうなっているか不明だが、それ以外のアマゾンは補足次第駆除することになっている。駆除班は解散したようだが・・・」
「駆除班は解散・・・?じゃあ野座間ペストンサービスは・・・」
「野座間ペストンサービスは、野座間製薬の事業縮小によって消滅したよ。そして、野座間製薬と“政府”の出資で出来たのがこの企業、4Cだ」
前原はぴくりと杉山の一言に反応した。
「政府・・・?アマゾンの駆除は公にバレないよう隠蔽工作をしているはずじゃ・・・」
「・・・そう。だったらしいな」
杉山がファイルを更新すると最後のページとなった。そこには4Cについて書かれていた。
「ついに実験体アマゾンは政府に存在が割れてしまったらしい。まだ政府で止まっているが、一部の一般人にも噂が広がっている。残り少ない実験体をゼロにすれば、この騒動は瞬く間に無かったことになる。・・・外部にはくれぐれも漏らさないように。わかったね?渋谷くん」
「えっ!?はっはい・・・?」
渋谷は携帯をいじるのに夢中で、明らかに聞いていなかったであろう反応だった。
前原は理解すると、ボソリと呟いた。
「・・・いつの間にか、随分と状況が大きく変わったな・・・。」
杉山は大方話し終えたらしく、なにやらパソコンのデスクトップの物色を始めた。
前原はそれを見計らい、次の質問をした。
「山口 翔さんは・・・何者なんですか?」
杉山はぴくりと一瞬固まったが、うーんと唸りつつもこちらへ向き直った。
「実験体Sは・・・。まぁ、元の君・・・シグマタイプのようなかわりの役割をしているんだ。今はまだシグマタイプの生産が許可されていないんだが、橘局長が申請だけはしているそうでな・・・。実験体Sはそれまでのつなぎ、なんでも言うことを聞く人権の無い兵器の扱いさ」
前原は体が勝手に動くように反射的に声が反応した。
「なっ・・・人権の無い・・・そんな・・・」
「そう思うのも無理はない。道徳的にも反していると我々も思う。しかし、アマゾンは放置すれば人を食らう。全ての駆除をしなくてはならない現状から、実験体Sはたまたま、人類の味方でいられる期間を設けただけだ」
前原はモヤモヤした気持ちをうまく言い表せず、拳を握りしめる。
「マモルだって、人間のように扱われていたのに・・・。翔さんは・・・」
「煽るような言葉になって済まないが、実験体Mも人を食って豹変した。実験体Sは食人衝動はあれどまだ人は食らっていない。しかし、いつか食人衝動が抑えられなくなった時、一度でも人を食らえば、たちまち私たちの敵になる。人間のように扱える生物じゃない」
杉山は立ち上がり、前原に耳元で囁いた。
「・・・アマゾンは人に害を与える脅威に他ならない。」
前原はそのまま出口へ歩く杉山を目で追わず、正面を見たままふるふると震えていた。
「・・・アマゾンだって・・・人の心が・・・」
その直後杉山は前原の言葉を遮るように話す。
「君は人を食うアマゾンになって、腹が減ってどう思った。そしてどうした。どうなった。それが答えだ。心があれば許されるのか?意思でどうにかなるものなのか?実験体Sはそれを知っている。だからこそ今この立場にいる。・・・いいじゃないか。まだ動く死体にされた訳じゃあない」
前原はその言葉を受け止め、なぜだか無性に憎い気持ちに駆られていた。
その時──
「ぐっ!!?」
前原に激しい頭痛が走った。
前原の意識がブラックアウトした。
なにやら遠くの方から大声で怒鳴ったり、大泣きをする声が上がる。
その声に前原は耳を傾ける。
──ひっそりと生きていたいだけなのに
──俺達はなんのために生み出された
──人間を食べたいのは仕方がない
──どうして生きていてはいけないの
──なぜ許されないの
多くの声が、小さいのに鮮明に聞き取れる。
その声にさらに耳を傾けると、怒号のように大きな声に変わった。
大声なのに聞き取れず、耳を塞ぎたくなるような爆音が鳴り、前原は割れるような頭痛を引き起こした。
そして、その怒号の裏から、もう一つの聞きなれた声がした。
『──そうだ。アマゾンにも人の心はある。それじゃあ・・・』
『──どうすれば生き残れる』
そして、先程までずっと叫びつづけていた怒号が突然一つの言葉に収束して耳に入る。
《──どうすれば私たちは生き残れる!?!?》
「うるさい!!!じゃあなんだ!?俺が殺せばいいのか!?人間を!?バカを言うな!!」
前原はようやくこのうるさい世界の中で声を発した。
「お前達はなんだ!?誰なんだ!?」
突然シンと静まり返る空間の中で、ぼわりと浮かび上がる前原自身の顔が現れた。
それはみるみるうちに『アマゾンシグマ』の形に変化していく。
そして、その顔で前原に話しかける。
『ゼ ン ブ オ レ ダ』
「あああああ!!!!」
前原は叫び声を上げながら上体を起こし、あたりを見回した。
そこは先ほどの対策研究室だった。簡易ベッドに寝かされていたようだ。
起きた前原に気づいて、何人かの武装した研究員と杉山が歩いてくる。見回すと、すぐ近くに渋谷も心配そうに見守ってくれているのがわかった。
「前原君。目が覚めたか。どうも実験体Sの話になってから様子がおかしくなったと思ったら、突然意識がなくなったんだ。そこで質問なんだが・・・」
「・・・」
「君はなにがしたいんだい?アマゾンの人権がないことに憤ったり・・・そのくせアマゾンを狩るという。本当にアマゾンを狩るの気はあるかい?もしそうなら、君が気にする実験体Sも同じ駆除対象だろう?」
前原はまたズキンと頭が痛むが、頭を抑えて返答した。
「ぐぅ・・・。人を食う・・・アマゾンは・・・駆除します・・・ですが・・・人を食わないやつは・・・うっ!?」
言いかけようとして一段と大きな頭痛が響く。そして、自分自身の聞きなれた声で大きく怒鳴られる声がした。
『殺せ!!!!竜介さんに殺された自分の気持ちを考えろ!!!!ほかの誰かが同じ目に会う前に!!!!!』
そして、なにやら見知らぬ大勢の声が混ざりあった大きな声が響く。
『殺さない!!!!俺“お前”私“君”だってアマゾンなんだ!!!』
前原はその先のセリフを口にせんとする。
「ころ・・・」
前原はまた意識が飛び、起こした上体がまた後ろへ倒れ込んだ。
「おっちゃん!!!しっかり!!!」
渋谷が前原の肩をゆする。
杉山は手帳を取り出し、スラスラと何かを書いた。
「・・・前原 淳。本当に面白いサンプルだ。これは本当に面白い・・・」
手帳に何かを書いたあと、研究員にサインを出して簡易ベッドと点滴スタンドごと前原を運搬させた。
渋谷は運ばれる前原に心配そうについて行った。
その後も目の醒めない前原を気遣い、渋谷は自分の休憩時間すら惜しんで、数時間点滴の入れ替えや経過の報告を行っていた。
「おっちゃん・・・。どんどんおかしくなっていってる・・・。点滴が合わないのかも・・・」
そこに、地下室を開けて杉山が入室してきた。
渋谷は杉山が入ってくるのを認識したあとは特に目を合わさずに、じっと前原を見つめていた。
「渋谷くん。もうかなりの時間1人で働いているようだが、大丈夫かい?しかも先日も帰宅していないらしいじゃないか」
それに対して、渋谷は前原をだけをじっと見ながら返答する。
「大丈夫です・・・おっちゃんは・・・前原くんは死んだと思ってたのが、生きてて本当に嬉しいんです。だから、大丈夫です!」
「・・・それならいいんだが。休憩はきちんとコールすれば誰かは代わってくれるからな」
そう言うと杉山は部屋を出た。
渋谷は杉山が退出したのを確認すると、前原の片手を両手で包み込むように握った。
「なんだか私、変だ。前までとは違う、おっちゃんだけしか見れない私がいる」
渋谷は前原の手を平手に開いて、まじまじと見た。
「おっちゃんだけしか見てはいけなくなってるきがする。好きなのは知ってるけど、なんかまた違う何か・・・。自分が自分でいられるような・・・」
そして、前原の手を人差し指だけ立たせて、自分の顔に向ける。
「・・・。」
おもむろに人差し指をぱくっと咥えた。そしてそのまましばらく硬直した。
その後、ゆっくりと人差し指を口から離すと、渋谷はひといき、ため息をついた。
「・・・アマゾンって変だよね。人間なんて美味しいのかな。おっちゃんはゆびのあじ〜」
渋谷はおもむろにアタッシュケースを開き、インジェクターを手に取る。
そして、前日に手渡された書類に目を通す。
「これが試作品で・・・もうすぐ出来るのがホントの完成品かぁ・・・。食人衝動を抑える摂取用と、ベルト用何種か・・・。これ一つで人間食べたくなくなるってすごいなぁ」
渋谷はそんな試作品インジェクターをまじまじと眺めていた。
「・・・おっちゃんがまた暴れたら困るから、ポケットに入れておかなきゃ・・・。」
そう言って渋谷はポケットにインジェクターを入れようとしたが、その前から入っていたインジェクターが一杯でこぼれ落ちてしまった。
「あっ・・・私もう持ってた・・・。も、もどそう!もどそう!!」
取り過ぎた分を元の場所に戻そうと、インジェクターの入ったアタッシュケースに手を伸ばす。と、その瞬間、自分の腕に一筋の浮き上がった異様な血管のようなものが見えた。
「・・・ひっ!?」
驚いて手にしていたものを全部手放してしまった。しかし、次に見た時は浮き上がった血管などなく、いつもの普通の腕があるだけだった。
「・・・き、きのせい?私疲れてるのかな・・・。休憩入ろっかな・・・」
再度腕を凝視して確認した後、インジェクターと書類を拾うためにしゃがもうとした時だった。
「うっ!?ぁあ゛!」
ドクン!と大きく心臓が動き、胸が痛む。
心臓から脈とともに痛みが全身に送られるような感覚に困惑しつつ苦しむ渋谷。
「うっ!!う!!!!」
うめき、苦しみながらもコールを押し、床に倒れ込んだ。
ドクドクと脈打つ胸を抑えながらバタンバタンと暴れる。このまま自分は死んでしまうのではないかと思ってしまう程の痛みである。
映像では常に監視されていた事もあり、コールから何秒も立たないうちに研究員が2人ほど入ってきた。
「渋谷さん!!?どうしました!?」
声を掛けるが、苦しむ渋谷からの返答はない。研究員は部屋の中を見回した。
これだけの騒ぎでも、前原はまだ眠りについたままだった。
「前原 淳は意識を取り戻してはいないようだ・・・渋谷さんの容態が突然悪化したようだ」
研究員は状況を把握すると渋谷に駆け寄った。
「う゛〜っ!!う゛ぅ゛〜!!!」
渋谷はぎゅっと目を瞑りながらジタバタともがいている。額には脂汗がにじみ、尋常ではない様子に研究員も焦りがつのる。
「渋谷さん!!しっかり!!」
「渋谷さん!!落ち着いて!!!だめだ、運ぼう」
研究員が二人がかりで渋谷を持ち上げようとしたが、不意に渋谷の動きが少し鈍くなった。そのまま呼吸が段々と落ち着いていく。
「・・・ん?渋谷さん、大丈夫ですか!?」
目を瞑ったまま渋谷は深呼吸をする。三度目の息を吐いたあと、渋谷はしっかりとした声で研究員の問いかけに答えた。
「だ・・・大丈夫・・・です・・・」
研究員は安心して胸をなで下ろす。
「渋谷さん、一旦医務室に行きましょう。きっと疲れが溜まっています」
渋谷は目を瞑ったままゆっくり体を起こしたが、ブンブンと手と頭を横に振って拒否した。
「あっ・・・いや、いや!大丈夫ですから!!いいんです!!!私はここで・・・」
渋谷と前原が旧知の仲であることは既に知らされている。傍を離れることを頑なに拒む気持ちも分からなくもないが、それよりも研究員は渋谷がずっと目を瞑っていることに疑問を抱いた。
「渋谷さん・・・?目は、開きますか?」
「え・・・?あ、開きます・・・よ」
渋谷は真横に顔をずらし、ゆっくりと目を開けた。
「ひ、開きます。大丈夫です」
そこに、研究員が確認のため渋谷の顔を覗き込みにいった。
「あぁ、開いてますね!何かあったかと心配しました」
「あ」[newpage]
「ん・・・!?」
前原はけたたましい警報で意識を引き戻された。まだ頭がぼんやりとぼけたまま体を起こした。
天井は赤いランプが光り、いかにも非常時のようであった。
まさか、自分が意識のないうちに何かをしたのかと、手を見て足を見て、原因を探すが、自分の体には異変はない。
しかし、部屋を見回すと異様な光景があった。
「・・・なっ!?しーやん!?」
真っ先に視界にはいった渋谷の周りは血まみれになっていて、横に血塗れの男が倒れ、今まさに渋谷はもう1人の男を膝枕するように頭を抱えた。
何をするかと思えば、男の鼻を噛み、そのままブチブチと嫌な音を立てながら噛みちぎった。
ボリボリと骨の交じる咀嚼音が微かに聞こえる。渋谷は一心不乱に肉を食べていた。
「・・・あはは・・・あはははは」
渋谷がこちらに顔を向けた。見たことのない恍惚とした表情、そしてわずかに狂気を孕んだ瞳が前原を見つめていた。
「なんで・・・なんでこんなにおいしいの・・・わかんないよ・・・なんで・・・」
渋谷の口元から真っ赤な血が滴る。
「しーやん・・・?どういう・・・」
目の前の状況があまりにも非現実的で、混乱しつつも前原は今起こっている出来事をどうにかしようとしていた。
「うぅ・・・うわああああ!!!あああああああ!!!!!」
渋谷は叫び泣きながら、男の頬肉から皮膚を剥がすように食べる。
「しーやん!やめろ!!!それを食べるな!!やめるんだ!!!!」
「フーッ!!フーッ!!!!」
前原は渋谷を止めようと考え、部屋を見渡す。すると、ベッドの脇のテーブルの上、開いたままのアタッシュケースに気がついた。
「インジェクター・・・!」
前原はベッドから飛び出ると、インジェクターを手に取り、素早く渋谷の首元に突き刺した。
「んフっ!?・・・」
その衝撃に一瞬もがいたが、薬剤が注入されはじめると渋谷はだらんと手を下ろし、咀嚼をやめた。
注入しきって残量がなくなるのを確認し、インジェクターを置く。
そして、渋谷の視界に自分を移すように入った。
「・・・しーやん」
「・・・私・・・何・・・」
渋谷はぶるぶると震えながら頭を抑える。
「わ・・・た・・・し・・・は・・・・・・・・・」
渋谷はがばっと前原の胸に飛びついた。
前原の服を血に染めながら、渋谷は泣き叫んだ。
[newpage]
[chapter:DRY THE WORLD]
直後、入口のロックが開き、何人もの武装した研究員が入ってきた。
「あっ!?なっ!!やめろ!!!何をする気だ!!」
前原はすぐに立ち上がって渋谷をかばう体制になったが、研究員たちは部屋に入ってぐるりと360度に包囲した。
「撃て!」
何の話をする間もなく、容赦なく発砲する研究員たち。
「あ゛っ!!いっいたい!!きゃああああ!!!!」
かばう前原の隙間から弾丸が襲う。一発で死ぬことはないはずだが、痛いことにかわりはない。渋谷は悲鳴を上げながら、体を小さく丸めてうずくまった。
「しーやん!!」
前原はすぐに渋谷に覆いかぶさった。
その様子を見て、研究員たちは発砲をやめた。
痛みに痙攣する渋谷を抱えながら、前原は研究員たちを睨む。研究員たちも怯まず、険しい表情でこちらから目を離さない。
「・・・前原さん、どいてください。渋谷の駆除は命令です」
「ふざけるな!!渋谷は人間だった!!!!2年よりも前から人間だったんだ!!!」
渋谷はアマゾン発生よりも前からの付き合いで、腕輪がついているはずもない。食人衝動があるのなら自分が食われていてもおかしくはなかった。もしもアマゾンになっていたとしても、今の自分なら分かるはずなのだ。
つまりは、再会した時点ではアマゾンでは断じてなかったのだ。
しかし、今は・・・。
「・・・しーやんはアマゾンではなかった」
カチャッという音とともに研究員の半数が銃を構える。
「・・・もし殺すというのなら決別するぞ」
前原は蒸気とともに銀色に変化した右腕をかざした。その時・・・。
「やめておくんだ。前原君」
カツカツと音を立てながら階段を降りてきたのは、実験体Sこと、山口翔だった。
「・・・翔さん・・・?」
研究員たちは翔を見るなり、一斉に出口へと捌けていった。
どうやら研究員達は、翔が来るまで前原を牽制していたようだ。
翔は、ポケットからインジェクターをとりだし、羽織っている上着をはだけさせて腰のネオアマゾンズドライバープロトを露出させた。
「翔さんも・・・それを・・・」
「橘さんが、今さっきそのアマゾンの駆除を指示したんだ。前原君、そこをどいてくれ。君とは争いたくない」
前原は迷うことなく、手を伸ばしてインジェクターを手に取った。
「・・・それは無理な相談だ」
インジェクターを構えたまま睨み合う両者。
そこに、ひとりの男が部屋に降りてきた。
「実験体S。ちょっと私に免じて下がってくれないか」
「・・・杉山さん。でも橘さんの命令で・・・」
「私からも言っておく。一応私の安否のためにそこで待機していてくれ」
杉山は金の腕輪を手に持って、2人に歩み寄った。
「いいかい、前原君。DNA鑑定は入社時に行っているから、渋谷君が元々人間であることは疑っていない。しかし、なぜだか知らないが今はアマゾンで間違いないだろう。君も見ていたとおり、人を襲って食べていたうえ、アマゾンを沈静化させるインジェクターの効果があったのも明らかだ。しかし後天性アマゾンというのは自然には起こらない・・・」
「な・・・何が言いたい」
「まぁつまりは・・・渋谷君だけに関わらず、君が原因でアマゾンに・・・なった。その可能性があるわけだよ。粘膜的な接触か、あるいは噛み付いたと聞いたからそれかもしれない。とにかく君の精密検査をしなくてはならない。
これは実験体Sにつけている金のレジスターだ。ここに入っている薬は直接脳に作用して食人衝動を抑えることができる。その代わり、満足に普通の食事をも楽しめなくなるが、今はこれしか腕輪がない。これを付けてもいいなら渋谷君はこのまま生かしてもいいだろう」
その金の腕輪を手渡される。腕輪の内側はものすごい量の鋭い針状の突起がある。それを見た前原は渋る表情をした。
そこに、さらに部屋にもう1人の男が入ってくる。
「・・・杉山。まったく勝手なことを。いくら君だからといってなんでもしていい訳では無いんだがねぇ」
彼は橘 雄吾だった。彼はかなり不機嫌な表情で杉山に話しかけた。
「まぁまぁ。今は取引中です。金のレジスターを渋谷君につけるなら今後も友好的な関係でいられると。ま、私的には観察対象が増えて興味が増すばかりだしね」
「・・・残酷なやつめ」「お互い様ですよ」
2人は互いに睨むような視線を合わせ、同時にそれぞれ視線をはずした。
「・・・決まったかい?前原君。君がつけるんだ」
「・・・わかり・・・ましたよ」
前原は渋谷を床に置き、左腕を持ち上げて膝に置いた。次に両手でめいっぱい腕輪を広げる。そしてゆっくりと腕を覆うように動かした。
腕輪の針が腕につくと、吸い込まれるようにめりこんでいった。
それに反応して渋谷が苦悩の叫びをあげた。
「ああああ!!!いたいいいい!!!いたい!!いたいいたいいたいいい!!!」
「ごめんな・・・がんばれ・・・しーやん・・・」
そのあとは前原が力を入れるまでもなく、勝手に腕輪はめり込んでいって、針が見えないほど密接してカチンと端と端がロックされた。
渋谷はひどく過呼吸気味になったが、その後すぐに気を失った。
「・・・よく頑張った。それじゃあ医療班を呼ぼう。前原君は続けて点滴を受けながら安静にしててくれ。渋谷君は治療と同時に検査をする」
「・・・」
前原は、橘、杉山、翔の3人をそれぞれ睨みつけたあと、ベッドに横になって反対側を向いた。
橘と杉山はコツコツと靴音を立てながら部屋を出ていく。
「すいません、橘さん、杉山さん、前原君と・・・すこしだけ話してもいいですか?」
翔がそう二人に尋ねた。
「・・・何のためにかは分かりかねるけど、いいだろう、許可するよ」
杉山がそう言うとひらひらと手をふりつつ興味なさげに去っていった。橘も異論はないようで、そのまま出て行った。
「ありがとうございます。・・・前原君。聞きたかったことがあるんだよ」
「なんですか。翔さん」
前原はいつの間にやら点滴が外れていることに気がついて、おもむろにアマゾンズインジェクターをひとつ、手に取った。
そして首元に突き刺してからゆっくりと体を起こしてベッドに座った。
「橘さんに、過去に何をされたんですか」
「・・・そんなこと、ですか」
2人のその会話を阻むでもなく、その2人の間を縫って医療班が渋谷を運ぶ作業を始めるが、翔は構わず質問する。
「意思のない、橘さんの意のままに動く何か。今の私の状況を端的に表している表現だったと思うんです。だけど前原君はそれに激情した・・・もしかして、僕と同じ立場だったのかと思ったんです」
「いや・・・似てるようで違うんですよ。あれはもっと・・・もっと酷い・・・」
前原はそう言いながら、あの時の自分を思い出していた。
「僕は今、腹が減らないし、怒りもしないし、感情がそこまで高ぶることがないし、何でもかんでもコントロールされているような感じだよ。
それと引換に僕はこうして生かされている。生きることを許されないより、ずっとマシだと思うんです」
「・・・」
翔の言葉を聞いて、前原はゆっくりとうつむいた。
ちょうど、傍にいた医療班が渋谷を連れ出し、扉を閉じられると部屋は完全に二人だけになった。
その直後、前原はうつむいたままだらんと腕を垂らした姿勢でベッドを降り、床に足をつけた。
「・・・俺はなんとも思ったことなんて無かったなぁ」
前原は抑揚も何も無い不気味な話し声で話し始めた。
「・・・はい?」
翔はその返しの意味がわからず困惑した声を上げる。
「お前は感じなかったことがあるか?」
前原が顔を突然上げて翔に目を合わせる。
あまりに不気味な雰囲気に翔は一瞬仰け反る。
「ど、どうしたんですか!?前原君・・・」
「生きることが許されないよりマシだとか、腹が減らないだとか、高ぶる高ぶらない、コントロールされている、幸せか幸せじゃないかも感じなかった。それを、認識している自分自身、何も感じることもなくただその世界に存在している、しかしその世界に存在している俺は俺であり・・・」
前原は目を紫色に光らせて、翔の顔を舐めるように見る。
そして、蒸気を発する熱い腕が翔の肩を掴む。
翔は怯えながらその手を瞬時に掴み返して投げる。
「なっ、何を言っているのかさっぱりわからないですよ・・・」
前原は不気味に微笑む。
「その恐怖を感じること自体が俺とお前の違い・・・。何を感じて何を感じなかったのかもわからない、わかることすらわかっていないのにわかっている・・・まさしくこの表現が適当だ」
「あなたは、前原君・・・ですよね・・・?」
あまりの様子の変わりように、翔は疑問を投げかける。
「そうだが、そうじゃないな。半分がシグマと言った方がわかりやすいか・・・。そうだ。俺と俺が同時に存在するこの状態を“ダブルシグマ”と名付けている」
「さっぱりわからないですよ・・・」
翔は怯えながら後ずさりしていた。
その最中に、ヴヴンという音が鳴る。
そして、室内に声が響いた。
『あーすまない。杉山だ。本当にすまないが、前原君、盗み聞きさせてもらったよ。実に面白いね』
「・・・杉山さん!?」
「わかるのか、杉山」
部屋の音響設備から、杉山の声がした。前に橘が使ったものの、音声のみのバージョンだろう。
『つまりは君は“アマゾンシグマ”の頃の前原君だね?』
杉山は前原が言っていることを理解しているのか、断定的な問いかけを投げてきた。
「そうか・・・これがそうか・・・そうだと言った方がいいな。だが、全部がそれじゃない」
『・・・それが、今の君が言う“ダブルシグマ”か。君のことはシグマと呼んでいいかな?』
前原は杉山と話すことで、曖昧だった認識が徐々に明確になっていくのを感じた。
2人の中で意味が通じ合い、会話がトントン拍子に進んでいく。
一方で翔は混乱していた。2人がなにを言っているのか、いまいちわからなかった。
「今この意識に“俺”も存在するが・・・まぁ、シグマでもいい」
『前原君としての君とシグマとしての君はお互いに知らないことはあるのかい?』
「俺の知らないことはシグマも知らない。いつの間にか切り替わり、意識を保っていないと食人衝動に体が奪われるんだ。
鮮明な意識で、いつの間にか人格が変わっているらしいのが俺、シグマ・・・いや、混ざりあっているからこそのダブルシグマ・・・」
杉山の話す音響からは、カッ、カッとメモをする音が聞こえる。
『非常に面白い話を聞けた。さて、横槍を入れてしまって済まない。実験体S、続けてもいいよ』
ブツッとマイクが切れる音が響くと、翔は頭を抱えた。
「・・・もうよくわからないよ」
「翔さん。難しいことを言ってすいません。とにかく、俺の経験したことは翔さんをさらに不自由にしたもの・・・」
前原が翔に目を合わせると、紫の光が消えていた。
「今の俺から思えば、許すに許せないことをされたよ。でも、その時にはなんとも思えない。・・・とにかく、翔さんがその立場になることは無いでしょうから。気にしなくていいんですよ」
前原はベッドに座りなおすと、またインジェクターを手に取って、首元に打ち込む。
「・・・そう、ですか。とりあえず、また話したいことができたら来ます。・・・それと、僕は、前原君と敵同士にはなりたくないです。これも今伝えたいことです」
そう言うと翔はくるりと出口へ向き、歩きはじめた。
「俺もですよ。翔さん」
前原は注入し終わったインジェクターを振って残量が残っていないことを確認し、ベッドの枕元に置く。
翔が出て行くのと入れ替わりで研究員が入りこんだ。
「前原さん、点滴を打ち直します。空のインジェクターも回収しますね」
「あ、あぁ、よろしく・・・おねがいします。」
──────────
「・・・はっ!?」
渋谷が意識を取り戻した。何をしてたんだっけ?と辺りを見回すが、そこは自分が寝ているベッドが一つだけ置かれただけの真っ白な1室だった。見覚えはない。
「・・・どこ・・・ここ?」
あたりを見回すついでに自分の体を見ると、すぐ着られる簡素な服を着た姿だった。着替えた覚えはないし、なぜ寝ていたのかも記憶にない。
体を起こすと、数秒後にガチャリと音がして真っ白なドアが開いた。
音に反応して視線を向けると、誰かが入ってきた。
それが人だと認識した瞬間に、左腕が傷んで、さらには頭まで痛み出す。
「んんっ!?痛・・・」
「お目覚めだね、渋谷君。色々君には説明したいことや聞きたいことがあるんだ。いいかな?」
そこに立っていたのは杉山だった。正直なところ渋谷は顔を覚えていなかったが、声と話し方で彼だと認識した。
「す・・・杉山さんですか、私、なんか変な夢でも見てた気がしたんですけど、私、何かありました?」
渋谷が頭と腕を抑えながら苦痛混じりの笑顔で杉山に話しかけた。
「・・・渋谷君。それはおそらく夢じゃないよ。君は人を食べた。覚えているんだろう?」
「え・・・」
渋谷は表情が凍りついた。
「嘘だと思うのなら、左腕をたくしあげてごらん」
渋谷は痛む左腕を捲りあげると、金色に光る不気味な腕輪が青く光っていた。
「その腕輪は食人衝動を感知して定期的に薬剤を流し込むものだ。君が私を見た瞬間から痛むのは、流し込まれる時だからだよ。食人衝動が無ければ痛みを感じないんだ。
・・・君はどうやら立派なアマゾンらしい」
「そんな・・・。私は人間ですよ・・・私・・・」
渋谷は驚きショックを受けると、うなだれてポロポロと涙をこぼした。
その悲痛なリアクションをとる渋谷を尻目に、杉山は持ってきた資料を開く。
「渋谷 香。20歳。平凡な家庭に生まれ、現在も両親が健在、出生過程を伺っても実子であることは間違いない・・・。たしかに君はもともとアマゾンでは無かった。
しかし、検査の結果君からはアマゾン細胞が出てきた。しかも実験体のだ。おかしい話だろう?・・・心当たりは無いかな?」
「もしかして・・・アマゾンって、うつるんですか・・・?私はただ、おっちゃん・・・前原君と一緒にいただけ・・・」
「その可能性を今は考えているんだ。しかし、君が目覚めるまでの3日間の間、前原君に噛んでもらった被験者10人がいる。もしもひとりでもアマゾンに変貌した場合、彼はこの世界にとって脅威になる」
「え!?それってもしかして・・・」
杉山はとぼけたような表情で答える。
「ん?最初からそのつもりだっただろう?そうだよ、すぐにでも駆除をしなくちゃならない。彼がまだ友好的なうちにね」
「駆除・・・そんなのおかしいですよ!!前原君は味方じゃないですか!!」
強く反論した渋谷を、杉山は突如血相を変えて睨みつけた。
「アマゾンの癖に調子に乗るんじゃない・・・。所詮君らは私たちの管理がないとまともに自制もできないグズ共だろうが」
「え・・・あ・・・」
先程までの温厚そうな杉山とは一変して、荒々しく渋谷に食ってかかる。
「今そうして私を見て体を痛める君は本当に哀れだよ。今すぐ殺して解剖したほうがよっぽど君のためにも人類のためにもなるだろう。
君は私たちが作るインジェクターが無ければ、もう人間らしくは生きれないだろう?管理されないアマゾンは駆除するしかない。
とにかくいきたいのなら君は大人しく従っていればいいんだよ・・・。死にたくなったら歯向かうといい。その時は全力で駆除してやる・・・」
杉山が威圧的に顔を近づけて脅迫すると、渋谷は恐怖で押し黙った。
その様子を見た杉山は顔を遠ざけ、資料を一つ渋谷に投げ渡した。
「君にはこれから一ヶ月程度、前原君の世話役兼、研究対象として働いてもらう。
三食の食事も用意する。一ヶ月程度の軟禁として捉えてもらおう。
それから先、ある程度落ち着いたら入念な管理の元、実生活に近いように暮らせるようにするつもりだ。
・・・アマゾンにしては破格の待遇だろう?それまでの約一ヶ月、私の指示するとおりに動けば君はまた人間のように生活できるんだ」
渋谷は資料を眺めつつ杉山の話を聞いたあと、放心したように壁を見て、また静かに泣き出した。
「・・・うっ・・・うっ・・・」
杉山はその渋谷の様子を眺めつつ、背を向けて退出しようとした。
「渋谷君、泣くのもいいが、動けるようになったら前原君のところへ行くんだ。それが生きるために君がやるべき仕事だ」
そう言うと杉山は部屋から退出した。
部屋で1人、ベッドの上で嗚咽を上げながら渋谷は泣き続けていた。
「私は・・・うっ、アマゾン・・・、一ヶ月・・・、人間の・・・ように・・・ように・・・ううーっ・・・うっ、うっ・・・」
渋谷はしばらくの間泣いていたが、気分を切り替えるように深呼吸をした。気を奮い立たせてベッドから這い出る。
「・・・そうだよ。私がおっちゃんを守る。だってもう私にはおっちゃんしか無いんだもん・・・」
アマゾンとなった今、家族や友人と会うことはもう無いだろう。渋谷にはもう前原しかいなかった。
床に足をつけると、すこし立ちにくさを感じた。3日間も寝続けていたらしいため、その影響だろう。
ぎこちなく両足をつけ、立てることを確認すると、体は歩き方を思い出したかのようにごく自然に出口へ歩き出した。
ドアを開けると、廊下に1人の研究員が立っていた。
研究員はこちらに気づいて話しかけてきた。
「あっ、渋谷さん。体調は・・・」
「あ・・・うっ!!!う゛っ!!!」
研究員を見た瞬間、渋谷は腕、頭と順番に痛みを訴えて各部をおさえた。
その光景を見て研究員は通信機のようなもので状況を知らせていた。
「渋谷、食人衝動に呼応して薬剤を注入された模様」
渋谷は痛みが収まると立ち上がり、研究員に質問をした。
「と、とりあえず私はどこへ行けば・・・?」
渋谷の視線は床を見ているが、研究員は見られていないながらも笑顔で返答する。
「あぁ、持ち場・・・あっち、って言っても見てないですね、右にいったところをまっすぐ行くだけですよ。そこの地下で前原さんと一緒に点滴を受けててください」
渋谷は動揺しつつさらに問いかける。
「て、点滴ですか?」
「ええ、万全を期すために、インジェクターだけでなく点滴も使います。前原さんの点滴を付け替えに出入りしていた医療班が担当します。話は伺ってますが、頑張ってください」
「・・・」
渋谷は表情が硬直し、無言で逃げるように右手へ歩いていった。
「私は・・・もう・・・人間じゃ・・・」
頭髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながら早歩きで奥へと向かう。
すると、また別のドアを開けて出てきた研究員と目が合った。
ドクン、とひとつ血流を大きく感じた後、また電撃が走るような感覚が走る。
「う゛ぅ!!い゛っ!!もういやああああ!!!」
目の前の研究員から体ごと反対に背けるように後ろに振り返り、ぺたりと座り込んだ。
そして、また頭と腕の痛みを抑え込むようにそれぞれの手で抑える。
「だ、大丈夫ですか・・・」
「・・・」
渋谷は返答することもやめた。
研究員はしばらく渋谷の様子を窺っていたが、返答が返ってこないことを察するとどこかへ歩いていった。
「・・・なんで・・・。ううん、負けちゃダメだよ・・・」
痛みが引いたことを確認し、ゆっくりと立ち上がり、また目的の場所へと歩き出した。
「食べたくないよ・・・人間・・・きらいだよ・・・もう・・・だからもう痛まないで・・・」
何歩か歩いたあと、渋谷はおもむろに天井を見上げた。
「でも・・・」
渋谷は涙を流しながら笑顔で呟いた。
「なんであんなに美味しいの・・・」
あの時食べた研究員の味を思い出して、恍惚な表情を浮かべたその時、また同じような痛みが渋谷を襲い、その場にぺたりとしゃがみ込んだ。
「う!・・・」
渋谷は、廊下の中心で、ただただ悔しそうな表情で泣くのだった。
少しの間留まっていたが、渋谷はふらりと立ち上がり、覚束ない足取りで前原のいる地下室へつづく扉へ向かって歩いた。
扉はパスワード式になっているが、渋谷には知らされていない。どうしようか、と考えながらたどり着くと、何もしないうちに遠隔ロック解除が作動して扉が開いた。
「・・・誰かみてるんだ」
出来れば監視カメラの場所を確認したかったが、視界に余計なものを入れたくない。渋谷は確認するのを諦めて、逃げるように地下に降りていった。
照明が煌々と点き、真っ白で殺風景な部屋と、新たに増えたもうひとつのベッド、ふたつの椅子とひとつのテーブル、そして前原のいる部屋があった。
前原は渋谷が階段を降りる音を聞いて振り返り、立ち上がって歩み寄ってきた。
「しーやん!大丈夫だったか?」
渋谷は無言で駆け寄り、前原の胸元へぶつかるように抱きついた。
前原は様子のおかしい渋谷を見て困惑したが、混乱しているのだろうと納得し、包み込むように抱擁した。
少々の時間が経って、渋谷が前原から離れると、深呼吸をして目を合わせた。
「・・・ふーっ。落ち着いた。私は大丈夫」
にこりと笑顔を作る渋谷を見て、前原は安心したようにほぐれた笑顔を見せた。
「そうか。・・・しーやん、その腕輪、痛まないか?」
前原が心配そうに渋谷の金の腕輪を指さすが、渋谷は冷めた表情のリアクションを取る。
「・・・痛いよ。ずっとじゃないけど。でも、おっちゃんといるだけなら平気!だから・・・」
「痛いか・・・痛いよな。ごめんな・・・」
腕輪をつけたのは前原だ。責任を感じ、申し訳なさそうに眉を下げた。
「おっちゃんが謝ることないよ!・・・あっ!その腕輪!」
渋谷が前原の左腕に取り付けられた謎の腕輪に気がついた。
「あぁ、これか。これも薬剤を投入する腕輪らしい。これがあるから俺はいま、点滴を引きずらなくてすんでるんだ」
その腕輪はメカニカルな赤い鳥の頭部のようなデザインの腕輪だった。
「・・・とりあえず、座って話でもしようか。しーやん」
「あ、うん」
渋谷と前原は、その新しく設置された椅子に座った。
「あっ、そうだ・・・そういえば・・・」
渋谷は椅子に座るなり、思い出したように服にしまっていた資料を広げた。
そこには、『ワイルドシグマ現状報告』と書かれていた。
「これ、私が部屋から出る時に渡されたんだ。杉山さんに・・・」
「ワイルドシグマ・・・俺のことか」
前原が1ページ目を開いてみると、そこには10人の人間の写真が載っていた。
冒頭にはこう記されていた。
『ワイルドシグマ感染説の検証のため、10人の被験者を用意。
意図的に損傷程度まで噛みつかせ、経過を観察。
1日目、怪我の程度がバラつきあるものの異常なし。
2日目、全員の怪我が治らず、5人が重症に。
3日目、5人が殉職。残りの5人も怪我が治らず、アマゾン体になる兆候は見られない。』
「これは、俺のせいで人が死んだのか・・・?」
前原は報告書に書かれた内容を理解して、わなわなと震えだした。
「おっちゃんのせいじゃないよ・・・」
渋谷は前原の手を握って、次のページをめくった。
片側ページに文章と写真、そして、もう片方のページに前原と前原のつけている腕輪が描かれていた。
『自動薬剤投入装置・ネオアマゾンズレジスタープロトの機能紹介
従来のアマゾンズレジスターの数倍の濃縮、さらに加減、調節も可能な装置。
ワイルドシグマは点滴が少なからず成功したため、継続した薬剤投与のため緊急開発。
机上計算効力は3ヶ月ほど。』
このページを見ながらふたりはまじまじと前原の腕輪を見る。
「・・・たしかにこれがあるから俺は今普通でいられる・・・。しーやんの腕輪も、そうなんだろ?」
前原が腕輪を指し示すが、渋谷は少し言葉に詰まった。
「・・・普通かぁ。よくわかんないや」
渋谷は目をそらしながらどこか空虚な笑顔で次のページをめくった。
「・・・まぁ、普通って難しいよな」
様子のおかしい渋谷を気遣い、前原はたいしたことは無い口調で言葉を返した。
次のページに目を通すとこう書いてあった。
『現在、感染説の疑いが晴れない中でひとつ、怪我を治す力を奪う特性があるのではないかという仮説を立てた。
アマゾンにも同じように治癒の困難な怪我を与えることが出来る場合多大な殲滅戦力になり得る。この仮説が正しかった場合、ワイルドシグマには積極的に実験体アマゾンの駆除を要請する。
また、先に試験的に渡したプロトドライバーの性能テストを見る限り、他の実験体とは一線を引く戦闘能力が伺える。』
他にも様々な図があるのを読み飛ばし、前原は呟いた。
「・・・俺はもうこの紙に書いてあるとおりにアマゾンを殺すことだけでしか、生きていられないんだろうな」
前原の声色に諦めを感じた渋谷は、唇を一文字に絞めた。
「おっちゃん、耳貸して」
いわれた通りに前原は渋谷に耳を向けた。
渋谷はごく小さな声で前原にある忠告をした。
「・・・じゃあ俺は・・・まぁ・・・少しはそんな気がしてたけど・・・」
何かを聞いた前原は沈んだ表情になり、見るからに落ち込んでしまった。
渋谷は椅子を立って、前原の目の前に歩き、手を取った。
「ここから出よう・・・!実は私の知り合いがやっている病院があるの・・・だから・・・そこへ行けば助かるかも知れないよ!」
「けど・・・俺は・・・」
惑う前原に手をにぎる渋谷はさらに力を込めた。渋谷の目に強い意思を感じた前原は、決意を固め、拳を握って立ち上がった。
「・・・そうだな。行こう。しーやん。」
「うん」
渋谷は前原から手を離すと未開封のアタッシュケースを手に持った。インジェクターがこれだけあれば、腕輪の効力が切れたとしても少しの間は大丈夫だろう。
二人が出口へと歩き出すと、警報が鳴り響いた。
[newpage][chapter:AMAZONS]
「なんだ・・・?警報!?とにかく出よう」
けたたましい音に、前原は渋谷の手を引っ張り、素早く出口から外に出ようとした。
しかし、出口は固く閉ざされていた。鍵がかかっている。
「開かない・・・?」
「おっちゃん、ここはもともと外部への通信がないと開かないんだよ。警報が心配なので開けて欲しいって言おう?」
「いや、大丈夫だ。壊そう。しーやん、離れててくれ」
渋谷はぱたぱたと走って仕切りの後ろへ身を隠した。
「・・・おっちゃん、例の『ワイルドシグマ』になるの・・・?」
前原は渋谷の質問には答えず、おもむろにポケットからインジェクターを取り出し、ドライバーを露出させた。
そして、ドライバーにインジェクターを差し込み、思い切り注入した。
心地よい薬剤の注入音が前原の体に響く。
──ZE・RO・SI・G・MA──
機械音とともにドライバーに熱と光がこもり、前原の体からも蒸気がほとばしる。
口を開くと同時にソケットを倒す。
「ァアマゾン!」
前原が口から凄まじい蒸気とともにそう叫ぶと、一気に紫の爆炎に体を包まれた。
渋谷は突然の光に驚いて目を覆う。
爆発を繰り返し前原の体は銀色に変色、変化し始めた。
まだ爆発が終わりきらないうちに前原は上部の扉を拳で殴りつけた。
バゴォン!という爆音とともに扉はぐにゃりと変形した。
「もう1発か」
もう一度殴りつけると、扉は中心が伸びて破裂するように貫通した。
その姿を見る渋谷は、その変貌ぶりに目を疑う。
「アマゾンって・・・アマゾンって・・・人間と全然違うんだ・・・」
呆然と、目の前の現実を見ていた。
前原は破裂した扉を何度も殴りつけて広げ、人が出られる広さにする。
「しーやん、先に行ってるよ。」
前原はそういうと軽く跳躍して扉の外へ出た。
そこに待ち構えていたのは、重装備をした研究員たちと、翔だった。
「翔・・・さん」
「前原さん、どうして扉を破壊したんですか?」
翔はさりげなく前原の行く手を塞ぎ、険しい目を向けていた。
「警報が気になったから、いち早く出るためだ」
「そんな理由で扉を破壊するような荒っぽい性格の人じゃないですよね」
翔はドライバーを手にして、腰に装着し、インジェクターを手にした。
それらしい理由を言ってみたものの、翔は前原達が脱走しようとしていたことを確信しているようだった。
「・・・盗聴器でもあったのか?」
こちらの質問を無視して、重装備をした研究員たちがシールドを構えると、翔はお構い無しにインジェクターを注入した。
翔が目を青く光らせ、インジェクターの入ったソケットを倒して、体から蒸気を発しながら呟く。
「・・・アマゾン」
──LA・M・BDA──
禍々しい機械音声の余韻をかき消すように、青い爆炎が轟音とともに広がった。
「・・・翔さんもドライバーで変身するのか」
前原は腕を十字にして爆炎から体をかばいつつ、その姿を見ていた。
「もう前原さんは倒さないといけないって聞いたから、僕も全力で戦うよ」
翔の爆発が終わると、翔は地面に手をつけて四つん這いになった。
「・・・それなら俺もやるしかないな。翔さんとは戦いたくなかったけどな・・・」
前原は翔の構えに呼応するように、腕や足の焔が瞬く中での構えをとった。
前原は重装備の研究員たちからの銃撃を警戒していたが、攻撃というよりは牽制するような動きをしている。
こちらに砲身を向けながら前原の後方へとじりじり移動する動きを見て不自然に思う
──何をするつもりだ?
「・・・まさか!お前ら、渋谷を!?」
前原が、一番地下室への入口に近い研究員を見ると、その研究員は走って地下室へ向かった。
「させるか!」
前原は地下室への入口の前に陣取って近づく研究員に構えをとった。
研究員達は前原の腕や足の届かない所で銃を構えて動きを止めた。
その研究員を飛び越えて翔が前原にハサミのような腕を振り下ろした。
それを前原は焔を纏う右腕で受け止める。その時に近寄った研究員の一人を殴りつけると、研究員は引火しながら吹き飛ばされた。
翔はその一撃をお見舞いした後、前原にさらに振り抜いて両腕で縦に回転するように何度も殴りつける。
前原も受け流すように腕で受け止める。そのうちに焔は機械的装置に変化していった。
前原は一歩ステップをして下がり、インジェクターを押し込んだ。
──LANCE LOADING──
機械音とともに腕の装置から槍が生えてくるが、その最中に飛び込んできた翔の拳が前原の肩にクリーンヒットし、前原と翔もろとも地下室へ転げ落ちた。
「ぐあ!」
前原は受け身を翔の叩き伏せる拳によって潰され、着地の衝撃を全身で受け止める。
翔は拳を引き下げると、追撃へ移行した。前原の上をくるくると回転しながら粘性の糸を吐きつける。
「こんなもの!」
前原は槍を引き抜き、左手で回転させ糸を引き裂いた。ついでに翔に対しての斬撃をお見舞いしようとしたが、あっけなく距離を取られかわされてしまった。
その隙を見て前原は腕を地面に叩きつけて体を起こし、立ち上がった。
翔は腕を組んで立っていたが、前原が槍を構えるとすぐに手足を地面につけた。
二人が静かに様子を見る。そんな中、出口のすぐ隣の階段の影に身を隠していた渋谷は息を潜めて震えていた。状況を見て渋谷は理解しきれずにいた。分かることは、研究員達と翔という名前のアマゾンが前原と渋谷を殺そうとしていることだけだ。
「わ、私の耳打ちが・・・聞き取られたの・・・?なんで・・・」
渋谷は誰にも聞こえないような小声で呟いた。
「了解、発見しました」
「ひっ!?」
突然、研究員たちが階段を降りて渋谷を取り囲む。
逃げ場の無い渋谷に対して、10人未満ほどの研究員たちはチャキっと小気味よく一斉に銃を向けた。
それに気づいた前原は、翔に背を向けて渋谷のところへ向かう。
「!!・・・やめろぉお!!」
そんな前原を逃がすわけもなく、翔は高速で足払いを決めてマウントポジションを取った。
しかし前原は翔ではなくただ渋谷の方を見ていた。
「やめろ!!やめろおおおお!!」
その悲痛な静止も聞き入れるそぶりをしない研究員の一人が、耳につけた通信機で何かを指示されていた。
「了解」
研究員が通信機をタッチして切ると、銃をジャキンという音とともにリロードした。それに合わせて、ワンテンポずれて他の研究員の銃が一斉にリロードされた。
「・・・な・・・なに・・・やめて・・・」
震える渋谷にも全く無反応な研究員達は、ひとりひとりが殺意を放ち圧迫していた。
「撃て!」
研究員のひとりが指示すると、同時に全員が渋谷に向けて発砲を開始した。
渋谷は悲痛な叫び声をあげながら全身に銃弾を受けて黒い血しぶきをあげる。
「いやぁああ!痛い!!痛いいいぃぃ!!」
「やめろおおおおお!!!やめろやめろ!!!やめろおおおお!!」
前原は勢いに任せて翔を突き飛ばし、渋谷のもとに向かおうと立ち上がるが、その矢先、翔は宙返りしながら前原の目の前に立ち塞がり、着地の反動を利用するように軽やかな膝蹴りを浴びせる。
吹き飛ばされた前原は強化ガラスの仕切りに叩きつけられ、大きなひびを作った。
渋谷が叫び声をあげなくなり、銃弾の雨が止むと、ひとりが渋谷に触れる。
「死亡している様子ですが、融解しません。・・・はい。・・・はい。了解です。」
通信機でのやり取りが終わると、出口からすぐさまハンモックが運ばれてきた。溶けない渋谷の死体を運び出すのだろう。
渋谷のいる方向とは反対側に吹き飛ばされた前原はゆらりと地面に足をつけると、瞬時に翔に近づき、強烈な水平蹴りを浴びせた。
「!?」
翔は反応しきれずに直撃を受け、壁に叩きつけられる。
すぐに状況を察して研究員達は前原の方に振り向き、銃を構えた。
「・・・許さない。絶対に許さない。お前達は俺が全員殺してやる」
押し殺すような低い声が部屋に響き渡った。そこには研究員達も翔も見たことの無いほどに怒り狂うワイルドシグマがいた。
前原がソケットにインジェクターを押し込むと、機械音が鳴り響いた。
──SWORD・LOADING──
前原の右手の装置から白熱した剣が生える。
煌々と熱で煌めく剣をふるい、柄を引き抜いてゆっくりと研究員に向けて歩き出す。
「じ・・・実験体S!!どうにかしろ!!!」
異様な様子の前原に恐怖する研究員が何やらリモコンのようなものを掲げると、翔は体を無理やり起こして四足歩行の構えを作り、素早く前原へ飛びかかった。
前原もまた反応し、火花をあげる高温の剣を翔にむけて振り回す。
焼き切るような斬撃をいくつか浴びながら翔も必死に攻撃を行うが、前原に届かずに圧倒される。先ほどとは動きがまったく違う。そのことに戸惑いながらも、翔は攻撃を繰り返す。
二人は一旦距離を取り、一斉にソケットを上下した。
──AMAZON BREAK──
──AMAZON STRIKE──
前原の剣がさらに硬質に鋭く変化し、構えをとる。
翔は飛び上がって右足を前原に向けて突撃した。
二人が重なり合う時、前原は翔のキックを左肩で受けつつ足を関節から両断し、さらに銀の腕輪のついた左腕も一振り斬撃を浴びせて切り落とした。
翔は着地が出来ずに地面に叩きつけられ、前原は衝撃でグルグルと空中で回転しながら地面に打ち付けられた。
翔が変身解除する中、前原はむくりと立ち上がった。そのまま翔にトドメを刺すかと思われたが、前原は視線を研究員達がいる奥へと向けて、ゆらりゆらりと渋谷の元へ歩き始めた。
「く、くるな!!くるな!!!撃て!撃て!!!」
研究員達は恐怖で腰が抜けつつも前原に銃弾を浴びせた。
前原もまた黒い血しぶきが飛ぶものの、落ち着いてインジェクターを差し替えると、装甲板が輝き、銃弾を弾く硬度になった。
「ひっ・・・」
前原は怯える研究員達へ走って近づき、ひとり、またひとりと斬撃を浴びせて無惨に飛び散らせた。
銃弾を浴びせてきた研究員を優先的に切り伏せる。
戦意を喪失し、逃げ惑ったり腰を抜かしている者も容赦なく襲いかかり殺していく。
慈悲は与えない。無抵抗の渋谷を取り囲み、撃ち殺した者を逃す気はない。
最後のひとりも逃がさずに首の根元から斬り伏せると、前原は鮮血で濡れた白銀の体のまま渋谷の元へ歩いた。
損傷で立てずにもがく翔の存在は、全く気にならなかった。
「しーやん・・・」
真っ赤に染まった手で渋谷の頬をなぞる。
全身に銃弾を受けて黒い液体を体から流し、息絶えている渋谷を前原はただただ心配そうに撫でていた。何度名前を呼びかけようと返答はない。
拳を握りしめて立ち上がると、前原は変身を解除しつつ血で染まる床をにちゃにちゃと音を立てながら翔の元へ歩いた。
「・・・俺は今日でお前達4Cとは決別する。これは戦利品としてもらっていく」
前原はアマゾンズインジェクターが入ったアタッシュケースを持ち、翔に見せつけた。
「僕には・・・君を本当に殺す・・・覚悟は無かったよ・・・。君のような・・・容赦のなさを・・・持ち合わせるには・・・。まだ気持ちが足りないらしい・・・」
苦しそうに話しかける翔に、前原は睨みつけるだけで返答を終わらせ、出口に向かって歩いていった。
しかし、出口の寸前で翔に聞こえる声で話す。
「足りないんじゃない。あるからやれないんだよ」
前原は出口の階段を昇って、部屋の外へ出ていった。
廊下をまっすぐ進んでいくと、通り過ぎた一つのドアから何者かが出てきた。
振り返るとそこには、杉山がなにやら小型端末を持って立っていた。
「杉山・・・」
「前原君。随分と派手にやってくれたね。改心するなら今だけ許してあげるよ」
前原は無言で右腕を突き出し、杉山に手のひらをかざした。
「その構えは、どうやら決別のようだね。残念だよ。だが・・・」
杉山が小型端末の液晶画面を触ると、ダイヤルのような画面が現れた。
それをくるくると回し、前原に小型端末を向けた。
「すこし頭を冷やしてもらいたい。」
端末の画面には『1%』と表示されている。
「なにを・・・ぐぅ!?」
突如左腕の腕輪がカタカタと揺れ出す。それと同時に、前原はとてつもない痛みを感じて左腕を押さえて膝をついた。
「す・・・杉山ァ・・・!なにか・・・仕込んでいたな・・・!?あぁああ!!!」
前原の腕から体全体にバリバリと熱と電撃のような、攻撃を受けたときとは違った次元の激痛が響く。
「いいかい、前原君。これは4Cの保有しようとしている対アマゾン用の殲滅兵器・・・その名も“圧裂弾”の力だ。
アマゾン細胞に化学反応して爆発的なダメージを与える・・・。
それも、これは最大出力ではない、たった1%だ。
だが1%とはいえ、浴び続ければアマゾン細胞は穴が開くように壊滅し、放射線をくらった生命体のようにじわじわと体組織が崩壊していく。いくら君の再生能力が優れていようとも、これならば無事ではすまない。
君の処分の方法を私達が考えていないはずはないだろう?」
「うぐああああ!!くうううう!!!」
叫ぶ前原を前に、杉山は冷静に腕輪から発生している痛みの正体を説明する。
絶対的な優位を確信しているからこその落ち着きであった。その表情はどこか、加虐を楽しんでいるようにも見える。
前原は激痛にのたうち回る。次第に身体中に白銀の血管のような跡が出来上がっていく。
「・・・聞いてもいないようだね。出力をあげて失神まで追い込もう」
杉山は画面のコントロールダイヤルを回し、3%まで上げた。
すると、腕輪はバチッと一瞬はじけ、そのまままばゆく光り出した。
「があぁはっ・・・」
前原はその途端電源が落ちるかのようにくたっと地面にひれ伏した。
杉山はその前原の様子を見て、ふっと笑い、耳元の通信機に手をあてがった。
「目標沈黙。速やかに回収、拘束せよ」
そう言うと通信機から手を離し、リモコンをONにしたままなのを確認してリモコンごと手をポケットに入れた。
直後に続々と武装した研究員が前原の元へ集まる。それを尻目に杉山は背を向けて死体が残っている渋谷を確認するため、地下室へ歩き出した。
「・・・ん?」
突然杉山は全身に走る静電気を感じとり、不思議に思って衣服を触る。
パチッ!と青い光が一瞬自分の指と衣服の間を駆け巡った。
その瞬間、背後から悲鳴が上がった。
杉山が悲鳴を聞いて後ろに振り向くと、その次の瞬間にバチチチチィ!!と激しい火花が吹くような音ともに青い電流が10人ほどの研究員達を繋げるように駆け巡った。
「・・・ばかな」
研究員達はそれぞれ悲鳴を一瞬にして途切れさせて、黒焦げになってバタバタと倒れ伏す。
その奥で、銀色の刺々しい『ワイルドシグマ』が、左腕から激しく火花を放出させながら立ちあがっていた。
杉山は恐怖に顔が青ざめ、避難しようと扉に手をかけるが、鍵がかかって出ることが出来なかった。閉じ込められている。
「なっ!?なぜだ!?なぜ開かない!?」
ワイルドシグマはもう立ち上がっている。すぐにでも逃げ出さなければ、杉山も研究員達と同じく黒焦げにされるだろう。
杉山は慌てて通信機に手をあてがうと、すぐさま聞き慣れた声が耳に入った。
『杉山 渡。悪いが今回のワイルドシグマの暴走は私共にはまだ打開できるすべが思い浮かばない。
これ以上の犠牲を出さないために全ての部屋をロックし、残った人員は簡易地下シェルターに避難している。』
「な・・・なんだと!?ふざけるな!私にはまだワイルドシグマ対策の残されたプロジェクトが・・・」
『その点に関しては残された資料通りに進めていく。そして、明らかに今回のワイルドシグマの暴走は君のミスだ。監視カメラ等で映像は記録するが、君は責任を取って各自で生き残ってくれ。』
「ぐぅ・・・!?た・・・橘ァァァァ!!!」
見捨てられたことに激昂し、杉山は通信機に向かって恨みの声を上げた。
通信が切れると、杉山は動揺で目が泳ぎつつも切れた通信機に向かって何度も叫んだ。
「わっ・・・わかっているのか!!ワイルドシグマ対策を私に任せておかないと、どうなってしまうのか!!街に出てしまうんだぞ!!人を食うんだぞ!!」
喚き散らしている中で、杉山の肩にそっと熱い手が置かれる。
「わひっ・・・!」
情けない声を漏らしながら杉山が後ろを振り返ると、肝が冷えるようなおぞましい紫の眼光がこちらを見返していた。
「安心するといい。俺はこの薬が効いている間、人は食わない。そして、お前の作ったこの腕輪・・・。かなり体にダメージを受けさせるようだが、俺は何も感じない」
前原の声は冷静だった。自分に危害を加えた杉山に報復しようとしているようだが、その声からは先ほどまでの激しい怒りを感じられない。
「・・・は・・・?なにを言って・・・」
「正確に言うなら、ダメージは受けている。だが、俺には効かない」
「はっ!?まさか前原貴様・・・」
最初は分からないといった顔をしていた杉山は、前原の言いたいことに気づき、驚愕で言葉を失った。
「・・・シグマと言った方がわかりやすいか?・・・こっちの意識はどこかぽーんと宙に浮いているような感覚でな。この身体を操る意識なのに、本来の宿主ではないかのような感覚だ」
突如バチバチと火花が飛び散っていた左手から火花が消え、その左手をまじまじと見ると、その左手で杉山の首を掴んだ。
「が・・・なにを・・・」
「お前のいうアツレツダンとやらが俺の体にどう作用したか教えてやる。
一つは、俺の体に甚大なダメージを与え、俺のもう一つの意識を封じ込めた。
一つは、俺の体の一部を消し飛ばしながら、この火花を作り出す能力を得た。
最後に、このパワーが逆に俺の体を活性化させた。もしかすると抗体でもあるのかもな?どうなんだろうな」
前原は淡々とその身に起こったことを説明した。
「・・・!!」
杉山はさぁっと血の気が引き、通信機に手をあてがった。
「き、聞こえたか・・・橘・・・。圧裂弾は・・・」
「消えろ」
前原は、その続く言葉を言わせぬまま、左手から火花を飛び散らせ、ボボボン!!と爆発音を杉山から鳴らした。
通信機がショートして爆発し、リモコンも焦げて爆発したらしく、杉山自身も焦げた体を爆発で吹き飛ばされ、いびつに四散した。
しゅうぅという音とともに腕輪の光が失われ、前原も腕からの火花を止めた。
「リモコンを壊したからか、腕輪のアレが消えたか。まぁいい。とりあえず外に出るとしよう」
前原はその禍々しい姿のまま、外へと歩いていった。
その道中、出口までの間に横たわる研究員のシャツ、カーゴパンツを奪い、最後にアタッシュケースを手に持って外へ出た。
「いつまでもこんな療養服のままではな。どこか街の外れへ行こう」
体を人間態にもどすと、ボロボロになった衣服と、そこから見える赤黒く変色してダメージを負う体がみえる。
「ダメージが半端ではないな・・・。前原 淳としての意識が戻らないのも納得する」
アタッシュケースからインジェクターをひとつ取り出すと、それを首元に突き刺して注入した。
「・・・飯さえ食えば肉体は再生出来るだろう」
カラになったインジェクターを4Cの敷地に捨て、前原はどこかへ歩き出した。
その頃橘は、地下シェルターから出て惨劇の起きた中央廊下をほかの重役と見ていた。無残な死体を前に、全員の顔色はすこぶる悪い。
「・・・杉山め。前原を処分する索が無いうちにこのような事態を作るとは・・・」
一人の政府関係者がハンカチで口元を抑えながら橘に話しかける。
「ワイルドシグマが外に出たということはなにか警報を鳴らした方がいいんじゃないのか!?」
武装した集団をこうも簡単に壊滅させるワイルドシグマに恐怖を感じているのだろう、その声は緊張で裏返る。しかし橘は、顔をしかめながらも冷静に返答した。
「いや、必要ありませんよ。いままで実験体がのさばっていた頃と何ら変わりません。むしろ多くの殉職者を出して人不足に陥った現在では、これから起こるイレギュラーに対応するだけでも手一杯です」
「しかし・・・」
その会話の中に、一人の研究員が入り込む。
「失礼します。殉職者の身元の特定、あらかた終わりました。・・・殉職手当の計算の他になにか指示はありますか」
「ご苦労。今しがた出て行ったワイルドシグマの位置情報を正確に補足し続けてもらいたい。接触も捕獲もしなくていい。それならば可能だろう」
「はい。既に追跡は行っております。引き続き業務にあたり、動向に不審が見つかれば報告します」
「よろしく頼むよ」
「了解です」
研究員はお辞儀をすると持ち場へ走った。
橘は、うーんと唸りをあげながら凄惨な廊下を歩く。
ここ数年で死体は見慣れたものの、臭いだけは耐えられず、ハンカチを口元にあてがって唸るように呟いた。
「・・・実験体Sがやられたのは想定外・・・という訳でもないが、やはりここまでスペックを高めた彼が実際に敗れてみるとショックではあるな」
橘が向かった先は、杉山のいた対策実験室であった。
ドアを開けると、一人の若い職員が黙々とパソコンを操作していた。
「ん・・・?君はラムダプロジェクトの構成員だろう?実験体Sは医務室へ搬入されたが・・・」
歩み寄りながら話しかけるが、彼は橘の方を見ることなく、パソコンを打ち続けながら返答した。
その姿が、熱心に何をやっているのかと橘の興味を引いた。
「・・・正直、今のラムダプロジェクトでは彼のスペックを復旧しても、ワイルドシグマに敵うポテンシャルを引き出すことが難しいです・・・。
変身時間の制限がある上に、現在はインジェクターが完成したとはいえ、彼が実験体アマゾンである限りドライバーのすべての機能を引き出すことが叶わないんです・・・」
話し続けながらも、カタカタとキーボードを鳴らし続ける。ぶつぶつと説明をする口調には、悔しさがにじみ出ている。
「・・・対ワイルドシグマについてはいい。ヤツは当初から圧裂弾で・・・」
橘が話す途中で、彼のキーボードを打つ手が突然止まった。不思議に思い、橘も言葉を止めた。
その瞬間、彼はデスクを殴りつけた。
「僕とォ!!・・・僕と僕達の最強のアマゾンを作り上げるはずだったのに・・・!!これじゃあ最強でも何でもないじゃないですか・・・。
結局彼も圧裂弾の完成品が本当に効くのかどうか不穏な訳じゃないですか!?
ここで僕が・・・僕が部長の任を引き継いでラムダを最強にしないと・・・部長も・・・もちろん僕も報われませんよ!!!」
感情を爆発させた彼はブルブルと震え、打ちつけた拳を握りしめつつ、橘に視線を合わせた。
そこにはここの研究員の中でも突き抜けた熱意と情熱が確かにあった。
橘も勢いに圧倒され、お互いに見つめあう。
暫しの沈黙のあと彼は謙虚な表情に戻り、「すいませんでした・・・突然・・・」と首で一礼して謝罪すると、またパソコンに向き合った。
橘はそのパソコンの画面に手をかざし、視界を遮った。
「・・・君は[[rb:朽木 >くちき]]というのか。改めてよろしくお願いしたい。
・・・ラムダプロジェクトだが、彼の復旧強化のプロジェクトにひとつ提案がある。聞いてくれるかな?」
朽木は、橘の真剣かつ狡猾な表情に何かを感じ、コクリと頷いた。
その頃、前原は街はずれの公園のトイレでシャツとカーゴパンツに着替えていた。人気のない公園ではあるが、一応は警戒しつつあたりを見回しながら歩いていく。
前原は公園から歩道に出て、少し歩くと立ち止まった。
「・・・俺のあとをつけてくるのは誰だ?」
前原が振り返ると、公園の反対の建物の影から一人の青年が現れた。
前原はその青年の放つ気配から、察して問う。
「お前は、アマゾンか。そう感じる」
青年は肩に下げた鞄から黒いベルトのようなものを出しながらこちらに近づいてきた。
「あなたは、見たことがある。駆除班の・・・」
「駆除班・・・?知ってるのか?駆除班を・・・」
青年はベルトを手前に持っていき、赤色の目のようなデザインのバックルを腰に叩きつけるように当てがって装着した。
前原はそのベルトのバックルを見て、ハッと思い出した。
「そのベルトは・・・お前はまさか・・・」
前原が彼を指さして真意を問うが、彼は問答無用で身構え、地鳴りのように叫んだ。
「ゥウウア!!アマゾン!!!」
そして、ベルトのバックルについた二つの取っ手の左手の側を思いきり捻った。
ギュイイイン!という機械音とともに赤のプラズマ光が目のようなデザインを覆う。
──O・ME・GA──
彼の体はボゴォン!と衝撃を放ちつつ炎に包まれる。
──♪! ! ! EVO/EVOL/EVOLUTION──
軽快な機械音とともに緑色に輝くその体は、前原も鮮明に記憶していた。
ゆらりゆらりと揺らめく緑色の炎と蜃気楼の奥に、『アマゾンオメガ』は野獣のような構えをとりつつたたずんでいた。
「お前は・・・あの時の緑のアマゾン・・・!」
思い出したように前原がそう言うと、彼は構えをゆっくりと解き、スタスタと近寄ってきた。無遠慮に距離を詰める緑のアマゾンの行動に、思わず前原も身構える。
「・・・あなたのことはよく知りませんが、今のあなたは敵ですか・・・?戦う理由があるのなら、僕はやりますよ・・・」
その彼の複眼の大きな瞳は、冷静かつ確かな殺意を持って前原を睨みつけていた。
「待て、お前は何のために戦う?・・・俺は前原 淳。お前は?」
「・・・僕は水澤 悠。僕は、僕の守りたいもののために戦う・・・。あなたが、僕の守りたいものを脅かすのなら、僕は戦います」
「その守りたいものは・・・もしかするとこの先にうじゃうじゃといるように感じるアマゾン・・・の事か?」
前原は先ほどまで自分が向かっていた方角にある森の入口を指で指し示した。その森の奥から複数のアマゾンの気配を感じ取っていたため、行き場の無い前原はとりあえずそこへ向かおうとしていたのだった。
悠はコキコキと指を動かしながら構えをとる。
「そうだというなら・・・?」
「・・・俺も倒したいものがあるんだ。そう・・・それは人を喰うアマゾン。あれは・・・それだろう?」
前原はスッと右手を悠に掲げて、瞬時に拳を作った。
「・・・アマゾン!!」
前原は紫色の爆炎と衝撃を轟かせて、ワイルドシグマに変身する。その直後に踏み込んで刺々しい右腕のアームカッター状の部位を悠に叩き込んだ。
それに反応して悠も同じく右腕のアームカッターで受ける。
「ぐっ・・・それなら、もしかしたら僕とあなたは戦う必要がないかもしれませんよ・・・!」
「・・・何?」
前原はそれを聞くと右腕を真横に引いて吹き飛ばすように振り抜き、自身もその方向に一回転ターンしつつ距離を取った。
悠は弾き飛ばされた右腕をまた前原に向けて、その臨戦態勢のまま話を始めた。
「この先にいるみんなは、人を喰いたいとは常日頃思っているけれど、ひっそり生きたいとも思っているんです」
「そうは言うが、薬が切れて覚醒したらどうなる?所詮人を喰う怪物の成れの果てだろう・・・」
いずれ人を喰うのなら今殺しておかなければ、と前原は続けた。
「そうなったら、 僕が殺しますよ」
「何・・・?」
前原は驚きつつも構えを解かなかったが、悠は足腰は構えつつゆっくりと腕を下げた。
「すぐに殺さないって約束してくれるなら・・・、会ってみませんか?それに・・・」
話しながら悠がリラックスする立ち方に変わるのを見て、前原も腕を引く。
「マモル君も居ますよ。あそこには」
「・・・マモルか。・・・わかった。すぐに暴れたりしないことは約束しよう」
「助かります」
悠がベルトを取り外して変身を解除するのを見ると、前原も人間態へと姿を変えた。
「僕のバイクが近くに停めてあります。一緒に乗りますか?歩いていっても構わないですけど」
「そんなに遠くは感じないが・・・少し疲れているんだ。悪いが乗せてくれないか」
「わかりました。・・・僕の事は悠って呼んでください。あなたは・・・えっと・・・」
悠がバイクの元へ歩いていくのに合わせて、前原もその後ろを等速でついて歩いた。
「前原でいい。・・・お前は駆除班と一緒に俺と戦っていたよな。駆除班のみんなは今どうなってるんだ?」
ずっと気になっていたが、分からずじまいだった駆除班のことを聞く。彼なら知っているだろうと思ってのことだ。
「駆除班は僕らと会ってから戦意をなくして、解散しました。その後の足取りは僕も分かりません。トラロックのことは知らないですよね」
悠がバイクの上にまたがると、前原もその後ろにまたがる。悠はそっと予備のヘルメットを差し出した。
「トラロック・・・例の殺虫剤か?アマゾンが溶けるという・・・」
「知っているんですね。それで大半のアマゾン達が死にましたが、僕が可能な限りまだ人を食べていないアマゾン達を避難させたんです。・・・じゃあ、行きますよ」
前原がヘルメットをつけたのを確認すると、悠もヘルメットをしっかりはめ直して、エンジンを吹かした。
森の奥にバイクを走らせると、そう時間が経たない内に目的地に到着した。森の中だというのに、妙にひらけた場所だ。
悠は邪魔にならない端の方にバイクを停めて、ヘルメットを外して降りた。
「着きましたよ。マモルくんも来ると思います」
「そうか。・・・今の俺で大丈夫かわからないが」
前原もヘルメットを外し、悠に手渡す。
ヘルメットをバイクに置くと、悠はひらけた場所の中心に来て手を叩いた。
「マモルくん、会わせたい人がいるんだ」
そう言うと、その奥の木の影からマモルが姿を現した。
「・・・水澤君」
マモルは涙を流していた。
「また・・・またあいつが現れたんだ・・・また仲間が・・・うぅ・・・」
「マモルくん・・・。そうかまた仁さんが・・・。大丈夫。次会ったときに決着をつけるよ・・・。それより、あの人を見て。マモルくんのよく知っている人だよね?」
「え?」
マモルは悠が指をさす方向を見ると、涙を拭いて見直して、何度か見たあと笑顔を取り戻した。
「前原くん・・・前原くん!!!ど・・・どうして!?本当に前原くんなの!?・・・アマゾンの気配もする・・・けど、本物の前原くんなんだ!?」
マモルが喜んで近づこうとしたが、走り出した直後に足を止めた。
「・・・でも・・・僕・・・僕が前原君を・・・」
マモルは引導を渡した最後の瞬間を思い出して自分の右手を見つめた。その手は小さく震えている。
前原はマモルに駆け寄り、その右手を前原は両手で手を取り、マモルと目を合わせた。
「マモル。いいんだよ。お前が俺を倒してくれたおかげで、俺は駆除班のメンバーを誰一人殺さずに済んだ。・・・むしろ感謝してる」
前原の目をわなわなと怯えたような目で見るマモルは、また涙を浮かべながら前原に抱きついた。
「前原くーん・・・!」
「ハハハ・・・変わってないなマモル」
その姿を、安心したように悠は見ていた。
「前原君は元々人間だったよね・・・」
「そうだな・・・。今の俺は作られたようなもんだけどな・・・」
マモルの問いに対し前原は自嘲気味に言った。死体をアマゾン化され、トラロックの薬剤を浴びて、なぜだか復活して今の前原がある。実験体とは始まりから違うものの、実験体より特殊な過程を経て出来た化け物だという自覚があった。
「はぁ。みんなが一斉にアマゾンになったら、駆除なんかされずに仲良く暮らせるのに・・・。僕、みんなに会いたいけどまた・・・襲っちゃうのが怖くて・・・」
「・・・三崎さんを襲ったって話、聞いたよ」
マモルは前原に向き直って驚いた。
「えっ・・・どこで・・・」
「話せば長くなるんだけどな・・・。そうだ。悠?でいいのか?君にも話したい」
「わかりました。こっちに座れる場所もありますよ」
三人は、悠に導かれて布を被せた丸太の上に座った。
周りに人の気配が無いことを確認してから、前原はこれまでの経緯を事細かに話した。
「4C・・・。僕達を駆除する準備が別の組織で・・・。壊滅状態ならしばらくは大丈夫かもしれないけど・・・」
悠は不安気な様子になるが、マモルは深刻な様子で頭を抱えていた。
「このままじゃ4Cにみんな駆除されちゃう・・・。でも・・・」
マモルはゆっくり顔を上げて前原と目を合わせた。
「その、渋谷って人はどうしてアマゾンになれたの・・・?噛んだだけじゃアマゾンになんてなれないよね・・・?」
「それが分からないんだ・・・。特にそれ以外に変なことなんてしてないし・・・。噛んだって言っても食いこんでちょっと傷になっただけなんだ」
「前原君・・・。前原君が人をアマゾンにできる力があるなら、みんなをアマゾンに・・・」
マモルが不敵な笑みを浮かべ始める。
悠がそれを見て真剣な顔でマモルの手をつかむ。
「無理だよ。そんなこと。僕らの罪がもっと重くなる。絶対に後悔する」
「・・・わ、わかってるよ・・・。でも・・・うぅ・・・」
三人がシン・・・と静まり返ったあと、ザッ・・・ザッ・・・と土を踏み締める音が聞こえた。
「・・・誰だろう?僕らの仲間かな・・・」
マモルが立ち上がってあたりを見回した。
「・・・あれ?見たことない・・・人かな?」
マモルがその歩いてくる人物を見つけて指をさす。
その方向をみて悠がなにかに気づく。
「あの女性の腕輪・・・。金の腕輪・・・?」
「女性・・・金の腕輪!?」
前原は急いで立ち上がり、その方向に走り出した。しかし、もう既にその人物はひらけた場所に入り込んでいた。前原は、侵入者を見て足を止めた。
「・・・なんでだ。なんで・・・」
前原の目の前に立っていたのは、間違いなくあの女性であった。
「・・・目標、発見」
女性は、聞き覚えのある声を機械的に呟いた。
前原は驚き、よたよたと近寄りながらその名前を呼んだ。
「・・・渋谷・・・しーやん・・・おまえだよな・・・?」
そう確かめるように問いかけたが、本人としか思えない風貌に、声。前原は混乱していた。死んだことをこの目で確認したというのに、本当は生きていたのではないかという都合の良い話を望んでいた。
目の前の白衣を着た渋谷のような女性は、こちらへ歩み寄ろうとしていたが、突然ぴくりと動きを止めた。
腕の金の腕輪が、切れ込みの入った白衣から不自然に露出している。
「し・・・しーやん?」
前原の声が届いていないのか、渋谷のような女性は全く動かない。
「・・・了解しました」
突然口を開いてそう呟くと、180度方向転換して来た道を歩き始めた。
前原はそれを衝動的に追いかける。
「しーやん!!待て!」
すぐに追いつくと前原は渋谷の手を掴んだ。
女性はその手を一瞥する。
「・・・アマゾン」
女性がそう呟くと、腕を振りほどいて前方へ軽やかにジャンプした。
人とは思えない跳躍力で飛び上がると、ビクビクと痙攣しながら紫色の炎をあたりに広げて爆発した。
「うっ・・・」
前原は爆風を手で遮る。しかし、その間に女性は消えるようにいなくなってしまった。
前原の後ろを歩いて追ってきた悠とマモル。
三人は先ほどまで女性がいたはずの虚空を見上げていた。
「・・・さっきのが渋谷さんですか」
悠が一番に口を開くと、前原はゆっくり振り返った。
「そうだ。・・・でも、あいつはアマゾンの姿になんてなったことがなかった・・・とにかく追いかけなきゃ・・・」
走り出した前原を悠が走って追いかけ、腕を掴んで静止する。
「ダメですよ!・・・前原さんは追われているんです」
「でも・・・渋谷が・・・」
渋谷を追うことを止めたい悠と、様子がおかしかった渋谷を追いかけたい前原。ふたりが揉み合っている間に、マモルが話し出した。
「あのさっきのアマゾン・・・なんだか、あの時の前原君と同じ感じがした・・・。気のせいかもしれないけど・・・感覚もなんだか僕らとは違う・・・」
「あの時の・・・俺と同じ・・・?・・・シグマってことか・・・?」
「う・・・うん」
前原が膝を地面に落とすと、頭の中に渋谷が銃撃で撃たれながら断末魔を響かせる光景がフラッシュバックした。
そう、渋谷はあの時死んだはず。だが・・・。
「1日も経っていないはずだ・・・なんだ・・・やつらめ、渋谷に何をした・・・」
前原は地面を殴りつけて叫んだ。
「橘ァァァァァァァァァ!!!」
前原の意識の中に叫び声が残り、突然何度かぶつ切りに途切れ始めると、前原のいる空間はぐにゃりと曲がり、現実から謎の暗い世界に閉ざされた。
『・・・なんだここは!?』
前原が驚いてあたりを見回すと、その真っ暗な空間にぼやりと立つ「アマゾンシグマ」が現れた。
『戦うべき相手は決まったか?・・・前原 淳』
『シグマ・・・!?』
『やっと君と話ができた。俺はシグマの形態を取らせるアマゾン細胞・・・。分かりづらいだろうが君に伝えたいことがある。
俺は君の意識の下で常に存在していた』
アマゾンシグマがゆらゆらと前原の周りを歩きながら話す。
『常に君の精神のベースがいた。俺はそれを前原 淳と呼んでいた。
そして、俺と前原 淳の意識が混ざりあって存在する二つの意識が一つになるときだけ、俺は《ダブルシグマ》と呼んでいた。
君も覚えているだろう?君は戦闘が苦手なのに、突然軽やかに動けるときがある。そんな時はすこし調子に乗るだろう?それが俺とシンクロしているダブルシグマの状態だ』
前原は立ち上がり、アマゾンシグマを睨みながら質問した。
『何が言いたい・・・?』
『・・・俺は前原 淳の体自身がダメージを受けて前原 淳のベースの精神がなくなった時、久しぶりにこの体を一人で動かした。
そうしたら、俺はやっぱり痛みも感じず、感情すら失われ、この体をチェスの駒のように動かすことしか出来なかった。
君は君の体でマモルを見て前原 淳としての意識を取り戻した。その時分かった。
俺は前原 淳ではなかった』
『お前は・・・シグマだろ?』
『・・・そうだったんだ。生きた体を手に入れて感情やら痛みやらを味わえると思っていたら、それは前原 淳の特権だった。
俺はただ前原 淳に寄生しているだけの寄生虫だったんだ』
感情の無いはずのシグマの言葉はどこか寂しそうに聞こえた。
『君がいなければ俺は何も感じないシグマのまま。せっかく蘇ったというのにだ。
・・・だから俺はこれからは君の力になる。
今の君はアマゾンを狩りたかったり、狩りたくなかったりでよく分からない。だが俺は君のやりたいことを手助けしたいと決めた』
「・・・俺のやりたいこと・・・?」
「・・・前原君・・・?目が覚めたんだね!」
前原が気がつくと、森に雑に敷かれた毛布の上で横になっていた。どうやら気を失っていたらしい。
「ごめんね!こんなボロボロの毛布しか無くて・・・」
マモルが申し訳なさそうに謝る中、周りには10人ほどの人間の姿をしたアマゾンがいた。
「・・・彼らは?」
「僕の・・・仲間だよ。アマゾンだけど、人は食べないよ」
「・・・人は食べない?薬が切れてないだけだろ?」
「そうだね。でも、それどころじゃないんだ。今はみんな、ただひたすら恐怖に怯えてる」
まわりのアマゾンたちが前原とマモルの会話に反応して続々と集まってきた。その顔はひとりひとり本当に疲れきった顔をしている。一人のアマゾンが状況を分かっていない前原に声を掛けた。
「・・・いいか?俺達は人を食う食わないの前に普通の食事すらままならない。
まだ働いてる奴もいるがろくな知識もないから大した仕事にはつけない。
それに、仕事をすると人目に付く。人目に付くと何があると思う?」
「・・・駆除されるか、人を食うんだろう?」
「そう。大体そうだ。もう腕輪は隠し通せない。人を見れば食べたくなって薬が減る。赤くなったらもう終わりだ。俺達は駆除されるしかない。だから大人しくしてるんだ。
だが今はそうしているのも許されない。
青くても、どんなに普通にしてても、アマゾンっていうだけで俺達は生かしてはもらえない」
前原はなんだかいたたまれない気持ちになり、苦悩の表情を浮かべた。
しかし、前原の思うものとはまた別のセリフが彼らからは飛び込んできた。
「鷹山 仁を知っているか?・・・俺たちを無差別に殺す悪魔・・・」
「・・・鷹山 仁。知ってる。赤のアマゾン・・・。はっ・・・」
前原は自分の記憶ではないシグマの記憶が読み取れたことを今ここで初めて意識した。
そんなことは知らず、彼らは話を続けた。
「今俺たちを追い詰めるのは、その赤のアマゾン・・・。俺達の集まる場所を見つけてはしつこく追い回してくる。全員殺すつもりなんだ。
俺達の力ではあいつには対抗できない。唯一対抗出来るのは、水澤 悠・・・」
「緑のアマゾン・・・悠さんか」
そのアマゾンは前原の反応に、うんと頷く。
「だが、その悠さんも、俺たちの恐怖の元だ」
どういう意味だと聞き返す前に、ザッザッと草を踏みしめる音がした。
全員がそれに振り向く。
その先にいた彼は、足を止めてこちらを見返しつつ、口を開いた。
「・・・終わったよ。仁さんはもう・・・壊れた」
彼、水澤 悠は鞄を近くの木の隣に投げて、そのまま木を背もたれにして座り込んだ。激しい戦いだったのか、悠は随分と気が滅入っている様子だった。
その言葉を聞いたアマゾン達はざわざわとどよめきだす。
「悪魔を・・・やっつけたのか」「もう鷹山 仁に追われることはなくなったの?」「これでまたすこし長生きできる・・・」
様々な声が飛び交う中、先程話していたひとりが口を開く。
「・・・鷹山 仁がやられた今、残された俺達の脅威は水澤 悠と駆除班だけだ」
全員がそのセリフに反応し、一躍視線を集める。
当然悠本人も反応し、ゆっくりと立ち上がってこちらに歩き出した。
「・・・そうだよ。あとは僕だ。僕は僕の守りたいもののために戦います。
僕は守りたいアマゾンも、守りたい人も守るために戦いますよ。
だから・・・あなた達が人を食べるって言うのなら・・・僕の敵になるって言うのなら・・・。僕は迷いなく殺しますよ」
そう言い切った悠から、全員が一歩遠ざかった。先程のアマゾンだけは、一貫して前原を見ながら話を続ける。
「・・・そう。俺達は、人を食わないことを条件に生かされてるんだ。
人を食って殺されたやつも多く見た。そんなのを見てから、人を食おうなんて俺はもう思えなくなったよ」
彼は苦しそうな顔で続けた。
「美味しそうなのに・・・吐き気がするんだ」
全員がそれを聞いて俯き気味に目をそらし、段々と別々の方向へ離れだした。
前原は、それを聞いてしばらく黙って硬直した。
じっくりと整理して理解してから、驚愕とともに声を上げた。
「・・・そんな・・・ことが・・・」
悠が前原に近寄ると、マモル以外の全員が露骨に距離をとる。
当の本人は気にせず、今もなお上体を起こしたまま寝転んでいる前原の前に辿り着くと、しゃがみこんで視線を合わせた。
「前原さん。起きたんですね。あれから丸一日眠ったまま目を覚まさないから、心配しました」
「そうか・・・俺はまた意識を・・・前にもあったんだ。俺の中のアマゾンと話すような・・・」
前原が考え込む様子を観察していた悠が、話題を変えた。
「それより、あの時の子・・・。前原さんの知り合いなんですよね?」
「あぁ・・・そうだが・・・あまり考えたくない・・・」
前原は頭を抱えて塞ぎ込む。
悠は話を続けるか迷ったが、ためらいつつも言葉を続けた。
「シグマかもしれないって、マモルくんと話してたんです。それ以前に、前原さんの知り合いは、敵なのか、味方なのか・・・」
「もう、俺は今・・・。誰が敵で誰が味方か分からないんだ・・・」
随分と情けない声が出た。目の前に現れた渋谷、彼女が敵か味方か、前原には判別できなかった。
判別など本当はしたくなかった。
──もしも敵だったら、俺は殺せるのか?しーやんを、この手で・・・?
考えるだけで、胸の奥が激しく痛む。
「なぁ、ちょっとだけ聞いてくれるか・・・?悠さん」
「僕で良ければ・・・。僕はもう・・・。あっ、そうだ。皆・・・」
悠は立ち上がってあたりを見回す。それに呼応してビクリと周りのアマゾンたちが怯えた反応をとる。
「皆、僕はもう少ししたら、少しこの場所から離れます。・・・僕が近くにいると、怖いでしょ?これからもたまには戻るけど・・・。僕はみんなが生きていけるように頑張るよ」
周りのアマゾン達は、それを聞いて喜んでいいのか、微妙な反応を取りつつそれぞれどこかへ歩いていった。
そして、退屈になったマモルが立ち上がった。
「水澤君、前原君、僕、何か食べ物探してくるよ。あんまり美味しくないかもしれないけど・・・」
悠はそれを聞いて笑顔で見送った。
「大丈夫。僕はマモル君と一緒に何か食べるの、好きだから。気をつけて」
「うん!」
マモルは嬉しそうにどこかへ走っていった。
悠はマモルが見えなくなってから、前原に向き直った。
「・・・マモルも、人を食べた事があるんですよ。だからなのか分からないんですけど、あれだけ好きだったハンバーガーも、何を食べても味がしないって言うんです。
それでも、生きていたらきっといい事があるって信じて、僕は皆が生きていられるように頑張ろうって決めたんです」
「・・・なんだ・・・それ・・・。じゃあ俺は・・・」
前原は両手で自分の頭を掴み、頭髪をかき乱した。
「俺は何のために・・・!」
悠はその前原の仕草に驚く。
「僕・・・なにか変なこと・・・言いました?」
「・・・いや・・・違うんだ・・・俺は・・・」
前原はだらんと腕を下ろし、涙目になりながら悠に目を合わせた。
「とにかく・・・誰でもいいから話したい。・・・楽にして聞いてくれ」
悠は左膝だけ折って抱き抱えるようにして座った。
前原は深呼吸をして自分を落ち着かせてから話し始める。
「この辺は曖昧だったから話してなかったんだが・・・俺は、目が覚めたら人が食べたくなって・・・。人を食べた記憶があるんだ。そこはかなり断片的というか、食った記憶が曖昧なんだが・・・」
悠はその言葉に反応する。
「食べてしまっていたんですか・・・。前原さん・・・」
「・・・あぁ。隠していてすまない・・・。でも俺その後、食事に満足してアマゾンを倒しに行った。俺は人を食うアマゾンが許せなかったんだ。
俺もアマゾンに食われて死んだから・・・。
食われた時は、この人になら殺されてもいいって思った。けれど・・・俺はこれから先に俺と同じ運命を辿る悲しい人間を産ませたくない。
そう思っていたはずなのに、人間を見たら食べたくなった。俺は食べたくなかったけれど、食べたいという衝動が襲ってきて抑えられなくなったんだ。
・・・悠さん、俺の持ってきたアタッシュケースはあるか?」
悠はくるくると周りを見回すと、目立つ切り株に置いてあるのを見つけて、すぐに取ってきて手渡した。
「これですね?」
「そうだ。ありがとう」
前原がアタッシュケースを開けると、アマゾンズインジェクターがぎっしりと詰まっていた。
悠はそれを見て不思議そうな反応をする。
「初めて見るだろう?これは俺が食べようとした人間が渡してくれたものだ。
・・・そいつは、俺をシグマタイプにした張本人だった。
このインジェクターを打ち込むと人を食べたいという欲求が消えた。これの中身が俺が目が覚めてからの人間以外の食事だ。
だから俺もマモルと同じように、何を食ってもあんまり美味しく感じないのかもしれないな・・・」
前原はインジェクターを一つ手に取り、ぐぐっと力を込めて握る。
「俺はこれで理性を保って、人を食うアマゾンを全部殺すつもりだった。
それがたとえそいつに利用されていようと、それが俺の生きる理由だと思って、それが俺の仕事だと思って・・・。
この腕輪やドライバーも、昨日話した4Cに用意されたものだ。話していなかったのは、俺が人を食ったことくらいか」
前原は空を虚ろな目で仰いでから、地面を殴りつけた。
「・・・俺はここにいるような害のないアマゾンを殺したかった訳じゃない!!!もっと俺みたいに人を食べたくて止まらないようなやつらが沢山いるのかと思ってたんだ!!
だから・・・俺は・・・今なにをするために生きてるのか・・・見失ったんだ・・・。
4Cと決別して・・・人を食うアマゾンを一人で抹殺するために来たのに、そのアマゾンを殺すのも叶わなくて・・・」
前原がギリギリと歯を食いしばりながら左手の腕輪をインジェクターごと掴む。
「これがあるから俺は俺でいられる・・・けども!!俺はこれがなかったら・・・俺自身が人を食うアマゾンに変わってしまうんじゃないかって・・・」
悠はそれを聞いて一人のアマゾンを思い出す。
『──オマエ!人を食べたことはあるか!!』
『人を食べなくてもいい方法だって、あるかもしれない!!』
『──ダメなんだ・・・!ハラが・・・減って!!』
前原はインジェクターを強く掴んだ右手を、さらに左手で掴む。
「・・・それでも俺は・・・生きたい・・・。生きていたいんだ・・・だけど・・・俺は生きていてはいけない存在なんだって気づいてしまった・・・。
俺は大切な人をアマゾンに変えた上に・・・薬が切れれば人を食う・・・それでも!!それでも俺は・・・」
前原はうつむきながら、これまでも言えずにいた本音を搾り出した。ガクガクと震え始める体を押さえつけるようにインジェクターを握り締めながら縮こまる。
悠は迷いながらも、前原の背中に手を当てた。最後の言葉にならなかった部分も、悠にはしっかりと伝わっていた。
「・・・生きるだけ生きてみましょう。ギリギリまで・・・。本当の・・・本当の最後まで精一杯生きるんですよ。僕が、最後まで見届けますから」
悠は悲しそうな顔をした悠は、励ますように前原に笑って見せた。おそらく、結末は幸せなものにはならないとお互いが分かっている。それでも自分の納得のいく終わりを目指すため、足掻くべきだと、悠はその目で訴えていた。
「・・・俺が人を食うアマゾンになった時は、俺も生きるために抵抗すると思う。・・・でもその時は、容赦なく俺を殺してほしい。きっと、それは悠さんにしか出来ない事だ・・・」
前原はインジェクターをアタッシュケースにしまい直し、涙がこぼれそうな目を腕で拭った。
悠も少しだけ指で目を拭きながら、持っている鞄をまさぐり始めた。
「ところで前原さん、昨日から何も食べてないですし、きっとお腹すきましたよね。僕、おにぎり持ってますから、一緒に食べましょうよ。
新聞配達のお金が入ったから、お店で出来立てを買ってきたんです」
悠がラッピング付きのおにぎりを差し出す。前原はそれを素直に受け取った。
「・・・でも、俺なぜか腹減ってないんだ・・・。腕輪やドライバーのせいかな」
悠は先に自分のおにぎりを開けながら話す。
「原因は分からないですけど、食べましょう。これが、新しい前原さんの、人間じゃない初めての食事なんですから。一緒に食べると、きっと少しは美味しいですよ」
そういって悠はおにぎりを美味しそうに頬張った。
前原もおにぎりを開けて、匂いを嗅いでからかぶりついた。
もぐもぐと咀嚼して、飲み込んで、ふと呟く。
「・・・うん。不味くは・・・ない。・・・食える。食える・・・くっ・・・」
前原は味を噛み締めながら、今度は目から涙をこぼして腕で抑えた。
悠はそれを察して、静かに前原の肩に手を添えるのだった。
突如、森の街に近い方角から突然女性叫び声が聞こえた。
「キャァアアアア!!」
悠は瞬間的にその方角へ目を向け、おにぎりを一気に頬張ってカバンを手に持った。
前原はおにぎりをラッピングでできるだけ戻してから立ち上がる。
「アマゾンの気配がひとつ消えた・・・!?駆除されている!?」
悲鳴の聞こえた方角へ意識を向けた前原がそう言うと、悠は急いでおにぎりを飲み込んで喋る。
「止めさせないと・・・。僕はみんなを守るために居るんだから・・・。そうだ。前原さんも、しばらくそうしませんか?守りたいものを守るために生きる・・・。その薬が切れるまで・・・」
前原と悠はアマゾン達がいる方角へ走り出す。
「・・・そうだな。俺も守りたいものを守るために・・・。今はそれでいいかもしれない」
──────────
時はその前日の、対策実験室で橘と朽木が話していた時に遡る。
橘は携帯端末を弄りながら、研究員たちに指示し、対策実験室に搬入された一人の女性を見た。ほんの数十分前に、研究員達によって包囲され射殺された渋谷の遺体である。
「・・・ほう、アマゾンでありながら体が残っているとは。・・・朽木君、今から私が言うものを取ってきてくれたまえ」
「なんですか」
橘は何かを企む表情を見せながら朽木に目を向ける。
「新アマゾン細胞だよ。ここにはサンプルがあるだろう?」
それを聞いた朽木は怯む。
「まさか・・・シグマプロジェクト・・・」
「ご名答。ここの地下には機材が揃っているだろう?先ほど私のチームにここに来るようにメールで指示したよ。・・・では、地下へ運んでほしい」
研究員たちはうなづいてその奥のエレベーターに乗って下に降りる。橘と朽木は閉まったエレベーターの扉の前で話を続けた。
「シグマは素晴らしいものだよ。人を食べない、指示をすればその通りに動く。さらにデータを蓄積することで対アマゾンに最も有効な戦闘ができる。さらに痛みも何も感じない。まさに無敵の兵器だよ」
橘は大げさな身振りで嬉々としてシグマを語った。その様子はまるで自分の成果を見せびらかす少年のようでもある。しかし次の瞬間、橘は打って変わって冷めた声で続けた。
「・・・まぁ、肝心の死体がないといけないがね。政府の方には許可は取ってないが、緊急事態だ。少しは大目に見てくれないと困る」
「おっしゃることは分かります。緊急事態だということも、シグマの性能の素晴らしさも・・・しかし、シグマは道徳的に・・・」
「・・・と、思うだろう?朽木君。だがそれが人間ではなくアマゾンの死体ならどうだ?しかも、我々の仲間を食った事実もある。・・・間違いなく我々の敵であって、人類の敵だと誰もが思うだろう。
それを再利用して味方にして何が悪い?・・・つまりはそういう事だ」
その時、橘の携帯端末が通知を鳴らす。
「どうやらチームが到着したようだ。もう時期ここに来る。君は新アマゾン細胞を探して、これから来る彼らに渡せばいいだけだ。私は医務室の実験体Sの様子を見てくる。君はそのアマゾンとシグマプロジェクトの様子を見届けてくれ」
「・・・わかりました」
会話が終わると橘は踵を返して出口へ向かう。朽木はその背中を一礼して見送った。
橘が対策実験室を出ると、4C入口の方に凄惨な廊下に戸惑っているチームのメンバーがいるのを発見した。廊下が凄惨な状態のまま放置されていることを考えると無理もない。
「あぁ、君たちご苦労。忙しい中すまないが、あそこに対策実験室があるんだが、そこの奥のエレベータを使い、地下に運ばせた死体をシグマタイプ化してもらいたい」
チームのひとりがハンカチを口に抑えながらうなづき、橘に返答した。
「コードネームは」
「・・・シブヤだ。よろしく頼む。私は医務室に向かう。なにか連絡があれば直接来るか、メールをしてくれ」
「了解です」
チームのメンバーは全員が同時に橘に一礼をしてから走って対策実験室へ向かった。
「・・・さて」
橘は険しい顔で医務室へと向かった。
さほど遠くない場所に位置する医務室に着くと、ノックをしてから入り込んだ。
「・・・橘だ。実験体Sは・・・処置中だね」
医務室は白いカーテンのかかったガラス室で区切られており、手前側の部屋で処置室に入るための服に着替えるエリアになっている。
そこにいた一人の女性が処置室用の服とマスクを橘に手渡した。
「・・・かなりの重症で、失血が激しいです。失った手と足の再生に予想以上の時間がかかっています」
「報告ご苦労」
橘は服をスーツの上から着ると、女性に消毒スプレーを掛けてもらい処置室へ入室した。
そこには、大量のタンパク質の点滴をドライバーのソケット部分から受ける実験体Sの姿があった。
処置室にいる数人の研究員は橘に気づくと一礼し、道を開けた。
橘はベッドに横たわる翔の元へ歩き、頭の横に立った。
「・・・実験体S。意識はあるかね?」
翔はゆっくり目を開けて、橘を見た。
「・・・は、はい。すいません・・・負けてしまって・・・」
翔は苦痛を感じながらも怯えた顔で返答する。
「いやいいんだよ。もとより彼は君の勝てる相手では無くなっていた。君には確かに勝って欲しかったが・・・。君には何が足りなかったと思う?」
翔はそう聞かれると、少しの間黙ってから口を開いた。
「僕には・・・力が足りないのはもちろんですけど・・・容赦の無さ・・・なにか余計なことを考えてしまう甘さがあったんです・・・きっと・・・」
「・・・ほう?」
「僕が倒す覚悟が足りなかったと言うと、前原さんはこう言いました。・・・それがあるから倒せなかったんだと。
前原さんには覚悟どころか、そもそもなにも無かったんです。だから僕やみんなを無慈悲に殺せたんだと思います」
翔がそう言い終わった後、大量のタンパク質の溶液がごぼっと音を立てる。
翔の話を聞いて橘はしばし黙った。そして翔にとって運命を分ける問いかけをした。
「・・・実験体S。君はその無慈悲さが欲しいと思うか?今のままでありたいか?」
橘の目が険しくなり、マスクもあってかより一層威圧感が増す。
翔は怯みながらも、それに返答する。
「僕の存在意義は、ここでラムダプロジェクトを成功させることです・・・。それが僕の生かされている理由ですから・・・。それで僕が存在していられるなら・・・。僕は前原さんを倒します」
「・・・君は本当に都合がいい。良かったよ」
橘は翔の返事を聞いて満足気に頷いた。
「それでは君にはその力を与えよう。次に眠り、目を覚ました時はもう君は君じゃなくなっているよ」
橘は用が済んだとばかりに翔から目を背け、処置室の出口へ向かう。
翔は橘を目で見れる限り追いながら声を上げた。
「橘さん・・・僕は・・・頑張ります!必ず、前原さんを倒します!」
出口を出る前に、橘は一度だけ振り返った。
「期待しているよ」
そう言って橘は処置室から退室した。
更衣室に戻ってマスクを外しながら、そこにいた研究員に指示する。
「君。これからしばらくしたらここに野座間から来た私のチームが来る。治療物質の供給を少し絞っていいことを伝えてもらいたい。私は先を急ぐのでね」
「了解しました」
橘はすぐに処置室用の服を脱ぎ、医務室を出た。
そのまままっすぐ対策実験室に行き、ドアを開けると、反対側で今まさにドアを開けようとしていた朽木が現れた。
「あぁ朽木君。すまない。何かあったかね?」
「あっはい、渋谷の件なのですけれども、シグマタイプ化する前に既にそれに似た状態になっているとの報告が・・・」
「何・・・?」
「新アマゾン細胞を取り入れる前に被検体の調査をした結果、既に“実験体アマゾン”と同じタイプのアマゾン細胞が取り込まれているようです。
それがさらに人の細胞と化学反応して、また新しいタイプのアマゾン細胞に変化しつつあるそうなのですが、体の損傷が大きいため修復を行っている模様です」
「・・・見に行っても大丈夫かね?」
「大丈夫とは言いきれません・・・」
会話の途中でエレベーターから一人のチームメンバーが来て、橘に気がつくと一礼して近づいてきた。
「朽木さんに報告をお願いしたところですぐに現象が起こったので追加報告にまいりました。仮ですが、シグマタイプ化が完了しました。
本人の死亡確認も取れたためです。兵器転用にはそのままあのネオアマゾンズレジスタープロトを改造したものを使用しています」
「ご苦労。ひとりは残して仕上げと目標の確認をしてくれ。そしてもう一体シグマタイプにして欲しいものがいる。チームを呼んでくれ」
「了解です」
チームメンバーのひとりは一礼してくるりと方向転換し、エレベーターで戻っていった。
橘はそのタイミングで朽木に質問を投げかける。
「朽木君。渋谷をシグマタイプにしたのは実は前座でね・・・本当の目的はもうひとつにある・・・」
「・・・なんですか?」
「実験体Sだよ。彼はシグマのような無慈悲さが欲しいと言っていた。
私は元々死体を有効活用したアマゾン実験をしていた。結果、強力なシグマタイプを生み出せた。
前原 淳は今でこそ脅威のスペックを誇っているが、元は軍人でもない一般人だということは知っているね?」
「野座間ペストンサービスの記録を拝見したので・・・ですが」
「ならばこうは思わないか?それが、もともとアマゾン体であり、なおかつ戦闘に特化したものを無理やりシグマタイプ化出来れば、それこそ最強というに相応しいものができる、と」
「無茶です!実験体アマゾンは死亡後融解するのはご存知のはず・・・」
橘はまだ話している朽木に、見せ付けるようにドアを開けて廊下を指さした。
「今はあれだけの死体がある。あれらの一つや二つを借りて実験体Sの何パーセントかの体を埋め込めば出来ないこともないだろう?」
「・・・わかりませんが・・・それで失敗すれば実験体Sが無駄に・・・」
「言わせてもらうが君のアマゾンラムダは失敗作だ。ラムダプロジェクトは一騎当千。それがそのまえに一人のアマゾンに撃破された時点で本末転倒だろう。今まで使ってきた費用をドブに捨ててきたようなものだ」
そこで、エレベーターでチームメンバーが到着し、橘に向けて走ってきた。
「お待たせしました。指示を」
橘は朽木を一瞬睨んでからメンバーに目を合わせた。
「着いてきてくれ。歩きながら話そう」
朽木は沈んだ表情になったが、黙ってついていく。
そんな彼を尻目にチームメンバーのひとりと橘は話をする。
「君たちにやってもらいたいことは、アマゾンの頭部と人間の死体の移植、人間の身体部分をシグマタイプ化して神経系統の結合手術を行ってもらう。
頭部もシグマタイプ化出来ればいいが、実験体のシグマタイプ化はやはり難しいか?」
「いえ、研究室で秘匿にしてあります、侵食系新アマゾン細胞であれば、実験体の脳髄系統を擬似シグマタイプ化できる可能性があります。
これは捕獲した実験体によるテストで1体のみ成功しております。実績確認後処分はしましたが・・・」
既に似たような実験で成功例があるため、成功する可能性は充分あるといった内容に、橘は聞いた覚えがあるなと思い出した。
「あぁ・・・そういえば結構最近の報告で聞いたような気がするよ。すまない、その時あまりは興味を持っていなかった。やってみよう。今は重症の状態で修復処置をしているそうだ」
「了解、全体的に機能が正常に復元したら・・・」
その時、朽木が二人の間に割って入るように大声をあげた。
「殺してしまうんですか!?・・・実験体Sを・・・!?」
橘は立ち止まり、朽木を睨みつける。
「しつこいねぇ君は」
「死体を扱うのはわかります・・・!ですが、生きているものを殺すのは僕にはわかりません!だいたい、渋谷は死んでいたから同意したものの・・・」
橘はハァ、とため息を吐く。口にはしないが煩わしいと言わんばかりの様子だ。そこへチームメンバーのひとりが口を挟んだ。
「確認しましたら、心肺停止でしたが脳は生きていましたよ。もう風前の灯でしたが、シグマタイプにするということで私どもで殺処分してから行いました」
「ッ!?」
朽木は信じられないといった表情だ。そんな恐ろしいことを当然のように報告するチームメンバーに恐怖を感じた。
橘も驚いていたが、朽木とは別の驚きだった。
「生きていたのか。道理で融解しないわけだ」
「いえ、渋谷は死亡後瞬時に左腕からのミイラ化が始まりました。新しい反応でしたので写真と報告用の映像も記録してあります」
「・・・奇妙なアマゾンだ」
澄ました顔で話を続ける二人に朽木は両手の拳を震わせながら口を挟む。
「僕の作った実験体Sだけは・・・僕の手で殺させてくれ・・・」
橘は舌打ちをしつつ返す。
「アマゾンに情でも移ったか。人とアマゾンは違う。君と私は気が合うかもしれないと思っていたがね、少し期待が外れた気分だよ。
せめてこのプロジェクトだけは正しい選択だと信じているよ。
好きにしてくれたまえ。処置はうちのメンバーの指示でおこなってくれ」
橘は医務室に向き直り、歩き始めた。
朽木もワンテンポ遅れてその後を追った。
「たっ、大変です!!」
焦りの混じった声とともに、足音が聞こえた。橘達の後ろから一人対策実験室奥に残っていたメンバーが走って近づいてきていた。
「どうした。・・・あぁ君たちは先を急いでくれ」
チームメンバーと朽木は先に医務室へと足を運んだ。
「渋谷が、対象の位置情報補足映像を見るなり、静止を振り切って窓から外へ飛び出してしまいました・・・。
私はこの施設で待機するように命令したのですが・・・」
「何っ!?まさか渋谷め、意識が・・・!?腕輪の位置情報から至急捕獲だ!急げ!」
予想外の事態に、橘も声を荒げた。せっかくシグマ化が上手くいったというのに、逃げられてはたまらない。ただでさえ前原に対する対抗戦力が足りていないのだ。
「はっ、はい!!」
焦った様子で返事をした彼は、人不足で集まる気のしない呼びかけ通信をしながら外へ飛び出すように走っていった。
橘は片手で額を抑えつつイライラしたような表情で医務室へ向かった。
中では既にこれからの動きを小会議し始めていた。
「それでは、3時間後までに状態のなるべく良い死体と機材集め、休憩を済ませましょう」
チームのリーダー格の男がそう言うと、各自散開した。
橘は的確な指示に関心しつつ、その男に近づいた。
「ほう、ありがとう。私が指示する手間が省けた。私も休みたいところだが、渋谷が独りでに逃走したらしい。
責任もって担当した彼に追跡させているが、私も手が離せなくなる。なにか用事があったら呼んでくれるか」
「了解です」
その約1時間後。
「渋谷が位置情報の補足カメラでワイルドシグマを見た映像の場所へたどり着き、静止しました」
渋谷を担当した男が車でノートパソコンを片手に通信機で報告した。
『・・・ワイルドシグマとコンタクトをとってしまったようだな。渋谷め・・・』
通信機の先で橘は渋い声を上げる。
「あ、いや、ちょっと待ってください・・・何か変です。映像はどうですか?」
『ワイルドシグマに触れられてすぐにアマゾン態へ変身した。空を飛べるタイプか。捕獲がかなり面倒だな』
そう言われたすぐに、車の真上を白いアマゾンが猛スピードで滑空し、そのまま高度を落として着地し、走り出した。
「渋谷、発見しました。会話を試みます」
『頼むから死ぬのはやめてくれよ?』
「・・・善処します。」
彼は車を走らせ、渋谷に追いつく。
「渋谷さん!!待ってください!!」
そう声をかけると、少し遅れて白いアマゾンは静止した。
こちらを向くなり、ビクビクと痙攣しながら元の人間の姿に戻った。
そして彼と目を合わせ、無表情で言った。
「・・・私は4Cの渋谷。4C対策実験室で待機と指示がある。私はそこへ向かっている」
彼はきょとんとしたが、すぐに状況を理解して渋谷に話しかけた。
「なるほど、遅れて指示を遂行したか。私が送ろう。車に乗ってくれ」
「了解」
渋谷は素直に彼の車の後部座席に乗り込んだ。
無視されると思っていた声に反応し、抵抗無く指示に従う渋谷の様子に、彼は密かに安堵していた。
おとなしい渋谷の様子をミラーで確認すると、すぐに橘に通信機で報告する。
「渋谷のシグマタイプ化は成功していました。どうやら指示を受けてすぐにワイルドシグマを見せてしまったため記憶とリンクし、コンタクトを取りに行ったのでしょう。
その後すぐに私の指示した記憶を思い出し、4Cに戻ろうとしていました」
『・・・そうか。シグマタイプ化はしていたか。だが、やつとコンタクトを取ってしまったことは大きな失態だ。私達は奴に宣戦布告をしてしまったのと同じだ。いつ攻め込まれてもおかしくない。今日中に対策プロジェクトを進めよう』
「了解です。・・・本当に申し訳ございません・・・」
『起こってしまったことは仕方ない。早く帰還してくれ』
彼がエンジンを吹かして車を急がせる中、渋谷は窓の景色を空虚に見つめていた。
渋谷の脱走騒ぎがあった夜。処置室では実験体Sのシグマタイプ化の処置を始める準備が整っていた。
その隣の部屋である休憩室で橘は座っていた。研究員のひとりがタブレット端末を操作しながら報告をする。
「渋谷のシグマタイプ化の確認は性能テスト、メンテナンス含めて完了しています。とりあえず一日での処置にしては充分なものに仕上がっています。
・・・ワイルドシグマは新アマゾン細胞を渋谷に投入したのでは?という考察もできますが、渋谷の構成物質に大量の実験体アマゾン細胞が見られました。
これらは渋谷の左腕に集中していて、左腕はほとんどが突然変異を起こしています。
連鎖するように細胞から細胞へアマゾン細胞が侵食していく様子が見られます」
研究員の報告を退屈そうに聞いていた橘がしびれを切らす。
「そんなことはほとんどどうでもいい。
・・・戦闘テストの結果はどうだね」
「こちらでごさいます」
タブレットに映し出されていたのは、渋谷のアマゾン態の画像と、詳細な各種戦闘パターンのデータ、そして、『SIGMA “SIBUYA” type SWAN AMAZON』と書かれたコードネームだった。
「ふーむ・・・。まぁこんなものか。どちらにせよもう少し時間をかけなくてはならないな。
そうだ。圧裂弾のプロジェクトの進行はどうかね」
「訓練は完了しましたよ。もう本人も実戦投入に向けて色々と準備しているそうです。
また、圧裂弾の研究によって判明したのですが、ワイルドシグマに限らず数パーセント程度の威力ではダメージを与える他に真逆の効果、アマゾン細胞の活性化をおこなってしまうことがわかりました」
アマゾン細胞の活性化と聞いて、橘は目を細めた。ここを出るときの前原の様子を思い出して、納得する部分があったからだ。それと同時に、杉山も余計なことをしてくれたものだと苛立ちを覚える。
「これによりアマゾン細胞保有者を強制的にアマゾン態へ変貌させる荒業も可能だということも同時にわかりました。
ネオアマゾンズドライバープロトの改造を施したものには兵器転用メカニズムに圧裂弾を使用してあるようです。これには処分の役割も同時に担っています」
「なるほど、抗体ではなくもともとそういった作用があったということか」
その時、部屋の扉が突然ノックされた。
「朽木です。失礼します」
返事を待たずに朽木は部屋に入室し、橘をじっと見た。
「どうした、朽木君」
「実験体Sの首を切り落としてきました。あとは処置の成功を祈るのみです」
「・・・ご苦労」
橘は研究員に手で何かのサインをすると、研究員はタブレットを操作してある画面を開いた。それと同時に橘は朽木を手招きで呼ぶ。
「朽木君。これを見てくれ。これが今回のプロジェクト名だ」
朽木は橘の手前まで来て、隣の研究員の持つタブレットを見て、それを読み上げた。
「・・・“ラムダシグマproject”」
「そう。彼はアマゾンラムダシグマとして蘇る。本来一騎当千を目指した最強の生物兵器だった彼は、シグマプロジェクトを重ねることにより従順かつ無敵の兵士となる。
さらにそのバックには圧裂弾がある。いざとなれば彼や渋谷ごと巻き込んででも駆除する算段が整っている。
・・・まぁ、まずは処置が成功しないと意味をなさないがな」
橘は立ち上がって部屋にあるコーヒーマシンでカフェオレを作り始めた。
研究員はその何秒か後に立ち上がり、そそくさと出口へ走っていった。
「それでは私は隣の処置の様子を見てきます」
「わかった。私はここで引き続き休憩をしているよ。朽木君。彼の座ってたところでも座ってていいぞ」
朽木はひょこひょことお辞儀をしつつ椅子に座った。
橘が出来上がったカフェオレを片手に朽木の隣に座る。
朽木は緊張して硬直していたが、数秒経ってから橘に話しかけた。
「あの・・・橘さん。ご存知だとは思いますが・・・ワイルドシグマのレジスターの件・・・」
橘はカフェオレを隣の椅子に起き、朽木に向き直る。
「聞いているよ。そのために急いでいるんだ。遅くても一週間以内には蹴りをつける」
「そうですか・・・。ラムダシグマが出来上がったら、訓練期間はどうしましょうか?」
「一度シミュレーション室で遊ばせて終わりだ。出来上がったその日のうちに一度実験体の殲滅実習を行う。正直、じっくり訓練する時間はない。
今日は担当班を決めて一晩かけてシグマを完成させるよう指示した。まあ無理ならもう一日くらいは目処を伸ばしてもいいだろうが・・・」
目をそらしてカフェオレを一口飲む橘。朽木は時計を見て時間を確認する。
「19時・・・」
「もうそんな時間か。私は不測の事態のためにここに泊まるが、朽木君。君は精神的に疲れただろう。君の狂乱ぶりは一目でわかった。今日は帰ってゆっくり寝るといい。
だが何かあったら連絡させてもらう。・・・昼には出勤してくれよ」
橘はそう言うとカフェオレをまた一口飲み、ポケットから手帳を取り出して何やら目を通し始めた。
朽木は突然の帰宅命令に戸惑い、動揺していたが、話しかけられない状況と悟ると「それでは・・・失礼します!」と言ってぺこりと頭を下げて部屋を退室した。
そんな朽木を尻目に、橘はペンを取り出してひとり手帳にスケジュール等のメモを書きつつ、うーむと唸っていた。
──なにも感じない
──・・・。
──だけど、僕は僕だ。何も痛くない、恐怖も感じない。
──これが新しい僕・・・。ここはもはや違う世界にしかみえない。
処置室のメンバーが、横たわっている翔の右腕をいじる。
その右腕には、左半分が金、右半分が銀になっているアマゾンズレジスターがはめられていた。
メンバーのひとりがそれの真逆の彩色のレジスターを手に取る。
「引き合わせます」
そう言って彼はそのレジスターどうしを向かい合わせるようにした。
するとレジスターに青い光が灯り、翔は目を開けた。
「おぉ・・・」「処置は成功だ!」「局長に知らせてくれ!」
処置室のメンバーがそれぞれ疲弊しつつ喜びの声を上げた。
メンバーのひとりが、天井を一点のみ見つめている翔の視界に顔を映し、話しかけた。
「おまえの名前はラムダシグマ。もう一度言う。ラムダシグマ」
翔はそれを聞くとうわ言のように呟いた。
「ラムダシグマ・・・。僕の名前は、ラムダシグマ」
さらにメンバーのひとりは翔に話しかける。
「ラムダシグマは、私たちの命令を聞く。分かったら、了解。もう一度言う。
ラムダシグマは、私たちの命令を聞く。分かったら、了解」
翔はまたうわ言のように呟き出す。
「僕は、あなた達の命令を聞く。・・・了解。・・・了解」
その様子を観察してメモをとっていたメンバーのひとりは、一連の流れをメモすると腕輪をまた引き合わせた。
すると、腕輪の青い光が消滅し、翔は静かに目を閉じた。
沈黙の中、メンバーのひとりが口を開く。
「ラムダシグマ、完成しました」
ラムダシグマはその後すぐにコンディションチェックも兼ねて戦闘シミュレーション室で性能テストをした。
その様子を橘を含めた数人がカメラ室で見ていた。
「予定通り、強力な仕上がりです。本来であればもう何日かの調整期間が欲しいですが、充分実戦に投入できます」
戦闘シミュレーション室をカメラ越しに見る橘の隣で、ラムダシグマ製作に携わった男が事務的に報告する。
「・・・うむ。だが、例のリスクは拭えないんだろう?使う前にそうなるのはもっといけない。今日の夕方の実戦投入は数分で帰還させるとして、実際に調整に使える時間は残り一日分くらいだ」
橘が渋い顔をしながらその男に話す。男は資料に戦闘データをメモしながら話を続ける。
「・・・まぁ、この戦闘スペックはかなり安心できる数値ですから、帰還できる確率はかなり高いかと。むしろ心配なのは、相手側が帰還してからの調整する時間を与えてくれるかどうか・・・」
もしラムダシグマの調整中にこの施設に殴りこまれでもしたら、調整どころか全滅もありえる。
「そのための渋谷だ。実戦投入試験は実質渋谷の最終調整をする時間を作るためでもある。ラムダシグマ帰還後は渋谷が身を粉にして時間を稼いでくれるはずだ」
「・・・残酷な話ですね。それでは準備を進めます。なるべくワイルドシグマに遭遇しにくい位置でテストします」
「頼んだよ。私はこれから朽木君を交えて最終会議をする」
男はスタスタとカメラ室の出口へ向かい、一礼してから出ていった。
その後にも続々と人が出ていった。
一人になってから橘は独り言のように呟いた。
「・・・つくつぐ会長の思うつぼか。腹立たしい。シグマの方が実験体なんぞよりも数段優れているというのに・・・」
──もの食わぬ生命体など最弱にして下劣!・・・橘よ、私の求めるものを見誤ったな──
橘は野座間製薬会長、天条 隆顕のセリフを思い返す。
「あれから私は見限られた。しかし、それで良かった。会長は誰よりも狂っている。あんなものを何千体もわざと街に放すなど・・・」
橘の見るカメラ映像の先でラムダシグマが回収されていくのを見て、橘も行動を開始する。
「・・・うだうだ考えても仕方ない。この仕事の後は、何かしら休みを取れるといいんだがなぁ」
そんな愚痴を吐きつつ、橘も部屋を退室する。
──────────
そして時は進み、悠と前原が悲鳴の場所へと駆けつけた所に戻る・・・。
悠が先に辿り着いて、その惨劇を見る。
「・・・!」
目の前で、20代後半ほどに見える男が今まさに、女性の姿のアマゾンの頭を木に叩きつけて頭だけを粉々にしていた。
その光景を前に、怯える男の姿のアマゾンは腰が抜けて動けなくなっていた。
容赦なくアマゾンを殺した彼は、動けずにいる男のアマゾンへゆっくりと近づく。
前原が遅れてたどり着き、その彼の顔を見て驚いた。
「翔・・・さん!?」
彼はその声に反応してぐいっと顔をこちらに向けた。
「・・・やれやれ。遭遇してはいけないやつが出てきたか」
翔は男のアマゾンのもとへ歩きながら、左手でポケットから黒く輝くアマゾンズインジェクターを取り出し、右手でドライバーを露出させた。
その仕草を見て、前原は悠の肩を叩いて話しかける。
「まずい、アイツを倒すぞ!悠さん!」
「・・・はい!」
前原はポケットからアマゾンズインジェクターを取り出し、一気にソケットに叩き込む。
それと同時に悠もベルトを巻き、一気に持ち手をひねり上げる。
そして、目の前の彼もほぼ同時にネオアマゾンズドライバープロトのソケットに黒いインジェクターを叩き込んだ。
次の瞬間、全員の声が交わった。
「「「アマゾン!!!!」」」
[newpage]
[chapter:THE TRUE KILLING DAY]
文字数制限のため、申し訳ありませんが、続きはこちらへ遷移してください。100ページ目にて続きから読めます。
↓
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8863139