「……エンカク。遠征任務お疲れ様」
「少しロドスから離れている間に、随分と珍妙なことになっているじゃないか」
突如として私の道を塞いだのは、ロドスの前衛オペレーターにして数少ない過去の私を知る者の1人、エンカク。
その実力は高く、形の異なる2振りの刀を用いた刀術は技術的にも目を見張るものがある。
ただ……彼が私に向ける感情は、ひどく複雑そうに見える。それこそ、人生経験の乏しい私では想像もつかないほどの入り混じった感情のようにも
私には、わからない。
「……珍妙なこと、とは?」
「おいおい、とぼけるなよ。あの白いサルカズ……ナイチンゲールと言ったか。なんでも、そいつと恋仲なんてものになっているらしいじゃないか」
……ふむ、やはりロドス内にはかなり情報が広まっているみたいだ。特に箝口令などを敷いたわけではないが、それにしたって知られるペースが早い気がする。噂とはそのようなものか?
「……まあ、そうと言われればそうだ。それがどうかしたか?」
「ほう……あっさりと認めるのか」
「当たり前だ。知られているのなら隠しても仕方がない」
「潔いな……そう、恋仲という話だが。まさかお前がサルカズと恋仲になるなんて、流石にこの俺にも想像は付かなかった。一体何がどうなればそんなことになるんだ?」
「……いろいろあったのさ」
読めない、此奴の真意が。
ただ冷やかしに来たというわけではないことはわかるが。
「……まあ、個人の関係には首を突っ込むつもりはない。だが、お前とサルカズがつがいになることが、
「………忠告、だと?」
「ああ」
言葉が切れて、彼我の距離を一瞬にして詰められる。一流の戦士の動きに私は全くついていけず、懐まで許してしまった。
そのまま無表情で見下ろされる。
「お前が記憶喪失であることは、ここの奴らは誰でも知っていると聞く。それはお前のつがいも例外ではないのだろう?あの白いサルカズは、よりにもよってお前と深い関係になることを許したのか?」
「………何が言いたい」
「あの戦場にいたお前を、アレに介入したお前を。ナイチンゲールとやらは赦し、受け入れ、それを承知でお前とつがいになったのか?あの件は全てのサルカズにとって忘れられない事件だ、それを持ったままお前が傍にいることを良しとしたのか?」
……ああ、そういうことか。
シャイニングや一部のオペレーター、それからエンカクから聞いたことをまとめて、「どうやら私がかつて起きたサルカズ同士の内紛に深くまで介入したらしい」という漠然とした情報は知っていた。
だがこの様子、この言葉から見るに、リズの抱えている事情までは知らないらしい。
「……オペレーター・ナイチンゲールは私と同じ記憶喪失だ。私たちの間に何の確執もありゃしない」
「………」
しばし私の言葉に軽く驚いていたエンカクだったが。
「……ックク、ハハハハハッ!そうか……それなら確かにそういうこともあるだろうな。俺としたことが、それは全く頭になかった______とんだ傑作だ」
「っ!」
シャキン、と手に持った剣の切っ先を向けられる。悪意……はなさそうだが、私に
斬られる心配はなさそうに見えたので、特に身構えることもしない。
「いいのか?数瞬も経たずにお前を斬るかもしれないぞ」
「……君は無為な殺生はしない。私に価値がある限り、君は私を生かしておくだろう」
「……ほう、よく分かっているじゃないか」
剣が下がる。遅れて、私の背中にうっすらと冷や汗が湧いた。やっぱり戦ったことのない私にしてみれば、得物を向けられるのは中々圧がある。
「……お前と、白いサルカズ。あの残酷な事件を全て思い出したときが、お前たちの命運が尽きるときだ。それまでせいぜい俺はお前の指揮に従ってやる_____どうなるか、見物だな」
それだけ残して、サルカズの戦士はすぐ横の通路へと消えていった。
「………」
彼が告げた言葉が、嫌に頭にこびりついていた。
*************
エンカクと別れた後、浮かない足取りで執務室へと帰ってきた。仕事が残っているが、いまいち身が入らない。
その理由は、当然先ほど彼から言われた言葉。
『お前と、白いサルカズ。あの残酷な事件を全て思い出したときが、お前たちの命運が尽きるときだ』
「……私は、思い出さなければならないのか?」
かつて____私が目覚めてふた月ほど経った後。リズが初めてロドスに来てから彼女を秘書にしてまだ間もない頃。
彼女が口にした断片的な記憶の中に私がいた、ということ。そしてそれ以外のエンカクなどの言葉から、私が何か
だが、それとなく知ってそうなケルシーに聞いても、はぐらかされるだけで教えてはくれなかった。だから、まだその真実は知り得ない。
「………分からない。私が、何をしたのか……」
デスクの椅子にもたれてぼんやりと考えていると、ガチャリと執務室の扉の開く音が聞こえた。
顔だけ向けて見やれば、よく見慣れた姿が。
「リズ、お帰り」
「……はい、只今帰りました」
すぐさま椅子から降りて扉に向かい、リズを出迎える。しかしここで、彼女の様子が少しおかしいことに気が付いた。声音が心なしか細く、顔も伏しがちになっている。
「……何か、シャイニングに言われたのか?」
「……っ、いいえ。ただの世間話でした」
嘘だ。
一瞬だけ肩がビクッと震えた。前髪からちらりと見えている眼は、どう考えても何もなかった者がするようなものではない。
「……ソファに座っててくれ。一先ずお茶を淹れてくる」
それだけ残して、給湯室へ向かった。
窓から見える景色は、一面灰色で覆われていた。
*************
「………実は、君と別れてここに帰る途中にエンカクに遭った」
茶と茶請けを用意し、リズの隣にいつものように座り込み、一息ついてから徐に切り出した。
「……エンカクさん、とは……あの、サルカズの?」
「ああ。おそらくそれで合っているはずだ」
かちゃりと手に持ったカップを置く。
中身が空になったが、注ぎに行く気にはならない。
「彼は、君やシャイニングや……私と同じく、カズデルでの内紛に関わっていた1人だ」
「………っ」
「……その彼にね、少し言われたんだ。『お前があのことを全て思い出した時が、お前たちの命運の尽きるときだ』と」
「………そ、れは」
「………恐らく、君も似たようなことを言われたのだろう?だって、私たちはそれすらも忘れてしまっていたのだから」
私たちは、あの日に初めて関り合い、そこから様々に2人……ないしはプラチナやアズ、その他のオペレーターと交流するようになった。
そしてだんだんと私たちだけで過ごす時間が増え、ついには恋仲と呼べるほどの深い関係になっていた……だから、忘れていたんだ。
「……私たちは、何も覚えていない。記憶喪失と、人格を現状を正しく認識出来ていなかったんだ」
リズの手をゆるりと包む。
「………いつか、私たちは思い出さなければならないのだろうか?思い出せば、私たちは崩壊してしまうのか……どうなってしまうのか?本当にこれでいいのか……?」
「………クラヴィス、さん……」
右手を両手で握り返される。
その力はひどく心もとなく、彼女の感情が伝わってくるようだ。
「……リズ」
「……………」
恐らく、私とリズが今抱いている不安や感情は同一のもの。それが分かるからこそ、彼女を傍に引き寄せ胸に迎え入れる。
抱擁は、既に私たちの精神安定剤とも呼べるほどになってしまった。
「……本当に、分からない……」
「やっほードクター!おっは………あ」
「え」
「……あ」
突然、執務室の扉がまたしても開かれた。爛漫と入って来たのは、前衛オペレーターにして私の旧知(らしいが私は覚えていない)であるサベージ。手に大きめのバスケットのようなものが握られていることから、いつものように昼食を届けに来てくれたことがわかる。
「……もしかして、お邪魔だった?」
「そ、そんなことはない。というより、もうそんな時間なのか」
「そう!食堂に来ないから忙しいのかと思って勝手に持って来ちゃったけど、正解だったみたいだね」
言われて壁にかかっている時計を見れば、既に短針が1に来ているところだった。食堂に行くときは大概正午付近に向かうので、確かにこれは疑われても仕方がない。
私たちが忙しいときは、食堂で働いている何名かのオペレーターや職員がランダムに執務室へと食事を運んでくれるようなシステムが出来上がっている………が、最近は私たちの噂が出回っているせいで、どうしてか食堂に行き辛くなってきており、忙しくなくとも運んできてもらってしまっていた。
それによって、グム、マッターホルン、アズリウス、その他の職員にはなかなか迷惑をかけてしまっている自覚はある。サベージも例外ではない。
「いつもすまないな」
「いいんだよ、別に。今の状況じゃ、ドクターもリズちゃんも中々動きづらいだろうしね……」
「……別にリズとの関係性は事実だから、何も恐れることはないはずなんだがな。どうにもここから外に行き辛くなっている」
なんて雑談を交わしつつ、彼女の持ってきた料理を食すべく配膳等を整えていき、しばしの間リズと美味しい料理に舌鼓を打っていた。
*************
「それで……ドクター、リズちゃん。何か悩み事でも、あるのかな」
食事を終え、食器等をバスケットに戻し終えてからのサベージの一言目は、こちらの心情を的確に見抜いているかのようなものだった。
「……どうして、そんなことを?」
「だって、2人ともずっとここに皺が寄っていたから。食べるスピードとか、それ以外は美味しそうにしていたのに眉だけそんなだったの。よっぽど何か心に引っかかってることがあるのかなって」
「………よく、見ているんだな」
サベージは、戦闘面では非常に破壊力の高いオペレーターだ。手に持つハンマーは接地すれば小規模な爆発を起こすため、採掘や壁の破壊などにも駆り出されていたらしい。
しかし、「暴行」を意味するとんでもないコードネームに反して、普段はとても優しく気遣いの出来る人間だ。加えて料理も得意なために、ロドスの中で彼女への憧憬や恋慕の声は日々絶えない。
こういう、人を細かく見ているところも、人気の一助になっているのだろう。
「当然……と言っても、結構分かりやすかったけどね____話せそうなら、私が聞いてあげるよ」
しばし考え込む。
「…………そうだな、サベージは昔の私を知っているそうだし、少しだけ聞いてほしい。リズもそれでいいか?」
「……はい。構いません」
せっかくなので、その好意に甘えてみることにした。丁度、自分たちでは行き詰まりかけていたところだったから。
「どんとこい!」
私の言葉に、サベージは頼もしい笑顔で答えてくれた。
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「そっか……記憶が戻ったときに関係性が変わっちゃわないか、不安なんだね……」
しばらくウンウンと相槌を打たれながら今直面している不安を話すこと十数分。
人に話せたことが存外に有効だったのか、先ほどまで感じていた漠然とした絶望感はとっくに薄れていた。
「ああ……かといって、私たちが能動的に記憶を取り戻せるわけではないことも承知はしているんだ」
「……私たちが己の宿命と対峙する時が、少し……来てほしくないと、感じてしまうのです」
わずかに、リズとの距離が縮まった。
それは不安からか、恐怖からか。
「………そうだね、うん」
そんな私たちの姿を真正面で真摯に見ているサベージは、しばらく口をつぐんだ後、小さく頷き。
「______大丈夫だよ」
「………!」
「………サベージ、さん……」
決して広いとは言えない体躯で、私たちを2人まとめて抱擁した。
すえた硝煙に暖かさが混ざったような、不思議な香り。不思議と安心感を覚えるようなその匂いと、彼女の柔らかさが私たちをぎゅっと包もうとしている。
「前からずっと、ドクターとアーミヤちゃんのことは家族だと思ってた。けれど、最近の2人を見ているとリズちゃんも家族になればいいなって思うようになったの」
私の背中に回されている左腕が、更に力を強めてくる。豊満な胸が若干当たるが、あまり気にならない。
「だからね、もしドクターとリズちゃんのことで不安を煽ってくるような人がいたら、私が自慢のハンマーで叩き壊してあげる!それで、もし記憶が戻って2人が変わっちゃっても、私がなんとかするから!だから____
____ドクターたちは、自分のしたいことを、すればいいよ」
「………サベージ……すまない……」
「……そのようなお言葉、本当に……」
気が付けば、自然と私からもサベージに抱擁を返していた。リズに匂いも強まったため、彼女も同じことをしたのだろう。
「あっ……ふふ、謝ることじゃないよ。私がしたくてするんだから」
「……そうだな………ありがとう、サベージ」
サベージの言葉が、すっと耳に入ってくる。
彼女の用いる力は、目の前の壁を打ち砕くもの。そんな彼女の発言は、私たちに多大な安心感をもたらしてくれた。
サベージ、冷静に考えて「事前登録特典なのでゲーム開始時(≒ドクターが目が覚めるとき)に一番最初に駆け付けてくれる」の、自分の仕事があるのにそれをほっぽってやって来た最高にイイ女感あってめちゃくちゃエモくないですか。まあうちにはいませんが(3月頭開始ドクター)
直感でお選びください
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上記以外