『………リズ、君は本当に可愛らしい』
『……貴方にそう言われるのは、まだ慣れませんが………嬉しいです……』
「……ドクターが、息を吐くように甘い言葉を……私の知ってるドクターじゃない………」
「落ち着きなよアンジェ。それだけドクターがリズさんにぞっこんってことなんだから………まあ、ドクターは割と前から今みたいな甘い失言が多かったらしいけど」
今アタシたちがいる部屋はそれなりに広い。ニアールさんが「実家にいる様で落ち着いたり落ち着かなかったりする」と困惑するほどに、彼女の実家の部屋に似ているらしい……アタシは気品があって良いと思うけどね。けど仕事場で実家が再現されていたら流石に嫌か……。
ドクターとリズさんは絶賛いちゃつき中。真っ白なソファにお互い座っている……んだけど、その座り方が見ているこっちが砂糖を吐きそうなものなんだ。
『……少し前までは毎日のように抱擁を交わしていたものだから、本当に懐かしいな……』
『……いけません………このまま、すぐにでも寝てしまいそうです……すん、すん………』
『……はは、くすぐったいな……気持ちは分かるけども』
「………?……?!」
「……え、ええ……?!そんなことまで………?!」
「あら、あらあら………うふふっ」
「……すごいねぇお二人とも」
自分の目を疑った。
アタシたちが控えている部屋の奥側からは二人のことが横から見えているんだけど、ちょうどリズさんの頭がドクターの肩に乗っているのが見えている状態にある。
するとどうだろう、なんとリズさんが徐にドクターの……首筋に顔を近づけさせて、そのまま鼻を鳴らして何かを嗅ぎ始めたんだ!
察するに、多分お互いの匂いとかなんだろうけど……お、思ったよりもリズさんって大胆なんだね………。
「え、ええ~~……っ?!え、あっ、うああ………!」
アンジェがご丁寧に自分の両目を両手で覆って、わざわざ指の隙間からがっつりと二人の方を凝視している。まるで見ちゃいけないものを見ているときのように………一応、多分えっちなことではないから大丈夫だと思うんだけどね……。
けど、けれど______すんすんとひたすら犬のように匂いを摂取してはうっとりと気持ちよさげな表情を浮かべるリズさんは、控えめに言って少し色気を感じる。それにしたって、そんな顔をするほどにいい匂いなのか………今度聞いてみようかな。
「……そう言えば、あの二人ってもうやることやっちゃってるんだっけ?人生何が起こるか、分からないもんだねえ」
「……正直、未だに半信半疑だけどね。だってあのリズさんだよ?」
「……そうだね。私もあんまり話したことはないけど、それこそ汚しちゃいけない聖域、ってイメージだったから……」
「……そうなの?あんまりそう言う雰囲気は皆出していないような気がするけど」
アタシがここに転職することになったのはここ3ヶ月ほどの話で、一緒に映画を見たこともあってそのときには既に『大人しくてきれいな人』くらいの印象だったなあ。
だけど知らないリズさんの話を聞けそうである。アタシがよく関わる人たちはリズさんにも友好的な人達ばかりだし。
「リズさんって最初はどんな感じだったの?」
「……ナイチンゲールさん、はっきり言って近寄りがたい雰囲気を醸し出していたわ」
そうして口を開いたのはパフューマーさん。この中で随一の古参だ。アタシとアンジェとウタゲは大体同時期に来たから。
「……今でこそあんなに感情は豊かだけれど、最初はお人形のような人だったわ……ドクターくんと同じ記憶喪失で、あんな風に笑ったり照れたりっていうことも全く見たことがなかった。ドクターくんとだって、今よりずっと距離が離れていたのよ」
「ええっ、そうなの?イメージ付かないなあ……」
「当時は本当に“ただの秘書”……あるいはそうですらないような印象を受けていたわ……けれど、何時からかしら。だんだんとナイチンゲールさんとドクターくんの距離が近くなっていってたわね」
「何時から?」
「そうね。確か六、七月くらいに……そう、あれは食堂に行った時のことよ。ドクターくんとナイチンゲールさんが一緒に来ていたの。それまでは彼女はシャイニングさんとかと一緒に来ていたのに」
しみじみとした雰囲気で語るパフューマーさん。その口ぶりは故郷を語るそれと同じだけど、その当時の雰囲気はアタシには分からない。もしかしたら、アタシが想像するよりもずっとひどいものだったのかもしれない。
「それで、常に三メートルほど離れていた距離がぐっと近くなっていたの。そのときは、誰もが軽く違和感を覚えたでしょうね………ドクターからは、ナイチンゲールさんの心境に変化があったとしか聞いていないわ。今度本人でも聞いてみると良いわよ」
「へぇぇ………感情がないナイチンゲールさんって、眉一つも、とかそんな感じだったのかな」
「ちょっとだけ聞いたことあるね、ナイチンゲールさんの話。何でもアーツ攻撃に対して無類の強さを誇る“聖域”によって、周りからと畏怖と畏敬の念を持たれているって。それで皆積極的に絡めに行けないんだと」
「なるほどねー……でもアタシは今のリズさんの方が好きだねぇ。いちいち反応が可愛いし」
ドクターがここに来る前に、少しだけ早口でリズさんの好きな所を語っていた。けれどその発言内容はアタシも若干分かってしまったんだ。
リズさんは感情表現が控えめで、その流れで身振り手振りも激しいという物ではない。だからこそ例えば慌てたり赤面したりするアクションが際立って乙女らしさを感じる。
「ま、あたしらにとっては今のナイチンゲールさんしか知らないから、これからも思う存分着せ替えさせないと」
「あんなに綺麗な人、放っておくには勿体ないねぇ」
_____と、アタシたちが密かに結託し直したそのときだった。
『………リズ』
『……クラヴィスさん………ちゅ』
「「「?!」」」
アタシたちの目の前でとんでもない事態が起きた_____。
『ちゅ……ちゅるっ……リズ、ああ……懐かしい………』
『はぶ、んふぅ……クラヴィス、さん……んあっ……』
「え、えええ……?!あ、ああああれって……」
「ちょ、これまじでシャレになんないって……あたしらが居るのに」
「…………」
ドクターの膝の上に乗っていわゆる「対面座位」の体勢になっていたリズさん。さっきまで夢中で匂いを嗅いでいた
……恋愛映画では嫌と言うほど見たことがあるキスシーン。勿論画面越しで、しかもフィクションっていう前提やそれまでのストーリー展開があるからこそ、キスシーンは一種の芸術のように美しく見えるものなんだ。
それがどうだ、まさかこんなに間近で、身近な人がやっている場面に出くわすとは、全く持って予想すらしていなかったよ……。
「…………」
「……アンブリエル、ガン見してんじゃん……」
ウタゲの声は聞こえているけど反応する余力がない。
十数日という期間は、ドクターたちにしてみればアタシたちが思っているよりもずっと長いものだったのかもしれない。
特に分かりやすいのはリズさんの方。アタシの見たことがないような____さっきまでのものよりも遥かに____恍惚とした表情を浮かべている。本当に嬉しそうな、心の底からそれを望んでいたような表情。それこそ、映画の中でさえ見ることのなかったような。
目が離せない。“現実は小説より奇なり”ってよく聞くけど、それは正しいことだった。今までのどの映画よりも、目の前の光景は美しくて俗世離れしていたんだ。
「_____盛り上がるのはいいけれど、せめて二人きりの時にした方が良いと思うわよ、二人とも?」
「「「パフューマーさん?!」」」
『『っ?!』』
?!?!
パフューマーさんの突然の制止発言。少し大きめの声ではっきりと告げられたそれはどうやら世界に入り込んでいた二人にも聞こえていたようで、ビクビクビクゥッ!と肩を跳ねさせたのちピタリと二人の体が動かなくなった。
油の切れたロボットのようにぎこちなくこちらに首を振る。その顔はあまりにも分かりやすく動揺していた。
「………い」
「い?」
「……………今のは、見なかったことにしてくれ……」
あれ、何だか急に情けなく見えてきたなぁ……。
リズさんは以前に比べて確実にその手の知識と羞恥心を備えているように見えたけど、もしかしてドクターなのかな。
「ふふっ、別にどこに報告しようとは思ってないわ。寧ろ私にしてみれば、今の貴方たちは見ていて本当に楽しいもの。ただ、此処よりも二人きりの方がそっちももっと楽しめるでしょう?」
「……すみません。すぐに、元の位置に戻ります………っ」
彼女らしからぬそそくさとした動きでリズさんがドクターの膝の上から降りる。傍目に見ても分かるほどの赤面が眩しい。今までで一番衝撃的な表情だ……というか、
いややばいって。
ウタゲはあだ名使いそうだけどアンブリエルは使いそうにないという偏見
ラナさんの性格が安定しない。