・「本能は時として理性を塗りつぶす」
この世のものとは思えない、という言葉がある。
「文字通り現実ものとは到底考えられないほど素晴らしい、もしくはひどい」という、いい意味でも悪い意味でも使われる言葉だが、一般的にはいい意味で用いられることの方が多いだろう。
私にとっての“この世”……すなわち世界とは、このロドスだけだ。チェルノボーグで目が覚めてからずっとロドスの歯車として動き、オペレーターの指揮を執り。時折シエスタなどの外の土を踏むこともあったが、基本的な生活はずっとこの陸上空母とも呼べる船で過ごしている。当然、私自身が見知っているものや経験したものも限られてくる。
つまるところ、今の状況は私にとっては「この世のものとは思えない」が、そのまま真実を表していたのである。
______そう。他人の……他でもない、最愛のリズの唇は
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「………っ、リズ……」
「ぁ……クラヴィス、さん……」
ロドスにおいて“ドクター”と呼ばれる者の仕事場である、執務室。そんなある意味公共の場とも言える空間には、来客用かと言わんばかりの品質のいいワインレッドのソファが置かれている。
そのソファに隣り合って座り互いに相手を見つめているのは、部屋主のクラヴィスとその秘書であるリズだ。ただし彼らの醸し出す雰囲気は、どう考えても職場に相応しいそれではない。
クラヴィスは綺麗なものに見惚れるようにじっとリズを見つめ、逆にリズは期待するような目で口をつぐみ動かないでいる。
そのまま数分ほど時間が流れたが……。
「______」
同時に体を寄せたのか、それとも見えざる力が2人を自然と近づけさせたのか。
「……ん」
「……んぅ」
クラヴィスとリズはどちらともなく触れ合い、その唇をそっと重ね合わせた。
あの日と違って、舌を絡ませたり相手の唇を啄んだりというような激しいものはなく、ただマグネットのように吸い付くだけ。
しかし長く続くことはなく、ややあって、これまたどちらからともなく触れ合いを解く。
「………キスとは、唇を合わせるだけでもこれほど心地の良いものなのだな」
「……これは、何物にも代えがたい多幸感を感じます……」
時間にしてたった十数秒ほど。ほんの短い間しか接吻をしていなかったのに、2人とも得も言われぬ精神的快楽を得ていた。
そして、それだけでは終わらない。
「……クラヴィスさん……もう一度、お願いできますでしょうか……?」
「………ああ、私もちょうど物足りないと思っていたんだ……」
「………ぅん……」
「ん………」
今度はちゅっ、という擬音が聞こえてきそうな勢いで、2人は目を閉じて互いの口を求める。
2回目でもただ唇をうまく合わせるだけだったクラヴィスに対し、リズは半ば啄むように彼の呼吸の穴を塞いだ。彼は、若干身構えつつもすぐに適応しお返しと言わんばかりにリズのそれを啄みに行く。
まるで小鳥たちが可愛らしくじゃれついているようだ。
「………んっ?」
と、そこでクラヴィスがあることに気が付く。リズとくっつけている唇の中に、自分の歯がわずかに押されているような別の感触を感じたのである。
一瞬何のものであるかを察せなかった彼がふと目を開けて数センチ先の顔を確認すると、彼女は同様に彼を見やっていた____その様子は、さながら「待て」を言われて許可を待っている子犬を彷彿とさせる。
「………」
「ん………」
それだけで、クラヴィスはリズがどうしたいのかを理解した。
「ぅ……あむ、ちゅるっ…れろ……」
「……ん……んむっ……!?」
彼女の口の中で蠢いている舌を、自身の口腔へと迎え入れたのだ。
にゅるりと自身の唇を割って侵入してくるという全くの新感覚に、思わず身が固まってしまうクラヴィス。正確には一度既に体験しているのだが。
舌という部位は、人間にとっては自分のものであれば自在に動かせるものだ。縦にも横にも、そして前後にも。
それがどういう意味を指し示すか。
「んんっ……!?」
「はむ、んくっ……ちゅる……れろぉ………んふぅ…」
「……っふ、く……れるっ……んん……!」
これまでの唇同士をくっつけるだけの静的な感触とは打って変わった未知の感触……“自分以外の舌に口内を動き回られる”というひどく動的でいやらしいキスの前に、彼はただ為すがままになっていた。
当然、クラヴィスはおろかリズですら「ディープキス」という概念を知らない。きっと彼女が冷静であったならば………現在の行為に対してほどほどの感情しか抱いていないならば、アズリウスの言っていた「あの日にリズが行ったのは一段階上のもの」という言葉もそれとなく理解出来ていたであろう。
だがこの時の彼女には、そんな
自分の知らなかった快感に、思い人と唇を重ねるという行為の中毒性に______紛れもなく
「んぅ……じゅるっ、はぁぅ……くらう˝ぃす、さん……」
「っ、ぷはぁ……ちゅるっ…れろ……り、りず……んぐ……っ!」
その結果……クラヴィスの唇の中へ自身の舌を差し込み、這いずらせ、あまつさえ唾液を吸うというひどく粘性の高い接吻を
この様子ではむしろ“貪る”と言った方が正しいのかもしれない。
そこには、理屈も論理もない。あるのは「ただ愛しい相手と口で交わりたい」という本能的で淫靡な情欲だけ。思考が霧で覆われ、その分だけ情愛にのめり込んでいく。
理性では感情に、本能に勝てるわけがなかった。
「______ん、ぷはあっ……はぁっ……」
「はっ……はあっ………リ、リズ……」
息継ぎや少しの休憩も含めると、おおよそ5分。
2,3回目のキスにしては長すぎる時間だった。当の本人たちはそれよりも遥かに長く____それこそ、永遠に続くような錯覚さえ覚えていたことだろう。
「……口の周りが、このように唾液に塗れているのに……不思議と、嫌な感じはしません」
「……ああ、むしろ、もっと塗れても構わないとさえ思ってしまう……これが、接吻か………」
最初はソファに座りながら、身を寄せ合ってキスをしていた2人だったが、いつの間にかリズがクラヴィスの腿の上に跨るように乗っている。現在リズの視界にはクラヴィスしか映っておらず、また彼の視界も同様にリズの金色で占有されていた。
「……君との接吻を交わしている最中……どうしようもなく、『私自身が今生きている』ということを感じた……それに対する、喜びも……」
「……私も、同様です…貴方の唇が、唾液が……私に生を付与しているようで……」
そっとクラヴィスの背中に腕を回し、しなだれかかるリズ。肩に顎を乗せた彼女の髪が彼の血色の良くない頬をくすぐり、彼は少しだけ身じろぎした。彼女の幾分大きめな角が頭に当たってしまうが、当人は気にする素振りは全く見せない。
否、そんな
「……君の体が、温かい。接吻による多幸感と相まって、このままゆったりと眠りについてしまいそうだ……そう言えば、今は何時だ?」
彼女の甘やかな香り、さらさらの金色の絹糸、人肌の温もりで構成された三重の安寧にいつまでも浸っていたい衝動を振り切って、なんとかクラヴィスが顔だけ壁の時計の方に向ける。質素なアナログ時計は21時を指していた。
「……もう、こんな時間か。早いものだ……」
「…………」
「……リズ?」
途端に黙りこくってしまったリズの様子に、クラヴィスは心配そうな声音で訊ねる。
リズは口をつぐみ、彼の肩に顔をうずめたまま、自分よりも大きな体躯を
「……怖いのです」
「……何がだ?」
「……あの日、貴方が私の目の前で負傷されたこと……あの時の光景が、時折夢に浮かんでくるのです……貴方が、また災禍に見舞われてしまうのではないか、と思うと……恐怖と不安を、感じずにはいられません………っ」
顔を伏せながら、震えた声でか細く告げるリズ。
それは、紛れもなく彼女の本心。偽ることのない、純正の感情。
彼女は医療オペレーターとして最高峰のアーツ技術を持っており、それを活かして幾度となく戦場を立て直してきた戦場救護のエキスパート。
そんな彼女の眼前で、かつてクラヴィスは敵の術剣士によって致命傷を与えられたことがある。そのときは彼女がとっさに(無意識下で)発動させた「聖域」で一命を取り留め、その後ロドスの医療技術によって何の後遺症もなく完治した。
だが、その時に既に感情と自我が芽生えかけていたリズは一時、精神崩壊寸前まで追いやられてしまった。「自分には誰かを守れるだけの力があったのに、ドクターにこれ以上心身共に傷ついてほしくはなかったのに、守ることが出来なかった」と、ドクターが眠っているベッドごと、悪感情が凝縮された鳥籠で
シャイニングやミッドナイトの助力などを経て、クラヴィスが目覚めてからすぐに双方自我を自覚したために当時のショックは癒えていったのだが、消えない光景と感情が未だに彼女の心にこびりついている。
故に、今現在のロドスにおいて
当然、ケルシー及びアーミヤには事前に許可を取ってある。
「……リズ、一旦抱擁を解いてくれ」
「……どうされるのですか?」
疑問に思いつつも言われたとおりに背中に回していた手を解き、姿勢を整えるリズ。
「_____リズ」
「………っ」
そんな彼女の様子を見届けひと段落したクラヴィスは______思いきり、自分から彼女を抱きしめ返した。
「………」
「……」
そしてそのままの状態で過ごす2人。互いの人肌を感じ、鼓動の音さえ聞こえてしまいそうな静寂。
小さく柔らかな体をきつく包み込んだ状態で、クラヴィスが優しく言い聞かせるように口を開く。
「私は、ここにいる」
「……理解しています」
「君のその力こそが、私にとって文字通りの生命線になってきた」
「……はい」
「けれど、そう。もうこれ以上君にアーツは使わせたくない。君が命を削らずとも大丈夫なように、今は他のオペレーターにも頑張ってもらっている……私情を挟むのは、本当はいけないはずなんだがな」
「………はい」
「だから、これからも私の側にいてくれ。もし私を守ろうとするのなら、その時は全霊を以て力をふるってくれ……大丈夫だ、私を武の力で護らんとするオペレーターには、少なくとも何人か心当たりがある」
「…………」
「……私も、これ以上君に傷ついてほしくないと思っている」
言葉を切り、至近距離でリズと向き合う。様々な感情で揺れている碧眼をしっかりと見据えながら、彼はそっと口づけをした。
そしてそのまま、ゆるりとしたペースでより深く唇を交わす。先ほどのように本能のままに求めるのではなく、ちゃんと節度を守って舌と舌を交わらせていく。
「……ん、ふぅ……はぅ………」
ちゅるっ、ちゅぴ、と幾分かおとなしめな水音が執務室に響いている。
悪感情に塗れた心が溶かされていったのか、いつの間にかリズの肩からは力が抜けている。目を細め、クラヴィスに体を預ける彼女からはもう不安や恐怖はにじみ出ていない。
その後もうしばらく、今一度互いの存在を確かめるように、2人はしめやかにキスをし続けたのだった。
キス含めたえっちな行為ってのは、最も“生”を感じられる尊い行為だと思っています(ただしイチャラブに限る)。
小ネタですが、設定に合わせて、現在は編成にリズを加えつつ一度も戦場に配置しない事実上の11人編成で敵を殲滅しています。無垢で生まれたての感情に的確に致命傷が入ったらそりゃ軽くトラウマになるわ。
地味にキスで1話使うノルマ達成。
………キスシーン、どうでしたか?初めてこんな真剣に(キスシーンを)書いたので良ければ感想等いただけたら嬉しいです(‘ω’)
直感でお選びください
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A
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M
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T
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上記以外