【シャニマス】中年プロデューサーの華麗なる暗躍 作:黒胡椒サラミ
「プロデューサーさん、早くっ、早く私に出してくださいっ♡ いっぱいいっぱい、中で出してくださいっ♡」
むっちりとしたマン肉が、意思を持っているかのようにチンポ全体に吸い付いてくる。たまらなく甘美な肉の誘惑。あなたの愛の証が胎内に欲しいという、高校生美少女アイドルによる明確な意思表示。危うく出そうになったが、陰平は耐えた。
「むんっ♡ ああああ――っ♡♡!!」
陰平が駅弁で支えている真乃の背中が、折れそうなほどにしなる。その瞬間、フリルのついた白いステージ衣装を着た真乃は、太ももまである白いタイツをはいた脚で、がっちりと陰平の腰をホールドしてきた。
「ほわぁ…………♡」
顔に弛緩した笑みを浮かべ、忘我の淵にありながらも、真乃の膣内はキュッキュッと肉竿を締め付け、陰平の射精を促そうと健気に媚びてくる。だが、それでも陰平は射精しなかった。
「櫻木さん、あと10分で出番でーす!」
楽屋にノックの音が響き、女性スタッフがドア越しにそう言った。
陰平は、恍惚とした表情の真乃の頬を、手のひらでぴたぴたと優しく叩く。
「聞こえたか、真乃。行ってこい」
「でも、でも、まだプロデューサーさんの精液が……」
「悪いが、今日は種付けは無しだ」
「でも、そんなの、寂しいです……」
真乃は、陰平の首に回した腕に力を込め、彼にぎゅうっとしがみ付く。陰平は苦笑した。
「もうたくさんイッたろう? 良い子だから、今日はそれで満足しろ」
「……はい…………。ン……」
渋々頷いた真乃は、目をつぶってキス顔になる。中出しの代わりにキスをくれという事なのだろう。可愛らしいメス奴隷に、陰平は唇を与えてやることで応えた。そして時間ギリギリまで、彼らは唇でつながっていた。
「……元気、いっぱいもらっちゃいました。行ってきます、プロデューサーさん」
チンポから離れ、ステージ衣装を整えた真乃は、名残惜しそうにしながらもそう言った。
「おう、頑張れよ」
「はいっ!」
最高の笑顔を見せて、真乃は楽屋を出て行った。
一人残された陰平は、射精させてもらえずに怒り狂っているチンポを何とか鎮め、ズボンのベルトを締め直した。遠くから歓声が響いてくる。真乃がスポットライトに照らされたステージに登場し、ライブハウスに集まったファンたちが熱狂しているのだ。
今日のイルミネのメンバーは、三人がそれぞれ別の場所で仕事をしている。ここはそのうち、真乃がメインゲストとしてライブを行っているライブハウスの楽屋だ。恋鐘のプロデュースを進める陰平だが、彼はイルミネの面倒を見る事も忘れていない。ちょうど別件で真乃の仕事場の近くを通りかかった事もあり、激励にやって来たのだ。
真乃は陰平が持参した菓子の差し入れにも大層喜んだが、それ以上に陰平の抱擁とチンポの挿入とを求めてきた。ある事情で射精を控えている陰平だが、アイドルの願いには応えてやらなければ、プロデューサーとしての名が廃る。ライブの休憩時間に、彼は真乃を何度も何度も絶頂させてやった。
どうして彼が射精を我慢しているのかというと、それは、その桁外れのリビドーを、別の方向に向けるためだ。
「悪い、待たせたな」
「お疲れさまー。真乃ん調子はどうやったと?」
陰平の戻りを駐車場の車内で待っていた恋鐘が、ごく普通の調子で尋ねてくる。
「ちょっと緊張してたが、まあ大丈夫そうだ」
「イルミネは、もーっと大きなライブもやっとーんに、緊張なんてするんやね」
「俺はアイドルじゃないからいい加減な事は言えないが、本番っていうのは、いつになっても、そういうもんなんじゃないか?」
「そうなん?」
「少なくとも俺は、イルミネのライブの前はいつも緊張しているよ」
「……うん、そやね」
恋鐘は、少し寂しそうな顔で頷いた。彼女の頭の中には、アンティーカの仲間や伊庭の事があるのだろうか。
「…………さあ、俺たちも、負けないように仕事しないとな」
シートベルトを締めると、陰平はバンのエンジンをかけた。目的地はもちろん、次の仕事場である。
出発してからしばらくの間、車内は無言だった。
数日前、陰平は、力尽くにでも恋鐘を伊庭から奪うという決意を固めたが、それはまだ実行に移されてはいなかった。いくら彼のチンポがメス殺しでも、いきなり恋鐘の私室に乱入して彼女をレイプしたりなどというやり方はスマートではない。下手をすれば刑務所行きだし、恋鐘が心に立ち直れないほどの傷を負うという可能性もある。だから、陰平は玉袋にザーメンを溜めながら、慎重に機会をうかがっていた。物事は慎重に、それでいて大胆に行わなければならない。
計画はいくつか考えた。まず、伊庭に美人局か何かをしかけ、それを恋鐘に目撃させて、彼女の幻滅を誘うという手段である。そして次は、寮で恋鐘のオナニー音を録音したり盗撮をして材料を作り、脅迫という手段で彼女の純潔を奪うという方法だ。
(う~む。だがなぁ……)
しかしそのどちらも、恋鐘を傷つける可能性という点では、無理やりレイプするのと大して変わらない。それらも計画は立てたが、実行には至っていない。ならば、どうするのが適当なのか。陰平は悩んではいたが、なかなか良い案が思い浮かんでは来なかった。
「う~む」
「……どがんしたと?」
「ん!?」
「ずっと、うんうん唸っとーけん。ばーり怖い顔になっとーよ?」
「んあ? あ、ああ、悪い。いや、何でもない」
「ほら、前ば見て運転せんば」
「ああ。もちろんだ」
助手席の恋鐘が、背筋を伸ばしてハンドルを握り直した陰平を見て、くすくすと柔らかく笑う。内面では落ち込んでいるのだろうが、彼女は陰平とも、こんなやり取りを行える程度には立ち直っていた。
「よそ見運転は危ないからな」
「……なぁに、それ。おかしーばい」
恋鐘はまた笑った。不信感を抱く臨時プロデューサー相手でも、本心を隠してこんな風に笑えるとは、この娘には自分が想像していたよりも図太い一面があったようだと、陰平は思った。
とにかく、それをきっかけに、二人の間で多少の会話が行われた。主に話したのは、283プロに所属する他のアイドルたちについてだ。恋鐘がイルミネの三人について陰平に尋ね、陰平が恋鐘に、アンティーカの他メンバーの事について聞いたりした。
恋鐘のプロデューサーである伊庭の話題は出て来ない。恋鐘も意図的にそれを避けているようだったが、陰平のほうも、どうしてか最近はその名を口に出すのを控えていた。
「……また昨日も、差し入れば作って持っていったと」
だが、長い信号待ちに捕まった時、恋鐘がその名前を呟いた。
「ん?」
「プロデューサーに」
「……」
「『ありがとう』って言われて、それだけで嬉しゅうなって。……ほんなこつ、ばっかみたい」
「…………」
「いつまでも、……気付いてすらもらえんのに。振り向いてもらえんなんて、分かっとーんに……。……うちは、どうしよーもない馬鹿ばい」
でも、仕方無い。好きになってしまったものはどうしようもない。諦めたような、己で己に呆れているかのような恋鐘の表情は、そう語っているように見えた。
また、車内は静かになった。信号が赤から青に変わり、車の群れが流れだす。陰平もアクセルを踏んだが、エンジン音がやけに遠くに聞こえた。
次の現場は、動物園での触れ合いイベントのMC。恋鐘は笑顔だった。アイドルには笑顔がよく似合う。客の中には、ここ最近の彼女の活動を見て増えたらしいファンが、ぽつぽつと混じっていた。ファンたちの声援に応えて、恋鐘は笑う。その笑顔がとても眩しくて、やはり彼女はアイドルなのだと陰平は思った。
いや、そんな事は分かっている。283プロのオーディションに彼女が現れた時、最初から。
――失礼します! 月岡恋鐘、19才ばい!
恋鐘は覚えていないだろう。恋鐘はあの時、デスクの中央に座っていた伊庭とだけやり取りを行っていた。だが、あのオーディションの時、陰平も現場に居たのだ。一目見て、これはダイヤの原石だと思った。これを落としてきた他のプロダクションは頭がおかしい。何としてもうちで採るべきだ。社長にそう主張した。伊庭も彼女を強力に推して、恋鐘は合格した。
プロダクションに初出勤してきた時の彼女は、本当に屈託なく笑っていた。だが、今はあの眩しい笑顔の中に、一点の曇りが混じっている。陰平にはそれがよく見える。
「……月岡さん、お疲れ様」
「ふいーっ。前にも見に来てくれたお客さんがおったとよ。うち、上手にできとったかなぁ?」
「……ああ、素晴らしかったよ」
「よかった~」
「…………」
「どがんしたと? 陰平さん」
「――え?」
「また、怖い顔になっとーよ? うち、何かダメやった? だったら、隠さんと、ちゃんと言って?」
「……いいや、月岡さんは本当に素晴らしかった。……すまない」
「……何が?」
「そりゃあ……」
ただでさえ、こんな不細工な気味の悪いオッサンが仏頂面してちゃ、アイドルを不安にさせるだけだからな。陰平はそう言って、自嘲の笑いを浮かべた。
「…………そんなこと」
しばらく間を置き、恋鐘が首を横に振る。
「……そんなこと、無かばい」
「……!」
「そんなこと、全然無か」
恋鐘はその慈しむような微笑みを、陰平のほうに向けていた。
夜になり、彼らは寮に直帰する事になった。恋鐘はやはり助手席に座っている。無言のまま、寮の前まで車はやってきた。それを停車させた時、陰平はダッシュボードに手を伸ばした。どうして陰平は、それをそのタイミングで恋鐘に見せようと思ったのか。それは彼自身にも分かっていなかったが、この時の陰平が、己の暗い決意を忘れていたのは事実だった。
「これ、何?」
陰平がダッシュボードから取り出し、黙って恋鐘に渡したのは、一本のUSBメモリと数枚のCD、歌詞の入った楽譜だった。
「…………曲?」
楽譜は数曲分ある。どれも、今の恋鐘と比べれば、かなりメジャーな作詞家と作曲家の名前が記されている。プロデュースの合間を縫い、靴底を減らして駆けずり回って、陰平はこれを集めた。
「……誰の?」
「…………」
「…………うちの?」
「ライブをしよう」
「え?」
「アイドルだからな。ライブをしよう」
ライブをしてこそアイドルだ。
誰かの前座とかゲストではなく、恋鐘のライブだ。もしも他にアイドルが出演するなら、そっちが恋鐘の前座か、バックダンサーだ。
「明日から、ボーカルレッスンを多めに入れよう。その曲たちを、すぐにマスターしてもらわなきゃならない」
「…………」
「アンティーカとしては動けてないし、ここのところ、別の仕事が多かったが……月岡恋鐘はアイドルだ。間違いなく、アイドルなんだ。アイドルと言ったら、まずは歌わなきゃな」
陰平は恋鐘のほうを見ず、フロントガラスを見つめて言った。
カッコつけたサプライズプレゼントのつもりだろうか。ただ元気づけたかっただけ、と言ったら、誰かに嗤われるだろうか。少なくとも、陰平自身は嗤う。そういう事をしたり言ったりするのは、伊庭のようなイケメンだからこそ価値がある。
「うん」
実際、似合わないことをしたせいで、陰平は失敗した。
「……うん、陰平さん」
彼はこれをすることで、恋鐘の曇りのない笑顔を見たかったのに、結局それは見られなかったからだ。結果はその全く逆で、恋鐘はその楽譜たちをきつく、しかし決してシワにならない力で抱きしめ、くしゃりと顔を歪めると、ポロポロと大粒の涙をこぼし始めてしまった。
助手席でうつむいて、運転席にいる陰平に聞こえるか聞こえないほどの小声で、恋鐘はつぶやく。
「……ありがとう。ありがとう陰平さん、うち、ばり頑張るけんね」
―――――――――――――――
(今のとこ、もうちょっと、抑え目に歌うたほうがよかね?)
ジャージ姿の恋鐘は、レッスン室で、メロディーを頭の中で反芻しながら首を傾げた。
月岡恋鐘は283プロに所属するアイドルの中でも、一、二を争う頑張り屋だ。仕事の時もそうだったが、レッスンの時も、彼女は全力全開で前に進もうとする。陰平に新曲を渡されてから、恋鐘はいずれ来るライブのために、一生懸命にレッスンに取り組んでいた。
陰平は、かなり大きな会場を借りてライブをやると言い張った。席数も多く、知名度の低い恋鐘がいきなりそんなハコを借りても、一杯どころか半数も埋められない。だが、陰平は譲らなかった。いざとなればイルミネーションスターズを前座にしてでも席を埋めると彼は言ったが、それは逆で、自分が前座の間違いではないだろうかと恋鐘は思った。仮に自分がメインでも、見にきたファンは、きっとがっかりする。
――違う。
ネガティブなことを言い、足踏みする恋鐘の前で、真剣な顔の陰平は言った。
――月岡恋鐘の魅力を知れば、帰る頃には、全員が恋鐘のファンになっている。
そのために今回はイルミネを引き立て役にするということになるが、事務所で会ったイルミネの三人も、「プロデューサーと恋鐘のためなら」と笑い、いくらでも協力すると言っていた。
真乃も、灯織も、めぐるも、プロデューサーである陰平のことを強く信頼している。アイドルとプロデューサーの信頼関係が築けているからこそ、イルミネは恋鐘――アンティーカよりもずっと成功しているのだろうか。恋鐘には少し、彼らのその関係が羨ましい。
「あ~、あ~」
お腹に手を当て、腹式呼吸をして発声練習をする。CDデッキの再生ボタンを押して、さっき気になった場所からもう一度歌ってみる。前回よりは良くなった気がする。
恋鐘が陰平に与えられた曲は、どれも良い曲だった。ソロの曲をもらったのは、恋鐘はこれが初めてだった。それに恋鐘のソロ曲ではあっても、アンティーカというユニットのコンセプトからも外れないように配慮されているのが嬉しい。恋鐘は寮の部屋でもこれを流しっぱなしにし、いつでも口ずさんでいた。
「よしっ、もう一回!」
今日の午前中は陰平もイルミネの現場に行っており、トレーナー代わりのはづきもいない。恋鐘は一人で自主練習中だ。満足に歌えるようになるまで、恋鐘は時間を忘れ、何度も何度も練習を繰り返した。
こうやって練習に取り組み、しっかりとした歌声を届ける事こそ、ライブに来てくれるファンに対する――そして、この曲を恋鐘のために用意してくれた陰平に対する、礼儀と感謝の印になる。本番の日程は未定で、それが決まるのが恐ろしいような気さえするが、今はそれよりも、ドキドキとワクワクのほうがはるかに大きい。
新曲はダンサブルな激しいフリのない、ボーカル主体の曲だ。短い準備期間でも、歌うことに集中すれば、きっとファンを満足させられるものを届けられる。
「ふん、ふ~ん、ふふ~ん。ーーふふっ」
午後になり、恋鐘はようやく休憩に入った。その休憩中にも、そうやって鼻唄で口ずさんでしまう。そして恋鐘自身は気付いていないが、そんな時の恋鐘は、最近の悩みを忘れて笑顔になっていた。
だが――
「恋鐘、ずいぶん楽しそうだな」
後ろから、レッスン室に入ってきた青年に声をかけられると、恋鐘の笑顔は呆気なく消えた。
「陰平さんに聞いたよ。ソロライブをやるんだって? 凄いじゃないか!」
青年ーー恋鐘のプロデューサーである伊庭は 、明るい表情で恋鐘に話しかけてくる。
「新曲も聞かせてもらったよ。……恋鐘に似合った、良い曲だ」
「あ、ありがとう、プロデューサー……」
ほんのちょっとしたことでも、彼に誉められれば嬉しくなる。それが今までの恋鐘だったのだが、今は逆に苦しくなる。ありがとうと言いながら、恋鐘は笑おうとしたのだが、その表情はとても中途半端な、笑っているのか泣いているのか分からないようなものになってしまった。
それでもなんとか笑顔を作り、恋鐘は伊庭と会話した。
「どうして事務所におると? 今日は、摩美々とお仕事じゃなかったん?」
「おいおい、忘れてたのか?」
「――え?」
今日は週一の「情報交換会」の日じゃないか。だから戻ってきたんだ。そう言われた時、恋鐘はドキッとした。
「――そ、そやったね」
「ははは、しっかりしてくれよ、恋鐘」
「う、うん。うち、うっかりしとったばい。えへへ……」
大切な彼と話ができる、週にたった一度の機会を忘れていた。その事が、恋鐘にはとてもショックだった。今日は朝起きたときから、レッスンのことばかり考えていた。前は欠かさず作っていた差し入れも、当然今日は手元に無い。
「最近、遅くまでレッスンして、疲れとったから――」
「分かってるよ。恋鐘は努力家だもんな」
恋鐘の言い訳のような発言にも、伊庭は笑顔でうなずく。伊庭が恋鐘のプロデュースを離れ、恋鐘が表情を曇らせていったのとは対照的に、伊庭の表情はとても明るくなった。それは、恋鐘のプロデュースが暗礁に乗り上げる前の、彼本来の笑顔である。その笑顔に惹かれて伊庭を慕うようになった恋鐘には、それが痛い程に分かった。
(うちはやっぱり、プロデューサーや、アンティーカの皆の脚を引っ張っとったん?)
伊庭の明るい雰囲気は、恋鐘にそれを告げているように、彼女には感じられる。長崎弁が抜けきらない自分は、東京で輝きたいと思っても無理だったのかと、クールには程遠い性格の自分は、アンティーカというユニットのセンターを務めるには不適格だったのかと。
(うちはやっぱり、プロデューサーのアイドルには成れんと?)
伊庭は別に、そういうことは言っていない。だが、恋する相手が、自分と離れたことで、まるで重荷が取れたような顔をしているのだ。少女がその思考に陥ってしまうのを、誰が責められるだろうか。
「プロデューサー……」
「ん? どうした? 恋鐘」
「プロデューサーは……うちが新曲を貰って、喜んでくれると?」
ひきつった笑いで、そのすがり付くような目を隠し、恋鐘は尋ねた。伊庭はその問いに躊躇なく頷く。
「ああ、もちろんさ!」
「プロデューサーは、うちを、応援してくれる?」
「当然だろ。ライブも、絶対見に行くよ」
「うん……。うん、ありがとう」
期待していた通りの言葉が帰ってきたはずなのに、恋鐘の気持ちは晴れなかった。自分の担当アイドルが、他のプロデューサーにもらった曲を、他のプロデューサーが演出するライブで歌うというのに、伊庭はこれほど屈託がない。嫉妬など、欠片もしてくれない。
「ありがとう……プロデューサー」
その感謝の言葉が、何の感情もこもっていない空虚なものである事を、客観的な冷めた目で見る自分が居ることに、恋鐘は気付きかけていた。
「ああ、でも、1つだけ思ったんだけど……」
「え?」
「レッスン室の外から恋鐘が歌ってるのが聞こえたんだ。このパートだけど、もっとこんな風に歌った方が良いんじゃないか? 楽譜を貸してくれ」
「う、うん」
恋鐘は伊庭に新曲の楽譜を見せた。そこには恋鐘と――それから陰平の字で、たくさんの書き込みがしてある。伊庭は喋りながら、そこに自分のペンで気付いた指摘を記入した。
(……っ?)
その時、恋鐘の中に不思議な感覚が生まれた。
彼女はほんの少しだけ、伊庭がそこに書き込みをすることに、ほんの少しだけスッキリしないものを感じたのだ。
「――って考えたんだけど、どうかな?」
「そ、そうばいね」
伊庭は至近距離で、恋鐘の顔を覗き込んだ。
伊庭の指摘は、どれも的はずれではない。むしろ的確であり、恋鐘にも、彼の指摘を受け入れた方が、歌唱のクオリティがさらに上がると感じられた。だから、それを受け入れることに躊躇いはない。ただ、ほんの少しモヤモヤとするだけだ。
「プロデューサーの言う通りにしてみるばい」
それから流れで、恋鐘が伊庭の前で何回か歌ってみるということになった。伊庭は腕組みをして恋鐘の歌声に耳を傾け、そこで気付いたことにもアドバイスをしていく。その中には、恋鐘が取り入れようと思うことも多かった。
「うん、ぐっと良くなったんじゃないかな」
一時間ほどそうやって練習して、伊庭が満足そうに頷いた。
「そ、そやね。ありがとうプロデューサー」
しかし、恋鐘は不安だった。
歌のクオリティは確かに上がったかもしれない。でも、この曲をくれた陰平の承認なしで、勝手に他人のアドバイスを受け入れても良いのだろうか。
「それにしても、陰平さんはまだかな」
「……っ!」
「陰平さんが約束した事を忘れるはずがないし……どうしたんだろう?」
伊庭の口からその名前が出て、恋鐘は慌てて周囲を見回した。陰平の目に入らないように、伊庭が指摘を書き込んだ楽譜も隠した。しかし、居るはずはない。自分と伊庭以外に誰も居ないと確認して、恋鐘はホッとした。
「ああ、メールが入ってた。――――恋鐘、陰平さんはイルミネの現場から離れるのが遅れたから、今日は来れないって。打ち合わせは俺たち二人でしておこう」
「う、うん」
そして、そのまま彼らはレッスン室で、恋鐘の近頃の仕事について話をした。誰の邪魔も入らない、二人だけの時間。それは伊庭が恋鐘のプロデュースをしていた時にはしばしばあった場面であり、恋鐘は彼とのこの時間を取り戻すためにも、今まで頑張ってきたはずだった。
実際、恋鐘は伊庭と二人で話せて嬉しかったし、楽しかった。しかし、彼女の胸の奥には、さっき感じたモヤモヤと似たような感情も依然としてくすぶり続けていた。
「じゃあ恋鐘、またな」
「うん、プロデューサー……」
彼と別れるときの切ない名残惜しさも、その感情が邪魔をして、十分に感じられない。
「ん? 智代子じゃないか。何してるんだ、そんなとこで」
「あ、プロデューサーさん、恋鐘ちゃん!」
恋鐘たちがレッスン室を出ると、廊下に置かれたベンチの側にしゃがんで何かをしている、お団子頭にツインテールの少女がいた。放課後クライマックスガールズ所属の、園田智代子だ。
「別に何でもありませんよ!」
「夏葉と自主トレじゃなかったのか?」
「う゛っ……」
「逃げてきたんだろ」
「だって聞いてくださいプロデューサーさん! 私たちはアイドルであって、金メダルを目指すアスリートじゃないんですから、バーベル上げや懸垂なんてできなくても許されるでしょう!?」
智代子は涙ながらに訴える。やれやれと伊庭が言い、それから彼は、智代子が手に持っているものに目を止めた。
「智代子、なんだそれ?」
そう、それは恋鐘も気になっていたのだ。
「え? 新作のチョコですけど。あ、こっちですか? こっちは今、ここで拾ったんです。ひょっとしたら恋鐘ちゃんのかなって」
「また食ってるのか……。いや、それが恋鐘の物なわけ無いだろう」
「まあそうですよね。恋鐘ちゃんはネイティブですもんね」
「事務所の誰かが落としたのかな?」
「恋鐘ちゃんと仲良くなりたい誰かがですか?」
二人のやり取りを聞きながら、恋鐘だけが、智代子が手に持つ「それ」に目を奪われ、顔面を蒼白にして言葉を忘れていた。
「長崎弁のポケット辞書なんて、どこの本屋で買えるんですかね?」
「聞いたこと無い出版社だ……。こんな本が世の中にあったんだなぁ」
それは絶対に陰平の私物だ。そして、彼は今の今まで、この廊下に居たに違いない。きっと彼は、恋鐘と伊庭が二人で楽しそうに新曲を練習するのを、このベンチに座って聞いていたのだ。
ただの推測にすぎないのに、それが間違いのない事実であると、恋鐘は確信した。
(――うち、どれだけ酷か――恩知らずな女子なん?)
とんでもないことをしてしまったという後悔が、恋鐘の心を襲ってきた。