※この作品はR-18です。

種島さんは小鳥遊くんを寝取ったようです   作:w_o_bear

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1.先輩

 種島が店に入ると、既に目的の人物は席に着いていた。机の上に置かれたコップは汗をかいており、水だまりを作っている。種島は自身の経験から、彼女が三十分程度は早くに来たのだと考えた。

 早めに着いて、彼女を待ち受け、用件を切り出そうという算段に機先を制された形だ。軽く息を吐き、呼吸を整える。そうでなくとも、気の重い話だった。目の前の彼女にとっても、それは同じだろう。

 伊波まひる、十年前には親友とも呼べた間柄だった。その関係は長く変わらず、あるいは今でもその関係を取り戻すことも不可能ではないのかもしれない。自分と伊波の間に、一人の男さえいなければ。

「おはよ、伊波ちゃん」

「お久しぶりです、種島さん。」

 種島の目には、井波の姿が以前と何ら変わりなく映った。何ら変わりがないということが異常だとも思った。種島に十年の時間が流れたように、伊波にも時は平等に訪れたはずだった。その時間を感じさせぬことが信じられない。

 同時に、種島は伊波が十年来付き合ってきた恋人を奪っている。ありていに言えば、寝取っている。その相手をして、平然と笑顔を見せられる伊波の神経が種島には分からなかった。そのことが種島の笑顔を曇らせた。

 精神的に遅れを取っていることは十二分に自覚があったため、種島はさっさと用件を切り出そうと考えた。その思考が読まれていたとも思えないが、伊波はごく自然とメニューをすべらせ、

「何にする?」

 と聞いてくる。種島の心境としては何がしかのどを通すという余裕はない。楽しむどころか、胃が食べ物を受け付ける気がしない。仕方なく、

「コーヒーでいいや、伊波ちゃんは?」

 とお愛想で話を振るに止めた。伊波はウェイトレスを呼び止めると、種島の注文を取り次いだ。ついで話を制するかのように、伊波の注文していたらしいメニューが届く。サラダにパスタ、フライドポテトを追いやって

「種島さんも一緒に食べよ」

 などと言う。これだけ料理が並べば、当然話は食事を終えてからということになる。直に届いたコーヒーをすすりながら、種島は気の乗らない会話を続けることになる。ペースを握られ通しで、ただでさえ憂鬱な気分が落ち込んでいく。

 例えば、

「種島さんって、コーヒー、ブラックで飲めるんだっけ?」

 という言葉でさえ、嫌味のように聞こえてしまう。伊波が知る由もない。種島がブラックコーヒーを飲み始めたのは大学時代の恋人の影響だった。サークルの一学年上で、憧れの先輩と喋る機会を作る口実だ。

 当初ブラックコーヒーは苦いだけで、とても人間の飲み物とは思えなかった。無理をしなくてもいいと笑われながらも、横にいる時間を増やすために飲み続けた。胃をやられながらも舌をならし、今ではミルクや砂糖などを受け付けない。

 

 ひどい男だったと思う。サークルにいた間、種島と男は良い先輩後輩でしかなかった。就職活動に失敗し、落ち込む男を慰めたところから、二人の交際は始まった。そう思っていたのは、種島の方だけだったわけだが。

「先輩なら、きっと良いところに受かりますって」

 煽るように酒を傾ける男に向かって、種島は精一杯の笑顔を見せた。落ち込む相手に笑顔を見せるのは種島なりの励ましだった。いつでも明るく全力に取り組む。それが種島の持ち味であり、落ち込むよりは笑って過ごした方がいいという気遣いでもあった。

 胡乱な目をした男は種島の頬を撫で、唇をなぞった。二年もアピールしてきて、こうしたリアクションが返ってきたのは初めてだった。種島の胸に暖かいものが流れる。潤んだ瞳の種島は、そのままホテルに流れ着いた。

 シャワーを浴びる間もなく、部屋に入ると男は種島を押し倒した。突き飛ばしたという方が近いかもしれない。うつぶせにベッドに倒れこんだ種島にのしかかり、乱暴に下着が外される。思い描いていたものとはまるで違う、強引な展開だった。

 下腹部に冷たいものが流れ落ちる。ついで、無骨な指が中外と塗りこめ、塗り広げる。後に、それがローションと呼ばれる潤滑油であることを知った。そんなものが部屋に備え付けられたホテルを、男は知っていたわけだ。ほとんど前戯をすることもなく、男の逸物が種島を突き破った。

「っ!」

 声にならぬ声が漏れ、苦痛が全身を駆け巡った。不思議なものだった。痛みを感じるのは股の間だけだというのに、爪先や肩甲骨の表面の皮膚、頭頂部のつむじといった部位にも痛みは波及した。錯覚だったのかもしれない。

 男が抽送を繰り返すたび、波のように痛みが訪れる。しかし、それもそう長い間のことではなかった。子どものような体をして、男を受け入れることに慣れぬ体である。相当に狭く、きつい。耐えかねた男は十数回も突き終える前に、あっさりと射精に至った。

 シーツを噛み、涙を塗りこめた種島も嵐が去ったことを悟った。おずおずと顔をあげると、夢から覚めた子どものように後を振り返った。男は呆然とたたずみ、自身でも事の次第を理解していないように見えた。

 その顔を見て、種島はさきほどまでの悲しみや怒りをどこかに忘れてしまった。なくなったわけではないが、それがどこにあったのか分からなくなった。代わりに、途方に暮れた男の表情に心が締め付けられ、守ってやらなければいけないのだという思いが去来した。

 男の頭を垂れさせ、抱きかかえた。大きな胸に抱えられた男は赤子のようで、安らいでいるように見えた。種島は自身の胸にコンプレックスを抱いていた。童顔に不釣合いの胸は、周囲の男の欲望を刺激するアイコンでしかなかった。

 しかし、今この瞬間に大きな胸は母性ともなることを知った。憧れの先輩、強くたくましく思えた男が、自身の胸の中では子どもに帰る。それが嬉しく誇らしくも思える。二年越しの恋が実ったのだと思えた。

 男はしばしば種島を食事や遊びに誘うようになった。叶わぬはずだった恋が現実のものとなり、夢のような一時に思えた。デートの終わりには必ずホテルへ入り、体を許す。ゴムをつけるよう頼んではみるものの、懇願されれば断りきれない。

 それに子どもができることも、そう悪いことではないように思えた。男は仕事を探している最中ではあるが、見つかりさえすれば生活もできる。卒業後は家庭に入るという選択肢も現実のものに思えた。

 そんな浮かれた気分も、ある日のサークル棟で潰えた。外階段をくだっていると、種島の耳に男を含めたサークル員たちの会話が漏れ聞こえてきた。

「ようやっと内定もらえてよかったっすね」

 という軽い調子に、種島の鼓動は乱れた。仕事が決まったのなら、何故自分には連絡が来ないのか。まず何よりも一番先に恋人である自分へ一報入れるべきではないか。たまたま、今さっき連絡が来たのかもしれない。自分を優先しろというのも身勝手だろうか。

 そうやって自分の気持ちをなだめても、釈然としない気持ちは残った。数歩足を進めるだけで、男の前に立てる。出て行って話を聞けばいい。そうは思いながらも足は動かず、男たちの馬鹿なやりとりが耳を滑っていく。

「種島さん、どうするんっすか?」

 不意に出された自分の名に、悲鳴を押し殺す。心臓が高鳴り、階下まで聞こえるのではないかと思える。その心配も、すぐに杞憂となった。

「どうするって、どうもしねえよ。なんで俺がセフレの心配しなきゃいけねえんだよ」

「ひっでー。だったら、俺がもらっていいっすか?」

「いいよいいよ。ちっこいけど、おっぱいでかいし、締りもいいから、後ろからやる分には最高だぜ」

 爪が手のひらを噛む。痛いくらいという表現もあるが、種島は痛みを感じなかった。足音を立てぬように、不思議なほど冷静に、種島はサークル棟を立ち去った。女子トイレの個室にこもると、全身に震えが走る。

 指を開こうとしても、意に反してぴくりとも動かない。どうにもならず、下着をつけたまま腰をおろすと、胃の中が暴れだす。慌てて便器に向き直ると、のどの奥から吐瀉物が流れ出した。固形物が尽きた後も吐き気は収まらず、時間も忘れ、便器の底だけを見つめて過ごす。

 そういえば、と思い返す。あの男に求められた時、それは必ず背後からだった。互いに風呂へ入ると、背後から胸を触り、背後から挿入し、背後から突いていた。それは単純に、彼が好きな姿なのだろうと思った。顔を合わせるのが照れ臭いのかとも思った。

 何を言っても、そんなことを男に聞くのが気恥ずかしかった。女友達に聞きたい気持ちがなかったわけではない。しかし、マスコットのように扱われる自分が既に男を知り、体位の相談をするということに抵抗があった。すべきだったと思う。

 何を望まれても、種島はそれを受け入れた。男の我がままを聞き入れるのが女の度量であると思ったからだ。例えば、行為を終え、濡れそぼった逸物を口で清める。本来汚いものに口を寄せることが愛情なのだと思った。

 尻でしたいと言われた時も、進んで差し出したわけではないが、強く拒みはしなかった。自身の汚いところにまで執着することが男からの愛情に感じられた。ホテルのトイレにまたがり、嬉々として座薬を押し込んでいた自分の姿が今でも鮮明に思い浮かぶ。

 そういった全ての行為が男にとっては遊びでしかなかった。男の精子は胃の腑に落ち、既に体の一部になっている。男のものを受け入れた尻穴は広がり、逸物も受け入れられるほどの大きさにまで広げられている。

 今の自分は何なのか。男の好きな体に作り変えられた自分は、一体何なのか。いくら便器に吐き戻したところで、何も変わらない。この指、この目、この髪は男の精子でできている。ぽっかりと開いた穴は戻らない。何一つ戻らない。

 その日を境に、種島はサークルの出入りを辞めた。男からも連絡は届いたが、三度も無視をするとそれきりだった。つまるところ、男にとって種島は三度の連絡で捨て去ってしまえるものだった。

 

 そのことを思い返すと、種島は伊波の笑顔が急に薄っぺらいものに見えた。目の前の女は何も知らない子どもに過ぎない。男に弄ばれたことも、捨てられたことも、それどころか体を許したこともない。何も知らないから笑うことができる。気圧されていた気持ちが、いつしか立ち戻っていることに種島は気づかない。

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