種島さんは小鳥遊くんを寝取ったようです 作:w_o_bear
その男が嫌いだったわけではない。愛情はあった。ただ、それは女が男に向けるようなものではなく、種島がサークルにいた時に抱いていたものでもなかった。言うなれば、従順で素直な犬に向ける気持ちに近い。
彼は種島の持った、初めての後輩だった。小さな会社ではあるけれど、新入社員は数名ずつ採用していた。大枠で言えば、二十五になった種島の後輩は六名になる。彼らは営業部であったり、製品開発部に所属しており、実際に顔を合わせることはほとんどない。
種島のいた部署に配属され、実質的な後輩となった初めての一人だったというだけだ。それまでは部の一番の新入りであり、小柄の種島は猫っ可愛がりにされていた。分からないと言えば快く教えられ、もたつく作業も許される。
入社当初、懸命に仕事をこなしていた時期であれば、気にするゆとりもない。三年も経ってみると仕事を覚え、じょじょに余裕を持てるようになってくる。ぬるま湯のような状況は居心地が良いけれど、座りの悪さを感じ始めた頃だった。
実際、見計らってのタイミングだったのだろう。教育係は種島になる。教えることで教えられ、とは言うものである。一から仕事を教えることで改めて学ぶものがあり、聞かれることで成長もする。
言われたことは素直にメモし、分からなければ素早くたずねる。社会人として当たり前と言えば当たり前ではある。しかし、教える側にしてみれば理想的な後輩でもあった。その原動力が種島への愛情であることは誰の目にも明らかであった。
種島が男を近寄らせずにいることは周知の事実であった。普段は年上の女連中に囲まれ、ほのぼのと過ごしている。小さく可愛らしい外見からいっても、恋人を作らないのは自然のことのようにも見えた。
だが、部内のアイドルに恋心を抱く男が現れれば、状況も変わってくる。それまでは種島に気を使い、異性の関係には触れずにいた。だが、種島も妙齢の女性である。結婚に期限はないといえ、若いうちにできるのならさせてやるのも親切ではないか。
例えば、新年会を開く。若者二人に幹事を任せることで自然に距離を縮めさせよう。あるいは、仕事の長引きそうな時は均等に配分し、駅まで送って帰らせる。周囲の期待は圧力になり、種島を圧迫した。
迷惑、と感じぬわけでもない。惚れた腫れたに臆病になり、極力男性を遠ざけてきた種島である。いくら可愛い後輩であろうと、半ば強引に関係を結ばせる空気にうんざりする気持ちは当然にあった。
一方で、このまま一生男性を避けていくことはできるのだろうか。また、できるとして、何になる。種島の友人にも男性恐怖症から近づく男を殴ってしまう少女がいた。決して彼女を否定するわけではないが、治るのなら治せと言ったのは自分だった。
それに、種島は後輩のことも嫌いではない。恋愛感情は抱けないけれど、それも一時のことかもしれない。好くよりは好かれる方がいいとも言う。愛情でなくとも、情なら抱けるだろう。どうしてもだめなら、別れるという選択肢もある。
周囲をやきもきとさせていた関係は、後輩が入社して二年目で結実した。特別なイベントがあったわけでもない。何度目かの誘いを種島が受け、初めて社外で二人きりで会う約束をした。気を許した証だった。
誰が悪いという話でもない。しいて言うなら、恋愛から遠ざかったまま、いきなりに恋人関係を作った迂闊さなのだろう。種島にとって恋人とは好き合うということであり、体を許すことに直結している。そのような恋愛しかしていなかったからだ。
初のデートの帰り道、しごく紳士的な後輩の態度に種島は戸惑った。あるはずのものがない、と感じたからだ。種島にも性欲はある。体は小さくとも、相応の歳である。すっかりと体を作り上げられていたから、一人寝の寂しさを感じる。
種島にとって愛情はないにしても、するものだとばかり思っていた。その予定で来ていたのである。このまま駅まで帰るのだろうか、と歩く道すがらだった。ふと見つけたホテルの看板を指差し、
「いこ」
と男を誘った。後輩にしてみれば、憧れの先輩とデートに漕ぎ着けただけで精一杯だった。それで十分に幸せだったと言える。学生時代に恋愛経験がなかったわけでもないが、まさか初のデートでそこまで行くとは思ってもみない。
ただし、据え膳食わぬは何とやらとも言う。正式に恋人となったのは最近だけれど、出会ったのは二年も前だ。多少早足であっても、異常とまでは言えないだろう。むしろ、それだけ自分を欲してくれていたのだと思えば、男として嬉しくもある。
半ばの虚勢、幸福感は部屋へ入ってすぐに、消し飛んだ。受付を済ませ、指定された部屋に入るなり、種島は男の股間に頬を寄せた。ジッパーを手早く下ろし、風呂にも入らず汚れた逸物を躊躇なく銜え込んだ。
男としての快感はある。回避のしようもなく、男のものはそそり立った。体の高揚とは裏腹に、男の心は青ざめ、冷え切っていった。小さな菓子すら割って食うような女性が、逸物をのどの奥まで導いている。
どれだけのことを仕込まれたのか。否、仕込まれたというだけならいい。許しがたくはあるが、受け入れられる。しかし、手馴れた動きは素人にしては都合が良すぎはしないか。考えぬようにしよう。そう思いながらも、男は想像を止められない。
ところで、種島は以前の男を参考にして、口戯を行っている。これくらいなら耐えるだろう、とか、もう少しで出るだろう。そういった予想も全て同じである。だが、そんなものは人が変わればいくらでも変わる。
種島が二、三度舌を動かした時には、男はあっけなく射精をしていた。思いがけぬタイミングで放たれた液体は種島の口内を暴れ、のどに押し込まれた。種島は射精したと見るや口の動きを止め、口をすぼめて液体を吸い取った。その様は男の邪推を裏付けるものに思えた。
口の端から流れる液体を指に取り、改めて口内に運ぶ姿は場違いに愛らしい。それが子どものものであれば、可愛らしいと思えたかもしれない。行きつ戻りつする思考を前にして、男のものはぴくりとも動かなくなった。
二人が付き合うようになった、と知らせは部内を駆け巡った。となれば、どういった進展を遂げているのか、物見高い男たちに聞かれることもある。三日、五日、一週間と続けば、さすがに黙ってもいられない。
そこで、ぽつりと悩みをこぼしてしまった男を責めることはできないのだろう。最初は馬鹿な冗談と笑われた言葉だが、男の顔色によって真実と知れた。すると、彼らの心にも不思議と、裏切られたような気持ちが芽生えてくる。
ある朝、種島が出社すると、すれ違い様に、
「淫売」
とつぶやかれた。振り向けば、顔馴染みの女性社員が去っていく。種島は愛されていたが、万人に好かれたわけでもない。もてはやされれば、それだけ嫌う人間も出てくる。表面には出さずとも、苦々しく思ってきた。だからそれは突如、ではあっても唐突ではない。
細かな嫌がらせに、種島はよく耐えた。七十五日とも言う。時間さえ置けば、いつかは必ずなくなってくれる。あれから余所余所しい後輩を横目に見ながら、仕事に精を出した。それは確かに種島の助けにはなった。もう大丈夫なのだ、と思えた。
それは社全体の忘年会の日だった。普段なら見ることのない他部署の人間も多く出席しており、種島は上長のあいさつ周りに酌係として付き添うこととなった。何事もなく仕事をこなし、お開きとなる。
その帰り際、やけに多くの男が種島の後を追った。男の性欲に人一倍敏感な種島であるから、何を期待されているのかは瞭然である。ところが、そんな視線を浴びる理由が分からない。この段になっても種島は後輩の話したことを知らずにいたからだ。
しかし、それもすぐに判明した。何故なら、男の一人が
「俺にも即フェラしてよ」
と言い出したからだ。その言葉を聞き、ようやく種島は事態を了解した。突然罵声を浴びたことも、それから嫌がらせが続くようになったのも、そのせいだったのだと悟った。後輩が裏切られたと感じたように、種島もまた後輩に裏切られたと感じた。
同時に、男たちが種島に求めていることも明確に予想がついた。種島は慌てて駆け出した。駆け出さず、駅までゆるりと歩いていれば、それで済んだ話であったのかもしれない。人は不思議と、逃げ出したものを追う癖がある。
慎重さがある。酒の酔いもあった。あっさりと腕を捕まれた種島は大きな声で叫びをあげた。繁華街である。誰が通報したものか、すぐさま警察が駆けつける。無事に家へは帰りついたものの、失策を施したことは明白だった。
警察沙汰になったことから、そこに至る経緯まで何一つ細大漏らさず会社には伝えられた。悪いのは後輩であり、男たちでもある。論理的に言えば、そうとなる。しかし、その中心に位置する種島が厄介者であるとは誰しもが思った。
六年いた会社は辞表一枚であっさりと片をつけた。部屋を引き払い、荷物を捨て、手提げのバッグを一つだけ手にして飛行機に乗ったのは考えがあってのことではない。むしろ、考えずに済むようにした結果だった。空の上から見た故郷が、種島の目にはやけにちっぽけに見えた。