種島さんは小鳥遊くんを寝取ったようです 作:w_o_bear
二人きり、とは酒屋での話ではない。今更なずなが席を立っても、不自然なだけだった。不調を理由にすれば、妹想いの小鳥遊は大人しく座っていないだろう。
だから、その言葉は今すぐの話ではない。もう少し酒を飲んで、会計をして、その後の話だ。そこほど上等な店ではないが、個室はいくらかある。その洗面所に並び、見つめ合う。ひとみの奥に宿るものを交わし合う。
種島が何を望んでいるのか。それがなずなには分かった。理解されたこと、それ自体を種島も察した。感情をいくらか束にして、まとめあげただけのことなのだ。それだけのことを言葉にするのが、ひどく難しい。見るということが、一番に近いやり方だった。
種島は、腹の奥の方で理解ができた。横にいる男が芯から再会を喜んでくれているのと同時に、そのことを絶望している。嬉しいから、悲しい。嬉しいことが悲しい。何故なら、旧友との再会が何より嬉しいということは、同じだけの喜びは身近になかったということだからだ。
冬場に一日外で作業をして、部屋に入る。特段、温めたわけでもなかった室内にほっと一息つく。それと同じだ。種島は変わった。変わってはいるが、やはり、暖かい生き物だ。その暖かさを感じるからこそ、自身を取り巻く環境に後ろめたさを覚える。
かつての自分なら、そこで止めただろう。葛藤を押しつけるようなものだ。自身の存在に問題があるのなら、身を引く方がいい。そう考えた。今は違う。種島の脳裏には、その人の顔が浮かんでいる。全ての事情を察しているわけではないが、漠然とした状況は分かる。だから、どうした。
あるいは、捨て鉢だったということなのだろう。少なくともこの時の種島は、親友から男を取るつもりは毛頭なかった。ただ、この優しい生き物を手放したくなく、誰かの元に帰るのだとしても、温もりが欲しい。身勝手ではあれど、分を超える気はなかった。
無言で携帯の光を消し、なずなは席へ戻った。少しばかり時間をずらし、種島も戻った。猶予があったせいか。小鳥遊の頬には多少の赤みが戻っていた。女ばかりに囲まれて育ったせいだ。誰に聞かずとも、小鳥遊は二人が何がしかのやりとりをしてきたことが分かった。ただ、それがどういった種のものか、予測の範疇を全く超えたものであるとは気が付かない。
二時間ばかり飲むと、夜も深まる。ファミレスであるワグナリアの夕方シフト上がりなのだから、始まりも早い。居酒屋としては、これからが本番といった時刻である。なずなが腕時計をちらりと眺める。
「ちょっと欲しい本があったんだ」
今行けば、まだ間に合う。そんな言葉を切り出せば、自然とお開きになる。会計を済ませると、帰りをどうするかという話になる。小鳥遊としては、妹も種島も一人で帰すわけにも行かない。首をひねると、なずなが笑った。
「お姉ちゃんに来てもらうから大丈夫だよ。お兄ちゃんは種島さんを送っていってあげて」
三女の梢は女だけれど、護身術の専門家である。自身よりも強いとあって、小鳥遊も素直に頷くことができた。その脇で女同士が目配せしているのは、目に入らない。
夜道の明暗はくっきりと分かれる。居酒屋の雑多な臭いが通りを流れ、その合間にパチンコ屋が収まる。ビルの立て看板にはキャバクラやスナックの文字が並んでいた。
その道を一本も外れると、急速に音が遠ざかる。明かりはある。それが音の有無だけで、不思議と暗くなるのだ。そっと寄り添った熱の塊は、暗闇を紛らわすためのものなのだろう。小鳥遊はそう思った。
アルコールでまとまりの欠いた頭を、必死に真っ直ぐの方向へ置き換えようとする。側頭部に力を込めれば、数秒の間だけ真人間を取り戻せるような気がした。過つな、と。
これほど近くに女を感じたことは、これまで一度もなかった。姉の介護は未だに続いているけれど。それは別だ。いや、かつては種島も同じくくりだった。女ではなく小動物で、劣情を催すこともなかった。ないはずだった。
しかし、今横にいる女は違った。種島は変わらず小動物的な愛らしさを保っている。と同時に、雌でもある。ほんのちょっとした仕草に艶がある。明るさの裏に暗がりがあって、そのひだの部分がひどくやわっこい。夜道の、暗がりを、二人きりで。冷静でいようと、考えるほどに熱が回っている。
角をいくつ曲がったろうか。種島の視界に目当てのものが飛び込んだ。知っていたわけではない。ただ、あるだろうとは思った。東京にも、地元でも、繁華街にはあるものらしいから。
「ねっ、ちょっと休んでこ」
体温を感じるほどに近づいた。男の袖を引くと、ぎくりと足が強ばった。どちらだったろうか。彼もそうだが、種島にしても怖くないわけではない。強引に躾られ、弄ばれた場所だ。ただ、地元の土を踏んだ時ですら思うことのなかった。帰ってきた、という思いはあった。
そこでこの男と交わるのだと思うと、耳が焼けるほど暑い。その熱を感じて、ようやく自分は興奮しているのだと気が付いた。冒されるようにして、二人はホテルの入り口をくぐっていった。