ようやくここまで来た。
アスナが捕われているのは世界樹の樹上。そこへたどり着くためには樹の根元にあるドームの中のゲートを突破しなければならない。
ゲートの突破はアルヴヘイム・オンラインにおけるグランドクエストであり、これまで幾多の軍勢が攻略を試みるもゲートを守護するガーディアンが突破を阻み続けている。あまりの高難度さに、現時点では《突破不可能》という話が共通認識になっている。
それでも、行かなきゃいけないんだ。
ーーー待ってろよ。アスナ。すぐに行くからな・・・。
ドームの大扉の前に立った途端、粘つくような笑いを含んだ甲高い声が響き渡った。
“いやぁ、驚いたね!こんなところまでゴキブリが迷い込んでくるとはね!“
抑えきれない嘲弄の色を含んだその声には、聞き覚えがあった。眠るアスナを前に、俺を英雄くんと揶揄したあの男の声。
「須郷!!」
"チッチッ、この世界でその名前はやめてくれるかなあ。君らの王に向かって呼び捨ても戴けないね。妖精王、オベイロン陛下と、そう呼べ!"
声の語尾が高く跳ね上がって絶叫に変わり、同時に俺の視界に突然ウインドウ画面が表示され、オベイロンの醜悪な笑みをたたえた顔が飛び込んでくる。
“どうかな?この視界共有の機能は?今度のアップデートで導入される予定なんだけどね。特別に試用させてあげるよ!“
強制通信に意識を奪われそうになったが、俺は意識してそれを視野の隅に追いやる。
「須郷・・・貴様!」
リアルとは姿が違えど、俺にはわかった。この男は須郷だ。アスナの魂を強奪し、こんなところに閉じ込めた、憎んでも憎み足りない男。
"それにしても桐ヶ谷くん。いや、キリトくんと読んだほうがいいのかな?まさか本当にこんなところまで来るとはねぇ。勇敢なのか、愚鈍なのか。そんな君に敬意を評してこれから楽しいショーを、特別に君に中継してあげるよ。"
「どういう意味だっ!?」
オベイロンを映していたウインドウ画面の視点が切り替わる。
表示されたのは薄暗い部屋。真ん中にはライトアップされた粘液質のプールが置かれている。
プールの中に・・・アスナが横たわっていた。へそが見える白いワンピースに身を包んだ身体がどっぷりと漬かり込んで、粘液が纏わり付いている。
「アスナ!?須郷っ、貴様っ、アスナに何をした!?」
『・・・っ!?キリト君!?来て・・・くれたんだね。』
アスナにもこちらの声が届いているようだ。
特に身体を拘束されている様子はないようだが、プールから抜け出すことができないのだろうか?
「アスナ、動けないのか?」
『それが・・・どうしてだか・・・身体に力が入らなくて』
プールの縁、身動きの取れないアスナの目の前にまでオベイロンが近寄り、舐めるようにじろじろと見ている。
"小道具は色々用意しているんだがね、これはその中でもとっておきだよ"
オベイロンがアスナに手を伸ばす。髪を触り、腕を撫でようとする。
『や、やめて・・・触らないでっ・・・!』
"見えるかい、キリトくん・・・?この溶液には3つの特性がある・・・。ひとつ、触れている者に麻痺ステータス異常を付与する!!"
「なんだと・・・」
あのプールから引き出さない限り、アスナは自分の意思で動くこともできないということか。
"そして、ふたつめは・・・おや?そろそろ効いてきたかな?"
粘液に塗れた衣服がまるで水に濡れたティッシュのように、ボロボロに溶けて、流れ落ちてゆく。
『嘘・・・これは・・・!?』
"ふたつっ!武具・装飾品の耐久力を減少させっ!溶かしっ!アバターの身体をむき出しにする効果っ!"
『・・・っ!そんな・・・?』
"そ〜ら?早く脱出しないと素っ裸になってしまうよ?まあ、麻痺してるから動けないだろうけどね!"
『なんて悪趣味・・』
"ふひひひっ・・・どんなに抗っても、最後にはあられもない姿にっ!その経緯が実にそそる訳だが、さて、キリトくんもそそられるかな?"
「貴様あっ・・・須郷おおっ・・・!」
"はははははっ!さあゲームの始まりだ!ガーディアンを突破し、アスナくんが素っ裸になる前にここにきてみたまえ!もっとも・・・ここまでたどり着けないだろうがな"
大扉が地響きを轟かせながらゆっくり左右に開いていく。
俺は己を叱咤するように雄叫びを上げ、猛然と地を蹴り、ドーム内に突入した。