偽蟲 ニセノムシ 作:淫徳
第十一蟲
現在、茶髪の女性にこっぴどく叱られている風香を遠い眼で眺めながら、夜が更けてきたなと琴美は、嫌に明るい三日月の光に眼を細め思っていた。
風香の家は、琴美と会った小学校から徒歩で数時間かかる場所にあり、歩いて風香を家に送り届けた頃には、もう日は沈み、綺麗な星が爛々と輝く時間になっていたのだ。
ふと遠くにかすかに見える暗い森に視線を向けると、未だに見つかっていない少女二人の行方が気がかりになる。
高校生であろうとも、暗い森の奥で一夜を過ごすというのは、相当のメンタルが無いと出来ないことだ。
優秀な登山家でさえ、夜の登山、下山は避けるというのに、今森へと入ってしまったのは、幼い少女。
いくら片方が活発、猪突猛進で名高い舞とは言え、森へ入る際のいろはを知っているかは怪しいところだ。
夜の森は怖いと言うだけでなく、様々な危険に晒される確率が、昼間より跳ね上がることを彼女達は知っているのだろうか。
例えば熊だ、美土里町の森には少数だが熊が生息している。
鈴や熊対策をせずに森へ入ったら、運悪く…なんていう悲劇は全国で何件も起こっている。
それに、今は夏場、運悪く蜂の巣を壊してしまったりしたら、山蛭、マダニに吸血されてしまったら、注意点を上げればきりがない。
家に帰る途中、琴美がそれとなく風香に聞いてみた舞と雪の服装は、琴美が苦笑いを通り越して引いてしまうほどの軽装だったのだ。
森へ入るにあたって、ワンピースは有り得ない。
第一に考えなければいけない虫害を全く考慮していない服装に琴美は絶句した。
これでは、マダニや山蛭に血を吸われ下手をすれば死んでしまいかねない状態に陥ってしまうと言うことも有り得るではないか。
琴美は、小学時代、優秀な頭を持った人間に山の怖さと言う物を、ホラー映画チックに教えて貰っていたので、この今現在が極めて危険な状況だと言うことが分かったのだ。
叱られ、そして母親にこれでもかと抱き締められている風香に水を差すのは悪い気もしたが、琴美はまだ聞いていなかった事を質問した。
恐らく、これで少女達に迫っている危険度がおおよそ把握できる。
「ねえ、風香ちゃんが舞と雪ちゃんと別れてどれくらいの時間が経ったの?」
これは風香にしかわからない、今も少女二人を探す親たちでさえ、家を出た時間はわかっても、森へ入った時間などわかろうはずもない。
何故なら二人は、風香もいれた三人は、森へ入ることを親たちに禁止されていた為、怒られることを嫌い黙って行ってしまったのだから。
風香の母親も琴美のした質問に興味を持ったらしく、抱き締めた手を離し風香の顔を見据えた。
「あ、っと…私が家を出て…森についてから30分…くらいかな?」
二人が何を心配しているのかわからないと言った様子で首を傾げる風香、だがその可愛らしさ溢れる彼女を見て反対に眉をしかめた人間が二人。
家をでた時間は大体一時前後と聞いていた、そこから30分の飽きがあって森へ向かうまでの道のりの時間を含めると…
「八時間以上…森の中?」
もう決定的だった、有り得ない。
幼い少女達が八時間以上も森の中で遊んでいられるかという話だ、十中八九何かに巻き込まれた、もしくは道に迷って出るに出られない状況に陥っていると見るのが正しいだろう。
保護者だけで捜索している場合ではない、これはもう立派な失踪事件だ。
風香の母親もさっと顔を青ざめさせると、急いで家の中に入っていった、多分…子供の捜索をしている親たちへ連絡をとるためだろう。
「琴美お姉さん…」
「うん、心配ないよ、ほら私の側にいようね」
母親の雰囲気から、よくわからないが大変な事態が起きていると理解したのだろう、恐る恐る琴美のセーラー服の裾を摘んでくる彼女を、琴美は風香の母親には及ばないものの、しっかと抱きしめてあげたのだった。
七月十五日、とうとう幼い少女達二人の姿が見つかることはなかった。