偽蟲 ニセノムシ 作:淫徳
第十三蟲
雪、かねてより舞とセットとして姉妹だととらえられがちの病弱で色白の少女には、実の兄妹がいた。
産まれたときから病弱で、ひ弱だった雪は風邪の季節になれば決まって体調を崩し、外へ出ることが病院以外に無いという生活を送っていた。
そんな彼女を身近で支え、外に出れない彼女の為にと、自分で調べた面白い童話を持ってきてくれていたのが、彼女の兄である雹だった。
雪とはだいぶ歳が離れ、当時中学だった雹は、町の図書館に通い面白い話を仕入れ、病気にくるしむ妹の枕元で聞かせてあげたりと、とても優しい人物だった。
と…何故こんな昔のことが、兄の顔が思い出されるのかと、雪は沈んでゆく意識の中で考える。
そうだ、私はあの巨大な昆虫に腹を刺され死んでしまったのか、だから今見ているのは、懐かしい思い出。
そう…あの日も兄は、優しかった。
時間は総じて巻き戻り、世界は雪がまだ小学生にも成っていなかった頃へとその色を帰る。
彼女は、鈍痛に気絶し腹の中を未だなおいじられている苦痛に耐えきれず、走馬灯を見始めたのだ。
「よう雪、今日も面白い話を持ってきたぜ、だから笑ってくれよ?」
今よりも一回り小さな雪は、色素の薄い茶髪の髪を布団にしいて、ぎこちない笑顔を浮かべ、目の前の少年に答えた。
目元には隈がつき、側に置かれたお粥には手も着けていない。
焦点の定まらない眼で辛うじて少年の位置を捉えた雪は、彼に震える手のひらを伸ばす。
少年はその手を優しく握り締め、胸に抱き雪へと明るい笑顔を返した。
「この甘えん坊め、よしよし…今日はな、物凄い話をしてやろう。
実は前話した桃太郎という童話は、実はあれが本当の話とは違うらしくて…
子供に伝えられていない、謎の意味が隠されているらしいんだ」
どうやら今日は怖い話らしい、わざわざ懐中電灯を持ってきた雹は、薄暗くした部屋で顔を照らし、陰影のきいた恐ろしい顔でゆっくりと話し始めた。
雪は今日、熱がぶり返してしまい、幼稚園を早退して帰って寝ているところに、雹がやってきて話を唐突に始めると言うことは良くあることだった。
ここまで聞けば疑問に思うだろうが、雹と雪は同じ家には住んでいない。
雪が二歳の頃に離婚してしまい、雪は父親に、雹は母親の所へと引き裂かれてしまったのだ。
だが兄妹の絆はそう簡単に切れるものではなく、両親二人の家が同じ美土里町内に有ったことも幸いして、雹は毎日のように雪に会いに来ていた。
病弱で放っておけばガラスのように砕けてしまいそうだったと、雹は過去に語ったが、彼自身…雪が可愛くて仕方なかったのだ。
会いに行けば決まって照れつつも笑顔を見せてくれ、病気になれば兄を頼ってくれる妹が愛おしかった…
今日も今日とて、小学校が終わると同時に彼に話しかけようとしていた女子達を振り切って来ていた。
妹が熱を出したと伝え聞いていても立っても居られなかったのだ。
しかし、だからと言って雹は雪の病気を治す手段を持ってはいない。
病は気からと言う話を知っていた雹は、面白い話を聞かせ雪を楽しい気持ちにする事で、彼女の健康に使用と考えていた。
「桃太郎は実は桃から生まれていなかった…彼は、実は」
おどろおどろしい口調は一体どこで身に付けてきたのか、雪に話をする度に彼の話術テクニックは上がっている。言葉の発音に緩急をつけ、強調したい部分を大きな声で表し、聞く物の注意を引いた。
雹の怖い話というか、童話の真実シリーズは、美土里町内の子供の間でも好評らしく、月に一回は公園に集まってお話会が開かれた程だ。
だがまあ、雹が唯一妹以外で一緒に遊んだ少女は、顔を赤くして俯いてしまったりと話には当たり外れが大きく、今回の話も外れに該当するだろう。
風邪気味の少女に桃太郎の真実を話して元気になるかと言えば、答えはNOに決まっている。
「ふ、ふふ…」
「お、おお雪!笑ってくれるか!」
流石は兄妹と言えるのか、最後の落ちを聞き終えた雪は、苦しそうに顔をしかめながらも本心から笑っていた。
雹のほうも妹が笑うことが本当に嬉しいようで、次はと落語家風の口調に代わる。
楽しかった、とても楽しかった。
優しい兄、父親に囲まれた生活の情景がアルバム写真のように、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく…
また世界が崩れ、現実に引き戻されると、雪は先程よりは落ち着き、鮮明さを取り戻した頭で眼を開ける。
まだ状況は変わっていない、雪は草の地面に寝かされ、へそを通して針で貫かれ、現在進行形で内蔵内を触手が動き回っている状態だ。
舞い戻ってくる痛みに再び意識を失いそうになった雪の頬に、優しくふれる物があった。
「ふふふ、見いつけた」
「……舞ちゃん?」
開けた視界の先、眩しい光に影が差し、帽子を被った人影が薄気味悪く笑っていた。