偽蟲 ニセノムシ 作:淫徳
第十九蟲
「え、踊…ちゃん!?」
「あ、琴美!」
後ろから飛びかかられ体制を崩してしまった琴美、暴漢にでも襲われたのかと身を強ばらせた琴美は、脇腹に回された手の感触が知己のモノである事に気がついた。
この野生動物じみた突撃と、抱きつきは風香の比ではなく、突き飛ばされるに近い。
琴美が軽くぽんと飛んでいかなかったのは、彼女を抱きしめる人物がその強靭な足腰で反動を受けた琴美の身体を引き止めたからだった。
まあ、引き止めようとも突き飛ばされようとも、琴美が感じる負担には変わりないので、ひとまず溜め息をつき、元凶の顔を確認して、また溜め息…
抱きついてきた人物は、痴漢でも過度なスキンシップを望むストーカーでもなく、擦り傷だらけの少女だったのだから。
身体のラインがありありと出る、黒めのスポーツインナーを履きこなした少女は、琴美と顔を合わせるとバツが悪そうに手を離した。
「あれあれ、踊ちゃんって行方不明になってなかったっけ…
おっかしいなぁ、私が間違えたのかなぁ、ごめんねぇ不謹慎な思い違いをしていたみたいだよぉ」
「え、あ…ううっ、ご、ごめんなさい琴美」
「変だなぁ、踊ちゃんは何を謝っているのでしょうか?
何か悪いことをしたのかな、例えば無断で飛び出したまま、朝まで帰ってこないなんて、親を心配させるようなことは流石にしてないよねぇ」
満面の笑み、だが踊には強大な捕食者が獲物を捕らえんとする、獰猛な笑みに見えたという。
迫力というか気迫が違うのだ、あの野生的とまで言われた、踊を屈服させ服従を誓わせたのが、何を隠そうこの琴美だった。
風香や舞を仰せつかった日から数日、琴美は以外にも懐かれてしまった舞から、姉を紹介されてしまう。
活発さが溢れ出る舞の姉と言う事から嫌な予感がしていた琴美だが、笑顔で姉をつれてくると言う舞の申し出を、風香がいる手前断ることが出来なかった。
早速つれた来られた踊は、流石姉妹と言うべき姿で、出会った初日になめられた琴美は、実力で踊を黙らせたのだ。
当時の事は近所の子達の間で伝説と言われているようで、なんでも「鬼神がケルベロスを懐柔した」舞談、らしい。
踊はあまりその事を語りたがらないが、琴美にはその時から逆らえなくなっているらしく、もう従順な犬扱いされていた。
野生的と言う事は、弱肉強食でもあり強い者には支配されてしまうことを意味している。
その言ってしまえばボスである琴美が怒っていると言う事は、踊にとって過去のトラウマが蘇るかも知れない問題であり、よって必死に琴美をなだめる事になったのだった。
「ふうん、じゃあ今の今まで、舞ちゃんと雪ちゃんを探してたの?」
「え、っとちょっと頭がぼうっとしてて、少しそこの木陰で休んでた」
「あんた、ぼうっとしたって、それ夕ご飯と朝ご飯食べてないなからだと思うよ…
本当に人を心配させることはあんたは超一流なんだから、少しは妹を見習いなさい!」
「あううっ…」
通信簿にあまり人の話を聞かないと書かれる踊も、琴美の苦言は聞き逃すことが出来ない。
野生的と活発では違う、妹の人に迷惑をかけない店を引き合いに出されへこんでしまう。
まあ、実際には琴美はどちらにも大変迷惑を被りまくっているわけだが、これは踊を反省させる為に、だ。
聞いてみた踊の話は、森から帰ってきたものの、頭がくらくらしてとても家へ帰れる状況では無かったのっで、草原に寝転んで休んでいたらしい。
そこへ何か迷っているような足音が聞こえてきたので、舞かと思い飛び付いたら琴美だったと言う話だった。
「いや、あんたそれ、舞ちゃんにやったら首の骨折れるどころじゃ済まないからね?」
まだ少し痛むわき腹をさすって、踊にくぎを差すと、踊は見るからに今気がついたという風で、顔を青ざめさせてしまった。
どこまでこいつは馬鹿何だろうと、琴美は頭を抱えたくなった。
だが、かなり消耗していた踊をその場に放って置くことも出来ないので、
「んっ、ほれ」
「え、琴美!?」
しゃがみこみ、踊に背中に負ぶさるように促したのだ。
高校二年と小学五年生では、六年ほど年は離れていると言っても、流石に負んぶを恥ずかしげもなく出来る歳ではない。
自分で歩くといったそばから、足下がふらつく踊を琴美は、毎度の笑顔でねじ伏せ強制的に負ぶさることを余儀なくさせたのだった。
「よいしょっと、ふう…踊ちゃん重くなったねぇ、太った?」
「んなっ!? ち、ちがっ、成長したって言え、成長したって
それを言うなら琴美の方が、少しふっくらと…」
「あァ?」
「何でもないです、はい」
どちらが上かは明らかな会話、琴美の殺気立った目に若干怯えながら、踊は琴美の背中にしがみついた。
暖かい背中、懐かしい…昔はよく舞と一緒に乗せて貰ったりした、優しい背中…
琴美が一歩歩く度に背中の踊には程よい振動が伝わり、それが今まで森に籠もりっぱなしだった疲労が急に蘇り、まぶたが段々と落ち、寝てしまう。
「あらら、ねちゃったか…そりゃ疲れてたもんね…」
琴美も琴美で、踊が居るからか、先ほどまでビクビクしていた怯えも消え去り、顔色も元に戻っていた。
昔よりも重くなった踊に時の流れを感じつつ、ほどなく二人は捜索中の警察官に発見され保護されるのだった。