偽蟲 ニセノムシ 作:淫徳
第十九蟲
周りを小高い山に囲まれた園山市は、外界からの文化の影響を受けにくく、必然的に開発が遅れ、未だに残る緑が芽吹く場所が残されていた。
その中でも一際目を引くのが、園山市の北部にある小さな町に重なる形で存在する大きな森。
大きく広いホールの中に何十人ものスーツ姿の人間が集められ、前面にある横に長いホワイトボードを凝視していた。
時折ざわつく集団も、眼鏡をかけた学者風の初老の男が話し始めると、誰ともなくホールは静まり返る。
ホワイトボードには、衛星写真だろうか、空から撮られた広大な森の地図が張り出されていた。
所々に赤い×が書き込まれており、ホールの前に設置された三つの椅子に座る男たちは渋い顔を作って唸っている。
如何にも偉そうな3人の胸には、金色の菊の花があしらわれており、彼らが疑いようもなく警察官であることを語っていた。とするならば、ホール全体に集まった人間達も全て警察官だろうか。
おのおの神妙な顔でメモを取ったり、机におかれたノートパソコンをいじっている。
ホールの入り口には仰々しい文字で「園山市少女集団失踪事件捜索本部」と銘打たれていた。
「ええ、では現在の状況ですが、園山市美土里町内のいずれも小学生の少女二人が未だに行方不明になっており、誘拐事件、失踪事件として捜索を継続しているという状況です」
ホワイトボードに歩み寄った、白髪をオールバック固めた、細い目の男が指で地図の一点を示す。
「先日、宇宙観測センターにて小惑星の飛来がこの森で確認されています。まだ、推測の域を出てはいませんが、この惑星は肉眼で確認できるとのことと、消失した児童の両親からの聴取により、当日彼女らは惑星を発見するため森に入ったと考えられる」
森、という言葉がでて集団は、笑い出すもの、目が飛び出そうになるくらい驚いて、目を伏せる者に別れた。
その違いは、彼らが地元の人間かそうではないかというもの。
この捜索本部は、全国各地から誘拐事件解決のエリート捜査官を選りすぐって集められている。
凶悪犯罪に巻き込まれたならいざ知らず、森に入った所為で行方不明と言うのは、集められた彼らにとって、いささか拍子抜けする情報だったのだ。
「森を侮るな!」
だが、その笑いも立ち上がったもう一人の威厳ある警察官の一人の言葉でなくなってしまう。
「この美土里町内にある森には、この町限定の自生種である巨大な熊の生息が確認されている。
米国などに生息するグリズリーに匹敵する種がな!」
グリズリー、茶色や赤い毛並みを持つ比較的暖かい気候に生息する熊で、性格は温厚だが、それは同種に接するときのみ。一度敵と見なされた相手には、木にバラバラに寸断するほどの怪力を持つ腕を振り上げられる。
そんな猛獣に似る獣が森に生息する、そんなものにもし少女たちが出会ってしまったら、大けがを負う騒ぎではすまない。
大人ですら危うい攻撃性を発揮する熊の脅威は、嘲笑に包まれていたホールを冷やすのに十分だった。
もはや警察官だけではない、自衛隊が出動しても可笑しくない状況に、空気が重く葬式のように静まり返る。
「…行方不明から半日、一人が救出されたとはいえ、まだ気を抜けるものではない。
地元警察の捜査は継続、捜索範囲は美土里町内の森全域、上空からのヘリ及び、本庁捜査官での総合的な山狩りを行う。
捜索対象は、水前寺雪、 穂村舞。警察のプライドにかけて、万人、草の根分けても見つけ出せ!」
叱り飛ばすような口調で叫んだ男は、小さく息を吐いて、椅子に腰を付ける。勇ましいまでの勢いとは打って変わって、打ちひしがれたような顔をしていた。
学者風の男が暗い顔の男の後ろにさり気なくたって、小さな声で言葉を紡ぐ。
「良いのか、佐藻。本当に熊が相手なら確かに危険だが、それでもこれだけの人数は必要無いだろう」
「承知の上だ、あんなモノの存在を言ったところで、誰も本気にするはずがない。なら、現実的な危機をでっち上げるしか方法がないのだ…」
「それで、何人が犠牲になるか、言っても仕方のない事、か」
お互いに違う方向を見つめ、会話を悟られないように小さな声でやり取りをする二人。声には憤りや焦りが感じられ額には脂汗が伝っていた。
地元警察の捜査では、足りないと本庁の捜査官の投入が数時間前、本庁の合同捜査本部が早急に作られたのは、数分前。
少女たちが行方不明になってから、だった半日でこれほどの規模の捜査がされるのは極めて異例のことだった。
事態はそれほどまでに緊迫した状況にあると言うことだろう。