偽蟲 ニセノムシ 作:淫徳
第二二蟲
「そう言えば、前々から疑問には思ってたんですけど、どうしてこんな行方不明の捜索隊に俺らが派遣されたんですかねぇ」
「警視庁」とネームがつけられた支給品の青い作業服に身を包んだ、背の高い音が、照りつける強い夏の日差しに眼を細めながら言う。
「さあな、まあ俺もたかが熊くらいで本庁や彼方さんからプロが来るのはおかしいとは思うけどな…
確かにグリズなんとかって言うのは、おっかねぇけどよ、なら専門のマタギの奴らに任せちまえって話だよな」
同じく青い作業服を着込んだ中年の男は、だらだらと滝のように流れる汗を、湿ったハンカチで拭きながら、若干疲れたよう息を荒げた。
如何にも熟練の刑事という雰囲気を出している中年の男は、白髪の混じり始めた髪についた、汗を拭い辺りを見回した。
行方不明となった少女二人、を探し出すために組まれた捜索隊の数は、約150人。
それでもこの広く底知れない森を調べるのには、多大な時間とそれ以上の労力が必要だった。
美土里町に存在する森への、入り口と呼べるモノはざっと四点。
捜索隊は、まず少女二人が進入した小学校近くの入り口と、それに近い川の近くにある入り口から調査を始めた。
拠点はその小学校へおかれ、捜索隊四人一組の班に別れ、それぞれ獣道を散策する次第となっていた。
「はは、そりゃ違いないっすね。
警察が動くのは分かりますけど、事件性のない案件に、此処までの人員を投入する理由はないッスよね」
今見渡す限りでも、30人以上の刑事官が作業服に身を包み、次々と森へ向かっていく姿が見える。
二人は言わば後方支援の組で、森へ捜索に行った班の位置や、捜索範囲を広げた地図の上に書いていくという、非常に地味な仕事を行っていた。
だが、地味だからといって疎かに出来るモノでもなく、この仕事をしなければ、どこまで捜索したのか、範囲がわからなくなってしまうので手を抜くわけには行かなかった。
入ってくる無線に耳を傾け、雑音から正確に言葉を聞き分ける、非常に根気のいる仕事。
聞き返すことは極力避けなければ、捜索している彼らの妨げになってしまう。
しかし、無線があまり入ってこない時期もあるようで、そう言うときには、隙を潰す為に、こういう会話に興じていた。
草の上に無造作に置かれた、大きめのテントの中での会話。
「だな…ただ、俺もこの道進んで何十年やってるからよ、ちょっとばかし上の噂も聞こえてくんだよ」
「え、何なんですかそれ…って聞いちゃマズイ話でしたかね」
刑事官は上下社会だ、普通の企業や公務員よりもその縛りは強く、上の人間達だけで行われた事も、こうした秘密のように扱われることが多い。
それは、下の人間…すなわち上が信頼出来ない人間が知るとマズイからだ。
外部、特にマスコミに知られない為に上と呼ばれるトップの人間達は、なかなか情報を教えてはくれない。
そしてそういう秘密を漏らした事がバレれば、特定秘密保護法で捕まってしまう事があるのだ。
背の高い男もそれを知っていたのだろう、迂闊に聞いてしまった自分を咎めるように苦笑いすると、広げられた地図に視線を逸らした。
「ふん、お前も中々わかってきたじゃねぇか…
まあ良いさ、此処から俺が話すのはあくまで独り言だ。
だからお前は何の関係もねぇ、聞くも聞かないもお前次第だ。
いや実はな、捜索隊が此処までの人数まで集められたのは、別の訳があるらしいんだって話だ。
熊って言うのは真っ赤な嘘で、本当はもっとヤベェもんがあるとかな」
此処で中年の男は入りいっそう声を細めて、周りを確認した。
背の高い男も、その様子にこれから話される情報がただ事ではないと理解出来たようで、生唾を飲み込んだ。
「…なんでも、負の遺産っつうのがこの森にあるらしいんだよ」
「負の遺産…っと、不発弾とかですかね、あっこれは独り言!」
「ははっ、しまらねぇなお前は、新米のオッチョコチョイが抜けてねぇぞ。
まあお前のそんな所に、俺や水前寺は引かれたんだろうがよ」
「たはは…」
緊張感を壊すように中年の男が笑い出し、それにすいませんと背の高い男が頭を掻いた。
遠目からではとても、そんな機密に関わる凄い話をしているようには見えないだろう。
それが中年の男の狙いだったりする。
「負の遺産っつうのが何なのか、俺はわからねえ。俺も水前寺に少し聞いただけだ。
だがな、不発弾なんかよりヤベェもんで、刑事官総出で事に当たらねぇといけねえもんなのは大体わかってきたよ」
「はぁ…そんな凄い奴が本当にあるんですかねぇ、こんな辺鄙な田舎の森に…」
「はっ、そんな事俺が知るわけねぇだろう?
ただ一つ言えることは、俺達は幸運だったって事さ」
「え?」
「そんなおっかねぇ森に入ることにならなくて、本当に良かったぜ」
かくして捜索は開始された、彼らはその男の予想が的中してしまうのだろうか。
七月一六日の昼下がり、近くに高校生の少女が居たことを、二人は気にとめることはなかった。