偽蟲 ニセノムシ 作:淫徳
第三蟲
炎天下の空の元、蛙の鳴き声が響き渡る田んぼの小道で慌ただしく歩き回る小さな少女の姿があった。
遊んでいるわけではないようで、顔には汗と苦悶の表情が浮かんでいた。
長い茶髪を後ろで縛った少女は、肌に張り付く湿った髪を煩わしげにどかし、また走り出す。
犬を連れて散歩していた初老のお爺さんが心配そうに声をかけるが、それも曖昧な返事で返して通り過ぎてしまった。
かれこれもう3時間以上走り続けている、遊びでも陸上のトレーニングでもない。
探していた、自分の掛け替えのない宝物…自分の妹を。
「舞、何処にいるのよ。 もう帰る時間でしょう、早く帰ってきなさい!」
妹と二年しか年の違わない彼女は、自分の妹にあまり良い印象を抱いてはいなかった。
自分が生まれて二年、今までちやほやと両親に甘やかされて育てられた彼女は、次に生まれた妹に両親を奪われたと感じてしまった。
散々、お姉ちゃんは我慢しようだとか、お姉ちゃんだから妹に譲ってあげようなどと言われても、二歳の少女に家族関係など、遠慮などわかるわけもない。
突如と湧いた他人に自分の両親をかすめ取られたと感じてしまっても無理はなかった。
だが、そんな感情が変わったのはほんの数日前、彼女の誕生日に妹は手作りの麦わら帽子をプレゼントしてくれたのだ。
母親とともに作ったようで、少し見栄えは悪かったが、妹の自分を思う気持ちが伝わってきて自分の愚かさを知った。
私はどうして妹の気持ちを知ってやれなかったのだろう、私は可愛い妹に嫉妬していただけじゃないか。
彼女の手には風に飛ばされないようにしっかりと、プレゼントされた青いリボンが巻かれた麦わら帽子が収まっていた。
「ここにもいない、どこに行ったの?」
田んぼが終わり、町並みが見える高台にまで登っても、彼女は妹を見つめることが出来なかった。
自然と麦わら帽子を掴む手に力が入る。
妹はとても活発であちこち歩き回り、彼女や両親をとても心配させてきた。
だが、今まで夜の六時を回っても夕ご飯の時間になっても帰ってこなかった日があっただろうか。
妹はよく遊び、よく食べる…そして心優しく皆に迷惑をかけるようなことを絶対にしない。
姉のひいき目でも、妹の姿は他とは違い輝いて見えた。さながら小さな太陽のように、周りを照らしてくれていた。
妹が帰ってこない、友人たちと遊んで帰ってきた彼女は、母親の言葉を聞くなり静止も構わず走り出してしまっていた。
立ち寄りそうな公園、よくザリガニを釣りに行った田んぼ、先生に会いに行ったのかと小学校にも足を運んだ。
このまま二度と妹に会えなくなりそうで怖かった。
せめて、もう一度会いたい。あってその時は姉らしく叱ってやると、そう心に決めていた。
見通しのきく高台は園山市の名物にもなっている、小さな観光名所だ。
ここに立つだけで園山市、その全容を大まかにだが見ることが出来る。
高い手すりに手をかけ、彼女は息を調えるのも惜しいとばかりに、景色を見渡した。
まだ、探していない場所はないかと、頭を必死に回転させて景色と照らし合わせる。
「うそ、でしょ」
妹が行きそうな場所、考えがそこまで及んだとき 彼女の目があるモノを捉えた。
高台からそう遠くない場所にある、園山市、美土里町の三分の一を埋め尽くす大きく深い森。
親にも両親にも子供は絶対に入るなと念をおされていた森の入り口に、人影がうつったのだ。
大人ではない、彼女よりも小さな…そう丁度妹のような背丈。
それが、吸い込まれるように森の中へ入っていくのを彼女は見てしまった。
もう、止められない。彼女の妹を思う気持ちは何よりも強いもので、どんな感情よりも優先されるものなのは明白だ。
森という恐怖も、怒られるという予想も、愛する妹の生死には変えられない。彼女は再び走り始める、妹のような人影が見えた森へと駆けていく。
妹のような…この、「ような」という疑問点に気付けるか気付けないかが、運命の分岐点。
確かに妹は森に向かい、そこで帰って来れない何かがあったのだろう。
だが、妹が森にいる可能性を閃いた時点で、彼女は姉としてしてはならない選択をしてしまった。
本当に、彼女は残念だ。妹を思う一心に行動し熱くなりすぎた所為で周りが見えなくなってしまっている。
親、先生に相談するという選択肢は、近頃の子供にはないのだろうか。
いや、親よりも早く、親に負けたくないという責任感に乗せられたら支配欲があったのかもしれない。
妹は、可愛い可愛い宝物は、自分のものだと全てにわからせたかったのかもしれない。
まあ、それを議論しても詮無きこと、彼女は森へと向かい、その先で何かをみる。状況は芳しくない、ここに誰かがいたならこう言っただろう。
最悪だ。