無論、直してません!(居直り
熱い夏の日差しを受けながら優一郎は空を見上げた。夏の日差しは酷く攻撃的だ。なぜこんな目に、と呟きながら優一郎は海岸に目を戻した。
水着を身につけた大勢の人たちが海水浴を楽しんでいる。その中に一際目立っている女の子がいる。抜群のスタイルをしているのに時代遅れの大きな眼鏡をかけ、綺麗な身体のラインを剥き出しにしているのに手には試験管が握られ、あまつさえ高笑いをしているのだ。そんな絵美佳を優一郎は疲れた眼差しで見やった。
なんでくらげなんだろう……。優一郎は首を傾げた。絵美佳はくらげの中の何とかという部分を採集するのだと張り切っている。周囲を取り巻いているのは科学部の部員たちだ。だが部員の多くは絵美佳をそっちのけにして海水浴を楽しんでいる。
優一郎は荷物番としてパラソルの下に座っていた。水着すら着ていないのは持ってきていないからだ。何しろ、優一郎は家で西瓜を食べている最中に無理やり絵美佳に引っ張ってこられたのだ。絵美佳は張り切ってはいたがそれが何故なのかを全く説明してはくれなかった。当然、目的地だって聞いていなかった。優一郎は今朝の出来事を思い出しながら深いため息をついた。
夏休みが始まってまだ一週間だ。優一郎は奇妙な寂しさを味わっていた。斎姫と会わなくなって一週間。その間に優一郎は何度も斎姫のビデオを見た。ある時は制服で、またある時は体操服で、斎姫は懸命に自慰をする。優一郎の名を呼びながら絶頂に震え、そんな斎姫を画面で見た優一郎も快感に打ち震える。
なのに寂しい。優一郎はぼんやりと砂浜に打ち寄せる波を眺めた。視界の隅で絵美佳が部員の誰かを海に蹴りこむ。だが優一郎は全くそちらを見なかった。ひたすらに波を目で追う。
海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。
優一郎はとある詩を呟いた。ぼんやりとした視線を水平線に向ける。唇で言葉を刻む優一郎の微かな声は、周囲の賑わいにかき消されていく。
いつはてるとも知れない呪。
そこまでを呟いて優一郎は苦笑した。自分はもしかしたら斎姫に囚われているのかも知れない。ヒューマノイドである母を欲情させ、犯してしまった夢を見た報いなのかも知れない。そう思いながら優一郎は深くため息をついた。
中学生の時だった。優一郎はかつて見た嫌にリアルな夢を思い出した。母である由梨佳と交わる夢だ。その時から優一郎はヒューマノイドについての勉強をはじめた。やましい動機であることは判っていた。だがどうしても知りたかったのだ。
どうすれば人形を自分の思うがままに欲情させられるのだろう。
「いつはてるとも知れない呪い、か」
優一郎はそう呟いて小さく笑った。確かに自分は斎姫に囚われているのだろう。だがそれは生身としての彼女にではない。斎姫が自分の人形だったらいいのに、という歪んだ思いからだ。優一郎は斎姫の自慰行為を盗み見ながら、彼女を改造することを夢見ているのだ。
「中原中也ですか」
不意に間近で声がする。優一郎は肩を揺らせて目を見張った。いつの間に近づいてきたのだろう。白い砂浜に落ちている人影を見て、優一郎は恐る恐る顔を上げた。優一郎の真横に見知らぬ青年が座っている。
「あ、の?」
「北の海、でしたっけ」
そう言って青年はふわりと笑った。恐ろしいまでに整った顔立ちをしている。だがその面立ちには不思議と見覚えがある気がする。優一郎は訝りながら青年を見つめた。青年は優一郎の口にした詩をすらすらと口にしてみせる。
いつはてるとも知れない呪。そこまでを歌うように暗唱してから青年はにっこりと笑ってみせた。
「その詩は学生の頃に習いました。懐かしいです」
青年は人好きのする笑みを浮かべている。優一郎は曖昧に頷いた。
青年は淡い色のスーツに身を包んでいた。どこかの会社員だろうか。平日だからもしかしたら営業途中のサラリーマンかも知れない。優一郎は様々な可能性を思い浮かべて青年を横目に見た。
青年は海を見つめて微笑みを浮かべている。どうやら害意がある訳ではなさそうだ。優一郎は訝りながらも肩に入っていた力を抜いた。
しばらく青年と優一郎は中原中也についての話をした。青年は優しい面立ちに微笑を浮かべ、優一郎の言葉に頷く。優一郎も青年の話に合鎚を打った。互いに覚えている詩を披露したりもした。
日差しは砂浜を焼いている。ふと、優一郎は青年を見やって声をかけた。
「あの、熱くありません?」
青年は直に砂に腰を下ろしている。優一郎の問いにああ、と笑って青年は腰を上げた。
「お気遣いありがとうございます。長居をするつもりはなかったんですよ」
そう言って青年は服についた砂を手で払い落とした。優一郎は何気なくそんな青年を見上げた。青年は視線に気付いて微笑みを返してくる。
日差しを背負った青年の顔を見やった優一郎は、思わず息を飲んだ。何故かは判らないが胸が痛くなる。優一郎は思わず顔をしかめて青年から目を逸らした。すると何かが視界に割り込んでくる。驚いて顔を上げた優一郎に青年は何かを差し出していた。
「楽しい話のほんのお礼です。気に入っていただけると嬉しいのですが」
青年の指には一枚の光ディスクが挟まれていた。ケースに入ったそれを優一郎は何気なく受け取った。透明なケースをひっくり返す。だが、ディスクそのものにもケースにも何も書かれていない。優一郎が訝りながら顔を上げた時、青年は深い微笑を浮かべていた。
「パスワードは」
そう呟いて青年が優一郎の耳元に口を寄せる。何となく耳を澄ました優一郎に、青年がそっと囁く。そのパスワードを耳にした瞬間、優一郎は目を見張って青年から離れた。
青年は笑みを浮かべて屈めていた腰を伸ばす。驚愕して目を見開いている優一郎に青年は優雅に一礼をした。
「幸運を祈っていますよ。吉良優一郎くん」
青年は微笑を残して立ち去った。優一郎はしばらく呆然となっていた。
この詩は確か合唱曲になってる……ような……記憶が。
うろ覚えですがw
どっかのステージで見た覚えがあったりなかったり。
コレ、作者は誰だっけ、ともの凄い探した覚えがあります(本当に好きなのか?