これを公開する時はちょうどクリスマスですね。
めりーくりすます!
多輝は仏頂面で出された麦茶を一気に飲み干した。音を立ててグラスをテーブルに戻す。音もなく近づいてきた秘書の女性が滑らかな動きでそのグラスを持ち去った。多輝は女性の後姿を見送って、目を戻した。
退屈な時間だ。待たされてもう一時間も経っている。苛々しながら多輝は指先でテーブルを叩いた。待たされるのは大嫌いなのだ。だが、多輝は辛抱強く待ち続けた。そうしている間に秘書の女性が戻ってくる。多輝に出されたグラスは新しい氷が浮かび、麦茶が満たされていた。
「あのさあ。いいかげん、あいつの居場所を教えてよ。おれ、こっちから行くからさ」
多輝は我慢できなくなって女性にそう告げた。部屋の片隅に戻っていた女性が目を上げる。女性はすぐに立ち上がって多輝に近づいてきた。
「申し訳ありません、多輝様。わたくしにはその権限はございませんので」
女性は優雅に一礼した。多輝は舌打ちをして横を向く。女性は再び部屋の片隅に戻っていった。
多輝の知り合いの執務室は厭味なほど大きい。部屋には毛足の長いカーペットが敷き詰められており、年中様々な花が飾られている。今は鮮やかな黄色い向日葵が花瓶にさしてあった。多輝はそれを眺めてため息をついた。
一時間十五分。多輝が腕時計を見下ろして待ち時間を確認した時、不意に執務室の扉が開いた。何人かの付き人を従えて目的の人物が戻ってくる。青年の姿を見止めた多輝は歯軋りしてテーブルを叩いて立ち上がった。
「遅え!」
多輝は知り合いにそう怒鳴りつけた。知り合いはそんな多輝を一瞥してから微笑みを浮かべてから、付き従っていた女性たちを手を上げて下がらせた。女性たちは一礼して執務室から出て行く。そして部屋の隅にいた秘書の女性が立ち上がった。
「おかえりなさいませ、立城様」
女性が礼をしながら声をかける。立城と呼ばれた知り合いは笑顔でそれに応えた。そして多輝に近づいてくる。多輝は仏頂面で舌打ちをした。
立城と呼ばれた青年はスーツの上衣を駆け寄ってきた秘書に手渡した。ネクタイを緩めながらソファに近づいてくる。多輝はそんな立城を睨みつけながら顎をしゃくった。素直に立城が多輝の目の前に腰を下ろす。
「今日はまたどうしたの。随分と気長に待っていたんだね」
「てめ、判っててわざと遅く来やがったかっ」
多輝は噛み付くようにそう返した。だが立城の微笑みは揺ぎ無い。多輝は歯軋りしてふん、と横を向いた。その間に秘書の女性が静かに近づいてくる。女性は立城に茶を出して静かに下がった。
「だから、どうしたのって訊いているのに。僕をわざわざ訪ねてくるなんて珍しいね」
グラスを傾けながら立城はそう告げた。多輝は横目で立城を睨みつけ、鼻を鳴らした。確かに自分からここを訪ねようと思ったことはない。いつもは頼まなくても立城の方からふらりと姿を現すからだ。多輝は憮然としてグラスをつかみ、麦茶を飲み干した。
夏休みに入ってから多輝は考えたのだ。これまで斎姫には全く興味は持てなかった。だが斎姫の噂には最近、妙な話がくっついている。騎士、とあだ名される男子生徒の話だ。それを耳にしてから、多輝は自分なりに二人の様子を観察した。だが話題の二人は周囲が騒ぐほどの関係にはどうしても見えない。そう思った多輝は、一時は斎姫などやはりどうでもいいのだと思ったのだ。
だが気になる。その原因は騎士と言われる男子生徒にも原因があった。多輝はその男子生徒に見覚えがあったのだ。四月のはじめ、自分が女教師と交わっている時にすれ違ったあの生徒に間違いない。そしてその時に見た男子生徒は明らかに嗤いを浮かべていたのだ。
それは優等生と言われている生徒に似つかわしくない嗤いだった。多輝はその後、その生徒の名前を知る。吉良優一郎。そしてそれを耳にした時、奇妙な既視感を覚えたのだ。
幼い頃に見せられた斎姫の写真の裏側に誰かの名前が記されていた。吉良由梨佳。確かそう書かれてあったのだ。立城の名前と共に。
まさか、と思い、だがその度に否定した。それから多輝は二人に関する情報を手当たり次第に集め始めた。学校の中には様々な噂話がある。その中のどれが真実なのかを見極めなければならない。多輝は自分で出来る範囲で二人に関して調べ始めた。
だがそうしている内に夏休みが訪れた。学校に来るのは部活動をしている生徒だけになる。多輝は夏休みが終わるまでは調べられないと諦めようとした。
そんな時に思い出したのだ。斎姫の写真の持ち主のことを。多輝は立城を睨みつけて手の中のグラスをテーブルに戻した。
「あんた、斎姫のことを色々と言ってたじゃん。前にさ」
多輝は立城の様子を伺いながらそう告げた。立城はそんな多輝を見ながら楽しそうに笑っている。舌打ちをして横を向き、多輝は続けた。
「今もあいつのこと、詳しく知ってるのかよ」
ぼそりと吐き出した多輝を見ていた立城が微笑みながら首を傾げる。肯定とも否定とも判らない反応に苛立ちながら、多輝はこぶしで軽くテーブルを叩いた。
「斎姫ちゃんがそんなに気になるの?」
立城はさらに問いかけようとする多輝を制するように、そう訊いた。喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、多輝は不機嫌に横を向いた。立城はにっこりと笑いながら多輝の顔を覗き込もうとする。多輝は呻いて反対側を向いた。
「別に気になる訳じゃねえっ」
呻き混じりに多輝はそう答えた。立城はふうん、と呟いて笑っている。ちらりと立城を一瞥した多輝は、苛立ちに任せてテーブルを叩いた。振動を受けてコップが跳ねる。
「まあ、教えてあげてもいいけど……具体的には何を訊きたいの」
肩を竦めてそう言った後、立城はしれっとした顔でスリーサイズ? と続ける。多輝はがくんと肩を落とした。
「ちげーよ、ばーかっ。おれが知りたいのはあいつが今、誰かと付き合ってるのかってことだよ!」
それを聞いた立城は不思議そうな顔になった。そして次に吹き出す。口許を手で押さえ、立城は肩を震わせて笑った。多輝は憮然として腕組みをした。黙って横を向く。
「多輝、斎姫ちゃんが好きなの?」
笑いに声を震わせながら立城がそう訊いてくる。多輝は違う、と喚いて否定した。どうしてそうなるんだ。多輝は心底、疲れて頭を抱えた。
「あんなの、おれの好みの訳がないだろ」
斎姫の身体には興味はない。抱いても楽しそうじゃないからだ。幾ら斎姫が美少女だと言っても抱く気にはなれない。多輝は心の中でそう言って伏せていた目を上げた。すると立城が声を殺して笑っているのが目に留まる。多輝は不機嫌に顔をしかめてそっぽを向いた。
「じゃあ、どうして斎姫ちゃんが誰と付き合っているのかを訊きたいの? 僕はその理由の方に興味があるな」
笑いを納めた立城がグラスを戻しながらそう告げる。多輝は別に、とだけ答えてそれきり黙った。すると立城が肩を竦めてため息をつく。多輝は黙ったまま立城をちらりと見た。
「今は誰とも交際していないんじゃないかな。斎姫ちゃんは」
立城はあっさりとそう言った。多輝は怪訝に思いながら顔を戻した。立城は微笑を浮かべている。
「今は、ね」
間を置いて立城がそう呟いた。多輝はぴくりと眉を跳ね上げ、テーブルに身を乗り出した。
「今は? じゃあ、これからはどうなんだよ。もしかしてやっぱりあいつと?」
多輝は血相を変えてまくし立てた。脳裏に優一郎の嗤いが蘇る。立城はだがそんな多輝を眺めながら笑って肩を竦めた。
「あいつ、ねえ。多輝、もしかして君には見当がついているのかな?」
「うっ」
多輝は呻いて黙り込んだ。立城はそんな多輝を眺めつつ、ソファに背中を預ける。にっこりと微笑みながら立城は首を傾げた。
「多輝。そういうことはね。自分で調べた方がいいよ。斎姫ちゃんも相手も多輝の身近にいるんだよね? だったら手抜きは駄目だよ」
顔を引きつらせて黙り込んだ多輝に、立城はすらすらとそう告げた。そして静かに腰を上げる。多輝は何も言えないまま、立城の姿を目で追った。立城は大きな机に向かい、コンピュータを立ち上げている。ここまでか。多輝は深いため息をついて立ち上がった。これ以上、長居をしても立城はきっと何も教えてはくれないだろう。
多輝は黙って歩き出した。執務室を横切ってドアの元まで歩く。秘書の女性が素早く寄ってきて、多輝の代わりにドアを開けた。
「そうそう。僕は性差別をする気はないけれど、相手の男の子に無体なことをしないようにね」
背後から届いた立城の声に多輝は勢いよく振り返った。
「誰がするか! おれはノーマルだ!」
「そう。それならいいけど。あ、桜。下まで多輝を送ってあげてくれる? 一人でふらふらしてたら誰かに捕まっちゃうからね」
立城は多輝の怒鳴りにそう答え、軽く手を上げた。もう目はディスプレイに向いている。憤る多輝の傍にいた女性がはい、と答える。それきり、立城は多輝を見ることはなかった。
シリーズレギュラーが登場しました。
多輝もレギュラーではあるんですが、話が進んでいくと出番がちょっと少なくなります(ネタバレ
まあ、すっごい先の話……なんですけども……