そういえばこのシーンはエロはないですね。
「こらあっ!! 待ちなさい! あたしが変態なら、あんたは超変態よー!!」
絵美佳は力の限り、そう喚いた。だがもう多輝の姿は小さくなっている。背後では部員たちが必死の面持ちで絵美佳の白衣をつかんでいる。だが絵美佳はさらに身を乗り出した。
「あんたなんか、超変態決定なんだからね! 超変態色魔の雨宮多輝!! 覚えてなさいーっ!!」
「部長ーっ。もう、やめましょうよう。物理法則無視野郎なんて、ほっときましょうよおっ」
絵美佳にしがみついていた奈美がすすり泣きながら告げる。だが絵美佳は怒りの形相で多輝に文句を言いまくった。がたがたとフェンスが揺れる。
やがて多輝の姿が見えなくなる。絵美佳はフェンスを離して指を鳴らした。
「ちっ、逃げられたか」
「あんなの、もう無視っすよ。人間業じゃないじゃないっすか」
息を切らせながら言うのは大助だ。だが絵美佳は情けない顔をしている部員たちを見回して腰に手をあてた。ふんぞり返る。
「そうね。あいつを捕まえるには。なにか作戦を考えないとだめね」
「そ、そうじゃないっすよお」
ぐったりと疲れ果てた顔で大助が肩を落とす。だが絵美佳はこぶしを握り締めて強く頷いた。
「これから作戦会議よ! みんな、行くわよ!!」
「じゃなくてですねえ」
うんざりした顔をした奈美がその場にへたり込む。絵美佳はなによ、と言いながらそんな奈美を見下ろした。見ると他の部員たちも力なくその場に座り込んでしまっている。
ふと、絵美佳は視線を動かした。少し離れた場所で誰かが苦笑を浮かべている。それを見とめた絵美佳は訝りながら首を傾げた。
「優一郎? あんた、なんでこんなとこに居るのよ?」
いつの間に来たのだろう。そんな疑問を絵美佳はストレートに口にした。優一郎は苦笑しながら肩を竦めている。
「ちょっと景色を見に」
「どええええええええええ!?」
絵美佳の傍で部員たちが一斉に奇声を上げた。絵美佳と優一郎を見比べて顔を引きつらせている。
「もしかして部長、騎士くんと知り合いなんですかあ!?」
叫んだのは男子部員の一人だった。絵美佳は怪訝に思いながら部員たちを見回した。何なのだろう。この反応は。
「騎士ってだれよ?」
絵美佳は訝りに眉を寄せながら部員たちにそう訊ねた。すると中の一人が呆れた顔になる。何故かそいつを蹴りたおしたい衝動に駆られたが、絵美佳は何とかそれを我慢した。
「吉良部長、知らないんすか? ほら、一年生に姫って言われてる女子がいるじゃないっすか。その姫を助けたとかって武勇伝があったりなかったりするんです。その騎士くんには」
説明してくれたのは大助だ。絵美佳は訝りの目で大助を見、次いで優一郎を見た。優一郎はのんびりと絵美佳たちを眺めている。
「姫? 優一郎! 誰よそれ!?」
どうやら騎士と言われているのが優一郎だということは判った。絵美佳は初めて聞いた姫という名を口にしながら目を吊り上げた。優一郎は困った顔をしながら大助を見やっている。
「同じクラスの女子生徒です。席が隣どうしなので、いろいろと誤解されちゃって」
そう優一郎が告げた瞬間、部員たちが一気に立ち上がった。
「誤解!?」
一斉にそう叫ぶ。絵美佳はそんな部員たちと優一郎を見比べて苛立ちを覚えた。誤解だろうと何だろうと、優一郎が噂になっていることは間違いない。しかも相手は絵美佳の知らない女子生徒だ。絵美佳の顔は段々と不機嫌になっていった。
「姉さん、心配しないで下さい。人の噂も七十五日っていいますし、大丈夫です」
誤解の筈がないだろう、と詰め寄ってくる科学部員たちを押しのけ、優一郎はそう言いながら絵美佳に近づいてきた。絵美佳は不満いっぱいの顔でそっぽを向く。七十五日。優一郎の噂は聞いたことがないが、恐らく噂になってからそんな日数は過ぎてしまっているのではないだろうか。部員の全てに浸透している話であることから見ても、それは間違いない。絵美佳はうろんな眼差しで優一郎を睨んだ。
二人の姉弟をよそに、科学部員たちは驚愕に息を飲む。吉良部長。吉良優一郎。そう呟いて二人の顔を見比べる。だが二人はそんな部員たちを見ていなかった。
「もしかして、姉さんも、僕と彼女がつきあってるとか思ってるんじゃ? 雨宮さんといい、姉さんといい、今日は厄日かな」
優一郎の顔には苦笑が浮かんでいる。絵美佳はそんな優一郎を見ながらため息をついた。自分はこれまで誰よりも優一郎の近くにいた。誰よりも優一郎のことを理解しているのだ。そう思いながら絵美佳は半眼になった。優一郎の言葉の裏側に潜む別の意味が見える。
「なるほどねー。まああんたがそこまで言うなら、そういうことにしといてあげてもいいけど」
絵美佳は優一郎から目を離し、ちらりと部員たちを見やった。どうやら彼らは自分たちが姉弟だということに相当のショックを受けているらしい。この上、優一郎の本意をばらしたりしたら、面倒なことになりそうだ。絵美佳はため息をついて優一郎の肩を軽く叩いた。顔から不機嫌な気配をきっぱり消し、にっこりと笑ってみせる。その途端、優一郎の顔に微かな戸惑いが浮かんだ。
「姉さん?」
微かな狼狽の色を見せ、優一郎が呼びかける。絵美佳はにっこりと笑って優一郎の耳元に口を寄せた。
「あたしに隠し事なんて十年早いってこと」
絵美佳がそう囁くと優一郎が僅かに引きつった。だが絵美佳はそんな優一郎の傍をすり抜け、足早にドアに向かった。こうしてはいられない。調べることがまた増えてしまった。作戦を練る必要があるわね。絵美佳は内心でそう呟きながらへたれている部員たちを叱咤する。
物理法則を完全に無視していた多輝のことも、隠し事をしている優一郎のことも、そして姫と呼ばれる女子生徒のことも調べなければならない。絵美佳はにやりと嗤いながら部員たちを急かして屋上から離れた。
この姉弟はどっちもいい性格をしてます……。
まあ、理由があるんですけどね……。
その理由まで辿り着くかどうか(汗)