エロシーンはないです!
エロがあるかないかを前書きに書いた方がいいんでしょうかねー。
まだ身体が痛い。多輝はベッドの中で呻き声を上げた。寝返りを打つだけで傷が痛むのだ。幸い、骨は異常ない。だが、これだけ痛めつけられたのは生まれて初めてだった。
今日は学校は休むことにした。こんな身体を引きずってまで登校できない。電話口で担任は困惑していたが、多輝の疲れた声に同情したのか、あっさり納得したらしい。多輝は電話口で狼狽する女性教師の声を思い出して少し笑った。一度だけ、誰もいない教室で犯したことがある。だがそれも随分と前の話だ。それから、担任の女性教師は誰かと結婚した。……多輝に手をつけられた後に。
処女のまま、純潔を保ったままで結婚するのが女性教師の夢だったらしい。いつだったかそのことを誰かに告げていた。それを耳に挟んだ多輝は楽しみながらその教師を抱いた。足を血に染めながら感じている教師の姿は、夢を語っていた時とは全く別人だった。多輝の名を呼びながら快楽に震え、それでも懸命に声を殺していたのだ。
結局、その一度きりで多輝は女性教師から手を引いた。女性教師が処女だと信じていただろう相手の男はどんな反応をしただろう。それを考えて多輝は声を立てずに笑った。だがすぐに顔をしかめる。身体を揺すると身体のあちこちが痛む。
「ってえな……」
多輝は顔をしかめて身体を起こした。鋭く走る痛みに目を瞑る。
昨日のことはよく覚えている。知らない青年に好き放題に殴られた。反撃しようと試みたが、それすら全て暴力で返された。多輝は薄く目を開けて歯軋りした。どこの誰だったのかも知らない。今から反撃しようにも、青年の正体は全く判らないのだ。
多輝は幼い頃から丈夫な子供だった。たとえ身体に傷が出来ても、驚異的な治癒力を発揮した。そのことを孤児院の人々は不気味に思っていたらしい。他の子供の何十倍ものスピードで傷が完治してしまうのだ。確かに気持ち悪かっただろう。
そんな多輝を孤児院の人々は遠巻きにした。多輝はだが、別にそれを寂しいとは思わなかった。どうせ元々、誰も傍にいないのだ。これ以上、人々が離れたところで何とも思わない。そして多輝は次第に口をきかなくなった。
そんなある日、多輝を迎えに来た人がいた。それが立城だった。孤児院の人々は多輝を引き取りたいという立城の申し出を手放しで喜んだ。得体の知れない子供を引き取ってくれる人間が現れたのだ。願ってもないことだったろう。
結局、多輝は立城に手を引かれて孤児院を出た。最初に連れて行かれたのは洋服店だった。立城はそれまでぼろぼろの服を着せられていた多輝に服をあつらえてくれたのだ。生まれて初めての自分だけの服を着せられ、多輝は戸惑った。その時に貰った服はとても高価なものだった。当時の多輝にもそのことはおぼろげに理解できた。だが立城はにこにこと微笑みながら鏡に向かう多輝に頷いていた。よく似合うよ。そう言って笑ってくれたのだ。
それから立城は多輝を連れてレストランに入った。多輝は全身を緊張に強張らせ、ぎくしゃくとした足取りで立城について歩いた。立城が自分によくしてくれていることは判る。だから出来れば立城に恥をかかせるような真似はしたくなかったのだ。
向かい合わせにテーブルにつく。立城はメニューを眺めて二人分の料理を注文した。多輝は緊張に汗をかきながら揃えた膝の上で握ったこぶしを震わせていた。料理を食べる時、立城は多輝に優しく食事のマナーを教えてくれた。それまで、フォークもナイフも持ったことがなかった多輝は、必死で立城に教えられた通りに手を動かした。その間も立城は楽しそうに微笑んでいた。
次に連れられたのは大きな建物だった。立城が入り口を入るとその場にいた人々が深々と礼をする。立城の連れている多輝にもそれは同じだった。多輝は恐怖に似たものを感じながら立城の後を小走りについていった。
ぼくがこわくないの? 建物の最上階に連れられ、ソファに座らされた多輝は掠れた声で立城に問い掛けた。それまで人々はみんな多輝を怖がっていたし、それが多輝にとっても当り前になっていたからだ。
だが立城は笑顔で首を横に振った。小さな多輝の手を優しく握り、そんなことはないよと答える。そして立城は多輝にジュースを勧めてこう言った。
君は少し人とは違うかも知れない。けれど僕もそういう意味では同じだから。
多輝は初めて安堵した。そして泣きじゃくった。初めて自分を受け入れてくれる人を見つけた。そんな気分だった。それから立城はゆっくりと噛み砕くように多輝に説明をしてくれた。自分たちには人と違う力がある。それは別に気持ちの悪いことではない。だが、もしも多輝が嫌なのなら出来るだけ人には違うところを見られない方法を教えてあげよう。そして多輝は立城の言うことに頷いた。
あれからどのくらい経ったっけな。多輝は苦笑いしながら切り傷の走る腕に目を落とした。傷口そのものは塞がりつつある。だが打撲の方はまだ残っているのだ。痣になっているのは腕だけではない。身体全体が恐らく同じ状態だ。多輝は顔をしかめながらゆっくりとシャツを脱いだ。血はもう止まっている。だが、やはり痛みは変わらず残っている。多輝はため息をついて自分の身体を見下ろした。
ついでにお前の身体に傷を残してやろうか。昨日、青年はそう言いながら笑っていた。確かに今まで、これほど痛い思いをしたことはない。多輝は昨日の夜のことを思い出しながら歯軋りをした。公園に引きずり込まれ、抗うことも出来ずに滅多打ちにされた。だが何より腹立たしいのはその場に優一郎が現れたことだ。青年を止めるでもなく、打ちのめされる自分を見つめていた。あの目がどうしても忘れられない。
「あいつ……どうしてあんなとこにいきなり出てきやがったんだ」
多輝はそう呻いてベッドを降りた。汗と血で汚れたシャツを丸めてごみ箱に放り込む。舌打ちをして苛立ち紛れにベッドを蹴りつける。だが多輝はすぐに眉を寄せた。蹴った瞬間に痛みの走ったわき腹に手を当てる。
昨日、優一郎に見られたことを恥ずかしいとは思わなかった。何故か腹が立っただけだ。青年が打ちのめされる多輝のことをわざと優一郎に見せ付けていたことは理解できた。腹立たしかったのはそれが判っていながら何の反撃も出来なかった自分だ。多輝は悔しさに唇を噛み、俯けていた顔を上げた。
その時、誰かの来訪を知らせるチャイムが鳴った。多輝はため息をつきながら玄関に向かった。こんな時間に誰だろう。そう思いながら閉じたままのドアに返事する。するとドアの向こうから声が聞こえてきた。
「入れてくれないかな」
「立城?」
多輝は驚きながら慌ててドアを開けた。このマンションの部屋は立城に借りてもらったものだが、今まで立城自身がここを訪ねてきたことはない。ドアの向こうには立城が微笑みながら立っていた。
「やあ。かなり手ひどくやられたね」
そう言いながら立城は多輝の部屋に入ってきた。後ろには秘書が続いている。多輝は困惑しながら頷いた。二人は多輝に勧められるままに客間へと移動する。多輝は身体の痛みを堪えて茶を入れるためにキッチンに移動しようとした。だが歩き出す前に秘書の女性が一礼する。
「わたくしにお任せください。多輝様はこちらでお休みになってください」
そう言って女性はするりと多輝の脇を抜け、キッチンへと消える。多輝は深い息をついて女性に言われた通りにソファに腰を下ろした。立城が目の前に座っている。
立城は傷ついた多輝の身体をまじまじと眺めていた。多輝は目だけで何だ、と問う。すると立城はにっこりと笑った。
「痛い?」
「ったりまえだろが」
多輝は固い声音で即答した。痛みを堪えてソファに寄りかかる。関節が痛んで足を組むこともままならない。深々と息をついた多輝を眺めていた立城は首を傾げた。
「消えない痛み、か。随分と念入りにやられたものだね」
消えない痛み。多輝は何となく立城の言ったことを呟きで繰り返した。立城が軽く頷く。
「そう。消えない傷と痛み。多輝の治癒力でもその傷はなかなか治らないだろうね。……ああ、ありがとう」
立城は茶を出した女性秘書にそう礼を告げ、再び多輝を見つめた。多輝は黙って立城を見つめている。目の前に置かれたコップの中で氷が澄んだ音を立てる。
ちょっと長めだったので二分割しました。
5,000文字オーバー程度ならいいのかなあ……。