※この作品はR-18です。

パペットプリンセス   作:伊駒辰葉

35 / 55
エロシーンはないです。
分割したのでラストにちょっとだけある……かな?


夜会への誘い 1

 紫のイブニングドレスは斎姫の白い肌を一層引き立てている。大きく開いた胸元を気にしながら、斎姫がためらいがちな視線を寄越してきた。優一郎はにっこりと笑って斎姫に頷く。

 

「よく似合ってる」

 

 斎姫の恥ずかしそうな顔を見つめ、優一郎は静かな微笑みを浮かべていた。ドレスの入っていた大きな箱がベッドの上に置かれている。解けたリボンは薄ピンク色だ。真っ白な和紙で包まれたその箱は、優一郎の家に送られてきたものだ。

 

 季節はそろそろ秋に移り変わろうとしている。そんなある日、ドレス入りの箱が優一郎の手元に届いた。そして箱には一通の手紙が添えられていた。手紙の差出人は吉良瀬立城。優一郎が恐らくそうだろう、と踏んでいた青年の名がそこには記されていた。

 

 そして立城は斎姫の元には別の箱を送りつけた。こちらには男性用のタキシードが入っていた。ベッドに転がる二組の箱を見つめ、優一郎は苦笑した。斎姫はさぞ驚いたことだろう。おじさまと慕う人間から、初めて男性もののプレゼントを贈られたのだから。

 

 優一郎は斎姫の部屋で椅子に腰掛けていた。黒いタキシードは測ったように優一郎の身体にぴったり合っている。対する斎姫のドレスもぴったりのサイズだ。サテンの生地は優しく斎姫の身体を包んでいる。

 

「斎姫様、そろそろ化粧を致しましょう。こちらにおいでください」

 

 うやうやしく頭を下げたのは、斎姫の侍女役を務めている椿だ。ためらう斎姫に優一郎はそっと頷いた。椿に手を引かれ、斎姫がスツールに腰を下ろす。ドレスの裾がふわりと広がった。

 

 三面鏡の前に座った斎姫の顔に化粧を施す椿の顔は穏やかだ。斎姫は逆に緊張した面持ちをしている。聞けば、化粧をするのは初めてだと言う。優一郎は苦笑して鏡に映る斎姫を眺めていた。

 

 椅子の背もたれを抱える。優一郎は広がっていた袖口をピンで留めた。銀で出来た小さなピンには丁寧な細工が施されている。豊かな髪を伸ばした人魚。それを見つめながら優一郎は何気なくあの時の詩を口ずさんだ。

 

 あの日、彼に出会ったのは決して偶然ではなかった。海で出会った立城のことを思い出して優一郎は苦笑した。立城は恐らく、自分のことをよく知っていたのだ。経歴はもちろん、優一郎の性癖についても熟知していたのだろう。だからこそ、斎姫のデータを差し出したのだ。

 

 そして椿もそのことは心得ていたようだ。優一郎が初めてここを訪れた時も、椿は何の驚きも見せなかった。ただ、丁寧に礼をし、挨拶してくれた。ようこそ、優一郎様。それを聞いた時、優一郎は理解した。立城は斎姫を保護するために身近な存在だった椿をここに寄越したのだ。そして椿は斎姫を労わり、機械仕掛けの身体の世話をしてきたのだ。

 

 優一郎が訪れてから、椿は斎姫に対して最低限の世話しかしなくなった。もちろん、家事に関しては今まで通り、完璧に仕事をこなす。だが極力、斎姫の身体に触れなくなった。その分、優一郎が斎姫の調子を確かめる。椿はそれを当然と感じているようだ。おかげで優一郎は何のためらいもなく、斎姫の家を訪ねることができる。

 

「優一郎様。斎姫様の紅の色はどうなさいますか?」

 

 ふと椿が振り返る。優一郎は目を上げて鏡を見た。まだ、斎姫の唇はファンデーションで白くなっている。鏡の中で目が合うと、斎姫は恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「そうだね」

 

 思案しながら優一郎は顎に手をあてた。元々、斎姫の肌は透けるように白い。ファンデーションを塗らなくとも、化粧の色は映える肌の色だ。優一郎は目を閉じて斎姫の顔を想像した。唇に色んな色を乗せてみる。

 

「淡い色がいいかな」

「左様でございますか。それでは、この色などどうでしょう」

 

 跪いていた椿は腰を上げ、口紅を何種類か手にして優一郎に歩み寄った。優一郎はパレットの中に収まっている口紅をしげしげと眺めた。椿の持っているパレットにはピンク色の口紅が並んでいた。濃いピンクから淡いピンクまでがグラデーションを描いている。

 

 椿が紅筆で指しているのはパールの入った淡い桃色の口紅だった。優一郎はにっこりと笑い、椿に頷く。椿は静かに頷き、斎姫の傍らへと戻った。

 

 鏡の中に映る斎姫の唇に紅が乗せられていく。優一郎は機嫌よく斎姫を見つめていた。時折、斎姫は優一郎と目を合わせて恥ずかしそうに視線を逸らす。優一郎はその度ににっこりと微笑み、斎姫の目をじっと見つめた。

 

 だが優一郎は心のどこかに引っかかるものを感じていた。自分と斎姫との間柄は順調に進んでいる。何ら問題はない。斎姫を管理する立場を優一郎は完全に手に入れている。だが、そう思う心のどこかに不安があるのも事実だ。

 

 人形の姫を覗き見した奴がいる。あの夜に出会った見知らぬ青年の言葉が蘇る。覗き見。優一郎は胸の中で呟いて目を伏せた。あの青年は立城の言葉を伝えただけだと言っていた。あの夜、公園で人間業じゃない力で優一郎の身体を縛り付けたのもあの青年だ。

 

 一体、彼は何者なのだろう。誰が彼女を覗き見たのだろう。その日から優一郎の心の隅にそのことが引っかかっているのだ。青年は優一郎には危害を加えなかった。だが、多輝の方は完膚なきまでに叩きのめされていた。気になった優一郎は、試しに次の日に様子を伺いに多輝のクラスを訪ねた。だが、多輝は学校を休んでいた。まあいいか、と流してしまったために、それ以来多輝の姿は見かけていない。優一郎は思案顔で椅子の背もたれに腕を乗せた。顎を腕に乗せる。

 

 そしてあの日から絵美佳の様子もおかしい。まさか絵美佳が気付いたとは思えないが、それでも優一郎は家にいる間は緊張した。絵美佳がよそよそしい気がする。だがそれは数日後、確信に変わる。優一郎が目を合わせると、絵美佳が急に目を逸らしてしまったのだ。だが絵美佳は特に優一郎を避けることはない。話もするし、顔も合わせる。ただ、視線だけが殆ど合わなくなってしまったのだ。

 

 優一郎はため息をついて鏡に目を戻した。そして息を飲む。鏡に映された斎姫はとても美しかった。斎姫は元々、化粧なしでも整った顔立ちをしている。だが化粧を施された斎姫は誰もが目を見張るほど美しい女性に変身していた。

 

「斎姫様の準備が整いました」

 

 静かに告げながら椿は化粧道具を片付けている。優一郎は瞬きを何度かして、うん、と答えた。斎姫はスツールから立ち上がり、恥ずかしそうな表情で優一郎に近づいてきた。

 

「とても綺麗だよ、斎姫」

 

 屈めていた上体を起こし、優一郎は斎姫に微笑みかけた。斎姫の顔がぱっと明るくなる。濡れたように艶のあるドレスの生地が、斎姫が動くたびに光の波を描く。優一郎は頬を染めている斎姫の手を取った。長い手袋に包まれた斎姫の腕を指先でなぞる。斎姫は息を押し殺して微かに声を上げた。

 

 君たちを是非、夕食に招待したいんだ。立城の手紙にはそう添えられていた。今日はこれから指定されたレストランに出向くことになっている。時間になれば専用の車が回されるのだ。

 

 優一郎は椅子から立ち上がって斎姫の全身を見つめた。手を握られたまま、斎姫は頬を染めている。片づけを終えた椿が一礼して部屋を出て行く。優一郎は椿に目で応えてから斎姫に向き直った。

 

 恥ずかしそうに斎姫は目を逸らしている。優一郎は斎姫のうなじに手を伸ばした。斎姫の長い柔らかな髪は結い上げられている。優一郎が剥き出しになったうなじに触れると、斎姫はびくりと身体を震わせた。

 

「ほんとうに、これでいい? 僕で、いいの?」

 

 優一郎は沈んだ声で告げた。すると斎姫が困惑した顔になる。だがすぐに斎姫は力強く頷いた。

 

「吉良くんこそ、わたしで本当にいいの?」

 

 斎姫は怯えたような眼差しでそう問い掛けた。優一郎は少しだけ笑った。ゆっくりと斎姫のドレスに手を伸ばす。つまんで裾を持ち上げると斎姫が驚いた顔になった。




まだまだ全然ですね……(謎
書けていないのは承知の上なのですが、修正がホントムリで(泣)
すみません。
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