ここはエロシーンはないです!
屋上には少し冷たくなった風が吹いている。多輝はぼんやりとフェンスに寄りかかって空を見上げた。秋空には白い雲が浮かんでいる。
最近の多輝は覇気がない。クラスメイトたちがそう噂していることも知っている。現にあれだけこだわっていたカップル壊しも最近はしていない。情報を手に入れても興味も示さない。多輝はぼんやりとした視線を黙って空に向けていた。
秋空は遠い。澄み切った青の中に点々と白い雲が流れている。
あの日、意識を取り戻した多輝は全身の傷が癒されていることに気付いた。立城も桜ももういなくなっている。暗い部屋の中で目覚めた多輝は自分の身体を確かめ、そして疲れた息をついた。
人に似た別のもの。多輝は口の中でそう呟いた。屋上の扉が開いても視線は空に固定したままだ。誰かが傍に寄ってくる。そこで初めて多輝は視線を動かした。
「ああ、あんたか」
白衣のポケットに手を突っ込んだ絵美佳が立っている。多輝は苦く笑いながら軽く肩を竦めた。ついでに首を回す。
「元気ないわね! らしくないわよ」
多輝を真っ直ぐに見下ろしながら絵美佳がそう告げる。だが多輝は力なく笑ってそうかな、と応えた。絵美佳はふん、と鼻を鳴らして多輝の隣に座り込む。
何気なく隣に目をやる。多輝は膝を抱えて拗ねた顔をしている絵美佳に何となく笑いかけた。
「あんたはいつも元気だな。研究とやらが上手くいってんのか」
すると絵美佳がぴくりと頬を引きつらせた。
「そんなはずないわ! あたし悩んでるんだから!」
悩みねえ。多輝は苦笑しながらそう答えた。すると絵美佳が力いっぱい頷いて多輝を睨みつけてくる。
「あたしは無駄に元気なだけが取り柄のあんたと違って繊細なのよ!」
「言ってくれるよなあ」
目いっぱい力を込めて吐き捨てた絵美佳に多輝は力なく笑った。確かに今までの自分を見ていればそんな評価をされるのだろう。多輝は腕を伸ばして絵美佳の肩を抱いた。手の中で絵美佳が硬直する。
あれから立城は多輝の前に現れない。言いたいことを言ってしまったとばかりに姿を眩ましている。だが、多輝はいつものように立城を探し回ったりしなかった。一度だけ会社を訪ねたが、不在を言い渡されて大人しく引き上げたのだ。
本当は怖いのかも知れない。多輝はぼんやりとそう呟いた。すると絵美佳が鋭い視線を寄越してくる。
「あんたは無駄に元気なだけが取り柄なんだからっ! だからっ! そんな変な顔はやめなさい!!」
絵美佳が怒鳴る。多輝は苦笑してそんな絵美佳の肩を抱き寄せた。自然と絵美佳の身体が多輝の方に傾く。
「そっか。そんなにおれって変な顔かな」
試しに頬に手を当ててみる。そんな多輝を見上げ、絵美佳はしっかり頷いた。
「そんなことないわ……結構ハンサムよ! ってさっきの顔ってのは表情って意味よ!」
「そりゃどうも。ハンサムってとこだけありがたく受け取っとく」
多輝は小さく笑いながら絵美佳から手を離した。絵美佳は不思議そうな顔で多輝を見上げている。多輝は視線を空へと戻し、ため息をついた。
「なあ」
何気なく多輝は絵美佳に声をかけた。何よ、と絵美佳が答えてくる。多輝は苦笑しながらそっと呟いた。
「吉良先輩、人形が嫌いなんだよな?」
「嫌いよ。大嫌い」
絵美佳は怒りの形相になり、そう即答した。多輝はそんな絵美佳をちらりと見て肩を竦めた。そしてため息をつく。
「それって人じゃないから?」
「機械のくせに生意気だから」
また即答だ。多輝は怪訝に思いながら頭を戻した。まじまじと絵美佳を見つめる。絵美佳は膝を抱えたまま、怒りに溢れる顔でじっと正面を睨みつけていた。
「……何かあったのか?」
試しにそう問い掛ける。すると絵美佳は抱えていた膝に顔を埋めた。多輝は驚いておい、と絵美佳に声をかけた。
「機械なら機械としての誇り持ってって言いたいわ! 機械であることに傷ついてます! って同情を求めるのはやめて欲しいの!」
多輝は絵美佳の肩に伸ばしかけていた手をぴたりと止めた。絵美佳は身体を小さく震わせている。もしかしたら泣いているのかも知れない。多輝は恐る恐る絵美佳の肩に手を乗せた。だが絵美佳は拒絶しない。ゆっくりと抱き寄せると自然と多輝に寄りかかってくる。
声を殺して絵美佳は泣いていた。時折、呻き声を漏らしている。多輝は苦い気分を味わいながらしばらく黙って絵美佳の肩を抱いていた。腕の中で細い身体が震えている。やがて絵美佳は鼻を啜りながら顔を上げた。涙に濡れた眼鏡を外す。白衣の袖で顔を拭い、取り出したハンカチで丁寧に眼鏡のレンズを拭く。そうしながら絵美佳はまた新しい涙を零した。
チャイムが鳴り、午後の授業が始まる。だが二人は寄り添ったまま屋上に座り込んでいた。絵美佳はハンカチで顔を拭いている。
「やだ。何で止まらないのかしら。変ね」
そう言いながら顔を歪める。もしかしたら笑っているつもりかも知れない。多輝は小さくため息をついて懸命に笑おうとする絵美佳を力強く抱き寄せた。絵美佳がよろけて多輝の胸に倒れこんでくる。
多輝は黙って絵美佳を両腕に抱きしめた。細い身体が震えている。多輝はただ、静かに目を閉じて絵美佳の柔らかさを確かめていた。機械にはない優しいあたたかさが心地いい。
絵美佳の手から眼鏡が転げ落ちる。多輝は黙って絵美佳の背中を撫ぜた。女性特有の丸みを帯びた身体つきをこうしてゆっくりと味わうのは久しぶりだ。だがうろたえていた絵美佳が正気に戻る。慌てたように絵美佳は多輝から身体を引き剥がした。
「なっ、何すんの!」
「さっきまで文句言わなかったくせに」
無造作に振り回された絵美佳の手に頭を殴られ、多輝は顔をしかめた。絵美佳の手がヒットした部分を押さえて唇を尖らせる。だが、絵美佳は自分が多輝を張ったことには気付いていないらしい。憤然と指を突きつけてくる。
「色情魔っ。超変態っ。やっぱり相談したあたしがばかだったわ!」
そう叫ぶ絵美佳を多輝は訝りを込めて見つめた。
「吉良先輩、いつおれに相談した? 何を?」
絵美佳がしていたのは一方的な感情の吐露だ。別に何事かを持ちかけられた訳ではない。疑問に首を傾げる多輝に、絵美佳がさらに叫ぶ。
「うわっ、あんたってさいてー! 女心がまるっきり判らないのねっ」
何がそんなに気に入らないのだ。多輝は憮然として頭を抱えて叫ぶ絵美佳を見つめていた。だがすぐに気を取り直して指を鳴らす。
「そっか。吉良先輩、弟関係で何かあったんだな?」
絵美佳が優一郎を好いているのは明らかだ。多輝が告げると案の定、絵美佳はぴたりと叫びを止めた。恨みがましい目になった絵美佳に苦笑いする。多輝は息をついて絵美佳の頭を撫ぜた。
「落ち着け落ち着け。そんな、必死で喚かなくてもいいじゃん。弟を人形に寝取られたのが、そんなに悔しいのか?」
するといきなり絵美佳は多輝をぶん殴った。避けきれずに顔面に強打を食らう。多輝は頬を張り倒されて不機嫌な面持ちになった。だが絵美佳はそれ以上に凄まじい怒りの形相になっている。
「誰があんな人形に負けるもんですか!」
「あ、じゃあ斎姫のことは確認したのか」
多輝は痛む頬をさすりながら何気なくそう吐き出した。すると絵美佳が鋭い視線で多輝を睨みつける。当り前よ、と喚いてから絵美佳は多輝に身を乗り出した。
「あの女、斎姫って言うのね?」
低い声で問い掛けられる。多輝は素直に頷いた。
「ああ、吉良瀬斎姫だ。……ほんとに今まで知らなかったのか? 吉良先輩」
斎姫はこの学校では誰よりも有名人だろう。知らない生徒はいないくらいに噂は飛び交っている。特にここ最近は騎士とあだ名される優一郎といやに仲がいいと評判だ。何でも優一郎が斎姫のことを名で呼び捨てているという話だ。だがそれを聞いた多輝は大して驚かなかった。倉庫でいちゃついていた二人だ。それくらいのことは別に何でもないだろう。
だがそんな斎姫の名前すら、今まで絵美佳は知らなかったのだ。多輝は唖然として絵美佳を見つめた。絵美佳は多輝の驚きに気付かないらしい。しきりに頷きながら落ちていた眼鏡をかけなおしている。
「なるほど、吉良瀬斎姫ね……。ん? 吉良瀬?」
感慨深げに頷いていた絵美佳がふと言葉を止めた。思案しながら顎に指を当てる。多輝は絵美佳の考えを邪魔しないように黙っていた。
「吉良瀬って……。もしかしてあの吉良瀬?」
「吉良先輩の言う、あのってのはよく判んないが、多分そうだろ」
吉良瀬財閥は有名だ。斎姫を知らない絵美佳だが、吉良瀬の名だけは知っているのかもしれない。多輝は頷いて絵美佳の言を肯定した。すると絵美佳が眉を寄せて呻く。どうやら納得がいったようだ。多輝は息をついて呻いている絵美佳を眺めた。
不意に絵美佳が伏せていた顔を上げる。
改行入れて分割しているのですが、文章メタクソで泣けます……。
修正してなくてすみません(泣)