エロシーンないです。
「ここの地下に自分専用の鉄道を走らせてる奴ってどんな奴だろうとか思ってたけど、なるほど、あの人形の関係者なら頷けるわ」
「ちょっと待て」
多輝は半眼になって絵美佳を手で制した。引きつりながら座っているコンクリートを指差す。
「この下? 専用?」
「そうよお。まさか、知らなかったの? 研究室のすぐ脇を通ってるおかげで、がんがん煩いのよー。まったく、どんな変わり者かと思ってたけど」
あんな淫乱な人形の関係者なら納得できるわ。絵美佳が続けた言葉に多輝は頭を抱えた。ちなみにここの地下には駅もあるわよ。絵美佳がそう言って多輝に追い討ちをかける。多輝は疲れたため息をついて額を押さえた。力なくフェンスに寄りかかる。
「そんなもんまで作ってたのか、あいつ」
「車両に平仮名で『きらせてつどう』とか書いてあるのよ? ……まさかほんとに知らないの?」
今度は絵美佳が訝る番だった。多輝はあまりの事実にうんざりし、盛大なため息をついた。立城らしいというか、いや、立城ならではというか、でもやっぱり立城だよな。と訳の判らないことをぼやいてみる。そんな多輝を絵美佳は不思議そうに眺めていた。
「とにかくっ」
しばらく多輝を眺めていた絵美佳が唐突にこぶしを固めて強い口調になる。
「あんたが元気がないと人形破壊計画が台無しでしょっ。すぐさま元気になりなさいっ!」
絵美佳は多輝を指差しながらそう喚いた。多輝はのんびりと頭の後ろで手を組み合わせ、フェンスにもたれる。相変わらず変わった反応をする女だ。そんなことを考えてみる。
秋風に吹かれながら二人はしばらく黙って見つめ合っていた。どちらからも授業のことは言い出さない。次第に絵美佳の視線から険が消え、変わりに心配そうな面影が覗く。多輝は苦笑してそんな絵美佳に腕を伸ばした。
きっと絵美佳は彼女なりに慰めてくれているのだ。もしかしたら最近、多輝が元気がないことをどこかで聞きつけたのか。それとも見張っていたのか。どのみち、多輝を真正面から叱りつける人物は初めてだった。怒鳴りながら喧嘩を吹っかけてくる相手には事欠かないが、そういう相手は大抵、多輝に何らかの恨みを抱いている者だ。だが絵美佳は違う。
自然と絵美佳を抱き寄せる。バランスを崩した絵美佳は小さな悲鳴を上げて多輝の胸へと倒れこんだ。静かに抱きしめながら呟く。
「誇りか。それさえなくさなかったらおれも大丈夫かな」
「なっ、何の話!? というか、離しなさいよ! こんな、ぽんぽん気軽に抱きつくんじゃないわよっ、この超変態!」
腕の中で絵美佳が喚く。だが多輝は黙って目を閉じ、絵美佳の髪に顔を埋めた。シャンプーの香りがする。絵美佳は多輝の拘束から逃れようともがいていた。力をこめて絵美佳を抱きすくめる。すると絵美佳は諦めたようにため息をついて大人しくなった。
どんなことになっても誇りさえ失わなければ。それなら自分の価値は変わらないかも知れない。多輝はそう思いながら微笑んだ。緊張に強張っている絵美佳の身体を抱いていると、それも本当になりそうな気がする。
「でさあ。いつんなったらラブシーンやめる? もう、おれもそろそろ飽きてきたんだけど」
唐突に声が降って来る。多輝は慌てて声のする方を振り仰いだ。腕の中で絵美佳も顔を上げる。
いつの間に現れたのだろう。フェンスの上に一人の男子生徒が腰を下ろしていた。退屈そうに欠伸をしながら目をこすっている。多輝は顔をしかめながらその生徒の顔を判別しようとした。だが日差しが背後にあるために、顔立ちがはっきりと見えない。多輝がじっとその男子生徒を見つめている間に、絵美佳は慌てたように腕から抜け出していた。
「あんた誰!?」
ぼんやりしている多輝の代わりにか、絵美佳がその生徒に怒鳴りつける。すると男子生徒はくすくす笑いながら身軽に跳んだ。足音もなく二人の目の前に着地する。振り返ったその生徒の顔を見た時、多輝は思わず息を飲んだ。
あの時の青年にそっくりだ。が、幾分か若い。制服に身を包んでいるところを見ると、どうやらこの学校の生徒に間違いないようだ。多輝は眉を寄せて男子生徒を睨みつけた。
「そうやって訊いてきたのはお嬢さんが初めてだ。大抵はそこのくそがきと同じに、制服を着ているだけでここの生徒だと思うらしい。……全く、無用心な話だよな」
そう言いながら男子生徒は楽しそうに笑ってみせる。多輝は目を見張って反射的に絵美佳を抱き寄せた。背中に庇いながら男子生徒を睨みつける。
「あ、あんた、なにすんのよ!」
背後で絵美佳が叫ぶ。だが多輝は鋭い目で男子生徒を睨んでいた。なにがどうなっているのかは判らないが、目の前の生徒はあの時の青年と同じ者なのだ。証拠などはない。ただの勘だ。だが多輝はその直感が真実であると確信していた。
「お嬢さんの度胸に免じて、おれの名を教えてやろう。よく聞け、くそがき」
男子生徒が嗤った。その瞬間、金縛りになったように動けなくなる。後ろにいた絵美佳も同様だったらしい。息を飲んで呻いている。
「おれは水輝。お前たちが嫌悪する、人間外だ」
静かな声が響く。多輝は愕然と目を見開いた。だが当の水輝は嗤っている。多輝の背後では絵美佳が力なく肩を落としていた。
水輝は大またで多輝に歩み寄り、胸倉をつかみ上げた。それだけで殴られた時の痛みが蘇ってくる。気付くと多輝は水輝に引き起こされていた。絵美佳が傍で震えている。
はっきりと何が怖いと判る訳ではない。だが水輝を見ているだけで得体の知れない恐怖が心の中に生まれてくる。多輝は無意識に水輝から目を逸らした。
「純粋培養のくそがきと、総一郎先輩の娘かあ。面白い組み合わせを見せてくれるよなあ」
水輝が吐き出した瞬間、絵美佳が猛然と立ち上がった。
「なんであんたパパを知ってるのよ!」
凄まじい剣幕で水輝に詰め寄っていく。多輝はやめろ、と絵美佳に喚いた。だが絵美佳は全く聞いていないらしい。水輝の傍まで歩み寄り、怒りを露にして腰に手を当てる。
「パパだけじゃなく、ママも知ってるぜ? 由梨佳さんだろ? ああ、ついでに息子も知ってるけどな」
そう言いながら水輝はくすくすと笑い出した。だがあくまでも多輝をつかみ上げたままだ。多輝は締め付けられる苦しさにもがきながら、必死で絵美佳を見やった。早く逃げろ、と声にならない声で告げる。けれど絵美佳はちらりと多輝を見ただけで、逃げようとはしない。それどころか水輝につかみかかりかねない勢いで叫ぶ。
「あんたマジで何者なの!?」
「だからさ。さっき、自己紹介したじゃん」
絵美佳の叫びを受けた水輝は楽しそうに笑いながらそう応えた。ゆらりと手を伸ばして絵美佳の額に指を触れさせる。
「よせ!」
思わず叫んだ多輝を一瞥し、水輝は何事かを呟いた。するとふらりと絵美佳の身体が傾ぐ。倒れた絵美佳を片腕で支え、水輝はにやりとした嗤いを多輝に向けた。
「絵美佳ちゃん、か。なかなかいい名前じゃん。くそがきの腹立つ名前より、何十倍もましだね」
「……てめえ。吉良先輩は関係ないだろが! おれに用があるんじゃねえのかよ!」
多輝はそう叫びながら水輝の手を振り切った。意外とあっさり水輝の拘束が外れる。多輝は力ずくで水輝の抱いている絵美佳を奪おうとした。だが突進した多輝を水輝はいともあっさり避けてしまう。
「ほんっとに純粋培養だな。立城のやつ、なに考えてんだ」
その言葉に多輝はぴたりと動きを止めた。水輝に感じる恐怖を抑え、訝りが浮かんでくる。おい、と声をかけた多輝を無視し、水輝は何やらぶつぶつと口の中で呟いた。途端に水輝が全くの無防備になる。それを感じ取った多輝は勢いよく水輝に飛び掛った。だが、手が届く寸前で水輝が身をかわす。多輝は勢い余ってフェンスに激突した。
「まあ、どっちにしろおれがやることに変わりはないっか。……おい」
フェンスに突っ込んだ多輝は慌てて振り返った。水輝が真っ直ぐに自分を見下ろしている。腕にはまだ脱力した絵美佳を抱えたままだ。多輝は歯軋りしてもう一度、水輝に飛び掛ろうとした。
この段落だけ妙に長くて、しかも視点が愉快に動く、という……。
なんだかなー……。