昼時間前に突風のように現れた誰かに連れられて行ったきり、優一郎は戻ってこなかった。斎姫は動揺しながら午後の授業を受けた。どうしよう。相談しようと思っていたのに。体育の時に出会った多輝のことを、斎姫は優一郎に言えずじまいでいたのだ。
悩んでいる間も刻々と時間が過ぎていく。斎姫は徐々に焦り始めた。どうすればいいのだろう。大人しく倉庫に出向くべきなのだろうか。多輝は斎姫の正体をはっきりと知っているようだった。それを考えると行くべきなのではないかと思う。
だがそう思う心のどこかが叫んでいる。絶対に行くな。多輝を一目見た時、斎姫は言いようのない危うさを感じていた。だから本当は行かない方がいいのかも知れない。だがそうしなければ多輝は斎姫のことをばらすと言った。
でももしかしたら優くんもあの倉庫にいるかも。斎姫は恐怖に怯えながら必死でそう考えた。今はいないけれどもしかしたら自分が行く前にあそこに行ってくれているかも知れない。それが甘い考えであることを知りながら、斎姫はそう思わずにはいられなかった。そうしなければ耐えられそうになかったのだ。
やがて放課後になる。クラスメイトたちが仲良く教室を出て行くのを横目に、斎姫は深々とため息をついた。もう時間がきてしまった。だが斎姫は行く覚悟を決めていた。相手は自分を知っている人だもの。悪意があるかどうかは判らないもの。ただの話をするだけかも知れないもの。そう思いながら教室を出る。
外には冷たい風が吹いていた。昼間は心地良く感じられた風なのに、今は心まで冷やされていく感じがする。斎姫は緊張しながら倉庫の前に立った。鍵はまだかかっている。多輝はどうやら来ていないらしい。斎姫は安堵を覚えながら倉庫の鍵を外した。ドアを開けて中に入る。
「いらっしゃい」
見慣れたソファに誰かが座っている。多輝だ。斎姫は真っ青になった。多輝は身動き出来なくなっている斎姫の脇を通り過ぎ、開いていたドアを力強く閉めた。大きな音がして斎姫の髪が風に煽られる。
多輝は再び斎姫の脇を過ぎてソファに腰を下ろした。まじまじと斎姫を見つめている。斎姫は目を細めて多輝を見やった。多輝は片方の耳にヘッドホンを嵌めている。その下からマイクらしきものが多輝の口許に伸びている。なぜ、そんなものをつけているのだろう。斎姫は訝りに眉を寄せ、毅然と胸を張った。
「約束どおり、来たわ。要件は何かしら?」
斎姫は得体の知れない恐怖を抑え、はっきりとそう問い掛けた。多輝はにやにやと嗤いながら斎姫を見つめている。
「要件ね。意外と強がりなんだな、斎姫ちゃんって。実は怖くて震えてるのにさ」
嗤いながらそう告げ、多輝が静かに立ち上がる。斎姫は反射的に半歩ほど下がった。だが多輝は斎姫に近づいてこなかった。その場に立ったまま、斎姫を見下ろしている。斎姫は訝りに眉をひそめた。
「人形だってばらされたくないよな? みんなにさ」
「だから、何をわたしに要求したいの? お金?」
斎姫は鋭く多輝を睨みつけながら吐き捨てた。すると途端に多輝が吹き出す。くすくすと笑いながら多輝はソファに身を投げ出した。足を組んで下から斎姫の顔を覗きこむ。
「金って言ったって、斎姫ちゃんの金じゃないだろ? 立城から金がこっちに流れてきたって、おれは嬉しくもなんともないね」
そう言いながら多輝はにやりと嗤った。その瞬間、斎姫の全身が粟立つ。膣に挿入されているストッパーが原因ではない。多輝から発される目に見えない何かが斎姫に恐怖を与えたのだ。
「おじさまが、許すと思うの?」
「なんでおれが立城の許可を取らなきゃなんないんだよ。第一、立城がそんなこと気にするたまだと思うのか? たとえ斎姫ちゃんのことがばれたって、あ、そう。でおしまいさ」
懸命に恐怖に耐えながら告げた斎姫を多輝は軽く嘲笑った。斎姫は手を握り締めて首を横に振った。
「おじさまはそんな方じゃないわ!」
「……あんたにはな」
そう言って多輝は低く嗤った。ゆらりと立ち上がって斎姫の目の前に立つ。発作的に斎姫は後ろに下がった。だがすぐにドアに背中が当たる。退路を失い、斎姫は焦って前を向いた。多輝がすぐ目の前に立っている。
「吉良瀬の名を与えられた斎姫ちゃんは、大事に大事に育てられたんだよな。外界の余計な情報は一切耳に入らず、立城に大事に守られてたんだろ?」
言った瞬間、多輝は斎姫の頭のすぐ傍に手を伸ばした。倉庫のドアが多輝に殴られて鈍い音を立てる。斎姫は思わず目を閉じて小さな悲鳴を上げた。
「何するの!」
斎姫は怒りに任せてそう叫んだ。だが多輝は嗤いながらもう片方の手も斎姫の頭の傍に伸ばす。力をこめてドアに手を叩きつけ、多輝は静かに続けた。
「おれの目的は斎姫ちゃんの身体」
「わたしの身体!?」
斎姫は声を張り上げた。素早く多輝が斎姫の腕を引く。つんのめった斎姫の身体を、多輝はソファに放り投げた。衝撃に目を閉じていた斎姫は、瞼を上げて息を飲んだ。多輝がすぐ傍に屈みこんでいたのだ。
「おれが試すくらいいいよな。だって玩具なんだろ? 斎姫ちゃんは」
言われた斎姫は唇を噛んで俯いた。玩具と言われても否定はできない。だが斎姫は毅然と多輝を睨み、声を張り上げた。
「あなたの言うとおり、玩具かもしれない。だけど、そうだとしても、優くんの玩具だもの!」
「玩具が所有者を主張すんなよな。所有権を主張できるのは、持ち主だけだろが」
低い声で嗤いつつ、多輝は斎姫のネクタイを無造作につかんだ。結び目の部分に指を入れ、じわじわと引いていく。斎姫は息を飲んで多輝を見上げた。
「やめなさい!」
斎姫は必死でそう叫んだ。多輝の手を振り払おうとする。だが振り下ろした斎姫の手を、多輝は寸前でつかんでしまった。嫌がる斎姫の腕を捻り上げる。
「どこまで強気でいられるか、試してみようか。なあ、斎姫ちゃん?」
キャラブレブレ……
しばらくは安定しません。