※この作品はR-18です。

パペットプリンセス   作:伊駒辰葉

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エロシーンはないです~


二人の企み

 風に煙草の煙がたなびく。水輝は屋上のフェンスの上に座っていた。その真下には多輝が作ったへこみがある。ぼんやりと宙を眺めながら水輝は薄く嗤っていた。

 

「くそがきがどこまでやれるか拝見といくか」

「さすがは君と同じ性質を持つ者だね。多輝、とっても楽しそうだよ?」

 

 水輝はちらりと足元を見た。スーツ姿の立城も笑顔で煙草をくゆらせている。

 

 眠っている間に色んなことがあったらしい。水輝はフェンスに寄りかかっている立城に苦笑して、空に目を戻した。空中に背中を預け、頭の後ろで手を組み合わせる。立城は小さく笑って軽く地面を蹴った。ふわりと身体が浮き上がり、音もなく水輝の横に腰掛ける。

 

 斎姫は立城の、そして多輝は水輝の性質を色濃く持つ。だが初めての試みである実験は失敗した。立城の性質を辛うじて持ってはいたが、肉体は完全には形成されなかったのだ。失敗作である斎姫は処分されることになった。だがそれに反対した者がいたのだ。

 

 それが吉良由梨佳だった。彼女は脳だけの斎姫を哀れに思い、機械仕掛けのボディを作成することにしたのだ。破棄予定は覆り、脳には由梨佳の作ったボディが与えられた。幼い脳がボディに対して拒否反応を示さなかったのは幸運だった。その後、機械の身体を持つ脳は斎姫と名付けられた。

 

 吉良研究室の総力を結集した斎姫は順調に育っていく。育成場所は郊外にある立城の別邸だった。立城の使い魔である桜が最初の育成者に任命される。そして斎姫は偽りの記憶を刷りこまれ、何の疑いもなく成長していく。

 

 第二の実験は成功した。前回の問題点を改善した実験で生まれたのが多輝だ。そして多輝の元になる遺伝子は水輝から採集されたものだった。だが、当時、水輝は深い眠りについていた。先の事件で半強制的な眠りについていた水輝は、だから最近まで自分の遺伝子を採取されたことに気付いていなかった。そして水輝の知らぬ間に多輝は生まれ、そして一度は身寄りのない子供として孤児院に預けられる。

 

 それを引き取ったのが立城だ。時期を見て立城は多輝を迎えに行った。当時の多輝は酷く怯えていたという。そんな多輝に封印を施したのも立城だ。放っておけば多輝は自然に龍神として目覚めていた筈だ。だが、立城はその可能性を封じてしまったのだ。

 

 何も知らないままで斎姫と多輝は成長していく。特殊なボディを持つ斎姫は、コンプレックスを抱きながらも素直に育っていく。多輝も立城に守られたまま、穏やかな成長を続けた。

 

「みんな、死んだもんな」

 

 水輝はため息をついて呟いた。すると立城が眉を跳ね上げる。だが何も言わない。そんな立城を見やり、水輝は苦笑した。

 

 先の事件で数多くの龍神が命を散らした。自分たちが大戦と呼ぶあの時以来の悲惨な事件だったのだ。辛うじて残った龍神たちの傷も生半可なものではなく、水輝と同じように眠りについてしまった者も多い。未だ眠り続けているものもいると聞く。

 

 世界を守るべき者が倒れる。それは自然と世界に魔と呼ばれるものを生む原因となった。地上に生きる者の汚れを飲み込み、押し流し、そして燃やしてしまう者。だがその役目を担っていた者たちが眠りについてしまえば、世界は当然、悲鳴を上げる。守るべき者のいない場所で発生している魔は、いわば世界の自浄作用により生み出された存在だ。

 

 立城はそんな中で唯一、眠りにつかなかった存在だった。世界の行く末を危惧した立城は禁忌と言われる技術に手を出した。その結果が……斎姫と多輝だ。

 

「確かに手っ取り早く増やすのが一番だったかもだけどさ」

 

 言いながら水輝は立城の顔を見やった。立城は黙って煙草を吸い続けている。その顔には柔らかな微笑みが浮かんでいる。水輝は鼻で笑って短くなった煙草を吐き捨てた。地面にたどり着く前に、煙草の存在そのものが消えてしまう。胸ポケットを探った水輝は顔をしかめた。新しい煙草を買い忘れている。だがそのことに気付くと同時に立城が水輝の目の前に煙草の箱を差し出した。

 

「僕のでよければだけど」

 

 笑いながら立城の手の中から新しい煙草を抜く。唇に挟むと絶妙のタイミングで立城が火を差し出した。水輝は目で笑ってからありがたく煙草に火を灯した。

 

 龍神は世界が自然に生み出す存在だと言われている。故意に造ることは出来ない。そう言い続けられてきた。だが、立城はあえて科学技術に踏み込んだのだ。現在、科学技術の最先端を走る吉良研究所に知り合いがいたというのも、立城を踏み切らせた理由だろう。

 

 だが実験は失敗。斎姫は機械のボディを所有することになった。しかも彼女には立城の望むような力は全く現れなかったのだ。立城の遺伝子を持ってはいるが、あくまでも擬似的なもの。いや、もしかしたらフェイクにすらなっていないかも知れない。けれどそんな斎姫を立城は大切に育てることにした。

 

 それは斎姫に同情したからではない。必要だったからだ。水輝は内心で呟いて立城に苦笑を向けた。立城が笑って首を傾げる。

 

「お前が相変わらずで安心した。……ま、安心していいのかどうかは知らねっけどさ」

「僕はいつだって僕だよ。どこまで行ってもね」

 

 水輝は声にならない声で笑った。立城もくすくすと笑い出す。

 

 斎姫の問題は後に片付ける。立城はそのつもりで斎姫を保護し続けた。使い魔を傍に置き、斎姫に余計な知識を与えないように細心の注意を払った。そして使い魔たちは主である立城の命を履行した。

 

 だが問題だったのは多輝の方だ。初めての実験成功体である多輝は、すくすくと成長していった。だが、それに伴い龍神としての目に見えない輝きを持つようになる。立城はことあるごとにそれを封じた。本来なら、龍神として成長させるつもりだったものを、だ。

 

 何故なら、多輝はまだ不完全だったからだ。龍神は生まれてから十六年間に及ぶ過渡期をクリアしなければならない。その間に必要な情報を吸収し、力の使い方を学び、そして初めて一人前の龍神として立つことが出来るようになる。水輝のような、本当の意味で自然と生まれてきた者も、立城のように人から生まれた龍神も、全てだ。例外はない。

 

 だがこの時代は多輝に厳しかった。本来、龍神の多くは十六年間の過渡期を他の龍神たちに囲まれて過ごす。だが多輝には立城しかいなかった。立城も四六時中、多輝を守る訳にはいかない。そう。今現在、世界には龍神の敵が多く存在するのだ。ハンターと呼ばれる狩人を筆頭に、それらは常に龍神の魂を狙っている。

 

 それらから守るために、立城はあえて多輝の持つ龍神の性質そのものを封印した。そうすることで、多輝を保護してきたのだ。

 

「でも封じられてても出来損ないでも、やっぱあいつは龍神だよ。結局、自分の道を突き進んでやがる」

「そうかも知れないね」

 

 めぐり合わせ。そして斎姫と多輝はこの学校で出会う。そして同時に由梨佳の子供の二人とも。

 

「お前、最初っから知ってたんじゃないのか? ここにあいつらが全部集まるってさ」

「まさか」

 

 立城はそう答えてにっこりと笑った。水輝は訝りを込めて立城を横目に見やり、次に苦笑した。ま、そう言うだろうと思ったけどさ。そう言って息をつく。

 

「しっかし、むかつくのはくそがきの名前だ。何で多輝? わざわざ判りやすい名前をつけることもないだろが」

 

 水輝と多輝。水輝を知る者はきっと多輝が何者であるかを瞬時に理解するだろう。現に水輝も多輝の名前を聞かされた時に、それがどういう意味であるかを理解したのだ。

 

「しかも雨宮とはねえ。まさか厭味のつもりじゃないだろうな?」

「うん。水輝が嫌がると思ってね。そう名付けてみたよ」

 

 にっこりと笑いながら立城が明るくそう吐き出す。水輝は呻いて額を手で覆った。眠っている間も油断できないなんて、とぼやく。すると立城は穏やかな笑みを浮かべて水輝から目を逸らした。

 

「でもね。二人に幸せになって欲しかったのは本当だよ。それだけは、嘘じゃない」

「お前の幸せの定義はなあ……」

 

 水輝はそう呟いて細長く煙を吐き出した。立城が短くなった煙草を灰皿にしまい、新しい煙草を咥える。水輝はそんな立城の首筋をつかまえ、火のついた煙草の先を立城のそれへと触れさせた。

 

 吉良絵美佳と吉良優一郎。彼らは両親にある意味でとてもよく似ている。だが絵美佳は機械である由梨佳を酷く嫌い、優一郎はそんな由梨佳に欲情する。だが一見、歪んでいる二人は、実験で生み出された斎姫と多輝にはまさに理想的な存在だった。

 

 煙草に火を移し、水輝は立城を静かに解放した。立城は苦笑しながら煙草を指でつまむ。

 

「ライターは持っているのに」

「あ? 気分の問題だ」

 

 そっけなく答え、水輝は大きく伸びをした。立城が横で微笑んでいる。眠る前と少しも変わってなどいない。

 

 人外を嫌う二人と、どうやっても人でないものから離れられない二人。この組み合わせは今から何を生み出すだろう。もしかしたら立城の期待以上のものを生み出すかも知れない。水輝は目を細めて学校を見回した。

 

「じゃ、そろそろ起こしてやるか」

 

 そう言いながら水輝はフェンスから飛び降りた。屋上に着地すると、立城も降りてくる。

 

「まずは偽物の幸せをぶち壊すとこから始めなきゃな。じゃ、おれは行くぞ」

「いってらっしゃい」

 

 微笑みながら手を振る立城に片手を上げ、水輝はその場から転移した。次の瞬間、暖かい空気の中に出現する。白い壁に囲まれた部屋を水輝は眺め回した。自分が知っていた頃に比べると随分と古くなった感じがある。

 

 床に一人の学生が転がっている。水輝は無造作にその男子生徒に近づいた。毛布にくるまって眠っているのは優一郎だ。

 

「女の子ならキスで起こすんだけどなあ……おい」

 

 水輝はそう言いながら優一郎の肩を足で軽く蹴った。優一郎が微かに呻く。どうやら何もしなくても起きられそうだ。水輝はジーンズのポケットに指を突っ込み、咥え煙草で優一郎に嗤いかけた。

 

「早く起きないと水、ぶっかけるぞー」

「ん……」

 

 毛布にくるまったまま、優一郎は寝返りを打った。まだ完全に目が覚めていないらしい。水輝は深く息を吸って一気に吐き出した。

 

「斎姫が男に襲われてるぞ!」

「えっ!!」

 

 水輝が声を張り上げた瞬間、優一郎は慌てて飛び起きた。焦ったように周囲を見回している。やがて水輝を見止め、優一郎は勢いよく立ち上がった。

 

「あなたはあの時の? 今の話は本当ですか!?」

 

 必死の面持ちで迫ってくる。水輝は薄く嗤いながら頷いた。すると優一郎は弾かれたようにドアに向かった。だがそこで硬直する。

 

「場所も聞かないでどーするつもりだ。それにそこはパスコードが要るぜ? 八桁の組み合わせ、まさか全部試すつもりか?」

 

 ドアの前で固まってしまった優一郎に水輝はのんびりとそう告げた。すると優一郎が振り返る。

 

「僕としたことが焦っていたみたいです。わざわざ教えに来てくれたということは、あなたは斎姫の場所も、ここの出入り方法も、知ってらっしゃるってことですよね?」

「へえ。一応、頭に血は巡ってるみたいだな」

 

 水輝は煙草を指に挟み、唇から引き剥がした。乾ききっていた唇を舐めてから煙草を戻す。その間に優一郎は再び水輝に歩み寄った。必死の面持ちで訴えてくる。

 

「お願いします。斎姫のもとに行く方法を教えてください」

 

 優一郎は今にも水輝につかみかかりそうだ。水輝はそんな優一郎を見下ろして嗤った。連れて行け、と言い出すかと思ったらなかなか根性のあることを言う。そう、内心で呟いてドアを顎で示す。優一郎は水輝に合わせてドアを振り返った。

 

「パスコードを設定したのはお前の姉だ。場所は校舎の外れにある倉庫の中。こっちはお前もよく知ってるだろ」

 

 そう言って水輝は軽く優一郎の胸を指で突いた。僅かに優一郎の身体が揺らいだ間に片目を閉じる。慌てる優一郎を余所に、水輝はその場から姿を消した。




元凶二名。
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