この話はこれが最後です。
雪の降るクリスマスに
校舎の一角にあった誰にも使用されていない倉庫は、ある日の夕方、跡形もなく吹き飛んだ。当初、誰かの悪戯かと思われていたが、結局なんの証拠もなかったためにその問題はすぐに皆に忘れられた。
その日、倉庫の中での出来事を覚えている者はたった一人。吉良優一郎だけがその日の事件をつぶさに記憶していた。だが優一郎は誰にもその日のことを話さなかった。事件当事者である吉良瀬斎姫、雨宮多輝、そして優一郎の姉である絵美佳にも一切、喋らなかった。
多輝はその日、龍神として覚醒した。だが自覚はまだ余りない。時折、力も暴発させているようだ。だがその度にタイミングよく絵美佳がフォローを入れる。多輝は絵美佳から何故か逃げ回っているようだが、根本的に仲は悪くないらしい。
斎姫はその日の痛ましい記憶を完全に失っていたため、やはり変わらず優一郎と共にいる。二人は評判のカップルとして、学内だけでなく外でも有名になりつつある。その原因は誰かが勝手に投稿した写真だ。だがその噂も時間が経つにつれ、薄れていく。
優一郎はその日から一週間ほど過ぎた時、新しい部を設立した。ロボット研究会と名付けられたその部は今も活動を続けている。絵美佳の科学部と真っ向から対立する立場になっているらしい。
そして世間はクリスマスシーズンに突入した。
「そもそも、何だって肉まんだよ。おれはあんまんがいいっつったろ」
誰もいない校舎の屋上で水輝はふて腐れていた。隣では肉まんの袋を抱えた立城が苦笑している。水輝はフェンスに寄りかかりながら、静かに降りてくる雪を見上げた。雪は暗い夜空からゆっくりと降りてくる。
「じゃあ、要らない?」
「いるに決まってんだろ」
水輝は喚いて立城の手から肉まんの袋を引ったくった。熱い肉まんをつかみ、思い切りかぶりつく。袋を差し出すと、立城も肉まんを一つ取り上げた。
あの日、立城が四人に放った術は瞬間的に記憶を凍らせるものだった。今はいい。だがじきに凍った記憶は溶けてくる。水輝は肉まんを食べながら黙って立城を見やった。立城は湯気を立てる肉の餡に息を吹きかけている。
「んで。何で今更呼び出したりしたんだ? しかもこんな寒い日に。凍えたらどうしてくれる」
文句を言いながら水輝は新しい肉まんを取り上げた。大きく口を開け、かぶりつく。この感触、どことなく乳に似てるよなあ。そんなことを呟きながら、水輝は肉まんを味わっていた。
「君が気にしているかと思ってね。彼らの動向を」
立城はまだ一個目の肉まんを食べている。とろいんだよ、と水輝は呟き、さっさと二個目の肉まんを平らげた。続いて袋から三個目を取り上げる。
「おれが? なんで? どうせあいつらのことは、お前が見てんだろ? だったら別におれのすることなんてないだろ」
「まあ、そうなんだけどね」
立城はそこで動きを止めた。雪がひらりと立城の持つ肉まんに降りてくる。立城はさりげなく雪を避け、微笑みを浮かべて顔を上げた。
「でもほら。君が途中で飛び込んだからあんなことになったんだし」
「は?」
今度は水輝が動きを止めた。立城は黙々と肉まんを平らげ、硬直している水輝の腕から袋をさらう。水輝はそこで初めて我に返り、あー! と声を上げた。
「それにほら。君、勝手に多輝と接触したじゃない? おまけに僕が念入りに仕込んだ封印を壊してくれたりして」
「あ、あれはだなあ」
水輝はそう言いながら急いで手の中の肉まんを口に入れた。慌てて飲み込んでから立城に手を伸ばす。だが立城は水輝の手が届く前に素早く身をかわした。肉まん奪取の試みが失敗し、水輝は歯軋りしながら腕組みをした。
「その方が面白そうだったから」
「君のその我がままに付き合わされた僕はどうなるのかな?」
立城はにっこりと笑って言いながら、肉まんを袋から出した。それを水輝に差し出してくる。水輝は訝りながらそれを受け取った。
「責任、取ってくれるよね?」
「責任ってお前」
そう言って水輝は慌てて手の中の肉まんを頬張った。急いで食べてから顔を上げる。立城は微笑みを浮かべ、そんな水輝を見つめている。その視線が何故か探っているような気がする。水輝は目を細めて咳払いした。そのまま身を翻す。
「ごちそうさま!」
「だからね、逃げられないってば」
走り出す寸前で立城が水輝の腕をつかんでいた。水輝はうろたえながら後ずさりする。立城は自然と水輝に合わせ、足を進めた。
雪がしんしんと降り積もる。校舎もグラウンドも、そしてあの倉庫が建っていたところにも同じように雪は降る。風のない寒い日は、あっという間に周囲が雪化粧に覆われる。
そんな雪の上に足跡を刻んでいた水輝は、しばらくして覚悟を決めて足を止めた。
「あー! もう、好きにすればいいだろ! 言っとくが、おれはノーマルだからな! 迫るんなら女になってからにしろ!」
水輝は立城に腕をつかまれたまま喚いた。すると立城がふわりと微笑みを浮かべる。するりと水輝に近づき、立城は耳元に口を寄せた。
「メリークリスマス。本当はこれが言いたかったんだよ」
そう囁いて立城は水輝の腕を解放した。呆然とした水輝に肉まんの袋を押し付け、出口に向かって歩いていく。そのドアが開く頃、ようやく水輝は正気に戻った。慌てて立城の後を追いかける。
「てんめー! 悪趣味なことしやがって!」
雪の降る夜空に水輝の声が響き渡る。水輝が勢いよく閉じたドアの中ではしばらくわめき声が続いていた。だがやがてそれも小さくなる。
屋上には雪が降り続いていた。
了
カオスで何でもアリアリな話だったと思います。
かなり前に書いたものなのですが、今時なら出しても大丈夫かなぁ、という感じで投稿してみました。
ラストに出てくるのがこの話の主人公ではないので……(汗)
全体でのメインではあるんですけども、ちょっとびみょーな感じかなーと思いながらもアップしてみます。
あと一つ、番外的なネタバレを書いてます。
もし良かったらどうぞ~。