「水族館楽しかったね。海の魚だけじゃなくって川の魚とか、カワウソとかもいてめっちゃ可愛かった!」
「うん、意外と色々いて楽しかったな。卒業旅行のとき行ったところより狭かったけど、その分演出っていうか展示の仕方が凝ってて面白かった」
「確かに。そのへんは都会って感じしたなー」
「向こうにいたときから凄い行きたがってたけど、うるかって水族館好きだったのか?」
「昔から好きってわけじゃないけど、卒業旅行のときキレイだなーって思って、向こう行ってからもちょこちょこ水族館の画像とか見てたんだよね。そしたら行きたくなっちゃって」
「そっか。フルピュアのもそうだったけど結構うるかって凝るほうだよな」
「んー、あんま自覚ないけど言われて見るとそうかも」
午前中の水族館でのデートを終えたうるかと成幸の2人は、成幸の通う六花教育大学の学食に移動して水族館の感想を言い合っていた。2人で半日過ごして緊張もほぐれ、またいつものように話せるようになっている。土曜日だからか利用している人も少なく話すにはちょうどいい静けさだった。
成幸はコロコロと変わるうるかの表情を楽しみながらも、いつも過ごしている場所で普通に恋人と食事をとっていることになんとなく座りの悪さを感じてうるかに尋ねた。
「ところでほんとに学食で良かったのか?」
「うん。だってせっかく成幸の大学に来たんだから、色んなとこ行きたいじゃん」
「別に変わったところじゃないんだけどな」
「成幸にとっては普通でも、あたしにとっては特別なの。それに料理も安くて美味しいし!」
そう言ってうるかは唐揚げを一つ頬張る。成幸自身も何度も食べたことのある、なんの変哲もない普通の唐揚げ。それを幸せそうに食べるうるかの姿を見て、成幸は思わず顔をほころばせた。
「そのへんはすごい助かってるよ。向こうの学食はどんな感じなんだ?」
「味は思ったより舌に合うしおいしいんだけど値段がねー。普通のお店とおんなじくらいするから、時間あると結構外のお店行ってる」
「……学食なのに高いのはつらいな」
「成幸……真に迫ってんね」
家計の事情が厳しい成幸にとって、安くない学食というのは家計への裏切りのように思えてしみじみと呟いた。そんな成幸の様子を見てうるかは苦笑いを浮かべている。
オーストラリアに生まれなくてよかったと思いながら、成幸はハンバーグを口に運ぶ。毎週のように食べる味のはずなのに、うるかと一緒に食べていると思うと普段よりずっとおいしく感じた。
「あれ、唯我?」
「今日授業なかったよな? 休みなのに珍しいじゃん」
「うっ……まさかいるとは」
食事を楽しむ成幸に、少し離れたところから2人の男子学生が声をかけた。あまり大きい声ではなかったが、静かな食堂では十分に響いた。声に反応してうるかが2人の方へと振り向く。成幸から見て正面から近づいていた2人は、大学では見たことがない可愛らしい少女の姿に驚いた。成幸は頭に手を当ててしまったという表情をしている。2人の男子学生は成幸とうるかが食事をしているテーブルのそばに近づくと、少し戸惑いながら成幸に尋ねた。
「……こっちの子は?」
「えっと……彼女」
仕方ないという顔をしながら成幸は答える。2人は成幸の言葉を受けて目をしばたたかせ、うるかの方に目を向ける。うるかが頭を下げてから見つめ返すと、2人とも頬を少し赤く染めながら、どうもと言って頭を下げ返した。その様子を成幸は落ち着かないように少し身体を揺らしながら見ていた。
「成幸、同級生?」
「あ、ああ。同級生だよ。同じサークルの大田と学田」
「あー! 前に言ってた子供と遊んだりするサークル?」
「そうそう。まあバイトもあってあんまり行けてないんだけどさ」
振り向いたうるかの言葉に不意を突かれたように、少し言葉に詰まりながらも成幸は答える。
成幸は大学で子供向けのボランティアサークルに入っていた。大人としての立場で子供と触れ合うことが、自身の夢である教師になったときに活かせるのではないかと思ったことと、子供と遊ぶための小道具を作るのに自分の裁縫の腕を活かせるのではないかと思ったこと、それにバイトで忙しい成幸にとっては参加自由な緩さが魅力的だった。バイトと勉強の両立に苦労している成幸はあまりサークルに出ることは出来ていなかったが、それでも友人関係になったメンバーもいて、大田と学田はそのうちの2人だった。
オーストラリアにいたときにしていた成幸との通話で、すでに成幸がサークルに入っていることを知っていたうるかは、成幸の説明を聞くと一つ二つ頷いて改めて2人に向き直り、笑顔を見せると明るい声で挨拶をした。
「成幸の彼女の武元です! よろしくね!」
「ど、どうも」
「よ、よろしく」
大田と学田の2人は少し気圧されたように挨拶を返す。真正面から見られないのかうるかを見返せずに目を泳がせると、成幸の方を向いて少し責めるように問いただした。
「唯我、お前なんでこんな美人の彼女がいるのに隠してたんだよ」
隠してたという言葉にうるかは肩をピクリと震わせて反応すると、成幸の方を向いて目を細めながら問いかけた。
「へー大学じゃあたしのこと隠してたん?」
「ち、違うって! 隠してないから! 隠してたら大学に誘うわけ無いだろ!?」
さっきまでとは言葉の温度が違うことを察した成幸はすぐに誤解だと否定する。
うるかは目を細めたまま「怪しいなー」と本気で責めているのか冗談で言っているのか怪しい口調を続けている。
自分の口から否定し続けるより、誤解を招いた友人の口から言わせたほうがいいと判断した成幸は、大田と学田のほうを向いて詰め寄った。
「お前ら、俺彼女いるって言ってただろ!? 変なこと言うなよ!?」
「あ、ああ、悪い。彼女いるのは聞いてた。ごめん」
普段見られない成幸の怒った様子に少し面食らいながらも、自分たちのせいで成幸のことをうるかに誤解させていることに気づいた2人はそういう意味ではないとすぐに訂正した。
「けどさ、全然写真見せてくれなかったじゃん? てっきり見栄張って彼女いるって言ってたのかと思ってた」
「そーそー。ほんとにいたんだな。全然隠すような子じゃないじゃん」
「み、見栄って……俺、そんな風に思われてたのか……」
2人の見栄を張っていると思っていたという言葉にショックを受けたように成幸がつぶやくと、それを見たうるかはクスクスと笑う。その様子を見た成幸は、誤解が解けたことに安堵してホッとため息をついた。
「……あれ、でも唯我の彼女、なんか初めて見た気がしないような……?」
「確かに……。写真とか見てないはずなんだけど」
修羅場にならずに済んだことに一安心した2人が改めてうるかを見ると、どこかで見覚えがあるような気がして揃って首を傾げる。ジロジロと見るのはあまり良くないと思いつつも、気になってしまい目が離せない。
「あ、それなら多分」
「まあ、本当だってわかってくれたんならよかったよ」
水泳選手を特集したテレビや雑誌を見たのではないかと話そうとしたうるかを遮るように成幸が口を挟む。これ以上この話を続けたくなさそうなのが明らかだったので、うるかは成幸の行動を少し疑問に思いつつも、それ以上は話を続けなかった。
「ただほら、本当だってわかってくれたんなら、俺たち久々に会ったから……」
申し訳無さそうに、そして同時に察してほしいという雰囲気を纏わせながら成幸は2人に訴えかける。
「あ、ああ。そうだよな。悪い。また話聞かせてくれ」
「お、おう。今度はちゃんと聞くからさ」
「ああ。また」
大田と学田の2人はまだ引っかかるものを感じていたが、デートの邪魔をしてしまうのも本意ではないのでこれ以上追求しないことにした。
「……まあ、詳しく言う気はないんだけど」
2人が立ち去ったのを見送ると、成幸はうるかに向き直って謝罪した。
「ごめんな。大学なんだから知り合いに会うかもしれないって考えとくべきだった」
「ううん。大学に来たいって言ったのあたしだし。……てかほんと全然気にしてないよ? 成幸の友達と会えたのはよかったし、さっきのも別に本気で成幸が彼女がいること隠そうとしてたなんて思ってなかったし」
なんでもないようにうるかは言う。実際デート中とはいえ少しの間話しただけなのでうるかは気にしていなかったし、むしろ成幸がなんで隠そうとしたのかということのほうが気になっていた。
「それよりなんであたしの写真見せてなかったん? 別に隠すことないじゃん」
「いや、まあその……」
「むー……」
言いにくそうに言葉を濁す成幸に、無言で顔をじっと見つめて対抗するうるか。しばらくそれを続けたあとに成幸のほうが根負けして、不承不承に口を開いた。
「……恋人がいるってことが変に広まって、うるかの迷惑になるのは嫌だったんだよ」
「さっきのもそれで?」
「そうだよ」
「成幸は心配性だなー。あたし別にユーメイジンじゃないんだよ? まあたまにはインタビューされることもあるけどさ」
「普通はインタビューなんてされないんだって……」
「ていうかそもそもアイドルじゃないんだし、恋人がいてもいなくても話題になんてなんないってば」
「……理屈でいえばそうなんだけどな」
うるかは自分のことがわかっていないのだと成幸は思う。今はまだ日本中の誰もが知っているとまではいかないけれど、有名人じゃないと言い切れるほどうるかを知っている人は少なくない。実際、水泳に特別興味があるわけではない友人もうるかのことに気が付きそうだった。
アイドルじゃなくてスポーツ選手なんだから恋人がいてもいいというのもそれ自体は正論だ。ただうるかは「可愛すぎる女子高生スイマー」などと特集されるくらいに可愛くて、さっきも会ったばかりの2人が美人だと評していた。高校のときの国体の予選ですら大声で応援するファンがいた。恋人としての贔屓目を差し引いてもうるかは可愛くて美人な女の子で、だから変なファンがついていてもおかしくないと成幸は心配していた。
「それにほら、大学に誘ったってことは見られても別にいいって思ってたんでしょ?」
「そんなに知り合いが多いわけじゃないし土曜日だし、まさか会わないだろうって思ってたんだよ。それに最悪見つかってもすぐに別れればバレないかなって。まあ甘かったんだけどさ」
「もー成幸シンパイしすぎ! そんなん考えてたらどこも行けないじゃん!」
「……まあそれはそうだよな」
「じゃあこの話終わり! 食べ終わったしそろそろ外行こ。色々案内してくれるんでしょ?」
「ああ、行こうか」
そう言ってうるかは立ち上がると、食器の返却口へと歩いていく。うるかの後ろ姿を見て、成幸はあれ以上突っ込まれなくてよかったと安堵のため息をついた。
成幸が恋人がいると広まることでうるかの迷惑にならないかと心配しているのは本当で、一番大きい理由もそれで間違いない。ただ写真を隠していた理由はそれだけではなかった。他人がうるかの写真を見て可愛いとか美人だとか、そんなことを思われるのも嫌だった。
高校生のとき、恋人になる前にトラブルでうるかの下着を選ぶことになってしまったときのモヤモヤもそうだったのだろうが、どうも自分は独占欲が強いようだと、成幸は自分でも意外だった一面を自覚していた。
「こんな情けないこと言えないよな」と独りごちながら成幸はうるかの後を追う。すでに食器を片付けたうるかは手を振って、早く早くと成幸を急かして待っていた。
◆◆◆◆◆◆
日が傾き始めて学生の数も減り、少し閑散とした構内を成幸とうるかは歩いていた。ピークをすぎてもまだ暑い夏の日差しを青々と繁る並木が遮って、木漏れ日の中を2人で歩く。成幸にとって歩き慣れている並木道が、うるかと一緒にいるだけで見たことのない景色に変わる。もしもうるかと同じ大学に通っていたなら、と益体もないことを考えて、すぐに想像を打ち消した。
「色々見せてくれてあんがとね。成幸の通ってる本屋とか、ベンキョーしてる図書館とか、普段いるラウンジとか見れてめっちゃ楽しかった! サークルも部室棟の外から見るだけじゃなくって、部室の中も見たかったんだけどなー」
「さすがに部外者入れるわけには行かないから勘弁してくれ」
「ジョーダンジョーダン、わかってるって。でも授業見れなかったのはちょっち残念」
「大部屋の授業があればもぐれたかもしれないけど、今日はやってなかったな」
歩きながら2人で今日回ったところを振り返る。普段その場所で何をしているのか話しながら、あるいは普段やっていることを再現しながら、普段なんてことなく通り過ぎている日常を2人で確認する。それだけのことが楽しかった。
「キョーミあったのになー。成幸の大学の授業ってどんな感じ?」
「ゼミとかもまだだし、そんな特別なことやってないかな。小さい教室で高校みたいな感じで授業受けたり、大教室で講義受けたりしてるよ。でもやっぱり教育関係の専門的なことを勉強できるのは楽しい」
「へー、夢に近づいてるって感じすんね! 教育実習とかまだなん?」
教師になるといえば教育実習。そんなつもりで聞いたであろううるかに気が早いなと思いつつ、笑みをこぼしながら成幸は答える。
「教育実習やるのは基本4年になってからだよ。その前に模擬授業みたいのはやるけど、それもまだ先」
「結構先なんだ。行くならやっぱ一ノ瀬学園?」
「まあそうかな。原則的に出身校でやるんだよ。一応自分で探すことになってるんだけど、その学校の出身者以外受け付けてないところもあるし、それにやっぱり出身校には思い入れあるしさ」
「あー確かに。あたしも卒業したばっかりなのにもうなんか懐かしく感じる。楽しかったなー!」
うるかの言葉を聞きながら、成幸は一ノ瀬学園での日々を思い出す。1,2年の頃は中学生のときとあまり変わらないような勉強中心の生活をしていた。それが変わったのは3年生になって理事長から緒方と古橋に勉強を教えるように頼まれたからだ。そのままなし崩し的にうるかにも勉強を教えるようになって、結果的に今こうしてうるかと恋人同士になっている。かけがえのない日々を過ごした母校で教えることが出来たらいいと成幸は思う。
「でも大学4年で一ノ瀬行くなら、みずきんがもういっこ下だったら成幸が教えられたのにね」
高校生活を振り返っている成幸にうるかが声をかける。成幸と水希は3歳差だから、成幸が大学4年のときにはもう高校を卒業している年齢だ。
「うーん……家ではたまに教えてるけど、もし本当に教育実習で行ったら水希も嫌がるんじゃないか? 身内が知り合いに授業するとか、最悪自分が授業受けるとかなんか嫌だろ。3歳差で良かったよ」
「いやいや、みずきんなら喜んでくれるって絶対。お兄ちゃんが教えてくれる! って張り切って成績もグーンと上がってたかもよ」
「いやあ、そんなことないって」
うるかの言葉を受け流すように成幸は笑う。うるかも「そうかなー」なんて相槌を打つように2人で笑いあっていた。
「……こうやって2人で大学歩いてると、オープンキャンパス思い出さない?」
ひとしきり笑い合って訪れた一瞬の沈黙の後、うるかが呟くように言葉をこぼした。成幸とうるかが高校生のとき、2人で訪れた音羽体育大学のオープンキャンパス。大学の施設を見学したり、学食のメニューに感動したり、大学生にからかわれたり。付き合う前に2人きりで出かけた思い出の一つだ。
「うん、俺も思ってた。オープンキャンパスかあ。懐かしいな」
「ね。……実はあのとき、もう留学すること決めてたんだ」
「え!? そうだったのか……それでちょっと様子がおかしかったんだな」
「バレてたんだ。あのときはちょっと距離置こうかなって思ってたんだ。それでちょっと無理してたかも」
バツが悪いと誤魔化すようにうるかが笑う。あのときのうるかがそんなふうに悩んでいたことを成幸は今初めて知った。悩みの原因に気づかなかったのは仕方ないとしても、様子がおかしいことに気づいていながら自分は浮かれていたのかと思うと情けなく感じる。
「ごめんね。気悪くした?」
「ああ、いや。そんなことないって。うるかがどうってわけじゃないんだけど……俺、あのときうるかと大学通ってたらみたいなこと想像してたんだよ。うるかが悩んでたことに気づかないでそんなこと考えてたのがちょっと恥ずかしくって」
「ほ、ほんと!? どんなこと考えてたん?」
思わぬところに食いつかれて成幸は少したじろぐ。うるかに自分以外の好きな人がいると思いながら――もちろんそれは誤解だったわけだが――自分に都合のいい妄想をしていたのだから、それを本人に話すというのはさすがにはばかられる。
「い、いやちょっと恥ずかしいから」
「もう付き合ってるんだしいいじゃん」
うるかの期待に満ちた目が成幸を責める。うるかの期待にはなるべく応えたいというのと、それにあのときに悩んでいたことに気づけなかったという負い目もあって、成幸の心は次第に喋ってしまってもいいかという方向へ傾いていく。話そうと決意した成幸の前にちょうどよくベンチがあったので、うるかと一緒にそこに座り、一つ深呼吸してから切り出した。
「……じゃあ言うけど、笑うなよ? 昼休みに芝生の木の陰とかで2人でのんびりしたいなとか、うるかが弁当作ってきてくれてたら嬉しいなとか、……その、膝枕とかしてくれないかなとか」
最後まで言い切った成幸は、羞恥で頬を赤く染める。いくら今は恋人同士になっているといっても、そうなる前にお前に甘えるような想像をしていたなんて面と向かって言うのはまともにうるかの顔を見られなくなるくらいには抵抗があった。
「もー、そんなんで笑うわけないじゃん。成幸、あのときからそう思ってくれてたんだ。嬉しい」
成幸が恥ずかしさに耐えながら言った言葉を包み込むようにうるかは優しく微笑む。うるかにとっては告白する前から、成幸がうるかのことを恋人になるような相手として意識していてくれたことが嬉しかった。
「あたしはオープンキャンパスのときは留学決まってたから、成幸と一緒に来れて嬉しいって気持ちより、こういう大学生活は出来ないんだなって寂しい気持ちのが大きかったんだ。そんで今日も……めっちゃくちゃ楽しかったんだけどね。ちょっとだけ、留学しないで日本に残って、成幸ともっと一緒にいられたらなって考えてた」
成幸の言葉が嬉しくて、うるかは今日感じたことを思わずこぼした。
「おんなじ大学に通ってたらこんな感じかなって。大学に行くって聞いたから、せっかくだし一緒に通ってる感じで過ごしたかったんだ。すっごい楽しかった。まあ留学しなくても同じ大学に通えたわけじゃないんだけどさ」
「……俺もそう思ったよ。うるかと一緒に大学に行ってたらこんな感じかなって」
うるかのこぼした感傷に成幸も同意する。成幸が選んだ進路は夢を叶えるために最善と信じて選んだ道で、そのことを後悔する気持ちはもちろんない。うるかも自分も、希望したとおりの進路を進めている。頭ではそのことを十分理解しているけれど、内から湧き出る漠然とした寂しさは、自分の意志ではどうにもならなかった。
「ごめんごめん。湿っぽくなっちったね!」
話しているうちにいつの間にか夕暮れになっていた。蒸し暑い湿り気を帯びた風が吹いている。強い西日がうるかを照らして、明るい表情とは対照的な濃い影を作り出している。うるかの纏う白い帽子とワンピースが黄昏色に染まって、成幸の目にはどこか幻想的に映っていた。
「お腹も減ったし夕飯食べよっか。成幸、どっか予約とかしてる?」
「うっ……ごめん。どっちになるかわからなかったから予約してない」
「あ、違う違う。予約してないんなら良かった」
明るく振る舞ううるかを見習い成幸も努めて明るく答える。うるかは意識して明るくしているのだと成幸は思ったが、それでも行き先が決まっていなかったとはいえ夕食の予約をしていないことを良かったというのは意外だった。
「どこか行きたいところあるのか?」
「うん! 日本に戻ったら絶対行きたいって思ってたとこ」
「へー。なんて店なんだ? 俺も知ってる店?」
「着いてからのお楽しみ! 行こっ! 成幸」
そう言ってうるかが立ち上がる。続いて成幸も立ち上がるとうるかはそのまま歩き出そうとしていたので、今度は意識して成幸はうるかの手を取った。手に伝わる柔らかな感触に、朝と変わらず喜びと恥ずかしさとでこそばゆい気持ちに襲われる。それでもさっきまで寂しいという話をしていたから、少しでもうるかのそばにいたいと思った。
「成幸ってケッコー積極的だよね」
「……嫌だったか?」
「……いじわる」
そう言ってうるかはそっぽを向く。そんな態度が可愛らしくて、うるかが手を離してしまわないように、成幸は少しだけ手に力を込めた。