デート夜の部。
※pixivにも投稿してます。
「なあ、うるか」
「なに?」
「お前が来たかったところってここだったんだな……」
「うん。日本に戻ったら絶対来たかったんだー。成幸も好きでしょ?」
「いや好きだけどさ……その服装に全然あってないな」
「成幸ひどーい」
「絶対酷くないと思う」
「カワイイ恋人が成幸のために精一杯選んできた服なのになー。あ、おじさん。替え玉いっちょう!」
賑わっている店内に負けないような大きい声でうるかが注文すると、店主も負けずに威勢のいい声で応える。
成幸とうるかの2人はラーメン屋「うめえん」に来ていた。高校時代にも2人で来たことのあるここは地元でも人気の店で、今日のような土曜日の夜は家族連れや部活帰りの高校生などでほとんど満席に近い。つまり間違っても落ち着いて話せるような雰囲気ではなく、普通デートで来るような店ではなかった。
うるかはどんな店に行こうとしているのかと身構えていた成幸は肩透かしを食らったような気分で、皮肉の一つも言いたくなっていた。
「服が似合ってないとは言ってないだろ。ラーメンの汁飛ばすなよ?」
「ヘーキヘーキ。んっ」
「……」
成幸の心配を笑い飛ばしてうるかはラーメンを啜る。ラーメンが熱いせいかうるかの顔は上気していて、髪をかき上げながら食べる姿はどこか艶めかしい。成幸は汗ばみながら食事をするうるかの姿から目を離せず、去年の夏の再現のように赤面していた。
「成幸? 食べないと伸びちゃうよ」
「あ、ああ! そうだよな!」
うるかに促されて成幸は食事を再開する。しばらくは残っているラーメンを食べることに集中していたが、やはり目の前のうるかが気になってそちらを見てしまう。ちょうどうるかが麺を啜るために前かがみになっているところだった。以前来たときに着ていた制服とは違って今日の服装は胸元のガードが緩い。成幸の視線は半ば無意識に胸元の谷間に引き寄せられる。汗ばんだ服は少し透けているようにも見えて、そんなことを考えている自分に気づくと慌てて目を逸らした。
「成幸?」
「な、なんでもない!」
成幸は不思議そうな顔で問いかけるうるかに心の中で謝罪しながらも、目を合わられずに横を向く。うるかの白い地肌が目に焼き付いて離れない。だからこの店にその服はあっていないんだとか、いやある意味あっているのかとかどうでもいいことを八つ当たりしながら、今度こそ目を逸らさずに目の前に残っているラーメンを食べることに集中していた。
◆◆◆◆◆◆
「あーおいしかった!」
「俺も久々に来たけどうまかったな」
「あたしが来たかった気持ちわかるでしょ?」
「ああ、よくわかったよ」
久々にお気に入りの店で食事をすることができてうるかは満足そうな表情を浮かべる。成幸も久々に学食以外での外食を楽しんだ。
そのまま2人は家の方へと歩こうとして、ふと辺りを見渡すと何組ものカップルが目についた。そういえば去年もこうだったなと成幸は振り返る。
「……お前の好きな奴って、俺?」
「……そんなわけないじゃん! 何言ってんのもーっ!」
この光景を見ていると不意にそのときの気持ちが蘇ってきて、だからだろうか、成幸はそのときと同じ台詞をうるかに告げていた。うるかは突然のことで少しだけ目を丸くして驚いていたが、すぐに成幸の意図を察して当時の台詞を再現した。
お互いにそう言った後、しばらく無言で見つめ合う。去年の今頃、成幸はうるかに好きな人がいると聞いて言いようもなくもどかしい気持ちになっていたことを思い出す。
この告白はあのときの再現。思えばあのときからすれ違いが広がっていたんじゃないかと成幸は思う。だからそのすれ違いをなくすように、あのときの告白をやり直すように。成幸は同じ台詞を放って、うるかも同じ台詞で成幸に応えた。
お互いに真剣な顔で見つめ合って、やがて堪えきれなくなってどちらともなく吹き出した。突然の修羅場かと遠巻きに見つめていた周りのカップルたちも安心したように歩き出す。成幸とうるかはそのことに気づかないくらい、お互いだけを見てしばらく笑い合っていた。
「……このとき本当に死ぬほど恥ずかしかったんだからな」
成幸は笑いながらも多少は非難する気持ちも込めて言う。意識せず漏れ出た言葉ではあったが、それでも頭を抱えたくなるくらいには恥ずかしい思い出だ。聞くほうが悪いと言われればそれまでだが、思春期の男子にとってあれほど辛いことはそうそうない。
「う……だ、だって、あのときにホントのこと言って、結果がどうなっても成幸の邪魔になっちゃうのは嫌だったし!」
「邪魔って、そんなことあるわけない……とは、まあ、言えないか」
成幸は邪魔になったかもしれないということを否定できなかった。うるかの好きな人が自分かもしれないと聞いただけで、一日中、目が覚めても、食事中も、勉強中もそのことを考えて勉強が全く手につかなかった。受験の後に本当にうるかに告白されたときにはどれだけ悩んだことか。
「……それに、というかこっちが大きかったんだけど」
うるかは気まずそうに顔を伏せて。
「成幸に断られたら友達でもいられなくなっちゃうって思うと、告白するのが怖くて、勇気が出なかったんだ」
当時の気持ちを表すように、不安を湛えた表情をしながらそう言った。
もしもあのとき告白されていたらどうしていただろうかと、成幸は考える。
勉強で忙しいからというだけで断ったとは思わない。けれど古橋と緒方に勉強を教えて、自分の受験勉強もあって、もし恋人になったとしてもうるかに恋人らしいことをしてあげられなくて。それにそもそも、うるかの隣に自分がいていいという自信は持てただろうか。……これは、今もあるわけではないけれど。
うるかの隣に自分じゃない誰かがいるなんて考えたくないのはそのころも同じだ。それでも誰にも渡したくないというほど愛しく思えたのも、自分がその隣にいたいと思えるようになれたのも、3人に勉強を教えることを通してだ。きっとあのときの自分はうるかの隣にいられるだけの決意も情熱も持ち合わせていなかった。
「そっか」
当時のことを振り返って、納得したように成幸の口から言葉がこぼれる。
うるかがあのとき好きな人をごまかしたことは自分たちにとって良かったのだと思う。
うるかが選んだ遠回りの道が、自分たち2人にとっては最善の道だったのだと、今振り返ってそう思えた。
「だからまあ、その。あのときのことは許して欲しいっていうか……」
成幸が納得していることに気づかずに、バツの悪そうな顔でうるかが言う。
成幸から見てもうるかは悪いことなどしていない。むしろ今振り返って一番いい選択だったとすら思っている。
ただ、悪いことをしていると思っているうるかの姿を見て、成幸の心にいたずら心が芽生えた。恋人なのだし、久々に2人で出かけたのだし。少しくらい意地悪してもいいのではないかと、成幸の普段見せない一面が顔を出した。
「今さら許すも許さないもないけど……じゃあ、一つだけ頼み事聞いてくれるか?」
「頼み事?」
「そう。ちょっとしたゲームというかリベンジというか」
「リベンジって……ちょっと怖いんだけど」
「別に怖いとかじゃないって。高校のときにやったゲームだよ」
成幸は微笑みながらうるかに頼み事を聞いてほしいと言う。表情はとても優しいのに、うるかの中の警戒心はこれでもかと高まっていく。緊張した面持ちのうるかに対して、成幸はゆっくりと口を開いた。
「高校生のとき愛してるゲームってしたの覚えてるか?」
「え? う、うん。成幸が言えなかったやつでしょ?」
「はっきり言うな……」
「だ、だって愛してるって言ってくれるの期待してたのにさー」
「そ、そうだったのか」
今さらながらうるかに悪いことをしていたなと成幸は感じた。もっとも、親しいが恋人ではない同級生で少なからぬ好意を抱いていた相手に、成幸が愛してると言えるはずはないので仕方がないことではあった。
「それで、愛してるゲームもう一回やるの?」
「ああ。今度はうるかから」
「うぇっ!? なんであたしから!?」
「俺の恥ずかしさをうるかにも知ってもらいたいと思って」
「うー……でも今は恋人同士なんだし、そんなん今さらじゃない? 全然ヘーキだってば」
「まあとりあえずやってみてくれ」
成幸に促されて、うるかはしょうがないなという素振りをしながら成幸の目を見て口を開くと。
「あ、あぃ、あ……あぅ」
先ほどまでの勢いが嘘のように顔を朱に染めて言葉にならない声を上げていた。
「ちょ、ちょっとこれ無理。改まって言うのほんと恥ずかしい」
「だろ? 言えっていわれて言うの結構キツイんだって」
顔を抑えてうめくうるかに、成幸が満足そうに答える。うるかに愛してると言ってもらえればそれも良かったし、恥ずかしがって言えない姿を見られればそれでもよかった。
成幸が意地悪そうな微笑みを浮かべながらうるかをみていると、うるかがゆっくりと成幸のそばに近寄ってくる。こんなことをさせたことに対して恨み言の一つでも言われるのかと成幸が身構えていると。
「……あ、あぃし、愛し、てます」
「――」
うるかは顔を真っ赤にして、上目遣いをしながらそう言った。最後の方はなんとか絞り出したように消え入りそうな声をしていた。どれほどの羞恥心を乗り越えたのか、自身の経験から成幸にはよくわかっている。これは自分が持ちかけたゲームだということも成幸はもちろんわかっている。それでも羞恥心を堪えながらの不意打ちのような告白も、普段明るく元気な恋人の弱々しい姿も成幸にとって息が止まるような衝撃で。
「んっ!?」
気づいたときにはうるかの唇に自身のそれを重ねていた。驚いたうるかが逃げ出さないように優しく抱きしめ、自身が囚われている事に気づいたうるかはされるがままにそれを受け入れた。柔らかく瑞々しいうるかの唇を求めて、押し付けるように、啄むように口づけを繰り返した。
「……き、キスするくらいドーヨーしたんだから、あたしの勝ちだよね」
「……さ、最初照れて言えなかったんだからお前の負けだろ」
キスを終えた2人が体を離すと照れ隠しのように言い合い、互いに口角を上げて応える。いつもの2人なら目を逸らそうとする空気感なのに、お互いの瞳に吸い寄せられるように釘付けになって目が離せない。一分なのか一秒なのか。時間の感覚がないまま見つめ合い、やがて意を決したように成幸が口を開いた。
「……その、頼みごとは聞いてくれたから、これはさっきのとは別で聞きたいんだけど」
「うん、なに?」
「その、なんというか……こ、これから時間あるか?」
「これから……? もうこんな時間だけどどこに……っ!?」
成幸の意図がわからず疑問に思ったようなうるかの表情が、ラーメン屋の近くにある建物に気づいた途端真っ赤に染まる。まさかというような表情をして、おそるおそる成幸の顔に目線を戻す。少し遠回しすぎたかと成幸は思っていたが、うるかに伝わったようで安堵した。
「えっと……要はまあ、その、うん」
「えっと! それはつまりその……?」
「あーええと。う、うるかが想像してるとおりだと思う」
「こここ、これからってぐ、具体的にはと、泊まり的な……?」
「あの、まあ泊まり的な」
「泊まり的な……」
泊まり的なってなんなんだと成幸は心のなかで自分にツッコむ。成幸もうるかも自分がどうしようもなく混乱していることを自覚していたが、どうすれば落ち着くのかは全くわからない。
「ご、ごめん急に変なこと言って! 気にしないでくれっていうか忘れてくれ!!」
「う、ううん! っていや違くて!」
「あ、ああ。こんな急に嫌だよなごめん」
「いや、いやって言ったけどそれは嫌って意味じゃなくって! ああもう、いやばっかじゃん!?」
「す、すまん! 俺が変なこと言ったから」
「もうそれいいから!」
もはや会話になっていなかった。これ以上続けてもお互いまともな会話ができなさそうなので、どちらともなく深呼吸。息を整えてお互いに顔を見合わせて、けれど目は合わせられずに少し逸らしたままで。2人の間に気まずい空気が流れていたが、意を決したようにうるかが口を開いた。
「ふー……えっと、その、要するに」
「よ、要するに?」
「……い、家には友達の家に泊まるって言えば大丈夫だから」
「……じゃ、じゃあ、その」
「……うん。よ、よろしくおねがいします」
「お、おねがいします」
そう言って2人はようやく見つめ合う。成幸がそっとうるかの手を取ると、うるかも力を込めて握り返して応える。そうして互いに気持ちが通じていることを確認すると、2人は目的の場所へと足を向けた。
2人は無言で歩いていた。成幸には目の前がフワフワと揺れているように感じられて、一歩一歩確かめるように歩いている。ゆっくりと焦らすような足取りは余計に緊張感を煽り、胸の鼓動を無限に速めていく。熱病に浮かされたように顔が熱く、頭もクラクラしていてこのまま死んでしまうのではないかとありえないことを考えてしまう。成幸が横目で見るとうるかも湯気が出そうなほど真っ赤な顔をしていた。繋いだ手からは震えと汗が滲んでいることが感じられて、うるかも自分と同じなのだと察した。心臓の鼓動はまだうるさいくらいに鳴り響いていて繋いだ手を通して聞こえてしまうのではないかとバカなことが頭をよぎる。
成幸はうるかに声をかけたほうがいいのではないかと考えたが、何を言っても緊張を増してしまうような気がして何も言えなかった。それに自分のことすら落ち着かせることができていないのだから、うるかの緊張をほぐすことが出来るとも思えなかった。
結局最後まで無言のまま、2人は目的の場所の入り口に辿り着いた。入ってしまうともう引き返せない。それがわかっているから入るのを躊躇してしまう。玄関で立ち止まる2人を通行人が横目で見る。このままこうしていても緊張感が募るだけで埒が明かないと意を決した成幸は、うるかの手を強く握るとホテルの方へ一歩踏み出す。うるかも成幸の手を握り返して、成幸に遅れないように歩みを進めた。
◆◆◆◆◆◆
部屋に入って上着を脱いでハンガーに掛け、ソファーに座って飲み物を飲んで一息つく。存外に明るい室内と、しっかりとしたソファーが少しだけ気持ちを落ち着かせてくれる。1つしかないベッドに枕が2つ置いてあることからは積極的に目を逸らした。
「こ、こんな感じなんだな」
「そ、そうだね」
。
成幸がここに誘って以来、2人は初めて口を開いた。部屋は適当に決めた。我ながらファインプレーだったと成幸は振り返る。恥ずかしくって選ぶ余裕もなかったし、うるかもきっとそうだろう。どこがいいか聞いていたらそのまま走って飛び出していてもおかしくなかったと思う。
「……な、なんか慣れてなかったー?」
「え?」
「ホテル入ったときとか全然迷った感じなくって慣れてそうっていうかー」
少し声が震えながらも、軽い口調でからかうようにうるかが言う。緊張した空気をほぐすために言ってくれているのだと成幸は察する。
「初めて入ったのに慣れてるわけ無いだろ」
「ほんと? あたしなんかどうすんだろって慌てそうだったんだけど」
「本当だって。……まあ、その、どうすればいいのか勉強はしたけど……」
「勉強って、スマホで調べたりとか?」
「そうだよ」
「へ、へー……」
成幸が照れ隠しでぶっきらぼうに答えると、うるかは嬉しいとも恥ずかしいとも取れるような表情をする。
「成幸のエッチ。そんなにあたしと来たかったの?」
頬を染めて笑いながらうるかがからかう。いつもの調子に戻すために言ってくれているのだなと思うし、実際にありがたいと成幸は思う。
「……そうだよ」
それでも冗談めかしたうるかの言葉に真面目な声色で成幸は答えた。軽い気持ちで勢いや流れのままに誘ったわけではないから、そこをごまかすような言葉で繕うことは成幸にはできなかった。予想のしなかった反応に目を丸くするうるかから目を逸らして言葉を続ける。
「久しぶりに、ようやくうるかに会えると思ったのと、恋人になってから初めて会えると思ったらその、浮かれたっていうか……」
自分で言っていて死ぬほど恥ずかしいと、成幸は本心を言ったことをすぐに後悔した。うるかはどんな呆れた顔をしているだろうか。見るのが怖いし、そもそも恥ずかしくって顔なんて見られない。呆れられているだけならまだいいが、こんな人だと思っていなかったと引かれていないか不安になる。そもそも海外から帰ってきたばかりの恋人との初デートでこんな場所に誘うなんてがっつきすぎじゃないかとか、なんでこんなに柄じゃないことしたんだとか、そんなことばかりが成幸の頭の中を巡る。
これ以上ないというほど顔を真っ赤にしながら口元を抑えて俯く成幸に。
「あのね、成幸」
そっと耳元で囁くように。
「あたしもね。もし成幸が誘ってくれたら嬉しいなって思ってた」
「おんなじだね」という言葉を残して、うるかはシャワーを浴びに行った。
「…………今のは反則だって」
恋人のいじらしい言葉に愛しさがいや増す。これ以上ないというほど赤く染まった顔は更に赤くなって、心臓の鼓動は馬鹿みたいに速まっている。全身の力が今のうるかの言葉を咀嚼するために使われていて、手で口元を覆った姿勢のまま動くことができない。うるかへの愛しい気持ちが成幸の身体を駆け巡っていて、悶えることもできないのが辛かった。
固まっている成幸の耳に衣擦れの音が飛び込んできて、しばらくするとシャワーの音も聞こえてくる。誰が出している音かは言うまでもない。
聞こえてくる水音は成幸にシャワーを浴びる恋人の姿を想像させ、やがてこれからすることも成幸の頭の中に浮かばせる。限界と思っていた顔の熱さも心臓の鼓動も天井知らずに増していき、果たして実物を見たときに自分は耐えられるのかと、成幸は不安と高揚の入り混じった気持ちで考える。
シャワーの音はまだ聞こえるが、それでもいずれ止まってしまう。成幸は緊張と不安と期待、その全てが入り混じったため息をつくと、全身を微動だにさせずにじっと中空を見つめていた。