カトリちゃん? カトリナちゃん? トリナちゃん?
ないでいいわよ、くゆり。もちろん、そう呼びたければ、
??? でも、いいの? 名前で呼んでいいのって――。
家族か、めおとだけ。ここでは、わたしのことをそうおもってかまわないわ。
めおと?
つがい。配偶者。結婚相手。奥さん。旦那さん。どちらでも、好きなように。
わ、わぁ……、くゆたち、会ったばっかりなのに……。
ここが現実ではないという認識さえあれば、この
??? がちこい、ってなに?
あなたの気がすむまで、好きになってもかまわないということ。あなたの気がすんだら、好きになるのをやめてもかまわないということ。そしてわたしは、あなたがのぞむことなんでもを、してあげられる。してあげる。それがあなたを
あの……えっと、それじゃあ、おともだちに、なってほしいな。
ええ、もちろん、かまわないわ。ほかには?
ほかには、えっと――、……えっとね? ……キス、してほしいな……、くゆの、おでこに。
……そんなことでいいの?
くゆのお母さんがね、いつも、ねむる前に、してくれてたの――。
/凍てつくは、無慈悲な渇きの第六を継ぐもの
現実にいるとき、くゆりは地球を眺めている。生気のない、あめ色の濁った瞳で。
月面基地・
紅く汚染された海、穴隙だらけの不毛の地上大陸、白雲にまぎれ火線を投げかけあう超密生体鋼盤・
お世辞にも美麗とは言いがたい。人類がLMO化する前、紙や布に絵を描いていた時代なら、絵の具をぶちまけたかのようとでもたとえられただろう。眺めていて愉快な景色ではない。
だが病室からほかに見えるものといえば、荒涼とした月の砂漠ぐらいなものだ。月上の太陽たるプラズマ演算機・色即是空も核融合区画も、ヘリウム3採掘区画も、マスドライバーも、高速輸送弾頭発着区画も、居住区画を挟んで、
くゆりは地球を眺めている。生気のない、あめ色の濁った瞳で――己の首に嵌められた首輪、
ほかにできることもなかった。狭い一室を見まわしても、目に入るのは、準結晶透過壁の窓と硬いベッド、
患者の
そもそも自力で食事すらとれる状態ではなかった。セレーネ・デルポイの統合管理人工知能・VIVIREST MISSLESSの介助がなければ、今のくゆりは、ひとりで便所で用を足すことすらかなわない――否、そんな発想にすら至らない、抜け殻だった。
くゆりはただひたすら、地球を眺めつづける。生気のない、あめ色の濁った瞳で――中指で、額を撫でながら。なにかの感触を確かめるように。
次のセラピーの時間まで。