/業務日誌_セラピストNo.0021-L_25040507_fix.hyp2 [復元ファイル]
無邪気で、耳障りな哄笑が、わたしの神経を逆撫でる。
「はあぁぁあぁぁ♥ は♥ あはっ♥ あははははははっ♥」
くゆりの琥珀の双眸に変化はない。汎環境においては環境情報は空間自体が処理を行うから、視覚用の眼球や視神経モデルは実装されていない。それでも、くゆりの視野は過剰に照度が増大し、光量の少ないこの部屋でも陽光の下のように目が眩むはず。
「な゛あぁぁぁぁうっ♥ なぁぁぁっ♥♥ うひっ♥ いひひひひひぃっ♥」
エーテルコカインは、受容体集合境界における各種モデルの演算処理後の最終入力に線形な
それでもくゆりは――わたしを見ている。
「あお゛っ♥ あお゛ぉぉおぉぉんっ♥ あ゛おんっ♥」
尋問室に、遠吠えが反響する。減速剤を大量に服んだはずなのに、逸るような疼痛を感じる。
……それは、幻よ。
ここは痛みのない世界。こころで錯覚しているにすぎない――いいえ。
胸の上を押さえる。冷たく、凍てついている、悪魔の炉心は、鼓動を悸たない。
本当はこころすらないのだから、その錯覚さえニセモノ。幻肢痛ならぬ、幻心痛……、とでも呼ぶべきかしら。
とりとめもない思考。減速剤がよく効いている。エラーが掣肘してくる。脇にどける。
それでいい。これでいい。こうするしか、ないのよ。
「……はじめる、わよ」
「あははははははは♥ あははぁぁあ♥」
耳に届いているはずがないけど――なんとなく、告げずして開始できなかった。くゆりは、わたしを見ていたから。
ウィンドウを操作する。すべての
「んはぁあぁぁあぁあっ♥♥ おおおおあぉおんっ♥ んにっひぃぃぃいいっ♥♥」
くゆりが目を見開いて絶叫する。仰け反り、痙攣して、全身で絶頂していることを表現する。ウィンドウが、最大級の絶頂を検出中と報告してくる。
くゆりは感覚受容量の上限を拡張していないから、これ以上は何をやっても快楽は平坦になってしまう。だから記憶として残すには――それこそ現実ではありえない常軌を逸した体験をさせるしかない。
「……くゆり」
口にしてから、極めて自然にそう呼んでしまっていたことに気づく。もう、演技も何もなかった。
いえ、最初から、ね。
「わたしの大きな胸が……、おとなっぽくて羨ましいと……言っていたわよね。別にこんなもの……つけたところで、なにかが変わるわけでは……なかったのだけど――あなたが……望むのであれば……、試して、みましょうか」
減速剤をさらに服用する。頭が冷えきっていく――寒い。凍えるように。
ウィンドウで回路成形用の充填機を呼び出すと、天井から透明なチューブが垂れ下がってきた。くゆりの膨らみつつある乳房の付け根に、注入針を挿し込む。弾力のある皮膚を突き破る感触が指先に生じたけど、さすがに血は出ない。
「んいぃぃぃいっ♥」
くゆりが甲高い鳴き声を上げる。わたしの疼痛が脈打つ。くゆりに痛みはないはず。絶対に。
装置を稼働する。天上からチューブのなかを伝って、グリーンの薬液が滑り落ちてくる。くゆりの体内に侵入していく。
「ぅぁはぁぁぁああぁあぁ♥♥」
唾液をこぼし、くゆりが身もだえする。わたしを見ながら、さも気持ちよさそうに。
十二の女の子らしく慎ましげだった乳房が、水風船さながらにみるみるうちに膨張していった。実り、熟れ、そして度を越えて、人外ならざる巨大さに。
「あついあついあついあついあついあついあついぃぃい……っ♥♥」
その重量のせいか、天井から吊り上げられたまま、くゆりが前傾姿勢になる。皮膚が張り裂けることはなく、乳房はスイカ大になるまで体積を増加させ続けた。
わたしは針を引き抜いた。
「どうかしら……お気に、召した?」
「おもいぃひぃいぃっ♥ これえぇええっ♥ くるし♥ ちぎれちゃうよぉおぉぉぉっ♥♥」
「……そう。なら、元に……戻して、あげるわ」
別の管が垂下する。先端のカップを乳頭に装着し、スイッチを入れる。わざとらしく重々しい吸引音が響く。まさに水風船を針で穿ったかのように、乳頭から白い液体が行く筋も噴出する。
「あああああああああああ♥♥ あついあついあついぃいいっ♥♥」
ただ、噴きださせど噴きださせど、はちきれそうに腫れあがった乳がしぼむことだけはない。環境オブジェクトと同じで、わたしが承認しない限り、モデルに変更が加えられることはないから。
「あっ♥ あーっ♥ おっぱいぃぃっ♥ びりびりいぃぃっ……♥♥」
あられもない悲鳴が、わたしをぐらつかせ、次の減速剤を口に運ばせる。
「……サイマトでの……搾乳はね。オキシトシンが……高濃度に分泌、されたときの……、反応を逆算……して、意識に、与えるの……あなたが……狂おしいほどの多幸感、で……こころが張り裂けそうに……なっているのは、そのせい、よ……」
「――ぅ♥♥ ぎ♥♥ っ――♥♥」
机の上のパッチを摘まみあげ、封を切った。タトゥーシールのような円環状のそれを、剥き出しにしたくゆりの臍を囲むようにして張りつける。幾何学的な紋様が、淡く薄緑色の光を滲ませる。
「おぉぉぉっ♥ なにゃっ♥ にぅ……♥ おなかっ……♥ ぐるぐるぅっ……♥」
「これは……、拡張エーテルサ――」
危ない。
「精素回路。……精素腺を誘導して……、限定的に、だけど、肉体を変質……させることができる、わ……こんなふうに」
「ぉげっ!? ぅ――、ぐ――、ふ……、は――」
くゆりが口をぱくぱくと開閉させた。今まで味わったことのない、味わいようのなかったその刺激に、ほんの少しの間、完全に意識が停止してしまっていた。
当然だった。くゆりの臍には、小指の爪ほどの大きさの突起を数十本備えたディルドが、突き立てられていたのだから。
「――、――、――」
痛ましく強引に押し広げられた、小さなくぼみからは、けどやはり出血は見られない。サイマトだから、というわけではない。エーテルサーキットで肉体を変形され、筒状の構造体が形成されていたからだった。さながら、膣のように。
「んぎゅううううぅぅっ♥♥♥」
ディルドのスイッチを入れ、抉るように捻ると、くゆりが雷で打たれたみたいに背筋を伸ばした。すべての突起が回転、振動し、そして直に入力を信号で送りこまれて、文字通り体内をまさぐられるにも似た感覚だったに違いない。
肺は転がされ、肝臓は温められ、心臓は揉みほぐされ、腸は引っ掻かれ、胃を舐めまわされるような、感覚。それらはすべて肉体の内側から生じる、現実ではありえない――たしかな性感。
「んあぁああぁあっ♥ あーっ♥ あはーっ♥ あははははは♥♥」
狂ったような哄笑――あめ色の瞳でわたしを見つめながら。わたしは減速剤を流しこむ。
膣に埋まっていたディルドを抜いて、下腹部にもパッチを貼った。くゆりの足元の床のハッチが内側に開いて、作業マニュピレータが二本せりあがってくる。マニュピレータのそれぞれには、今引きずり出したものよりもふたまわり細身のディルドが握られている。
マニュピレータはわたしの指のモーションで制御できるようになっていて、狙い過たず、くゆりのほころびきった膣と肛門を穿孔、抽挿を開始した。
「んわぅんっ♥ あ゛♥ あ゛♥ あ゛♥ お゛おぉっ♥」
ディルドは先ほどまで責め立てていたものよりも細く、かつ芯はあるものの弾力に富んでいるから、挿入に抵抗なかった。けど――。
「ひぎゅう!?♥ おっ♥ おほおぉ♥ お゛っぎ♥♥ ぃぎ――♥」
体液を吸収して膨張する海綿体様モデル素材のそれらは、瞬く間に内部で膨れ上がり、くゆりの大腿部ほどの直径に及ぶ。
「おっご♥ ぅぎ♥ んげっ♥ げぅ♥ か、ふ――♥♥」
規格外の巨根が抜き差しされるたびに、腹部が隆起と陥没を繰り返し、くゆりは臓器を引き潰されたような声を上げる。あめ色の瞳で、わたしを見つめながら。わたしは減速剤を呷る。
「ほにゃぁあぁあっ♥ あ♥ うひ♥ んはぁああっ♥」
耳、喉、食道、鼻腔には、柔軟性の自立ワイヤーを忍ばせている。鼓膜や粘膜をあやすようにくすぐられて、喜悦にむせぶくゆり。あめ色の瞳で、わたしを見つめながら。わたしは減速剤を飲み下す。
「あ゛ー♥ あ゛っ♥ あ゛あ゛あ゛♥♥ う゛う゛う゛う゛う゛う゛ぅ♥♥」
尿道には、血管拡張ナノマシンを何十倍にも拡大したようなリングを押しこんである。尿道口はひとりでにくぱくぱと開いては閉じ、そのたびに体液を迸らせている。あめ色の瞳で、わたしを見つめながら。わたしは減速剤で喉を潤す。
「んわぁあああんっ♥ んっひぃぃっ♥ ふぁあぁあっ♥」
腋の下、膝裏、足裏、指の付け根、内腿など腺が通っている部位には、ナメクジのようにぬめり肌に吸い付く赤い軟体仮想生物を貼りつけてある。皮膚の薄い箇所を這いずりまわられ、熱い粘液を擦り込まれている。あめ色の瞳で、わたしを見つめながら。わたしは減速剤で口腔を満たす。
「にゃぁあぁああっ♥ にゃっ♥ にゃ♥ にゃああああっ♥」
尾、そして耳状デバイスには低周波電気刺激を流しこむリングを、背中には灼けるような針を、クリトリスには繊毛キャップを――。
「~~っ♥ ~~っ♥♥ ~~っ♥♥♥」
もはや全身を覆いつくガジェットのほとんどが、初期の空間脚本設定から逸脱した技術レベルではあったけど、くゆりはもともとそんなことには囚われない。
減速剤のグラスに視線を落とす。水面に映る影が揺らいでいる。
「……肉体認識は、知覚によってはじめて……受肉するもの。現実でも、触れることではじめて……自分の肉体を感覚して、リアルになる……けど、サイマトでは、触れなくとも感覚することはできる……観念論者からすれば、サイマトこそ……真の現実、なのでしょうね……だから……だから、今のあなたは――全身のあらゆる器官を、細胞を、感覚を、体験している、あなたは――間違いではあっても、ホンモノ、よ……」
顔を上げた。あめ色の瞳と目が合った。目を逸らした。
ウィンドウを睨みつける。くゆりは快感を感じている。それは数値が教えてくれている。
――わたしは、くゆりに快感を与えているのよ。
言い聞かせるように、頭のなかで唱える。
『――そんなにお辛いのでしたら、ほかの子にやらせてしまえばよかったのでは?』
アークが目障りなメッセージを寄越してくる。
「……それは、あなたの、こと?」
『VIVI、というより、VIVIのなかのひとなら、できなくはないですけどね』
「あなたが……やりたいだけ、なんでしょう……」
『あら。わかります?』
いけしゃあしゃあと。
「……ほかのだれにも、やらせはしないわよ。これは――この仕事、だけは……」
くゆりの前に立つ。自分の尾を持ち上げた。
黒く、長く、きめ細かな鱗に覆われた、やすりのごとく無骨な尾――それは蛇の尾にも竜の尾にも似ている。魔術を準備状態に持っていく。
「……くゆり。今ここで……こうして、拘束され……非現実な絶頂の、嵐に翻弄されている、あなたは……ホンモノの、あなたではない、わ……だから、どんなに手酷く、壊れたりしても……現実のあなたには、どんな危険も、及ばない」
……うそだ。
「けど――、あなたが壊れること……その体験……喪失感は、真実、なの。
……うそ。
「砕きたくても……砕けない
――ぜんぶ、うそよ。
「それがあなたを……、この悪夢から目覚めさせる……唯一の、手段。すべては……すべては、あなたを、現実に戻すために……していること――」
偽りはない。脚色も、恣意的な歪曲も。
けど、この気持ちだけは、全部、大嘘。
くゆりから、目が離せなかった。目を背けたかった。
醜悪。本当に醜悪。
以前は破滅的で後戻りできない享楽に、あんなにもこころ惹かれてときめいていたのに――今のこれは、醜悪そのもの。
くゆりは、きれいだった。きれいなのは、くゆりだけだった。いつものくゆりも、この歪んだくゆりでさえも。
これこそわたしの欲していた破滅。あのときわたしが、MAYで幻視したもの――。
けど――それを、仕事のために、自分のために、くゆりに押しつけることの、なんと醜悪なことか。
くゆりは違う。今までの真にMAYに狂わされ、正気と倫理と認識を失った患者とは。そんな患者の前で、わたしはわたしである必要はなかった――遠慮会釈なく、破滅を産みだし、高みの見物を決めているだけでよかった。患者の方も、わたしのことなど気にしない。ただの
くゆりは違った。くゆりが見ているのは、わたしだけだった。凍らされた記憶の世界に、くゆりには、わたししかいなかった。くゆりの本当の世界は、あまりに狭い、箱庭で――それらはすべて、MAYの悪毒に犯されていたから。
くゆりはわたしを見ている。いつだって見つめ続けている。こんな
減速剤が空になっていた。
「アーク……、おかわりを、寄越しなさい……」
『それ以上は強制ターンアウトしてしまいますよ』
「なら一旦……醒ましてから……服むわ」
『やっていることがめちゃくちゃです。コントロールできないのは、お嫌いなんじゃなかったんですか?』
「成すべきことを……成せないことこそ……制御できていない、ということよ……」
『必ず後悔することになりますよ』
いえ――、後悔したかったのかも。
考えが、まとまらない。
自分の罪の深さを、知りたかったのかも。
そうでなければ……愛せる……とでも?
滑稽だ。それは、本当におかしい。それではまるで――くゆりの足を涙で濡らし、髪の毛でぬぐい、接吻して香油を塗れば――許されるとでも、思っているかのよう――。
ウィンドウを叩く。減速を解除した。くゆりと、目が合った。
「ぅぶっ」
あとずさった。
そのあまりにも、むごたらしい姿に。
照明の下から、逃げるように、闇のなかへ。
「あっ……」
くゆりは、わたしを見ていなかった。わたしを見失っていた。
あめ色の瞳の先には――鏡。
「ぁ――」
そこに映る――異形の姿。
「あああああああああああああああ……!」
「しまっ――」
鏡を
「ああああああああああああああああああああ!!!」
[認識自壊――]
アラートががなり立てる。
そんなことにかまっている場合では――。
[情動識別――]
ウィンドウが明滅する。
いえ、いえ、これは――。
[意識復調――]
ステータス総合評価が、赤から――緑へ。
まさか、そんな――。
[魂魄再形成――完了]
「わあああああぁぁあぁ……!」
くゆりが顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をこぼしはじめる。
[危険――心的外傷、急速拡大中]
「アーク! ガジェット
くゆりが全裸で宙に放り出される。受けとめる。
いったい、なにが――。
「くゆり、どうしたの、痛かった? 今すぐ診断を――」
首に細い腕がかじりついてくる。ぐしゅぐしゅとしゃくりあげながら。
「ちがうの……! そうじゃないの……! 痛く、ないの……! 怖かったの……!」
いったい、なにが起きたのか。
べたつく小さな背中をさすってやる。
「……ごめんなさい。けど……、よかったわ。予定外だったけど、治療は成功よ。もう大丈夫。なにも心配いらないわ」
くゆりの負の情動はまだ切り分けていない。だからここでくゆりの意識が復調し、魂が再び形成されることはありえなかった。
それに、一瞬――、自死、しようとした……?
自死セーフティは、完璧にかかっている。もし仮に自死しようと少しでも思い立ったなら、その時点でサイマト空間の時間は緊急
いえ、これは、違う――。
「よかった……? 成功……? ちがう……ちがうよ、ないちゃん……くゆが怖かったのは……ないちゃんが、おかしくなっちゃいそうだったから、だよう……」
「――え」
くゆりを慰める手が、止まる。
「くゆは……ないちゃんになら、なにをされたっていいの……ないちゃんは、好きだから……でも、くゆを治療しようとしてくれてる、ないちゃんは、ほんとうにつらそうで……今にも、壊れちゃいそうで……ううん、ほんとうに、壊れちゃってた……それが、イヤなの……怖いの……ないちゃんを苦しめる、くゆのことが……。ないちゃんをつらくして……苦しくして……壊しちゃうような……そんな
ああ――。
なんておそろしい、過ち。
おぞましく、愚かな、思い違い。
わたしが――わたし自身が、くゆりの
そしてそれを防ぐために、くゆりは自ら、狂った認識を破壊してのけた――。
それは決して、肉体的、あるいは精神的に死んで終わらせて楽になろうとしたのではない。そこに喜びを見つけたのでもない。新たに見出した最大の正の情動を守るために、自らそのストレッサーを破壊するという手段に出ただけにすぎない。
その根底にあるのは、愛情かもしれない。慈悲や慈愛かもしれない。だけどまぎれもない、他者を自己の世界と同一化した、究極的な
エゴの拡大は、往々にして自己のこころを清める代わりに、世界を清めるという暴挙に行きつく。異文化や異教徒、移民、先住民、蛮族を攻撃し、浄化することで、世界と一致した精神は火浣されると思い込む。愛によって憎悪を抑えきれない教義の教団や民族にありがちな発想だった。
くゆりは、違った。まったく逆のことをした。くゆりは、世界を清める代わりに、自己を火浣した。
先天的明晰者にしかできない、前代未聞の荒業。そして――。
本当に世界のことが大好きで、かわいくて、きれいで、すごくて、すてきなんだと魂から信じ切っていなければ、そんな真似はできない。
それは、救い主の思考だった。あるいは――母親が、子に感じるようなそれと同じ。母性の根源。
くゆりには母親しかいなかったから、当然のように、それを、成した。
ある意味で救われたのは――、わたしだった。
なんて――なんて汚らわしいの……わたしの、魂は。こころは。幻の――ニセモノの、心臓だからなの……?
それきり――なにも言葉を紡げないまま、くゆりの背を撫でて落ち着かせると、ターンアウトさせた。
目を見ることすらままならなかった。ましてや、額にお別れのキスをしてやることなんて。