百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage II promotion - 促進 -
/part 6 三つ編みの血
広い玄関ホールに、けたたましい金属音が響きました。音波さんが、傘から伸びた紅い刃を――JDことサリンジャーさんに叩きつけたのでした。サリンジャーさんは虹色のメガホンで刃を難なく受け止めていました。サリンジャーさんの背中に届きそうな虹色にきらめく長髪は、動きやすいポニーテールに結われています。
「あんびりーばぼ。ぎぃくの引きこもぉりだと聞いてましぃたが、なかなかどぉして手強ぁいサムライじゃんくみぃでぇす」
「ふん。VRゲームと、帰り道の妄想で鍛えたの……よっ!」
剣道部もかくやという傘さばきで次から次へと刃を繰り出していく音波さん。圧倒されたサリンジャーさんはとっさに後退しつつ、じーじを呼びだして防壁を築きます。
それを見越していたかのように突撃していた音波さんは、じーじを蹴って高く舞い上がり、頭上から赤い棘を雨のように降らします。ほれぼれするような追撃が紫のレインコートを引き裂いたものの、サリンジャーさんはたぐいまれな身のこなしで華麗にかわしました。
サリンジャーさんはそこかしこから赤い筋を流していましたが、その両目にはぎらぎらした闘志が宿っています。そのときわたしは、この侵略者の眼の色が、虹がかかった鏡色をしていることに気づきました。
「
ずしん! と重々しく三点着地した音波さんは、サリンジャーさんの指摘通り、立っているのがやっとな状態で、足が震えています。わたしたちと別れたときも限界に近い状態だったのに、今のような攻防をつづけていればいつ倒れてもおかしくありません。わたしたちが到着したときにはすでに交戦していましたけど、いったいいつから戦っていたのでしょうか……。
「ちっ……。あんたこそ、ただの人間にしてはしぶとすぎるわね」
「
「――んだよ、あいつも特待生だったのか」
廊下の陰から行く末を見守っていたわたしの隣で、のんきに肉片をもぐもぐしていた深淵さんが言いました。わたしは深淵さんの消防コートを引っ張ります。
「ね、ねえ、助けてあげないの? 音波さん、かなりふらついてるわよ」
「あ? 今回復中だっつの。ちょい待て」
「で、でも、時間稼ぎぐらいはしたほうが――」
「あのな、アタシは身体能力に関しちゃ常人そのものなんだよ。今の餓死寸前のあいつのほうが、まだつええ。満足にちからが使えねえアタシが出てっても、あいつの邪魔したあげくサリンジャーに瞬殺されるだけだ。つかよ、時間稼ぎならてめえがいけっての。てめえのほうがよっぽど人間離れした動きしてたくせによ。斧も持ってきてんだろ」
「う、でもわたしももう、腕ばきばきであんまりあがんなくて……。それにひと相手に斧を振るうなんて怖すぎるわよ!? というかそもそも、わたしだってただのJKだもん! さっきは奇跡的に動けただけで!」
「は、なら黙ってみてろ。経験もねえなら連携も取れねえだろうしよ」
「でも深淵さんが回復するまでにやられちゃったら!?」
「そうなったら、てめえが突っこめ。その瞬間なら、サリンジャーもあいつだけに集中して、必ず隙ができる。サリンジャーの首を落とさなくとも、うしろから峰打ちでどつけばそれなりに時間稼ぎできんだろ」
「この斧両刃なんだけど!?」
「るっせえな、ごちゃごちゃと。言葉のあやだ。とにかく適当なとこでどつけっての」
視線を戻すと、戦況はサリンジャーさんのほうに傾いていて、音波さんは防戦一方になってしまっていました。鞭のようにしなりのたうち攻めてくるじーじをいなすので手いっぱいという感じで、すっかり精彩を欠いた動きです。さっきのが、渾身の一撃だったのかもしれません。
音波さんを翻弄するように四方から間断なく襲いくるじーじの攻め方を診て、深淵さんがわたしにささやきかけました。
「あいつ、もう頭まわってねえだろな。だいぶ誘いに乗っちまいはじめた。たぶん、サリンジャーのやつ、締めにかかるぞ。だが、ちょうどアタシらに背中向けてる。チャンスだ。合図したら行け」
わたしはごきゅんと生唾を飲み込みました。
「わ、わかっ――」
「行け!」
「もう!?」
ええいままよ、とわたしが飛び出した直後、数本の細い触手じーじが音波さんの傘と腕にまとわりつきました。切り払わんと傘を振りかぶる音波さんの前で、サリンジャーさんが突然身をかがめ、うらやましいぐらいの美脚でツバメ並みの低空キックをかましました!
音波さんはよけきれないし、わたしも音波さんをかばうのには間に合いません。でも、その体勢ならサリンジャーさんだってわたしの斧を避けられない……!
足元がおろそかになった音波さんが向こうずねを打たれて転倒する寸前、サリンジャーさんの後頭部に、わたしの黄金斧の柄が吸いこまれるようにして振るわれました。
そして――その行動を予測していたかのように上方から静かに振り下ろされたじーじの腕に、斧はわたしの手から吹っ飛ばされてしまいました。がすん! と足の間に突き刺さる斧。危うく足の指がなくなるところだったわ!?
「な……!?」
「っとお、兎浪さん、さすがのJDでも下手したら死ゾー? いまの」
二階から降ってきたのは、夢魔の声。じーじを従えた科藻さんタマさんが、踊り場に立っていました。
「あなたたち……逃げたんじゃなかったの!?」
「って兎浪さんが思ってただけっしょ?」
「ぐぬぬ……! いんちきよ、そんなの!」
「にゃは♡ タマたちをいんちき呼ばわりするのはいいですけどぉ。いいんですかぁ~? 斧拾わなくて」
「えっ、あ!? いやっ!」
科藻さんたち再登場の驚きのあまり、わたしは斧を回収するのを忘れてしまい、さらに斧に注意を向けてしまったがために、背後から忍び寄っていた極太じーじの接近を許してしまい、両腕の上から胴体に巻きつかれてまったく身動き取れなくなってしまいました。
うう……やられた……! サリンジャーさんの勝機を狙った勝機を狙われたんだわ!?
サリンジャーさんがじーじに音波さんを拘束させつつ、虹色の涙目で音波さんを蹴った脚をさすって労わりました。
「
「こ、の、はなしなさい、よっ……!」
じたばたともがく音波さんは、かなり衰弱してしまっていました。どこかで隠れていたらしいミセス・ミラーカがすっ飛んできて、音波さんを救い出さんと必死にじーじを突っつきはじめます。
タマさんが音波さんの顔を眺めて、にんまりしました。
「あぁ~ん、なにこの子かわい~。ぜひともタマのこころちゃんとレズらせたいですねぇ~」
「ふざけ、ないで……! あたしはだれとも、レズったり、しないわよ……! 死にたくなかったら、さっさと放しなさい……!」
「くっししし、こういう気が強い子に限って、おしり弱くて調教しがいがあるんだよナー♡」
音波さんは抵抗をつづけながら、鼻で笑いました。
「ふん。おあにくさまっ……。あたしは、血とガムしか、くちに入れないの……。あたしのおしりは、鋼の薔薇のごとく固く閉ざされてるわよっ……。わかったら、諦めることね」
「えぇ~、むしろやる気出ちゃった感じぃ~。おしりレズえっち専用奴隷にしちゃおっかなぁ~?♡」
「っ……! へんたいどもが……!」
なるほど、そうだったのね、音波さん……まるでアイドルみたいね。顔もいいし。
じゃなくて、いったいどうしたら……。深淵さん、そろそろ回復して助けにきてくれないかしら? と思った矢先、わたしの考えを見透かしたかのように、科藻さんが声を張り上げました。
「おーい、しんえんちゃんもどっか隠れてるんしょ? もう諦めて出てきチャイナ!」
意外と素直に、深淵さんは廊下から姿を現しました。
「科藻、タマ。わるいこた言わねえ。さっきのじーじみたいに消し飛ばされたくなきゃ、そいつらを解放しな」
「ちっちっち、はったりは意味なしゾしんえんちゃん。あのちから、見たとこ人質を助けられる出力調整できんしょ?」
「タマたちの目的は達成しましたしぃ、しんえんちゃんこそ、見逃してあげるんでどっか行っちゃっていいですよぉ~? でないとぉ、お友達がひどいめに遭っちゃいますよぉ~。にゃっふふふふ♡」
「てめえらの目的はJKをレズ奴隷にすることだろ。JKを傷つけちまったら外部から叩かれるからな。なんの脅しにもなってねえよ」
「
「……クソったれめが」
サリンジャーさんが注射器の針を音波さんの首筋に押しつけるのを見て、深淵さんは踏みとどまりました。
え……。あ、あれ!? これもしかしてかなり絶体絶命なんじゃないかしら!?
「デハデハ、われわれはこれで――って、この子おも!? サリンジャーさん!? ちょっとこれアジトまで引っ張ってくの無理ゲーなんですケド! ぜったい五百キロぐらいあるゾ!」
「きゅうじゅうはちきろよっ……!」
「えぇ~、こんなちっこくてかわいいのにぃ。着痩せするタイプってやつですかぁ。そんなの抱き枕にできないじゃないですかぁ。は~、萎えぽ」
「ウーン、困ぁりました。じーじも消耗させすぅぎちゃったので……ここは自分の脚で歩いてもらうしかないでぇすね。いっそここでレズ奴隷にしちゃぁいましょ!」
と言うと、サリンジャーさんは音波さんのゴシックドレスを襟からお腹までびりびりと破いてしまいました。
「な!? てめえらこんなとこで!?」
憤る深淵さんに、サリンジャーさんは注射器をちらつかせます。
「おーっと、一歩でも近づいたら……ぶっすりいきまぁす」
「にゃふ♡ しんえんちゃんはそんなブスイなことしたりしませんよぉ。お友達がレズ奴隷になるとこ、見てみたいですもんねえ……♥」
「しんえんちゃん、ヘタレマゾだからー、そういうのすこだもんナー♥」
「ぐっ……、ざけ……!」
象牙細工のような鎖骨と、透かし模様のように青い静脈が浮かんだ新雪の肌があらわになりました。下着は身に着けてなかったらしく、控えめなふくらみがみんなの視線にさらされます。
あどけない胸のまんなかには、色素が薄く、まわりと境界線がほとんどわからない淡い桃色のぽっちがあって、それは、きらめく銀色の十字のピアスで貫かれていました。まるで真冬のなだらかな丘の頂に立てられた、十字架のように。
音波さんは下唇を噛んでぎゅっと目をつむり、かすかに震えていました。
「やぁ~ん♥ いい趣味してますねえ♥ だれに開けられたんですかぁ?」
「あんたには、関係ない、でしょ……!」
「えぇ~、教えてよぉ♥ 今の彼女? 昔の彼女? それとも……親とかにですかぁ?♥」
「っ……! 自分でやったのよっ……!」
「んにゃはぁ♥ いいですねぇ♥ こころちゃんみたいにろりろりなのに、えちえちですねぇ♥ にゃははぁ♥ はぁ~、やっば♥ タマ、ちょっとたまんなくなってきちゃったかもぉ♥」
ええ……そんなところにまでピアスしてるだなんて……。
わたしからすると痛そうでぞっとするぐらいなんですけど、タマさんは声を弾ませていました。
そして、おへその辺りから、つ、つ、つ、とたおやかに白いお腹を撫であげていきますと。
「ひ、ぎ、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛……!」
音波さんは、まるで生きたまま解剖されていくコウモリみたいな悲鳴をあげました。深淵さんが怒鳴り散らします。
「オイ! そいつめちゃくちゃ痛がってんじゃねえか!」
「あれぇ~、おかしいですねぇ。ばーぢんでもとろとろになっちゃうはずなんですけどぉ」
たぶん、相当な激痛だったんだと思います。音波さんは息もたえだえです。
「っ……。あたしの、からだは……繊細なのよっ……」
「ンー、
サリンジャーさんはふむふむとあごを撫でました。
「むかぁし、聞いたことありまぁす。"神経交叉異常なんちゃらクオリア逆転うんちゃら症"とゆーやつでぇ、快楽と苦痛の感覚が真逆になる病気でぇす。痛いのはぁ、気持ちぃのに。気持ちぃのはぁ、痛ぁいのに。器質的かつ機能的な障害なのぉで、治療方法が確立してなぁいんだとぉか」
「よくわかんないですけどぉ、じゃーあ、こうゆのがいいってことですかぁ?」
「いっ……ひゃぁあんっ……!」
タマさんの指がピアスをつまみあげ、強めにくんくんと引っ張った途端、あの音波さんのくちから発せられたとは思えないような甘い声が漏れました。タマさんは目を細めて舌なめずり。
「にゃふにゃふにゃふん♥ なぁんだ、単純なからだじゃないですかぁ~♥ だからピアスだらけなんですねぇ♥ 生まれついてのへんたいさぁん♥ 最高かよぉ♥♥」
「はえー、おもしろ。しんえんちゃんを上まわる真正どえむちゃんなのネ。んじゃ、あーしもいじめちゃおっとー♥ うりうり♥」
「ひっ、んんんっ、うまれっ、つきっ、なんかじゃっ、あっ、んぁっ、ぅんっ、ないっ……! 勝手にっ、んきゅっ、かいぞ、うっ、あっあっあっ、されただっ、けっ、んくっ、もっ、もおっ、さわる、なぁあっ……! ひゃぅぅうんっ……!」
胸のピアスを両側から交互に爪でぴんぴん弾かれて、音波さんはふとももをもじもじさせて頬を紅潮させはじめました。
また、わたしの目の前で、罪もないJKが……。鋭い頭痛が、ぎちぎちとわたしのこめかみに食いこんできます。
――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。
「すんすんすん♥ にゃはぁ♥♥ 排卵臭えっぐぅ~♥ ここまできついのはじめてですよぉ~♥ はぁ~すんすん♥ にゃふ♥」
「んー……、これ確実に十個ぐらい排卵してるくないかー? どれどれ――」
科藻さんが音波さんのドレスを完全に破ってしまいました。すると露わになったのは、ちょこんとかわいらしいおへその下にでかでかと刻みこまれた、紫色の刺青――ひび割れた心臓を模したデザイン。
「ぅにゃぁ♥ えっろ♥ おんぱちゃんを改造したひとぉ~、センスブチいいですねぇ♥」
「へーえ、これはなかなかですナ♥ タマじゃなくてもクるもんあるゾ♥」
サリンジャーさんはしげしげと刺青を眺めてふんふん頷きました。
「なぁるほぉど。卵巣も
「っくぁぁあ……! ひっ、ぅぅ……! あんた、にっ、同情されっ、たく、なんかっ……! あっ、んっぐっ、ないっ、わ……!」
「そうですぅか? でぇも――、本来の正常な感覚を知っているならぁば、わたぁしたちならぁば、治せまぁすよ?」
「……え。あっ、んあっ、んっ、んっ、んっ、それっ、ホント、なのっ……!?」
「エアライデン製薬のてくにくぅ、あーんど、夢魔ちゃんズの催眠セラピッピ、活用すれぇば、かなぁらず治りまぁす! ただぁし――もちろぉん、レズ奴隷にはなってもらぁいますが!」
「っ……、っ……、っ……、んっ」
喉の奥で声を封じる音波さんの瞳がJDの誘惑に揺らいでいるのは、だれの目にも明らかでした。
「痛いのが治れぇば、みんなで毎日くんずうほぐれぇつ気持ちいいえっちざんまぁいです! だれぇも苦しまなぁい、だれぇもハブられなぁい、みんな平等でぇ、みんなしあわせぇな世界が待ってまぁす! さーぁ、おんぱちゃん! わたぁしたちの仲間になるでぇす!」
「っ……。……そう。……わかった」
音波さんは、言いました。
「……よく、わかったわ。あんたたちが、目指す世界が――いかに、反吐が出る最低の世界か」
「ほわっつ!?」
音波さんは極めて不快そうに、サリンジャーさんをにらみつけました。
「あたしは! だれもが愛し愛される世界になんか、興味ない! あたしは控えめで、むだなものが大嫌いなの。だから――あたしだけが愛される世界があれば、それでいい。もし、あたしだけが愛されない世界の可能性があるのなら、あたしだけを愛するものをあたしから奪うような世界の可能性があるのなら――、あたしはそれを、拒絶する……!」
サリンジャーさんはあちゃあという顔でぺちっと額を叩きました。
「おーう、これぇはまた、突き抜けぇたわがまま娘でぇすね。あいしーあいしーあいあんだーすたゃん。ならぁば、レズド雨漬けにして"じーじ風呂"で徹底的に調教しまぁしょう! かまんじーずほーる!」
威勢のいいサリンジャーさんのかけ声とともに、ごごごごっと軽く地響き。次いで、唐突に、ばごんっ! とじーじに宙づりにされた音波さんの足元が割れました。床下で口を開けていたのは、粘液まみれでうねうねうねりまくっている大量の細いじーじの海。
おええ……! 再生してる最中の深淵さんの腕とは別ベクトルで気持ちわるすぎるわよ!?
「ひ……! いっ、いやっ、やめなさいっ……! やめて……!」
さすがに生理的に受けつけないのか、 音波さんも焦って足をばたばたさせています。
「にゃふにゃふ♥ だいじょぶですよぉ。見た目きっしょいですどぉ、この子たちとってもじょうずでぇ、最っ高にきんもちいんですからぁ♥」
「うえ、おタマまじでゆってんの? あーしまだちょっとむりげなんだケド……」
「三分で泡吹いておもらししてたのにい?♥」
「いやだってこんなんバケモンじゃんかサ……。てかてかサリンジャーさん、おんぱちゃんにきもちいのだめなんしょ?」
「そこは
「えぇ~、さきに言ってくださいよぉ。ナモもそっちのほうなら楽しめるんじゃないですかぁ?」
「ええ……。いっかいだけだゾ」
サリンジャーさんたちがのんきにおしゃべりしてるあいだ――深淵さんは、ずっとわたしに意味ありげに目配せしていました。たぶん、音波さんを助けに行くから、フォローしろってことなのね。
わたしはじーじに巻きつかれたままで、その場からミリも動けませんでしたけど、幸い、斧はわたしの足元にぶっ刺さってます。これを蹴り飛ばして、音波さんを縛っているじーじを断ち切れれば、深淵さんが速攻で救出して離脱できるはず……!
わたしは深淵さんに頷き返しました。完全に逆転勝利です。完壁に、成功のヴィジョンが見えました。
だいじょうぶよ、斧蹴りぐらいできるわ、わたし! だって昨日、木こりの本で読んだもの!
深呼吸をして精神集中し、きっちり狙いを定めると、わたしは思いっきりふとももを引き、全身全霊のちからで、斧に足を叩きこみました!
が、斧は思ったより深く床に突き刺さっていたので、ちょっと転がっただけでした。
「いっだあぁぁあぁあ……!」
激痛にうずくまるわたし。
「ちょいちょい兎浪さんや兎浪さんや、なにやって――」
気のふれた春先のウサギでも見るような目で科藻さんたちがわたしに注目したのを、深淵さんは見逃しませんでした。
「あぁ~、やばいですよぉ、しんえんちゃんが猛ダッシュしてますぅ!」
「あ、まっず……! おじーちゃん!」
いち早く反応したのは深淵さんから遠かったタマさん。科藻さんもほぼ同時に気付いて、じーじを呼び出しますが。
「……! 深淵さん! 左から来るわ!」
痛みで半泣きのわたしの警告でなんとか回避!
「させませぇん!」
サリンジャーさんが音波さんの前に立ちはだかり、左手でメガホンを鈍器のように構えました。その背中、深淵さんの死角にまわされた右手には……注射器!
まずいわ! もう、どうあがいても間に合わない距離――深淵さんでは、ドーピングしたサリンジャーさんの尋常じゃない身体能力から繰り出される注射をよけきれるはずがありません! 深淵さんが薬漬けレズ奴隷にされちゃう……!
完全敗北の瞬間をなすすべもなく見届けるしかなかったわたしの目の前を――かすめるように、風を切る音が通過しました。なんと、ミセス・ミラーカが、サリンジャーさんの右手に突撃して、手の甲を突っつきまくったのです! あれは痛いわ! すごく!
「あうっ、あうち! なんなんでぇすこの
その隙に接近した深淵さんは、サリンジャーさんのお腹に全体重を乗せたパンチをして(ブラックホールパンチではなかったです)倒すと、音波さんを拘東しているじーじに飛びつきました。
引っ張ったり爪を立てたりして、なんとか音波さんを解放しようとがんばってますが……。だめそうです……。
「クッソ! 意外にかってえなオイ! リナのやつこれ引きちぎるとかどんだけ馬鹿力なんだ!? 緩みすらしねえ!」
「ちょっとあんた、なにしにきたのよ! はやく切りなさいよ! ナイフぐらい持ってないの!?」
「ああ!? てんめ、わざわざ助けにきてやったのに!」
「おほぉ……わんだほな
ああ、そんな……! サリンジャーさんが指を鳴らすなり、深淵さんもろとも、音波さんがじーじ風呂に落っこちてしまいました!
じーじの湯船に沈みつつ、深淵さんが毒づきます。
「クソっ! きっしょくわりい! しょうがねえ……音波! アタシの血を飲め!」
「は!? レズ女の血はいやだったら! 血ガムはどうしたのよ!?」
「宇宙に喰われた」
「は?」
「とにかく聞け! あたしは……、言葉とレズってた!」
「は?」
「一年間、てめえの姉貴と愛しあってたんだ!」
「は?」
突然の赤裸々な告白に困惑中の音波さん。というか、この場にいるみんな、え、なにこれどう反応したらいいの、という顔です。
「あんたマジでさっきからなんなの?」
「いいから聞けって!」
ちょっと赤くなってる深淵さん。
「アタシはな、人間として終わらされてた。人間として、死に切ってたんだ。でもよ、アタシは、言葉に地獄から救い出してもらった。また、人間にしてもらった。命をもらった。魂をもらったんだ! 今のアタシのからだは、言葉がつくったもんだ。アタシのなかには、言葉の血が流れてるって言ってもいい。言葉と、同化してたと言ってもいい! アタシたちは――、愛しあってたから! アタシのからだは、言葉のからだなんだ! それをてめえに返してやる! だから飲め! 言葉の血を!」
一気に喚き散らした深淵さんと、頬を上気させていく音波さんの下半身は、じーじに埋没してしまっていました。
「っ……! いみ、わかんない……意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない……! あんな女の血、飲むわけない……! ずっと、信じてたのに……、この世界で唯一善良だって、信じてたのに! あたしは裏切られた! この世でいちばん最低で、最悪の女よ……!」
「ちがう! あいつはそんなんじゃねえ! だれよりも自分よりも、
「そん、な……わけ、ない! なら、どうして……! どうして、あんなことしたわけ!? あたしは――あの女と、あんなことなんか、したくなかった……! カトリナのところで、散々いじくられて、弄ばれて……! 二度とごめんだったのに……! あの女は、あたしを"誘惑"して……! だから、あたしは、とめられなくなって……血を吸っちゃったのよ!」
「それは――、あいつがまちがえたんだ。それが、あいつの罪だ。カトリナに汚されたてめえをなんとしてでも取り返したかった。上書きできると思ったんだ。そうやって、おなじ方法で、つまんねえアタシの地獄を上書きできたもんだから。あいつをまちがわせたのは――アタシだ。アタシの安っぽい魂が、あいつの魂まで、安っぽくして、めくらにして、愚かにしちまったんだ。だが、あいつのてめえを想う気持ちは、ずっと純粋で、
ふたりはもう、胸のうえまで――ぜったいに抜け出しようのないところまで浸かっちゃってます。それでもなお、いやいやと拒みつづける音波さん。
「ふざけないで……! 聖らかな人間が、妹に自分を殺させると思う!? あの女は、あたしをなじったわ! ぜんぶあたしのせいだって言ったわ! あたしを呪った! あたしを騙して、なにもかもを壊し尽くして、こんなところに追いこんだ! そんな女の血なんか、いらない……!」
深淵さんが、がしっと音波さんを抱きしめ懸命に訴えかけました。
「あいつは! たしかに正気を失ってた! 狂っちまってた! だが、てめえに血を吸われて、なにもかもぶっ壊れてもなお、あいつは最後まであいつのままでもあった! あいつはなあ……、てめえを温羅杜から解き放つためだけに、自分を殺させたんだ!」
「っ……!?」
「あいつは、死ぬ前に、あたしに手紙を送ってきた! あいつは、妹を傷つけたことをずっと悔やんでいた! だからこそ、てめえをこんなクソみてえな家と縁切らせるためだけに、あいつは自分の命を、残された価値を、すべて捧げて、ついやしたんだ! あいつは言ってた! "なにを犠牲にしてでも、おねえちゃんだから、おとちゃんだけは助けたかったんだ"って……! "おねえちゃんなのにおとちゃんを守れなかった罪滅ぼしをしなくちゃいけないんだ"って……!」
それは叫び。きっと、深淵さんのためでも、音波さんのためでもなく――言葉さんのための、叫び。
「っ~~! もう……、もうっ、もうっ、もうっ……! なによ、なんなのよ……わけわかんないわよ……! ことちゃんのばかぁっ――!」
がぶっと、深淵さんの白い首筋に、白いちいさな牙が突き立てられたところまでは、見届けました。そのすぐあと――、ふたりはじーじのなかに頭まで飲み込まれ、わたしの前から姿を消しましたから。
あとに残ったのは、静寂――。
ただし、五秒足らずの。
ざくざくざくざく……! と地面から突き出してきたそれは、紅い石筍。もしくは巨大赤ウニ。地上のじーじたちを穿ち、切り裂き、引きちぎり、瞬く間に肉塊に変えていきます。
危うく串刺しにされそうになったサリンジャーさんたちが(わたしもですけど! 自由にはなりましたけど!)慌てふためきます。
「えっちょナニコレおじーちゃんバグった!?」
「ちがいまぁすね。この針は、ぺろ……血でできてまぁす! これは――」
「……ふん。仕留めそこなったわね」
じーじ風呂からずるずると……粘液でなまめかしくぬらぬら光るJKの裸体が這い出てきました。気絶したらしい深淵さんのからだを引きずりながら。
――その、神々しさと言ったら。
一糸まとわぬ姿で、タトゥーや、ピアスだらけのからだなのに。
思わず、ぼうっと見惚れてしまうほどでした。
「いやいやいやいやまぢであーしらに刺さってたらどうするワケ!?」
「あんたたちの息があるかどうかはたしかめてあげるわよ。死んでたらとどめを刺す手間が省けるもの」
「そゆことじゃないっしょ!?」
「ぅに゛ぇ~、特待生ってみんなこんなあたおかJKなんですかぁ~? もう帰りたぁい! 帰っていいですかぁ~!?」
「……追うのはめんどうだから、いつもならおとなしく帰すところだけど」
全裸のJK――音波さんは、深淵さんを床にべちゃっと放りだすと、ぶちっと耳からピアスを引きちぎりました。だくだくだくだく血の糸が、細い肩から胸にかけて鮮やかな刺繍を施していきます。
「家を壊されたし、触られたし、レズられかけたし、結構むかついてるのよね」
流れ出た血は音波さんの手のなかで三日月状の短刀――それも、自傷にしか使えないような反りのきつい曲刀となって、それでするすると撫で切られた手首からぬるぬる零れ落ちる血は、瀟洒な手袋に。
「これから何度もあんたたちと顔を合わせるのも耐えられない。何度もおなじ敵と戦う展開はゲームだけでいいわ。めんどくさいから」
ざっくり深く切り込まれた内ももからどろどろあふれ出した血は、妖艶なガーターベルトとストッキングに。
「あんたたちのこと、明日以降すっきり忘れるためにも――」
すっばり裂かれた頚動脈からさらさら流れ出る血は、エレガントなナイトドレスに。
「ここで消えて」
全身、深紅の衣装に身を包んだ音波さんが、そう告げた瞬間。音波さんを中心として、さーーーっと赤い液体がすごい速さで広がって、膜のように、お屋敷の床から壁から天井からを覆い尽くしました。
一瞬にして真紅これ一色と化した、異様な世界。まるで――魔女の魔法のような。
そしてその血らしき液膜が敷かれたそこかしこから、ばちばちばちばち……と火花が芽吹き――。
「あ、これはやばぁげです! じーず!」
危険を察知したサリンジャーさんがすかさずじーじを呼びました。地面の下からはいつものようにぼこぼことじーじが掘り進んでくる音が聞こえました。ところが、すぐ足元までやってきたところで、がつん! となにかに衝突したようで、肉柱は一体も地上に出現できていません。
「ちょ、サリンジャーさん! なんかおじーちゃんひっかかってるんだケド!?」
「ぺろっ……この床の血、異常に鉄濃度が高いでぇす! たぶぅんすぐ下の地表が鉄で蓋ぁされちゃってまぁすね! じーじに鉄破るぅはさすがにむりでぇす!」
「そんなぁ~、じゃあ緊急脱出もできないじゃないですかぁ~!? は~つっかえ~」
「しゃらっ! 走って逃げるしかないでぇす!」
尻尾を巻いて三人が逃げ出す姿勢を見せます。
あ、なんかこの光景見たことあるわね……。
「気をつけて、音波さん! あの子たち、逃げるふりして逆転狙ってるかもしれないわ!」
「ふん。だから? 一瞬で炭になってしまえば――逆転もなにもないでしょ……!」
ばぢん! と目もくらむ閃光の爆発が、玄関ホールを白く焼き染めました。
「いっ……!?」
同時に、足の裏からふくらはぎにかけて、焼けた針で突き刺すような痛みが走って、わたしは尻もちをついてしまいました。痛み自体はすぐになくなったし、さすってみてもとくにケガとかはしてないみたいなんだけど……いったい、なにが起こったの……?
眼の奥でぎらぎらしてる光は、わたしからしばらく視力を奪ってから、徐々に収まっていきました。ようやく見えるようになったわたしの目に映ったのは……ホールの玄関付近で、しゆうしゆうと煙を噴き上げている真っ黒い物体みっつ。
それはどうみても、表面が炭化したJK大の肉でした。
「うぇぇえ!? ちょ、ちょ、ちょちょっと、これ、あの三人……!? なにしたの!?」
「ホールを大容量空気鉄電池に変えて高電圧で炭にしてやった、つもりだったわ。でも……ちっ。出し抜かれたわね」
音波さんが傘で突くと、炭は簡単にぼろぼろと崩れ、淡い肉色の小片がこぼれでてきました。これは……じーじです。ああ、そういうことなのね。昨日、科藻さんの偽物をじーじでつくったように、三人の偽物をつくっていたのです。たぶん、最初から。
わたしはちょっぴり安堵してました。だって、まともに食らっていたら、たぶん無事じゃなかったはずですから、ぜったい。
目を覚ました深淵さんがほっぺたを撫でながら愚痴りました。じーじ風呂に飲みこまれたときに三つ編みがほどけてしまったのでしょう、濡れて艶めいている深淵さんの赤毛は、複雑に絡みあった血の糸の河のようです。
「っつ……顔面の筋肉がしびれてやがる……。てめ、あたしらまでやる気だったのかよ」
「そのつもりはなかったけど、そうね、よく考えたらそのほうがのちのちめんどうがすくなくてよかったわね」
「あのなあ……」
すげなく言う音波さんには、さしもの深淵さんも呆れてニの句が継げないようでした。
「でも、逃がしちゃったわね、はあ。こんだけしんどい思いしたのに。せめて捕まえておけば、もう襲われなくて済んだかもなのに」
「はっ、甘えな。人質なんざ荷物なだけだ。てめえの話聞く限り、仲間はほかに後輩ひとりだけなんだろ。人質の管理に裂く余裕はねえよ。こっちが隙を見せちまった瞬間に寝首かかれてしまいだ」
「なるほど、たしかにそれもそうね」
「だが、収穫はあったな。連中、偽物を逃がそうとしたんだろ。それは偽物だってぜったいバレたくなかったってことだ。ここまで精密な分身は、強力すぎる手札だ。できることなら隠し通したいはずだ。連中にその奥の手をばらさせたんだ。そんでよしとしようや」
「前向きなのね、深淵さん」
「得た情報を整理しただけだ。てめえの持ち物、情報、技術、ぜんぶきっちり把握して使いこなしたやつだけが生き残れんだ、こういうときゃよ」
深淵さんは、ぽきぽき首を鳴らして、赤髪をまた三つ編みに結いはじめました。
「んで? 隠れ家にでも帰んだろ? アタシも連れてってくれよ、助けてやったんだからよ」
音波さんは……うれしそうに主に飛び乗ったミセス・ミラーカの頭を指で撫でてやりながら、半壊したお屋敷を眺め、ぼそっとつぶやきました。
「――なによ。ぜんぜんちがう、味じゃない……ばか」