百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
part 1 狩猟委員のおしごと
/Stage III progression - 進行 -
/part 1
3019/7/16
「う、実物で見ると……いんちきみたいなおおきさね……。それにものすごく長いし、グロテスクというか……」
「外観だけで判断するに、通常よりも先端が顕著に膨らんだ形状をして、表面に浮きあがった血管様の体液輸送管が脈動していますね。がす子的にはありていに言って、マジゲロキモいというところですかね」
「ちっ。本気であれに挑むつもり? めちゃくちゃめんどくさそうじゃないの。もう帰ろうかしら」
「だめよ、音波さん。あんなのに襲われたら、"
「な? な? えるふ、言ったとおり。えるふ、まちがわない。えるふ、みんなにおしえてやる。は、っ、し、ゅ、た、ぐ、え、る、ふ、う、そ、つ、か、な、い」
「おっと、えるふさん。あれと
「あーね。さすががす子。えるふ、ばえるわからない。がす子、ばえるわかる、いい。これ、ばえたか?」
「ふむん。すこし華もほしいところですかね。顔のいい温羅杜さんでも添えておきますか」
「は? 陽の遊びにあたしを巻きこまないで」
「添えるだけですから」
「そういう問題じゃないから」
「はっしゅたぐ、おとはをそえて」
「ちょっとえるふ! なに勝手に撮ってアップしてるの!? 消しなさい!」
「ふうん、やっぱり顔はいいですね、そこそこいい写りしてるじゃないですか。ハッシュタグ、拡散希望っと」
「そういう問題じゃないってば! 今すぐシェア取り消しなさい、ばかがす子!」
JKの中心に建てられている地上との連絡塔。その周囲には貯水池が掘られてます。連日のレズド雨が溜まっているからでしょうか、貯水池の水は溶けきったストロベリーアイスみたいなとろとろクリームピンクになってます。
その池のなかで、巨大な物体がクジラのように悠々と泳いでいるのを、わたしたち"
最初、えるふさんがYu-Lintterで送ってきたセルフィーを見たときは、またがす子さんがつくったコラ画像かと疑ったものですけど、実際に目の当たりにしてみると、おおきすぎてますます冗談にしか思えません。周囲を飛んでるザ・ウォッチャーが、ハエみたい。
でもクジラというよりかは――、ネッシーって風体かしらね。
「あれ、やっぱりどう見てもじーじ? よね? あんな巨大じーじ、はじめてみたわ」
「便宜的に、"超大型じーじ"とでも呼称しましょうか。あそこまで巨大だと、超大型じーじは用途がかなり限定されそうです。ここから出たことない可能性がありますかね。だから今までだれもその存在を知らなかった、と」
「なるほど。音波さんみたいね……あだっ」
最近、音波さんはなんの前触れもなくミセス・ミラーカをけしかけてくるようになってきました。
「ここから出たことがないなら、本拠地には来ないでしょ。わざわざちょっかい出す必要ある?」
「完全に防衛専用であれば、温羅杜さんの推測どおりかもしれませんが、それにしてはとりまわしがわるそうです。それから、データが皆無ですからね。がす子的にはリーナーに賛成です。威力偵察の意味も含めて、一度交戦しておくのはありよりのありかなと具申しておきます。突然あれに襲撃されて対処できなかったら困るでしょうしね」
「えるふ、むつかしいことわからない。でもあいつ、きっとつよい。りーなー、えるふ、あいつと"戦争"したい。ちわきにくおどる、さつりくのびしゅによいたい」
「ちっ、戦闘狂どもが……」
舌打ちする音波さんとは対照的に、えるふさんは弦の張り具合をたしかめ、がす子さんはピースした両手をうぃーんがっしゃんきゅるるるると手首で回転させていて、ふたりとも戦意に満ちてます。
「音波さんにはわるいけど、やっぱりここで戦ってみましょう。超大型じーじが防衛専用だとしても、いつかは必ず倒さなくちゃならないもの。連絡塔は、R.U.R.の目下の目標だから」
「……べつに。やらないとは言ってないから。うざい説教はやめて」
めちゃくちゃやりたくないと言いたそうな顔で音波さんがこれ見よがしにため息をつきました。
「それで、どう戦いますか、リーナー」
「ひとまずこっちに引きずり出しましょ。どこまで動けるのかたしかめなきゃ。音波さんとえるふさんで、陽動とザ・ウォッチャーの破壊をお願いね。そうね、できたらあっちの広い公園まで。ふつうに走って逃げられないぐらい早そうなら、その時点で一時撤退よ。こっちが有利に戦えそうな場所を探して、仕切りなおすわ。超大型じーじをおびきだせたら、がす子さんが相手をしてみて。えるふさんはサポートで。弱点を見つけることに専念してね。あとは場面で動きましょ」
「
各自、迷うことなく行動開始。三人とも特待生ということもあって、細かい指示は必要ないというか、各々の判断に委ねたほうが動きやすいみたいです。
わたしとがす子さんは、ホイッスルと投げガンマナイフでザ・ウォッチャーを排除しながら公園まで後退。ベンチの後ろに身を隠します。
超大型じーじは――ミセス・ミラーカに誘い出されて、池から這い出てきていました。ほかのじーじとはちがって直立せず、這うみたいにもっぞもっぞと迫ってきています。
「てぇ! すぅ! たぁ! けぇ!」
移動速度は歩くような速さだったので、音波さんは左手のYuritchでアニメを見ながら適当に傘から血弾を撃ち、ザ・ウォッチャーを撃墜中。ただし、超大型じーじのあとを追うように、無数の極太じーじも池のなかから出現していました。こちらはそれなりに素早く、超大型じーじを追い越して音波さんを包囲しようとしています。
が、極太じーじたちは音波さんに触れる前にぐずぐずのくず肉に融解していきました。その残骸をあさってみると、きっと矢が見つかるはずです。矢じりに、ダークエルフ秘伝の毒薬を塗った矢が。もっとも、光を捻じ曲げる藻が矢の表面に付着しているので、探すのはとても苦労するでしょうけど。じーじたちは、藻の迷彩で完壁に姿を消したえるふさんが放つ不可視の毒矢の雨になすすべもありません。
ところが、超大型じーじにはあんまし毒の効果がないみたいでした。当たったところの表面はぼろぼろ崩れてるみたいですけど、ダメージを与えてる感じじゃありません。
透明だから見えないけど、えるふさん、喜んでるんでしょうね、強敵に巡り合えたって……。
んん……。息苦しい……空気、かなり薄くなってきたわね……。
やっばりじーじが大きい分、
「がす子、行きます」
ばね状にたわめた竜の尻尾を使って弾丸のように飛び出したがす子さんは、右腕に装着した炭素線加速器で炭素線を噴出しながらさらに加速。力タツムリの殻によく似た加速器本体で、超大型じーじの頭頂を殴打しました。
身の丈ニメートル、体重二百十キロのナチュラルキラーサイボーグドラゴニュートJKの渾身の一撃は、極太じーじを五体まとめてひき肉に変える威力にも関わらず、超大型じーじは一瞬動きを止めただけです。
「てぇ! しぃ! こぉ! ろぉ!」
「ふむん。組織が柔軟すぎて衝撃が内部で分散されてしまっていると推測します。打撃系はむりっぽですかね」
冷静に分析しつつ、がす子さんはおっきな赤い水玉リボンで結わえた濃緑の長髪を波打たせ、いったん離脱。超大型じーじ表面から触手じーじが大量に噴き出してきたからです。まるでジャガイモの芽のそれらは、がす子さんを捕縛しようと一斉に躍りかかってきました。
がす子さんは、わたしのようなふつうのJKなら即座に捕まってしまう多角攻撃を、柔軟な身のこなしで今にも競泳水着からぱぁんぱぁん! とはち切れそうな胸とお尻をむっちむっちアクロバティックに揺らしながら難なくかわしていきます。回避中、目にもとまらぬ速さで繰り出された尾先のサイバーナイフが触手を切り飛ばし、あたりに桃色の粘液と桃に似た甘い匂いをまき散らしました。
さすががす子さん。惚れ惚れするような動きね。
「インターフェロンαドリルを使います。えるふさん、サポートを頼みますね」
と言って、左手でお尻の水着を直しつつ、右手の炭素線加速器を巨大なドリルに変形させていくがす子さん。無防備な状態のがす子さんに迫る触手は、ドラゴニュートJKの恵体を汚す目前で細切れにされました。
突如、がす子さんと超大型じーじの間のなにもない空間から、安全ピンで裾上げしまくったえんじ色のジャージと、藻類の赤色でまだらになった白髪のお団子ヘア、それに背中に背負ったド派手な金ぴかの壷がすぅーっと浮かびあがってきました。
弓を分離変形させた漆黒の双曲剣を両手に握りしめた身長百二十センチの妖精じみたダークエルフは、あいかわらずのポーカーフェイスで淡々と告げました。
「えるふ、こことおさない。えるふ、がす子まもる。えるふ、そして、あわよくばおまえをきりきざんで、ぞうもつをさらし、きたならしいなきがらを、ゆりんたーのとれんどいりさせ、えいえんのそんざいにしてやる。はっしゅたぐ、戦争開始」
左右の剣の背をぎゃんぎゃんすりあわせた火花で刀身に塗りつけていた石油に着火させると、猛然と超大型じーじに突撃。燃え盛る二刀流で巨体を踊るように切り裂き、あるいは体内の藻が精製した石油を浴びせかけて火だるまにしていきます。
その真横を、アニメに視線を落としたままの音波さんが平然と通り過ぎてこっちにやってきて、ベンチに腰かけ、そしてブチ切れました。
「は……!? さっきの写真の
「モジュール変形シークエンス完了――インターフェロンαドリル、
ぎゅぃぃぃんと凄まじい轟音で空気を吸いこみ咆哮するドリルを構え、がす子さんがえるふさんと入れ替わるかたちで超大型じーじに突進します。表面をこんがり焦がされたじーじの前で、がす子さんは跳躍。頭頂めがけてドリルを突き出します。
が、じーじは身をよじってこれを避けてしまいました。空を切ったドリルは地面にぶっ刺さり――がす子さんが独楽よろしく高速回転。しつつ、尾を突き出すと、その先端のサイバーナイフで剣呑極まる斬撃の嵐を生み出し、じーじを微塵切りにしていきます……!
瞬く間に上半分を解体され、超大型じーじはどしんと横たわりました。すると切れ口から何十体もの中型じーじがうじゃうじゃ飛び出してきて(かなり気持ちわるかったです)、クモの子を散らしたみたいに方々へ逃げ去って行きました。
えるふさんがさっそく活動停止した超大型じーじをバックに、がす子さんとセルフィー。どちらも表情に乏しい"バディ"なので妙にシュールです。
「さすががす子。いんたー……なんとか、どりる、すさまじいいりょく。じーじ、ばらばら。みるもむざん」
「えるふさんの刀捌きもなかなかのものでした。ふたりの共同作業ですね。いぇーい。ぴぃすぴぃす」
「こやつのおふくろも、わがこのみわけ、つかぬだろう。はっしゅたぐ、生産者表示」
音波さんが胡乱げな目つきで突っこみます。
「ドリル関係なかったでしょ。というかじーじに親なんているわけ?」
「じーじの製造方法はたしかに気になるところですが、それよりも……。リーナー、じーじが逃走行動をとるのは不審じゃないですかね」
ドリルを収納して、腰に提げていたカエル袋からガマガエルを引っ張りだし生きたまま頭を食いちぎったがす子さんに、同調します。
「ええ、今までじーじは自分のことを顧みず突っこんでくる子たちばかりだったわ。なにか持ち帰ろうとしているのか……、逃がそうとしてるのかも?」
「漫画やゲームではありがちな展開ね。"
音波さんの推理を後押しするように、超大型じーじの成れの果てに登ったえるふさんが橙色の目を貯水池に向けて報告しました。
「かわったじーじ、いる。ほかのじーじより、かたち、でこぼこしてるやつ。超大型じーじのちいさいばん。池に、もどろうとしてる」
「ふむん。この距離、走っても間に合わないですかね」
「……わかったわ。じゃあ、がす子さん、わたしを投げて。ほかにまだそれっぽいコアがいたら、次はえるふさんを投げて」
「がす子的にはリーナーの正気を疑う判断ですよ。わりとすこですけどね。
砲丸投げの要領で、わたしの靴を押しだすようにがす子さんが投榔。胃がつぶれるのを感じながら、百メートルほどぶっ飛び、逃走中のじーじのうえを飛び越し、池のほとりに着地。
行く手を阻まれたじーじは、逃げながらも、池の水を下半身から吸いあげ、徐々に膨張していました。
こいつが"コアじーじ"でまちがいなさそうね。
成長速度はかなり早いようで、あっという間にわたしの背丈を超えるなり、俊敏な動きでわたしに襲い掛かってきました。
――はやい……!
たぶん、まともにやっても斧はかすりもしないでしょう。わたしはコアじーじが肉薄してくるのに合わせてカウンター気味に、池の水を跳ねあげるようにしてかちあげました。けど、案の定、スウェーバックでかわされます。
わたしは、そのまま斧から手を放しました。黄金の斧がぎらぎら輝いて宙を舞い、一瞬、コアじーじの気をひきつけます。
その隙に、コアじーじの下半身に潜りこむようにして背後にまわりこみ――こころのなかでおまじないを唱えます。
――のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ!
ずきんずきんとこめかみで頭痛が脈打つのを感じると同時。
「どっりゃあ!」
発揮されたレズ場のばかぢからに任せて全力のドロップキックをコアじーじの背中にお見舞いしました。
コアじーじは浅瀬にすっころび、恨めしげに身を起こしてわたしのほうを見――直後、自然落下してきたラブリュスにすぱっと両断され、活動を停止しました。膨張は……止まりました。なんとか、作戦終了できたかしら。
公園に戻ると、えるふさんが超大型じーじから肉をはぎとっては、肉運搬用の壷に放り込んでました。
「りーなー。こいつ、ごちそう。三日はたべるもの、こまらない」
ダークエルフJKのえるふさんは、年齢は十八でも種族の体質で見た目は九歳ぐらいですので、だぼだぼのジャージも傷と絆創膏だらけの炭色の肌もぼろぼろのスニーカーもなにもかも粘液まみれにした今の姿は、 夏休みに干潟の自由研究真っ最中のJSにしか見えません。やってることは、かなりむごたらしいんですけど。
「じーじのコア、つかまえてそだてる、ありかも。いかさずころさず、にくだけそぎとる、かちく、できる。はっしゅたぐ、無限ドネルケバブ」
あと言ってることも。
えるふさんは、五日前に仲間になってくれたばかりです。
わたしとおなじペンシー女子高の三年生で、わたしのほうは風紀委員だったので顔と名前ぐらいは知ってました。それから、以前はなぜか金ぴかの壷に入ったまま生活をしてましたから、こんまくてかわいらしいけど変わった子ね、とか思ってた程度。えるふさんはだれともJ結合しておらず、とくに校則違反もしていなかったので今まで絡みがなかったんです。
それがまさか特待生で、しかもこんな過激な子だったなんて。たぶん、ペンシー女子高のエクストリーム弓道部で影響を受けちゃったせいなんだろうなって勝手に思ってます。だってあそこ、毒ガスとか地雷とか火炎瓶とか平気で学校で使う物騒な部活だったんですもの。
「りーなー、どうおもうか? いいしょうばい、なるか?」
「え? うーん、まずは味付けをどうするかじゃないかしら。結局はじーじ肉なんだし」
「そうか……。
"怪物"に焼き払われた故郷、スフィア・アルフヘイム再建という大望を背負っているとはいえ、 こんなときまで商魂たくましいわね、この子。
がす子さんが寄ってきて、タオルを手渡してくれました。
「先日プロレスの書籍をお読みなったからでしょうか、技のキレがさらに増しましたね。見事な"亜空間サッポー"でした。おいしいところを全部もっていかれてしまいましたよ」
「あ、うん、ごめんね。言い訳だけど、コアが当たりかどうか確信できなかったから、目のいいえるふさんには探査を続けてもらわなくちゃならなかったし、音波さんは重すぎて投げられないだろうし……あいたっ!」
ミセス・ミラーカの襲撃から頭を守りながら、R.U.R.いちの長身を見上げてわたわたと弁明します。
「みんなのおかげで倒せたってのは、ちゃんとわかってるつもりよ、がす子さん」
「ご心配なさらず。すこしからかっただけです。リーナーの意図は余さず理解してましたので」
がす子さんは先端が二股にわかれた細長い舌をちろっと覗かせました。
「でもがす子的には、リーナーはもっと威張っていいと思いますけどね。いい指揮でしたから。ごほうびに"がす子シール"をあげましょう。肌身離さず持っていると、いつか役立つときが来るかもですね」
がす子さんは二の腕を覆う濃緑色がきれいな鱗をおもむろにべりっと剥ぐと、わたしのジャージの胸の部分にべちょっと張りつけてきました。わたしは複雑な気持ちで鱗を撫でます。
「……ありがとう、がす子さん」
ガスパリラ・A・ガラスミス。ナチュラルキラーサイボーグドラゴニュートJKのがす子さんは、超高性能戦闘Alを積んだ半竜人半機械の戦闘のスペシャリストです。
R.U.R.を設立した次の日からレジスタンス活動に参加してくれて、ずっと支えになってくれている特待生。わたしよりも一個年下ですけど、いつも冷静沈着で何事にも動じず感情的にならず、幅広い知識で的確なアドバイスをしてくれるので、じーじ狩りのときはだれよりも頼りになる子です。
そんながす子さんに認められるのはものすごくうれしい反面、ドラゴニュートJKの文化なのか言動がちょっと変わってたり、まじめな顔で突然冗談を言ったりするもんだから、反応に困るときがあるのよね……。この鱗、今はがすとドラゴン的に失礼に当たって怒ったりするかしら?
「リーナーはまさしく現代のジャンヌ・ダルクといったところですね」
「……それだとJDじゃないの」
「おや、さすが温羅杜さん。これは手厳しい。ならばジャン・コクトーですかね」
「じーざす、くらいすと?」
「それだとJC。あんたたちわざとやってるの?」
めんどくさそうにしながらも、しっかりふたりに突っこみを入れていく音波さんを、ちょっと微笑ましく眺めます。
はじめのうちは非協力的で壁をつくっていましたけど、音波さんも今ではなんだかんだと言って狩りに付きあってくれたり、R.U.R.の仲間ともふつうに接しています。他人が信用できなくて人付き合いを拒絶してただけで、根はいい子なんですよね、基本。
ううん、音波さんだけじゃない。がす子さんもえるふさんも、深淵さんも、R.U.R.に参加してくれたみんな、ひとり残らずいい子なんです。わたしは、ほんとうにいい仲間に恵まれました。
なのに、わたしは――。
みんなを……、裏切っていたのでした。
「リーナー、見てください」
すこし池を調べたい、というがす子さんの申し出を了承していくらも立たないうちに、わたしは声をかけられました。がす子さんの横からYuritchを覗きこむと、画面のなかで無数の細長い米粒のような物体が縦横無尽に泳ぎまわっていました。
「う゛ぇっ!? きもちわる! これ……、ミジンコとか、ボルボックスとか? "パンゲア"とかいう微生物かしら? 生物の授業で習った気がするわ」
「一見してそうですね。微生物のように見受けられます。今軽くたしかめた限りですが、池のなかにはこの一種類の微生物が存在しています。ところでこの微生物の形状、見覚えありませんかね」
「うーん……。じーじに似てる?」
「はい。そこでこれを見てください」
「あら、こっちはおんなし見てくれだけど、元気ないわね。死んでるのかしら」
「今見てもらっているのは、今しがた狩った超大型じーじから採取した細胞ですね」
「ん……、ん?」
「そしてこちらは先ほどリーナーが討伐したコアじーじの細胞です」
「さっきのふたつと外見はぜんぜん変わらないわね。……あ、でもべつの細胞がどんどんくっついて――わ、なんかどんどんおっきくなってるんだけど!」
「はい。そこでコアじーじ細胞を針で突き刺してやると」
「動かなくなってばらばらになったわね……」
がす子さんはYuritchをスリープモードにしました。
「かねてから個人的にじーじの製造方法、特性について興味があり、調査していました。スフィア・ウォルトのペンデュラムズが開発、製造している謎の合成生物・じーじ。その製法は極秘ですし、サンブルも種類が限られていましたので、今までさしたる成果はあげられていなかったのですが……。今回の超大型じーじ、コアじーじ、そしてこの池の水を調べてかなり進展しました。じーじはおそらく、社会性を持つ群体の各個体が相互接続された存在。ゆえに合成生物、と呼ばれている」
「……? どういう意味?」
「順を追って説明しましょう。まず、じーじは内臓や血管、骨といった器官を有していないのはご存じですね」
「ええ、そうね。じーじはどこを切ってもおんなし肉、肉、肉。まさしく金太郎肉って感じよね」
「いいたとえですね。じーじが個体と仮定すると、そのような生物は自然界では存続しえません。外部からエネルギーを摂取することもできず、自己の複製すら不可能。仮に発生したとしても、その一代限りで滅びます。じーじが存在できているのは、ひとえに人工生物で、JKPによって製造されているからです。
人工的に、いちから生物をつくるのは非常にむつかしい。一般に人間ひとりは三十七兆個もの細胞で構成されていると推定されていますが、各細胞の配置や機能を決める設計図の作成がとても困難だからです。がす子的には、じーじはその問題に対するひとつの回答、という印象ですね。
つまり、じーじの設計者は、そもそもの設計図の作成を、放棄した。はじめからなにかしら特定のコンセプトをもって便利で都合のいい生物をつくるのではなく、とりあえずつくってみて、それを使いこなす、という方針です。
現段階ではまだ推測ですが、じーじの細胞は二種類しかありません。"コア細胞"と、"従属細胞"。コア細胞はほかの細胞と積極的に結合し、中枢となる機能がある。そして時間をかけて、従属細胞をコア細胞化させる。
従属細胞は総体としては大きな役割はないですが、構造が単純なので大量生産しやすい。また、互換性があり、汎用性が高い。コア細胞がどんどんほかの細胞と合体し、寄り集まって巨大化したものが、一般に認識されているじーじ。どこまで成長するか、どのように成長するかは、おそらくですがそのじーじのコア細胞の成熟具合や、コア細胞自体の含有量で決まっているのでしよう。
中型じーじや極太じーじ、触手じーじといった、現在よく確認されているふつうのじーじは中心部分に向かってある程度の損傷を与えると動かなくなりますね。それはきっと、中心で発達した伝達回路が切断されたからでしょう。一度結合した細胞は中枢からの命令が届かなくなると、機能停止してしまうのです。
ただ、実は、停止したじーじの細胞も、二十四時間ほどでこの池中の微生物のように活発に動き出すことは、これまでの観察で知っていました。回路がリセットされるのでしょうね。 ほかのコア細胞と結合して、再度じーじとなるために。いわば細胞のリサイクルです。また、コアを守る意図もあるでしょう。
仮説が正しければ、このような形態の群体では、とかくコアがかなめです。コアを解析されてしまえばあらゆる生態、製造方法、対策など極秘事項が暴かれてしまううえ、成熟したコアの存在自体が貴重なはず。なんとしてでもコアは回収したいはずです。
超大型じーじに限ってはコアも巨大であったために偶然気づけましたが、通常のじーじでもコアは逃走している可能性がありますね。
ただ、まったく想像がつかないのが、じーじの制御をどうしているのかです。要するに先ほど述べた、いかに使いこなすか、という問題ですね。細胞内機能の結合による、ものすごくシンブルな伝達系なので、制御方法も相当シンプルだと思いますが、それでどうやってJ.K.全体の勤労を任せられていたのか、無視できない疑問が残りますかね。
さらに言うなら、なぜ最近まで、H&Cインダストリがじーじの制御運営をしていたのか……。開発、製造元であり、もっとも特性について知見があるはずのペンデュラムズが、ある意味最大のコア技術要素である制御事業を担当しなかったのはなぜなのか……。その辺りがまったく腑に落ちませんね」
さすががす子さん。すごいわね。まるで意味がわからなかったわ。がす子さんの仮説の中身よりも、意味がわからなすぎて、びっくりしちゃいました。この子、ホントにわたしの年下?
「つまり、じーじはさっきの微生物が合体したものってこと?」
「そのとおり。呑みこみが早くてらっしゃる。言うなればこの貯水池は、じーじの一大培養池ですね」
「じゃあひょっとすると、この池の水をなんとかすれば、じーじの出現を減らせるのかしら」
「ほかにも培養施設はあるでしょうが、その可能性はおおいにありますね」
「なんとかって、どうするのよ」
またぞろめんどくさいこと言いはじめたわ、という顔で、音波さんが問うてきました。たぶん、本気でめんどくさいことになりそうな空気を察知したからです。
「うーん……。みんなでバケツリレーする?」
「言っておくけど、あたしはぜったいにやらないわよ、そんなこと。」
言われなくてもわかってました。
「音波さん、血で加熱したり凍結させたりできたわよね。どうにかできない?」
「池が広すぎてむり。地上ならまだしも、ここじゃ血が足らない」
「うーん、なら、飲めたりしない? じーじの血みたいなものじゃない、この池って」
「は? あんたぶん殴られたいの?」
「もう、冗談よ」
「……ちっ、その雑な絡みやめて。それホントうざいだけだから」
めちゃくちゃ怒られました。ミセス・ミラーカをけしかけてこないとき、音波さんはわりと本気で嫌がってます。
「もし差し支えなければですけど、がす子のマイクロウェーブ照射で干上がらせましょうか」
「えっ、なにそれかっこいい! そんなことできるの?」
「いや、すみません、できません。一度言ってみたかっただけです」
たまに出るドラゴン式の冗談はいまだに判別できません。
「しかしまじめな話、電気を流そうにも、カエル電池では電圧が足りないですかね。それこそ一気に広範囲を乾燥させたり凍結させたり、あるいは有機物をまるごと結晶化できる魔法のような手段などがあれば話は簡単なんですが」
「ふん。あんたもなまけものね。そんな都合のいい方法、あるわけないわ」
「温羅杜さんにそれを言われるのはわりと傷つきますね」
……あったんですけどね。どっちも最初に捕まっちゃいました。もしかして、サリンジャーさんはこれを見越してた、とか……?
「黒暗淵さんの天の咢とやらで吸い出せないんですかね。たしか、ブラックホールを瞬間的に生成できるんですよね」
「うん。でもどうかしら。わたしが知ってる限りの威力じゃ、焼け石に水ね。本気出したらひょっとしたらできるのかもしれないけど。なんせ地上まで掘るつもりだったらしいし」
「おや。リーナーでも天の咢の最大出力を把握してないんですか」
「ええ。深淵さん、わりとおしゃべりのくせに天の咢のことだけは全然教えてくれないのよね。音波さんはどう?」
「知らない。興味ないから」
「ふむん。そうだったのですね。がす子的にも組織の保有戦力は知悉しておきたいため、あの手この手で訊きだそうと試み毎回冷たくあしらわれ、しまいには"てめえにゃぜってえ教えてやんねえからな!"と宣言されたので、てっきり嫌われたのかと思っていましたが、杞憂のようですね。よかったです」
どんな手を使ったのかは知らないですけど、それはたぶんふつうに嫌われる聞き方してそうです。
意外なことに、えるふさんが解決策を持っていました。
「いけのみず、だめにする、かんたん。毒ながす、よい。ひょうろうぜめ、すいしつおせん、かんきょうはかい、やきうち、戦争のきほん。怪物、たくさんしぬ。えるふのもりも、そうやってほろんだ」
「え、なんかそれってやばそうね……」
「こんな状況なんだから、四の五の言ってられないでしょ。なにより楽でいいわ」
音波さんは賛成気味。がす子さんもうなずきました。
「そうですね、ここはもともとJ.K.総合管理CPUの冷却水兼防衛用の貯水池と聞いてます。生活用水には使われてませんし、じーじ以外の生命は微生物すら存在しません。水質汚染したところで困るのはJKPだけでしょう。現状、えるふさんの案が最強解かと」
「そう、なら気兼ねなく水質汚染できるわね! えるふさん、やっちゃって!」
「ん。えるふ、うけたまわった。まかせろ。ナイルがわよりも、あかくそめてやる」
えるふさんは背中の壷から抜いた管を、池に突っこみました。管の先から黒っほいどろどろしたものが流れ出て、池を濃いワイン色に変えていきます。管のもとはえるふさんのおへそに繋がっていて、そこから体内で飼ってる藻類を放出しているのでした。"
効果はてきめんでした。無数の小魚みたいなじーじが、どんどんぷかぷか浮いてきました。えるふさんは例によって池をバックにセルフィー。
「この、とりかえしつかない、あともどりできない、はかい、はめつ、ひとつのせかいのしゅうえん、さいこう。戦争、これだからやめられない。はっしゅたぐ、根流しなう」
と、そんな感じでのほほんと貯水池を汚染していると、池の奥のほうでざっぱざっぱーんと超大型じーじが立てつづけに何体も姿を現しました。すごい勢いでこちらに泳いで向かってきています。
「おっと、こんなに培養されていたとは。どうも貯水池じゅうの超大型じーじすべてを刺激してしまったみたいです。がす子的にありていに言って超やばいんじゃないですかね」
さすがに超大型じーじを五体も十体も同時に相手はできません。これはわりとピンチね……。
「ふむん。ぎりぎりまで引きつけたところをレーザー掃射で焼き払ってみましょうか?」
「え、そんなことできるの?」
「すみません、できないです。一度言ってみたかっただけです」
「意外ね、できそうなのに……」
「……ちっ、冗談言ってる場合?」
音波さんが帰る気満々という雰囲気をまとって立ち上がりました。
「先に宣言しておくけど、あんな大量のじーじを倒すのはごめんよ」
「そうね、撤退はするわ。でも、あれを引き連れては拠点に帰れない。ニ手に分かれて帰還しましょ。肉用の壷はわたしたちが持って帰るから、えるふさん、音波さん、陽動を任せてもいい?」
「えるふ、りょ」
「は? なんであたしが?」
「帰宅部だから?」
「だから? って、あんた、そういう雑なのを――」
「みなさん、時間がありませんよ。すぐ散開すべきじゃないですかね」
「あんたがそれ言う? ちっ……。あとで覚えときなさいよ」