※この作品はR-18です。

百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ!   作:伊土 讃阿

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part 2 裏切りのリーダー

 

 

 

 /Stage III progression - 進行 -

 /part 2 裏切りのリーダー

 

 

 

 小柄で俊敏なえるふさんと音波さん組とは違い、足が遅く、見つかりやすいわたしとがす子さん組は遠回りのルートを取って拠点に戻ることにしました。

 

 のですけど、すぐにわたしは立ち止まって貯水池を振り返りました。

 

「なに気がかりなことが? リーナー?」

「あのね、思ったんだけど、今、貯水池じゅうの超大型じーじは、きっと音波さんたちを追っかけてるわよね」

「確信はありませんが、おそらくは。対岸付近からも駆けつけていたようですからね」

「つまり今、連絡塔(アンビリカブルタワー)は手薄なのよね。この際、ちょっと塔に近づいてみない?」

「ふむん。リスクがあまりに高すぎますね。ほかの防衛機構がないではないはずです」

「……そうよね」

「――ですが、たしかにチャンスといえばチャンスですかね。なにかしら、新たな情報が望めるでしょう。十分に用心して接近してみましょうか」

「ええ、ありがとう」

 

 がす子さんの後押しを得られてわたしは俄然やる気になっていたものの――さっそく出鼻をくじかれました。貯水池の橋を渡って、連絡塔の門前まではあっさりやってこれたものの、ゲートには生体認証の力ギがかかっていたのです。

 

 ディスブレイには、"登録者の試料を提出してください"、と表示されています。

 

「試料ってなにかしら?」

「ふむん。体液や皮脂、頭髪あたりですかね。サリンジャー氏や、その側近である日計さん、竜胆さんなどの試料があれば確実なのでしょうが」

「困ったわね……」

 

 近頃、サリンジャーさんたちとは遭遇してません。最初のころは何度も襲撃されたんですけど、音波さんやがす子さんの働きあってことごとく撃退しているうちに、見かけなくなっちゃいました。今戦えれば、拘束して、人質にもしておけるんだけど。ままならないものね。

 

「……む」

 

 ふいに、がす子さんが腰をわずかに落として肌をぴりつかせました。

 

「どうしたの? なにか来る? わたしはなにも聞こえないけど……」

「視線を感じます。監視カメラとはまた異なるたぐいの有機的でこびりつくような視線ですね」

「さすがにあっち陣営に気づかれちゃったかしら」

「超大型じーじをあれだけ誘い出しましたからね。想定された事態です」

「早急に立ち去りましょ」

「了解(アイコピ)」

 

 その視線は連絡塔から離れるなりぱったり消え失せたそうで、実際、貯水池が見えなくなるぐらい離れるまで追手も罠もありませんでした。気味はわるいですけど、無事撤退できたなら文句はありません。

 

 超大型じーじの肉という大荷物を背負ったわたしたちは、とっさの交戦ができません。なので必然的にザ・ウォッチャーやじーじを避けるために慎重に道を選ばなければならず、拠点に帰り着くのにかなり時間がかかりそうでした。

 

「リーナー、ちょっと質問してもいいですかね」

 

 モノレールが動いてないのでもはやただの無骨なオブジェと化した高架下で一休みしていると、真正面に座ったがす子さんが改まって切り出してきました。

 

「うん? なにかしら?」

「このところ、リーナーの様子がおかしいように見受けられます。なにかあったんですか」

「……」

 

 脇の下を冷たい汗が滑り落ちていきます。

 

「功を焦っている。がす子的にはそのような印象を受けてますね。なにかに急かされるように、むりに成果を出そうとしている。そのくせ、手柄をひけらかしたりしようとしない。というよりだれかに自分の功績を押しつけたり、隠匿しようとさえしている。これは完全にがす子の憶測、想像ですが――認められなければならないが認めてほしくはない、そんな事情でもあるんじゃないですかね」

「それは……」

 

 わたしはことばをつっかえさせました。

 

 ……するどい。あいかわらず。

 

 からだに合う制服がなかったからって、いつもぱっつんぱっつんの競泳水着やバニーガール姿で、目のやり場を困らせてくるくせに。

 

「R.U.R.は今のところ組織としてうまく機能しているので、リーナーを責めているのではありませんがね。ただ、もし憶測が正しいのであれば、そのような矛盾を抱えたままでは早晩、リーナーはストレスで潰れてしまいます。がす子的にはそれがいちばんの懸念なんですよね」

「わたし、は……」

 

 まばたきひとつしないがす子さんの金の虹彩は、高架の陰の下では、拡大した瞳孔でおおきく縦に割られていました。

 

「……はあ。がす子さんだから、ぶっちゃけちゃうけどね。わたしはいちおう、なんでか、レジスタンスのリーダー、ってことになっちゃってるけど――正直、うまくやれてる気がしてないの。だから、もっと頑張らなきゃって思ってるのよ」

 

 ……うそはついてません。ほんとうに。これ以上、裏切りを重ねるのは、つらすぎるから。

 

「がす子的にはそんなことないと思いますがね。失礼ですがふつうのJKにしては、リーナーはスペック激高ですよ。身体能力も尋常ではないですが、とりわけ括目すべきは一度本を読んだだけで技能を習得するその学習能力。まるでゼロ歳児なみですね」

「……それ褒めてくれてるのよね?」

「ドラゴン式の最上級の誉め言葉です」

「がす子さんこそ物知りよね。いつも色々教えてもらって助かってるわ」

「こちらこそリーナーからはたくさんのことを学習させてもらってます」

「えー、なに?」

 

 自然。ごく自然に、話題を変えられたはず。

 

「おもに、相手をだますことの罪悪感ですかね」

 

 胸を針で刺されたみたいに、ぎくっとしてしまいました。

 

「……どういうこと?」

 

 ばれてないばれてないばれてない平静平静平静。

 

「ふむん。なかば冗談のつもりでしたけどなにか心当たりがあるらしい。重症ですね」

「っ……」

 

 がす子さんはすっと立ち上がると、わたしのそばにやってきて……真横に腰を下ろしました。

 

「――では、そうですね。がす子の秘密をひとつ教えましょうかね」

「……え?」

「実は――、ずっと以前から、えるふさんのことを、知っているんです。というか……えるふさんを追ってJ.K.に来たんですけどね」

 

 初耳でした。五日前にえるふさんが加入してくれたときは、そんなそぶりはおくびにも出さず、あたかも初対面かのように自己紹介しあっていました。えるふさんはペンシー女子高の三年で、がす子さんはエルクトンヒルズ女学院の二年で接点もなさそうだったから、疑いもしませんでした。

 

「えるふさんは、それを……?」

「七年前にスフィア・アルフヘイムが焼亡したとき、えるふさんは記憶の一部を欠損しているようなんですよね」

「思い出してもらおうとはしないの?」

「それは考えました。ですがおそらく、故郷と一族を失った記憶まで、鮮明に想起させてしまうでしょうね。それは、それだけは、避けたかった。あの事件のことは思い返すだけで、がす子の……私の傷跡も、ひどくうずく」

 

 がす子さんの開いた水着の背中から突き出している、根本近くで切断された竜の翼が、かすかにひくひく揺れました。

 

 ダークエルフは、えるふさんを除いて全滅してしまったそうです。名前の意味がなくなったから、えるふ、と名乗っているのだと本人からは聞いていましたけど……。ひょっとするともともと持っていた名前も、忘れてしまったのかもしれません。

 

「だからまっさきにバディになったのね。がす子さん、遺伝子の関係でレズド雨は効かないしぼっちが好きだからバディは必要ないって言ってたのに、いきなりえるふさんと組むって言い出したもんだから、ちょっとびっくりしたの覚えてるわ」

「ええ。いつもそばにいれば、いつか、自然に記憶が戻ってくれるんじゃないか、そう願ってのことです。一方で……記憶が戻ってほしくないという気持ちも、あります。今のこの関係も、わるくはない。七年離れ離れになって、えるふさんもがす子も、すっかり変わってしまいましたので」

 

 こっそりがす子さんの表情をうかがいます。おとなびた横顔はいつもどおりクールで、感情の起伏を感じさせません。ですけど、まなざしはどこかやわらかく、遠くを見つめていました。

 

「……えるふさんには、内緒ですよ」

「うん、ぜったい。……はあ」

 

 わたしは重々しくため息をつきました。そんな重大な秘密を聞いておいて、わたしだけ黙ってるのはフェアじゃありません。

 

「しょうがない、わね。じゃあ、わたしも打ち明けるわ。というか相談なんだけど」

 

 相談相手として、がす子さんは最適です。たぶん、わたしの裏切りについて冷静に受け止めてくれて、他言しないと思うから。音波さんはぜったいめんどくさがってまともにとりあってくれないし、深淵さんはああみえて結構おしゃべりです。えるふさんは……まだ知りあったばかり。マチのことだから、マチには相談できません。

 

「ええと。実は、まさに五日前、えるふさんがR.U.R.に入ってくれたときの話なんだけどね――」

 

 

 

 

 

 

 えるふさんにR.U.R.のバディのシステムについて説明したときのことでした。

 

 レズド雨を処理するためには、どうしても他人の遺伝子が欠かせません。でも、不特定多数の遺伝子を取り入れてしまうとレズ奴隷化してしまう――。

 

 そこで、信頼できる特定の相手と二人一組(バディ)になって、その相手とのみ雨抜き、つまりレズド雨の処理を認めることにしたんです。そうすれば、生じる影響は互いに恭順するだけ――つまりふたりのあいだの信頼関係が深まるだけにとどまるのでした。

 

 雨抜きに際しては、その必要に迫られており、信頼しあえる相手と互いに同意した場合に限り、どのような行為も、バディ以外は関知しないことになっています。それがたとえ成り行きで、一般的にレズ行為と呼ばれるような行いに発展してしまったとしても。

 

 遺伝子の摂取だけではウィルスの増殖を止められても、心身の不調までは回復しきれません。どうしても、代謝をあげてすっきりさせる必要がありました。どうすればすっきりするかは個人差があるんですけど、レズ行為と同様の行為が最強、という声がR.U.R.メンバーのなかではいちばん多くあがりました。

 

 だから、R.U.R.では雨抜き時のレズ行為を黙認することとなりました。わたし個人としては、J.K.のL.U.L.化をもくろむJKPへの対抗勢力がその姿勢はちょっとどうかと思いましたけど、大事なのはその目的です。

 

 雨抜きは、あくまでレズド雨の処理のため。快楽や利益を追求しているわけではなく、お互いの人権侵害を予防するためには必然。なので、仕方ないことなのです。このあたりの仕組みは、みんなマチが考えてくれました。

 

「レズこうい、レズこういじゃなくなるか?」

 

 わたしの話を聞いて、金メッキの壷から首だけを出したえるふさんはたいそう不思議そうな顔をしました。

 

「えるふ、レズこうい、きらい。えるふ、さいごのえるふで、すべてのえるふだから、えるふでいなければならない。戦争でかちのこり、怪物をほろぼす。えるふのしめい。だから、えるふ、レズどれい、ならない。えるふ、レズどれいしようとするやつら、戦争する。だからあーるゆーある、参加した。あーるゆーある、JKPと戦争中。えるふも、JKPと戦争したい」

 

 えるふさんは体内に飼っている藻類で光合成をしてほぼ食糧なしでも活動でき(食事しないと空腹感はあるらしいですけど)、そのうえレズド雨も無害化可能なため、これまで単独でJKPに立ち向かっていた猛者です。えるふさん自身はバディを組む必要はないものの、R.U.R.にはそういう取り決めがあることを、いちおう説明していたのでした。

 

「でもあーるゆーある、レズこうい、ゆるす、言う。これがわからない。えるふ、あーるゆーあるとも戦争する、あるか?」

「ん。と。です、ね」

 

 マチはすこし考えて、唇を舐めました。赤い、ちっちゃな舌で。前日……腰砕けになるまで、わたしをとろかした、あのよく動く、よく湿った、やわらかな、生温かな舌で。わたしはマチから目をそらしました。

 

「R.U.R.はレズ行為、推奨するのではなくて、いやならもちろん、しなくてもいいって考え、です。バディとなったひとと、いちばんいい方法、見つけてもらえれば。もし、そのいちばんいい方法に、レズ行為が含まれていたときだけ、それが互いの同意のもとであれば、しても、R.U.R.では、だれも、なにも言わない、ってだけなん、です」

 

 マチが、自分の唇に、立てた人差し指をあてがって、しーっていうジェスチャーをしました。白くて、ほっそりして、優しく染みこむように、わたしのどこにでも触れ……入ってきて……、わたしのからだから意思を、魂を、静かに抜き去っていく、指。

 

 その短めに切られた桜色の爪は生まれたてのあかちゃんの爪みたいにくにゃって曲がりやすいのに、きちんと硬さはあってつるつるしてて、それがほどいいアクセントになってることを、わたしは、よく知っています。わたしは、斧の握りすぎで硬くなってきた手のひらの皮膚を指で押しました。

 

「それは……、信頼しあうふたりが考えて、決めたことで、ザ・ウォッチャーでYu-Live配信されなくなった今、ふたりは社会的責任を負うことも、だれかに咎められることも、ないから、です。なので……えるふさんは、それをしてもいいし、しなくてもいいし、それを一度したからといって、またしなくちゃいけない、わけじゃないし、えるふさんが、レズ奴隷になるわけじゃ、ない、です」

 

 わたしは付け加えました。

 

「えるふさんがいやなら、バディも組まなくていいのよ。バディになっても、互いになにか特別な義務を負うわけでもないから。ときどき、結果的に、バディのほうを優先したりしてしまうことはあるかもだけど、まず前提として、R.U.R.はみんな、志をともにする平等な仲間なの。

 みんなにお願いしてる組織の活動だって、個人々々の希望と得意不得意で割り振らせてもらってるから、バディだからっていっしょになるわけでもないわ。まあ、しいていうなら、お部屋がいっしょになるだけね。

 J結合はもう意味なくなっちゃったけど、それにちょっとだけ似た仕組みがR.U.R.にはあるってことを、えるふさんには知っておいてほしかったの」

「あーね。えるふ、わかった。えるふ、たぶん、バディいらない、おもう。でもえるふ、わからない。しんらいしあう、どうやってわかる? どうなったら、バディ、なる? バディ、なったと、わかる?」

「ん。と。それは、そのふたりが、本心から同意したとき、そうなります、ね」

「えるふ、わからない。あいてのほんしん、どうしてわかる?」

「……え?」

 

 野生動物みたいに表情乏しい外見年齢九歳のJKですけど、えるふさんは、抜け目なくしたたかな思考をしていました。

 

「あいて、うそついているかもしれない。レズどれいするため、だましているかもしれない。どうしてわかる? えるふ、えるふだから、えるふのかんがえ、わかる。でもえるふ、たにんのかんがえ、わからない。だからえるふ、Jけつご、できなかった……。おかね、かせぐ、できなかった」

「……」

 

 わたしは、心臓が転げ落ちた気分でした。

 

「ひとの気持ちは……だれだって、バディだって、わからない、ものだと、思います、よ」

 

 ことばを探しながら、マチが説きます。

 

「気を遣って、思ってもないこと、言うことだって、あるかもです、し……。気持ちは、ことばじゃない、ので、ことばにしたら、ただしくないことも、あります。それでも――。わからなくても、信じあえる相手こそ、バディになれるんだって、思います。信頼のしあい方も、雨抜きといっしよで、バディによってちがいます、から。あとは……楽しいとか悲しいとか、共有できる、共有したいって、思うひとですか、ね」

「えるふ、わかった。えるふ、たのしい、わからない。えるふ、かなしい、わからない。それ、えるふには、ない。えるふ、バディも、あきらめる……」

 

 こころなし落胆した様子のえるふさんに声をかけたのは、がす子さんでした。

 

「それでしたら、まずはもののためしにがす子とバディを組んでみますか?」

 

 えるふさんは信じるべきかどうか悩んでます。

 

「えるふ、おためし、しんじない。きんうん、あがるつぼ、おためしした。きんうん、あがらなかった。なのに、まいつき、つぼ、とどく。おかね、とられてる……。えるふ、ふくもかぐもうった。へやもおいだされた。えるふ、つぼをはおり、つぼをくらい、つぼのなかで、くらしてる」

「それは早急にしかるべきところに訴え出たほうがいいんじゃないですかね。ともかく、バディの解消はとくに禁じられてませんし、雨抜きしなければ恭順効果の影響もないはずです。幸いえるふさんもがす子も雨抜きは不要ですからね。これといって互いに損失はないと思いますよ。リーナーとしては、なにか懸念などありますか? ……リーナー?」

 

 突然問われて、心臓が天井にぶつかったぐらい驚樗してしまいました。

 

「え、あ、ええと、なんだったかしら」

「えるふさんとがす子がバディを組むって話ですね」

「え、そうなの? がす子さんが? ……そうね、うん、いいんじゃないかしら」

 

 わたしは……ずっとうわの空でした。鼓膜にこびりついたみたいに、えるふさんのことばがずっと頭のなかでリフレインしていたんです。

 

 ――えるふ、わからない。あいてのほんしん、どうしてわかる?

 

 そういえば、と。ふと思ってしまった瞬間、その気づきは、底なし沼みたいに、わたしの思考を暗闇のなかに飲みこんでしまいました。

 

 そういえば――。わたし。

 

 マチの気持ちを、たしかめたこと、ない……。

 

 サリンジャーさんたちの襲撃のとき、たまたまいっしょにいて……。それからずっとレジスタンス活動に付きあってもらって、なあなあで……雨抜き、して。バディということになってるけど――。思い返してみれば、それでほんとうによかったのかと、マチから同意を得た記憶がありません。

 

「リナ先輩、どうかしたんです、か? 具合、わるいです、か……?」

 

 マチが心配そうにわたしの顔色をうかがいながら、そっと手を重ねてきました。そのしっとり吸いつくような手のひらの感触が、綿のようなわずかな重みが、熱いほのめかしに満ちて、じわ……ってわたしのなかに、染みこんできます。

 

 わたしは熱湯を浴びせかけられたみたいに腕を引っこめ、うつむきました。

 

「う、ううん、へいき。なんでもないわ、なんでも……」

 

 ……あつい。

 

 マチが触れた場所が、どっどっどっどっと脈動してるみたいに。

 

 マチはわたしを追いかけるようにして、首をかしげて目を覗きこんできます。

 

「でも、お顔、赤いです、よ。今日お外、出てないのに……お風邪ひいちゃいました、か?」

 

 マチの華著な首が"カエル電球"に照らされて、まばゆく輝きます。その白い首筋の内側で、ぷくぷく血管が脈打ってるのが見えて、そこからよく匂いたつ、甘く、お日さまみたいなマチの体臭を……思い起こしてしまって。

 

「ううん、ううん! ホントに、ホントのホントに、だいじょぶ、だから。ね、気にしないで?」

 

 ありありと、まざまざと、前日の雨抜きのことが、脳裏によみがえっていました。ひどく甘やかな体験として……。名残惜しい一夜として。

 

 どろ……っと、お腹の奥に熱いものが、したたる、感覚。

 

「ちょっとごめん、わたし、お花摘んでくるわね。ええと、そういうことだから、これからよろしくね、えるふさん。がす子さん、あとの説明とか案内とか、ぜんぶ任せていいかしら?」

「ええ、それはもちろん。ですが、リーナー、ほんとうに体調が――?」

「じゃあ、またごはんのときに!」

 

 わたしは大急ぎで会議室を出て、お手洗いに直行しました。一刻も早く、一秒でも早く……マチを視界から、追い出したくて。

 

 ここ最近、ずっとこんな有様でした。

 

 マチの一挙手一投足が、気になって気になって仕方なくて、まるで、まるで、まるで――。マチの指や舌や唇と、わたしの心臓のあいだに、糸が張りわたされたみたいで。そして、それらが動くたびに心臓がくいくい引かれて、激しく動悸するんです。

 

 ちょっと考えただけで、雨抜きのことが頭から離れなくなって――この際、認めてしまうけれど、わたしは、待ち遠しくさえなっていました。レズド雨を浴びた浴びてないに、かかわらず。マチにしてもらう雨抜きが――、気持ちよくて、たまらなかったんです。

 

 わたしとマチの雨抜きは、ぎりぎりレズ行為にならないようにきちんと対策を取って、直には接触しないように行っているつもりです。でも、レズド雨を浴びていなくても、してもらいたいって欲するようになっちゃったら、それって直接触れてなくても、ほとんどレズ行為のようなものなんじゃないかしら?

 

 マチがそれをどう思ってるのか、わたしは知りませんでした。ばかなわたしは考えてもみなかったけど、マチは本心ではいやがってる可能性だって、ぜんぜんあると思います。

 

 でもわたしが年上だし、なあなあで続いてたから、言い出せなくて……。たぶん、今さら確認してみても、ぜったい、気を遣って同意してるってことにしてしまうでしょう。

 

 それって、言ってしまえば、わたしがレズド雨にかこつけて、マチを利用して快楽を得ようとしているようなものです。もっと身もふたもない言い方をすれば――わたしが、マチをレズ奴隷にしてるようなものです。

 

 わたしは、レズ奴隷を強要するJKPと戦うとレジスタンスのリーダーを務める一方で……後輩をレズ奴隷のように扱っていたんです。それは、マチはもちろんのこと貴い仲間たちに対しても、最大の裏切りにほかならないのでした――。

 

 

 

 

 

 

「……ふむん」

 

 そこまで語り終えるまで、がす子さんは静かに耳を傾けてくれました。

 

「なるほど、なかなかに衝撃的な告白でしたね。打ち明けるのには、さぞかし大変な勇気が必要だったと思います。リーナーの覚悟は称賛に値しますね」

「やめてよ……。そんなことないわ。むしろ逆。わたしは、臆病者なんだわ。問題に気づいても、怖くて結局、なにもできてない……。でも、このままじゃよくないのは、わかってるの。そのことに気づいてから、雨抜き自体も、自分のことも、怖くなって、いやになって、憎らしくなって……。頭がおかしくなっちゃいそうなの」

「なるほど。その罪悪感から、メンバーにすこしでも報いようという焦燥感が生じているのかもしれないですね」

「そこまでは考えてなかったけど……。そうかも」

「リーナーの気持ちはお察しします。ですが、それで組織が危険な目に遭ってしまえば本末転倒じゃないですかね。メンバーの安全を保障するのも、リーナーの大切な役目ですよ」

「う゛……返すことばもないわね。……わかった。もっと冷静になるわ。はあ、でも、わたし……。マチとは、どうしたらいいのかしら」

「ふむん。リーナーは、伊井さんのことをどう思ってるんですか?」

「え? わたしが? もちろん、好きよ。頼りになってるし、それでなくても、優しくって思いやりがあって、いい子だわ。わたしの数少ない、大切な友人よ。でもだから、罪悪感で押しつぶされそうなの。わたし自身がマチにひどいことをしてるなんて……。なにより、耐えられない……。でも、今さら気持ちなんて聞けないじゃない。マチだって言ってたの、ことばにしたら、気持ちは本物じゃなくなっちゃうんだ、って」

「伊井さんが、そんなことを……? ふむん。うっすら状況が飲みこみかけてきた気がしますね。もし推測が当たっているなら……、あいにく、がす子のちからは及ばないやもしれませんね」

「そんな……! がす子さんでも解決できないことなんて、わたしにどうにかできるわけがないわ……!」

「いえ、むしろ逆ですが――直截な助言はあえて控えましょう。それで、ところで、先ほどからひとつ気になっていたことがあるのですがね。レズ行為にならないように雨抜きをしていた、という話ですが、それはどのような手段で遂行していたんです?」

「えっ、えーと……じかにその、き……、す。したり、その、いろんなところ、触れあったりすると、レズ行為になるでしょ? だからリップを塗って、被膜っていうのかしら? をつくって、そのうえから……してるの」

「あー……。それは伊井さんの提案ですか」

「ええ、もちろん。それならレズ行為にならないって、マチが言ってたわ。そうなんでしょ?」

「……失礼、話をさらに脱線させますが、リーナーは風紀委員として今までなにを基準にレズ行為と判断してレズ配信(ウリ)を取り締まってたんですか?」

「え? 風紀委員の直感かしら? なんか、その、えっちっぽかったら、みたいな?」

「うーーーん。なんなんですかねこれ。途方もなくアホらしくなってきましたが。よく今までこんなんでだいじょうぶだったな世界。温羅杜さんなら、"なにこいつらめんどくさ"、の一言で解決してしまうんでしょうが。というかどうしてこんな巻きこみ事故食らったんでしょう。がす子的重大エピソードの暴露は意味あったんですかね。速やかに同情の返還を要求したいです」

「え? え? なに? どういうこと?」

「いえ、こちらの話です。そうですね……。わかりました。ではひとつ、暫定的な対策案を挙げましょう」

「ホント!?」

「伊井さんには遺伝子だけ提供してもらって、代謝を活性させ発散するのは自分ひとりでするんです。要するに"ひとりえっち"ですね」

「……!? ひ、ひとりでするの!?」

 

 まさか、そんな突拍子もないアイデアが出てくるなんて、夢にも思いませんでした。 ……でも。

 

「たしかに……、それならまったくレズ行為になりそうもないから、たぶん問題ないわね……。ううん、ぜったいだいじょうぶだわ! さすががす子さん、すごいわね! というか天才ね。ノーベル賞ものだわ。そんなこと、わたし、まったく思いつかなかった。あ……。でも、ひとりでする方法が、わからないわ……」

「それこそ、伊井さんに聞くのが最強解でしょうね。伊井さんなら書籍からひとりえっちの知識を少なからず得ているはずでしょう。リーナーの雨抜きをしていたなら、リーナーに最適な手法を考案してくれること請けあいです」

「なるほど! そうね、そうしてみる! がす子さんに相談して、よかったわ! ありがとう!」

 

 がす子さんはかすかに口元を緩ませてうなずきました。

 

「ふふふ、はかどるといいですね、いろいろと」

 

 

 

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