百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage III progression - 進行 -
/part 5 魔を
魔零さんがJKPに通じてないと確信できない段階で、いきなり拠点に案内するわけにはいきません。魔零さんの取り調べ場所には、付近にあった音波さんのセーフハウスのひとつを借りることに。もとは隠れ家的なカフェだったテナントの、事務所用の奥まった一室に、魔零さんを連れて行きました。
がす子さんにYuritchでの録画準備をしてもらってるあいだ、わたしは別室で、取り調べにやたら乗り気なえるふさんをなだめる努力を強いられました。
「えるふにまかせろ。えるふ、ごうもんとくい。あいつに言わせたいこと、言わせたいすうじ、言わせたいなまえ、なんでも言わせてやる」
「拷問なんてだめよ、えるふさん。たしかに魔零さんは夢魔に似てて、なんだか怪しいわ。でもまだ敵だとも決まったわけじゃないから。ね?」
『小悪魔JKねえ。夢魔とはなんかちがうのか?』
Yu-Lintter通話を介した深淵さんの素朴な疑問が、わたしのYuritchのスピーカーから発せられました。マチの推測がつづきます。
『"悪魔"の一種、でしょ、か……。悪魔は、うそがつけないって、ご本で読んだことあります、ね。ひとを騙す、とも』
『んだそれ。めちゃくちゃ怪しいじゃねえか』
『こういういかにも陽の子ホントむり。サリンジャーと通じてなくても、めんどうを持ちこむのはやめなさいよ、リナ』
警戒色濃い拠点メンバーの意見を聞いて、えるふさんは俄然やる気になりました。
「いっそ、首はねるか? まれい、顔がいい。首、きょてんにかざる。ふれっしゅうぉーる、あかるくなる。めしもすすむ」
『ざけんな。んなわけねーだろ』
「なら、おとはとみぶちのへや、かざるか? 二倍顔がいい」
『は? 冗談でもやめて。毎日陽のものに見られながらゲームだなんてぜったいいやよ。飾るならあんたの部屋にしなさい』
「いやまず刎ねないでよ、首を。とにかく、取り調べはわたしとがす子さんでやるわ。えるふさんは周囲を警戒してて。えるふさんにしかできないの、お願いよ。ね?」
「むう……。りーなーのたのみなら、いたしかたなし。えるふ、りょ」
事務室からがす子さんが呼びに来てくれました。
「リーナー、準備完了です」
「ありがと、がす子さん。こっちもちょうどお茶が入ったわ。じゃあ、取り調べ、はじめましょうか」
「その前に、リーナー。千悪さんには油断しないよう細心の周囲を払ってくださいね」
がす子さんも相当懐疑的でした。
「うまく言語化できないのですが千悪さんの視線が、とくに気になるんですよね」
「視線? 新意見ね。どういうこと?」
「計り知れないほど上方から、俯瞰されているような錯覚に陥るのです。どうあっても、観察されるのを回避できない感じといいますか。ここは地底なので婉曲表現ですが、人工衛星とか――、月から、監視されているような。あるいは、自分に見えない自分まで見られ、自分の知らない自分まで知られているような、そんな感覚です」
「自分の知らない自分? 寝てるときの自分とか? うんとちいさいときの自分、みたいな?」
「いえ、むしろ逆ですね。おそらく、"未来"とか……"運命"?」
「珍しいわね、がす子さんが抽象的なこと言うの。わかったわ、ただの人懐っこいJKとは思わないようにします」
「根拠レスな直感で要領を得ず、すみません。ただ、あれは、ほんとうに取扱注意です。JKとか、そういうのではなく、もっとなにか……"別次元"の……、存在です」
事務室に現れたわたしを見て、
「あ、リナちゃん先輩! 待ちくたびれましたよーっ! はやくお話したーい! おいでおいで!」
「ごめんね、お茶を滝れるのに時間がかかっちゃって。ミルクティーでよかったかしら? ぽよは入ってないけど、もともとこのお店のお茶だからたぶんおいしいはずよ」
「えー、先輩が滝れてくれたんですかー? エモーい! だったらなんでもうれしいでーす! でもせっかくおしゃんてぃなカフェなんだから、こんなとこじゃなくてあっちの席で飲みたかったなー」
「フロアのほうは、ほこりっぽかったの。じゃあさっそく話を聞かせてほしいんだけど……えっと、この手は?」
事務所の狭い机に対面で座るなり、魔零さんは手をつないで指を絡めてきました。すべすべして、吸いつくような肌。
「えー、親愛の証? 協力の証? みたいな? えへ。あ、先輩爪きれー。好感度高おさん! マニキュアしないのもったいなくない? 今度塗ったげましょっか? てか勝手に塗っていいです?」
「え、えーと、また今度ね」
そう言われると振りほどきがたいわね……。まあ記録を取ったりはがす子さんがしてくれるので、いいでしょう。
正直……かなり、触ってるだけで、きもちいいし。この子の手。
「まず、魔零さんが今までどうやって逃げ延びたのか教えてほしいの」
魔零さんはころころ表情を変えながら説明してくれました。
「チオってほら、新聞部で、友達多くて、情報網とかパなかったりするじゃないですか。だから最初のうちは、情報網ばりばり駆使って
あ、このお茶おいしー! お菓子とかなんかないんですか? チオ、今朝からなーんも食べてなくて。ぽんぽんべりべりはんぐりー
ああそうそう、それでそれで、リナちゃん先輩とかが、ユリクロスはJKPに追跡されてるからやばいよーってYu-Lintterで拡散してたじゃないですか。チオは彼女いなかったし、捕まるのとかぜったいNGだったんですぐ捨てちゃえましたけど、でもどうしても捨てられない子とか、いたんですよねー。彼女の安否が気になるとかで。
それはそれでエモい話なんですけど、やっぱり結構襲われちゃったし、グループもギスってきてたしで、結局みんな別行動しようってなって。なんかおじーちゃん食べれる情報もあったんですけど、チオたちじゃ何人束になっても一匹も倒せないんで、もういっしょにいる意味もないじゃんって話になったんです。でも情報交換だけはぜったいしたほうがいいって思ったんで、友達のサバゲ部のとこからトランシーバー借りて、それでお互いに注意しあって、今までなんとか逃げ隠れしてたー、って感じですねー」
「なるほど。あえて固まらずに、情報網を広げたまま維持してたほうが逃げやすかったのね。レズド雨はどうやり過ごしてたの?」
「チオはなんかあんまし利かなかったんですよねー。小悪魔だから? わかんないですけど。ちょっとはえっちな気分になりますけど、ほっとくとすぐ収まるんですよ。日頃の行い? めちゃラッキーでした。いえい」
がす子さんのほうをちらっと振り向くと、"うそはついてなさそうですね"、と目で語っていました。がす子さんには、うそ発見器が搭載されているのです。
「わかったわ。よく話してくれたわね、ありがとう。でも、わるいけど、ホントにサリンジャーさんの仲間じゃないかどうか、たしかめさせてもらうわ。サリンジャーさんと面識はある?」
「会ったことあるかってことです? それはないでーす。会ってたらぜったい捕まっちゃいますもん。チオってほら、ぜったい需要ありげいたーだし。動画では見たことありますけどね」
「日計 科藻さんや、竜胆 タマさんはどう?」
「へ? だれです?」
「……ふむん。わかりました。その様子では仲間ではないようですかね。信用しましょう」
「わーい、チオ合格? 合格です? ごちそうたのしみーっ!」
両手を挙げて喜ぶ魔零さんからは見えないように、がす子さんがわたしの背中をぽんぽんと尻尾でたたきました。わたしはYu-Lintterでメッセージを送るふりをしました。
「仲間に食事の準備をお願いしておくわね。で、ごはんができるまでに、別件で教えてほしいんだけど、どうしてわたしたちに連絡塔を案内するって言い出したの?」
「えー、だって、連絡塔に入って地上に公表するか逃げるかしたいんじゃないんですか? 連絡塔に入ろうとしてたし、助かろと思ったらそれしかなくないじゃんね?」
「昨日、そこまで見てたのね」
「そうなんですよー! あ、これこれ、ばっちり撮れてるでしよ?」
魔零さんの力メラには、たしかにわたしたちが巨大じーじと戦っている姿や、連絡塔のゲートの前で立ち尽くしてる写真が収められていました。そういえばがす子さんがあのとき視線を感じるって言ってたのは、これを感知したのかしら。
「魔零さんはどうして連絡塔のなかの情報を知ってるの?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました! 実はチオ、取材であそこ入ったことあるんですよ! フートン女学園新聞六月号、J.K.のヒミツ特集! チオの初担当記事だったんですけど、企画の段階からめちゃくちゃ難航してたいへんでしたよー! その分、達成感パなかったですけど! ま、それがJ.K.での最初で最後の記事になっちゃったんですけどねー……。つらたんです」
Yu-Lintterにメッセージが入りました。
『うそは言ってないようです。フートン出身だった図書委員にアーカイブを確認してもらったところ、たしかにそのような特集が組まれていて、記者の名前も千悪さんでした』
「それは残念でしたね。ところで千悪さんは交友関係と情報網が広いというお話でしたね。このJKたちの行方に心当たりはありませんかね」
がす子さんはYuritchのブロジェクター機能で、壁にペンシー女子高ニ年の集合写真を映し出しました。科藻さんタマさんの顔をドアップで。すぐにその真横の、別のJK三人組を中央にフォーカスしましたけど。その三人がすでに囚われていることは、承知の上で。
魔零さんは眉をハの字にしました。
「んー、わっかんないですねー。このタイってペン女のニ年ですよね? たしか。さすがにそんなに知り合いいないですね、そのへん。三人ともかわいいんで、チオが見かけてたらぜったい覚えてるはずですけど」
「そうですか、ありがとうございます」
ぱっと右手を挙げ、アクセをじゃらつかせる魔零さん。
「はいはーい、リナちゃん先輩、チオからも逆に質問的なのとかっていい感じ?」
「ええ、もちろん。なんでも聞いてね」
「先輩ちゃんたちは、連絡塔でなにすんです?」
「それは――あなたの予想どおり、JKPの悪事を公表するためよ」
「えっへへ、チオ大正解ですね! かしこい! でもでも、だれに、どうやってすんです?」
「あ、えっと、それは、まだ――」
「公表方法については、まだ、慎重に検討中ですね。こちらの情報をもみ消されたり、逆用されてはいけませんからね。ですよね、リーナー?」
「ええ、そう。がす子さんの言うとおりよ」
まだ考えてなかったです。
「それならですね、チオの
「そうなの? それは――それは、すごく心強いわね。でも一度、みんなで考えさせてもらえるかしら?」
「胡散臭すぎますね。あまりに都合よくことが運んでいる気がします」
別室に移るなり、がす子さんは普段よりも気持ち硬めな面持ちで述懐しました。
「JKP陣営かどうかは、わかった?」
「こちらの質間に対してうそはついてないですね、まったく」
録画を見終えた深淵さんの声。
『タマに催眠かけられて、忘れさせられたって可能性はあんじゃねえのか?』
タマさんは虚偽を司る夢魔です。催眠で記憶や感情を偽ることができ、これまで何度も騙された苦い経験があります。
「催眠で記憶を上書きしたり、認識しにくくすることはできますが記憶を脳から完全に拭い去ることはできないものです。千悪さんは一年生で、竜胆さんと接触があるとすれば極めて直近のこと。言語、視覚情報で揺さぶれば必ず肉体が反応を示すはずです。
が、夢魔たちの話題を出しても、ふいに写真を見せても、バイタルは極めて
『なあオイ、がす子よ、アタシはてめえの計測の確度は信用してるぜ。――だがよ、てめえがトチって誤ったデータを取らされてるって線は残ってんじゃねえのか?』
「っ……」
「ちょっと深淵さん、そんな言い方ないじゃない!」
『可能性としちゃ否定はできねえはずだろうがよ。悪魔は、騙すもんなんだろ?』
「……そうですね。黒暗淵さんのご指摘どおりです。がす子的にも、自分のデータを現実の数値と受け止められていません。こんな不安を抱くのは初めての体験です。がす子ブレインの残り少ない生体神経部分が全力でこう告げているのです――、"千悪さんを信じるな"、とね」
『なら、どうする? えるふにまかせるか? はっしゅたぐ、とっととはねたろう』
どこかで警備しているえるふさんの提案。
「却下です。首は刎ねません。ほかに裏を取る方法はないのかしら? フートン女子学園出身って、深淵さんのほかにもいたわよね?」
『ん。と、三年生がふたり、だけです、ね。いちお、訊いてみました、けど。ふたりとも、文芸部で、その、新聞部は陽だったから、わからない、ってことでした』
『ならどうすんだ? もう信用してるってことになってんだろ』
『ふつうに内定取り消しでいいでしょ。あたしはあいつを拠点に入れるのはいや。首だけでもいやなのに、生きてるままなんてもっとむり』
『だがよ、変な恨み買ったり、尾行されたりしてみろ。そっちのほうがめんどうで厄介だろ』
『ごうもんして、ぴーてーえすでー、おこさせるか? 敵をよせつけない、こころをこわす、いちばん』
『ひぇっ。そ、そこまでするのは、さすがに、かわいそ、と思います、けど……』
「ジャーなかがいると言ってましたね。その子たちも保護するという名目で全員集めさせ、個別に取調べして互いの裏を取らせあうというのはいかがですかね」
『んなの口裏合わせられればしまいだろ』
「その子たちなら、なにかしらぼろを出すやもしれませんよ」
『残りのジャーなかも全員小悪魔ならどうすんだ? ジャーなか連中も雨をやり過ごしてんなら、考えうる状況だぜ』
『おえっ。陽の地獄じゃないの。やめて』
『それはそれで、ありありの、あり。おとはの部屋、無限に顔がよくなる』
『ぴぇっ』
『やめなさいったら』
みんなかなり慎重姿勢です。わたしは咳払いして注意を引きました。
「いっそ、連絡塔に行きましょうか。今日これから」
『あ? 正気か?』
「うん。正気も正気よ。たしかに魔零さんは怪しいわ。でも魔零さんの話が真実なら、これは好機よ。連絡塔には昨日接近したばかり。だからまだ向こうの対応が追いついてないかもしれない。時間を置きすぎると守りを固められる可能性があるわ。
みんなが注意深くなるのもわかる。かと言って、警戒しすぎて数少ないチャンスをふいにするのは避けたいの。塔のなかの情報が一切ない不安は、もちろんあります。だけど図書委員があれだけ頑張ってくれてもまったく情報が手に入らないってことは、塔以外にはもう情報がないって考えてもいいと思うの。
存在しないものを探しつづけて、完全に行き詰まるまで待つのは、無為無為の無為じゃない? それに、実際に連絡塔に行ってみて、魔零さんの情報に偽りがなければ、それはもう信用できるってことで、本拠地に迎え入れてもいいじゃない」
「……ふむん。いちおう、筋は通っていると思いますね。大当たりか、大外れか。相当な覚悟を要する博打ですが。がす子的には――乗った、ですかね。リーナーの判断と天運を、信じましょう」
『えるふ、戦争ことわるりゆう、ない。えるふこそが、戦争。怪物におしえてやる』
「ありがとう、がす子さん、えるふさん」
『……ちっ。あたしが行かないでいいなら、どっちでもいいわ。でもそいつの情報が正しくても、ついでに塔のなかに置き去りにしたほうがぜったい楽よ』
『いちおう言っとくが、アタシは反対だ。あまりに危険すぎる。連絡塔に行くことだけがすべての目的じゃねえんだから、そこはまちがえんなよな。ぜってえ帰ってこい』
『あたしはべつにリナも帰って来なくていいわよ』
「んまっ。ひどい言い草ね」
『……あたし、も、深淵先輩と、おんなし、です。なにがあっても、ぜったい、戻ってきてください、ね……、リナ先輩』
祈るような、すがるような、思いつめたマチの声。
「うん、必ず戻るわ。みんなのもとに」
必要な装備と着替え、それから魔零さんの食事を音波さんに持ってきてもらい(とんでもなく渋られました)、その足で連絡塔に直行しました。貯水池の超大型じーじは念のため音波さんに引きつけてもらいました。音波さんはあとはバックアップとして、貯水池を視認できる位置で待機です。
塔への橋を渡っているとき――魔零さんが茹でガエルのじーじサンドに舌鼓を打っている隙に、わたしはがす子さんえるふさんに小声で指示しました。
「ふたりだけに言っておくわ。もしなにかあったら、わたしはほっといていいから、魔零さんを連れて、全力で逃げて」
「……ちょっと意味がわかりませんね」
初めて耳にする険のあるがす子さんの声。
「わたしなんかふつうのJKだからどうでもいいけど、R.U.R.に特待生は不可欠よ。特待生がいる限りR.U.R.は生き残れる。だから、ふたりは逃げて」
「何を言ってるんですかね? 発言の撤回を要求します。リーナーがいなければ、R.U.R.は瓦解必至です」
「買いかぶりすぎよ。そんなことないわ」
「そんなことあります。わからないひとですね、あなたは……。えるふさんからもこの石頭になんか言ってやってください」
「えるふ、どんな戦争からも逃げない。りーなーたたかうなら、えるふも、たたかいつづける。えるふは戦争。えるふは、えるふであるために」
「もう、ふたりとも。石頭はどっちよ。とにかく、そういうことだから。頼んだわよ」
「いいえ、拒否します」「えるふ、ことわる」
「ええ……」
結局ふたりはわたしのお願いを聞き入れてくれず、ずんずん先に進んでいってしまいました。
塔入口のセキュリティは案の定、科藻さんタマさんのぱんつで突破できました。内部の警備も想定していたより厳重ではなく、中型じーじとザ・ウォッチャーが申し訳程度にいる感じ。姿を消したえるふさんの敵ではありません。
ただ、空調がかなり強めにかかってて、それがすこし気になりました。肌寒くて、薄着だと風邪ひきそうなぐらい。機械が多いから、冷やすためかしら? そういえば貯水池って、冷却目的でもあるって言ってたわね、がす子さん。
「それで通信室はどこなの、魔零さん?」
「えー、さあ? どこなんでしょ?」
「どこなんでしょってあなた……」
「いやいや、連絡塔の構造を、チオが把握してるわけないじゃないですか」
「えっ、まあ、そりゃそうでしょうけど」
「だいじょーぶですって! 地図あるとこは知ってるんで、安心してくださーい!」
魔零さんの先導で到着したのは、守衛室でした。モニターには塔の見取り図と、各監視力メラの映像が映し出されています。Yuritchで写真を撮って記録&Yu-Lintterで即共有。エレべーターは停止していたので階段を使うしかなさそうなのですが――。
「めちゃくちゃ入り組んだ構造ね……」
「これは、マップを真っ先に確認できてよかったですね。すべての階段は隣接する上下のフロア間しか移動できず、平面座標上の位置は固定されていません。そのうえ、ひとつのフロアは複数エリアに区切られており、上下の決まった階段からしかアクセスできない――いやがらせ以外のなにものでもないですね。迂闊に登っていたら確実に迷っていたでしょう」
がす子さんが瞬く間に見取り図を解析してルートを作成、Yu-Lintterにアップしてくれました。わたしのYuritchを覗きこんだ魔零さんが賛嘆します。
「えー、すご! がす子ちゃん先輩かしこ!」
「それはどうも。どうやら、地上からの侵入者対策を講じた設計になっているようです。下から上へ目指す分には、そのフロアの登り階段を使えばいいのですが、下ろうとすれば行き止まりだらけですね」
「地図がなければ帰りは大変ってことね」
「えー、こんなところで迷子なんてやだー! リナちゃん先輩、チオのことぜったい置いてかないでくださいね!」
なぜかうれしそうに抱き着いてくる魔零さん。むにゅんとやわらかくって温かい ものが、わたしの腕にまとわりついてきました。マチよりもずっとあたたかくて、こびりつくような、体温。
「っ……、うん、でも、あんまりくっつかれるととっさのときに動けないから、ちょっと離れてて。ね?」
「はーい、いい子にしてまーす! ……くすくす♡」
えるふさんにザ・ウォッチャーとじーじを排除してもらいながら、通信室を目指します。とくになんの問題もなく、十階登って、一階降りた先に、目的の通信室はありました。サーバーっていうのかしら? なんかこう、おっきな、箱型のパソコンがずらーっと並んだ、書庫みたいな部屋。
J.K.の実情を訴える動画は、あらかじめ撮影しておきました(訴状の読み上げは顔のいい音波さんにしてもらおうとしましたけど、全力で拒否られたのでわたしがやりました)。データをYuritchから端末に移してから、いとこさんへのメッセージを作成してもらうため、魔零さんに席を変わります。
魔零さんは指をわきわきさせました。JK新聞記者の本領発揮です。
「おーし、んじゃちょっとお待ちになっててくださいねー! ぱぱっと打っちゃうんで!」
「なるべく真に迫った文面でお願いするわね。――って絵文字とか使わなくていいから!」
「えー、連絡とるの久々だし、どうせ身内だからいいじゃないですかー」
「えもじ! えるふ、えもじ、わからない。このえもじ、なにか?」
「えー、これですかー? んー、そですね、チオは"レズ奴隷にされそうになって激おこ!"ぐらいの意味で使ってますけど」
「そうか……。えるふ、怒り、わからない……。こっち、なにか?」
「♡は心臓の絵文字ですよ♡」
「♡、いいえもじ。きにいった。戦争♡ のえもじ、あるか? さつりく♡ ぞうお♡ くつう♡ のえもじは?」
「えるふさん、千悪さんの邪魔はしないように。あとでがす子先生が絵文字の講習をしてさしあげますからね」
うーん、まともな講習にならなさそうね……。ちょっと気になりますけど。
なんてわちゃわちゃやっていると。
どごん……どごん……どごん……、と遠くで雷が落ちるような音を、わたしの耳が拾いました。注意深く耳を澄ませたのと、がす子さんが探知したのはほぼ同時でした。
「急速にこちらに接近しているようですね。発見されたのでしょうか。即時この部屋からの脱出を提案しておきます」
「――いえ。もう遅いわね、轟音に乗じて、このフロアにだれか降りてきて部屋の前で待ち構えている音もしたわ」
「おっと、それはがす子・サーチの探知外でした。さすがリーナー。ふむん。超やばいですかね」
「ひとまず端末からは離れて! 部屋の隅に固まって!」
「えー、まだ途中なんですけど!」
「いいから!」
魔零さんを背後に隠して戦闘態勢を取った直後、床をぶち破って端末が粉々に粉砕されました。
出現したのは、金属の鎧を身にまとった極太じーじ。ただし通常の極太じーじよりも黒光りして、
「しぃ! こぉ!」
「やだー!? なにこのおじーちゃん、むきむきできもっ!」
魔零さんが黄色い悲鳴をあげました。
「新型でしょうかね。通常の極太じーじよりも破壊力が数倍から数十倍向上しているようです」
「りーなー、戦争きょか、くれ。あいつは、えるふのえもの。なますにしてやる」
「まだだめよ。外にいるんでしょう、科藻さん、タマさん! 出てきて新人じーじの紹介をすべきなんじゃないの!?」
呼びかけると、待ち伏せしていただれかさんは素直に通信室に入ってきました。
「くっしし、ごぶさたですナー、レジスタンスのみなさん」
「にゃっほ~ 兎浪先輩☆ タマたちが忙しくって会えなかったからってぇ、先輩から来てくれるなんてうれしみぃ~♡」
あいかわらず下着みたいな水着の恰好をした夢魔JKたちが現れました。四足歩行する、小型のじーじ三体を伴って。
心音があるので、ふたりともどうやらじーじからつくったニセモノではなさそうです。もちろん、あちらがわたしの判別法に気づいていなくて、かつ対策されていなければ、という前提ですけど。
「ってかよくわれわれだってわかったっすね? ふつーにちょっちびびりましたケド」
「あなたたちの足音も息遣いも、すっかり聞きなれたものよ。それに、やりくちもね」
「にゃふにゃふにゃふ♡ そーしそーあいってやつですかぁ?♡」
わざわざ言いませんでしたけど、攻撃の正確性も科藻さんならではです。"契約を司る夢魔"たる科藻さんは、だれよりもじーじを精密に使役することができるのでした。
「あなたたち、なによそのじーじたちは。見たことないやつね」
「ま、そりゃそうですナ。今までこっから出したことすらなかった試作品なんで」
科藻さんはぺちぺちと四足歩行じーじの背中を叩きました。
「われわれも現状じゃ特待生にどーしても勝てなくてさすがにこりゃマズイってことになったんで、おんぱちゃん並みに引きこもって開発・改良にいそしんでたってワケです。この子は"獣のじーじ"で――」
「そっちのおっきいのは"鎧のじーじ"ですよぉ~。なかよくしたげてくだいねぇ~♡ にゃふにゃふ♡」
強すぎる冷房で冷えた汗が、首筋を伝って滑り落ちました。
特待生対策としてつくったじーじですって? かなり危険なにおいがするわね……。
わたしは背後にまわした左手のフィンガーサインで、えるふさんとがす子さんにこっそり指示しました。
「んで、兎浪さんたちこそなにしてるワケ? 朝早いにもほどがあるゾ」
「タマたち、寝起きのレズえっち♥ で忙しかったのにぃ♡ 邪魔するなんてひどいですよぉ~」
「おあいにくさま、あなたたちに用があってきたんじゃないわ。だから引っこんでくれてかまわないわよ?」
「いやいや、勝手にひとんち入りこんどいてそりゃないっしょ。で、ここに忍びこんだってことは、兎浪さんの用件て、おおかた地上と連絡とることっしょ? サリンジャーさんに言われなかったかー? ザ・キャッチャー・イン・ザ・L計画は世界の意思だってサ。むだだと思うんだけどナー」
「わたし、結構しつこいって知ってるでしょ? 強く訴えかけ続ければ、いつか世界だって変わるわ」
「にゃはっ♡ 世界を相手に風紀委員するつもりですかぁ? 先輩、ほんと行動力だけはありますよねぇ~。そのアクティブさ、レズえっちに向けてくれればいいのにぃ~♡」
「てかサ、どうやって入った? ゲート開けられんの、サリンジャーさんのほかにあーしとタマちんだけゾ?」
わたしにだけ聞こえる声で、がす子さんがつぶやきました。
「――スキャン完了。鎧のじーじ、なんとかぶち抜けそうですね。指示どおりいけます。合図を」
よし、時間稼ぎもここまでね。
「――それは乙女の秘密よ。ここから無事に帰してくれたら、教えてあげてもいいわよ」
「ふーん、じゃま、べつにいいですワ。逃がす気ないんで。あとでからだに聞きますんで」
「こっちも捕まる気はないわよ。また痛い目みたくなかったら、おとなしくひっこむこと……ね!」
目の前にあった椅子を思いっきり獣のじーじに蹴り飛ばします。椅子は狙いたがわず弾丸のように飛び出していき、獣のじーじは椅子のうえに飛び乗って回避、踏み台にして、躍りかかってきました。そうして固定された獣のじーじの軌道に合わせて、えるふさんが前に出て双曲刀を振りかぶります。
がすこさんはサイバーナイフを起動して鎧のじーじに突貫中。えるふさんに獣のじーじを、がす子さんに鎧のじーじを相手してもらう――ここまではその作戦どおりでした。
ところが、獣のじーじが空中でぱち……と淡く空気をまたたかせたのを察知したがす子さんは方向転換、えるふさんと獣のじーじのあいだに割って入ります。ぶっとい竜の尾がサイバーナイフで獣のじーじをたたき落とそうとしたものの、切りつけた際にばぢっ! と鋭い音と閃光がはじけ、がす子さんに片膝をつかせました。
すかさずがす子さんに群がりまとわりつく獣のじーじたち。
「っぐうぅぅ……!」
ばぢぢぢぢ! とがす子さんのサイボーグ部分が激しく発光します。
「えるふさん! 獣に触っちゃだめよ!」
「りょ!」
えるふさんは一瞬で双曲刀を合体させ弓に変形、毒矢で獣を射抜きました。
「リナちゃん先輩! 前! 前! まえー! きゃあぁー!」
魔零さんが絶叫しました。そうこうしているあいだに、鎧のじーじがもう目の前まで迫ってきていたのです! うまくいくかわからないけど、仕方ないわ……!
――のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ!
呪文を唱え、頭痛がずきずき、レズ場のばかちからを活性化。鎧のじーじを真正面から素手で受け止め……拮抗!
「お、お、お、お、どっせい!」
鎧のじーじはひっくり返り、壁に激突! なんとか押し返せました!
タマさん科藻さんがあんぐりとおくちを開けてます。
「はにゃぁ!? 兎浪先輩、鎧のじーじまで吹っ飛ばしちゃうとかぁ、JKやめすぎじゃないですかぁ~?」
「おいおいおい兎浪さんや、会うたび怪力化してってないですかい? JK離れするのにも限度があるゾ……。これ何百キロあるかわかってんの?」
「はっ、ぜはっ、はーっ、成長期、なのよっ……!」
実はこのところ外出すると、決まって次の日、素の握力が五キロずつぐらい、ばかちからを使った時の握力は三十キロずつぐらい増えてってるのよね。ホント、なんでかしら?
……とはいえ、鎧のじーじの突撃をしのぐのにほとんど全スタミナを消費してしまいました。全身が悲鳴を上げてて、すぐには動けそうにありません。
「……すみません、リーナー。まさか電気を帯びているとは。警戒すべきは獣のじーじのほうでしたね。やられました」
がす子さんが消耗したわたしをかばって前に立ちました。
「がす子さん、だいじょうぶ? ケガは?」
「もう動けます。さっきは受け身を取り損ねただけですので」
「さすががす子さん。一瞬ピンチに思えたけど、なんとか態勢は整えられたわね……。さあ、どうするの、タマさん科藻さん。万策尽きたんじゃない?」
「やれやれ、またもや兎浪さんの常識外れの行動でひっくり返されちゃいましたナ。でもま、攻撃力高くて厄介だったがす子ちゃんに電気が有効なのはわかったのは収穫ですナー。くっしっし」
「素早い獣のじーじならがす子ちゃんには当てやすいかと思ってたんですけどぉ~。そっちの新しいロリっこには通用しないですねぇ~。てことでぇ~。にゃはっ♡ これならどうですかぁ~?♡」
鎧のじーじがむっくり起きあがると、こっちに襲いかかってくるかと思いきや……なんと、おもむろに獣のじーじの亡骸をむしゃこらむしゃこら食べはじめたではありませんか!
唖然としてその共食い(?)ショーを見守っていると、鎧のじーじはもう一回り筋肉質になり、しかも四本の肢を生えさせ、さらにばちばちばち! と帯電までしてみせたのでした!
「な……! いんちきよ、こんなの!」
「電気を帯び、鎧を備えた巨獣のじーじですか。鬼神、雷神、武神を思わせるたたずまい。これは見るからに鬼つよですね。そうですね……、"ジーオウガ"とでも呼称しましょうか」
あ、見た目といい、なんかぎりぎりな気がするわそのネーミング!
「お、さすががす子ちゃん、めっちゃいい名前じゃんかサ。それ弊社も採用ーっと」
「
「レズ-payじゃだめですかぁ~?」
「残念ながら一般的に言ってレズ行為は通貨とは言い難いので。せめてカエルでお支払くださいね」
「カエルこそ通貨じゃないかんナ。でもま、レズ奴隷にしちゃって、権利とかもろもろも頂いちゃえばいいだけっしょ」
「そゆ話ならぁ、かんたんですねぇ~♡ にゃっふふ♡」
じりじりばちばち距離を詰めてくるジーオウガ。一気に大ピンチに逆戻りです。
「あいつ、かっこいい。えるふ、ぺっとにしたい」
「たぶん、家じゅうの家電製品がおしゃかになるのでやめておきましょうね。それよりもどうしましょうか、この事態。強力な飛び道具でもなければ打開困難と判断します」
「く……! がす子さん、ロケットパンチとかできないの!?」
「そんな非合理的な装備はありません。リーナーはがす子のことをアニメや漫画に出てくる愉快な戦闘ロボかなにかと勘違いしてませんかね」
「う、ご、ごめん……。なんかできそうだったから……」
「いえ、気にしてませんので、ただちにご判断を」
「……こうなったらやむなしね。がす子さん、投げさせてもらっていい?」
「昨日のように、リーナーをですか? すみません、ちょっと意図が汲み取れなかったのですが、どこにどう投げればよいのか指示願えますかね」
「ううん。受け身をとってもらえればだいじょうぶよ。あと、お尻から突っこんでね」
「……え」
――のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ!
頭痛にくらっときながらも、がす子さんの尻尾をむんずとつかむと、わたしはその場で太陽系よろしくぐるぐる大回転。ハンマー投げの要領でがす子さんを投げ飛ばしました!
がす子さんはうなりをあげて宙で回転、わたしのお願いどおりお尻からジーオウガに激突! ニ百五十キロのヒップアタックが直撃し、さしものジーオウガも吹っ飛ばされて一発でノックダウン。タマさん科藻さんもたぶん衝撃波かなんかの巻き添えをくらって
がす子さんがお尻をさすりながらよろよろと立ち上がりました。
「がす子さん、平気? 感電してない?」
「今度は受け身を取ったのでだいじょうぶです、ということにしておきましょう。身から出た錆なので。ただ、危うくチャイナドレスを焼かれてお尻丸出しになるところだったのは非難しておきます」
「ごめんね、急に。でも強力な飛び道具って言われて、あれしか思いつかなかったの。がす子さん、わたしよりもお尻おおきかったから」
「飛び道具の定義には甚だ疑問符ですが、結果的に最強解でした。またリーナーの新しい技が増えましたね。そうですね、名付けて"JKローリン"――」
「それはやめなさい! とにかく、今はこの場を離れるわよ」