百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
part 1 風紀委員のおしごと
/百合はいつかガンに効くようになる! オルタナティブ!
/著:予岐 佐波
>Booted the Surrogate TErra-mater degeneration Recurrence ReActor : STERRA...
>Started R.U.R. & L.U.L. program...
>...
/Stage I initiation - 発生 -
/part 1 風紀委員のおしごと
3019/6/27
放課後――。ひとけがなくなってきたペンシー女子高の廊下。"
いまだに学校に残っているのは、居残り課題から解放されて、オケボいこーって話してる子たち。教室に残ってお菓子をつまみながら、ぐだぐだとおしゃべりしてる文化部の子たち。グラウンドで部活に励んでる運動部の子たち――。
それぞれ思い思いに青春を満喫してるって感じで、銀のホイッスルを唇にあてがって廊下の柱にはりついている、見るからにあやしげーなわたしなんかを気に留める子はひとりもいません。
一日の授業が終わって、生徒だった時間が、"わたし"の時間に切り替わったとき。"みんな"の時間の流れから、急においてけぼりにされた感じがします。
まるで、わたしだけ世界から切り離されたみたいな。ひたすら終わりのない穴のなかを落ちていって落ちていって、"わたし"の常識が通じないぜんぜん知らない世界に、迷いこんじゃったみたいな。
ううん、たしかにこの
もう、二年以上住んでるのに……いまだになじめないなんて。放課後になるたびに、"わたし"に戻るたびに、わたしの居場所はここじゃない、って気分になるんです。
でも逆に、そうでなくっちゃ、こんなお役目はつづけられなかったかもしれません。
廊下にふわふわ浮かぶ紫色の配信ドローン――"ザ・ウォッチャー"の視界に入らないよう注意しつつ、柱の陰からこっそり顔を覗かせます。
このあたりで、そろそろあのカップルの"Yu-Live"配信があるはずなんだけど……いたっ。
まだちょっとセーラー服に着られてる感が抜けない背の低い仔犬JKの一年生と、こなれた着崩しで学年でもとびきり美人な化け猫JKの三年生。
"古典派なのにどろ甘でキワドい思わせぶりな台詞が一周まわってジャンクによき"、と最近Yu-Liveで人気が出てきて、配信のたびに"Yu-Lintter"でもトレンド入りするカップルです。
ちょっと距離があるわね……。
わたしはゴキブリ顔負けの速さでぴゅーと柱から飛び出して、モップ掃除していた百五十センチぐらいの巨大なソーセージみたいな謎すぎる生き物――"じーじ"の背後に身をひそめます。
じーじが不審そうに頭(?)を傾げました。
「て? ろ?」
「しーっ。ごめんなさいね、ちょっとかくまって」
「こ。し」
事情を察してくれたふうに掃除を再開したじーじのふんわり桃っぽい匂いを嗅ぎながら、そっとふたりの様子をうかがいます。
「ねえ、おねえさま。これからお部屋にうかがってもよろしいかしら?」
「あら、今日も? もちろんかまわないけれど、どうしたの?」
「数学を教えてくださらない? 三角関数がむつかしくって、授業についていけないの」
「あら、たいへんね。でもあなた、数学は得意なほうだったのではなくて?」
「それが、このところ寝不足で、授業中についうとうとしてしまって……」
「まあわるい子ね、夜更かしはいけないわよ?」
「もう、おねえさまったら、ひどいわ、ひとごとみたいに。昨晩きちんと眠れなかったのは――、わふ♥ おねえさまのせい、なんですよ……♥」
あきらかにつくったような、耳のなかまでねとねとと甘ったるくなってきそうなふたりの声に、おへそのあたりがうぞうぞ、頭がずきずきしてきます。
――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。
また、はじまったわね……。
緊張したり、だれかのYu-Live配信を見ていると、決まって頭のなかでひとりでに反響しだす、ふしぎなことば――。
「うふふ、そうかしら? もう一度もう一度と言って、結局五回もかわいらしくおねだりしてきたのはあなたではなくって?」
「……もう、おねえさまったらぁ、今その話はおやめになってぇ……♥」
一年生が、まるで盗み聞きしてるだれかに聞かれないようにするかのように声を落として、素っぽい声で付け足します。
「だ、だって最近は、
「にっひひ、わかってるって♥ あたいもあんたのおかげで、責めるほうに目覚めちゃったしねー♥」
「ぁ♥ わふん♥ 先輩ぃ……♥」
自慢じゃないですが、耳がいいわたしにはひそひそ話だってばっちり聞こえていました。でも、ザ・ウォッチャーはぼそぼそとしたささめきあいが拾いきれなかったみたいで、ふたりにゆっくり近づきます。
三年生がいずまいを正して、おねえさまじみた声に戻りました。
「――こほん。三角関数を覚えるのに、とってもすてきな語呂合わせがあるの。今晩たっぷり教えてあげるわ。そのかわり、わたしに頼んだからには、きちんと覚えるまで寝かせてあげませんからね♡」
「まあ、おねえさまったら……はい♡ やさしく、教えてくださいね……♡ わふ♥」
「うふふ、じゃあ行きましょうか」
と言って指をからめて学校の外へ歩いていくふたり。ザ・ウォッチャーが名残惜しくもその場にとどまったまま、ふたりの後姿を見送ってYu-Liveを終了したのを確認。
わたしはほっと胸をなでおろして、くわえていたホイッスルを離しました。いつの間にか、例のふしぎなことばも聞こえなくなっています。
見たところ、ちゃんと風紀、守ってるみたいね。
二か月前、音楽室できつーいお灸をすえたのが効いているのかもしれません。あれからふたりは、"
なんだかまだもやもやするし、ちょっとばかし、べたべたしすぎのような気はするけど――。
けど、あの三年生は、今ほど人気が出る前は毎月のようにパートナーをとっかえひっかえ、キャラすらつくりかえては仮面カップルで配信するようないんちきで有名だった子。ひそひそ話の内容はよくわかりませんでしたけど、部屋に行くというのも本気じゃなくて、どうせ、ザ・ウォッチャーが入って来れない寮に着くなり解散するに決まってます。
本心を言えば……そんなやりかたも、注意したいのだけど。だって、世界を守るためとはいえ、みんなが見てる前でだけ、
百合はこの世界にとってなくてはならないものなのに……それがニセモノだったら、それで成り立ってるこの世界すら、ホントはニセモノなんじゃないかな、なんて――。
もしくは――わたしが、この世界にとって、ニセモノなのか。
……でもまあ(閑話休題(一回使ってみたかったやつです))。
ひとさまたちの百合のやり方にまでくちをだすのは、さすがにお節介がすぎるというものです。風紀委員の仕事はあくまで風紀を守ること。
今日のところは、多少のべたべたは大目に見てあげましょう。しばらく監視も必要ないかしら。ほかにも、目を光らせておかなきゃいけないカップルはいくらでもいるものね。
首から提げた"
感謝をこめてじーじをなでなでしてあげると、謎の生物は心地よさそうに身震いしました。
「た。け」
「ご協力感謝します。とっても助かったわ。えらいわね」
「て。す」
「くすくす。ねえねえ見なよあの三年生。おじーちゃんに話しかけちゃってるし」
「やば。友達いなさそ」
「くすくすくす」
「くっ……」
教室でだれかを待っている感じのJK二人組のこころないことばが、通り魔的にぐっさりとわたしのこころに突き刺さります。
さみしいことしてるのは、わかってる……でもじーじは、J.K.唯一の食べ物である"ぽよ"を生産してくれたり、発電してくれたり、建物を建ててくれたり、ケガや病気を治してくれたり――このペンシー女子高を、ううん、
「てか、遅くね。おまえの嫁」
「嫁じゃないし」
「旦那?」
「旦那でもないし。部活の先輩だから逆らえないってかうちも金のための仮面だし。メッセも配信時間調整のためにしか送らんし。そういうあんたんとこも来ないじゃん」
「メッセ送ってる。でも既読すらつかんくてホントめんでぃ」
「あんた鬼メッセしまくるからうざくて通知切ってるだけでしょ」
「言うておまえいっつも即レス全レスじゃん。あーあ、どうせ仮面ならおまえと結んだらよかったわ」
「え……あー……、……あのさ。……」
「なによ」
「いや……、うちも、おんなじこと、考えてたんだけど……」
「え……」
「……」
「……」
「……うちくる?」
「え……今から?」
「……うん」
「……ん……べつに、行っても、いいけど……」
と、そのときでした。ひとしきりねぎらってあげていると、突然、じーじがぐねぐね不気味に身をよじらせはじめました。なにごとかとびっくりする間もなく、じーじはモップをその場に放り捨ててどこかへ這いずっていきました。
……お花摘みかしら?
じーじが用を足すだなんて聞いたことも見たこともないですけど、あっという間のできごとだったので呆気にとられるわたしでした。
気を取り直して、クロスで校内マップを展開。最寄りのYu-Live配信場所は……体育館裏。配信カップルは……
……要注意カップルね。
わたしは気を引き締めて現場に向かいました。
「にゃふ……♥ ナモのここ、もうおつゆでぐずぐずになっちゃってますよぉ~♥ タマの指、ふやけちゃいそぉ~……♥ にゃんっ♥」
「んん~?♥ ん♥ そーゆーおタマさんも、あーしのふとももに、んっ♥ なーんかこりこりしたの♥ すりつけてないですかーい……?♥ ホレホレ♥」
「んにゃふ♥ だってぇ~、ナモのふともも、ほどよい感じにむちぷにお肉が乗っててですねぇ~♥ すりつけがいがあるってゆーかぁ~♥ これがまたたまらんのですよぉ~♥ んにゃ♥」
「くしし♥ タマだけにって?♥ んん♥」
「あぁ~、ナモってば、またそーゆーサムいこと言っちゃうんですねぇ~♥ んにゃっ♥
「んっ♥ はぷ♥」
半開きになった体育倉庫の扉から、ぴちゃぴちゃという水音が外にまで漏れ出ています。そっと覗きこむと、ザ・ウォッチャーはだれかのタイで扉の取っ手にくくりつけられてて、身動きできないようにされていました。
倉庫の奥では、サッカーボールの籠が陰になってて四本の生脚しか見えませんけど、マットの上でふたりのJKが異様に密着しちゃってるのが見てとれます。こめかみが、かすかにずきずき、ずき。
――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。
ぅ……、あれはぜったいにしてるわ……! にしても、考えたわね……。
見るからにあやしいし、ぜったいにそれを狙って配信してるんでしょうけど、現場を直接撮影されてるわけじゃないから、ウリにはならないって言い訳するつもりなんでしょう……って、んまっ! あのボールの籠の上に無造作にほっぽりだされてるの、ぱんつじゃない! 限りなくアウトよりのアウトよ、あんなの!
それに――
倉庫の奥側の窓から覗きこめば、現場を抑えられるかもしれません。わたしは裏手にまわりこみました。そのあいだも、わたしの耳はタマさんと科藻さんの声を拾いつづけています。
「んっ♥ んっ♥ んはっ♥ おタマ、あいかわらずうますぎなんですケド……♥ あーし、あっ♥ またイッちゃいそ、カモ……♥」
「にゃっ♥ にゃは♥ わかってますよぉ~♥ ウォッチャーさんたちには特別に教えてあげますけどぉ~、ナモ、イキそうになると、なかがきゅー♥ きゅ♥ きゅん♥ って締まってきて、ちょーえっろいんですよねぇ~♥」
「ん♥ ん♥ ん♥」
「あれぇ~?♥ きゅん♥ の間隔、短くなってきましたねぇ~♥ もしかして……にゃは♥ ことば責めにも、弱い感じですかぁ~?♥」
「あ♥ あ♥ あ♥」
「世界中に弱点さらけだされてぇ~♥ 感じちゃったんですかぁ~?♥ イケイケぽいフインキしてるわりに、ナモ、意外と……ドMですよねぇ~♥」
「あんっ♥ ひんっ♥ ひうんっ♥」
目当ての窓は……高いわね。わたしの背でもちょっと届きそうにありません。
その辺にじーじがいてくれたら、踏み台にさせてもらうところなんですけど、奇妙なことにまったく見当たりません。変ね……いつもの学校なら、どこにいてもあたりを見まわしたらぜったいに一体ぐらいは見つかるはずなのに……。
やむを得ません。わたしはちょっぴり迷ったあげく、スニーカーと靴下をぽぽいと脱いで排水パイプをよじ登りました。そして腕だけで雨どいに取りつくと、窓の前まで
「あーっ♥ んんーっ♥ まっ♥ んんん~っ♥♥」
「はぁい、三回目ぇ~♥ にゃふふ♥ いいんですかぁ~?♥ 世界中のウォッチャーさんたちに聞かれちゃってますよぉ~♥ ナモがいっちばん、よくなっちゃってるときの声……♥」
「んっ♥ んぐっ♥ ん♥ おタマっ♥ すと♥ ぷ♥ あーし♥ ずっと♥ イ♥ ってる♥ ん♥」
「にゃっひひ♥ まだ理性あるっぽいんでぇ~♥ だめでぇす♥」
「っ――♥♥♥」
右腕だけでぶらさがったまま、左手でクロスのカメラを起動。ぐぐーっと腕を伸ばす……窓にはぎりぎり届かない……ゆっくり前後にブランコ……今よ!
ぱしゃっと一枚撮って、五点着地(一昨日たまたま、
もげそうなぐらいじんじん痛いおしりをさすりながら、写真を確認――ばっちり撮れてるわね!
ふたりの……その、舌が……べっとり、ぬっとりと……、からみあって……、服も、はだけてる……とことか。
まぶしいぐらいに、白いおなかのうえで、きらきら光る汗が……それに、くんずほぐれつって感じでもつれあった、ふたりの夢魔尻尾……とか。
ぷりんとまるだしになったタマさんのまんまるおしりに、むちっむちって音が聞こえてきそうな科藻さんの肉厚おしり……とか。
あわわわ、科藻さんの足のあいだに、タマさんの手がさしこまれちゃってるじゃない……! どこ触ってんのよこれ!? い、いやらしすぎるわ!?
かーっと顔が熱くなってくる……すごい、汗。たぶん、地底の気候設定が梅雨モードでじめじめしてるからでも、クライミングしたからでもない……。心臓、ウサギみたいにぼんぼん跳ねちゃってる……。ただでさえ
のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ……。
考える前に深呼吸してダッシュ(の前にきちんと靴下と靴は履きました)。倉庫の表に戻ります。扉をばーんと思いっきり開けて、ホイッスルを全力で吹きます。
ぴゅるるるるる……!
ザ・ウォッチャーは緊急停止――Yu-Live配信も強制終了。
「こらーっ! タマさん! 科藻さん! レズ行為は校則違反です!」
「げ、やべ」
「あぁ~、めんでぃーのにエンカっちゃいましたねぇ~」
籠の陰でなにやらごそごそやったあと、タマさんと科藻さんが顔を出してすっとぼけました。
「にゃっほー、
金眼を細めて笑うのは、
ちょこんとかわいらしい羽と細長い尻尾が特徴的な夢魔JK。外はね気味のショートヘアは、校則に従った地毛の黒髪。でもそのほかは全身ほとんど校則違反まみれの問題児です。
スカートは短すぎるし、タイもセーラー服の襟も黒い逆三角形の名札もカラフルなハートやらネコちゃんやらのピンバッヂだらけ。ピアスもマニキュアも平気でしてます。J.K.から貸し出されてるユリクロスも
「兎浪さん。われわれ、フツーに配信中だったんですケド。なーんで邪魔してくれちゃったんすかネー? 今回の
童顔でにこやかにすごんでくるのは、
タマさんとおなじ夢魔JKだけど、セミロングの髪は染めた茶色。スカートは濡れたふとももがほぼまるだしになるぐらいの超絶ミニ。ものすごく目立つパステルピンクのパーカーを羽織ってて、セーラー服の丈だっておへその上までしかないから、おへその下の肉球模様のタトゥーまで見えちゃってます。
校則違反の権化ね、まったく! でも今は服装なんて二の次です。
「なーにがフツーの配信よ! 思いっきりレズ行為してたでしょう、あなたたち!」
「えぇ~、タマ、なんのことだかわかんないですけどぉ。ナモはわかりますかぁ~?」
「あーしもさっぱりですナー、いやまったく。兎浪さん、われわれ、身に覚えがないんでー、証拠あるんなら見せてほしいんですケド? じゃないと賠償案件になっちゃうゾ☆」
そう来ると思ったわ!
科藻さんはこんなかっこをしてるわりに意外と頭がいいところがあって、何度も出し抜かれた経験があります。わたしは勝ち誇った笑みを浮かべて、クロスで撮影した画像を見せびらかしました。
「いいわ、見せてあげます。これが証拠よ!」
ふたりはそろって顔をひきつらせました。
「えぇ~、兎浪先輩、これ今撮ったやつですかぁ~? やばぁ~」
「おーう、これマ? てか後輩がえっちしてるとこ盗撮する? じょーしき的に考えてサ……兎浪さん、ドヘンタイすぎるっしょ?」
「は!? え!? あ!?」
「このクロスのなか、みんなのえっち画像まみれだったりするんじゃないですかぁ~?」
「んなあ!? 失礼しちゃうわね! わたしだって撮りたくてとったわけじゃないし! 今回が初めてだし! あなたたちがいつもへりくつこねまわすからだもん! と、とにかく、これが動かぬ証拠よ! 生徒会に報告して、今回はみっちり罰を受けてもらいますからね!」
「うっげ……。兎浪さんや兎浪さんや、ごしょーだからそれだけはやめてほしいナー。半年前に一ヶ月奨学金止められたとき、まーじ生活キツかったんすから……」
「それなぁ~。タマも副会長にめっちょめちょに怒られてメンブレっちゃってぇ~、三日ぐらい寝込んじゃいましたよぉ~。思い出しただけでつらたぁん」
「だめよ! 規則は規則です! まじめに百合配信してないあなたたちがわるいの!」
生徒会室に直行しようとしたわたしの両腕に、タマさんと科藻さんがぴったりしがみついてきました。
「ちょ、ちょっとあなたたち……」
「まあまあ、いったん落ち着こ、兎浪さん。これ誤解だからサ、ホント」
「タマたちにぃ、弁明させてくださぁ~い」
両側からむわっとする熱気と、フローラル系のオーデコロンの匂いが包みこんできて、くらくらしてきます。ふたりとも着衣が乱れまくりで肌が見えすぎだし、なんかほかほかしてるし……ふともも! なんかねちょねちょしてない!?
ぅぇっぷ、吐き気が……。
タマさんのきれいにやすりがけされ、緑のネコちゃんが描かれた爪が、画像を突っつきます。
「よく見てくださいよぉ~、これ、ここ。タマの指。見えますかぁ~?♡」
「うぅぅ……い、言われなくても、見えてるわよっ」
「にゃふ♡ 兎浪せんぱぁい、うそはよくないですよぉ~♡ 見えてるわけ、ないじゃないですかぁ。だってほらぁ、ナモのからだが陰になってて、タマの指がどうなってるかは、見えないですよぉ~?」
「な!? そ、そんなの触ってるに決まってるじゃない! いんちき言わないで!」
「どこに、触ってるんですかぁ?♡」
「ぇう……そ、それは……触っちゃいけないとこよ!」
「にゃっふふ♡ よくわかりませんねぇ~♡ 触っちゃいけないとこならぁ、触ってるわけないじゃないですかぁ? タマ、おばかなのでぇ~、ちゃんと言ってくれないとぉ、どこかわかりませんよぉ~?♡♡」
「くぅ……! せ、せい……うう……、じょせ……、んぐ……お、おめ、おま、おまたのところ、よ……!」
「にゃふにゃふにゃふ!♥ 先輩顔まっかっかぁ~♥ もきゅーい♥」
「うううっさいわね! とにかく! そこよ!」
あー! あっつ! 顔、あつっ! 汗!
「くっしし、ダメダメ、兎浪さん、決めつけはよくないゾ。兎浪さんが言う、そこに触ったっていう証拠でもありゃべつですケド」
証拠!? い、いえ……たぶん、どこかにあるはずよ、かならず、ぜったいに……だって事実なんだから……あ!
わたしはタマさんの右手首をつかみました。
「証拠ならここにあるわ、ほら!」
「えぇ~、なんなんですかぁ? 急にぃ。こわぁい」
「すっとぼけないでちょうだい! ほら、あなたの指、ぬ、ぬ、ぬぬっぬ、濡れてるわ! 科藻さんのふともももも!」
「にゃは♡ たしかに濡れてますけどぉ~、おんなじ液体とは限らないじゃないですかぁ~」
「ぐぬぅ……! そ、それは……!」
「それともぉ、たしかめてみますぅ? そうですねぇ、タマの指と、ナモのあそこ……舐めてみて♥ おんなじ味がする♥ っていうなら、タマたち、えっちしたって♥ 認めちゃうかもぉ~♥」
「なみ゛ぇ!? そっ、そそそんなばっちいことするわけないでしょ……!」
ぅ……、暑すぎて、なんかぼーっと、してきた……倉庫のなかにいるせい……? ぐらぐら、
「くしし♥ 兎浪さん、黙っちゃってかーわい♥ あのサー、兎浪さん、百歩譲って、仮に触ったとしてもサ、それがえっちとは限らなくなーい? われわれ、まがりなりにもカップルなんだから、コミュニケーションの一環として、スキンシップぐらいしますがー?」
「へ、へりくつよ、そんなの! 女の子が、女の子の、あ、あそこに触るだなんて、そんなのたぶんっ、えっちに決まってるわ、ぜったい!」
「えぇ~、やだぁ♡ そんなこと言ってるの、先輩だけですよぉ~♡」
「兎浪さん、いっつもそんなえっちなことばっか考えてんの?♡ 頭んなかえっちだらけかー?♡」
「むっつりすぎぃ♡ えちえちJKだぁ♡ うけるぅ♡ 草草の草♡」
「うぐぅ、ちが、ちがぁ、ちがくて……わ、わたしは、えっちじゃ、ないったら……! だ、だって、えっちなんて、したこと、ないもん……!」
左右からなじるようなふたりの声が……頭のなかで、ずきずき、する。汗、すご……セーラー服、べったり貼りついて……。わたし……ナメクジか、ウナギにでも、なったみたい……。
「てかさてかさ、べつにえっちでもよくなーい? なーんでえっちなのはダメなワケ?」
「そ、それは、校則で、決まってるから、で……」
「どおして校則で決まってるか、ってことを訊いてるんですけどぉ~?」
「そ、れは……。あっ、あぶない、からよっ。誤って、レズ行為が、配信でもされたら、世界中にガンをばらまいちゃうことに、なるのよ……! だから、えっちなことは、いけないの……! わるいことなの……!」
「したらたら、だれにも見られなかったらおっけーってことじゃーん?」
「んぇ……で、でも……でも……じぇ、JK同士でいやらしいことをするなんて、異常よ……! だ、だって、そういうこと、するのは――」
するのは――。
するの、は……?
あれ――。
なんで――。
「先輩、頭かたすぎですよぉ~。えっち自体は、いいことづくめですよぉ~?」
「なかよくなれてー」
「きれいになれるしぃ~」
「コスパさいつよだもんナー。なにより――」
「最っっっ高にきもちいですしぃ♡♡♡」
「っ……」
「兎浪さん、したことないからわかんないっしょ?」
「ためしてみたら……案外わるくないかもですよぉ♡♡」
「えちえちJKなら、ドハマリしちゃうカモ……♡」
「っ……、はっ……、はっ……、はっ……、ば、ばかに、しないで、ちょうだいっ……!」
視界……ぼやけて……あまい、におい、むんむん、で……わけ、わかんな……。も……むり……、きもち、わる……。空、気……。
――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。
ぐらぐら、ぐら。
湿った、ささやき声。
ぷるぷるの唇に塗られた、淡ピンクのリップ……。たしか昨日発売したばかりの……
「くし……♥ おーい♥ おいおい♥ だいじょーぶかー?♥ 息、めっちゃ荒いケド……♥」
「ひゃんっ……!」
ぼそって、吐息が耳にかかって、びくびく。
「ら、らいじょ、ぶ、よ……、ん……やぁ……、ね、ちょ、と、離れ、て……」
「にゃは……♥ じゃあじゃあ先輩♥ おためし♥ して、みますかぁ?♥ ちょこーっとだけ♥ さきっぽだけ♥ えっちが、どんなのかぁ……♥」
そっ……て、タマさんの手が、濡れた、手が、わたしのふとももに、ぬ、ちゃぁ、って。置かれた、瞬間。
ぞぞぞぞぞぞぉ……! って、悪寒。皮膚の下に、包丁をぞりぞりねじこまれたみたいな、冷たい激痛。
「んぎゃあ!?」
わたしは蹴っ飛ばされたウサギみたいに飛びだして、距離を取りました。
「ななっ、なにするの!? ばっちい手で触らないでちょうだい!」
「ありゃりゃ、っかしーナー。まだはやかったかー。夢んなかなら確実に落とせてたんだケド」
「えぇ~、ばっちくなんかないのにぃ~。ぇろんっ♡」
「~~!」
タマさんが指にまとわりついた液体をぺろんぺろんと舐めとっていくのを見て、ますます鳥肌が立ちます。
しょ、正気じゃないわ……! う゛ぉえ……ホントに吐きそ……ぐるぢ……。
「くししっ、まーでも? うまいこと
「え? あ!? そんな! 激写写真がどこにも見当たらないわ!?」
隙を見て横から操作されたのかもしれません。というかそうに決まってます。クロスに保存されていたはずの証拠は、きれいさっぱりなくなっていました。
ぐぅぅ……! してやられたわ……! こんなのいんちきよ!
科藻さんが鞄を拾いあげて慰めるみたいに言いました。
「兎浪さん、われわれサ、これでもいちお、体面は整えてんゾー?
「さんざっぱら兎浪先輩にガミガミ怒られてますからねぇ~、にゃっはっは」
「なにを開き直ってるのよ! 風紀を乱して世界中を危険にさらしてるんだから、怒られて当たり前です! お金が必要なのはわかるけど、そのために規則を破っちゃダメ! あなたたちだって、"
「きょうび、ただの百合じゃなかなかきびつぃーんだナー、これが。それとも――、世界のみんなを救うために、あーしの家族に飢えろっての?」
「え!? い、いや、それは――」
「ま、兎浪さんにんなこと言ってもしゃーないってのはわかってますケド。てか、まだかわいいもんよ、われわれ。ホントに」
「ホントにホントにぃ」
「ちゃらっぽこはやめてちょうだい! あなたたちはペンシー女子高どころか、J.K.中でいちばん風紀委員に勧告を受けてるカップルなのよ! この学校の風紀を取り締まる身として、ホントに恥ずかしいんですからね!」
「はぁ~、じゃあトクベツに教えてあげますけどぉ~。ペン
「そーだナー、手軽なとこだと、クロスで録画したえっち映像を、画面直撮り配信とか」
「窓の外に鏡置いてうぉっちゃんに映させたりとかぁ~」
「あと部屋にむりやりうぉっちゃん引っぱりこんで配信したりとかするやつもいるゾ。ま、さすがにどれもバレたらガチ退学だからわれわれはやんないケド」
「な、な、な……! それ、ホントなの!? 初耳なんだけど!? いんちきにもほどがあるわ!?」
J.K.最大の禁忌――
みんな、まじめに百合をしてたんじゃないの……!? まじめに、パートナーとなかよくして……世界からガンを取り除こうとしているんじゃなかったの……!?
寮の個室のなかまでは風紀委員の監視の目は届きません。それは、JKたちのプライベートを守るために、ザ・ウォッチャーの進入禁止区域になってるから、必然的に
それを逆手に取るなんて、なんて許しがたい悪行なの……!
「……兎浪さんや兎浪さんや」
「な、なによ……」
「あんた、友達おらんでしょ」
「な!? い、いるわよ! 風紀委員の子たち……とは事務連絡しかしてないけど、本好きつながりの後輩とか! 生徒会長とか、副会長とか!? クラスの子とかも!? ときどき話したりするし!?」
「ときどきて」
「にゃは。せんぱぁい、ホントそういうとこだぞぉ~。もっと友達つくって、情報網広げてかないとぉ~」
「そのためにゃー、まずそのガミガミお説教するのやめるとこからですナー」
「わっかりみぃ」
言われなくてもわかってるわよ、わたしに友達がほとんどいないことは!
……でも、今聞かされたウリの方法は、ホントに目から鱗というか、耳から青虫と言うか……真実なら、ゆゆしき事態です。
「ほんじゃま、もう証拠もないですし、今のが情報料ってことで、今日のとこはおとがめなしで頼んまーす。タマちん、腹減ったし気分転換にぽよりに行こー」
「はいなぁ~。ナモのおごりですかぁ~?」
「んなわけないっしょー。バイトの給料日前だし、今月やばばちゅってんじゃん」
「あとでお部屋でなんでも言うこと聞くって言ったらぁ~?」
「えー……、しょうがないナー。一杯だけだゾ」
「にゃふにゃふにゃふ♡ あざお~♪」
打ちのめされたわたしをほったらかして、ふたりはいちゃこらしながら街に繰り出していきました。
わかってます……わかってはいるんです。わたしだって、友達はほしい。ほかのJKと、おしゃべりしたい……。でも、どう接したらいいのか、わからないんです……。
そりゃあ、みんながみんな、あのふたりみたいに風紀を乱してくれればそれを口実に話しかけられますけど? そうでもなくっちゃ、あのふたりだって正直なところ、近づくことすらも怖かったんです!
だって――夢魔JKだなんて、わたしの国にはひとりもいなかったんですもの! なんで羽と尻尾が生えてるのよ!? ほかにもスライムJKだの幽霊JKだの首なしJKだの巨大JKだの……まるで本のなかの住人です。ファンタジーです。いんちきです。どうしてみんな、ふつうにしていられるんでしょう。
いえ、種族とか姿かたちとかは、慣れることもあります。いちばんの問題は――。
世界のためとはいえ……女の子同士で、お付き合いする、だなんて。
あたしの故郷のスフィア・ミンスターは田舎過ぎてサイマトネットなんてなかったので、Yu-Liveが配信されてませんでした。だからJ.K.に来るまでは、百合なんてまったく知らなかったんです。だけどわたし以外のJKは、みんな、百合を当たり前だと思って育ってきたみたいで、ふつうに受け入れていました。
わたしもすぐに、世界の平和のためにはJK百合がなくてはならなくて、栄誉ある活動で、わたし以外にとっては、JK同士がカップルになることはなんにもおかしなことじゃないんだってことを思い知らされました。でも――。
ということは……わたしがJ.K.で暮らしていて、ほかのJKとなかよくなるってことは、ともすればわたしも――だれかと、そうなっちゃう可能性がある――ということ――?
そう考えちゃうと、なんだか無性に、こわくてこわくてたまらなくなっちゃうんです。
……わたし、ホントに、どうしてこんなところにいるんでしょう……。
気づいたら、ここにいた。
それぐらい、J.K.には違和感と疎外感しかない、わたし。
受験したことすらなんだか曖昧もことしていて、冗談抜きに、夢か本のなかのような、べつの世界に迷いこんでしまったみたい。
わたしは重いため息を吐いて、倉庫の扉にくくりつけられていたザ・ウォッチャーを解放してあげました。そして戸締りしようとして……放置された二枚のぱんつに気付いてしまいました。
うう……、なんかしっとりしてるわ……!?
でも見つけたからには放置できません。わたしは明日渡してあげようとポケットにふたりのぱんつを突っこんで、倉庫をあとにしました。