百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage III progression - 進行 -
/part 8 陰謀の怪物
いつもわたしたちが日報会で使ってる食堂のテーブルに、通話保留状態のYuritchが置かれていました。がす子さんが応対するようにお願いしたのは、魔零さんでした。
「え? チオにです?」
「はい。メッセージが入っていたので連絡を取ったとのことです。
「え!?
「ただ、本人かどうか確定するまではこちらの情報開示は重々注意してくださいね。チューナーのセッティングが完了した途端かかってきたので、がす子的には心底懐疑的なのです」
「はーいっ、かしこまり!」
魔零さんはびしっと敬礼しました。
「あ、もしもーし、單ちゃん? チオでーす」
『おー、マジでまれーですなぁ。しばらくぶりぃ』
かなり雑音まみれですけど、寝起きのように眠たげというか、緊張感のない間延びした声がなんとか聞き取れます。
集中して挑まねばならない――のに、わたしは、ずっと……ほっぺたにちくちく突き刺さる視線が、気になって。
「
『あー、母上なぁ、学会で忙しくてまだ国にすら帰ってきてないよぉ。そっち行っちゃったまれーより会ってないもん』
「あっはは、あいかわらずー!」
わたしたちにウィンクする魔零さん。たぶん本物、ってことね。
「てか單ちゃん、どやってこれに連絡できたんです?」
『添付ファイルは壊れてたけど、本文は断片的に読めたんだよねぇ。んでぇ、送信元に連絡しようとしたけども、回線死んでたじゃなぁい? だもんで、母上の"
がす子さんがふむふむと感心しました。
「なるほど、そういえばこのYuritchでメッセージを作成して転送していたんでしたね」
「え、ちょっと、どういうこと?」
わたしにはちんぷんかんぷんです。
「量子通信をエアに応用したものですね。伝達できるのはせいぜい音声だけで、外乱の影響を受けやすく、傍受も簡単ゆえに、まったく流行りませんでしたがね。今日び、使用者もおらず監視されている可能性は少ないと思いたいところですが、いささか不安は残ります」
『あー、そこはだいじょぶかなぁ。傍受されても量子通信同様、検知は容易だし、暗号化もちゃんとしてるんでぇ』
「ふむん。失礼ですが、あなた、有能ですか?」
『失礼だなぁ、超有能だぞぉ、ぼかぁ。これでもサイマトのスーパーエンジニアとスーパーダイバーの娘なんだから。だれだか知らんけど。どちらさま?』
「これはほんとうに失礼を。ナチュラルキラーサイボーグドラゴニュートJKのがす子というものです。魔零さんの同志です」
『あ、これはどうも。僕は
「しかし、とはいえ、このままでは音声でしかやり取りできませんね。こちらで用意した回線に切り替えましょう」
『あー、そうしてもらえるとめちゃんこ助かるぅ。機材動かしてそろそろ三十分になるから来月の電気代やばたんだったんだよぉ』
折り返し通話をかけてから、いったん、自己紹介タイムを挟みました。映話もできたんですけど、"今ちょっち身内以外に見せられる状態じゃないんだよねぇ"ということで、Yuritchの画面に映っているのはアニメ調のかわいらしいタヌキのアイコンでしたけども。
「さっそく連絡を取ってくれてありがとう。あなたが噂のジャーナリストなのね」
『ジャーナリストってより、下請けの三流ライターってとこかなぁ。"ワイワイしてる系の記事"つくるの専門でねぇ』
「わいわい? ってなにかしら? パリピ向けの記事ってこと?」
突然、焦って取りつくろうようにわたわたしはじめる魔零さん。
「あ! えっとですね、リナちゃん先輩、單ちゃんが書いてるのは、えーっと、その」
『いあ、パリピちゃうくて。えー、そうだなあ、こういう記事なんだけどねぇ』
Yuritchにぱっと表示されたのは週刊誌のコラムでした。
「あー! だめですって!」
タイトルは――「どこどこのスフィアでは母親は、JCの娘が成績を落とさないためにあれやこれやをする」とか「どこどこのレストランでは、食事の前にその材料となる動物と獣姦する文化がある」とか「どこどこのファーストフード店では、JKが性的狂乱状態になる」とか「どこどこのスフィアの性教育は、初めに性行為、レズレイプの方法を学ぶ」とか。とかとか。とか。
魔零さんがあちゃーという顔をしてます。
『そんな感じの、事実無根だけど一定の需要がある記事をはした金で書かされてるんだよねぇ。まあ学生の片手間にやってる
わたしは首が熱くなるのを感じながら慌てて表示を消しました。
「な、なによそれ! いんちきじゃない!」
「……失礼ですが、この方はほんとうに信用できるんですかね? むしろいちばん提造して発信しそうなんですが」
さっきまで有能と評していたがす子さんもお得意のドリルばりに手のひらを返しました。
『や、そこはまぁ、身内助けるためなんで本気出しますよ。無許可で機材動かしといてしくったなんてばれたら、母上にもぶっころされるし。あー、それで、そっちの状況教えてほしいんですけどねぇ』
不信感はかえって膨らみましたが、ほかに頼れるひともいません。わたしはサリンジャーさんのこれまでの行いについて、單さんに説明しました。
單さんはひどく嘆かわしそうな声音で言いました。
『えー、なんじゃそれ。えっろ。レズランド? JKとやれんの? 僕も行きてえわふつうによ……』
音波さんが嫌悪感を丸出しにしました。
「ホントにこいつ信用するわけ?」
『や、すんませ。すけべの血がつい。でもおおむね、地上で発表されてる内容とおなじですねぃ』
「地上ではどんな反応なのかしら?」
『まあ賛否両論ですわなぁ。レズ需要が高まって社会不安が起きてるのはまちがいないのでJKPを支持するのと、JKの人権を守護れってのと。でもJKPがJKはみんな同意してることを確認した、って断言してて受け付けてない感じっす。JKのナマのお気持ちの声の動画でもあれば、世論は傾くんじゃないすかねぇ、やっぱ』
「わかった、あとで訴状の動画を送るわ。それで記事を書いて発信してもらえる?」
『ういうい、まかしち。はりきってやっちゃう』
「……信用していいのよね」
『そこはもう。今までうだつが上がらない三流以下のライターだったけど、ようやく訪れた売名チャンス。逃すわけないですわぁ』
「頼りにしてますからね、ホントに」
『あー、あとサリンジャーについても、なんかわかったことあるなら教えてほしんだけどねぇ。地上じゃ、サリンジャーは何者かって議論が紛糾してるもんで』
「あ、それはこっちでも気になってたことなの。その……レズデリヘルのワールドチャンピオンって自称してたけど、そこからなにか素性は探れなかったの?」
『やーや、それがむつかしいのよ。僕、母上に内緒でしょっちゅうレズデリヘル呼ぶんでまあまあ詳しいんだけどもさ、あの業界、とにかく競争激しくって、一位取っても次の日には千位まで転落なんてふつうだから、だーれも一位だなんて名乗ってられないんだよねぇ。ただ――過去にひとりだけ、何年もワールドチャンピオンでありつづけた"伝説のレズデリヘル嬢"がひとりだけいるよねぇ?』
「いるよねぇ、って言われてもそんな業界のことなんてわからないわよ! こっちはJKなのよ!」
『あれぇ、知らない? J.K.のJKなら、みんな知ってるもんかと思ってたよぉ。だってそのレズデリヘル嬢って――予岐 佐波だから』
R.U.R.みんなが、凍りつきました。
『でもありえないよねぇ。だって千年前の人間だしぃ、てことで、地上ではサリンジャーってなにもんやねん、って話になってんだぁ。……あれぇ? もしもーし。切れたぁ?』
「ううん、ごめんなさい。ただ、びっくりしすぎて。実は――」
わたしは図書委員の推測、すなわちサリンジャーさん=予岐 佐波説について打ち明けました。
『なるほどなぁ……。うんうん、足掛かりとしてはわるくないねぇ。ただ、証拠としてはだいぶ弱いかなぁ。むしろ気になるのは、そのダークエルフの秘薬とかいうやつかぁ。死者蘇生だなんて眉唾もんだけど、事実ならそのあたり調査すればなんか繋がってくるかもだ。なんかもっとネタほしいなぁ。なんかないかなぁ? サリンジャーの身の回りのもんでさぁ』
「そいや、前々から思ってたんだがよ」
深淵さんが同意を求めるようにR.U.R.のみんなの顔を、ディープブルーの眼だけでぐるっと見回しました。
「やっこさん、エアライデン製薬の薬をやたら使ってねえか? レズド雨にしろ、麻薬にしろよ」
「あ、たしかに、そです、ね。本人も、工アライデン製薬の製品、信頼してるみたい、でした、ね」
『あー……エアライデンかぁ……。むーん……』
なにか思い当たる節があるように、單さんがうんうんうなりました。
「どしたの單ちゃん? らしくないなー。R.U.R.のひとたちありえないぐらいメンタルガチムチだから、言いにくいことでも遠慮しないで、なんでもずばって言っていいよー?」
魔零さんのことばはJKとしては心外だけど、否定できないわね……。
『やーや、言いにくいっていうか、そもそも裏が取れてないっていうか、ネットでちょいちょい騒いでるやつがいるだけの陰謀説で、信憑性五パーぐらいなんだけどねぇ。エアライデンがらみの』
「單ちゃん、ほんっと陰謀説好きだよね。で、どんなんです?」
『くだんのガンの特効薬、ガンコロシンだったっけ。あれなぁ、実は完成したとか
「ああ? いやそれはねえだろ。だってよ、そもそもの発端がガンコロシンができたからJ.K.不要になったっつー話だったろ? そこが崩れたら連中の主張、全部破綻すんじゃねえか。そこまでアホじゃねえだろ、JKPもよ」
『……や。や。や。それが、あながちたわごとでもなさげなんすよねぇ的な。ってのも、ガンコロシンをつくったエアライデン製薬、たぶん裏でJKPと繋がってるんすわ。
エアライデンはスフィア・ドーゴの企業で、もとはスフィア・ウォルトのH&Cインダストリ傘下だったんだけど、十年前の
10年前のQショックをなんでかうまくしのいだニッポンだったけど、ここ数年、生産力で世界にどんどん負けはじめちってんだ。おもに金融恐慌から復活したH&Cインダストリに押されてペンデュラムズが落ち目になってるのがかなりデカい。
てのは、ペンデュラムズは昔っから実質的な子分の会社つかってパテントトロールとか風説流布したりとかスパイ潜りこませたりとかその他諸々、妨害工作には長けた連中でさぁ。それこそその道じゃ地球上最強レベルなの。てかま、ぼくのバイトもペンデュラムズの五次請けらしいんだけども。そんでま、H&Cインダストリ相手に訴訟起こして邪魔すんのも、あすこの事業のひとつみたいなとこあったんだぁ。
けども、それが、H&Cインダストリに対策を取られて失敗してるらしくって。なんでも、チャーチ家のご令嬢がウィルス結晶を使った"超巨大人工知能"? とかなんとかをつくって、それで未来予知ぽいなんかして、完壁に予防するらしいんですわぁ。そのせいでペンデュラムズの妨害がぜーんぶかわされて、その妨害の恩恵にあずかってたニッポンの企業たちも負けて、他国にどんどんM&Aされちったりして……というわけ。
だから陰謀論好きな連中がこういってるんすわぁ。ニッポンがペンデュラムズに命じてエアライデンズを動かして、生産性のないレズ奴隷を世界中に送りこみ、さらにガンを蔓延させ優位に立とうとしてると。それがザ・キャッチャー・イン・ザ・L計画の真の目的、ペンデュラムズの
……うーん、なに言ってるのかひとつもわからなかったわ……。
「あの、單さん、わるいんだけどもっとわかりやすく教えてくれないかしら?」
『えぇ、これでもJK向けにわかりやすく相当ざっくり説明したつもりなんだけどなぁ。ほんとにわからないのぉ? これっぽっちも? リーダーちゃん、あんまし成績よくない?』
「ぐ……! しょうがないでしょ、あかちゃんなんだから! えるふさんもわかんないわよね!?」
「む? えるふ、よくわかった。つまり、なんもかんも、かいしゃがわるい」
「そんな……」
えるふさんが理解してるだなんて。なんだかすごく負けた気分だわ……。
「いやチオでもわかりましたけど。ひょとして先輩、結構頭ぷーです?」
「んまっ! そこまで言わなくてもいいじゃない!」
などとわちゃわちゃやってるそばで、音波さんはきれいなお顔をしかめていました。
「パーパ……、どこかで聞き覚えがあるような……。ちっ、もどかわしいわね。ここまででかかってるのに」
「てめえは知ってるはずだろ、音波」
「は?」
深淵さんの意味ありげな視線を受けて、音波さんははっとしました。
「……思い出したわ。カトリナに、"アーロン"って呼ばれてたやつね。……あたしを、改造したやつ」
今度は深淵さんが眉をひそめる番でした。
「あ? あのきざってえクソヒゲメガネ野郎か? カタリナの腰ぎんちゃくの?」
「そうよ。ほかにいるわけ?」
「……それマジか? アタシもあんにゃろに……くそ!」
「はあ? あんたが言い出したことでしょ? なに言ってるわけ?」
「いや、パーパつったらよ、
「は? それホント? むしろそっちが初耳なんだけど」
「あ? いやいや、なんでだよ。てめえの姉貴の話だぞ。なんで知らねえんだ」
「興味なかったもの、そんなの」
「そんなのて。にしても、くそ、あんなやつに言葉が嫁ぎかけてたのかよ!」
「……ちっ。むしゃくしゃするわね」
パーパという人物で盛り上がってる(?)ふたりの隣では、えるふさんがみるみるうちに表情の乏しい童顔を青ざめさせていっていました。
「パーパ……えるふも、ききおぼえ、ある……。たしか……えるふの森でたすけたことある……ダークエルフの秘薬、もとめてきたやつ……」
どんな相手にでも戦争をしかける勇敢なえるふさんのものとは思えない、ひどくおびえた声。
「そうだ、ああ……そいつのせいで……怪物、やってきた……。怪物、えるふになった……。森、焼けた……。うう、あたま、いたい……」
両手で顔を覆うえるふさんの背を、がす子さんが沈痛な面持ちで撫でさすりはじめました。
わたしは困惑するばかり。
「え、え、どういうこと!?」
意外な、 接点。まさか三人も、パーパと接触していたなんて。食堂の温度が一気に百度も下がった気がしました。妙な薄ら寒さを覚えます。
……いえ。いえ。いえ。わたしも、脳の片隅に、その名前のかけらが転がっています。たしか――マロンさんも!
あの襲撃の日、その名前をくちにしてた、気がします。マロンさんも、パーパと面識があった――。そしてチャーチ家の令嬢といったらマロンさんです。
それに、そうだわ、あの夜! マチが、教えてくれました。H&CインダストリがQショックからの復活を果たしたのは、マロンさんとこころさんが新しいコンピュータかなにかをつくったからだって!
であるとすれば、パーパにとって、ペンデュラムズの野望を阻止したマロンさんは憎くてたまらないはず。つまり、もしかすると。
ザ・キャッチャー・イン・ザ・L計画って――マロンさんが妨害対策を取った逆恨みだったってことになるんじゃないかしら? だからサリンジャーさんはマロンさんのことをあらかじめ知ってて、真っ先に狙ってきた……!?
わたしがそのことをみんなに話すと、單さんがまたうなりました。
『むーん……。てとは、ご令嬢を人質にとるのも作戦のひとつだったかもですなぁ。あれ? ならH&Cインダストリはまったく動けない感じ? あ、やべー、外部の協力ちょっちあやしくなってきたかぁ?』
「え、ちょっと待ってよ、單さん。どういうことなの?」
『や、H&Cインダストリの影響力考えなよぉ。あすこが手ぇ出せないってなったらほかの関連企業もスフィアも動けないに決まってるじゃんかさぁ。あー、だからH&Cインダストリ黙ってたのかぁ。
や、Yu-Live配信でJ.K.にご令嬢がいんのは知ってたけどさぁ。顔いいからチャンネル登録もしてるしぃ。そうかぁ、捕まっちゃってたかぁ……。あ、で、つかぬことを聞くんだけどぉ、ご令嬢、もうレズ奴隷にされた感じ? いつから指名できんの?』
「んもう、單ちゃん! 空気読んで! 先輩ちゃんたちドン引きしてて紹介したチオすんごい気まずいから!」
『あ、すんませ。まあでも、ペンデュラムズやニッポンやらが糸を引いてるってのは、結局のとこ、どこまでいっても陰謀論なんだけどねぇ』
深淵さんが、ぞっとするほど暗い紺碧の右目をすがめ――がす子さんに低く告げました。
「……おい、もういいだろ。いい加減吐いたらどうなんだ、がす子」
えるふさんを慰めていたがす子さんは、無言。
そういえばがす子さん、さっきからずいぶん口数が少ないわね。いつもは積極的に考察を交えた意見をしてくる子なんですけど――。
深淵さんはさらに問いました。
「パチンジャーをサポートしてんのはエアライデンで、そのケツモチはペンデュラムズ、パーパってやつが黒幕。そうなんだろ?」
「……がす子には、わかりません」
「わからねえだ? んな話があっかよ。知ってやがんだろ、なにもかもよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ深淵さん、いきなりどうしたの? どうしてがす子さんを急に責めはじめたの!? がす子さんが知ってるわけないじゃない!」
「いいや、知ってるはずだ。すました顔しやがって、いい加減ゲロったらどうなんだ――ガスパリラ・"エアライデンP218"・ガラスミスさんよ」
「え!? ……今、なんて……?」
がす子さんは――かすかに首を横にふりました。
「たしかに、がす子の個体名称は、黒暗淵さんがお呼びになった名前でまちがいありません。ですが、この計画についてはほんとうに、なにも知らないのです」
「どう信用しろってんだ?」
がす子さんは静かに深く息を吐きました。
「がす子は……過去、まだドラゴンであった頃、とあるスフィア間戦争中に脳の大半を欠損して機能不全に陥ったことがありました。最初のがす子のいわゆる自我と呼ばれるものは、その際にほとんど消失しました。ところがその後、敵国に鹵獲され、脳を修復されると同時に戦闘用Alをインストールされました。脳に残っていたわずかな自我、記憶、そしてそこに加えられたAlが形成した意識、それが今のがす子です。
その脳の修復作業、Al実装を施したのが、エアライデン製薬でした。処置を主導していたのは――みなさんご存じ、パーパ。がす子の脳を修復するのには、PAPAIRが用いられました。そう、神経を接続し死者をよみがえらせるダークエルフの秘薬の原料です。
それから、ペンデュラムズで肉体のサイボーグ、およびドラゴニュート化改造を施され、ただのドラゴンからナチュラルキラーサイボーグドラゴニュートゾンビーへと姿を変えられたがす子は、それ以来エアライデンズに忠実に働いてきました。ところがある任務の最中、ずっと探していた昔の友人の足取りを偶然見つけたのです。
がす子はPAPAIRによる制御、条件付け、遠隔操作を断ち切る方法を発見していました。がす子はそれを用いて、エアライデンを離れ、自由になりました。もちろん、多大な犠牲を払いました。電力供給を断たれたのでカエルなどを飼育する羽目になったり、まあ、さまざまな犠牲を。
それでも、がす子はどうしてもその友人に会わねばならなかった――。 そうして、J.K.にやってきたのです」
そこまで語り終えると、がす子さんははじめてひどく沈痛な表情を見せて、うなだれました。
わたしはそっとがす子さんの肩に手を乗せました。
「……ありがとう、がす子さん、話してくれて。深淵さん、がす子さんのこと、なにか知っていたの?」
ばつが悪そうに頭をかく深淵さん。
「んや。最初から、怪しんでたってだけだ。こいつはあまりに情報を出さねえ。それが気に食わなかったんで、監視してんだ。個人的に、パチンジャーがやたら名前を出すもんだから、はなからエアライデンは敵っつー認識は持ってた。こいつの名前がエアライデンってことをエルクトンのやつから聞いたときは、ずいぶん警戒したもんだぜ。
けどよ――、その頃には、こいつを仲間と思うようになってたんだ。だからたとえスパイとかだったとしても、こっちに引きこもうとして、むりくり暮らす委員の委員長にさせたんだよ」
「……ふむん。警戒されているのは、わかっていました。なのでてっきり、がす子をそばに置いておいたのは、がす子を一撃で一瞬で仕留めるすべを持つのは黒暗淵さんだけ、という理由かと想像していたんですがね」
「あ? それもあんに決まってんだろ。てめえが裏切ったら、その責任はアタシが取るつもりだったさ」
「そこまでがす子のことを考えて頂いていたとは。うれしい限りですよ、ぶっちーママ」
「ママじゃねえっつの。今度ふざけたこと抜かしやがったらその舌引っこ抜いて"ドラゴンタンシチュー"にしてやるからな」
「それはずいぶん食欲をそそられますね。ですが舌がないと味がわからないので、ドラゴンタンシチューのドラゴンタン抜きにしてもらえますかね?」
「ほざいてな、おちゃらけドラゴン」
えるふさんが、ゆっくりと顔を上げました。ぽつりぽつりと、かすれたことばがあふれてきます。
「……おもい、だした……。ダークエルフ、みんな、どらごん、いっしょにくらしてた……。ともに戦争する、あいぼう。えるふ、にも……いた、あいぼうのどらごん……。えるふの森で、けがしてた、ぱーぱ、いっしょにたすけた……。
ああ……おもい、だした、おもいだした、おもいだした……。パーパ、おれいに、うまいめし、もってきた。てんごくもぶっとばすくすり、もってきた……。それで……それで……えるふと、どらごん、しゃべって、しまった……。ダークエルフの秘薬のこと……ぱーぺあのこと……ダークエルフのやみのなかの、ひかりのこと……。
それで……。それで……。くすりで、おかしくなって……えるふ……ちがう……ガスパリラが、まぼろしのなかで……森に、火をつけた……。ああ、そうだ……怪物のなまえ、おもいだした……。――ガスパリラ、それが、えるふの森ほろぼした、怪物。――えるふの名前。
それから……"やみのなかの、ひかり"がやってきた……。みえざるひかり。いちぞくのたましい。ひかり、ガスパリラをつつんで……えるふは、すべてのえるふになった……。あつい……くつう……あつい……ぞうお……あつい! やける! ぞうお!
ぱーぱ、ダークエルフの秘薬ぬすんだ、すぐわかった……。怪物は、にんげんにもなった……。えるふ、
「……はい。おひさしぶり、ですね」
「ああ……! すまな、かった……えるふの、えるふの戦争のせいで、 みんな……!」
ぽろぽろと大粒の涙をあふれさせながら、えるふさんががす子さんの腕にすがりつきました。その小さな背中を、ぽんぽんとあやすがす子さん。
「あの……えっと? どういうことなのかしら、がす子、さん?」
「……えるふさんのダークエルフとしての名前は、ガスパリラというのです。そしてAlと融合する前のがす子のほんとうの名前は、ガラスミス。
J.K.を受験したときの名前は、サイマトネットに登録されている名前ですが、この名前はエアライデンに再生されたのちに、登録したもの。がす子の希望で、いつかえるふさんに見つけてもらえると思って、ガスパリラの名前を使わせてもらっていたのです。……あいだに余計なものを挟まれてしまいましたがね。ですがようやく、こうして再会を果たせました」
「がす子……えるふを、にくんでないか? えるふのせいで、なにもかもうしなった。どらごんたち、戦争にやぶれ、なきがらすら、やかれてしまった……」
「……ええ。むろん、最初は憎悪していました、あなたを探していたのも、見つけ出してJKに来たのも、あなたに復讐するためでしたから。
アルフヘイムが焼けた直後、古より伝わる藻類を介したダークエルフの"共同精神体"を引き継ぎ、種の魂そのものに乗っ取られたあなたはただの戦争機械となりはてていた。かつてのしあわせな記憶はすべて奪われた。
がす子は、ダークエルフの種族を激しく憎悪しました。仲間たちの無念を晴らすため、そしてあなたをダークエルフの魂のくさびから解放するために亡き者にするつもりだった。しかし六日前に再びまみえたあなたは、ダークエルフの魂が薄れかけ、もとのガスパリラの魂が再生しつつあった。おそらくじーじの制御システムのせいでしょう」
「あの、えっとくちはさんでわるいんだけど、がす子さん。どうしてそこでじーじの制御システム? が出てくるの?」
「これは超大型じーじのコアの解析でつい一時間前にようやく判明したことですが、じーじの制御系にはコア細胞内において系統的なネットワークを形成したPAPAIR、すなわちダークエルフの死者蘇生の秘薬が使われているのです。PAPAIRとはユーリ古細菌の一種。神経を活性化し、"微小重力変動"によく反応し、代謝する性質を持っている。逆に言えば、その代謝によって意味のある微小重力変動を引き起こすことができる。
重力場というものは、魂を伝達します。DNAを調整したPAPAIRの群体を停止した脳神経に移植してやるとゾンビーにできるのは、そういう原理なのです。じーじはこれを応用して、コア細胞に移植した特殊なPAPAIRに指令を下すことで操作しています。おそらくJ.K.のどこかに、"重力演算器"があります。それでJ.K.中のじーじに指令を飛ばしているという仕組みですね。
ところで、えるふさんにはかつて存在したダークエルフのすべての魂を保存したPAPAIRが格納されています。スフィア・アルフヘイムは重金属の森。吹き荒れる電磁波と強い重力嵐のもとでは生命の個々の魂は非常に脆弱だったため、魂の
アルフヘイムが焼亡した際、えるふさんはそのPAPAIRだけは守り抜くことで、ダークエルフという種全体の魂を守護しました。ただそのせいで、えるふさん個人の魂――すなわちガスパリラの魂、意思、感情は極めて希薄な状態になっていました。しかしPAPAIRが重力演算器の影響を受けて、ダークエルフの魂にノイズが入るなどして摩耗しているようなのです。
原理の推測ができたのはついさっきですが、ダークエルフの魂が失われつつあるのは、最初から確信していました。おそらくJKたちに触れ、ちょっとした変化があったのでしょうね。おかげでガスパリラの魂が、ふたたび支配的になりつつあった。残された数少ないPAPAIRではない細胞が、ガラスミスの魂が、そう告げていたのです。
だから……がす子は、えるふさんへの復讐を一旦保留にして、見守ることにしていた。おかげで、やっと、ほんとうの意味で、再会できました。とっとと首を刎ねなくてよかったです」
「……すまなかった、がす子。えるふ、とりかえしのつかないこと、した。どらごんに、つぐない、したい……」
がす子さんは容赦なくはっきりと断言しました。
「それはもう、不可能です。アルフヘイムにいたドラゴンはがす子を除いて命を落としました。がす子もまた、生殖能力を失っています。ドラゴンの絶滅は不可避。もうなにもできることなどないのです。だからもう――、いいのです。そのきもち、その胸の痛みを自覚しただけで、十分償いになったはずです。
アルフヘイムはいずれ滅びる運命でした。極限環境で魂をすり減らしていたわれわれは、戦争により他種の魂と文化を捕食・吸収しつづけていかねば生き延びられなかった。戦争が、糧だった。"戦争生命体"、それがアルフヘイムの生物だった。他者に償いをするなどという感情自体、本来のわれわれには生じえなかったもの。
しかしえるふさんはJKと触れ合うことでその感情を習得した。がす子もまた、AIと融合して理解できるようになった。そんな感情が、最後のダークエルフと最後のドラゴンであるわれわれに芽生えただけで、もう、十分ではありませんか。それが、かつてのダークエルフもドラゴンもどこにも存在しない、なによりの証拠なのですから。
どうあがいても失われていくのを止められないものは、あります。それは非常に痛ましいことですが、そのことに固執しすぎて代わりになりえたものまで失うのは、さらに痛ましい悲劇の連鎖です。われわれもこの辺りでアルフヘイムとは決別し、もはやなにものでもないもの同士ふたりで、生きていきませんか」
「ダークエルフの魂、なくなるの、むねがいたくなる……。でもダークエルフのおもいで、えるふのなかに、のこってる。いまは、それでいい。いまは、それよりも……がす子といっしよに、いたい。……がす子、また、えるふのあいぼう、なってくれるか?」
「なにを言ってるんですか。とっくに、
「ん……」
ちからづよく抱擁しあうニ人に、目じりが熱くなってきます。なんかぜんぜん話にはついていけなかったけど、たぶんすごくいい感じにふたりの問題は解決したのよね。
わたしは深淵さんを肘で突っつきました。
「それで? 信用するの? がす子さんのこと」
鼻をすすってそっぽを向く深淵さん。
「すかたん。これに水差せってのか? はあ……クソ、しゃあねえ。オイ、ちとややこくなってきた。一時間休憩にすんぞ。がす子はそのあいだ情報整理して時系列順に並べやがれ。なるたけわかりやすくな。これ以上はリナの脳が沸騰する」
「んまっ、失礼ね! しないわよ!」
「だいじょうぶでしょう、リーナーは飲みこみは早いですから」
「ありがとう、さすががす子さん、優しいわね」
「ちなみにオプションであかちゃん語の副音声も可能ですが、いかがいたしますかね」
「あげておとさないでよ!」
「きゅうけいか? なら、えるふ、きのうのさんらんぷれー、またしたい。あれならえるふとがす子でも、はんしょくよく、みたされる。つぎは、三匹うんだていどで、きぜつしない」
「おっと、えるふさん、それはふたりだけの秘密と言ったではありませんか」
「そうだった。すまない。でもきょうは、さっかーちーむつくれるぐらい、えるふ、がんばる。はっしゅたぐ、FCサトゥルヌス」
部屋に戻っていくふたりをおぞましげな目つきで見送る音波さん。
「……おえっ、あのふたりがいちばん台無しにしてるじゃないの」
「く、ふふ。でも、そのほが、あのふたり、らしい、ね」
「はあ、クソ、しらけちまったな。茶でも滝れてくらぁ」
深淵さんが用意してくれたミルクティーはうんと甘く、ぽよがたくさん入ってました。
ではまず最初に、一連の出来事が起きる前の状況について、がす子的推察も交えて整理しておきましょう。
スフィア・ウォルトに本拠地を置くチャーチ家のH&Cインダストリは、世界でもっとも巨大なコングロマリットです。J.K.においては各種インフラや、J結合、百合配信に欠かせないザ・ウォッチャー、ユリクロスなど様々な機器を開発、製造、じーじの制御管理を担っていました。
おなじくスフィア・ウォルトのペンデュラムズは、スフィア・ニッポンを後援とするH&Cインダストリのライバルグループです。最高責任者はアーロン=パーパ。情報操作、妨害工作に長じており、H&Cインダストリに積極的に攻撃をしかけていました。また、ペンデュラムズは世界で唯一、合成生物じーじの開発・製造に成功した企業ということになっています。
これはがす子的推察になりますが、おそらくじーじの研究成果はH&Cインダストリから盗み出したものだと思われます。じーじを運用するうえでもっとも重要な要素はその制御。制御方法の確立もなしに製造化に踏み切るわけがないからです。
だからH&Cインダストリは、じーじ本体の製造技術を奪われてもその制御方法だけは守り抜きました。すなわち、PAPAIRを。じーじの制御に不可欠なPAPAIRはスフィア・アルフヘイムが産地です。ただ、H&CインダストリはPAPAIRの培養ができなかったため、アルフヘイムから輸入して入手していました。
そしてJ.K.内のじーじの運用にあたっては、ペンデュラムズが製造、H&Cインダストリが制御を担当、という割り振りで運営がスタートした。この辺りはおそらく水面下でなにかしらの複雑なかけひき、取引があったのでしょう。
さて、本題に入ります。十年前、いわゆるQショックと呼ばれる金融恐慌がありました。これは何者かのハッキングが疑われていますが、真相の解決には至っていません。
H&Cインダストリは、大打撃を受けました。事業の整理を強いられ、いくつかの子会社を売却せざるを得なくなりました。じーじ制御管理事業を除く、J.K.のインフラや、各種機器の製造からも撤退しました。
対してペンデュラムズ、およびスフィア・ニッポンはこれをうまく乗り切って、むしろ成長しました。ペンデュラムズはH&Cインダストリが手放したエアライデン製薬を買収しました。状況を考えると、このQショックも――ペンデュラムズが引き起こした金融テロなのかもしれませんね。
さて、Qショックの一年後、チャーチさんと射鶴木さんが超やばいコンピュータを開発しました。超やばいコンピュータは超やばすぎてペンデュラムズの妨害工作は通用しなくなり――いや失礼、このコンピュータの詳細情報が皆無ですので――、H&Cインダストリは完全復活。ベンデュラムズ、そしてスフィア・ニッポンの企業の短い栄光が陰りはじめました。そこでスフィア・ニッポンは、生産性のないレズ奴隷を世界中に送り出そうと画策しました。
ペンデュラムズのパーパは七年前、アルフヘイムを訪れました。えるふさんとがす子に接触し……ダークエルフの秘薬や、PAPAIRに関する知見を得ました。そしていかにしてか、PAPAIRの培養方法までも盗み出しました。その後、アルフヘイムを焼き払い、無事PAPAIRの培養にも成功、これを独占しました。じーじの制御技術を奪い、J.K.からH&Cインダストリを完全に締め出したのです。
そして、今。ペンデュラムズは、予岐 佐波を蘇らせた。JKPに送りこみ、J.K.のレズランド化を実行に移した。すべてはニッポンとペンデュラムズが、金のために計画したことだった――。
がす子さんが丁寧に整理してくれたおかげで、さっきよりもずいぶん全体像が見えてきました。要するに、なんもかんも会社がわるいのね!
音波さんがミセス・ミラーカを指であやしながら言いました。
「……ニッポンはどうか知らないけど、ペンデュラムズ、というよりパーパには別の目的もあるわ。おそらくだけど、香取家のご機嫌取りね」
『香取家っていうと、スフィア・ラゴウの筆頭貴族のことかなぁ? 聞いたことだけはあんだよねぇ』
Yuritchのスピーカーから、單さんがとことことキー入力する音が聞こえます。
『えー、なになに……かつて流行した"
「それもあるかもしれないけど、もっと単純に、カトリナ個人の趣味。レズ奴隷のJKとか、ぜったい目がなさそうだもの」
深淵さんが苦々しげに同意しました。
「ありえるな。そんであのクソヒゲメガネのこった、ニッポンなんかよりクソババアに娼び売りたくてやってるに決まってる。あのクソババアなら、こんな壮大にばかげたプランを実行させるだけの人脈もある――。はっ。八割推測だがよ、にしちゃあきれいに全部つながったじゃねえか。うまくいけばエアライデン、ペンデュラムズ、ニッポン、パーパ、力トリナまでイモヅル式に一網打尽じゃねえか?」
單さんが嘆息する音。
『はえー。なんか急展開すぎてちびりそうになったっすけど。ペトボあったんで事なきを得ましたけど。えー、ようするに? 陰謀論、まじっぽ? だとしたらそっちの線でもなんか動けたほうが確実かもなぁ。チャーチ家の話がホントで人質になってんなら、なおのことだねぇ』
「そっちの線で動くって、どうしたらいいの? こっちでわたしたちになにかできること、あるのかしら?」
『なんかJKPの内部情報を得られればいちばんいいかなぁ。奴隷化なうーな子たちに接触できないすかねぇ?』
「うーん、捕まった子たちの正確な位置がつかめてないのよね……」
「捕獲されたふつうのJKたちは、それほど重要な情報を得られる状況にはないでしょう。一方、日計さん、竜胆さんなら確実ですかね。サリンジャー氏の側近ですので、なにかしらの情報は獲得しているはずです」
「夢魔どもがこっちに協力してくれるわきゃねーだろ? それこそこっちが催眠かなんかでも使わねーとよ」
「ふむん。洗脳光線で洗脳してみましょうか?」
「できねーんだろ」
「はい、すみません」
「つかまえて、ごうもんするか?」
「それがいちばんめんどうがなさそうね。あたしはえるふに賛成」
「勝手に票取ってんじゃねえよ。拷問なんざやらねっての」
「そうか……。ごうもんちゃんす、またのがした。けさにつづき、にかいめ。むねがいたい……これがかなしいという、かんじょうか。えるふ、ようやく、りかいした」
「なんで今なんだよ。さっき理解しとけっての」
「えー、えるふちゃん先輩、今朝の拷問チャンスって、もしかしてもしかしなくてもチオの話してます?」
「まれい、ごうもん、きょうみあるか? いいぞ、おまえなら、いつでもごうもんしてやる。首、きれいにして、ゆりんたーに、えいえんにかざってやる」
「きゃあー! いやです! やめてくださいー!」
「……ん。と。その。いっそ、なんです、けど……」
ずっと考えにふけっていたマチが、おっかなびっくり提案しました。
「いっそ、いっそサリンジャーさん。に、協力してもらう。ってどうでしょ、か」
「ああ? いやいや、パチンジャーはJKPのエージェントだぞ。こっちにつくわきゃねえだろ」
「でも、サリンジャーさん、ホントに予岐 佐波、だとしたら。たぶん、真実を知らなくて、騙されてるか、操られてる、と思うんです、よ。だって予岐 佐波は、恋人をガンで亡くしてる、です。ガンのこと、憎んでるはず、で……ガンコロシン、うそだってわかったら、説得できると、思います」
一瞬の沈黙。マチの言い分には、それだけのインパクトがありました。
「……ふむん。がす子的には伊井さんの案はかなりわるくないと思います。連絡塔で竜胆さんたちは公表するのはむだだと言いつつも、全力で阻止ってきました。あちらも内部情報を漏洩されるのは好ましくないと考えているはず。ただ、やみくもに内部情報を盗み出そうとしても、あたりを引けるかは賭けに近い。サリンジャー氏の助力があれば、話は別ですがね」
めったにないことに、音波さんも推しています。
「あいつ、J.K.に来るとき、マスターキーを使ってたんでしょ。説得とかがんばるつもりないけど、それを奪えばとりあえずはここから逃げられるし、いいんじゃない。あたしは賛成」
わたしも全面的に同意です。
「人質はたぶん、ぜったい、サリンジャーさんのところにいるはずよね。サリンジャーさんとなんとかして会ってるあいだは、警備も緩くなるかも……。ついでに、マロンさんとこころさんを助け出せればなおよしだわ。ね? マチ」
「……! はい……!」
「えるふ、わかった。これ、もしかして、戦争のながれか? えるふのじだい、きたか?」
深淵さんがばしっと手のひらに拳を叩きつけました。
「へっ。方針、決まったじゃねえか。パチンジャーとガチンコ。展開としちゃ、三日ぶりのクソみてえにすっきりしてわるかねえな?」