百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage III progression - 進行 -
/part 9
3019/7/18
翌朝。記事をつくってもらうために單さんにJKのお気持ち動画を送ったあと、作戦会議を開きました。サリンジャーさんとどう接触を図るべきか、よく検討を重ねる必要があります。
まず音波さんが挙げてくれた、"どっかその辺にサリンジャーに来てもらえばどうなの?"案には、がす子さんが懸念を示しました。
「たしかに会合を設定するのがもっとも平和的ですが、いかんせん不安要素が多いですね。あちらに罠を仕掛けられる可能性、そもそも会合に応じてくれない可能性、サリンジャー氏を懐柔しようとするこちらの思惑をJKPに悟られて茶々をいれられる可能性――。あちらに対応を考える余地を与えるのは得策ではないかと」
「じゃあどうするのよ。こっちから敵のアジトに出向くわけ? そもそもアジトってどこなのよ。あたしはいやよ、J.K.中を探して歩きまわるなんて」
「連絡塔に潜りこんだとき、科藻さんタマさんはすぐに駆けつけてきたのよね。だから連絡塔の付近に、いそうなものなんだけど……。それこそ、連絡塔のなかとか」
「もうあの夢魔たちのぱんつもないんでしょ、あんた。それに、連絡塔にいるって言っても、あのなかのどこにいるのよ。吐き気がするほど高い塔でしょ」
Yuritchに保存してあった地図を見直していると、マチが塔の根元をそっと指差しました。
「あの。ここ……地下に、通じてる道のよに、見えない、です、か……?」
「ふむん。なるほど。貯水池のさらに下ですか。ありえますね」
がす子さんが顎を撫でました。
「連絡塔は広しといえど、J.K.の九十五パーセントものJKを収容できるほどのスペースはありませんでした。JKが監禁されているような雰囲気も。サリンジャーさんが召喚するじーじは、決まって地下から出現します。地底国家J.K.のさらに地下に、巨大培養施設兼アジトがあるとみて、まちがいないでしょうね」
「あ、じゃあ、じーじが掘ってきた穴を潜ってけば、そのアジトにたどりつけるんじゃない? どう?」
「どう? じゃねーよアホリナ。なかが迷路になってて迷子になったらどうすんだ? アジトじゃなくて、じーじしかいねえじーじ風呂に落ちちまったらどうすんだ? 無鉄砲もいい加減にしろっての」
「う……、そこまで言わなくてもいいじゃない……」
「各校に隣接して建設された、廃棄物処理場から侵入可能かもしれませんね。じーじはそこに処分されていて、コア細胞はもちろん従属細胞も再利用されていると考えられるので、まず確実に地下に通じているでしょう。
こちらの計測値をご覧ください。廃棄物処理場の周辺
「あ、そいえばジャーなかも、処理場におっきめなじーじがよく出入りしてるって言ってましたよ! なんで、チオは近づいたことないですけど」
「学校、て、たしか……各地で、まっさきに制圧されました、よね……。それって、JKが多そうだから、かなって最初思ってました、けど……。襲撃が放課後だったから、むしろそれは、ないんですよ、ね。なので……サリンジャーさんたち、きっとまず、JKたちが近づかない、よにして、アジトの安全、確保したかったんじゃ、ないでしょ、か。そして、同時に、マロン先輩と、こころ先輩を人質に、したかった……とか」
「ときまち、ただしい。しゅうげき、初動、じゅうよう。あきらかな、JKぶんだん作戦。じーじたちでは、特待生、かなわない。きょうかしょのような、戦争」
「ますます地下拠点説が濃厚となりましたね。突入口も廃物処理場が第一候補でよさそうです」
「だがよ、こっからさらに地下となりゃ、逃れるすべもねえよな。処理場と処理場はかなり離れてんだろ。封鎖されればしまいだ。決死作戦だぜ、こりゃ。じーじもこれまで以上にうじゃうじゃいるはずだろうしよ。連絡塔攻略があくびがでそうなぐらいだな」
「は? あんたずっとここにいたくせになに言ってるわけ?」
「あ? てめえも外でのんびりアニメ見てえっちゲームしてただけだろが」
「は? こいつらの荷物持って行ったりもしたわよ」
「ああ? 荷造りしてやったのアタシじゃねえかよ」
「はあ? たかが荷造りじゃないのよ。威張らないで」
「ああ? てめえじゃできねえからやってくれって泣きついてきたのだれだよ」
「はああ!? 泣きついてなんかない!」
ぎゃんぎゃんやりはじめたふたりに、魔零さんは困惑中。
「え、ええ……なに突如痴話ってんですこのふたり? 発情期なの?」
「ああ!?」「はあ!?」
「ひい!? あ!? いっだ!? なにこの鳥!? チオめっちゃ小動物に食われてんですけど!? そんなに生物ヒエラルキー低い!? スクールカーストは上位なんですが!? リナちゃん先輩、助けて!」
「あー、はいはい、どおどお、どお。深淵さんも音波さんも、今は話をすすめましょ?」
「ちっ……。時須、地下の地図はないの?」
「ぅ、ごめん、ね、音波ちゃん。見つかって、なくて……たぶん、ないとおもう……」
「あんたが謝ることじゃないわ」
「ふむん。もし仮に――」
がす子さんが真剣な声色で空気を引き締めました。
「じーじの動きを安全に完全に阻害する方法があれば、多少は安心できるのではないでしょうか」
「あ? どうやんだよ」
「移植されたPAPAIRの群体は相互リンクネットワークを形成していて、微小重力変動を受信することで神経網が動作するようになっています。その群体のネットワークを切断する方法があるのです。原理的におなじ方法で、がす子はエアライデン製薬の支配から逃れられましたので、信頼度は高いですね」
呆れた様子の深淵さん。
「てめえほんっとよくそういう重要情報隠しつづけてんのな」
「じーじがPAPAIRで制御されていると判明したのは昨日だと言ったはずですがね」
「それをとっとと共有しろっての。で、それを実現するために必要なもんと問題点はなんなんだ?」
「ネットワークの切断のためには、遺伝子から放たれる微小重力情報を流用します。以前がす子がこの手法を用いた際は、このちっぽけな脳の内部のみが対象範囲でしたので、遺伝子構造が持つ重力、"構造重力"のみで十分でした。ところが今回はそれでは実用レベルには至りませんので、
ユリクロスには生体情報を読み取り、コード化して発信する機能が付属しています。本来の登録者と異なる生体情報を読み込んだ場合、積極的にエラー信号を発してザ・ウォッチャーを呼び寄せるのはご存じですね。これを改造します。超大型じーじのコア細胞から採取したPAPAIRをユリクロスに仕込み、エラー信号を微小重力波に変換して発するようにするのです。
さらにこの信号に、登録者のDNAから生成した波長パターンを生体情報として付与します。この波長パターンでじーじ内のPAPAIRネットワークを撹乱し、切断。機能停止に陥らせます」
「え、ごめん。ぜんぜんわかんなかったわ……。えるふさん、わかった?」
「わからん。なんもわからん」
「あー、アタシもその辺の技術的なごちゃごちゃはさっぱりだ。なんかでたとえてくれ」
なーんだ、深淵さんもわからなかったのね。ちょっと安心したわ。
「ふむん。そうですね、鉄砲でいうなれば、ユリクロスが銃、エラー信号発信用の登録者と異なる生体情報が火薬、波長パターンを生成する登録者の生体情報が弾頭といったところですかね。ざっくりですが」
「えるふ、よくわかった」
「なるほどな、イメージはつかめたぜ」
「え、まだわかんないんだけど!? 鉄砲とか言われても!」
「えー、でもがす子ちゃん先輩、それって、エラー信号垂れ流しっぱってことですよね? ザ・ウォッチャー呼びまくりじゃないです? それはそれであぶなくない? サリンジャーにバレバレっぽですけど」
「千悪さんの指摘どおりです。本拠地は地下、となればリアルタイムな位置情報が露見してしまえば、通路を落盤させるなどしてふさがれてしまった際にニ進も三進もいかなくなります。ですので、おなじユリクロスをもうひとつ用意します」
「あ。えと。JKデリンジャー現象、です、ね」
「そのとおりです、伊井さん。ふたつの生体情報と、ふたつのユリクロスによって、じーじとザ・ウォッチャーの両方を機能停止に陥らせる――名付けるならば"ダブルJKデリンジャー現象"ですかね」
「……名前はどうでもいいけど。要するにユリクロスがふたついるんでしょ。みんなほとんど壊すか捨てるかしたのを、どうやって手に入れるつもりなわけ?」
「そこに関しては、温羅杜さんの手を煩わせませんよ。実は念のため、がす子のユリクロスを捨てずに持っていましたので」
おもむろに腕の鱗のなかから懐かしき十字型端末をずるずるにちゃあと引っ張り出してチラ見せするがす子さん。
「え!? なんで持ってるの!? あぶないじゃない!」
「ああ、問題ありませんよ。がす子の鱗のなかは電波が遮断されますので」
「あ、そうだったの。便利ね。っていうか、痛くないのかしら?」
「いえ、はちゃめちゃに痛いのでマネしないでくださいね」
「鱗がねえっての。んで? もう一個は?」
「えるふさんが所持していたユリクロスも、同様に保管しています。えるふさんはR.U.R.加入以前、敵を呼びよせるために持っていましたので」
「んじゃ、あとはそれらを改造するだけか。話がはやくていいじゃねえか」
「いえ、ひとつ重大な問題がありまして。だれとだれがこのユリクロスを装着するか、話しあって決める必要がありますね」
「がす子さんと、えるふさんじゃだめなの?」
「えるふ、こざいく、いらない。せいせいどうどう、じーじと戦争したい」
「――という本人の希望もあるでしょうが、懸念もあるのです。えるふさんもがす子内にも、PAPAIRがいます。それらにダブルJKデリンジャー現象が悪影響を及ぼさない確証がないのです。あと、黒暗淵さんも、重力操作時にダブルJKデリンジャー現象が阻害されると考えられるので、避けたほうがいいでしょう」
「ぇ。と。じゃあ、その……。リナ先輩と、音波ちゃん、で……?」
「時須、冗談でもそういうこと言わないで」
音波さんがおえっと舌を突き出しました。
「JKデリンジャー現象っていうことは近くにいないとだめなんでしょ。ずっとリナのそばにいるとかぜったいむりだから。あたしまでハンマー代わりにこの脳筋に投げられちゃたまらないもの」
「まあまあ愉快な体験でしたけどね」
「えるふ、あれやりたい。りーなー、つぎ、えるふ投げろ」
「思い返してみるとギャグでしかなかったですね。動画撮っときゃよかったー。チオイチのやらかし案件です」
「うう……、反省してるからもう蒸し返さないでよ……」
あの場ではほかに選択肢がなかったとはいえ、冷静に考えてみると仲間を投げ飛ばすなんてどうかしてました……。
「じゃあじゃあ、リナちゃん先輩とチオならどうでしょ? それなら問題なくないです?」
「え、魔零さんも本拠地についてくる気なの?」
「えー、だって、こんなの"ユリッツァー賞"並みの大スクープになるじゃないですか! たしかに怖いですけど、それ以上にジャーナリストとしての
ジャーナリストの血が騒ぐのか、やけに乗り気な魔零さんでしたけど、がす子さんは首を振りました。
「もうひとつ、問題がありまして」
「まだあんのかよオイ! もったいぶってねえでさっさと言えっての!」
「これで最後ですよ。ユリクロスに使用者を登録するために必要なプロセスがあります。先ほど、ユリクロスが銃、エラー信号発信用の登録者と異なる生体情報が火薬、波長パターンを生成する登録者の生体情報が弾丸、とたとえましたね。というのも、登録者と異なる生体情報の火薬、登録者の生体情報の弾丸、両者を合成した、いわば銃弾となるものが必要だからです。ところがここにはあいにく、遺伝子を合成させられるような設備はありません。
そのため、レズド雨を利用して合成します。レズド雨中のウィルスベクターには、PAPAIRの一部遺伝子情報が含まれています。レズド雨のもつ恭順効果は、PAPAIRの重力伝達による精神感応、共感作用を強化したものだったのですね。ふつう、遺伝子はそれ自身、構造重力を持っていますので、PAPAIRと結びつくとほかの遺伝子と糊のように強固に融合することが確認されています。この性質を利用して、ウィルスベクターに感染したうえで分泌された体液を混ぜ合わせ特定の処置を施したものが、いわゆる銃弾となるのです。
この体液というか試料は、取扱いが非常にむつかしい。エアが生体情報を破壊してしまうので、大気に触れさせてはいけないんです。エアは地球上の全生命の感応、すなわち"星の観測"。これを回避しなければ、銃弾が作成できません。この回避方法というのが、この策のもっとも特異なメソッドで――」
「あー、わかった。いやわからんが。とにかくちょっと待て」
ものすごく深刻そうながす子さんの解説を、深淵さんが中断させました。
「……今のでわかったやつは手ぇ挙げろ」
マチがこわごわと右手を持ちあげかけましたけど、周囲をうかがって引っこめた以外は、だれも動きませんでした。
「ふむん。まあ、ありていに言えば、ダブルJKデリンジャー現象を利用するにあたってもうひとつの問題点というのは――、えっち中に体液を採取する必要があるということなんですよね」
全員が沈黙しました。そして、何人かは、ちょっと赤く。いちばん赤くなった深淵さんが身を乗り出しました。
「いやふつうに、医療行為的にこう、採取できんだろ!?」
「もちろん、それも考慮しましたが、星の観測を逃れるにはやはりそれなりに手間でして。作業内容的にトラウマが残る恐れがあるんですよね。厳重に注意しても、粘膜を傷つける可能性もぬぐいきれません。
手順上、どちらにせよ直後に雨抜きもしなければならないなら、はじめから自然になる感じでやったほうがいいんじゃないかと思いましてね。それに――そのほうが千悪さんふうに言うなら、
「ああ? この……この……ほんっと、この、おとぼけドラゴンは……」
深淵さんはおくちをもにょもにょさせて引っこみました。
「なにものにも、観測されぬ、天も、地も、知らぬ、ふたりの戦争。それを知るのは、ふたりだけでならなくては、ならない。あるのは魂のじゅうそく、それのみ……。よさのかたまり。はっしゅたぐ……はっしゅたぐ……むむむ」
「……ぁ。ん。と。えるふ先輩。それなら、"ニ知即是百合"、とかは、どです、か?」
「二知即是百合、きにいった。戦争のつぎに、いいことばとされはじめた」
納得顔の音波さん。
「ま、そういうこともあるんじゃない。"セックスしないと出られない部屋"が実在するんだから、"セックスしないと攻略できないダンジョン"があってもおかしくないわ」
呆れ顔の深淵さん。
「いやおかしいわ。つかなんで納得してんだよてめえはよ。そのなんとかいう部屋こそどういう状態だっての」
すまし顔のがす子さん。
「いかにも温羅杜さんと黒暗淵さんがうかつに足を踏み入れそうな部屋ですよね」
「は?」「あ?」
「おっと薮蛇でしたね」
「……でもま、よく考えてみりゃ、ある意味象徴的でいいかもな。
それはものすごく、しっくりくる名前で、わたしは思わず感心しちゃいました。
「そしてそれはJ.K.をめぐる陰謀、ひいてはガンをもうち滅ぼす、ということね。深淵さんにしては、しゃれが利いてていい名前じゃないの!」
「にしては、ってなんだよコラ」
「ほう。これにはがす子も仰天です。
「ダジャレのつもりか?」
「風刺のつもりです。さていちおう、ダブルJKデリンジャー現象を活用するうえでの問題点はすべて報告しました。そのうえで、ユリガンをどうしますか」
「どうしますか、って、議論する必要ある? 使うのは確定でしょ。そんなチートアイテム、使わない手はないわ。装備するのも、時須とリナで決まってるでしょ。もともとバディでもあるんだし。ホントはあたしが使いたいとこだけど」
「音波の言うとおりだな。ユリガンでじーじ無効化できんなら、リナひとりでも時須守りきれるだろうしよ」
わたしは……顔が熱すぎて、自分が焼きごてになった気分でした。
「え、え、ちょ、ちょっと、ちょっと待ってよ、ユリガンを使うってことは、その……え……っ……っぃ……、する、ってことでしょう……!?」
「あ? なんか問題あんのか?」
「え、い、いや、や、問題だらけよ! だって」
だって。そんな。今。ただでさえ、みんなを、マチを裏切ってて……。
マチの気持ちを確かめないまま、ぎりぎりのことをしているのに。ほんとうにしちゃったり、なんかしたら。それはもう、最悪の、おこない――。
だって、そうでしょう?
こんな話になってまで、拒めるわけがないもの……。
そうに、決まってます。
「だって、その……、ま」
そういえば、あれから。
昨日、單さんからの連絡が来る直前――魔零さんに、迫られた場面を目撃されてから。
気まずくて……一度も、ことばを交わしていませんでした。
なんて、弁明すればいいのか、わからなくて。
でも――なんて、言えば、いいの……?
「……マチ。は、それで、いいの……?」
「……え」
「その、だって……えっ」
え。
「……しなくちゃいけないのよ!? それって、その、……すごいことよ!? ものすごく! だって、そのそれって、ようするに、れ――」
れ。
ず。
「……ず。行為、する、ことに、なるのよ!? わたしは、レズ行為自体、受け入れられないっていうか、その、R.U.R.のリーダーとしても、しないほうがいいって思ってるし……。それに、……わたし、は……マチが、わたしとそんなことする、なんて、いやなんじゃないかって、そう思って……」
なんだかもう、しどろもどろ。
マチは……すごく、打ちひしがれたみたいに、うなだれました。
「っ……、あたし、は……。先輩の……。あたし――」
膝の上できゅーって握った拳を、震わせて。
「……せんぱい、こそ。……ほかのひと、と。……えっち。したいのなら、言って、ください……」
重苦しく、ぎとぎと、ぎすぎす、きりきりするような空気が、ただよいます。
「あ? なんだてめえら、なんかあった――」
「しっ。黒暗淵さん」
必死にことばを探すわたしの視界の端で、がす子さんが深淵さんのおくちを抑えました。
わたしはからからになった喉に、固い唾を流し込みました。
なるべく、マチを傷つけないように――。
「わたし、は……、れ……、れ……。え、っち……したいとかじゃ、なくて、これはJKのためにすること、なんだし、だれかとしたいとか、そういうんじゃないわ。わたしは、リーダーだから。必要であることを、必要なために、するわ」
「っ……! そ、れ、は。……目的、さえ、かなえば。……だれでも、いい。て。ことです、か」
なるべく、マチに嫌われないように。
「だれでもいいなんて言ってないわ! ただ――、したくないって思ってるひととは、できないわ。もしマチがちょっとでもいやって思ってるなら、わたしはできるひとと、するわ」
ことばを。選んだと。思ったのに。
「っ~~……!」
マチは、がたっと勢い良く立ち上がると――食堂から飛び出していきました。
……え。……あれ? いま、の。
呆然としているわたしに、がす子さんが冷やかに言い放ちました。
「追いかけたほうがいいんじゃないですかね」
「え……いや、でも……。いやと思ってるなら……、説得するのはまちがってる、じゃない……?」
「じゃあどうするんですか」
「どうするって、その……」
……だめ。
真っ白。
ちゃんと。しなきゃ。いけないのに。
なんにも、考えられな――。
「えーっと……よく考えたら、べつに、ユリガンを使うのはわたしじゃなくても――」
「いえ、そちらではなく――」
「あ、じゃあじゃあ、ループしちゃいますけど、やっぱりチオと先輩がユリガン使うってのでどうです?」
魔零さんが、明るい声で冷え切った食堂の空気を吹き飛ばしました。
「……千悪さん、話をややこしくしないでもらえますかね」
……わからない。
「えー? むしろシンプルにしようとしてますよ? だってさっきも言ったように、チオは地下について行きたいですし、チオ、先輩大好き系後輩なんでえっちするのもぜんぜんばっちこいですもん。
てか、チオ、組織に賛同したってより、先輩に惚れてきたんで、たとえ一回でも、てか逆に、公然とえっちできるチャンスがあるならわりとうれしめだったりしますよ。てか、めちゃうれびよですね! 正直、千載一遇のチャンスすぎてエモとデザで窒息しそうです! ね、先輩? チオとしましょ!」
……さっきの、は――。
「ちっ……! だからそれをややこしいって言ってるでしょうが!」
音波さんが、がんっ! とゲームを起動中のYuritchをテーブルに投げ出しました。突然おおきな音が立てられて、わたしのお尻は椅子から浮きあがってたと思います。
「リナ、いつまでぼさっとしてるつもり? 今すぐやらなきゃいけないことあるでしょ」
あれ……なんだっけ。
しなくちゃ、ならないこと。リーダー、として。
そうだ、ユリガン――。
「え……っと。そう、ね、ええと、どうするか、決めなくちゃ、よね……」
魔零さんは――たしかに、 わたしのこと、好きだって公言しています。それはたぶん、うそじゃないし、ごまかしでも、いんちきでもなさそう、だから、仮に――仮に――それなら……魔零さんと、するのなら、きっと、組織への裏切りにもならないことに、なる……?
って話――、だっ、たっ、け……?
「……でも、魔零さん、ホントに、いいの?」
「……! もちあんどろんですよ! しましょしーましょ! うぇるかむとぅチオちゃんです!」
がーん! と、音波さんが座っていた椅子が吹っ飛んで、食堂の肉壁にぶっ刺さりました。音波さんが、椅子を蹴飛ばして立ちあがったのでした。音波さんは、見るものすべてを震えあがらせる恐ろしく冷たい表情で、ザクロ色の虹彩だけはぎらぎらに燃やして、吐き捨てました。
「あんた最っ低。見損なった。死ね」
そしてそのまま、ミセス・ミラーカを伴って食堂からすたすたと出ていきました。
深淵さんは、やれやれと肩をすくめました。
「ほんっとめんどいなあいつ。たった一回こっきりでよ。JK同士の関係なんざ、んなもんだろが。――ま、いいんじゃねえの。アタシは最終的にうまくいくんなら、好きにしてくれって感じだぜ」
えるふさんは事態についていけずに、首をかしげています。
「りーなー、ときまちと、おとはと、戦争中か? かせいするか?」
「……どちらかというと冷戦中ですかね」
こころなしかぶすっとしたがす子さん。
「組織としては必要な判断でしょう。まったくもってすこれない、至極残念な判断でしたがね。……それでは採取方法について説明するので、さっさと一発やらかしてきてください」
熱いシャワーを浴びども浴びども、からだの芯は凍えたようでした。緊張で、手が震える……。指先がじんじん痺れるようです。
このあと……するんだ。魔零さんと。心臓が、鉄になったみたいに、ごろごろする。
体液の採取の方法はがす子さんに詳しくレクチャーしてもらいましたけど、その前後にどうすればいいのかとかはとくに言及ありませんでした。よく考えたら、えっちってどうしたらいいんでしょう? 当然ですけど、ちゃんとしたことないから、さっぱりわからないわ……。
いつも……マチにしてもらってるような、ことを、直にすればいいのよね……? でもいつもはすぐに頭が真っ白になっちゃってあんまし覚えてない……。困ったわ……。魔零さんは知ってるのかしら……? 情報通っぽいし、知ってるのよね、たぶん……。うう、こんなことならマチに聞いておけばよかった……。
――マチ。どこに、いっちゃったのかしら。部屋にはいなかったから、図書室? どうして、出てっちゃったんだろう……。
それに……あれ、って……。見間違いじゃ、なかったら――。
ぅあ……もう、頭、ぐちゃぐちゃ……シャワーなのに、のぼせそ……。
ノックをして魔零さんの部屋に入ると、すごく甘いバニラの匂いが頬を撫でました。カエル電球の代わりにアロマキャンドルが灯されて、肉の壁に影が踊ります。魔零さんにこの部屋をあてがったのは昨日のことですけど、どこかに隠しておいたらしいカラフルな私物がもう所狭しと置かれてて、わたしたちが勝手に地下に掘った穴だってことを忘れちゃいそうなJKらしい部屋になってました。ちょっぴり幻想的で、なんだかふわふわしてきます。
「"マリーの部屋"にようこそー、なんつて。えっへへ」
だぼだぼのフード付きパーカー姿の魔零さんはベッドのうえでぺたんこ座りして、がす子さんに渡された"採取器具"を引っ張ったりひねったりしてました。
「これ入れるんですってねー。やわらかくて、そんな太くもないし、痛くはなさそうでよかったです。チオ痛がりなんで」
採取器具はじーじのコア細胞からつくられた、管のようなものでした。わたしの中指ぐらいの太さで、伸ばした中指の先から手首ぐらいまでの長さかしら? なんていうか、見た目は魚肉ソーセージっぽい?
マチの指よりかは、ちょっと太いです。マチの指でさえ結構きつきつって感じなのに、こんなの入れたら、今度こそ死んじゃわないかしら?
「あ、先輩、さっき深淵ちゃん先輩がレズド雨もってきてくれましたよ! はい、どーぞっ。飲みましょ飲みましょ!」
「あ、うん、ありがと」
「なにかに乾杯します?」
「なにに?」
「えー、JKの未来に、とか?」
「……うん、そうよね、そのために、するんだから――」
グラスをかちんとぶつけて、一気に飲み干します。
つめたい。舌がちぢこまりそうです。喉を切り裂くように鋭い雨水でした。飲み下したあとも、胸を内側からひっかくように滑り落ちていくのがわかります。胃のなかが、じわじわ、むずむず、熱くなってくるのも。
「ほらほら先輩、いつまでもそんなとこでたっちしてないで、こっち来て?」
「ん、うん……きゃっ」
グラスを置いてベッドに腰を下ろした途端、魔零さんに飛びかかられ、倒れこみました。腕にぎゅぅううって抱き着かれて、すりすりされます。
「ふはぁ♡ 先輩の匂いだー」
マチよりもやわらかすぎる魔零さんの起伏が、わたしで、ぐにゅっと。マチよりもちょっとぬるい息が、ぽしょぽしょと、わたしの耳に。
「えっへへ。やっとふたりっきりになれました。チオ、ずーっとこうしたかったんですよ? やばぁ、エモっ」
すべすべの足を絡めてきて、まだすこし湿った髪も、すくいあげて、においを、吸うように。
ねっとり、冷たくねばついてくる、闇。
ぞくぞく、ひりひり。すべすべ、つるつる、うわっつらをこすれるのが、気になります。……マチの肌は、しっとりして、吸いつくみたいなぺたつく肌だったから。
冷たい……わたしの知らない指が、つん、とほっぺを突っつきました。
「むーん、先輩、むくちさんになっちゃって。緊張してます? 顔かたいぞっ」
「え、うん、その、どうしていいか、わからなくて……」
「したいようにしたらいいですよ? やさしくしてくれるんだったら、先輩の好きにしてくれていいんです」
「わたしの好きにって……そんなの、ますますわからないわ」
「じゃあ、チオの
「っ……」
そ、そ、そ、と太ももを撫であげてくる、尻尾。からだはますますぴったり押しつけられて、わたしのシャツと、魔零さんのパーカーを挟んで、体温がしみこんできます。
「ん……ちゅ……♡」
右耳の下のあたり。前に、親愛のちゅーを受けたところ。上書きするみたいに、熱い唇が触れました。
「ぅ……ん」
ずき……ぐらっ……と。その凄まじい熱が、音もなくわたしの戸惑いを揺さぶります。
ぞくぞくする。こわい、ほどに。たすけて、ほしい――だれが?
「ん……先輩、すきですよ……♡」
ささめくように、指が、あごの下を。めでるように、声が、鎖骨を。
「すき……♡ ん♡ すき……♡」
「ぅっ、んん……」
えりくびをひっぱってむきだしにされた、肩に、熱い唇と冷たい鼻が。
「すき……すき♡」
ちくちく。そのことばは
「……すき……♡」
なにかの刑のように、わたしのなかに、食いこんで。
「……だいすき、せんばい……♡」
わたしの知らないものを、刻みつけてきます。わたしのなかのものを、塗り変えていこうするように。むりやり。違和感、が。
ざりざりする。はじめてだから。こんなこと。って。言い聞かせ。
でも。
……こわい。わたしがわたしでなくなりそうな。おそれることなんて――なにもないはずなのに。だって。
「先輩……すき♡」
魔零さんはこんなにも、わたしのことを慕ってくれてるのに。
「だいすきですよ、先輩……♡」
だから、これはレズ行為でもなくなるはずなのに。
ひりひり、ちくちく、のぼってくる、
わたしの額を刺す、魔零さんの前髪。
グリーンアップルのおめめ――空から降ってくる、悪魔の炎のような。核爆弾のような。
吸いこまれて、飲みこまれてしまいそう。
その瞳の奥の――なにかおおきな、河の流れのような。いろんなものの、濁流に。
「先輩、こっち向いて」
手のひらの感触に、頬がぞわわ。
「しますからね」
――こわい。引き返せなくなりそうで。胸が、痛い。
――ぁ。――ぁ。――ぁ。
鼓膜の裏で、あの声が。ぼんやりした、頭痛、が。
どうして。マチの、ときは。マチのときは。マチ、は。マチは。
――マチ。
……食堂からでていくとき……。
見間違いじゃ、なかったら――。
泣いてた、気がする。
たぶん、ううん、ぜったい。
……わたしが、泣かせちゃったんだ。
なのに。
……まだ。わたし、あやまってない。
息が、かかって、ぴりりっと頭痛がはっきりかたちを持ちます。わたしはがばっと起きあがりました。
「……ごめん、やっぱりやめましょう」
ねっとりしていた闇は、ただの冷たい闇になっていました。
「えー! ここまできて!? ……チオじゃ、だめです?」
「魔零さんが、だめなんじゃなくて……ううん、わたし、……できない。だって」
だって。
「……できなかったんだもん」
「だはぁ、まぢですか……。やっぱそうなるんですねー……」
「……ごめんね」
「んもう! 謝るくらいなら最初っから気を持たせないでくださいよ! いけそうかもって見誤っちったチオもチオですけどね?」
魔零さんはほっぺたをぷくーとお餅みたいに膨らませました。
「先輩、なんでおっけーしちゃったんです?」
「なんでって……その、魔零さん、わたしのこと……すき、って、言ってくれてたし」
「先輩、自分のこと好きっていうひとならだれでもおっけーなんです? 意外とびっちだなこのひと」
「び!? い、いや、そういうわけじゃないわよ! だって、そういうのって……よくわかんないけど、本来は好きなひととやることじゃない? わたしのこと嫌ってるひととはできないし、だから、いいのかなって」
魔零さんの足の爪先が、わたしのお尻を小突きました。
「むーん。結構傷つきますねー、今の。つまり、先輩はチオのことなんてどうでもいいけどからだは使えるから使っとこって思ったってことですよね?」
「そっ、そんなつもりじゃ――」
「つもりじゃなくても、実際そうじゃないですか。あのねえ、先輩。チオだって、チオとできないって思っちゃうひととはしたくないんですが?」
「あう……ごめんなさい。それは、そうよね。返す言葉もありません」
「それに、もしチオが先輩としたいばっかりにうそついてたらどうなんです?」
「え、あ、それは――」
「はあ。先輩が相手のこと気にするのも当たり前のことですけど、先輩だって当事者なんだから、先輩の
わたしは、思いっきりびんたされた気分でした(というか、たぶんされていても文句言えないですけど)。
「あ……うん、そう、か……。そう、ね――」
そう、でした。わたしは――たぶん。おそれて、わたしの言い訳の、いいなりになってた、だけなんだ。リーダー、だから、って。自分がしたいこと……わたしの気持ち……それがまちがっていることが、こわくて。
思い返してみれば――マチにも、わたしの考えてることは、なにも言ってませんでした。さっきだって、当たり障りのないことばかり――。
わたしは単にまちがって、まちがいつづけてただけじゃありません。マチにも、まちがわせてたんだ。そうだ。そうです。マチだって、不安だったはず。わたしの気持ちも、わからないまま――。義務みたいに、させてて。
ああ、わたし、なんてばかなんでしょう。そう考えてみれば、さっきのやりとりは、まるでわたしがマチを拒んでたかのようにも思えないかしら!? というか、ああ! みんなの前でマチを責めてたようにも思えてきたわ!?
わたし、なんてことを――。ほんとうに、とりかえしのつかないことを。
ばか。ほんとうに、おおばか。気持ちを聞いてないから? なんておこがましいんでしょう、わたしが言ってないのに、マチが教えてくれるわけがない……!
わたしは……わたしの気持ちを、わかっていたのに。
これじゃ、あとだしじゃんけんとおんなしです。いんちきにも、ほどがあります。
――"それを知るのは、ふたりだけでならなくては、ならない"。それって逆に言えば――ふたりは、そのことを、知ってなくちゃならないのに!
「……ごめん、行かなきゃ。マチのとこ」
「……ま、そうなりますよね。はーあ、昨日今日で二回も振られるってまじめに死にたくなりますね、えへへ」
魔零さんが自潮気味に笑いました。
「……ごめんね」
「いーんです、思えばずっと負けヒロインムーブでしたもん。おらぁっ!」
「あたっ」
投げつけられた採取器具はきれいにわたしの額に命中。器具はやわらかいのでぜんぜん痛くはなかったんですけど、すこしくらっときました。
魔零さんがしっしっとわたしを追い払います。
「これからチオちゃん慰め大会するんで、さっさとそれ持って出てってください」
「ホントにごめんね。埋めあわせは必ずするから。約束するわ」
「もー、いいから! あんましもたもたしてると襲うぞっ! ばーかっ!」
そのまま図書室に直行。したものの。ドアのすりガラスには血文字で次のように記されていました。
『立ち入り禁止
入ったら死ね V』
そのうえ、かつてないほど強烈なフェロモンまで塗りたくられてました。足がすくむとか、そういうレベルじゃありません。扉の取っ手に触れただけで冷汗がぶわわっと吹き出して、危うく失神するところでした。
胃液がこみあげてくる……。頭ががんがんする。歯の根が合わないぐらいの寒気。でも――泣くほどじゃない。
わたしは気力で扉を開け、なかに入りました。図書室の片隅にちょこんと座っていた音波さんがちょっとびっくりしたようにこちらに視線をやりました。隣には、膝を抱えてうつむいたマチが。
「ちっ……。いまさら、なにしに来たの」
音波さんの頭に乗っかったミセス・ミラーカが思いっきり威嚇してきます。
「マチに、あやまりに」
「遅いわよ」
天井を吹っ飛ばしかねないぐらい、音波さんは静かに烈しく怒ってました。
「あんたは、なにもかもまちがいすぎだわ」
「……うん。だから来たのよ。もう二度と、まちがわないように。ねえ、音波さん、マチと話をさせてもらえる?」
「あんたねえ……!」
いきり立った音波さんのゴシックドレスの裾を、はしっとマチの細い指がつかまえました。
「……いいの、音波ちゃん」
「ちっ……、なにかあったら呼びなさいよ、時須」
「うん、ありがとう……」
音波さんはわたしをぎろぎろにらみつけて、すれ違いざま、すんすんと鼻を鳴らして。
「……ふん。命拾いしたわね」
と、つぶやいて、席を外してくれました。わたしは、マチの真正面にしゃがみこんで深呼吸しました。
ちゃんと、話そう、ぜんぶ。あやまろう、今までごめん、マチ、って。
マチが泣きはらした顔をあげました。
「……今まで、ごめん、なさい、リナ先輩……。あたしずっと……先輩、騙して、たんです……。あたし、最低で、最悪の……裏切り者、なんです」