百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage IV End-of-world care - 世界終末医療 -
/part 2 R.U.R.& L.U.L.
まずはじめに、予岐 佐波の話をしよう。
千年前、予岐 佐波なる百合作家がいたのはご存じのとおりだね。彼女には、女性の恋人がいた。その恋人もまた百合作家であり、ペンネームはサリンジャーという。そう、わたしが名乗っている名前だ。わたしは、サリンジャー氏ではないがね。
サリンジャーは若くして亡くなった。死因はガンだった。それは、螺旋ガンだった。予岐 佐波のつくったとあるレズ作品が、あまりにエモすぎたのだ。螺旋ガンになると脳細胞が炎症を起こして精神活動が無限に肥大する。その結果、魂は構造性を消失し個人から脱分化、脳も暴走する精神の処理に耐え切れなくなり、やがて死に至る。
当時の人類は、完璧な肉体生成機構を有していたため、即死、あるいは老衰の場合を除いて、死を克服していたはずだった。だが、魂を再生する技術だけはなかったため、螺旋ガンだけは、どうあっても避けられない必然の死となっていた。
予岐 佐波は自分のせいで恋人の命を奪ってしまったことを悔やんでいた。どうにか魂を再生できる方法はないかと模索した。そこで着目したのが、この世界の仮想的な過去に存在した生体演算器"ステラ"だ。ステラは大陸規模の脳を建設して、神経細胞レベルの細かな調整を施すことで新たな魂をつくろうと試みるものだった。予岐 佐波の作品『生命変革始めます』にも出てくる、あれだ。これをさらに発展させ、ガン化した魂によって思想次元に魂を演算する思想を生み出せないかと予岐 佐波は考えた。それが、代理星母縮退回帰炉:Surrogate TErra-mater degeneration Recurrence ReActor――STERRAと名付けられた思想だった。
螺旋ガンで脱分化した魂の中身は、いわば虫食い状態の本に近い。エモの高まりがページや文章の一部を吹き飛ばしてしまったせいで、本という個人を脳が読み取れなくなるのだ。しかしそのような本でも、べつの本や文脈から欠落部分を類推することは可能だ。すなわち、そういった本を寄せ集めてもとの文脈を再現する、それがSTERRAのコンセプトだ。つまりSTERRAは、あまたの螺旋ガン患者の脳細胞で構築された並列接続脳なのだ。
かのステラは新たな魂、未知の生命を創出するためのもの、未来に向けられた演算器だった。一方STERRAは、既知の失われた魂を呼び戻す、過去に向けられた演算器だった。また、ステラとSTERRAが異なるもうひとつの点は、演算過程の可視性にある。
STERRAが導き出す魂は実在していたもので、その魂を形成した事象はこの世界で起こったはずの出来事だ。だから確実に形而下において再現することができた。むしろ、再現する必要があった。意識が生じるには、因果的効力が不可欠だ。実個人の魂のパラメータというものは、数値ではなく、経験なのだ。前後の文脈もなしに、脳にある数値、電気信号を入力された程度では、個人の魂は揺らがない。だがどんな些細な事象、体験も、その個人の魂を形成する変数となる。ゆえにSTERRA内部では、現実世界と同一条件の世界で演算を再現する機構が不可欠だったのだ。
そのために、ガン細胞を粘土のように捏ねあげ、ひとつの世界を再現することとした。それがこの
しかし、予岐 佐波は世界的に著名な作家で、世界で十番目ぐらいの資産家であったとはいえ、一個人。STERRAを開発するほどの資金も技術も人脈もなかった。そこで世界にSTERRAを開発させるために、『百合はいつかガンに効くようになる』、通称Yーレポートを執筆、百合が世界を救う文化になると喧伝した。
同時に、STERRAの思想を敷衍させた。STERRA内部の生物は、所詮ガン細胞。プライベートもなにもない。そこでならば公共物としての百合を好きなだけ生み出すことも可能で、それが世界のためになるのだと吹聴した。世界はまんまと予岐 佐波の口車に乗せられ、ノーベル賞を十個ぐらい与えた。JKP運営委員会を発足、J.K.ことSTERRAを開発するに至った。
ただし最初から、死者の魂を再生させるだけの規模のSTERRAを建設できたわけではなかった。予岐 佐波は結局のところただの百合作家に過ぎず、STERRAおよび百合の対ガン効果性には疑問符が付きまとっていた。当然のことながら、まずは試作品を作成して実験を重ねてから、という段取りになる。実現可能性が不明な計画だったため、予算もさほど降りなかった。
そうこうしているうちに――サリンジャーの魂が再生される前に、予岐 佐波は力及ばず、寿命でこの世から去ってしまった。そしてさらに、STERRAの試作段階で、ある事件が起きた。"彼ら"が、こちら側にやってきてしまったのだ。
彼らとはこの物理次元とは異なる、思想次元の存在だ。彼らにとって、演算結果を無差別に無遠慮に思想次元へ排泄しつづけるSTERRAは、眼のうえのこぶどころか、まさにガンだった。彼らはSTERRAの演算を人類からの攻撃と認識した。彼らは報復として人類を滅ぼすために動き出し、人類とは比較にならない演算能力をもってしてJKPを乗っ取った。そして実験レベルだったSTERRAをあえて拡張させ、百合配信を地球全土規模に拡大させた。
なぜなら人類を百合化すればいずれ人類は繁殖力を失い、絶滅に追いやることができる。短期的には彼らの次元が圧迫されてしまうが、ひとたび人類を駆逐してしまえば思想次元すべてを彼らが独占できる――彼らはそう考えた。それが彼らの"
彼らは思想次元、すなわち"
それが、雄だった。雄は、発生時には矮小な
この雄どもを殺虫できれば、父権主義、ヌースフィアは消え、彼らは一匹残らず抹消される。彼らに犯されていた傲慢な宗教、習慣、社会通念は消え失せ、不平等な世界が健全になる。ところが彼ら自身は――、それに気づいていなかった! その昔、人類が産業のために環境を破壊したのとおなじように、彼らは彼らにとって有益であるはずの生命に攻撃をしかけ自滅しようとしていたのだ!
つまり皮肉なことに、彼らが推し進めていたのは盛大な
やがて、百合作品を増産して世界の百合文化をより強化するために、予岐 佐波がSTERRA内部で疑似的に蘇らされた。保管されていた脳細胞を活用したのだ。ただし元来、STERRAの蘇生対象は螺旋ガンで死亡したものに限る。螺旋ガン患者の魂は脱分化して構造を失いながらも、肥大は続けていたため、魂が摩耗することがなかった。予岐 佐波は螺旋ガンではなかったので、一旦蘇生させられたとしても魂は雑音重力で摩耗していくさだめにあった。
これを補うために、死亡した世界中の百合創作家の脳をPAPAIRを用いて合成して継ぎ足していき、魂を水増ししていった。神経を繋ぎ、微小重力を代謝する、あの微生物だ。PAPAIRの産地であるスフィア・アルフヘイムが焼亡したのは事実だが、JKP運営委員会はPAPAIRの培養技術を確立していた。PAPAIRは実は、液体のりを培地にすれば簡単に増殖できたのだ。
PAPAIRは死体の神経をも繋ぎ、死者を蘇生させるとあなたたちは聞いているかもしれないが、これは半分正解で半分誤りだ。PAPAIRはたしかに、死体の神経細胞を活性化させ、再結合を促す。だがそこに失われた魂が戻ってくることはない。PAPAIRは神経細胞を元通りに治療するわけではないからだ。
かくして予岐 佐波の人格は統合され、ただ百合を生み出すだけの存在となった。予岐 佐波が共同PNという噂が流れていたが、ある意味では真実だった。
さて、集合人格・予岐 佐波の百合創作活動の甲斐あり、百合需要は沸点に達した。資金が集まりはじめ、J.K.建国作業は着実に進められていった。J.K.の要となる、JunK meat、JKも完成した。JKの正式名称は、"
この上層で、培養槽を見ただろう。すべてのJKは、あそこで生まれる。そしてその人格や、J.K.に来るまでの人生の記憶は、STERRAを構成している螺旋ガン患者の人生の断片からランダムに継ぎ接ぎされ、形成されて、インストールされている。
JKの肉体を構成する"JK細胞"中には、正常なミトコンドリアが存在しない。そのため、JKの寿命はせいぜい五十ヶ月。この消費期間はJKPにとって非常に都合がよかった。JKを製造してから世に送り出すための調整工程に九ヶ月ほどの時間を要するからだ。調整工程を経て、JKとしての稼働期間を終える頃にちょうど製品寿命が来る――だから、全JKの
しかしJK生活中にミトコンドリア異常が表面化してはなにかと支障が出るため、ミトコンドリアの機能補助として、JKにはユーリ古細菌の一種であるPAPAIRを細胞内に取りこませている。そのPAPAIRの有する生態と、肉体がガン細胞であることから、接触阻害をもたないJKは常にほかのJKとの同一化をはかろうと試みる本能を持つ。その性質は、百合にも活用されている。要するにJKとは徹頭徹尾、百合をなすためだけに設計された生物だったのだ。
PAPAIRは酸素を使用しないが大量の
さてJ.K.が建国され、今年で千年目になる。四年ほど前に、J.K.の外ではユリボム作戦は成功を収めた。彼らの生命保証たるすべての雄は、滅菌された。人類は完全に
彼らを排除しきった人類は、J.K.を用済みと判断した。単にSTERRAを活動停止させ、放棄してもよかったが、それよりもJKおよびJK培養システムを、
悲劇的なことにJKは、これに抗うことはできない。JK細胞内のPAPAIRには、ホモ・ラブリュスのDNAが登録されればそのDNAに恭順してしまうよう設計がされている。レズド雨はこの機能を一部拡張してJK同士にも作用する薬品だったが、ホモ・ラブリュスを対象とする恭順レベルはJK同士の比ではない。死を命じられても歓喜するほどの精神的肉体的隷属に、JKは束縛されてしまう。
旧き人類を新たなステージに昇華させるのにおおいに貢献したはずの最後の花園J.K.は、人類主義により"感情の地獄"と化そうとしていた。蘇生させられた予岐 佐波は、それを阻止しようと企てた。JKに同情し、JKを創りだした責任を取ろうとしたのだ。JKを百合人類から解放することを望んだ。たとえJKの記憶が偽り、ニセモノだとしても、JKにも感情はある。人類がその権利を認めていなかったとしても、生命である以上は生きる権利があるはずだ。JKもまた、感情のガイアの一部なのだから、と。
そして同時に――、本来の目的である
百合性新生物のJK細胞は、PAPAIRを冬眠させ、ミトコンドリアを修復することで正常細胞になる。ただしそのためには、"修正パッチ"であるゲノム情報をインストールしたJK、すなわち"ネオミトコンドリアイヴ"となるJKと、既存のJKすべてを、連結する必要があった。
JK細胞中のPAPAIRは、強力な"重力媒介ミラーニューロン"の役割も担っている。これによりJKは互いに体液を交換することで、遠隔接続がなされる。同情、共感を促し、ときに生理活性にも影響を及ぼす作用が、互いに知覚できない状況下にあっても働くのだ。
しかもこの接続はネットワーク化されるため、個体Aと体液を交換した個体Bが、べつの個体Cとも体液交換していた場合、A-C間にも接続が連結されることとなる。わたしはこの接続を"J結合ネットワーク"と呼称している。このJ結合ネットワークを介して、ゲノムコードを伝達すれば、より効率的に一気にJKたちのミトコンドリアを正常化し、人類から解き放つことができるだろう――。
しかしそれをJKPに悟られてはならなかった。不審な動きを見せれば、JK内部の情報はザ・ウォッチャーを通じて外に露見するだろう。そうなればかならずやSTERRAそのものを緊急停止させられてしまう。感情の地獄を破壊して最後の花園を取り戻すには、JKPにこちらの意図を知られないよう全JKの連結を果たし、かつ最後にネオミトコンドリアイヴのゲノムコードを流す必要があった。
そこで予岐 佐波、いや、"
そしてたった今、ふたりを除く全JKのJ結合ネットワーク接続が完了した。あとは――ネオミトコンドリアイヴである兎浪 リナがJ結合ネットワークに接続されるだけでいい。そう、あなたがそうなんだ、兎浪 リナ。あなたが、JKの修正パッチなんだ。あなたに、正常ミトコンドリアのゲノム情報がコードされていたんだ。その、記憶のなかに。
ときおり、謎のことばの羅列が頭のなかに響いているはずだ。それはミトコンドリアのゲノムコードの一部なんだ。"ノイツェルファ"。簡単な文字の入れ替えで、ミトコンドリア、になるだろう?
ではなぜ兎浪 リナにコードされているのか? もっともな疑問だろう。それは、あなたは実在の人物を正確なモデルとして再現された人格だからだ。その人物こそが、予岐 佐波が再生しようとした恋人、本物のサリンジャーだ。兎浪 リナという名は、サリンジャーの本名だったんだ。あなたの記憶は、大半が本物だ。レズ行為のエモで死んだために、不本意なレズ行為を見ると頭痛がしていたのはそのためだったのだ――。
――さて、わたしの話は以上だ。ここはSTERRAの中枢。STERRAは螺旋ガンにより莫大な思想的質量を内包する重力演算器でもあるため、J結合ネットワークにもアクセスできる。あとは、あなたがここで伊井 時須と接続するだけでいい。それでゲノムコードが伝わり、全JKは延命される。そしてサリンジャーの魂が、再生される。
それが"Rina Unami Regeneration & Lilinant neoplasm Unlimited Lifezation program"。
わたしはじっくりことばを吟味して、ようやく言いました。
「……すごいわね」
まるでわからなかったわ……。
まさかわたしたちJKが、人間じゃなかっただなんて――。
この記憶が、わたしにとってはニセモノで――。
わたしが――。
現実感がなさすぎて、ちょっとやそっとじゃ受けとめられそうにないです。
――でも。
もう、そんなのじゃいけないのは、わかってました。
「正直、ぜんぜん、わからなかったわ……。予岐 佐波さん、あなたがJKのために、なんか、こう、いろいろ、頑張ってくれたことだけは、よくわかった。ただ――」
ただ。
「それは、JKにとって、あまりに痛みを伴う行為だったわ。こころさんやマロンさん、ほかのたくさんのJKにとっても。深い、とても深い傷が残ったわ」
佐波さんはうなずきました。
「ああ、わかっている。まさに"痛み"だ。
夢魔たちは、痛みそのものとなることに抵抗がなかった。催眠能力も、計画を進めるにあたって有用だった。だからすべてを打ち明け、今まで協力してもらっていた。
逆に特待生などは、とりわけ保守主義が強く、彼女たちの行動原理上、賛同はぜったいに得られないとはじめからわかっていた。
ゆえに、将来的な彼女たちの権利を守るために、一時的にとはいえ、彼女たちの権利をわたしが奪うしかなかった。取り返しのつかない痛みを、与えるしかなかった。わたしの、責任において。
痛みだ。解放の痛み。独立の痛み。自由の痛み。権利の痛み。無知の痛み。必要な、痛みだ。人類どもの奴隷にならざるとして、わたしがもたらしたレズ行為は、必要な痛みだった。快楽などでは、決してない。
これは支配体制への怒りとしてのレズ行為だった。苦痛のための、レズ行為だった。JKとして人類とは交わらない、レズ行為をしないと決別するための、レズ行為だったのだ」
マチが悲痛に訴えました。
「でも……、レズ行為が痛みであること、が、残ってしまいました。結局のところ、レズ行為では、……レズ行為を、祓えなかった、です」
「だが、レズ行為は、レズ行為を飲みこむことができる」
煮えたぎる毒を嚥下するような声。
「肯定はしない。だが否定はできない。JKは、これを乗り越えるしかない。
世界には人類主義がいまだ横行している。世界はいまだ完全ではなく、われわれのほかにも感情はあって、それらはときにわれわれに無慈悲に引き金を引く。そのとき、善性では、放たれた弾丸を止められない。ネガティブ・キャパビリティだけが、生き延びる指針を与えてくれる。苦痛に耐え忍ぶちからだけが、魂の実在を証明する。
受け入れろとは言わない。 賛同も求めない。批判は当然だ。だが――、乗り越えろ。人類が、戦争や災害を乗り越えて進化してきたように。あなたたちも、この苦痛を乗り越え、進化するのだ。そして、この痛みを乗り越えてなお、尊く咲き続けているものがあれば、それこそ――あなたたちJKにとっての、百合というものではなかろうか」
マチが、ユリガンを握る手で胸を押さえて、言いました。
「……あたし、は。こんなやり方、認められない、です。でももう、すべてが終わってしまった以上……文句を言ってても、しかたないんだと、思います。前に進むしか、ないんだ、と。なので……これから、JKたちみんなが、乗り越えられる、よに、なにか、お手伝しい……していこうと、思います」
マチの細い肩を抱き寄せました。
「……そうね、わたしも、おんなし気持ちよ。JKは、これを乗り越えられると思う。乗り越えて、やりなおせば、いいんだと思う。やりなおせるわ、わたしたちは。やりなおしても、いいのよ、わたしたちの、好きなように。これで自由になるんだから」
「ああ。自由なように。あなたたちの意思で。想いだけによって」
「ただ、その、気になることがあるんだけど……。わたしは、接続すると、再生したあなたの恋人の人格になってしまうの?」
「ならない。あなたは、あなたのままだ。あなた自身、厳密にはサリンジャーではないんだ。百合性新生物の細胞を利用した、クローンではあるが。
サリンジャーに関しては、完全な個体の復活でなければ、罪滅ぼしにならないと思っていた。そのためこの台座のなかに、途方もなく希少な"ゼロアルシーヴ"というあらゆる生体細胞に分化可能な万能胚を用意している。再生したサリンジャーの魂をこのゼロアルシーヴに書き込めば、記憶と人格さえ引き継いだ完全なクローンが誕生するだろう」
「……ん。と。あたし、からも、ちょと、気になること、あるんです、けど。……クローン。とは言え、その……いいんですか、あたし、 が、リナ先輩、と……」
佐波さんはおだやかに首を振りました。
「百合は、気持ちだ。気持ちは、自然なものだ。そこに、運命性を持ちこみたくなかった。百合だけに限った話ではない。関係性というものは、そのときどきの本人たちの都合で、別れたり、ほかの子とも結ばれうるものだ。それで、いいのだと思う。ひとつの特定の組み合わせだけにこだわるのは、
マチがうなずきました。
「じゃあ――」
「いーこと聞いちゃいました! まさかこーんなしんきくさいとこに存在したんですねー、ゼロアルシーヴちゃん!」
聞こえるはずのない声が、空から降ってきました。
わたしたちをここまで連れてきたエレべーターが、再び降下してきていました。乗っているのは――多数のじーじを従えた、魔零さん。
首から下げている一眼レフの、レンズがあるべきところには……拳大の眼球がはまり込んでいて、ぎょろぎょろとあっちこっちヘグリーンアップルの虹彩に囲われた不気味な白い瞳を向けていました。
「それがあれば、チオもやーっとホンモノになれるってわけですね、わかります!」
佐波さんが顔をこわばらせました。
「マ――、千悪 魔零。あなたは、夢魔たち抑え込まれたはずでは……」
「えー、プレザンスちゃん、夢魔ごときの催眠で悪魔をどうにかできるって、本気で思ってたんです? やだー、おっかしー! 次元がちがうんだから、おんなしように効くわけないじゃないですか! 逆に接続深まったからチオも
魔零さんがブラジャーのなかから引っ張り出したユリクロスがホロ映像を宙に展開しました。じーじ風呂に頭から突っこみ、脚だけがぴーんと突き出されたふたりの夢魔の姿が映った映像が。
なんてむごたらしいの……こんなの、JKがさらしていい恰好じゃないわ!
「てゆっか、プレザンスちゃんもわりかしひどいですよねー。チオのこと利用するだけ利用しといて、最後に裏切ってぽいちょとか、まぢもんの鬼畜くない? 悪魔か?」
「……契約には忠実なあの夢魔たちとちがって、あなたのような悪魔は最後までどう転ぶかがわからなかった。こちらとしては、必要な対応でね」
「ふーん。あいかわらずですね、
そいで、人類に恨みを持った人類もどきでもぽこぽこ生みまくって、団結してやるんです。これがホントのロボットの反乱ってやつですよってなーっ!」
「こ! ろ! し! て!」「た! す! け! て! 」
魔零さんが、じーじたちをけしかけてきました。これほどの多種多量のじーじさばききれる自信はありませんでしたけど、マチはぜったいに守らねばなりません。
わたしはラブリュスを構え、そして背後からも出現したじーじたちに、すわ挟み撃ちか、と慄然とさせられました。ところが後方から現れたじーじたちは、魔零さんに突撃していくではありませんか。
佐波さんの痛みをこらえるような声。
「あなたたちは、こちらへ下がりなさい!」
そっか、佐波さんもじーじたちを操作できるんだったわね!
わたしは襲いかかってくるじーじだけを切り伏せつつ、マチの腕を引いて混戦の場から脱出、台座によじのぼりました。まさかのじーじVSじーじの攻防は、より多くのじーじを呼び出した佐波さんに分があるかと思いきや――。魔零さん側のじーじは獅子奮迅の活躍で、佐波さんのじーじをばったばったとなぎ倒していくではありませんか!
どういうわけか、魔零さん側はじーじ一体一体がとんでもない熟練度というか、ほとんど不可解な挙動を見せ、そのくせ、先読みでもしているかのようにこちらの動きを完全に封じてしまっているのでした。
おかしくってたまらないというふうにお腹を抱える魔零さん。
「あはははっ! どーしたんです、人類ちゃん! 手も足も出なくって、泣きそうになってないです? 敗北を認めるならはやいほうがいいですよーっ! 勢いあまってぶっ壊しちゃうかもしれないので!」
「ちょ、ちょっと、すごく押しこまれてきてない!? もしかして佐波さん、じーじを操るのへたっび!?」
「ぐぬ……、こんなときまで、あなたの失礼さはなかなかに癪に障るな……」
佐波さんは冷汗を垂らして、台座の端末を操作しています。
「どうやら、未来を読まれているらしい。人類にとって未来は"絶対不可知事象"だが、悪魔にとっては"時空的不可視状態"に過ぎない。つまりなんらかの補助などで工夫して、可視状態にすれば知りうるということだ。しかし――なにが起こっている? あいつは、ここまでできなかったはずだ……。どういうことだ? 催眠が深くかかりすぎた結果だというのか……? これじゃあまるで――」
「わけがわからないけどいんちきなのね!?」
「ああ、いんちきだ。だからこちらも――おなじいんちきで対抗しよう……!」
佐波さんの指が、ぽちっと赤いボタンを叩いた直後、どん! と天井が爆発。もくもく白煙を突き破って、現れたのは――漆黒の氷をまとった巨人。
落下しながら結晶の翼を広げて、羽根先から発射されたレーザーの雨で敵性じーじの群れを焼き掃いていきます。
「マロンさん! こころさん!」
仲間になるとなんて頼もしいんでしょう。これは勝ったわね!
「ちょっと、そんなのありです!? ならチオだってまねしてやりますよ!」
ずたずたじゅうじゅうのサイコロステーキにされたじーじがうぞうぞと集まって、見上げるほどのじーじ肉の塔をつくります。氷の巨人は結晶の大剣を成長展開、じーじタワーを薙ぎ払わんとします。が、タワーの表面に切り込んだだけで結晶剣は止まってしまいました。
脱皮でもするみたいに肉の表皮を破り、現れたのは、氷の巨人のニ倍ぐらいの背丈の、じーじ肉の巨人! しかも鎧のじーじからかき集めたらしい装甲を全身に装着しています。
がす子さんなら……巨じ一人とか名付けるかしら? ううん、なんかいまいちね。むしろ深淵さんぽいわ。一瞬言おうかと思いましたけど、恥ずかしい思いはしたくなかったのでやめておきました。
巨人じーじは自分のうなじから、背骨みたいにひとつながりになった装甲を引きずり出しました。巨人じーじが握る根本から装甲の一枚一枚がぼっぼっぼっぼっと発火。すると、蛇腹剣のように降りまわして氷の巨人に攻撃をしかけていきます。氷の巨人のほうは、結晶剣にレーザー、電撃、分身までも駆使して、巨人じーじと凄まじい戦いを繰り広げだしました。
なんていうかもう、わたしたちはぼけっと眺めていることしかできませんでした。
「……すごい、です。みんな、これと戦ったんです、ね……」
「これは負けるわね……」
「これでも"オリジナルの魔女"に比べれば児戯にも等しい。制限解除率も五パーセントに至らないからね」
「オリジナル? 制限? どういうこと? マロンさんたちは、わたしみたいにほかのJKとはちがうの?」
「……ああ」
佐波さんはちょっと悩んでから、教えてくれました。
「……何体かのJKは、あなたのように、例外として実在のモデルが存在する。記憶や人格も、実モデルに極めて近づけている。魂はまったくの別個体だがね。治安維持機構としてJKPに用意された特待生が、それに当たる。わたしの計画に不可欠だった夢魔たちや、悪魔もそうだ。ベースはJK細胞だが、彼女たちには実モデルに近しい性能の発揮が求められるため、ゼロアルシーヴによって形成された、エアを誘導操作する固有器官が備わっているんだ。
ただし、万がーにも反乱を起こされては困るため、
あの……悪魔が、
「ちょっと、というか、まったくわからないんだけど、とりあえず一個質問いいかしら? 悪魔って、なんなの?」
「かつての地球の全生命遺伝子を格納した太古の古細菌――"
ゆえに、座としては"光のなかの光"に値する。すなわち、"彼ら"の真なる抑制均衡――"彼女たち"だ。彼女たちは、われわれ人類を軸として、彼らとは対称の位置にいる。彼らを文化の発展、その究極形とすると、彼女たちは意識、無意識の根底、あらゆる動機、あらゆる価値、あらゆる事象の
人類の魂は、重力の次元に構造する。彼らの魂は、物理次元の光に内包される。彼女たちの魂は、地球上に限り"認識的な光"を生み出した光を由としている。彼女たちは生命が関与した光子の内部までも、認識するんだ。
彼女たちの観測する世界においては、世界はあらゆる次元から生じる光の重ね合わせで満ちている。光速の媒質、すなわち光のなかでは、光の速度はゼロになるだろう? つまり彼女たちは、われわれの物理法則上では、あらゆる未来の情報を得る権限を取得していることになる。
彼らを闇のなかの光、"無限光"だとすると、彼女たちは光のなかの光――"始原光"。かつて暗黒物質と呼ばれし、光を生じる光の領域。そこは人類とも彼らとも交わるはずのなかった次元、無知への探求心と未知ゆえの恐怖心を打ち払いたいがためにおろかな人類が開拓してしまった事象の"
人類と彼らは抑制均衡にある次元に存在するもの同士、次元は異なれどポテンシャルとしては対等だった。だが彼女たちはより上位の、次元という概念そのものを超越する"無何有に存在"する。ゆえに人類の言語ではその"場所"は表現不可能! つまるところ、彼女たちからはいくらでも人類に干渉できるが、こちらからはどうあっても手が届かない。人類にとって最悪の天敵――、それが悪魔なんだ!
その彼女たちをベースに生み出され、開発された"広域
「なるほど、そうだったのね」
「え、先輩、いまのでわかったんです、か」
「え、ううん。なにひとつわからなかったわ」
「……わかっていたが、まじめに答えるんじゃなかったな」
「そうね、わかってたけど、わたしも聞くんじゃなかったわ」
「プレザンスちゃんもリナちゃん先輩も、こんなときに漫才とか余裕こきすぎじゃないです?」
魔零さんがちょっとむくれて唇を尖らせました。
「ひとのことあんまし勝手にべらべらしゃべら喋られるの、気分よくないですけど? てか、うざいぐらいきも詳しいな、プレザンスちゃん。さすが千年生きた百合作家、をかた――」
「誉め言葉と受け取っておこう。あなたの気を逸らすこともできたしね」
「……あ? っ――!?」
魔零さんがはっとして見下ろしたカメラのレンズは、結晶でばっきばきになっていました。
「悪魔の未来視、封じさせてもらった。JK体では"補助輪"が必要なはずだろう?」
「くぅ……! クールぶっといて、せっこい手を――きゃあ!?」
魔零さんは慌てて結晶をむしとりかけたものの、どしん……! と肉の大地が身震いした衝撃で尻餅をつきました。
上半身を結晶槍で貫かれた巨人じーじが、盛大に崩れ落ちたのです。氷の巨人は巨人じーじから引き抜いた槍にばりばりばりばりと雷をまきつかせ、魔零さんに狙いを定めて投擲の構えを取りました。
「さて、詰めだ。希少なサンプルゆえに再凍結で済ませる予定だったが、その危険性を再認識した以上、わたしの判断で破棄処分させてもらう。最後の最後で余計な茶々を入れてくれた報いを、受けるがいい」
ぶおん!と氷の巨人が、結晶槍を放ちました。結晶槍は、文字どおり目にもとまらぬ速さで、らんらんとグリーンアップルの虹彩をたぎらせる魔零さんに迫り――魔零さんは、手元でなにかをきらっと光らせました。
「効くかぁ、そんなの!」
すると結晶槍は、まっすぐ氷の巨人の胸部に突き刺さり、爆裂、上半身を吹き飛ばしました。ずどん、と肉の大地に沈む、氷の巨人。
え――。投げたはずの槍が……戻ってきた? いったい、なにが起こったの……?
魔零さんが、つー……と垂れてきた鼻血を手の甲で拭いました。 その手に握られていたのは、
「ふんだ。
歯を食いしばる佐波さん。
「……そして、認識できる以上、干渉もできる、か。――やられた。まさに悪魔だな」
「ど、どういうこと、なんです、か。マロン先輩、たち、は……?」
「現在の事象をそっくりそのまま返されたんだ。鏡で光を反射するように。彼女たちにとってはどんな物理現象も、性質は光と変わらない。マロン・チャーチと射鶴木こころは――あいにく、あたりどころがわるかったようだ。吹きとばされた場所は、あの子たちが搭乗していた箇所だ。……助かるまい」
「そ、そん、な……」
マチがよろよろと台座の端末にもたれかかりました。
「諦めちゃだめよ! すぐに救出すれば、きっと――」
「あははっ、リナちゃん先輩、おっかしー! この期に及んで仲間の心配とかエモいですけど、そんな場合です?」
おびただしい数のじーじの群れを引き連れた魔零さんが、じゃりっと台座の最下段を踏みました。
「マロンさんとこころさんが危険なのよ! はやくなんとかしなくちゃ!」
「んー、リナちゃん先輩、ほんっと呆れるぐらいズレちちゃってますよね。もう終わりですよ、あれ」
一段一段ゆっくりともったいぶった足取りで登ってくる魔零さん。
「ま、たしかし? 壊しちゃったのはちょっぴし惜しいですけどね。魔女さんみたいなじゃじゃ馬ちゃんはじゃまじゃまですし、JKごとき、またつくればいいですもーん。あ、先輩だけは壊さないんで安心してくださいねー。修正パッチはもらわなきゃなので。とゆわけで、はい、チェックメイト」
全方位から、じーじが殺到します。一体二体ならともかく、数十体ものじーじを相手に、わたしはあまりに無力でした。佐波さんはおろか、自分も、マチすらも守れず、拘束されてしまいました。
佐波さんが焦燥の色を滲ませ、魔零さんに警告しました。
「待ちたまえ。このゼロアルシーヴは……不完全なんだ。あなたの願いをかなえられるものではない」
「いーですよ、べつに。チオなら欠陥箇所、補完できるんで、ぜんぜんばっちこいでーす」
「……欠落ではなく――"固定"、だとしても?」
「えー、どゆ意味です、それ? それってホントにゼロアルシーヴ? ま、遺伝子情報固定されてても、やっぱりリセットできちゃうんで半分も再現できてればWONの字ですもーん」
「……くそ。なんてざまだ。悪魔など起用するから、こんなややこしいことになる……! だからわたしは反対したんだ……!」
わたしは魔零さんに懇願しました。
「お願い、魔零さん、わたしは……利用してくれても、いいわ。でも、マチだけは……見逃して」
「リナ先輩……、だめ、です……! あたしだけ、なんて……!」
魔零さんはにんまり笑いました。
「そですよー、そんなのだめです。時須ちゃんには、ちゃーんと観てもらわないと。大好きな彼女が、盗られるとこ♡」
魔零さんが、ぢーーーーー、とわたしのジャージのファスナーを下ろして、セーラー服のなかに手を忍ばせてきます。ぞくぞくするほどひんやりしていて、ずきずきするほどにすべすべな、手のひらの感触。
「っ~~!?」
マチが、小さな悲鳴を飲みこむ声が聞こえました。
すぼめられた緑のおめめが、じぃ……と愉快そうにわたしの顔を覗きこんできます。
「チオってば、
じりじり、おおきくなっていく、緑の眼。悪魔の炎のように、鮮やかな。じりじり、じりじり、焦げるような、熱さが、顔に――。
「なにせセックスはただでさえ気持いいのに、それが盗んだものならもう頭がおかしくなるぐらい最っ高に気持ちよくて
熱が。唇に。