※この作品はR-18です。

百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ!   作:伊土 讃阿

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part 3 汝真なる偽空、魔女あやす澪也

 

 

 

 /Stage IV End-of-world care - 世界終末医療 -

 /part 3 汝真なる偽空、魔女あやす澪(MIO)也

 

 

 

 触れる、前に。

 

「そのうすぎたねえ面ぁどけな、クソボケ」

 

 耳がもげちゃいそうなぐらい汚いことば遣いと、一条の赤い熱線が降り注いできました。

 

 魔零さんはさっと飛びのき、寸前までかわいいお顔があった空間の空気を、火の奔流が焼き焦がしました。わたしの前髪が、ちりちりとすこし燃えます。

 

 どんっ! と落ちてきて、魔零さんの前に立ちはだかったのは――消防士コートが目立つ、赤毛を三つ編みにしたメイドさん。

 

「深淵さん! 捕まってたんじゃ!?」

「起きたらいんちきぱそこんのやついなかったからよ、抜け出してきたぜ。へっ。てめえこそいつも捕まってんな」

「んな! あなたこそ、またもうちょっとでわたしが死んじゃうとこだったじゃない! 薄汚い面ってなによ! 前髪どうしてくれるの!?」

「てめえに言ったんじゃねえよ。つか犯されそうだったの助けてやったんだからまず感謝しろっての」

 

 魔零さんがぶすっとしました。

 

「深淵ちゃん先輩、お邪魔虫にもほどがありますよ! もーちょいだったのに!」

「はっ。ようやく本性現しやがったな、クソ悪魔。流れはよくわかっちゃいねえが、"接続"で流れこんでくるJKどもの感情でわかるぜ。てめえが要するに最後の敵(ラスボス)なんだろ? ちょうどいい、もとからてめえは気に喰わなかったんだ。アタシを――うちのもんをコケにしてくれた落とし前、つけさせてもらうぜ」

「ふーん、威勢だけはいいみたいですけど。できそこないの欠陥魔女さんがなにしにきたんです?」

「欠陥かどうかはてめえでたしかめな。――LESSちから、解放。"天(そら)の手"」

 

 かっこつけた台詞とともに深淵さんが右手を突きだすと同時、じーじが魔零さんをかばうように飛びだしてきました。直後、なんの前触れもなく、ばんっ! と内側から破裂するじーじ。肉汁がもろにわたしにかかりました。

 

 魔零さんがぎょっとして台座から飛び降ります。

 

「ひぃ!? 殺意たか!」

「ああ、だから避けねえほうがてめえのためだぜ。ちゃんと当たればなにも感じねえまま逝けるが、当たりどころがわるけりゃ――死ぬほど痛えぞ」

 

 深淵さんが右の手のひらを頭上にかかげました。飛び散ったじーじの肉片が掃除機で吸われたみたいに手のひらに集められていき、ぼっと発火。大炎上。しかも炎は自らの意思を宿しているかのようにうごめき、まるまり、太陽のような火の玉となって、赤々と燃え盛ります。

 

「――"天(そら)の炉針(ろしん)"」

 

 火球がぼわっぼわっと二、三度脈打ったかと思うと、赤い光線が噴射、魔零さんに襲いかかります。魔零さんはけたけた嘲笑しました。

 

「あははっ! 途中参戦の深淵ちゃん先輩は知らないかもですけど、チオに飛び道具は効かないんですよねー! 即行で退場してください!」

 

 先ほどと同様に魔零さんが緑眼を光らせるや、光線は反射されてしまいました。直撃すれば深淵さんでさえきっとただでは済まされないその攻撃は、しかし消防士コートに触れる寸前で、ぐにゃぁとねじ曲がって軌道を変え、深淵さんの周囲をぎゅるぎゅる渦巻き、光の輪になりました。

 

 深淵さんは不敵に口端を歪めました。

 

「へえ、そうかよ。奇遇だな。アタシも飛び道具は効かねえし、送り返せるんだぜ。――"天(そら)の回廊"」

 

 そして再度、光線は魔零さんに放たれます。魔零さんは意外にも応酬を重ねず、今度は回避に専念しました。

 

「重力スイングバイ!? くっー! こっちはリスク負って反撃してんのに、そっちは省エネカウンターとかズルじゃないです!?」

「あ? たりめーだろ。生存競争てのは、つまるところ選択肢の潰しあいだ。あいにく、こちとらできるこた多くねえ。ならまずは敵の手札の有用性をなくす。基本中の基本だろが」

 

 火球からさらに三本の光線が噴出し、わたしたちの拘束を焼き切ってくれました。人質すらも失った魔零さんが激昂して、鎧のじーじを深淵さんに差し向けました。鎧のじーじは装甲で光線をはじき、深淵さんを押しつぶさんと突撃してきます。

 

「おーおー、馬鹿正直に一列になってくれたな。狙いどおりだぜ」

 

 右手をぎゅっと握りしめるや、火球は内側に爆発するように圧縮。絞り出されるようにして、眼を焼くひときわ強い光線が先頭の発射されました。それは先頭のじーじを鎧ごと跡形もなく吹き飛ばす威力を発揮しましたけど、火球はその一撃で、なくなってしまいました。

 

 魔零さんがにやっとします。

 

「あっれー? どしたんです? 調整ミス? 舐めプかな? 後続がまだいますよ!」

「ああ、後続なら、こっちにもあるぜ。てか、本命だがな」

 

 深淵さんの右手には、黒い小さな球が、くすぶっていて。深淵さんがふっとその黒球を一息するなり、表面から黒い糸が飛び出し、鎧のじーじを装甲ごと一気に貫通、ずばっと両断! 鎧のじーじの一隊を、一瞬にして沈黙させました!

 

 佐波さんがほう、と感心します。

 

「ブラックホールの蒸発方向を誘導したのか。さしずめブラックホールビームだな」

 

 鼻で笑って、どや顔の深淵さん。

 

「はっ。そんなだせえ名前じゃねえよ。すべてを無に引きずりこむ宇宙の亀裂――"天(そら)の深淵(しんえん)"だ」

 

 魔零さんが歯噛みしました。

 

「はー? 自分の名前入れほうがださいとか思わないんです? ま、でも……今のじゃ仲間は守れないですよね!」

 

 ぼこぼこぼこっと台座の周囲の地面が隆起して、新たな鎧のじーじが出現しました。マチと佐波さんに襲いかかっていきます。

 

「なっ!? 魔零さんもじーじを呼び出せるようになったの!?」

 

 ……いえ、たぶん、できることを、ずっと隠していたんです。この瞬間を狙って……!

 

 わたしは慌ててマチをかばおうと前に出て、呪文を唱えかけたところで――、ざくざくざく! と上空から射出された大量の鉄の杭が鎧のじーじを地面に縫い留めるのを目の当たりにしました。

 

「――あたしの友達に手を出すなんて、いい度胸ね」

 

 コウモリじみた深紅の翼膜を広げて、ふわ……とマチの隣に優雅に降りてきたのは、J.K.いち美しい吸血JKと、小鳥。

 

「音波ちゃん! ミセス・ミラーカ!」

「ケガはないようね、時須」

「うん、ありがとう。助けて、くれて……」

 

 甘えるように胸に飛びこんできたミセス・ミラーカの頭を撫で撫で、マチが笑みを見せると、音波さんはぷいと顔を背けました。

 

「……べつに。あんたがいなくなると、つまんなくなるからってだけよ。これ、持ってなさい」

 

 マチに傘を手渡すと、音波さんはおもむろに血の短刀で手首を裂いて血を霧状に展開。するとどうでしょう、機をうかがってうろついていた鎧のじーじの金属の装甲が、ぼろぼろと腐食していくではありませんか。ほかのじーじも、体表に血がまとわりついて、ものすごく動きづらそうな様子。

 

 魔零さんが地団太を踏みました。

 

「あー! またズルくてせっこい真似して! なにげにチオより顔がいいくせに!」

「ふん。素殴りが通りにくいなら、弱体化(デバフ)撒くのは当然でしょ。手番がむだにならないように、そうやって準備が整ってからするものよ――総攻撃は」

 

 いつのまにか音波さんの足元に広がっていた血だまりから、ずるずると、鉄の樹が伸びてきました。それはすくすくと育っていき、幹の根元には――シカの頭。いえ、鉄の樹ではなく、角だったのです。鉄でできたシカが、血だまりのなかから這い出てきていたのでした。

 

 シカだけではありません。クマやヒョウ、イノシシ、ワニ、ゾウ、ネズミ、オオカミと、次から次へと出現したすべての動物が、鉄でできていました。

 

「――蹴散らしなさい」

 

 音波さんの冷たい号令を受け、鉄の獣の軍勢たちがじーじになだれこみます。鋭い鉄の牙や爪を前に、じーじたちはなすすべもなく圧倒されるのみです!

 

「こっの……! ならこっちはさらにうえから物理で殴るだけですよ! インフレ上等!」

 

 魔零さんの次なる策は、巨人じーじの大量召喚。単純質量で、鉄の獣たちを押しつぶし、ぶっ飛ばしていきます。音波さんは一転して劣勢に。

 

「――ふむん。巨人型のじーじですか。直感的な操作性と汎用性の高さから、戦術的な質量攻撃を行うにあたっては実用的な型ですね」

 

 落ち着いた声音で冷静に分析するナチュラルキラーサイボーグドラゴニュートゾンビーバニーガールJKが、いつのまにか腕を組んでわたしの隣に立っていました。

 

「あえて呼称するならば――"ジージャイアント"、でしょうか」

「さすががす子さん、いいネーミングね。深淵さんとはちがうわ!」

「あ? んだよ急に。それよかごちゃごちゃだべってねえで手ぇ貸せ、がす子!」

 

 さしもの音波さんも深淵さんも、ジージャイアントには手を焼いている状況です。

 

「ならばがす子もLESSちからを解放しましょう。リーナー、カエルミサイルでジージャイアントを焼き尽くしてもよいですか?」

「……! なにそれ、かっこいい!やってやりなさい!」

「すみません、できません。一度言ってみたかっただけです」

「今思いっきりできる流れだったじゃない!?」

「すみません、ですが――こういうことならできます」

 

 がす子さんはバニースーツの胸の谷間に手を突っ込むと、大量のカエルをげっこげこ引っぱりだしました。それらに爆竹をくわえさせ、点火、ジージャイアントに向かって投げました。

 

 するとどうでしょう、爆竹が破裂し、力エルがはじけると同時、なかからカミソリやハサミが飛び出し、ジージャイアントの足に突き刺さったのでした!

 

 あれはかなり危ない技だわ……! でも……あれ?

 

 魔零さんがぽかんとしています。

 

「え? ……え? がす子ちゃん先輩の、それだけです?」

「……そうですが」

「なんかしょぼくない?」

「……もともと生体部分が少なかったため、あまり制限がかかってなかったようですね」

「あっ、ふーん。察し」

「ざけんじゃねえぞ、ちんどんドラゴン! 役に立たねえならすっこんでやがれ!」

「ちっ……! 肝心なところで使えないじゃない、クソドラゴン!」

「むぅ……すみません……」

 

 深淵さんと音波さんにどやされ、本気で落ちこんだふうにしゃがみこんだがす子さんの背を、マチといっしょにさすってあげます。

 

「気にしないで。あなたは今まで十分すぎるぐらいに活躍してくれたんですもの」

「そです、よ。がす子先輩、いなきゃ、ここまでくることすら、できなかったんです、から……」

「いいんですよ……、がす子のことは放っておいてください……。どうせカエルを育てるしか能のない、図体がおおきいだけのでくのぼうですので……」

 

 普段ばりばり仕事をこなせすぎちゃうからかしら、意外とメンタル弱いのね、この子……。

 

 と、そんなときでした。にわかに一体の巨人の肩が、なんと金色に光りはじめたのです。よくよく目を凝らしてみれば、それは、壷のような形をしていました。

 

 壷がしゃべりました。

 

「じーじゃいあんと、かっこいい。こんどこそ、いただく。LESSちから、かいほう」

 

 壺のなかから、ひょこんとおだんごヘアーのダークエルフの童顔が現れます。次いで、壷の底から黄緑の藻類が急速大繁殖。藻類に全身を覆われたジージャイアントは鉄の獣から別のジージャイアントへと矛先を向け、同士討ちしはじめました。

 

「ちょっとえるふちゃん先輩!? ひとのもの盗らないでもらえますかね!? このどろぼーっ!」

「りゃくだつ、ろかく、戦争のきほん。おまえのものは、戦争のもの。戦争のものは、えるふのもの。おまえの魂、 意味、価値、すべて戦争についやしてやる」

「んっぐあ、話つうじな! えるふちゃん先輩とだけはガチで相容れれなさそですね……。全力でぺしゃんこにしちゃいます!」

 

 魔零さんがぷりぷり憤慨して、全ジージャイアントを、えるふさん操るジージャイアントに組みつかせました。ところが、藻の拡大はとどまるところを知らず、逆に魔零さんの巨人たちも緑の絨毯に飲みこまれ……融合! 苔むす千手観音の大仏みたいになりました。頭上から繰り出される流星群のような乱打で、魔零さん側のじーじは一気に壊滅!

 

「あああ! チオのを勝手に魔改造までしてくれちゃって!」

「ふむん。名付けるならば……あー……"千じー観音"とかでいいんじゃないですかね」

「そこまで投げやりにならないでよ、がす子さん!」

「ぬああ! なんなんです!? もういいです! じーじごときを使ったお遊びはここまでです! はい終了終了閉廷!」

 

 魔零さんが親指の皮膚をぶつっと噛みました。滴る血を地面にぽたぽた落とすや、そこらじゅうから、じーじの肉片がうぞうぞ集まってきました。集合した肉片は、ひとひとりが埋もれそうなぐらいのおおきな肉団子になり、魔零さんがそのなかに一眼レフをずぼっと埋めると――ばかっと表皮がはがれ、それがむき出しになりました。

 

 巨人のそれのような、あまりにおおきな眼が。内部で燃え盛る緑の炎を透かしてぎらぎら輝く虹彩が。虚無のような瞳が。

 

 巨眼は、千じー観音に焦点を合わせ、瞳をきゅーっと絞りました。すると、ぼんっ! と巨体がてっぺんからつま先まで、冗談みたいに緑色の炎に包まれて火だるまになってしまいました! えるふさんは速やかに脱出。

 

 深淵さんがおののきました。

 

「あんなでかぶつが一瞬で燃えやがっただと? いったいなにしやがったんだ?」

「――悪魔の炎。わたしも実際目の当たりにするのははじめてだが、まさかあれまで再現できたとは――」

 

 佐波さんは深刻な面持ちになりました。

 

「あれは厳密には燃焼という事象ではない。すべての次元の観測が極小時空で重ね合わされて生じた非線形観測効果の一種だ。時間と空間の相転移の損失が、エネルギーとなっているんだ。電子レンジならぬ――"時空レンジ"だな。防御不可、消火不可。すべてを焼き尽くす、まさに悪意のかがり火」

「よくわかんねえが、食らったらやべえってことか?」

「クソやべえ、だ」

「解説どうもでーす、プレザンスちゃん」

 

 悪魔のまなざしが、佐波さんを見据えました。魔零さんを除く、その場の全員が、硬直しました。

 

「じゃあじゃあ、どれぐらいクソやべえのか、身をもってレポしちゃってくださいね! 墓石に記事書いたげるんで♡ はい、ちーず♡」

 

 瞳が、きゅーっと、絞られ――。

 

「させっかよ……!」

 

 天の咢を起動しながら、深淵さんが割りこんできました。がおん! と空気が断裂。突風が吹きすさびます。

 

 佐波さんは――無傷!

 

 佐波さんは度肝を抜かれていました。

 

「なんと強引な……だが今はそれしか回避方法がない。助けられたな」

 

 やるじゃない! と誉めてあげようとした深淵さん本人は――、ぼぼぼっ! と鮮やかに右腕を大炎上させていました。

 

「ぐ、ぎぃ……! 消し、きれなかった、か……」

「深淵さん!」

「いけない、リーナー! 燃え移ってしまう!」

 

 膝を突き、苦悶の声を漏らす深淵さんに駆け寄ろうとしましたけど、がす子さんに引き留められました。

 

「でも、深淵さんを助けなきゃ……!」

「ばっきゃろ、がす子の、言うとおりだ……! ぐ、お、クッソ……フッ酸風呂並みに痛えなこりゃ……!」

「あの、ばか……!」

 

 音波さんも唇を噛んで動揺しています。

 

 魔零さんがやれやれというふうに肩をすくめました。

 

「あのー。こっちは何発でも撃てるんですよ? てゆか、むしろ深淵ちゃん先輩だと無限に苦しいだけなのに。むだなことしましたね?」

「――いえ。大変有意義な自己犠牲であったと判断いたします」

「おかげでなんとか再生が間に合いましたのでー。感謝感激こんこんちきですよー」

 

 水晶のように凛とした声と、おっとりした声が、魔零さんのしたり顔をこわばらせました。

 

 声の出所は――溶けかけていた氷の巨人。半壊した胸郭のうえに、浮遊する小結晶を従え十二枚羽をそなえた褐色の天使と、ゴキブリじみたバイクにちょこんとまたがった黒狐がいました。無傷の、マロン・アンヘル・チャーチさんと、射鶴木 こころさんが。

 

「マロンさん! こころさん!」

「ごきげんよう、お久しぶりでございます、兎浪さん。しばらく姿をお見せできず、ご心配をおかけしてしまったようで」

「あ、うん、そうね、久しぶり……じゃなくて! 無事だったのね!」

「いーえー、見事に即死も即死、あっちゅうまにぐしゃぐしゃのペースト状になっちゃってましたよー。おかげで苦しまなかったですけどー」

「そのため、生体再生にこれほどの時間を要してしまいました。お詫びではございませんが、まずはこれでご容赦願います」

 

 マロンさんがふぁさぁ……と羽を広げると、結晶片が鱗粉のように飛散しました。すると、どうでしよう。深淵さんの右腕を焼き包んでいた悪魔の炎が、ぱきぱきと水晶に浸食され、鎮火していくではありませんか!

 

「時空を凍結させて頂きました。進行は阻止できたはずです」

「お、おお……、助かったぜ。やるじゃねえか。有能だな、てめえ」

「お褒めにあずかり光栄です」

 

 慇懃に頭を下げるマロンさんに、がす子さんが眉をひそめました。

 

「……おや、あのかた、もしや――」

 

 魔零さんがいらいらとマロンさんたちを指差しました。

 

「でましたね! 六歳児に、へなちょこラップ狐! ぜったいめんどくさそうだからしれっと最初にぶっ潰したのに! 生命力までゴキブリ並みか!」

「み゛っ!? おねえさんのはラップじゃないですよー!?」

「ええ、こころの言うとおりです。訂正をお願いいたします。ラップではなく、ダジャレでございますので」

「ちーがーいーまーすー! ていうかきみがいじるんです!?」

「ああもう! そういうとこもだぞ! 今度こそ灰になれってんです!」

 

 くわっと悪魔の眼が見開かれ、ふたりに焦点を絞ります。が、マロンさんたちの周囲の結晶片がひときわきらきらとお星さまみたいにきらめいただけで、なにも起きません。

 

「あららー、魔零ちゃん、どうしちゃったんですかー? 自慢の悪魔の眼(カメラ)、ピンボケしちゃってるみたいですねー?」

「くぅー! 座標ごまかしましたね!? そんなことしても肌のしわは消えないんですよ、この年増!」

「に゛!? いちおう肉体年齢はみんなとおんなしぴちぴちの十ハ歳ですよー!?」

 

 こころさんはぷりぷりしながらブリちゃんを飛翔させると、抜刀。

 

「おねえさんを敬わない子にはおしおきが必要ですねー。その壊れたカメラ、おねえさんがばっさりざっくり断捨離してあげちゃいましょー」

 

 燃える氷柱を形成して、矢のごとく悪魔の眼めがけて射出しました。

 

「学習しないおばさんですね! そんなの効かないって――」

 

 たぶん、ふたたび反射させようとしたのでしょう、魔零さんは勝ち誇った笑みを浮かべて鏡を突きだしました。一秒後には、その笑みは凍りついてしまいましたけど。つららは慣性の法則に正しく従って、悪魔の眼のど真ん中をうがち、ぐしゅっとたっふりの肉汁をその辺にまき散らさせましたから。

 

「は? え……? どうして……」

「――姑息な手段で恐縮ですが」

 

 マロンさんが、結晶の槍を形成。肉の壁をひっかきました。肉の裂け目から覗いているのは、七色の光を照り返す水晶。

 

「この階層の外側に、わたくしの脳晶宮殿(シンクォーツパレス)を全力代謝(フルローンチ)させていただいております。展延され、外部の世界とは隔絶されたこの時空内では、星の観測も種の観測も及びません。さらに未来予測・観測・証明・記録も平行(パラレル)処理しておりますので、いかなる次元においても時空多様体は瑕疵も歪曲も知りえないでしょう」

「はああ? そんな……そんな、ピンポイントで悪魔特攻ありです!? ズルい! 認めないです! レギュレーション違反です! いんちきにもほどがあるんですけど!」

「あなたの主張はもっともでしょう。憐憫さえ感じるほどに、ここがアンフェアな環境条件であることは疑うべくもありません。――ですが」

 

 マロンさんはきっぱりと断言しました。

 

「はっきり申しあげましょう。わたくしはあなたに対して、いかなる倫理も道徳も規則も価値も温情も責任も、負う義務がないのだと。あなたがわたくしに敵対行動を取るとはそういう意味なのです。なにせチャーチは代々資産家であると同時に――悪魔祓いでしたので。これはもはや、ただの駆除なのです」

「……は。ははっ。あはっ、あははははは……!」

 

 魔零さんは突然、気が触れたみたいにひとり笑いはじめました。わたしも含め、みんな、ちょっと引いちゃってます。深淵さんが胡乱そうに顔をしかめました。

 

「んだこいつ、追いつめられすぎて狂ったか?」

「ごめんなさーい、だって、おかしいのなんのって。はー、うける。さすが原株(オリジンストレイン)に本命株(ジェニュインストレイン)です。笑かしてくれます」

 

 魔零さんがひーひーと喘いで、パーカーの袖で涙を拭きました。

 

「隔絶時空? それってここは宇宙の外ってことですよ? 自己言及証明次元? それってつまり――どっちの観測が強いかの勝負、実存主義バトルってことじゃん?

 先輩ちゃんたち、なんか忘れてないです? 先輩ちゃんもチオもレプリカ、コピー、オルタナティブ、ニセモノ、うそっぱち、パチモン、ばったもん、ちゃらっぽこ、いんちきですけど。チオの本質は全生命の遺伝子情報であること。そしてここには――それを完壁(ぱーぺき)に再現できるものが、一個だけあるってこと」

 

 はっとして佐波さんが端末を操作しました。台座の下から、試験管を取りつけた細い柱のようなものがにゅーっとせりあがってきました。ただし、その試験管は、割れて、薬液をこぼしちゃってましたけども。

 

 魔零さんが、地面に突き刺していた尻尾をずぼっと引き抜きました。尻尾の先には、真珠みたいにきらきら光る、白い肉片。

 

 を。

 

「ゼロアルシーヴちゃん、ごちになりまーす♡」

 

 魔零さんが、飴玉でも食べるみたいに、おくちのなかに放りこみました。

 

 佐波さんがマロンさんに信じられないという目を向けました。

 

「ばかな……! 時空展延迷宮が突破されたのか!?」

「申し訳ございません。先ほど機能停止した際、理由は不明ですが、一部結晶欠陥が生じていた模様です。……わたくしの落ち度です。弁明の余地もございません」

「いや、あなたを洗脳してわたしがやらせていたことだ。あなたは気に病む必要はない。が、……くそ」

 

 佐波さんが端末を殴りつけました。

 

「プレザンスちゃん、結構頭ぷーですね?」

 

 にたにたと、悪魔の微笑を浮かべる魔零さん。

 

「チオ、最初っから地下のほうで全力でしたが? じゃなきゃ、じーじなんてくず肉使うわけないじゃないですか! あんなおままごとに本気になっちゃって、プレザンスちゃんてば、ホントに――人類以下の"ひよひよのひよっこ"だぁ。かーわい!」

 

 魔零さんがユリクロスのセルフィー機能を起動しました。

 

「さて、それじゃいい加減、場も温まってきましたし、茶番もおしまいにしちゃいましょっか! J.K.、いただいちゃいますねーっと!」

 

 ぱしゃっと一枚撮影するなり、魔零さんの全身が影そのものになったかのように真っ黒になって、わたしはぎょっとしました。直後、黒い"それ"は輪郭を失ってぶわっぶわっと煙が噴き出すように拡散しはじめました。"それ"は、空気中のみならず、魔零さんの直下の肉の大地ももやもやもやと浸食して、徐々に広がっていきます。

 

「な、なにあれ!?」

 

 説明を求めて佐波さんを振り返りましたけど、佐波さんは身を乗り出しがちにマロンさんに指示を飛ばしていました。

 

「マロン・チャーチ! 今すぐ迷宮であれの進行を遅らせてくれ! 全力でだ! ここを掌握させるな! あれこそが始原光なる特異点、"現代の悪魔"の本体だ!」

「承知いたしました。最善を尽くさせていただきます。こころ!」

「はーいー。JK使い荒いですねー。はあ」

 

 ブリちゃんで"それ"に駆けつけ、マロンさんたちがその周囲に結晶の箱を築きあげていきます。

 

 疲弊していながらも凄まじい勢いで端末を操作する佐波さんにたずねました。

 

「ねえ、ちょっと、どういうこと!? なにが起きてるの!? あの黒い煙みたいなの、なんなの!?」

「あれは光だ。光が発する前の光。われわれには絶対に"視え"ない。だからあのようにエアに干渉して、黒い光に"観え"ている。あれこそDIUTの破綻した現代の悪魔の真の姿で、こちら側と彼女たちとの澪(みお)となる思想のブラックホール――の複製(コピー)。

 千悪 魔零がコピーである以上、あれもニセモノだが、物理次元では情報であるがゆえに内容はホンモノとなんら変わらない造られた原始の虚無、いわば"真の偽空"だ。

 あの内部では全次元的な量子ゼノン効果により、情報が停止し、あるべき未来が封鎖されている。とりこまれれば最後、魂、運命(みらい)までも彼女たちの欲望と感情に支配されるだろう。あれがこのSTERRAの中枢を飲みこめば、J.K.は悪魔の手に渡ってしまうはずだ」

「ふむん。なるほど。JK的にありていに言って超やばいですね。チャーチさんのあの対処も時間稼ぎ……否、時空稼ぎにしか過ぎないということですか」

「そういうことだ。兎浪 リナは……あなたたちは、せめて、逃げろ。今、地上までの退路を確保しようとしている」

「逃げろって……、でも、ほかのみんなはどうなるの!? あれを食い止めることはできないの!?」

「むりだ、あれはもう完全な悪魔の種そのものと化した。思想、観測の強度はこの星(ちきゅう)に存在した、する、しうる、生命種の総数! われわれ程度では干渉はできまい。本来の地球上であれば星の観測に阻まれそもそも発生しえなかった澪も、ここが時空的隔絶状態だからこそ開通してしまったのだ」

「そのなんとか隔絶っていうのを解けば、消えたりしないの?」

「一度開いた穴を塞ぐのは非常に困難だ。ここは大気中に拡散しているエアがすくないからな。いずれ地表に達すれば減衰、停止するだろうが――J.K.はまず確実に飲みこまれる。わかったらはやく脱出の準備を――」

「……いえ、できると、思います、よ」

 

 おずおずと手を挙げて、意見を述べたのは、マチ。

 

「魔零さんって、遺伝子、完全になったから、完全な悪魔になったん、ですよ、ね。なら、遺伝子、ゆがませられれば、食い止められる、はずです」

 

 佐波さんが鏡色の目をむきました。

 

「伊井――時須! この期に及んで何を言ってるんだきみは!? いったい――、いや、そもそもそんなこと、できるわけがないッ!」

「……いえ、できます。ユリガンが、あります、ので」

 

 マチはちらりとみんなに見えるようにユリガンを手のひらに乗せ、握りこんで、胸に強く抱きました。

 

 がす子さんが顎を撫でました。

 

「なるほどですね。ユリガンが発するのは遺伝子情報の乗ったPAPAIR由来の重力。悪魔の核に直接打ちこめば、干渉は不可能ではないはず、というわけですかね」

「ガスパリラ・A ・ガラスミス、あなたでもわからないのか? 核に打ちこむまでの過程が、遂行不可能なんだ! あの内部に突入するということだぞ! できるわけがないッ!」

「あのなかに入ったらどうなんだよ? 宇宙に繋がってんのか? ならアタシならたぶん入れっけどよ」

「宇宙なんてものじゃない。時空すらない無何有! 位置もノルムの概念もない。悪魔の感情と欲望のアフィン空間だ。核なんて見つかるわけがなく、入ったが最後、こちらの次元では永久に出られない! 重力でからだを覆えば魂の支配は遅延させられ、遊泳もできるだろうがね、そもそもだ、黒暗淵 深淵。ユリガンを使えるのは兎浪 リナか、伊井 時須だけなんだぞ。あなたが行ってどうする!? だれにも、できるわけがないんだッ!」

「……いえ、見つける必要はないんじゃないですかね。定義して、誘導すればいいんです。より強固な観測網によって。そしてそれは、このなかのだれかである必要はないんです」

 

 がす子さんが、えるふさん、音波さん、そしてマロンさんとこころさんを見やりました。

 

「えるふさんの藻類のネットワークを有機脳、チャーチさんの結晶を肉体として、観測能力にのみ特化した新生物を新規に作成するのです。その新生物内にも時空展延迷宮を展開、藻類ネット発達を極限まで加速させつづけます。

 悪魔はいわば思想のブラックホール、であれば仮にこちらの観測加速度が上回っていた場合、思想潮汐力によって時空が引き延ばされるために理論上"いつかどこか"で、すなわち"必ず"や、向こうの観測能力を上回ります。あの悪魔の全貌、とまではいかなくても、核に限定すればそれで定義は可能じゃないですかね。

 循環系を音波さんの血液操作に任せれば、内臓は不要なので設計も簡便。幸い素材なら、ここにはガン細胞が無限にあります」

 

 佐波さんは作業を中断させた手を、ぶるぶると震わせ、ぽつりとつぶやきました。

 

「……まさか。そんなこと……間に合わない……できる、わけが……ないッ……!」

「あー、たぶんですけどー。ぎりぎりなんとかなるかもですねー」

 

 こころさんがブリちゃんでこちらにやってきて下車すると、バイクをこんこんと叩いてみんなの視線を集めました。

 

「この子にはマロンちゃんの結晶CPUを搭載しているのでー、ちょこーっと改造(カスタム)すれば、システムとかそのまま使えますよー」

「その機体に、ユリガン登録者が搭乗し、核にユリガンを打ちこめば悪魔をJ.K.から追いはらうことが可能でしょうね。理屈のうえでは、ユリガンの発する微小重力信号で悪魔による魂の支配も軽減されるでしょうし」

 

 佐波さんの手元に、立体ホロがぴょこっと浮かびました。佐波さんはそれを握りつぶすようにして消去すると、わたしとマチに正気を疑う目を向けました。

 

「しかし……いいのか、ほんとうに!? なにが起こるかわからないぞ!?」

「みんなが助かる可能性があるのなら、それに賭けましょう。わたし、やるわ」

「時間ないなら、なおさらです、よ。すぐに、とりかかり、ましょ?」

「……くそ、どうなっても知らないからな、わたしは……。マロン・チャーチ! あとどれだけ食い止められる!?」

「もって五分ほどでありましょう」

「……わかった。では――段取りを指揮する。射鶴木 こころ、温羅杜 音波、ガスパリラ・A・ガラスミス、えるふはバイクのチューンナップ。黒暗淵 深淵はマロン・チャーチに手を貸し、重力操作をもって進行を食い止めろ。さあ、かかれ!」

 

 

 

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