百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage IV End-of-world care - 世界終末医療 -
/part 4 決着
佐波さんの号令とともに、みんなが一斉に作業に取りかかりはじめました。
「……ちょっと、あたしはゲームとかはよく使うけど、回路? とかパソコンの仕組みとかはぜんぜん知らないわよ。なにをどうすればいいのか教えなさいよ」
「おとは、逃げない、めずらしい。ついに戦争のよろこび、めざめたか?」
「そんなわけないでしょ。逃げたところで、あたしがホンモノじゃないなら、地上にはなにもないもの。
「故郷をまもる戦争、もっともとうとい戦争とされている。えるふにまかせろ。えるふ、生命かいぞう、とくい。おとはにおしえてやる」
「……なんか悔しいけど、まあいいわ。教わってあげる」
「あー、困りましたねー。ちょびーっと電力が足りないかもですよー。どこかそのへんに、自然にバッテリー落ちてないですかねー?」
「ああ、それならお役に立てそうです。電池ならがす子が無限につくれますので。バッテリーボックスはどこですかね」
「ほんとうですかー? このシートのなかが……うぎゃあ! がす子ちゃん!? なんでカエルまみれにしはじめたんですー!?」
「電池ですが」
「ちょ……え!? ねえこれホントにだいじょうぶなんです!? おねえさんのバイク、元に戻りますかー!?」
「なぁに、最悪買い取りますよ。その資金で作り直してください」
「この子地味に国家予算レベルの費用かかってるんですよー!? ガンでできたレプリカかもしれないですけど、性能的には、遜色ないんですからー!」
「ふむん。カエル-payは使えますかね」
「使えませんー! んに゛!? 卵産みはじめましたよー!? うわああん! もうやあー!」
「マロンつったな。あいにく、アタシは学がねえ。むつかしいことはよくわかんねえから、わかりやすく教えやがれ」
「承知いたしました、黒暗淵さん。光は常に目的地までの最短経路を取るというフェルマーの原理があります。光の媒質は真空であり、時空です。ゆえに莫大な質量を持つこの超高密度結晶で建設した迷宮によって、時空間を展延・歪曲することで進行の妨害が可能となっています」
「あー、思ったんだが、んなややこしい迷宮仕立てにしなくともよ、ふつうに閉じこめるんじゃだめなのか?」
「光は、その場がまったく同質の光で満たされていない限り、ぜったいに停止しません。かりに閉鎖した場合、光は障壁を乗り越えてしまうのです。あたかも水のように、光は結晶内部に染みだしてしまい、時空のごまかしが暴かれてしまいます」
「へえ。ダムが決壊するのとおんなしか。んじゃよ、ループさせてもだめなのか?」
「経路内が自らの光で満たされるので、やはり染み出すでしょう」
「うし、なんとなくわかった。んで? なにすりゃいいんだ」
「まずは敵方の探索アルゴリズムを攪乱したく存じます。こちらの経路の重力勾配を調整頂いてもよろしいでしょうか」
「あいよ。っと。こんな感じか?」
「素晴らしいお手並みです。お手数ですが次はこちらの障壁の密度を補強して頂けますでしょうか――」
「ああ、ああ、そりゃいいが……、てめ、その喋り方なんとかなんねえのかよ。いちいち肩が凝んだよ。それによ……痛えんだろ、それ」
「お耳に障ってしまったのであれば申し訳ございません。しかしながら、わたくしは――」
「だからそれだっての。さっきどつきあってたときみてえにもっと気楽にいけって」
「ああ、そうでした。先ほどは大変な失礼をいたしました。洗脳下にあったとはいえ、特待生として本来保護すべきJKの命を遊戯などでおびやかしかけ、果ては強姦まがいの狼籍を働いてしまいました。今後このような事態に陥らぬよう根本対策を実施し――」
「だぁらそれだっつの! やりづれえなオイ!」
「佐波さん、わたしとマチはどうすればいいの?」
「突入するのはひとりだ。どちらが搭乗するかを決め、搭乗者は操作マニュアルを読んでおくんだ」
「ふたり乗りは、できないんです、か?」
「飛行バイクには悪魔の核だけを目指して進む機能しか持たせられない。帰還は、相方のユリガンをマーカーにするしかないのだ。搭乗者が戻って来られるかは、互いの
「なるほど。じゃあ、わたしが行くべきね。読んで実践するのは、わたしの得意分野だもの」
「せ、先輩……でも、なかは、なにが起こるかも、わからないって……。ニ度と、戻ってこれない、かも、って……」
不安げなマチのひんやりした頬を、そっと撫でます。
「だいじょうぶよ。わたしはぜったいに、ここに戻ってくるわ。わたしは、マチの想いを信じてるもの。だからマチも、わたしを信じてて。わたしが、ちゃんとここに、あなたの隣に、帰ってこられるように」
マチは、わたしの手に汗ばんだ手をぺたっと重ねてきました。毅然と輝く満月の瞳に、わたしが映っています。
「ぅ……ん。はい。ぜったい、信じて、ます。……だれよりも、なによりも。リナ先輩のこと、"観て"ます、から」
佐波さんがわたしのユリガンにデータを送信してきました。
「射鶴木こころから頂戴したマニュアルをあなた用に修正しておいた。黒暗淵 深淵の協力でさらに三分、時間ができた。四分で頭に叩き込め。伊井 時須は解説を」
わたしはうなずき、今まで生きてきたなかでいちばん集中してマニュアルを読み進めていきました。不明点はマチに教えてもらいながら読破、と同時に、チューンナップ完了。結晶のごつい装甲に加え、平衡なニ本の長い結晶角が新たに取りつけられたために、ブリちゃんは見違えるほど別物に変身していました。
「なんかカブトムシみたいね。こういうの、いたわよね」
「ふむん。言われてみれば、ヘラクレスオオカブトに似てますかね」
"そういえば"、とマチが言いました。
「ヘラクレス、といえば、
「そうですね、では個体名"ヘラクレスオオゴキブリ"とでも名付けるが最強解ですかね」
「さすががす子さん、いい名前ね。とてつもなく強そうなゴキブリだわ」
こころさんは大反対。
「いーやー! へんな名前つけないでくださいー! せめて……、うー……、あ、そうです、カジキマグロとかにしませんかー?」
「まあ、所有者がそういうなら……。でも、魚には見えないわよ? って、あれ……? ひょっとしてブリちゃんってお魚だったのかしら?」
「リナちゃんまでなにゆってんですかー!? なんで愛車をゴキブリ呼ばわりしてると思ったんですー!? おねえさんだってJKなんですよー!?」
「がす子的には魚の名前を付けるのもどうかと思いますがね」
「むう。いいじゃないですかー、お魚好きなんですから。かわいくておいしいんですよー、ブリ、ガンド、ハマチ!」
「なるほどですね、いざとなれば非常食にもできるという意味を込めていると」
「こーめーてーまーせーんー!」
「ん、と。たしかに……カエルは、まだしも。……ゴキブリは、ちょと、きついですもん、ね。食べるの……」
「ゴキブリ、うまいぞ? ゴキブリ揚げると、かなりゴキゲンに、優勝していく。えるふ、ゴキブリすき。ぶっちーもすき、いってた」
「おえっ。そんなやつの血飲まされてたの? 気分悪くなってきたわ。もう帰っていいかしら」
「このゴキブリのなかに温羅杜さんの血も流れてるんですがね」
「だからそういうのやめなさいったら、ばかがす子!」
「そもそもゴキブリじゃないですよー!?」
「じゃあ、長くて呼びにくいから、愛称は略してブリちゃんにしましょうよ。それなら以前と変わらないから、こころさんも抵抗ないんじゃない?」
「ありまくりですよー!? むしろリナちゃんのせいで心象わるくなりましたよー! なんでゴキブリ路線で丸めこもうとしてるんですー!?」
「……あー、JKたち。時間がないという自覚はあるのかね」
佐波さんがうんざりしながら、改造ブリちゃんことヘラクレスオオゴキブリの最終調整も完了したことを告げました。ラブリュスを積みこみヘルメットをかぶって、機体にまたがります。
「おっと、忘れるところでした。リーナー、差し入れです」
がす子さんがドリンクホルダーを勝手に取りつけ、ぽよ入りミルクティーの入ったカップを収めました。
「あ、うん、飲む暇ぜったいないと思うけど」
「気分の問題ですよ、JKとしてね」
「まあたしかに、R.U.R.ぽいわね。ありがとう」
「それと、突貫で急遽装備したのでマニュアルには載っていませんが、緊急時にはこの赤いボタンを押してください。最終秘密兵器が起動します」
「え、なにそれ。自爆ボタン的な?」
「ま゛!? がす子ちゃん、なんてものつけてるんですー!?」
「まさか。リーナーを危険にさらすようなものは取りつけていません。使用したときの面白味が減るので、詳しい説明は省きますが、緊急時をお楽しみに」
「ぜんぜん楽しみにできないわよ……」
佐波さんが、助言してくれました。
「兎浪 リナ、なかに入ったら、なにがあろうと、なにを観せられようと、ひたすら前につき進め」
「距離とか方向は関係ないんじゃなかったの?」
「距離ではない。進行方向の次元はそのまま、観測の侵略度なんだ。前に進めば進むほど侵略していることになる。こちらは常に核を観測しようとしているので、こちらの観測が敵の観測を上回ったとき、必然的に核に行きつく」
「ぜんぜんわからなかったけど、わかったわ。じゃあ――、行ってくるわね、みんな」
最後に全員の顔、そしてマチの顔を、網膜に焼きつけて。
「……ぜったい、帰ってきて、ください、ね。リナ先輩」
ブリちゃんをスタート。システムオールグリーン。モーターを起動。上昇。
――いける。操作方法は、ぜんぶ頭に入ってる。
ブリちゃんの結晶角――探針を、深淵さんが重力を歪めて結晶迷宮の壁面につくってくれたワームホールに向けます。わき目もふらず、まっすぐ突入。
一瞬、あっちこっちに引っ張られるようななんともいえない浮遊感があり、自分の手も見えないほどの完全な闇に包まれたかと思うと――目もくらむ七色の光の奔流が、網膜に打ちつけてきました。
それは情報。記憶。欲望。感情――。ありとあらゆる生命の気持ちが、思い出が、流れこんできます。
J.K.で過ごしてきた何百年分のJKたちの想い、そして息絶え、つくりなおされたじーじの秘めたる苦しみまでも。無数の魂が 育んできた、想いの連なり。"感情のガイア"が。
あらゆる生命の一生を一挙に体験させられ、意識がもっていかれそうになります。あまりの感情の濁流に、自分がなにものであるのかさえ拭い去られてしまいそうです。
そしてそのさきに――。未来を、観ました。
悪魔に支配され、レズランドに作り替えられてしまったJ.K.。世界中に 肉奴隷として出荷され、ホモ・ラブリュスに利用され、傷つけられ、慰みものになっているJKたち――。
おぞましい、なんとおぞましく、悲しい未来なの……。こんなの、ぜったいに、許されない……!
そのJKたちに、同調してしまった、瞬間。憤怒、悲哀、苦痛、絶望――未来のJKたちの想いすら、わたしの体験となって脳に殺到し、過去を、人格を、魂を、塗りつぶしていきます。
――助けに、行かなきゃ……。
その未来の方向へ引きずられるように、わたしの腕が操縦桿を傾け――。
――……ぜったい、帰ってきて、ください、ね。リナ先輩。
わたしは操縦桿からぱっと手を離すと、ユリガンを胸に握りしめ、必死にマチのことを思いました。わたしの好きな、マチのことを。その眼、その声、その感触、そのにおい、その味を。
背中に、じんわりした温もりを感じます。わたしを支え、後押ししてくれるような、小さな、マチの手のひらの温度によく似たぬくもりを。それがマチの気持ちだということはすぐにわかりました。
――そばにいてくれてるんだ。どれだけ離れても、こんな場所に来てしまっても、距離なんて関係なくて、マチの気持ちはいつだって、そばに。
そのときでした。なぜか。ふと。
歳は一緒だけど、ぜんぜん似ているところなんて、なかったのに……マチと、重なって。たとえあの記憶は、サリンジャーさんのクローンであるわたしにとって、ニセモノだったとしても。
今度こそは――、奪わせない。奪わせて、なるものですか。
――前へ。ひたすら、前へ。
ごん! とブリちゃんのうえになにかが飛び乗ってきました。
「はろーっ。やーっぱりリナちゃん先輩でしたか。こんなとこまで会いにきてくれたの、先輩がはじめてですよ。感情になっちゃうな」
「……魔零さん」
魔零さんは力ウルにちょこんと座って、わたしの鼻先で足を組みました。パステルピンクのかわいいぱんつが、ちらり。
「でもでも、
「じゃあ、J.K.を支配するなんてこと、やめてもらえるかしら? あなたもJKなんだから、みんなで一致団結して協力して、人類に立ち向かうのじゃいけないの?」
「リナちゃん先輩、甘。甘すぎ。まだそんなこと言ってんです? チオはねえ、もう悪魔なんです。てゆっか、それでなくとも最初から悪魔だったんです。悪魔はすべての生命。"あらゆる生き物が生きてる"ってこと、"生きようとする"そのものである生き物。つまり感情の原初より来たりし、えちえちなるもの。
悪魔は、この生命の世界において、
なので……ごめんなさい。仲良しごっこがしたいなら、悪魔の支配下でやってもらえます?」
「……わかったわ。決裂ね」
「そですね。そんで、先輩はこれからどうすんです? その
「必要であれば、そうするわ。だいじょうぶ、峰打ちで刎ねるから安心して」
「なにがだいじょうぶなのかまったく意味不ですそれ。でも残念ですね。ここはチオの脳内なんです。ここに来た時点で、先輩の負け確なんですよねー。ほいっと」
ぱっと視界が広がりました。文字どおり瞬きするあいだに、なんと、ヘルメットが消え失せていたのです。ジャージと、スカートも。いつのまにかわたしは、セーラー服とタイとぱんつだけになってました。
「ふーん、えっちじゃん♡ やっば先輩、はちゃめちゃにいいからだしてますね。おっぱいはもうちょいおっきめが好みですけど、そこはチオが育てたげます」
「ひ!? なんてことするのよ! 返しなさい!」
差恥で耳がかっと熱くなりました。
今これわりと緊急事態よね……。がす子さんの言ってたボタン、押すべきかしら……?
「あとで返したげますよー。先輩のことは、あの子に返してあげないけど♡」
魔零さんがしなだれかかってきて、わたしは後ろのシートに押し倒されてしまいました。押しのけようとしましたけど、なぜか全身がじんわりしびれて、身動きが取れません。
「く……。なに、これ……」
「抵抗されてもいやですんで、甘めに麻痺させちゃいました♡ ここにいるあいだは、先輩のからだでさえ、チオの思いどおりなんですもーん♡」
ぅ……だめ、これじゃあボタンも押せない……。ひょっとして絶体絶命なんじゃないかしら!?
……いえ、くじけちゃ、だめよ。ここに、助けは来ない。自分で、なんとかしないと……!
――のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ!
わたしは魔零さんの視界の外で、赤いボタンを押そうと渾身のちからで足を伸ばしました。ぷるぷる震える脚は……ドリンクホルダーを蹴ってしまい、がしゃっと派手に音を立ててしまいました。
「ん? なにしてんです?」
しまったわ……。がす子さんにはわるいけど、結果的に、やっぱりミルクティーは余計だったんじゃないかしら!?
「なにこれ? ぽよ入りミルクティー? 気が利きますねー、もーらいっ」
幸い、魔零さんはボタンのほうには気づかずに、ひょいとミルクティーを取り、ずごごごごっと盛大にすすりました。そして。
「ぶげへぇっ!? にっっっっっが!?」
思いっきりむせかえって、ぽよをでろでろこぼしました。いえ――、ぽよではなく!
「それは……、がす子さんの致死性カエルの卵!」
「は!? なんてもん持ちこんでんです!? ぺっ! ぺっ! ぺっ!」
くちに含んでしまった卵を吐き出そうと躍起になる魔零さん。
……今よ!
わたしは思いっきり赤いボタンを足で踏みつけました。がしゃっと音がして、シートの側面からばしゅばしゅっと緑色の物体が飛び出します。その物体は魔零さんの鼻のてっぺんにべちょっと乗っかると、げこっとひと鳴き。
「ぴ!? カエ――きゅぅ」
魔零さんは失神、ブリちゃんから落車してしまいました!
カエルミサイル……! 完成していたのね! さすががす子さん!
魔零さんが虚空に消えると、ブリちゃんの探針が薄い膜のようなものを突き破って、まばゆく広大な空間に飛び出しました。
まるでシャボン液とか、インフルエンザにかかったときに見てる夢みたいな背景っていったらいいのかしら? とにかくぐわんぐわん歪みまくってて、虹色で、気持ちが悪いです。
その中心に浮かんでいるのは、お月様ぐらいに巨大な、一個の眼球。グリーンアップルのおめめ。無の瞳孔。きっとこれが悪魔の核ね!
核はぎょろっとこちらを視認しました。魔零さんがつくりだした悪魔の眼とおんなしように、核はきゅーっと瞳を絞ると、ぼかん! ブリちゃんの力ウルと探針が鮮やかな緑に燃え立って吹っ飛びました。
わたしはブリちゃんに抱き着くようにして身を隠しましたけど、ブリちゃんの結晶の装甲はぼかん! ぼかん! とどんどん吹き飛ばされちゃっています。
ぐ……! このままじゃいずれ、わたしも燃やされちゃうわ……!
わたしは、操縦桿にタイをくくりつけてブリちゃんの進行方向を核に固定すると(三日前にロープワークの本を読んでおいてよかったわ!)、ラブリュスを背に担ぎ、ぼかん! と、ぼかん! の隙間を見計らって、機体の最後方に移動。ブリちゃんを盾に、まっすぐ突っこみます。
核まであとすこしというところで、ついにブリちゃんが完全に爆散。したのに乗じて、わたしは核に飛び移りました。
核表面は存外硬く、五点着地では勢いを殺しきれずに足をくじいてしまいます。痛みに泣きそうになりながらもユリガンを首から外して核に押しつけてみましたけど、とくに反応なし。
核のなかに入れなきゃだめかしら? と思ってラブリュスで小突いてみたり、刃を押し当てて引いてみたりしましたけど、核には傷ひとつ入りません。というか、なんか拒絶されているというか、跳ね返される感じ……?
参ったわね、ここまで来て……。でも、なんとかしないと……。
わたしにできることなんて、限られてます。ここに来たのがわたしである以上、わたしにできる全力を尽くすまで。
わたしはありったけのちからを込めてラブリュスを核に叩きつけました。金属を思いっきりぶっ叩いたような衝撃。手がびりびりしびれます。核は無傷。
――のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ!
今度は
五度。十度。二十度。五十度。
のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ……。核は無傷。
蓄積する頭痛で、意識はほとんど朦朧としています。斧を握りしめる腕にぼたぼたっとぬめったしずくが落ちました。見れば、手の甲は真っ赤に染まっていました。出所はわたしの鼻。
原理とかはわからないけど
核の白い表面にも点々と打った血が、眩暈がするぐらい赤々と鮮烈に目に焼きつきます。
……ここまで、来たんだから。なにがなんでも、やりとげなくちゃ。
の……い……つぇ……る……ふぁ……。
もう一度、もう一度――。熱く混濁してきた頭で、懸命に斧を振りあげます。もう一度。次こそは。飲みこまれそうなぐらいに、赤い、その血だけを、見つめて、見つめて、見つめて――ぐるん! と足下の核だけが、回転。
目が合いました。グリーンアップルの虹彩に縁どられた、虚無のまなこと。
まずいわ……! でも、どうして……。どれだけ斧で殴っても、気づかれなかったのに――血のせいかしら――いいえ、そんなことよりも……!
ホントのホントに、最後の、チャンス。
のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ!
全身全霊、乾坤一郷をもってラブリュスを振り下ろしました。
ぶおんと唸って、きらめく黄金の両刃斧は。
ばきゃ! っと。
きらきら、金の粒子をまき散らして。
粉々に、砕け散ってしまいました。
なかに詰まっていたのは……黒い石。
う……そ。
わたしは、それをただ呆然と見ていることしか、できず。悪魔の瞳孔が、きゅーっと絞られ。
まばゆい緑の。
炎が。
金の塵のなかで、わたしを取り巻くようにして、渦を巻いて――深淵さんの天の回廊みたいに。
はじけて。まとまって。反射。
虚無に、突き刺さって、ひびが入り――ぱきゃっと、瞳が断ち割れました。
「……!?」
なんだかよくわからないけど――ひょっとしてチャンスね!? わたしはすかさず、ユリガンを巻きつけた重い腕ごとそこにずぼっとぶち込みました。すると直後、どぐん! どぐん! 脈打つ核。
燃え立つようだった明緑の虹彩が白みはじめ、マチのそれのような満月色に。次いで、わたしのそれのように――深紅に。かと思うと、色を失い、核自体が、どろどろの脂っぽい闇に変わっていきました。
「うわー、ねんまつ……。なんですこの展開。ガン萎え……」
心底けだるそうな女の子の声。振り返ると、魔零さんがこっちにとぼとぼ歩いてきてるところでした。
「こんなことあります? せっかく受肉できたと思ったのに、人類ですらないやつらにしてやられるとか……。あーヤダヤダ。はじめっからこんな狂った世界に介入するんじゃなかったです」
魔零さんはふわふわ浮かんでいる金の粒子――蜥蜴石のかけらをつまみました。
「"
蜥蜴石をぴんっとはじいた指が、ぼぼぼ……と緑の炎を噴き出して崩れていきます。
魔零さんは口惜しげに、灰になっていくからだを見つめています。
「てゆか、このゼロアルシーヴにしてもそうですよ。不完全ってそゆことだったんですね。まだおぼろげですけど、かなり思い出してきちゃいました。あーあ、これじゃあチオ、最初から最後まで利用されただけじゃないですか。骨の髄までしゃぶられただけじゃないですか。悪魔の出がらしか? だっる。しらけました。完全に。もういいです。さよーなら。いち抜けです。あとは魔女さんのまがい物たちで勝手にいちゃいちゃしてろってんです」
魔零さんの手足は、もう……跡形も、なく。
「……魔零さん、消えちゃうの?」
「消えませんよ。遺伝子情報をたいへん不快な重力で乱されたので、悪魔じゃなくなってくってだけです。それに」
窓に張りついたカエルでも見つめるかのような、冷たいまなざし。
「ここまでコケにされたんです。黙ってらんないですよ。ギリのとこでマーカーはつけれましたしね。超えちゃいけないライン超えちゃったってこと、
「なんか、ごめんね。あなたとも、うまくやれればよかったんだけど」
魔零さんは困ったような、呆れたような、微妙な反応。
「はあ。リナちゃん先輩はほんっと甘々ですね。ゲロ甘。ヘロインキャンディ並み。……でもま、先輩ちゃんと遊ぶのは、そこそこは面白かったですよ。次はこんなお芝居じゃなくって、互いの種の存続をかけたガチバトルしましょうね。そのときはばっちり先輩ちゃんたちを奴隷にして、仲良くしたげますんで。そんじゃ、おつかれでーす」
最後にぼぼぼっと盛大に燃えあがると、魔零さんは煙になって消えてしまいました。核はすっかり、泥闇に様変わりしていて、埋めていた腕を引き抜くと、ユリガンが絡みついた手のなかには、小さな白い真珠のようなものが握られていました。
たしか、ゼロアルシーヴとかいうやつです。けど、それもすぐに見えなくなってしまいました。極彩色だった空間も、急速に暗黒で塗りつぶされていったからです。
……たぶん、終わったのね、ぜんぶ。なんとか、やり遂げたんだわ……。最後ぐらい、リーダーの役割、たぶん、果たせたわよね、きっと……。
そう思ったとたん、全身がばきばきにこわばっているのを自覚しました。指一本動かすことさえかなりつらいです。頭も痛い。寒い。つかれた。
……戻らなくちゃ。
でも、どこに?
あたりはもう、見渡す限りの闇、闇、闇。立っているのか座っているのかすら、わかりません。ブリちゃんも大破してしまって、どうすればいいのかも、わからずじまい……。
……つかれた。疲れました。眠たい。寒い。
……ホントに、戻らなくちゃ、だめかしら……?
思考が濁ってきます。闇が。頭の、なかにまで、潜りこんできて。奈落に沈みこんでいく、魂を――。
――……見つけ、ました。先輩。
捕まえる、温かなことば。
――ここ、です。リナ先輩。
はっきりと、聞こえました。音ではなく……ことばで。
――先輩、休んじゃ、だめです、よ。帰ってきて、ください……みんなの、とこに。
気持ちで。重力で、聴こえました。
――あたしの、とこに。待ってます、から……。
甘えるように、急かすように、くいくい引っ張られる、ユリガン。
……もう。そんなこと言われたら、休んでられない、じゃない……。
重いこころにむち打ち、余力を振り絞って、わたしはその温かなことばのほうへと進んでいきました。
ふいに。重力を感じました。マチの重力ではない、力強く、強引な重力。一瞬の浮遊感ののちに、わたしは肉の地面に鼻から突っこんでました。
「あだっ」
「リナ先輩!?」
もげそうなぐらいじんじんする鼻を抑えて面を上げたのと、マチが抱き着いてきたのはほとんど同時でした。今度は後ろ向きに倒れます。
「よかったっ……先輩っ、よかったぁ……」
ぎゅぅぅぅっと存在をたしかめるようにわたしを締めあげてくるマチ。
「ま゛、ま、ぢっ、ぐるぢ……」
「ぁ、ゎ、ご、ごめ、なさ……」
赤面して、マチが放してくれました。その目には大粒の月の涙。
「でも、ほんとうに、よかった、です……。戻って、きてくれて……」
「マチのおかげよ。マチがこころで呼びかけててくれたから、帰ってこれたの」
「……んへ。ずっと、信じてましたから」
「へっ。てめ、なんて恰好してやがんだよ」
深淵さんが消防士コートをかけてくれました。言われて気づきましたけど、わたしはセーラーとぱんつだけの姿でした。
「しょうがないでしょ。その、いろいろ、あったんだから」
……魔零さん、結局服は返してくれなかったのね……。
「ま、なにがあったかはどうでもいいけどよ。うまくやりやがったんだろ。おつかれさん、リーダー」
音波さんが鼻を鳴らし、Yuritchを起動してゲームをはじめました。
「……ふん。あたしに働かせてばかりだったもの、最後ぐらい活躍して当然でしょ」
「はっ。さっきまで成り行きが気になってゲームどころじゃなかったくせによく言うぜ」
「……こいつが失敗したら逃げなくちゃならないもの。気にして当然でしょ」
「ふふ。そういうことにしとくわ、音波さん」
「……ちっ。うっざ」
がす子さんが、ぽよ入りのミルクティー(今度はホンモノです)を差し出してくれました。
「さすがリーナーです。本番にだけは強かったですね、やはり」
「ありがとう。がす子さんの機転のおかげよ。役に立ったわ、最終秘密兵器」
「……おや、そうでしたか。ふむん。ほんとうは、"結局使わなかったけどなんだったのかしら?"という感じで帰還後に起動して、"こんな機能使えるわけないじゃない!"オチ用だったんですがね」
「……それも冗談で言ってるのよね?」
「ドラゴン式のね」
うーん、どこまで本気なのかいまだにわかりません。
えるふさんがしきりにわたしといっしょにセルフィーを撮ってきます。
「悪魔さえしりぞけたりーなー、おもったとおり、ただものではなし。このままともに、世界を焼きほろぼす魔女とならん」
「なりません。そもそも、えるふさん、わたしはただのJKなのよ。みんなのちからを借りて、ずうずうしくおいしいとこ持ってったってだけだわ」
「それこそ、戦争のししつ。戦争、たくさんのいのちを巻きこむ。戦争のしどうしゃ、たくさんのいのちに、価値をつけ、意味を問い、しかして責任を負わず、あまい蜜だけをすするものども。なみならぬ、ずうずうしさがなければ、なれない」
「それ、誉めてくれてるのよね?」
「ダークエルフ式の、さいじょうきゅうのほめことば」
この子は、たぶん本気で言ってるんでしょうね……。
「お疲れさまでした、兎浪さん」
マロンさんが、たぶんわたしに初めて、やわらかい微笑みを見せました。傍らで浮遊している結晶は、淡い黄色をしています。
「人類とはならずとも、真にJKの救い主となられましたね。全JKを代表して、あなたにお礼申し上げたい。ありがとう、わたくしたちを救済していただいて」
「もう、おおげさよ、マロンさん。なにもかも、わたしが望んで成し遂げたことじゃないもの。わたしだって、結局はニセモノで、みんなとおんなしJKだったんだから。ぜんぶ、成り行きよ」
「ご謙遜を。たとえ兎浪さんの正体がなんであれ、R.U.R.の活動はホンモノであったはずです。R.U.R.は、あなたの願いによって生じたのだと伺っています。そしてR.U.R.がなければ、だれひとりここまで到達しえなかった。この勝利は、なにものでもない、JKとしての兎浪 リナの意志が結実したものでありましょう」
「おかえりなさいー、リナちゃん。友達として鼻高々ですよー」
尻尾を抱えて、そわそわしはじめるこころさん。
「……ところでつかぬことをお聞きするんですけどー。……おねえさんのブリちゃん、どこにいったんですかねー?」
「……あ。ごめん、悪魔に、壊されちゃったわ……」
というか、身代わりにしちゃったんですけど。
こころさんはみるみるうちに、なんかすごい黒くてどろどろしたのを出しはじめました。さっきの悪魔みたいなやつ。
「そですかー……ふ、ふふ、ふ……いちおう、最秘最尊最善最勝最至最灼のご神体、
「え、えーと、でも実際、ブリちゃんもホンモノじゃなかったのよね?」
「真贋の価値は関係ないですよー……。かの聖火教が火を通じてアフラ・マズダーを崇めているのとおんなしで、神像は信仰の窓口ですからー……。……あ、リナちゃん?」
「なっ、なにかしら」
「おねえさんの代わりに……、あのばい菌女にパンチの一発でもくれちゃってくれたんですよねー……?」
「そっ、そうね。風紀パンチでこらしめてやったわよ」
「それを聞いてちょびっと溜飲が下がりましたよー……ふふ、ふ……」
うつむいてぶつぶつ言うこころさん、かなりヤバいお顔をしちゃってます。ここはそっとしておきましょう。
「――よくやった、兎浪、リナ……。これで……ようやく、予定通りに……R.U.R.& L.U.L.計画を進められ……そうだ……」
玉座にぐったりとからだを預けた佐波さんの声は結核にかかったおばあさんみたいにざらざらでした。駆け寄ると、佐波さんはお肌ががさがさになってミイラみたいに干からびつつありました。
「佐波さん! からだが――!」
思わず声を荒げてしまったわたしのことばを封じるように、佐波さんが重たげに手を掲げました。
「わたしに……残された時間は……、もうない……。だからよく……聞け。悪魔との戦いのおかげで……STERRAは少なからず、ダメージを負った……。計画の、大幅な変更を、要する……ほどではないが、修復と、修正が……必要だ。ここに、計画に関する全データが、ある……。ガスパリラ・A・ガラスミス……。マロン・チャーチ……。射鶴木 こころ……。 R.U.R.& L.U.L.計画の続行を……あなたたちに、委ねる……。あなたたちなら、できる、はずだ……。任せ、たぞ……。
それから……、兎浪 リナ……そこに……、ゼロアルシーヴ……を」
佐波さんが端末を操作して、新たな試験管を呼び出しました。小さな白玉みたいな細胞を、その試験管に落とします。
「あ、でもよく考えたら、これってもう使えないのよね……? ユリガンで遺伝子情報を書き込んじゃったから……」
「……いや、もとは……兎浪リナのオリジナルを……再生させるためのゼロアルシーヴ……だ。兎浪リナの遺伝子……情報が混ざっても問題は……ない……」
「でも、ユリガンにはわたしのと、マチの遺伝子情報も、混ざってるんじゃないの?」
「それぐらい……ならば、修正……可能だろう。ああ、それと……マロン・チャーチ……。わたしの結晶化も……頼む」
マロンさんがかすかに眉を顰めました。
「どういうおつもりですか。わたくしに、引導を渡せとおっしゃるのですか」
「安心……したまえ。他意は……ない……。わたしの遺伝子情報を……使えば、予岐 佐波の……資産が……使えるはず……だ。あなたは……マロン・チャーチのニセモノだが……巨額の資産を……適切に運用する……能力は、備わっている……はずだ。世界一……とは言わない……が、十番目……ぐらいの資産は……ある。J.K.の……これからに役立てて……くれ。それで――、せめて……もの、贖罪……とさせてくれ……」
「そういうことであれば、はい、承諾いたしましょう。謹んで活用させていただきます」
佐波さんは満足そうに長く細く息を吐き出すと、もう髪の毛一本動かせないといった感じで全身を弛緩させました。
「ふう……。やれやれ……。言うべきことは……それだけだ……。あとは……ありがとう、みんな……。悪魔を……倒してくれて……。そして……、彼女を……、取り戻して……くれて」
ゆっくりと、眠りに落ちるように、瞼を閉じて――。
「みんな……すまなかった……。JKの……未来に幸……あれ……」
自らに課したすべての役目を、終えたのでした。