百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage I initiation - 発生 -
/part 3 生徒会のひめごと、それと――
がらららっと保健室の扉が開かれる音が、マチのことばを掻き消しました。
「あら……、じーじかしら?」
「っ……! しーっ、リナ先輩、しーっ、です」
わたしの唇に、ほっそりした指が押し当てられます。
「こころ。今、なにか物音がしませんでしたか?」
「ん……そうですかー? おねえさんはなにも聞こえませんでしたけどー。こんな時間にお客さんがいるんですかねー」
カーテンの外から聞こえてきたのは、マロンさんとこころさんの声。こっちにやってくる気配。
「失礼、します、ね」
マチが布団にもぐりこんで密着してきます。
「はえ!?」
「しー、です」
がばっと布団をかぶらされます。真っ暗闇。におい。甘い。息。熱。くらくら。
しゃっとカーテンが引かれる音。
「寝てますねー。だれかさん」
「……あの、こころ、やはりずぶ濡れになるのを覚悟で寮に戻りましょうか」
「ん……だめです。おねえさん、もうがまんできそうにないです」
「あっ、ん、お待ちなさ――」
「待ちません。えいや」
「きゃっ」
ぎしっと、隣のベッドのきしみ。
「あ!? こころっ、いけません、ザ・ウォッチャーに、追跡されていた、ようです。このような場面を、配信してしまっては――」
「デリったらいいじゃないですかー、そんなの。ほら、
「あ、は……、はう」
「マロンちゃん、声抑えててくださいねー。いつもみたいに、鳴いてたら……お隣さん、おっきしちゃいますからー♡」
「ん、ん、ん」
吐息のような声。どきどきする。耳が、ずきずきする。
こっそり、そろそろ、布団から頭を出して、ちょっとだけ開いたカーテンの隙間から、覗きます。
ベッドの上で、しっとり濡れたマロンさんが、おなじぐらい濡れたこころさんのちいさなからだを全身で受け止めています。脚をもつれあわせて、腕を互いの首にまわして、抱きしめあって……唇を、重ねて。舌を……絡めて。
え……うそ。
ぎつっ、と頭の奥に、釘が打ちこまれたみたいな、衝撃。
「は、ぷ、んちゅ……♡」
「んっ、ちゅ……♡」
ふたりとも真っ赤なほっぺで、必死に、むさぼるように、互いの唇を、ついばんで……舌を、吸って……いやらしく。
まさか、ふたりがこんな……、たぶん……レズ行為、を、してるだなんて。
カーテンに、ふわふわ浮かぶザ・ウォッチャーの陰が映りました。
たいへん、すぐに緊急停止、させ、なくちゃ……。
ホイッスルに伸ばしかけたわたしの手に、しっとりした細い指が、しゅるりとまきつきます。
「……だめ、です、先輩」
すり、って。スカートとスカートが、こすれあって。ぴとっ、て。わたしの膝に、マチの膝が、触れます。どきっ、て。心臓がめちゃくちゃに跳ねます。
う、近っ……。そういえば、わたしたち、たいへんな体勢で、びったりくっついちゃってる……。
というか、マチのからだ、熱……。それに、甘い、におい、が……。
「ど、どうしてよ。ウリは、レズ配信は、世界を危険にさらすのよっ。たとえ……生徒会長と、副会長でも、ゆるされないわ……!」
「先輩、ザ・ウォッチャー、よく見て……」
紫色のドローンは、落ち着きなくふわふわ、ふらふら。あっちにただよったりこっちに飛んだりくるくるまわったり。混乱してるみたい。
「え……なにあれ……。壊れちゃったの……?」
「先輩、知らないです、か? ――"JKデリンジャー現象"」
J.K.に入学したときに配布される
ところが、互いに、相手の首に自分のクロスをかけあって極度に接近していると、エラーが起こってザ・ウォッチャーは疑似的な機能停止に陥ってしまう……それがJKデリンジャー現象なのだと、マチがぽしょぽしょぽしょりと教えてくれました。
「なるほど、そうだったの……ぜんぜん知らなかったわ……」
正直……、ちんぷんかんぷんでした。
「とにかく……ええと、ひとまずレズ配信の、危険はない、のね?」
「さすが、リナ先輩、飲み込みが、はやい、です……。そゆ、こと、です……」
――ですけど……ですけど。ですけど。
「ん……♡ ぷはぁ、あっつ……。なんなんですかねー、このほてり……。あのみょうちきりんな色の雨のせい……?」
「んむ……やはり、なにか危険な物質が、含まれていたのだと、推測します……。早急に、処置と、対策、しなければ……」
「もう、それはほかの生徒会に任せたじゃないですかー。はやくお仕事に戻りたいなら、おねえさんたちがすべきことは――、しっぽりすっきりすること……♡ ですよー。症状はっきりしてる分、ひとまずの処置だけはできるんですから。ちゃきちゃきちゃっちゃといちゃいちゃしちゃいましょ?」
「んっ、し、しかし――」
「はあ。ごちゃごちゃうるさいなあ。おねえさんだって、とっくにたまんなくなっちゃってるんですったら。はやいとこおっぱじめたいので、もうスイッチ入れちゃいますからねー♡ はむ♡」
「あ……!?♡ ここ、ろっ……♡ ん……♡ う……♡ んくっ……♡ それ……♡ だめっ……♡ ……♡♡」
タートルネックをずりおろさせて、かぷかぷとマロンさんの喉を甘噛みしていくこころさん。マロンさんは全身をびんと突っ張らせて、褐色の肌をあざやかに色立たせました。
「あむ♡ はむ♡ ちゅー♡」
「ひゃ♡ ん……♡ こころっ……♡ んん……♡ くぅん♡ ひあ♡ あ♡ もっ、ゆるしっ……♡ ん♡」
ちょっびり抵抗気味だったマロンさんの手足から、しなしなとどんどんちからが抜けていって、くたぁっとしおれた花みたいにすっかりのびきってしまうと――。
「は……♡ は……♡ は……♡ こころ、さぁんっ……♡ もお、ゆるしてえ……♡ マロンのことぉ、いじめないでぇ……♡♡」
アイスブルーの眼をうるませて、ふだんの凛とした生徒会長からは想像もできない舌ったらずな口調で懇願したのでした。
こころさんがちろりと唇の端を舐めて目を細めます。
「ふっふふ、いつものかわいいマロンちゃんに戻りましたねー……♡」
「はあ……♡ はあ……♡ こころさぁん……♡ マロンのからだ、おかしくなっちゃったぁ……♡ あつくって……ぽわぼわして……♡ むずむずするのぉ……♡」
うそ……あれが、マロンさん……? とてもじゃないですけど、おなじJKに思えません。
でも――なんとなく、わかってしまいました。こっちのマロンさんが、こころさんにだけ見せる、ほんとうの、姿だったんだって……。
「それはたいへんですねー。ではー、おねえさんが診たげます……♡」
まるで六歳児のようなしゃべり方をするマロンさんを撫であやすように。こころさんが、マロンさんのすらりとしたからだの起伏を、指の先でつつつつつ……となぞって、たしかめていきます。
「はぁっ……♡ ひぅん……♡ やんっ……♡ やぁんっ……♡」
くすぐったそうに、せつなげに、マロンさんが身をよじります。こころさんの手が胸のふくらみに沿って、セーラー服の布地の上をさわさわと這っていったとき。
「んっ♡ はっ♡ んはっ♡♡ やふっ♡」
ひくんひくんと肩を震わせ、顔をあおのけさせて、マロンさんはひときわ高い声で鳴きました。控えめな胸をすりすりと撫であげながら、こころさんがため息交じりにたずねます。
「ここ、ですかー……?♡」
「うんっ……♡ うんっ……♡ おむね、さわられるとっ……、ぞわぞわ、しちゃう……♡ うん……♡」
「ではー、よくしらべてみましょうねー♡」
背に腕をまわされたマロンさんは、いやいやとかぶりを振りました。
「やぁ……、こころさん、お洋服脱ぐの、だめぇ……。マロンの病気、みんなにうつしちゃう……」
「はーいー、わかってますよー。下着をずらすだけですから、安心してくださいねー」
「はぁい……んひゃ、はぅっ♡ ん♡ うん♡ ひぁ……♡」
こころさんの手のなかで、ふにゅふにゅとやわっこくかたちを変える、マロンさんのからだ……。
「あ♡ ん♡ そこっ♡ さきっぽ♡ いじらないれっ♡ ぴりびり♡ ひ♡ くぅっ♡ んん♡」
「お胸にぽっちがありますねー……♡ ここに毒が溜まっちゃってるのかも……♡ 吸い出したげますねー……♡」
とんとんこねこねと人差し指ではじいていた胸の先端を、セーラー服のうえから、こころさんがそっと唇で挟みこみました。
「ひゃぁんっ♡ こころさんっ♡ さきっぽっ♡ なめちゃっ♡ ひぅぅん♡ しびれちゃっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ かじっちゃっ♡ やぁっ♡」
「おやおやー……♡ こっちもあつあつですねー……♡」
すぅーって、マロンさんのストッキングに包まれた脚をさすりあげていく、もふもふ狐尻尾。尾っぽの先が、スカートのなかに、もぐりこんで、いって……。
「うふっふ……♡ むれむれ、ほかほかですねー……♡ もうすぐ夏なのに、こんなの履いちゃってるからー……♡ あ……♡♡ おぱんつ、なんだか湿っちゃってますよー……?♡」
「ひゃぅうぅん♡ こころさんっ♡ こころさぁんっ♡」
「ん♡ マロンちゃんっ……♡ ちぅ……♡」
盛り上がっていく、ふたり。しっとりねっとりとねばついていく、保健室の空気――。
あつ、い……からだが、あたまが、おなかが、信じられないぐらい、あつくて、ゆだってるの……。自分の血の熱さで、のぼせちゃいそうな、ぐらい。風邪が、確実に悪化しています。
……とめなくちゃ。これは――こんないやらしいことは、やめさせなくちゃ。
と、決意したとき。
すん。って。耳元で、息を吸う。音。
「せん」
ぽそ。って。吐息の湿気で、耳が湿ります。
「ばい」
「ひぅ……!?」
「だめ、です、よ……。じゃま、したら……」
気付いたら、マチは、わたしの腕にすがりつくようにして、つつましげな胸をびとって押しつけていて。マチの体温も、さっきからどんどん熱くなってきていて、それが首のうぶげで感じられるぐらい、顔を寄せてきていて。満月みたいな眼で、わたしをじぃぃっと、覗きこんでる、マチ。
「ど、どど、どうしてよ?」
「あたしは――」
耳が、頬が、マチの吐息が撫ぜていくところぜんぶが、じくじく、じくじく、熱を持って。
「……あたしは、あれが、ほんとうの、百合、なんだと思います、から……」
「ど、どういう、こと……?」
「だれにも、観られてないから、です。それに、ふたりとも――」
「ん……、はぅ、こころさぁん……、こころさん、すきぃ……♡」
「まろんちゃんっ♡ ちゅっ♡ んっ♡ まろんちゃんっ♡♡」
「もう、お互いのことしか、観てないし……観測できて、ないんです。これほど、百合の本質に、近いこと、ほかにないです、よ……んっ……」
喉に引っかかるみたいな、マチの声。
……あれ、なんか、この子も、顔赤くなって……息、荒い……?
「ほ、本質、とか言われても……わたしは、百合に詳しくないから、わかんないけど……わたしたちは、観ちゃってるじゃない……?」
「それは、あたしたちが、寝たふり、したから、です。JKデリンジャー現象、もちゃんと使ってました、ので、本来なら、だれにも……、観られてない、観られてはいけない……、知られてない、知られてはいけない、できごとのはず、です。だから、これは、ふたりの問題……、この世界のどこにもなくて、ふたりのあいだだけにある、ひめごと。ふたりだけで、決めて、おこなわれて、完結して、その残滓も……、ふたりのなかにだけに存在、すべきこと、なんです」
「こ、この世界の……、どこにも、ない……?」
「百合は、ほんとうは……それをつくったひとでも、ましてや、観たひとが、なにかをしたり、決めていいものでは、ないはず、なんです。まわりの、世界なんて、関係ない……ふたりにとっては、お互いこそが、すべて、だから……んっ……。て。予岐 佐波、が言って……、ました」
ふたりだけのひめごと。お互いがすべて。
たしかに、今のあの子たちは、そんな感じです。ふたりのあいだには、どんな人間も、規則も、世界だって介入できない。そんな閉じきった、秘めやかな時間。
いけないことをしているのはあちらのはずなのに、覗いているこちらのほうが、ふたりの世界に踏みこんでいて、とてつもなくわるいことをしている気になります。
だからでしょうか。あのことばも、聞こえません。吐き気も息苦しさもなく、ただ後ろめたさだけが、つのっていくばかり。ぐらぐら、くらくら。
うるうる潤んで、滲んでく、黄色い眼。
マチ、いつもはどちらかというと、控えめな雰囲気なのに……酔っぱらったときのお父ちゃんみたいに、ことばを、つらねて。
「あたし……ここにきて、やっと、予岐 佐波の言ってた意味、ちょっぴりわかったん、です。だれにもホンモノだって、わからないからこそ……ホンモノになれている、ものがある、て……。百合とか、量子とか、……ひとの気持ち、とか。
物語にしても、そうで……、つくろうとして成った百合、は、花園の百合。なん、です。それもきれいで、いいん、です、けど……、なんかちがうなって。――ニセモノ。みたい、だな、って。正直……仮面カップルなんか、見てらんなくって。J.K.に、来るんじゃなかった、とも、思っちゃった、ことも、あります。
でも――そんなとき、あのふたりが、してるとこ、居合わせちゃって。あのふたり、ここでよく、その……、今みたいに、休憩、してるん、です。あたし、放課後、ときどき、ここでお昼寝してたので……。それで、ふたりの、はじめて見ちゃって……。そのとき、ホントの百合が、どういうのか……、ちょっと、わかりました。
意図的に、ではなくって、自然にそのひとたちが、想いあった結果、ふたりのあいだに、存在していた野百合が、ホントの百合、なんだな、って。それは、だれにも見つかる、ことはない……。野百合そのものが、存在したかどうか、すら、わからないもの、知られないもの、で――ぅ……はぁ……ん……」
むつかしすぎる話をされて、マチが熱に浮かされたみたいに饒舌に語るたび、濃ゆい甘い匂いがむっむわって、たちのぼってきて……頭が、ますますぽーっとしてくる……。どろっ、どろって、汗が……。
「うー……? で、でも、でも……」
考えが、まとまらない……ふわふわする……。どきどき、する……。
リンゴみたいな真っ赤なほっぺで、マチがぎゅぅっと寄り添ってきます。わたしと、マチのからだが、やわらかくつぶれる感触。
「は……はぁ……ん……、せんぱい、つらそう……お風邪、しんどいです、か……? ん……、さむく、ないです、か……? おふとん、かぶりましょ……」
「ぁ――」
真っ暗になりました。見えるのは、ぽうっと浮かびあがってる、マチの目だけ。
「ん……せん、ぱい。せんぱい……、せんぱい」
ねばっこく鼻の奥に絡みついてくる甘い匂いの、すがりついてくるような、ささやき。
だめ……こんなに密着して……、こんなの……こんなの、へん、だわ……。
「っ……、マチ……、あなた、からだ、すごく熱い、わよ……? ようすも、おかしい、し……。あなたも、風邪引いてるんじゃ、ない……?」
「はぁ……は……、へいき、です、よ……。おふとんあつい、だけです、から……。あたし、お風邪、引いたこと、ないです、し……。はぁ……。あ。の。それより、も……です、ね……。んくっ」
こきゅっ。て、喉が鳴る音。たぶん。
「あの……です、ね。……お風邪。を。てっとりばやく……、治す方法…あたし、しってます、よ……」
「はあ……は……、んぇ……? どう、するの……?」
「ん……。と。です、ね……」
ごくっ。て。
「ばいきんを、くちうつし、すると、いいって……。本で、読みました……」
「く、くちうつしって……。き」
き。
「……き。す。するって、こと……?」
「いえ、きすには、ならない、です……。ん……はぁ……、おかぜを、うつすため、なので……。人工呼吸。と、おんなし、です……。あれ、は、きすじゃ、ない、ですから……。それに……リップごし、ですから、へいき、です、よ……きっと」
ごそ、ごそ、もぞ、もぞ。暗闇のなかで、なにかが、這うような。
「そ、そう、なの……? ……でも……、マチが、風邪、ひいちゃうじゃない……」
「あたし、は」
どっ……どっ……どっ……。脈打ってる。痛いぐらいに。
「こうみえて、頑丈、なんです……」
ふたつの満月が、どんどん、おおきく、なっていって。ごそっ、ごそ。もぞ、もぞっ。
わたしの胸が、ぴっとり押しつけられる、やわらかいもので――。
どっ……どっどっ、どっ……どっどっ……。重なって聞こえる、脈拍。
「ふっ……、んふ……、リナせんぱい、あしたも、風紀委員の、みまわり、しなくちゃ、ですよ、ね……はやく、なおさない、と……です、よ?」
「それ、は、そ、かも、だけど……でも……」
どっ、どっ、どっ、どっ、どっ――。
「せん」
すん。って。鼻先で、息を吸う。音。
「ぱい」
ぼそ。って。吐息の湿気で唇が湿る。
「うごかない、で」
どっ――。
月が、みえなく。なって。
やわらかくて、ちょっぴしべたつく、温かいのが。時間が、とま、って。耳鳴り。
「ん……」
唇から、じんわりとろけていく――体温が、みずみずしい、皮膚と――、びっとり、くっついて――境目が、わからなく――まじりあう。
「ん……」
吐息の音が、空気以外から、つたわる。
「ん……」
いろんな音が、からだのなかに、つたわる。
「ん……。ふ」
リップと、たぶん、マチの舐めてた飴とで、くっついたのが、ねち……っと離れたとき、空気でしびれた感じになって――、ようやくわかりました。
唇と唇が、くっついてた、って――。
たぶん、何分も経ってないですけど、一時間ぐらい、くっついてた気分。呆然と、してしまいます。
「う。わ。……きっ」
きっ。
「きっ。す。しちゃった、ゎ……」
――どっ、どっ、どっ、どっ。
音が、戻ってきます。雨に降られたみたいに、濡れたおっきな満月。ふたつ。
「くち、うつし……、です」
「んん……。そ、そよね。く、くちうつし……くちうちゅし……。え、ええと。こっ、これで、なおるのよね……?」
舌でちょこっと下唇をなぞります。リップのうえに、べたつく甘さが、唇に塗られていました。
さっきまでマチがなめてた、飴の味。マチが触れていた場所の、味。
「ん……。……まだ」
「え……?」
「まだ、です……」
「んぇぇ、あ、んっ……」
今度は、最初から、わかりました。わたしの唇のうえに、とけこむように、重なった……後輩の、柔らかい唇の感触、が。犬の鼻ぐらいちょっと湿ってて、焼き菓子ぐらいちょっと甘い匂いのする、ぬくもりが。
「んぁ……」
ぽーって思考がとけて、唇の感覚しか、わからなくなっていきます。ふわふわ、ぷかぷか、湯船にたゆたってるような、ここち。
そ、そ、そ……と、わたしの腰にまわされる、マチの仔鷲羽。ふかふか包まれて、かと思うと、わたしの膝に、マチの膝が、触れて、すれて、すり、すりって……あいだに、割って、入ってきて。
「んぅ? ちょ、ん、んっ……」
抗議するために中断しようとしたら、ほっぺたに、そっと、ページをめくりやすそうな、しっとりした手が、あてがわれて。ふたつの月。くらくらするぐらい、まばゆく。
「んむ……まだ、です……まだ……まだ……うつって、ない……ん」
吸い付くようにして、唇が、また、ぺちょっと重なりました。
くらくら……ふわふわ。熱く……わたしの思考を奪って、どろどろと沼に沈めていくような、行為。わたしのふとももを挟みこむ、マチの、ほっそりしたふともも。
が。すりすり。こすれあって。すりあがってきて。スカートだって、きっとめくれあがっちゃって――。腰を引こうにも、羽で抱きつかれてるから、動けずに。
ぐり。って。ふとももが、お腹のいちばんしたを……あそこを、圧迫するみたいに、下着に押しあてられてしまいました。
「んんん!」
ぴりって電気が走ります。じわってじくじくした疹きが、腰の奥に広がります。
「ん……だめ、そこ、まち……だめだったら……!」
「せんぱい、声、出しちゃ……、気づかれ、ちゃいます、よ……?」
「っ……!」
耳を澄ますと、お布団の外からくぐもった声が聞こえてきます。
「っく、はあぁぁあんっ♡♡ こころさっ♡ こころさぁんっ♡ ひうぅんっ♡ ――♡ ――♡ ――♡」
「はっ♡ はっ♡ まろんちゃんっ、いきましたかっ?♡ いきました、よねっ?♡」
「んっ、んっ、んっ、いきまひ、たっ♡ いきまひたかりゃっ♡ もうゆるひてぇっ♡♡♡」
「はっ♡ んっ♡ まだ、ですっ♡ 熱いの、まだおさまってないのでっ♡ まだします♡ もっとします♡」
「ひゃううんっ♡♡♡」
聞いてるだけで、耳が腫れあがったみたいにじんじんしてくるふたりの切羽詰まった声で、あおられたみたいに、マチは、さらにふとももをぐりぐり押しつけてきます。衝動を抑えきれなくなってるみたいに。必死に。ぐりぐり、ぐりぐり、ぐり。
「ふっ……、んっ……、せん、ぱい……、せんぱいっ……、ふーっ……、せんぱい……」
わたしの、あそこに……わたしと家族以外の、だれも触れたことも、見たことすらないはずの、あそこに。
「あっ、んっ、っくふ、ううっ……!」
逃げ場なんてなくて、でもなにかにしがみついていないと耐えられそうになくて、わたしはマチのふとももをぎゅっと足で挟みこむことしかできません。
それでかえって、わたしの、あそこは、押しつぶされるかたちになって。
興奮気味に甘い匂いのする鼻息をふんすん荒げて、びかびかぎらぎらする月が、わたしをじぃぃぃっと覗きこんできます。
「はっ……ん、ん……せん、ぱい……なんか、スカート、しめってる……おもらし?」
「あ、雨よっ……。あっ、んっ、ね、ま、まち、も、やめ、て……はなれてっ……。い、い、いや、いやらしいこと、じゃ、ないの、これぇ……?」
ぎゅって増してくる、マチからの体重。
「んっ、は……だいじょうぶ、です……。からだ、よしよし、さすって……代謝を、あげて、お風邪、うつしやすくしてる、だけ、です……はっ、はぁ……あたしに、まかせて、ください……」
「ん……でも、こんな、の、ん、んっ、ん~っ…」
って言われるけど……これ……ぜったい、よくないとこ、当たっちゃってる……。
ふとももがすりすりすれるたびに、びりびり、ひりびり……。
ふつうなら、ほかのひとには触れることも、見せることだって許されないようなところ……わたしの太い足がまじわる、そこが、刺激されちゃってて……そのたびに、おなかの奥のほうに熱がたまってきてるのが、わかるんです。
ずきん、ずきんっ、どきどきどきって、腰の芯が……かゆいような、いたいような、いてもたってもいられなくなっちゃう、感じ。
わたしはついに観念して、マチにお願いしました。
「んっ、あたっ、あたってる……! まちっ……おっ、おま、おまたのとこっ、んんっ、あたってるからっ、それ、やめてっ……!」
「ん……へいき、です、から……はっ、はっ……、心配、ないです、から……」
「あひゃうんっ……! んっ、くっ、あっ!」
腰とか背中とかを、マチのちっちゃな手とふわふわの羽がさわさわ這いまわります。きっと真っ赤になった耳のふちを、つつつつつ……と熱い指で、なぞられました。
「ひ!? う、ん!? はうっ、あ!? んっ!」
そのままマチの指は、かりかり、さわさわ、しゅりしゅり……ってわたしの耳の迷路をたどっていって……ざ、ざ、 ざ、くしゅ、って、敏感な皮膚と摩擦しながら、耳の穴に、すべりこんできました。
「~~っ!」
まるで頭のなかにまで入りこんでくる、マチのしっとりした、指。
どっ、どっ、どっ、どっ、どっ、指を通して、脳に打ちつけてくる、鼓動。
心臓が痛いぐらいに暴れて、お腹のなかは、もう、ぎゅ~~って縮こまっちゃって、今にも破裂しそうでした。
「んっ、やっ、あっ、まちっ、とめてっ、どっ、どうにかっ、なっちゃうっ、おかしくっ、なっちゃうう……!」
「へいき、です……んっ、はっ……そのまま、受け入れて……」
ぐりぐり、ずりずり、より強くわたしを押しあげてくる、マチの足。
「こわいっ、こわいのっ、ばくはつ、しちゃいそっ、いやあっ……!」
「へいき、ですから…あたしが、ついてます、から……おちついて……はっ、んちゅっ……♡」
「んむっ!? んっ、んんんーっ……!――っ、――っ、――っ!」
ふわ、って一瞬、幽体離脱したみたいに(したことないですけど)わたしが浮きあがったかと思うと……あとはもう、真っ白。自分がどうなっているのかもわからなくなるぐらい、真っ白。はじめて唇を重ねたときの感覚を。何億万倍にも濃くしたような、真っ白……。
気づいたときには、マチはわたしのあそこからふとももをどけてくれてて、マロンさんたちの声もひそひそとかろうじて聞き取れる程度になっていました。
「こころさん、こころさん」
「はーいー、なんですかー」
「いつも、ありがとう。マロンに会いに来てくれて……。マロン、ここから出られないから……こころさんしか、お友達、いないの」
「うっふふふー、おねえさんはマロンちゃんのおねえさんですから、マロンちゃんに会いに来るのは当たり前だのこんこんちきですよー」
「ふふふっ、こんこんちきって、なぁにぃ? へんなの……ふふふっ」
「……ではではー、お医者さんごっこもこの辺にして、そろそろお仕事に戻りましょうか」
「えー……。こころさん、まだこうしてちゃ、だめ?」
「むむむー、抗いがたい誘惑ですねー。けど、だめです。やることやるには、やらなきゃいけないことやらなくちゃですからー」
「……はぁい、わかったぁ……。――ふぁ。……はて……? いつのまにか、眠ってしまっていたようですね」
「……そですね。マロンちゃん、あいかわらず、ぐっすりすやすや、でしたよー」
「申し訳ありません、お待たせしてしまったようで。しかし体調は回復した模様です。調査を再開いたしましょうか」
「……」
「こころ?」
「はーいー。まずはお合羽探さなきゃですよー。どっかにありましたかねー」
がらららっとふたりが出ていく気配がしたので、布団からのっそりと顔を出します。だれもいません。ザ・ウォッチャーもどこかへ飛んで行っちゃったみたいです。
ぽそっとマチがつぶやきました。
「あ。の。リナ、先輩……ごめ、なさい……。途中から、暑くなって……、あたし、なんだか、おかしく、なってました……」
「っ~~!」
ぼ、ぼ、ぼ、と心臓から火が昇ってきてるみたいに、首と顔が一気に発熱しました。恥ずかしくてたまらなくって、今すぐ布団を蹴飛ばして逃げ出したいぐらい。なはずなのに、どうしてだか、この場から離れがたいけだるさのようなものが、わたしを引き留めていました。
衣擦れの余韻が、 ずっと肌にこびりついてるような、そんなからだの重さ。
熱は、収まってるみたいでした。
「う、ううん……おかげさまで、風邪治ったみたいだわ。ほんとうにきくのね、きっ」
き。
「――くち、うつし。マチのおかげで助かっちゃった。マチは、ホントにいい子ね」
「っ……! い。……え。あたし、は――」
マチはうつむいていて、声がかすれていました。
「……わるい、わるい、後輩、です、よ……」
「え、だ、だいじょうぶ? やっぱり、体調わるくなっちゃった?」
「それ、は……へいき、です。ただ――」
「ただ?」
「……んと、……その……、あたし、も。ご本で読んだだけ、だったので……。実際に、するの、はじめてで……こんなに、なるって、しらなかった、です……」
「そ、そうなの。そう、よね。え、ええと、ありがとう?」
ちくちく、ひりひりするちぐはぐな、居心地のわるさ以上に、やっぱり恥ずかしくて、どう会話をつづけていいのかもわかりません。
くちを開くたびに、唇に乗った、薄れかけた甘さを、意識してしまうから。
「……わたしたち、だいじょうぶ、よね? 風紀乱してないわよね?」
「……。……。……ん。……。……と。……へいき、だと、思い、ます……たぶん。でも、秘密にして、おきましょう……。あたしたちだけ、の、秘密に……」
「え、ええ、そうね……」
「……」
「……」
うう、きまずすぎるわ……! とにかく話題を変えないと――。
「そ、そういえば! クロスを結びたい子がいるって話してたわよね! 結局だれなの?」
「あ……そこに、戻るんです、ね……」
マチが布団を指で引っ張って、ごきゅ、って喉を鳴らしました。そして深呼吸をして。
「ん……。と。その。……じゃあ、言っちゃい、ます、けど――」
――今から千年ぐらい前の二千十九年、ちょうどスフィア・ニッポンでHEY-SAY天皇が退位して、元号がタピオカに変わった年のこと。予岐 佐波っていう百合作家が、Y-レポートという論文を"サイマトネット"に投稿しました。マチに要約してもらった主旨は、次のような感じ。
可憐で尊い百合(女の子同士で仲良くすることです)を観賞することで、ストレスが減り、免疫が高まり、体重が落ち、筋力が増し、フリーラジカルが減少し、頭髪が殖え、花粉症と親しらずと犬アレルギーが治ることで医療費の負担が軽減され、税金は減り、少子高齢化人手不足が解消され、失業率が下がって、ベースアップして、残業が禁止されて、上司が優しくなり、客は気前がよくなり、景気がよくなって、桶屋は連日ストッブ高、思いやりが増えるので崩壊寸前だった
これには、みんな驚きました。政府の関係者とか研究者とか大学の教授たちはみんな「すごい」とか「やばい」とか「エモい」とか言ってて、ノーベル賞のいちばん偉いひとも、「たぶん今まででいちばんすごいやつかも」って言って、予岐 佐波さんにノーベル賞をいっぺんに十個ぐらいあげました(ちなみにこのときからメダルのデザインは科学の女神が自然の女神にキスしてる意匠に変わったとか)。
それで世界中で協力して百合、とくにJK百合をいつでも見れるようにしようと国連が決めました。JK同士の百合ほど対ガン効果は顕著であるって古事記にも書かれていたからです。
そこで発足したのがJK
J.K.はその名の通り、JKしか暮らせません。それも十六~十八歳の間だけです。義務教育を終えるまでは一歩たりとも踏み入れられず、卒業と同時に出国しなければなりません。試験だって厳しくて、学力以外にも、いろんな適性試験を合格しなくちゃなりません。
でもJKたちは働かなくてもよくて、三年間楽しいJK百合ライフを満喫していればたくさんお金がもらえました。ただ、それだと国としてやっていけないので、JKPはじーじとかじーちゃんとか呼ばれる合成生物をつくって、すべての勤労を押しつけました。
J.K.から百合が配信されるようになって、世界はY-レポートのとおりになりました。いろんな社会問題が解決して(麻薬だけはなくなりませんでしたけど、よく考えたらべつにそんなに問題じゃないな、ってなって、逆に合法化されました)、今まで知られていたガンがみるみるうちに減っていきました。
人類がみんなまだ地上で暮らしていたころは百合を病気だとかいって、治療しようとしたそうです。でも今は百合に治療されているなんて、すごい皮肉です。ところが――新しいガンが、世界中で一斉に増えだしました。それが、"螺旋ガン"です。
百合の領域を踏み越えた過激すぎるレズ行為も、世界中に配信されるようになったのですけど、これによってエモみが増しすぎて魂=螺旋が炎症を起こして螺旋ガンになってしまうのでした。螺旋ガンの末期患者は、魂が爆発して死にました。ひどいときは一年で千九億人ぐらいの男性が螺旋ガンで魂が爆発して死んだそうです。当時の人類のちょうど半分ぐらいです。
なので、J.K.ではレズ行為は厳禁。そのために風紀委員がいるのです。わたしは、世界の平和と健康をまもるために日夜戦いつづけているのでした。
ただその戦いは――、いえ、J.K.という百合世界そのものが、この日を境に、終わってしまったんですけど。
マチが布団を指で引っ張って、ごきゅ、ってのどをならしました。そして深呼吸をして。
「ん……。と。その。……じゃあ、言っちゃい、ます、けど――」
がががっ、ぴー。と保健室のスピーカーがせきこみました。そして。
「ぐぅてんたぁく、じゃぁんくみぃつ! わが
ものすごくテンションの高い、女の子の、声。
「全身にすっいーちーな脂肪乗っかりはじめた食べ頃じゃぁんくみぃつさん!
>Stage I end.
>to be continued...