百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
part 1 そのJD、デンジャーにつき
/Stage II promotion - 促進 -
/part 1 その
校庭に出てみると、雨はすっかり止んでいました。人工太陽が落とされて、
そんなグラウンドの中心で仁王立ちしていたのは、パステルパープルのレインコートを羽織った背の高い女の子。ぎんぎらぎらぎら七色に変化しつづける長髪は、遠目にも目立ちまくりです。
虹色ストライプ柄のメガホンをかまえて、大音量でその子は言いました。
「はろーっ! じゃんくみぃつ! どなぁたか、おりませぇんかーっ! わたぁしととぉーってもきもちいいレズえっち、しまぁしょー!」
「な、なんなの、あの子……?」
下駄箱の陰からこっそり覗いていたわたしは、思わず隣にいたマチに訊いてしまいました。
「ご、ごめん、なさい……。あたしにも、わからない、です……」
「えぁ、こっちこそごめん、そらそうよね……。ほかの学校の子、よね」
「だと、思います」
少なくともペンシー女子高ではあんなド派手な子、見たことがありません。が、他校の敷地内で許可なく騒音を出してるのは明らかに迷惑行為。風紀的にばってんです。
注意しようと校舎から出ようとしたところで――上空から、こころさんの
「なにごとですか。すでに当校の下校時間を過ぎています。どれだけお呼びになってもJKは現れませんので、即刻拡声器の使用を中止いただけますか」
マロンさんがブリちゃんから飛び降りて、虹色の女の子と対峙しました。
「わーお、びぅてぃなじゃんくみぃちゃんです。あなぁたのような子、とっても高く売れまぁす!」
「なにをおっしゃっているのか理解が及びませんが、ご協力感謝いたします」
遮蔽物がないので、メガホンなしでも会話ははっきり聞こえました。
こころさんが尻尾をぴんと立てて、マロンさんより半歩前に出ました。
「すわ敵襲大明神かと思いきや、これまたきれいな子ですねー。どこのどなたですかー?」
「おーう、
「……ふーむ、まあそうですね。おねえさんは射鶴木 こころ。ペン女の生徒会副会長ですー」
「わたくしはマロン・チャーチと申します。借越ながら、同生徒会会長を務めさせていただいております」
「マロンちゃんに、こころちゃん。べりべりぷりちーなお名前でぇすね!」
「……さんをつけてもらえますかー。ここではだれよりもおねえさんですのでー」
「こころちゃんさん?」
「こころさんです」
「こころさんちゃん!」
「……はあ、もういいです。それで、あなたは?」
「わたぁしは、プレザンス・サリンジャー、言いまぁす。ここの卒業生でぇす。"JD"やってまぁす。コニニチハー!」
「え……卒業生? JD? そんなまさか……」
呆然とつぶやくわたしの袖を、くいくいとマチが引っ張りました。
「リナ先輩、聞こえ、るんです、か」
「え、ああ、ええ。わたし、耳はいいから――」
わたしがマロンさんたちのやりとりを伝えると、マチは眉を輩めました。
「……サリンジャー? それ、って――」
「おや、先輩でいらっしゃいましたか。度重なるご無礼、お詫びいたします。――ですが」
マロンさんがぞくっとするほど硬い声音で告げました。
「先輩であれば、ご存知のはずです。ここはJKしか立ち入りを許されていないことを。サリンジャーさんはいかなる手段でJ.K.に入国なさったのですか。入国許可はお持ちなのですか」
「JKPにますたぁきぃをもらぁいました。わたぁしは、JKPから
「ちょーっぴしあやしいですねー。そーんな非定常のイベント、ふつう各校の生徒会に通達があるはずなんですけど、おねえさんたち、初耳ですよー? そのミッションてのは、なんなんですかー?」
「よくぅぞ聞いてくれましぃた! わたぁしの任務は、このJ.K.をレズ・ユリバーサル・ランド――"L.U.L."にすることでぇす!」
堂々と宣言するサリンジャーさんに、マロンさんはますます警戒心を強めたご様子。
「聞き捨てなりませんね。どういうことなのか委細詳しくご説明頂けますか」
サリンジャーさんはにんまり笑ってこう語り始めました……。
つい先日のこと、エアライデン製薬という会社が、ついにガンの特効薬を発見しました。どんなガンでも服むだけでイチコロ! その名も"ガンコロシン"! ガンコロシンは臨床試験とか認可とかそういうまだろっこしいのはまだですけども、理論上ぜったいいい感じにいくはずで、すごく安くつくれそうなのだそうです。
そうなると、ガン対策のために存在しているJ.K.は不要ということになります。世界が平和になりすぎたせいで経済の発展が遅延していて、年々経費がかさみつづけているJ.K.は世界経済を圧迫してしまっているのでした。そのうえ、今後ガンコロシンによって百合配信の収益が見込めなくなってくると、JKPはJ.K.を維持していくことができません。
それに、これまでレズが抑圧されていた反動から世界的にレズ需要が沸騰寸前にまで高まっています。レズ解放運動のために政治が不安定になっているスフィアまで出てきているのだとか。また、今、闇市場でレズ奴隷はとても高く取引されていて、奴隷を捕獲するために誘拐や略奪が各地で頻発するようにもなってしまいました。
そこでJKP運営委員会が下した経営判断は、J.K.をレズ工場すなわちL.U.L.化し、レズ奴隷を市場に安定供給することで世界に再び平穏をもたらす――でした。それが、サリンジャーさんが任された"ザ・キャッチャー・イン・ザ・L計画"なのだそうです。
「わたぁしは昼間はただのJDでぇすが、夜はレズデリヘル指名
「……ひどい、です。……ひどすぎ、ます……」
わたしのくちからサリンジャーさんの宣言を聞いたマチは、へなへなとその場に座りこんでしまいました。
「お金の、ため、なんかに……、みんなを………」
衝撃の勧告は、わたしを困惑させるには十分でした。でもそれ以上に、うっすら涙を浮かべたマチの黄色い目に、わたしは頭が真っ白になるぐらい動顛してなんと声をかけるべきかもわからず、肩をそっと抱いてあげることしかできませんでした。ジャージの袖にすがるように、マチが握りしめてきます。
こころさんが不快感をあらわにしました。
「はいはーいもう結構結構、
「
「ひょっとして、さっきのみょうちきりんな雨もサリンジャーさんが降らしたんですかねー?」
「
「……つまり、レズド雨を浴びてたくさんの他人の遺伝子を接種させられると、確実にレズ奴隷まっしぐらというわけですか。悔しいぐらいに効率的ですけどー、悪趣味のこんこんちきにもほどがありますねー」
「なるほど。ご説明ありがとうございます、サリンジャーさん。そちらの事情は、よく理解いたしました」
「
「――ですが。承服いたしかねます」
マロンさんは、ばっさり切り捨てました。
「J.K.をレズランド化? よろしい、お好きになさってください。J.K.はもともとJKP運営委員会の所有地です。世界の平穏? その信念、大いに結構。感服いたしました。わたくしにお手伝いできることがあればおっしゃってください。微力ながら協力させていただきたく存じます。
――ですが。我々は、ここにいるJKたちは、あくまで意思と人権を持った個です。個が種に奉仕する義務を負うのはわたくしも承知しているところ。ただしそれは自らの意志によってです。他者に強要された奉仕は奉仕ではありません。ただ隷属させられ、使用されているだけにすぎない。義務を果たすのとは異なります。
義務のなかにも、権利は存在します。種へ奉仕するか、いかなる形式で奉仕するかは我々の意志が選択いたします。ここにいるものは残らず百合によって人類に奉仕し世界を救済することを選択したもの。あなたたちの事情がどうあれ、たとえそれが世界を救済するためだとしても、見知らぬ相手とのレズ行為を強制されるいわれはありません」
「ちっちっちぃ。残念でぇすが、じゃんくみぃつに拒否権はあぁりませぇん。クロぉスを受け取ったとき、
「おかしいですねー。おねえさんがサインしたSRY宣言では、危険なレズ行為は撲滅することになってたと思んですけどー。状況が変わったなら、宣言内容も改定されなくちゃならないはずです。そしてもちろん、改定の際には、改めて宣言者の同意も必要なはず、ですよねー?」
「レズ行為はもはやガンの
「はあ……、ふざけてますね。 ふざけまくってますねー。そんな横暴がまかりとおると本気で思ってるんですかー?」
サリンジャーさんは満面の笑みで答えました。
「それが世界の選択、世界の同意なのでぇす。あんだゃーすたん?」
「あなたがたの主張される正当性は理解はいたしました。そのうえで。わたくし、はっきり申し上げて、そのザ・キャッチャー・イン・ザ・L計画とやらに虫唾が走るほどの嫌悪を抱いております。人類のためという大義名分を標榜しておきながら屈理屈を
こころの底から謝罪いたします。これもわたくしの誤断を発端とする事態。そのような計画に人類の行く末をゆだねるなら――やはり、はじめからこの惑星を時空ごと
今ここに、改めて、"わたくしのあなたがたの世界"に正当性は失われたと判定します。よってその計画、不詳このマロン・アンヘル・チャーチにより白紙撤回させていただく所存です。当家は人類保護のためであればどのような指弾糾弾をも厭いません。あなたがたも、どうかお覚悟を。自賛ではありませんが、少々手強いですよ――世界一の資産家というものは」
一切の迷いのないマロンさんの断言を聞いて、わたしは胸のなかが熱くなるのを感じました。いきなりこんな突拍子もないめちゃくちゃな命令をされても、真っ向から立ち向かうその後ろ姿は、われらが頼もしき生徒会長そのものよ……!
こころさんがすかっとした面持ちで、しっしっと手を振りました。
「と、マロンちゃんも言ってますのでー。とっとと尻尾巻いて帰ってもらえますかー、サリンジャーちゃん? すみませんけどぶぶ漬けはおうちで食べてくださいねー」
「おっおー。おーきーどーきー。あいあんだゃーすとゅっど。レズは今となっては世界の大正義。ならぁば、それを阻むのは、世界の大悪でぇす。ですのぉで、世界の選択はただひとつ……
サリンジャーさんがそう言った次の瞬間でした。グラウンドがぼこぼことひび割れて、大量のじーじが飛び出してきたのは。
「て! こ!」「ろ! し!」
地面を突き破って狂ったようにうにょうにょのたうち暴れるじーじたちは、正直かなり不気味です……。
「さあ、じーず! 生意気なじゃんくみぃつをキャぁッチしてくださぁい!」
「す! た!」「て! け!」
サリンジャーさんの号令とともに、じーじの群れがマロンさんたちに殺到しました。しかしいち早くこころさんはブリちゃんにまたがり、モーターをまわしていて、マロンさんもブリちゃんが離陸する寸前に機体に飛び乗り、あわやというところでじーじの魔の手から逃れていました。
サリンジャーさんの頭上、旋回するブリちゃんから、マロンさんが若干感心したふうに言いました。
「じーじたちを使役するとは。JKPのマスターキーとやらですか」
「
「じーじちゃんの原料がガン……? おねえさんも初耳ですねー」
「ですが納得いたしました。レズちから、侮っておりました。なるほどどうして、これではふつうのJKでは太刀打ちできずに拘東されてしまうでしょう。もっとも、わたくしに大量の生物をけしかけるとは――失礼ながら、笑止千万です」
「まったくもって片腹大激痛のこんこんちきですねー。マロンちゃん、ばい菌の封じこめはおねえさんが抜かりなくやっちゃいますからー。一発がつんとパンチくれちゃってくださーい」
「先輩の頭のうえで、余裕のおしゃべりでぇすか。
サリンジャーさんがメガホンを差し向けるなり、勢いよくからだを伸ばすじーじたち。ふだんその辺を徘徊していろんな仕事をしてくれているふつうのじーじとちがって、サリンジャーさんが操るじーじは何メートル何十メートルも長いみたいでした。
こころさんの巧みなブリちゃんさばきでなんとかかわしていますが、かなり危なっかしい感じです。マロンさんはおもむろに黒手袋を脱ぎ、なめらかな褐色肌の右手をあらわにすると。
「わたくしどもは若輩ながらも、この地の安寧を嘱託されしもの。敵前逃亡など、とんでもございません。ゆえに――照覧あれ」
なんと、飛行バイクから飛び降りて、うっそうと生い茂るじーじたちの密林のなかに飛び込んだのでした!
マロンさんが捕まる……! そう思った直後。
「――"
マロンさんにそっとひと撫でされたじーじはびくんと震え、硬直するやいなや……、その長い桃色のからだは、みるみるうちに氷とか水晶みたいに透き通っていくではありませんか!
「て……。こ……」「し……。ろ……」
それも、触れたじーじのみならず、 近くにいたじーじたちも次々と透明化していき、微動だにしなくなってしまいました。ペンシー女子高のグラウンドに繰り広げられていた、大量の化け物ミミズめいたじーじたちうごめく地獄のような光景が、瞬く間にして、水晶の柱が林立する美しき古代宮殿を描き出した幻想的な絵画へと変貌していました。
「すごい、きれい……。けどなんなの、これ……」
人工満月を浴びて、きらきらさんざめく宮殿のなかにたたずんでいるマロンさん。
「わたくしは己のゲノム中に、細胞を結晶化させるレトロウィルスをコードしています。じーじ、否、生体によるいかなる攻撃も、わたくしの前には無力です。お判りいただけたでしようか」
「なんなんでぇす、それ! どう考えても人間のちからじゃないでぇす! チートでぇす!」
さしものサリンジャーさんもびっくり仰天、ドン引きしてあとずさりましたが、水晶の森に退路を断たれてしまっていました。マロンさんはつかつかとよく響く足音だけで威圧するみたいに、サリンジャーさんに歩み寄ります。
「ご賢察の通り、人間個体のちからではありえません。わたくしのいやしい資産といまわしきこの遺伝子を資本に築かれた、科学のちから、全人類の"叡智"の賜物です」
そして、手近のじーじをぽきんとへし折り、自分の身の丈以上はある水晶柱を思いっきり振りかふかぶると。
「叡智パンチ!」
と叫んでサリンジャーさんに叩きこみました。サリンジャーさんは水晶じーじをなぎ倒しながらぶっ飛ばされていき、地面に這いつくばりました。こころさんは上空でガッツポーズを決めています。
水晶柱を放り捨て、自潮気味につぶやくマロンさん。
「……いえ、いっそ呪いと形容したほうがより正確でしょうか。はてどなき人類の欲望が利潤をあさましく追求した営利活動の結果生じた、かけがえのない多くの無辜の命と数えきれない苦痛、無念、憎悪、その結晶体が、わたくしに刻みこまれたこの呪いなのです」
「ずいぶん乱暴でぇすね、近頃のじゃんくみぃは……。先輩、殴る、とても失礼でぇす。わたぁしの国のことばでは、長幼の序、言いまぁすよ?」
サリンジャーさんが鼻血を手の甲でぬぐいながらふらふらと立ち上がりました。
「ふつつかで申し訳ありません。これでも手加減したつもりです。生物をあまり損壊させず、治癒可能な形で戦闘力を奪う手段をこれしかもっていなかったので。さすがに使者を雷で炭にしたり、レーザーで輪切りにしたり、致死率百パーセントのウィルスに感染させるわけにはいきませんから」
サリンジャーさんの前に堂々と立ったマロンさんは厳かに宣告しました。
「それでは暫定的に凍結させていただきます。すこやかにお眠りください」
「ふん! 甘ぁいでぇす! すっうぃーちー、ぼんぼぉん、どるちぇめぇんて、甘っちょろぉいです! "特待生"がここまで規格外だったとは想定外でぇしたが、しょせんはじゃぁんくみ。ならぁば、この子たちにはどうでしょ!」
地面のなかから、またぼこぼこっとじーじが二体飛び出してきました。マロンさんが身構えるよりもはやくじーじたちの胴体がばかっと割れると――なかからふたりの女の子が現れました。
見てるこっちが失神しそうなぐらい布面積のすくない黒の水着を着た、タマさんと、科藻さんが。
どうして、ふたりが……。
「にゃっほ~☆ 呼ばれて飛び出てタマナモですよぉ~。にゃは♡」
「くっししし、おひさしー、会長さん」
マロンさんは驚いて一歩あとずさりました。
「あなたたち、なにをなさっているのです。捕虜となっていたのですか? ここは危険です。可及的速やかに下校なさってってください」
なれなれしく、しゃなりしゃなりとしなをつくりながら、タマさんと科藻さんはマロンさんに迫ります。
「にゃっふふ、そういうわけにはいんですよぉ~、マロン先輩♡」
「いやぁ、そこのサリンジャーさんにスカウトされちゃったんだナー、われわれ」
「スカウト? あなたたちはサリンジャーさんの要求を呑み、JKP側についたとおっしゃるのですか?」
「もちろんですよぉ~、だってぇ~」
「一族が一生遊んでくらせるぐらい、お金たくさん稼げるらしーし?」
「レズえっち♥ だれとでも♥ 好きなだけ♥ していいっていわれたものでぇ~♥」
「とゆーわけで……こっからはわわわれが相手だゾ、っと!」
掴みかかってきたふたりをすんでのところでかわしながら、手袋をつけなおすマロンさん。
「くっ……! おやめください! このような不逞の輩に
「あーは、会長さん、聞いてなかったのかナー? われわれ、ふつーにJKPのほうがうがいいナーって思っただけなんですケド」
「そうですよぉ~。それとも、マロン先輩がきもちいレズえっち♥ タマたちとしてくれるんですかぁ?」
「てゆっか、してくれなくとも……これからむりやりしちゃうんですケド! やっちまいナ、おじーちゃん!」
科藻さんのかけ声とともに出現したおびただしい量のじーじたちが、マロンさんに躍りかかります。
マロンさんはじーじのあいだをくぐり抜けながら叫び返しました。
「くっ……! 日計さん! 今すぐじーじの活動を停止させてください! でなければ……実力行使もやむをえません!」
サリンジャーさんはそんなマロンさんを見てほくそえんでいます。
「思ったとおりでえす。じゃんくみぃには、叡智のちからとやらは使いたくないようでぇすね」
「マロンちゃん! 今助けにいきます!」
上空からブリちゃんが急旋回、じーじの合間を縫って急降下、マロンさんのもとへ駆けつけようとしますが――。
「おっと、邪魔しないでくれるかナー、射鶴木さん!」
「け! す!」
束になり、壁のように立ちはだかったじーじに阻止されて、ぎょっとするほど低い声で悪態をつきました。
「ちぃっ、くず肉どもめが……!」
ところが、じーじの操作に気を取られ、一瞬だけ科藻さんに隙ができてしまいました。それを見逃すマロンさんではありませんでした。
「警告は、いたしましたよ……!」
じーじのうえを走り、飛び越え、マロンさんは科藻さんに組みついて、馬乗りになるかたちで地面に押し倒しました。
「ぅっぎゅ、いやぁん、先輩、大胆……てかおもっ!? 会長さん、重すぎィ……! ぐるぢ……!」
「叡智の重さです。申し訳ありませんが、拘東させていただきますよ、日計さん」
タイで手首を縛られながら、科藻さんは、しかし、にやぁっと笑って見せました。
「かぁい、ちょぉ、さん♪」
「なにか?」
「あーしの目ぇ、見てほしいナー」
「はい? なにを――」
「はい、ねんねんころぉりー♪」
「……!?」
びかびかびかっと科藻さんの瞳から、まばゆい光が放たれるやいなや、マロンさんががくがくがくっとてんかんを起こしたみたいに痙攣しました。痙攣はすぐに収まりましたが、マロンさんは頭をぐらぐらさせています。
科藻さんは縛られた手でぺちぺちとマロンさんのほっぺたを叩きました。
「おーい、だいじょぶかー? ――マロンちゃん?♥」
「はえ……あれ……、ここ、どこぉ……?」
マロンさんはぼんやりした表情で――、保健室でのあの場面とおなじくちぶりに戻ってしまいました。
「マロン……、どうして、お外にいるのぉ……? きゃあっ!」
じーじにタイをほどかせ、逆にマロンさんの手足を細めの触手めいたじーじで縛りあげながら、科藻さんがマロンさんのアイスブルーの虹彩を覗きこみました。
「くっしし、それはねぇ、マロンちゃんがおいたしたからだゾ……♥ わるい子は、おしおき、しなくちゃだナー……♥」
「ひ……! ご、ごめんなさい……! ごめんなささい……! ごめんなさい……! マロン、もうわるいことしません……! だから、おしおきは、やだぁ……!」
毅然とした生徒会長の姿など見る影もない、折檻をおびえる六歳児のようなマロンさんを目のあたりにして、 こころさんは血相を変え、獣のごとく吠えました。
「っ……! きさまらあぁぁっ……! マロンにっ、なにをしたあぁぁっ……!」
「なにって、ちょーっち白昼夢のなかでトラウマを呼び起こしてあげただけですケド♥」
「にゃふにゃふ♥ いっぱつであそこまで深く眠らせちゃうなんて、夢魔本来の能力までバリ強化されちゃってますねぇ~。さすがサリンジャーさま、レズ神さまですぅ~」
「いやあ、それもあるケド。この子、思ったよりめたくそに深い闇かかえてますナ。おかげでらくちんでしたワ。ちょろちょろのチョロンちゃんってか♥」
「にゃっふふ♥ レズ奴隷第一号があのこわーい会長なの、かなりうれしみですねぇ♥ てかウケる♥ ペットにしちゃお♥」
「へーい、夢魔ちゃんズ。じかには触らなぁいよにしてくださぁい? う゛ぃーるす、抑えてるはずでぇす。ばぁぁっど、暴発する可能性、おおいにありでぇす」
「んなら、じーじを操れるあーしの出番ですナ♥ ほれほれー♥」
「ひあぁん!? やだっ、なにこれっ、へび!? ばけもの!? いやあぁっ! 助けてっ、こころさぁんっ!」
お肉でできたロープのような触手じーじに全身をまさぐられ、マロンさんが悲痛な声でこころさんを呼びました。
「っう……、ひ、どすぎ、ます、こんなの……」
これ以上見てられないとばかりに、マチがぎゅっとわたしにしがみついて肩に額を押しつけてきました。マロンさんが、わたしのクラスメイトが、危険な目にあっている……でも、この状況で、わたしになにができるでしょう……?
――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。
頭痛が、吐き気が、あのことばが、じわじわと湧き出てきて、わたしの頭のなかをひたひた満たしていきます。
こころさんは……全身の毛を逆立たせ、凍えるような黒い眼光でサリンジャーさんたちを見下ろしています。
「
「はやぁく助けに来なぁいと、らぶりマロンちゃん、全身じーじに犯されちゃいまぁすよ?」
「にゃは♥ めっさキレてる♥ こわぁ♥」
「こころちゃんさんもまざんなよー♥ ふたりまとめてかわいがったげんゾ♥」
「ッ……! よかろう……!」
ブリちゃんの機体から細長い棒(刀?)のようなものを抜き放って、こころさんが声を張りあげました。
「されば
直後。びし……! と、まるで空気がひび割れたかのような軋みが耳を打ったかと思うと。
きぃぃぃぃぃん! とすさまじく耳障りなブリちゃんのローター音が響き、次いで学校中の窓ガラスが一斉に割れたのでした。その辺を浮かんでいたザ・ウォッチャーたちが、ばちばち火花を散らして墜落していきます。
「ひぇ……!? な、なにが、おこってるん、です、か……?」
マチが怯えおののいてわたしにすがりついてきます。先輩として、後輩をしっかり守らなきゃ……という思いはありましたけど、わたしだってどうしていいかわかりません。マチをぎゅっと抱きしめるているので、精いっぱいでした。
驚かされたのは、それだけではありません。地面から蒸気のようなものが立ち上りはじめたかとおもうと、瞬時にして水たまりだらけだったグラウンドがからからに干からびていくのが、目にうつりました。サリンジャーさんたちを守り、マロンさんにまとわりついていたじーじたちも、急速に乾いていき、さながら麩菓子のようにぼろぼろと崩れ壊れていったのでした。
一方で、呆然とその場に座り込んだマロンさんは足元から昇ってきた氷のドームのようなもので覆われ、閉じ込められるかたちに。
そして――肌に突き刺さるような鋭い冷気が速やかに忍びより、わたしの吐く息を白くしました。
「げぽっ! いきぐるぢ……てかめっちゃ乾燥してんですケド!? ぶぁっくち! さっぶ!?」
「あづっ……やだぁ~、目がしぱしぱするぅ~。コンタクト外れちゃったんですけどぉ~。ひぇくちゅっ!」
喉が痛そうな咳をする科藻さんに、まぶたを抑えるタマさん。サリンジャーさんはひび割れ血がにじむ唇をにやっと吊りあげ、頭上、JKがしてはいけないおそろしい形相でにらみつけているこころさんを仰ぎました。
「
「無事? 無事だと? ざれごとを。吾が
こころさんが刀を振りあげると、ブリちゃんの周囲がきらきら輝きはじめました。輝きはみるみるうちにおおきくなっていったので、それが氷の塊であることはすぐにわかりました。それも、研ぎ澄まされた、槍のような氷。氷の槍はグラウンドの上空を埋め尽くして、ぼわっと白く発光する矛先をサリンジャーさんたちに向けています。
「あ、これはさすがにやばめでぇす……。逃げまぁすよ!」
「え!? まじかー? りょ!」
「りょぉ~」
サリンジャーさんたちが慌てふためき背中を向けて逃げ出しました。こころさんが刀を振り下ろします。と同時、氷の槍が一斉にサリンジャーさんたちに降り注ぎ、グラウンドをえぐり始めました。
「ちょっ、マジでヤる気、射鶴木さん!?」
科藻さんが再度じーじを呼び出し自分たちをかばわせようとしましたが、氷に貫かれたじーじは爆発するように炎上して一瞬で炭に。時間稼ぎにもなりません。
「むだでぇす、ナモちゃん! あの氷はただの水じゃありませぇん! そしぃて、可燃物はちょっと摩擦しただけで発火しまぁす! じーずはただの燃料にしかなりぃません!」
「えぇ~、サリンジャーさま、なんかめっちゃ勝ちげなこと言ってたのに、ここでチキるとかださださじゃないですかぁ~。はぁ~つっかえ」
「しゃらっ、タマちゃん! 生き延びて五体満足でレズえっちしまくぅりたけりゃ、逃げてくださぁい!」
目くらましにじーじをやたらめったらに呼びまくり、その隙間をくぐり抜けてあたふたと逃げるサリンジャーさんたちでしたが、空からの追跡から逃れられるはずがありません。こころさんは目にもとまらぬ速さでブリちゃんを操縦し、氷を降らせ、白刃を閃かせ、飛び去ったあとには炭と氷と肉塊が転がるのみ。
じーじを片っ端からくし刺しにされ、焼き払われ、叩き斬られ、三人はあっというまに接近を許し――。
「――
こころさんは背後から科藻さんの首めがけて刀を振るい――。わたしは思わずマチの目を手で覆い――。
「んゎ、せんぱい?」
すぱっと。その物体が宙を舞い。ばしゃっと。液体が周囲にまきちらされました。