百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage II promotion - 促進 -
/part 2 侵略開始
「……なに?」
頭からピンクの液体をかぶって、眉をひそめるこころさん。分断された科藻さんと思われていた物体は……、ぐずぐずの肉片に姿を変えていきました。それは――、くしくも、今まさにこころさんが切りさばいたじーじたちのなれの果て、よく似ていて。
「にゃは♡ 失礼しまぁ~す♡ お注射の時間ですよぉ~♡」
いつのまにかブリちゃんの後ろにまたがっていたタマさんが、注射器をぶつ
っとこころさんの狐尻尾にぶっ刺しました。
「あぎっ!? き、さまぁ……!」
「にゃはにゃはにゃはぁ♡ あっぶなぁ~♡ こわぁ~♡」
ひょいと首をすくめて刀をかわし、タマさんがブリちゃんから逃げ降ります。無傷なじーじの陰から、これまた無傷な科藻さんがひょっこり現れました。
「はい、お疲れさまでしたー☆ やーホントにヤる気でヤるとはネー。ま、その殺意、われわれは信じてましたケド」
「き、さま……、なぜ……」
赤い顔でぶるぶる震えて、こころさんは刀を取り落としました。ブリちゃんを操作する手つきもおぼつかないようで、頭からつんのめるようにして飛行バイクが着陸します。
「ああ、そんな……。こころ先輩、まで……」
わたしの指の隙間から様子をうかがっていたマチが、絶望に呑まれた声でつぶやきました。
「にゃひひ♡ タマのちからでぇ~、じーちゃんをナモそっくりに成形してぇ~、身代わりをつくったんですよぉ~」
「まだおタマは一体しかニセモノつくれなかったし、あーしのほうも一体しかあーしっぼく動かせなかったから、賭けっちゃ賭けでしたケド。射鶴木さん、ぜったいにあーしをヤりにくるって、信じてたんで♡」
「こ、の、うじむし、どもがあぁ……!」
いんちきみたいなやり方に騙されて、こころさんが血を吐くような声で吼えました。サリンジャーさんは、愉快でたまらないといった調子。
「ハ、ハ、ハ、勝負あり、でぇすよ、こころちゃんさん! こんなことなら――九年前、"
「な、ぜ、それを……。っ……! まさか、きさまら、はじめ、からっ……! "ペンデュラムズ"か……!?」
サリンジャーさんが科藻さんとタマさんの頭をよしよし撫でて褒めちぎります。
「
「レズ神さまがくれたお薬のおかげですよぉ~♡」
「エアライデン製薬の
拾い上げた刀を杖に、マロンさんのもとによたよた歩み寄っていたこころさんに、サリンジャーさんたちがぷりぷりのおしりをくねくねさせながら迫ります。
「せんぱぁい、どこ行くんですかぁ~♡ タマたちと遊びましょぉ~♡」
「こころちゃんさん、むりはよくないゾー♡ 身代わりに仕込んだ
「らま、れ……きひゃまらに、溺れ、利用しゃれりゅ、ぐらい、ならば……寵子、 もりょとも……自刃、すりゅまれ……」
「
「はいなぁ~。おりゃっとぉ!」
タマさんに刀を蹴り飛ばされ、マロンさんが待ち受ける氷のドームの目の前で、こころさんが転倒しました。さすがに声は聞こえませんけど、マロンさんは必死にこころさんになにごとかを叫びながら、ドームの内壁を叩いているのがうかがえます。
「んではぁ~、射鶴木先輩はタマと遊びましょうねぇ~♥ 失礼しまぁ~す♥」
「っぐうう……! んぐっ! うぐっ! ひくっ!」
背後からスカートのなかに手を突っ込まれ、こころさんうめきました。
「っわぁ~♥ 穴ちっちゃぁ~♥ なのにめっちゃとろとろぉ♥ 案外つかってますねぇ♥♥」
「はっ……! はっ……! あっくぅ……!」
「ん~? てか先輩、なんかぁ、先輩からすっごいマロン先輩のにおいと……、えっちなにおい♥ してるんですけどぉ♥ にゃふにゅふ♥ ひょっとしてぇ、えっちしたあとでしたぁ?♥ レズド雨、浴びちゃってたんですかねぇ♥」
「っ……! っ……! あ……! あ! あ! ひぐっ!」
「先輩先輩、くーりっじ効果? だったっけぇ? なんでもいいですけどぉ。知ってますかぁ?♥ だれかとえっちしたすぐあとでぇ、ほかのだれかとえっちするとぉ……どちゃくそきもちぃんですってぇ♥ 先輩、めっちょめちょに感じまくってるしぃ♥ マジっぽですねぇ~♥」
「あっ! ぉぐっ! かんじてっ! なんがっ! んぐっ! ない! お! あ!」
「去年罰則うやむやにしようとしてぇ、誘ったときはぁ、不感症とか言ってたのにぃ~♥ にゃっふふふ♥♥ なぁんかうれしみぃ♥」
「んぐぅ! んぉっ! らまれっ、おっ! らまれっ! らまっあ!? あ♥ あ♥ あ♥」
「あぁ~、いい、いいですねぇ♥ めちゃすこです、そのよゆーない感じ方♥ タマ、先輩みたいな好感度マイナスの女の子あへらせて身もこころも依存したレズ奴隷にしちゃうの夢だったんですよぉ~♥ にゃひひっ♥♥」
「んあっ!♥ やっ♥ やめっ♥ ひゃうっ♥ あ♥ あ♥ んぃっ♥」
びぐんびぐんとかわいいお尻を跳ねさせ、せわしなく喘ぐことしかできなくなったこころさん。
――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。
ずきずき、ぐらぐら、むかむか。
その傍らでは、科藻さんがじーじに氷を割らせ、再びマロンさんを襲わせていました。
「やあぁ! やだぁ! あそこ、さわらないでぇ! んや! あ! こすっちゃ!びりびりしちゃ! あ! こころさん! こころさん!」
うぞうぞうねうね服の下に潜りこんだ大量の触手じーじに全身を撫でまわされ、涙を浮かべているマロンさんの瞳を覗きこむ科藻さん。
「はーい、痛くないですよー♥ マロンちゃんはおねえさんの目を見ようナー♥ ねんねんころーり♥」
「ひあ!? あ♥ お?♥ ?♥ ……?♥ はへ?♥ はっ?♥ あー……?♥ あう?♥」
びかびかびかっと閃光を注ぎこまれたマロンさんは、糸を切られた操り人形みたいに脱力して、ぼかんとしました。
「くっしし♥ わるい子マロンちゃんはトラウマ強化しまくって、ご主人さまに忠実なお人形にしたげるからナー♥ PTSDで記憶も認識もぶっ壊して、あーしがこの一年間どんだけこわーい悪夢にうなされてたのか、身をもって思い知らせながら、そのえっちなからだだけはレズ専用おもちゃにしたげるゾ♥ はいもっかいねんころー♥」
「あぉー……♥ ふあぁ……♥ きらきらしゅごひぃぃ……♥」
さらに深く、マロンさんをとろんとまどろませてから、科藻さんがささやきかけました。
「くしし♥ 起きて起きて、マロンちゃん♥ おしおきの時間だゾ……♥」
「はえ……?♥ やぁ……やら……♥ おしおき、やらぁ……♥ もうやめてぇ……♥ マロンのなかに……それ、いれないれえぇ……♥ あ!♥ んぎゅうっ♥ おなが、ぐるじっ……♥」
「しょうがないっしょー、マロンちゃんはわるい子なんだから♥ くし♥ マロンちゃんのせいでみんながどうなっちゃったか、わかってのかー?♥ この、わるい子わるい子わるい子っ!♥」
「……!?」
夢見心地のなか、突然なじられて、マロンさんは大粒の涙をこぼしはじめました。
「うわあぁんっ……! ごめんなざいっ、ごめ゛ん゛なざい゛っ、ごべん゛な゛ざい゛ぃぃぃ……! だ、だって"
「くしっ♥ くっしっししし♥♥」
科藻さんは満足げににたにた笑って、一転して優しい声色でなだめはじめました――保健室にいたときの、こころさんのように。
「くっしし……♥ だいじょうぷですよー♥ マロンちゃんのことはー、この科藻さんが守ったげますからー……♥」
「ふぇ……しなも……おねえ、さん……?」
「そうですよー♥ しなもおねえさんです♥ しなもさんだけが、マロンちゃんの味方ですからねー……♥ おしおきが終わったら、しなもさんとたっくさん遊びましよー……♥ お絵かきします?♥ おままごとします?♥ お歌うたいます?♥ それとも……いつもみたいに、きもちいお医者さんごっこします?♥ マロンちゃんの好きなこと、なーんでもしたげます♥ たーっくさん甘やかしてあげますよー……♥ だからがんばって、おしおきうけましょうねー……♥」
ことばで甘ぁく慰められて、からだは無数のじーじに好き放題もみくちゃにされながらも、マロンさんは安堵したように甘えた声でうっとりとしました。
「しなもさぁん……♥ わかったぁ……♥ マロン、がんばるぅ……♥ しなもさんっ……♥ しなもさんっ……♥」
こころさんが尻尾の黒毛をぞぞぞと逆立たせ、背骨が折れ曲がりそうなぐらいのけぞって叫びます。
「おおおぉ♥ いっぐ♥ っぐ♥ おお♥ やめっ♥ やめりょぉおっ♥ おおぉいっぐいぐいぐっ♥」
「にゃふにゃふにゃふ♥ はいニ十回目ぇ~♥ すんごい声ですねぇ~♥ はぁ~かわい♥ はぁ~えっろ♥ ちょこーっとほじくっただけでイキ散らかして、ケダモノみたいな本能むき出し♥ ぬるねと婿薬あーんどシャブ漬けレズえっち♥ 最っ高ですよねぇ~♥ おら♥ もっとイけ♥ イキしね!♥」
「っぐゅうぅぅ♥♥ ほおおぉぉっ♥♥ いっぐ♥ まらいぐっ♥♥ っ♥♥♥」
焦点のあってないマロンさんが息を荒げ、鼻にかかった甘え声で名前を呼びます。
「しなもさぁん……♥ マロン、またとんじゃうっ……♥ いつものっ……♥ すごいのっ……♥ きちゃうぃ♥」
「だいじょうぷですよー……♥ しなもさんがそばにいてあげますからねー……♥ どんなになっちゃってもかわいがったげますからねー……♥ だからおもっきしイキまくって、おばかになっちゃいましよー……♥ てことでじーちゃん、とどめたのんまーす♥」
「ひゃうぅぅんっ♥ あっ♥ はげしっ♥ あぎっ♥ うぎぅいっ♥ っきゅぅぅぅんっ♥♥♥」
――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。
ずきずき、ずき。ずき。
もう、見ていられません。あまりの頭の痛さに、わたしはまともに目も開けていられないほどでした。ただ、わたしに抱きついて、ぶるぶる震えて鳴咽をこぼすマチの存在だけを、感じます。
「ぐらっちぇ、あみーが、えくせれてぃこ! 無事陥落でぇすね! 特待生といえど、しょせんはじゃんくみ。JDに勝てるわぁけがないのでぇす! というわけで――」
メガホン最大出力で、J.K.中に宣戦布告するように、サリンジャーさんが叫びました。
「ザ・キャッチャー・イン・ザ・L計画、
同時に、ぐらぐらぐら……! と揺れる足元。
「ひ……!? じ、地震、です、か……?」
怖がってマチがわたしにすがりついてきます。めまいではありません。地震でもないです。ごりごりごりごりと、なにかを砕きながら接近してくるような、重く危険な異音を、わたしははっきり聞き取っていました。
「マチ! こっち!」
とっさにマチの腕を掴んでその場から飛びのくやいなや――、校舎の床をぶち割って、あの長いじーじが出現したのでした!
「け! た!」
じーじはわたしたちのほうに頭を向けると、全身をたわませて……」
「……! 逃げるわよ!」
「あ、は、はいっ!」
「て! す!」
寸前まで、わたしたちがいた場所に飛びこんできました。あわやというところで回避したわたしたちはそれから、振り返りもせず、脱兎のごとく校舎の外に駆け出して、やみくもに逃げ回りはじめたのでした。
J.K.中が、ひどい有様でした。つい一時間前までJKたちのために一生懸命働いてくれていたじーじたちはみんな豹変して牙を剥き、JKたちを片っ端からひっ捕らえはじめたのです。
わたしとマチが逃げまどうなか、じーじに拘東され、どこかへ連れ去られていくJKを何人と見かけました。助けたいのはやまやまでしたけど、わたしにもマチにも、マロンさんたちのように立ち向かうちからはありません。自分たちが逃げるので、ホントにホントに精いっぱいなのでした。
厄介なのは……じーじだけでなく、ドローンのザ・ウォッチャーもわたしたちの敵にまわったということ。ザ・ウォッチャーはJKを発見するなり、ぶおんぶおんサイレンを鳴らしてじーじを呼ぶようになってしまったのです。
ザ・ウォッチャーもじーじとおなじくJKPがどこかの会社に委託して管理していますから考えるまでもなく、当然なんですけど、J.K.中を飛びまわってるたくさんのザ・ウォッチャーをかわしながら逃げるのは至難の業です。幸い、わたしには風紀委員権限でザ・ウォッチャーの位置がわかるうえ、最悪ホイッスルで緊急停止させることもできるので、なんとかなっていましたけど、ほかのJKはきっとものすごく大変なはずだわ……。
「はあ、はあ、せん、ぱい、ちょ、と、きゅ、けい、したい、です。
マチの息が切れてきました。だいぶふらついていて、まだ新しい白いスニーカーが水たまりを蹴りたて、薄紅色に染まりました。 また、あのピンクの雨――サリンジャーさんたレズド雨と呼んでいた、ウィルス入りの雨が降ってきていました。
学校からこっち、ずっと握っていたセーラー服越しのマチの腕が、燃えるように熱いことに気づいて、ぱっと手を放します。
「あ、ごめんなさい、気づかなくて。ええと、どこかないかしら、隠れられそうなところ……」
逃げるのに必死すぎて、気づいたときには駅前まで出てきてしまっていました。じーじから逃げるJK、おびえて泣いているJK、マロンさんたちのように戦おうとしているJK、がんじがらめにされてどこかへ連れ去られていくJK……街は大混乱です。
これは失敗したわね……。引き返そうにも、今来た道にだってじーじはたくさんうごめいています。
ひとまず暗い路地裏に入り、自販機の陰に身をひそめます。濡れた膝を寄せ合って、相談タイム。
「寮のほうに逃げるべきだったしら……。ごめんね、考えなしに突っ走っちゃって」
「はあ、は、いえ、逃げ、るので、いっぱいいっぱい、でした、し……。寮、で、襲われ、たら……逃げる、場所が、ない、です、よ……」
「そうよね……。寮の子たち、どうなったかしら」
というか、クラスメイトや風紀委員の子たち、ペンシー女子高の生徒みんな……捕まってしまったマロンさんたちもです。みんな、これからどうなるんでしょう。考えれば考えるほど頭がぐちゃぐちゃになってきまます。
息を整え、マチが雨で張りついた栗毛を耳にかけました。
「それ、で……、どこかに、隠れます、か?」
「うーん……。隠れるっていても、どこに隠れればいいのかしら。じーじは地面突き破ってくるのよ?」
今にも足元から飛び出してくるんじゃないかって思うと、気も休まりません。
暗闇の中でもぽうっと浮かびあがってくるような黄色い虹彩で、上目遣いにおずおずとマチが言います。
「あの……、たぶん、です、けど……。突き破ってくるのは……、サリンジャーさんや、科藻先輩に、操られたじーじだけ、だと、思います、よ……。今のとこ、学校以外で、地面から出てきたじーじ、いなかったです、し……」
「たしかに、言われてみればそうね。よく気づいたわね、マチ。そういうことなら、ここで少しは休憩していられるかしら」
「んぁ、いえ……、確証はないん、です、けど」
「ううん きっとそうよ。それで、それなら見つからなければだいじょうぶ、ということね。だから隠れる、か」
「いちばんいいのは……隠れつづけられる、ところ、です、ね……」
「そうね、いつまで隠れればいいのかわからないもの――」
わたしが暗に言いたかったことを代弁するみたいに、くきゅぅ、とわたしのお腹の虫が情けなく鳴きました。
「はあ、どこかで
がさごそとマチが茶色い包みをとりだしました。
「あめちゃん、食べます、か?」
「うーん……、やめとくわ」
「おいしい、のに……」
一息ついたおかげで、少し冷静になってきました。ひとまず今夜をどう明かすか、明日からどうするかを考えたほうがよさそうです。
「着替えとかも、ほしいわよね……。ハンケチと……タマさんと科藻さんのばんつぐらいしか、持ってないわ」
「え……。え? え?」
「ひ、ひろったのよ! 体育倉庫で! あー! せめてドライシャンブーとか化粧水とかあったらよかったんだけど! かばん、学校に置いてきちゃったわ……」
「あ……、あたしも、慌てて持ってきちゃった、ご本しかない、です、ね……」
からころと、くちのなかで飴が転がる音。かすかな、甘い匂い。
「寮まで戻れたらいいんだけど……でもそんなところは、じーじが見張ってるはずよね」
「そうです、ね。きっと。いかなくて、よかったかも、です……先輩、正解、です、ね。さすが、です」
「たまたまよ。なにも考えてなかったんだから」
うーん、まいったわね……。じーじや、ザ・ウォッチャー、サリンジャーさんたちも知らないような生活できそうなところ。そんな都合のいいところ、さっぱり思いつかないわ……。
ふたりしてうんうんとうなっていると、路地裏に踏み込んでくる足音が聞こえました。自販機の陰からそっと覗くと、通りのほうから白いフリルで縁どられた漆黒の傘を差した小柄な女の子が歩いてくるのが見えました。
わたしはぎょっとしました。その見知らぬ女の子の肌が蝋のように、あまりに白く、一瞬、おばけかと思ったからです。たぶん、傘もそうですけど、身にまとっているふりふりのゴシックなドレスとか、厚底のラバーソウルの靴とか、マニキュアとか、高そうなヘッドホンとか、チョーカーとか、アイシャドーもリップも、身に着けてるなにもかもが、ちょうど今の濡れた夜みたいに真っ黒だったからです。それこそ、左肩にちょこんと乗ってる小鳥の体毛の灰色が、ワンポイントになってるぐらい。
女の子は
あどけなさが残っていながらも、西洋人形みたいにくっきりした目鼻たち。湿気を吸ってちょっともわっとふくらんだ、青みがかった銀髪のツインテールはまるで樹氷。虹彩はとろけた血のようなザクロ色なんですけど、眠たげなまぶたに半分隠れちゃっていて、おばけよりもずっとはかなくて幻想的な感じがします。左の目尻の下の泣きぼくろの位置まで完璧ときてます。
ぞくぞくするほどの美人って、こんな子を言うのかしら……。たぶん、一年生。ペンシー女子高の生徒ではないです。わたしはうちの生徒全員の顔を一度は見たことがありますけど、こんな無限に顔がいい子がいたらぜったいに忘れるわけがないからです。たぶん、J.K.でいちばんの美少女じゃないかしら?
その女の子はわたしたちの存在に気がつくと、全JKがうらやむような美貌をたいそう不快そうにゆがめてつぶやきました。
「おえ、最悪」
そしてそのまますたすたと通路の奥へと歩いていくではありませんか。
「あっ、ねえ、ちょっと! あなたも逃げてきたの?」
「ちっ」
舌打ちされました。女の子は止まりません。Yu-Lintterを更新しながらどんどん奥へ進んでいきます。
途端に、ちりっと肌を刺す張りつめた空気感にひやっとしました。うまく説明できないですけど、どうしてだか女の子が消えた通路の奥に、それはそれは獰猛な肉食獣がひそんでいるような危機感が、急速に募ってきたのです。わたしの本能が、訴えかけていました。今すぐ逃げろ、近づくな、って。
でも、だから、女の子をほったらかしになんてできません。
「マチ、追いかけるわよ!」
「え、え?」
「あんな顔がよくてちっちゃな子が、じーじから逃げ切れるわけないもの。協力して逃げるのよ」
「で、でも、その――この、奥、なんか……こっ、こわ、い、です……」
「だいじょうぶ、わたしがついてるわ」
「ぁ……、はい。わかり、ました」
追いかけるといっても、その子は走って逃げたりしなかったので、すぐに追いつきました。女の子に近づくにつれ、どっくんどっくん心臓が胸を蹴ります。
汗が、冷たい……。
「ねえ、あなたひとりなの?」
「……」
「どこからきたの? どこの生徒? じーじに襲われなかった?」
「……」
完全に無視です。ヘッドホンしてるから聞こえてないのかしら? そう思ってわたしは、小鳥が乗ってない右肩をそっとかるく叩いたところ。
「い゛っ……!」
女の子は、焼きごてを押しつけられたみたいにびくんっと身をすくませました。
「あ、ごめんなさい。痛くしちゃったかしら? そんなつもりはなかったのだけど……あっ!? いたっ! あだっ! 痛い!」
灰色の小鳥がわたしの頭のうえに飛びついたかと思うと、猛烈な勢いで気が触れたみたいにわたしの頭皮をがすがす突っつきはじめました。
「ミセス・ミラー力。おやめ」
女の子はようやく立ち止まって暴れ小鳥をいさめてくれると、ヘッドホンを外し(ものすごい音量でわたしも知ってるアイドルアニメの歌が流れてきました)、ざくざくシルバーのピアスだらけのちっちゃな白い耳をさらしました。そして――眠たげな赤眼をいっそう細めて、わたしをにらみつけたのです。
「あんたたち、鼻詰まってるの? それとも不感症?」
「え?」
「……なんでもない。それで、なに?」
威嚇するような低い声。
女の子の肩に飛び戻り、くちばしをかちかち鳴らしている小鳥を警戒しつつ、わたしは頭をさすって血が出てないかたしかめました。
ほっ……。幸い、禿げてもいません。
「あのね、あなたひとりなの? よかったらいっしょに逃げない? って思って」
「……いや。ついてこないで」
「どうしてよ、こんな状況なのよ? お互い助けあいましょうよ」
「あたしはひとりで生きていけるから、あんたたちの助けなんかいらない。てか邪魔。足手まとい。うざいから消えて」
銀髪をひるがえして、ふたたびとことこと歩きだす女の子。
とりつく島もないとはこのことかしらね……。
わたしはなかば諦めかけていましたけど、驚いたことに、今度はマチが女の子を追跡しながら声をかけました。
「あの……ひょっとして、助かる、あて、あるんです、か……?」
「……」
無視を決めこんでいるもののヘッドホンを外したままで、話は耳に入ってる様子の女の子に、マチがつづけます。
「Yu-Lintter、見ながら、こんな……狭くて、曲がり、くねってて、暗いとこ……迷わず、移動、してるし……、通り慣れてる、感じです、よね。慌てて、ないし……。この近くに、おうち、あるんです、か……?」
「ちっ」
女の子は歩みを止めないまま、ちらりと振り返りました。
「だからなに? あんたに関係な……」
そしてことばを打ち切ると、マチをまじまじと眺めました。正確には、マチの胸元あたりを。
「あんたそれ、予岐……」
そしてよそ見をしていたせいで、がこん! と思いっきり室外機に膝蹴りを食らわしました。室外機はイノシシにでも激突されたかのような衝撃でひっくり返りました。膝蹴りが直撃したらしき側面は、完全に女の子の膝型に陥没してます。見かけによらずちから持ちなのかしら、この子。
「あわ、いたそー……。ケガしてない?」
「ん……」
女の子はほんのちょっびり赤くなって、鼻にかかったような吐息を漏らしただけ で、今度はまったく痛がらず、すこし足早に歩きはじめました。
微妙な気まずさがありましたけど、マチの話がホントなら、ここで逃がすわけにはいきません。
それに――あら? さっきより、怖い感じ、なくなってるような……。
「ねえ、おうちがあるの? じゃあ助けて!」
「は? あんたなにさま? いやよ。てかむり。消えて」
美少女の露骨に嫌そうな顔を見るのは、この二分間で何度目でしょうか。
「お願いよ、わたしたち、行くあてがないの! このままじゃじーじに捕まっちゃうわ!」
「はあ……。あんたたちもYu-Lintterで流れてきたサリンジャーとかいう奇天烈女の宣言見たんでしよ? 捕まってもレズ奴隷にされるだけよ。べつに死ぬわけじゃないんだから、あんたたちを助けなくてもあたしの良心は咎めないわ。だからさっさと捕まってあたしの前から消えて。ま、死んでくれても、あたしは気にしないけど」
「レ、レズ奴隷にされるなんてだめに決まってるわ!」
「どうして? もうわるいことじゃないんでしょ。サリンジャーが言うには」
「そ、それはそうだけど……」
「なら、なったらいいじゃない。あんたたち庶民にはまたとない稼ぎのチャンスじゃないのよ」
「そ、それは……」
あれ……どうして、だめなのかしら……。ええと……わからない……。けど……とにかく――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ――とにかく、レズ行為はだめなのよ!
「じゃあ、あなたはどうしてじーじに捕まろうとしないの?」
「あんたには関係ないでしょ」
「捕まりたくないもの同士、協力しましょうよ!」
「あんた鳥頭? あたしはひとりでも生きていけるって言ってるでしょ。おなじこと繰り返させないで。そういうの、むだなのよ、むだ、むだ――」
わたしはとっさに少女の傘のふちをはしっと掴みました。気のせいと思うんですけど、ぽうっと淡く発光さえしたように見えたほど、赤すぎるふたつの眼がぎろりとわたしをにらみつけます。
「なにす――」
「しっ、こっち! マチ、そこに入って!」
「え? は、はいっ」
わたしはぐいぐい傘を引っ張り、マチの肩を押して、もと来た通路に引っこみ、階段口にふたりを押しこめて身を隠しました。数秒後、ずり、ずり、ずり、と路地裏を這うじーじの気配が通り過ぎていきました。
小鳥のくちばしをつまんで抑えて息をひそめていた女の子に目配せして、にっこり笑いかけます。
「わたし、耳はいいのよ。ここは見通しがわるいし、見つかったら逃げられないでしょ。わたしがいれば、見つかる前に気づけるわ。それに、わたし風紀委員なの。ザ・ウォッチャーがいる場所もわかるし、ホイッスルで緊急停止させることもできるの! ぜったいに役に立つわよ! だから助けあいましょう! ね?」
わたしの提案を聞いているあいだ、女の子はおもむろにくちからサーモンピンクの心臓をぷくーっと吐き出し、わたしをぎょっとさせました。よく見ればそれは、ハート形に膨らませた風船ガムでした。
女の子はぷしゅっと風船をしぼませると思いっきり舌打ちしました。
「ちっ。ほんっとめんど……。これだから陽のものは……。でもまくほうがめんどい、っか……」
そしてほんのちらっとマチを見て。
「はあ、あそこならいいか」
と、つぶやくと。
「……勝手にしたら」
と、こころよく同行を許可してくれたのでした。
「あ、わたし、兎浪 リナ。ペンシー女子高の三年生よ。こっちはおなじペンシーの一年生の伊井 時須。あなたは?」
「……エルクトン一年の
握手はしてくれませんでしたけど。