※この作品はR-18です。

百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ!   作:伊土 讃阿

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part 4 吸血JKのお嬢さまと奴隷JKのメイド

 

 

 

 /Stage II promotion - 促進 -

 /part 4 吸血JKのお嬢さまと奴隷JKのメイド

 

 

 

 3019/6/28

 

 昨晩洗った服も、朝にはすっかり乾いていました。空気(エア)が薄いからかもしれません。 セーラー服に着替えて、寝間着を洗って干していると、肩に小鳥を乗せた音波さんが部屋から出てきました。

 

「あ、音波さん。おはよう」

「ちっ」

 

 んまっ、まったく、朝からずいぶんなご挨拶ですこと。まあ、無視されなかっただけましかしら?

 

 音波さんは今日も黒づくめ。袖口とスカートは振袖みたいに広がってる一方で、袖やブーツは編みあげのリボンできゅっと締められていて、漆黒のチョウチョみたいな感じがします。

 

 黒革のショルダーバッグと傘をたずさえた音波さんは、頼りない足取りで出口のほうへ。

 

「音波さん、どこ行くの?」

「……家に帰るのよ」

「あの、温羅杜、さん……、体調、わるそうです、よ」

 

 マチの言う通り、音波さんの端正なお顔は蒼白で、昨日の夜よりもおばけみたいでした。

 

「危ないわよ。そんなへろへろじゃ、じーじにすぐ捕まっちゃうわ」

「……あんたには関係ないでしょ」

 

 あいかわらずのフレンドシップさはともかくとして、いったいどうしちゃったのかしら、と思っていると。きゅぅぅ……と切ない鳴き声が音波さんのお腹から響いてきました。

 

「あ、お腹空いてたのね。ゆで卵、食べる?」

 

 空腹はわたしもでしたけど、起き抜けからなんだか調子がよかったので、音波さんにゆで卵を差し出しました。

 

 ちょっと耳を赤くした音波さんはちらりとも見ずに、"いらないわ"、とつっぱねてくれましたけども。

 

「あの、おでかけするならせめて、なにかは、くちに入れたほうがいいと、思います。いちおう、あめちゃんも、あります、けど……」

「~~っ、うっさいわね、食べられないんだったら」

 

 いらだたしげに、ぎろりとザクロ色の眼でわたしたちを威圧する音波さん。でしたけど。

 

「食べられないの? アレルギーかなにか?」

「……。……あんたたちに関係ないでしょ」

 

 一瞬沈黙した音波さんの様子を見てマチが、"やっぱり"、とつぶやきました。

 

「血、です、か」

「っ……!?」

「え? どういうこと?」

「ゴミ箱のなか、見たん、です、けど、ストローを刺した、輸血袋、あったんです。中身は、匂いからして、血、でした。ほかの食べ物のゴミはなさそうでした、から……。温羅杜さん、て、吸血鬼JKとか、なんじゃないです、か」

 

 マチにずばっと指摘されて、音波さんは輸血袋いっぱいの苦虫ジュースを飲んだような表情をしました。

 

「だったらなに」

「そうなの? そういうことなら最初から言ってくれればよかったのに。隠れ家をもらったんですもの。お礼に血ぐらいあげるわよ?」

 

 腕まくりして突きだしたわたしの右手を凝視しておきながらも、音波さんは首を振りました。

 

「パートナーがいるJKの血はまずくて飲めたもんじゃないの。頼まれたって飲まない」

「わたし、だれともクロス結んでないわよ?」

「はあ? だったらなんで昨日ねちょってたのよ……」

「え?」

「なんでもない。ともかく、あたしはもう行くから」

「ちょっとまって、外は危険よ! わたしもいっしょに行くわ」

「は? 昨日言ったでしょ、ついてくるなって。もうこれ以上あたしに干渉しないで」

「いいえ、なんとしてもいっしょに行くわよ。追いはらわれたって、後ろからついてくんだから。どうせわたしたちも食事を探さないといけないし、命の恩人を助けたいもの。わたしの権限とホイッスルと耳が役に立つのは、昨日証明できたはずだし!」

 

 音波さんはくちを開きかけましたけど、すぐに舌打ちしました。

 

「ちっ、ああもう……ほんっとうざったいやつ……はあ。じゃあ、勝手にしたら。あんたがじーじに襲われても、ぜったいに助けないから」

 

 

 

 

 

 

 街のあちこちで、いまだに混乱がつづいていました。人工太陽に照らし出された繁華街のそこかしこで建物が崩壊していたり、煙があがっていました。ザ・ウォッチャーが右へ左へ行きかい、消防士のコートをかぶったじーじが瓦礫を片付けたり、消火活動をしています。

 

 前を歩く音波さんは右手で日傘をさし、左手でYu-Lintterのタイムラインをしつこく更新して情報収集しています。クロスのホロ映像を肩越しに覗き見るに、ほかのJKが撮影した動画が、たくさんアップされてるみたいでした。

 

 ずいぶんな数のJKが一晩のうちに捕まったことが、動画からわかりました。マロンさんたちみたいに、戦うちからを持ったJKたちがサリンジャーに挑んでいる動画もありました。でもそのJKたちも、結局みんな、最後には……。

 

 かなりショッキングだったのは……昨日捕らえられていたJKが、タマさんや科藻さんみたいに、ほかのJKを襲ってむりやりレズ行為をしていることでした。はやくも、レズ奴隷化させられたJKがいるのです。きっとそのJKだって、本意ではなかったでしように……。こんなの、みんなが不幸になるだけなのに……。

 

 ――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。

 

 頭痛が、うずうず。

 

 また、雨がしとしと降り始めました。桃色の、レズド雨です。わたしは道中、拾っていたボロボロのビ二ール傘を慌てて差しました。音波さんは意に介さず黙々と(結構ゆっくりめに)歩いてます。

 

 わたしの警告にすぐ反応できるようにか、今日はヘッドホンをしてません。小さな耳をざくざく穴だらけにしてるピアスがいやでも目立ちます。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……えーっと。音波さん、そのピアスって、学校にもつけていくの?」

「ええ」

「怒られないの?」

「髪おろして隠してる」

「そうなのね。化粧は、学校では?」

「してない」

「……」

「……」

「あ、えっとね、その、すごくきれいと思ったんだけど、エルクトンヒルズの校則的にどうなのかなーって、ちょっと気になっちゃったの」

「……」

「……」

「……」

「……あ、えっと、あのね、音波さんは、J結合はしてないの?」

「してない」

「だよね。なんか、そんな感じだったし……」

「……」

「……」

「……」

「えーっと……。その小鳥は、音波さんのペット? 名前はなんていうの?」

「ミセス・ミラー力」

「こんにちは、ミセス・ミラーカ。なかよくしてね」

 

 くちばしでめちゃくちゃ威嚇されました。

 

「……」

「なんていう鳥の種類なの?」

「吸血フィンチ」

「え、その子も血を吸うの?」

「ええ」

 

 もしかして昨日頭をつつかれたとき、血を吸われかけたのかしら。

 

「血を吸う鳥がいるなんて、はじめ知ったわ。音波さんの国(スフィア)には、そういう鳥がよくいるの?」

「いないわ。この子は密猟したから」

「え!?  それって……、あんまりよくないことなんじゃないの? 生態系? を壊したりとか……よくわからないけど」

「フェロモンでしつけてるから逃げないし、一羽だけだから増えない。だから生態系は破壊しない」

「え、あーっと、ならだいじょうぶ? なのね?」

「……」

「……」

 

 うう、ものすごくきまずいわ! せめてマチがいてくれたら……。

 

 少人数のほうが見つかりにくいだろうからって、マチにはお留守番をしてもらっていました。

 

「あ! そういえば、吸血鬼なのに昼間に出歩いて大丈夫なの?」

「……あたしは吸血鬼じゃないわ。血しか飲めない体質ってだけ」

 

 服装はかなり吸血鬼っぽいけど、とは口が裂けても言えませんでした。怒られそうでしたので。

 

「だいいちね、ここ地下でしょ」

「あ、それもそうね……」

 

 ああ、わたしったら、ものすごく間抜けなこと聞いちゃってました。

 

「ちっ……。べつに、むりに話しかけなくていいわよ。てか話しかけないで」

「どうしてそんなこと言うの? せっかく知りあったんだし、こんな状況なんだから、すこしぐらいは仲良くしましょうよ」

「いやよ。あたしはね――、血さえ手に入ったらあんたをじーじに突きだしてもいいと思ってるわよ」

「な……!? どうして!?」

「あんたがうざいから。あたしはひとりでいたいの。そのためだったら、めんどうじゃないことはなんでもするつもり」

「じゃあどうしてJKに来たの? ここは百合のための場所じゃない? 矛盾してるわ」

「べつに来たくて来たわけじゃないから。……はあ」

 

 音波さんは重々しくため息を吐くと、立ち止まって、わたしを睨みあげました。

 

「お願いだからあんたの偏見を押しつけないで。あんたのそういうとこ、本気で気持ちわるいから」

 

 まったく、なんて言いぐさなんでしょう! これでもいちおう、年上なんですけど!?

 

 わたしはかなりむっとしましたけど、それ以上に引っかかることがありました。

 

 来たくて来たわけじゃない、ってことは、いやだったのに、むりやり連れてこられたってこと? だからひとりでいる……J.K.に馴染めないでいる。

 

 わたしにもその気持ちは、ちょっとわかります。自分で受験した記憶がないのに、ここにいたわたし。ひょっとしたら、音波さんもわたしみたいに、不思議なことばが聞こえたり、世界に違和感を持ってたりするのかしら?

 

 わたしは音波さんに質問しようとしました。でもそれはできませんでした。十字路にさしかかったとき、角の雑貨屋さんの向こうから、じーじが接近している音が聞こえたからです。

 

 わたしたちは植木の陰に隠れてやりすごそうとしました。でもそれもできませんでした。じーじがあとちょっとで通り過ぎそう、というところで、ぎぅうう……と音波さんのお腹の音が鳴ってしまったんです。

 

 じーじはびくんと反応して、 こちらに頭を向けて、のそりのそりと這い寄ってきました……!

 

 ああ、まずいわ! 走って逃げようにも、今の音波さんの体力じゃ、きっとそう持ちません。緊張と空気の薄さでくらくらしきます。

 

「……ちっ」

 

 音波さんは舌打ちすると、最後の一枚らしいガムの包み紙を破いて真っ赤な板を半分噛みちぎりました。ミセス・ミラーカがわたしの頭に飛び乗ってきて、また突っつかれるんじゃないかって、どきっとさせられます。

 

「ここで処理するわ」

「しょ、処理って――」

 

 音波さんは傘をたたむと、木陰から出て、じーじの前に立ちはだかりました。すかさす傘の柄をがしゃっとひねって回転。音波さんの手からぐしゅと血が滴ると同時。じーじに向けられた傘の石突から、赤い棘のようなものがばしゅばしゅばしゅっと発射されたのです。

 

 ざくざくざくっと棘が刺さったじーじはサボテンみたいになりましたけど、止まりません。むしろかえってすごく危ない感じになりました。

 

「ちっ、急所どこよ……相性わる」

 

 音波さんがふたたび傘をがしゃっとやると、今度はばしゃっと赤い液体がじーじにぶっかけられました。水鉄砲ぐらいの勢いでしたので、もちろんじーじはそのまま突っこんできています。ところが、じーじは音波さんの目前で、突然ぐねんぐねんと長いからだをよじらせながらぼろぼろと崩れていくではありませんか!

 

 結局じーじの上半分は鳥そぼろみたいにばらばらになって、残った下半身もばたんと倒れて活動停止しました。

 

「え、なに!? こわ! なにしたの、音波さん!?」

 

 まさか音波さんがじーじをやっつけてしまうなんて!

 

 植木から顔を出したわたしは、興奮のあまり、すっかり自分のクロスの確認をおこたってしまっていました。いつのまにか接近していたザ・ウォッチャーが、うぉんうぉんとサイレンをけたたましく鳴らしだします。

 

 わたしホイッスルを吹くよりも前に、すかさず赤い棘でザ・ウォッチャーを撃ち落とすと、音波さんはわたしをぎろりとねめつけました。

 

「ちっ、役立たず。なにしてるのよ」

「あ、ごめんなさい。あ、やば、じーじが集まってきてるわ!」

「何匹? どっちから?」

「後ろから二体と、このじーじが来た方向から一体がすぐに――」

「消耗品(POT)効率考えたらこっち安定か。だっる……」

 

 つぶやいた音波さんの傘から、今度はがしゃん! と赤くて長い刃が飛び出しました。そして角から飛び出してきたじーじを出合い頭にざくっと切り伏せ、背後から迫ってきたじーじ二体も振り向きもせずにずばばっと薙ぎ払い、瞬きする間に地面に転がしたのです。

 

 ものすごくあっさりと、静かに、手慣れてるように、処理する感じで。

 

 え、え、なにこの子……。か弱い引きこもり娘かと思ってたのに……。どう考えてもふつうの人間の動きじゃないです……。

 

 そのよどみない所作にどことなく薄ら寒いものを感じて、わたしが木陰から出られないでいると、音波さんが真っ青になってふらふらと壁に寄りかかりました。わたしは音波さんに駆け寄って支えてあげようとして、ぎっくり腰になっちゃうかと思いました。だって、音波さん、とんでもなく重かったんですもの!

 

「お゛ぉん!? おもっ!? なにあなた、百キロはあるんじゃないの!?」

「っ……、しつれい、ね、きゅうじゅうはちきろ、よ……!」

「ほぼ百キロじゃない! なんで!? そんなに細くて小さいのに!」

 

 わたしふたり分以上です。ホントです。

 

「……ちょっと、骨が鉄なだけよ」

「ちょっと!?」

「いえ、まあ……ぜんぶ、だけど」

「そういうことじゃないけど……。お゛……、腰にくるわね……。ねえ、モノレール使わない?」

「はあ? 封鎖されてるに、決まってる、でしょ……。ちょっとは頭働かせなさいよ……ホントに救いようがないぐらいばかね、あんた――」

「う゛……、そこまで言わなくたっていいじゃない……」

 

 口論してる余裕はありません。肩を貸すわたしも必死になって、なんとかその場をを離れました。

 

「っ……、ぐ……、ぅ……」

 

 一歩一歩踏みしめるたびに、音波さんは激痛を噛みしめるみたいに声を漏らしていました。ミセス・ ミラーカも、不安げにびいと鳴いています。

 

 

 

 

 

 

 音波さんの道案内で到着したのは、巨大な洋館の巨大な門の前でした。たしか、ペンシー女子高の屋上からでも見えていたお屋敷で、今年の冬に建てられたばかりの新築……と遠目には思っていたんですけど、近くで見てみるとそこそこ年季が入ってそうな建物です。

 

「おおきな隠れ家ね。ぜんぜん隠れてない気がするけど」

 

 弱々しい音波さんの吐息には、つんとする鉄の匂いが混じっています。

 

「実家よ」

「え、実家?」

「J.K.にくるとき、移築させたってだけ」

 

 移築って……スケールが違いすぎるわ。さすがお金持ちね。

 

「でもご家族は困るんじゃないの? 新しいお家を建てたとか?」

「……家族なんていないわ」

 

 吐き気をこらえるふうに音波さんが言って、門を押し開けたときでした。お宅のほうから、がしゃん ! とガラスかなにかが割れた音がしたのでした。一秒もおかずびいびい警報が泣きわめきます

 

 まずいわ、これじゃあじーじを呼び寄せちゃうじゃない! でもどうして……?

 

 ミセス・ミラーカも大慌てでばさばさ飛びまわっています。

 

「とりあえず、警報切るわよ」

「え、ええ。でもなかにだれかいるのかも」

「だれだろうと、不法侵入は許せないわ。それに、ここまで来てほかにどうしろって言うの?」

「うん……、そうね。わかった、行きましょ」

 

 広い玄関ホールには、真正面にワインレッドの絨毯が敷かれてるがっしりした木の階段があったり、音波さんやマチがふたりぐらい詰めこめそうな大きな花瓶や、きれいな妙齢の女性の肖像画なんかが飾ってて、入り口からしてまさにわたしのイメージにあるお金持ちの家そのままでした。

 

 音波さんがクロスを操作して警報を切ると、この辺はまだ空気が濃いこともあって、屋敷のなかの音がよくわかりました。玄関ホールの右手側から、がしゃんがっしゃんとものを引っかきまわす音が響いてきます。

 

「あっちは……調理場よ」

 

 ふたりして忍び足で 騒音の出所を覗き見ます。高価そうな全自動式キッチン(よく見てみると家電は全部ペンデュラムズ製でした)が設えられた調理場は、血の匂いが充満していました。冷蔵庫に頭を突っ込んで、中身をあさってる人影があります。くすんだ赤毛で、消防士のコートを着た子です。足元には大量の輸血袋が捨てられ、中身がぶちまけられ、血の海になってました。

 

「……! あんた、いったいなにしちゃってくれてるのよ……!」

 

 わたしが聞く限り初めて、音波さんが声を荒げました。

 

「あ? んだてめ」

 

 こっちを向いたその子は、とてもJKとは思えない人相をしていました。いえ、よく見たらまあまあ、というか、それなりにかわいいんですけど、目つきがすごくわるかったんです。右目が引きつっているというか、眉の上に彗星のような傷跡があって、それに皮膚が引っ張られてるみたいです。

 

 女の子は、ぞっとするほど青い眼でわたしたちをじろじろじろりとぶしつけに眺めました。

 

「んだてめえら。家主か?」

「あたしはそうよ。あんた、泥棒? よくもあたしの血を捨ててくれたわね……!」

「わりいな。腹減ってたんだよ。つかよ、頭おかしいんじゃねえのかてめえ。なんで血なんざ冷蔵庫に入れてんだよ。なんか食いもんねえのかよ」

「あるわけないじゃない……! あたしはそれしか食べられないのよ……!」

 

 悲痛ささえ滲ませた音波さんに訴えられた途端に、赤毛の子はちょっと面食らったふうにたじろぎ、三つ編みをいじくりました。

 

「ぁ……え……。んだよ、なら書いとけよ、クソ……。てめえ、"視た"とこアタシより飢えてんじゃねえかよ……」

「ごちゃごちゃ言ってないで、無事なの寄越しなさい」

「……わり、アタリがねえかと思って、たぶん、ぜんぶ破いちまってるわ」

「はああ!? このっ……、この……! ――あほぉっ……!」

 

 ちからなくうめくと、音波さんはへなへなとその場に座りこんでいまいました。赤毛の子はこっちにすたすたやってきて、そのときわたしは、この子が消防士コートの下にメイド服を着てることに気づきました。そしてエプロンの胸の部分が、ご立派なばいんぼいんでおおきく押しあげられてることにも。

 

「オイてめえ、温羅杜 音波か?」

「……だったらなに」

「屋敷を見たときゃはまさかとは思ってたが、マジでこんなとこで会うたぁな」

 

 がしがしと頭を掻く女の子。

 

「オイ、血しか飲めねえつってたけどよ、それ、"カトリナ"のクソババアにやられたのか?」

「……あんたなにもの? あいつの知り合いなの?」

「アタシは黒暗淵(やみわだ) 深淵(みぶち)ってもんだ。てめえが香取(かとり)家に侍女仕えになったあと、温羅杜家に買われた元奴隷だ。そんでてめえが戻ってきたときに、かわりに香取家に貢がれた――。アタシも、あのクソババにゃ縁があんだよ」

「……あっそ」

 

 音波さんは空腹すぎて(平常運転のような気もしますけど)ものすごくどうでもよさそうにしていました。

 

 わたしはよくわかってないですけど、つまり――、音波さんと深淵さんは面識はないけどJ.K.の外で関係があったってこと?

 

「これも"罪滅ぼし"、か――。なあ、オイ、いるんなら、飲むか、血」

「……あんた、パートナーは?」

「気ぃつかわなくていい。いねえよ、んなやつ」

「は? あんたの事情はどうだっていいわよ」

「あ?」

「いいわ。なら、血、飲んであげる」

「飲んであげるって……。てめえホントにあいつの妹かよ? まあいいけどよ」

 

 人相に反して、意外といい子なのかも? なんかよくわかりませんけど、深淵さんはためらうことなく腕まくりをしてしゃがみ、音波さんに右手首を差し出しました。

 

 音波さんはその手にちょっぴり躊躇しがちにかぶりつこうとして――ぴたっと止まりました。

 

「あんた、その服なに?」

「あ? このコートか? その辺で火ぃ消してたじーじぶっ潰してパクった。あったけーんだよ、これ」

「そうじゃないわよ。そのメイド服」

「あ? メイドバイトの制服だ。んだよ、てめえ、さっきから。飲むのか? 飲まねえのか?」

「……いらない」

 

 ごはんが腐ってたことに気づいたみたいに、顔をしかめて離れる音波さん。

 

「ああ? ふざけてんのかてめえ」

 

 音波さんと半ギレ深淵さんのあいだに割って入るわたし。

 

「ちょっとちょっと、どういうこと? メイド服が気に入らないの?」

「……あんた、メイドのバイトってなにするか知らないの?」

「え? じーじみたいに働いて、お金もらってるってことでしょ?」

「あんた、ホントおめでたいわね。そんなの建前よ。だってじーじがいるんだから、そんな仕事成立するわけないじゃない。J.K.でバイトって言ったら、どれも一晩いくらでほかのJKにからだを売ること。要するに売春(ウリ)よ」

「なんですって!?」

 

 深淵さんは――、否定しませんでした。

 

「人聞きわりいな。たしかにバイトつったらレズ行為だがよ、配信してねーっての。JKに金もらって、JKの世話して、JKとヤるだけだ。だれにも迷惑かけちゃいねえ。文句あっか?」

 

 音波さんは文句しかないという眼です。

 

「レズ女の血を飲む気はないわ。汚らわしい。さっさと消えて」

「てっめえ、さっきから黙って聞いてりゃ……!」

 

 息巻く深淵さんの肩をつかんで抑えます。

 

「でも、今はそんなこと言ってる場合じゃないわ。今にも倒れそうよ、音波さん。わたしか深淵さん、どっちかの血は飲まなくっちゃ!」

「……」

「はあ、てめえ、ふだんはどうやって血を手に入れてんだ?」

「地上から輸入してる」

「ならその手はもう使えねえな。代替品はねえのかよ」

 

 音波さんはさきほど半分にちぎった赤いガムをかかげてみせて、くちに放りこみました。

 

「……この"血ガム"が、二階に箱であったはず。それでとりあえず三日は持つわ。とってきて」

「どの部屋なの?」

「あたしの部屋」

「だからそれってどこなのよ……。このおうちめちゃくちゃ広いんでしょ!」

「……いや、アタシはたぶんわかる。しょうがねえ、行ってきてやんよ」

 

 ……やっぱりこの子、結構いい子ね。こんな扱いされたのに。

 

「あ、じゃあわたしは音波さんのそばにいるわ」

「……あんたも行って」

「え、でも、なにかあったら……」

 

 床の血をつついているミセス・ミラーカをちからなくぼんやり眺めていた音波さんは、ですが断固として譲りません。

 

「なにかあっても、あんたになにができるの? あんたがいてもうざくて死にそうなだけだから、どっか行って」

 

 んまっ! なんて言いぐさなの!

 

 ぷりぷりしながら、わたしは深淵さんについて行きました。玄関ホールに出て、手すりの細工がきれいな木の階段を上がっていきます。

 

「そんで? てめえ、あいつのなんなんだ?」

 

 深淵さんのもちもちしたお尻が消防士コートとメイド服のミニスカートを持ちあげるのを目で追いながら自己紹介して、音波さんに出会ってからの経緯を話しました。

 

「ふうん。てめえも物好きだな。昨日あったばっかのあんなクソガキといっしょにいるなんてよ」

「ク……そこまでは思ってないけど、一晩世話になったんだもの。それに、こんな状況だし、仲間はひとりでも多いほうがいいわ」

「あんな性根の曲がった高慢なわがまま娘でもか?」

「レズ奴隷を受け入れてない限りはね」

「へえ、そうかよ。……ま、あいつがあんなねじくれたクソガキになったわけは、わからなくもねーんだがな」

「深淵さんは、音波さんの実家で働いてたのよね。ご家族のこととか知ってるの?」

「ああ、いやってほどな。あいつんちの一族は、どいつもこいつも成金のクソだった。王族や貴族に取り入るためになんでもしやがった。てめえらのガキどもすら、成りあがりの道具としか見てなかったんだ。そんで、国の筆頭の力トリナってクソババアの貴族がおもちゃをほしがったときも、喜んで差し出しやがった。それが、音波だった。ってあいつのねえちゃんが言ってた」

 

 深淵さんが、以前このおうちで働いていたというのはほんとうだったようです。なんせ足取りに迷いはありませんでしたし、何十個もある部屋のなかから、一発でそれらしき部屋を見つけたんですから。

 

 音波さんのお部屋はなんというか、なんとなく想像してたとおりですけど、とても散らかったお部屋でした。せっかくバルコニー付きの広いお部屋なのに、もったいないわね。

 

 服とか漫画とか通販の梱包とかゲームとかぬいぐるみとかマグカップとか使用済みのちり紙とかがうずたかく積みあがり山脈を形成していて、足の踏み場もありません。

 

 あ、これ、わたしの好きなアイドルアニメのフィギュアだわ。あ、こっちは抱き枕。昨日聴いてた曲からして薄々思ってたけど、音波さんってわりと――。

 

「きったね……んだよこれ。こんなかから探せってのか、あんにゃろ」

「仕方ないわね。手分けして探しましょ」

 

 ぐしゃぐしゃの服を拾いあげてたたんでいきます。

 

「話は戻るけど、おねえさんがいたのね、音波さん」

「ああ。言葉(ことは)って名前だったんだが、温羅杜一族じゃただひとりまともな人間だったぜ。奴隷だったアタシは……それまで、ゴミ同然に扱われてた。殴られて、ののしられて、もてあそばれて、ひたすら働かされて。もはや人間らしく生きることをあきらめて、ずっと死んだみたいに生きてた。でも言葉は……、そんなアタシをふつうの人間とおなじようにあつかってくれた。人間に、戻してくれたんだ。

 言葉からしたら、たぶんアタシは奉公に出された音波の代わりだったのかもしんねえ。なにかとものをくれようとしたり、学校も行ったことねえアタシに勉強を教えようとしたり、妹の服を着せようとしたり……寝起きにたまにまちがえて、妹の名前で呼んできたりしてたからな。けど、あたしはうれしかった……。言葉に仕えてたときは、アタシのそれまでの人生のなかで唯一、幸せって言える時間だった」

 

 深淵さんの声がしんみりとします。物色する物音が収まったので、盗み見てみると、深淵さんはベッド脇の写真立てをじっと眺めていました。ふたつ連なった屋根が特徴的な荘厳な本殿の神社を背景に、きれいな女の子がふたり、映っていました。十五歳ぐらいの女の子と、十歳ぐらいの女の子。

 

 年下のほうはたぶん音波さんで、今よりもずっと幼い音波さんは、笑顔の超絶美少女。年上の女の子に甘えるみたいに抱き着いています。年上のほうは、音波さんにそっくりで、音波さんよりもずっと線が細いはかなげな超絶べっぴんさんです。

 

 深淵さんの指が、年上の女の子の銀髪をなぞっています。

 

「だが、一年ぐらいで音波が温羅杜に戻されることになった。やっばいらねえつってな。たぶん遊び飽きたんだろ。ババア好みじゃなさそうだからな、あいつ。そんで焦った温羅杜のクソどもは、代わりに大量の奴隷やら祭具やら宝石やら美術品やらを力トリナに差し出したんだ。その献上品のなかには……アタシも含まれてた。

 アタシは言葉から引き離された。それでいいって思ってた。しょせんアタシは奴隷だ。立場がちがいすぎる。アタシは妹にはなりきれねえ。アタシとあいつじゃ釣りあわねえ。それに、例によっておとなの取引の道具だったが、言葉にゃ教皇(パーパ)とかいうどっかの金持ちから縁談も来てたんだ。忘れたほうが、互いのためだった。

 でもよ、言葉のやつ、アタシが力トリナのとこに行っても、律儀に手紙は寄越してきやがったんだ。あいつも、なんでも話せる友達みたいなのは、アタシしかいなかったんだろな。

 それで、手紙のなかで知ったのさ……。温羅杜に戻ってきた音波は、変わっちまったこと。音波が変わっちまったせいで、なにかが起こって――たぶん、血を吸われて――、言葉の臓器が腐って全身麻痺になっちまったこと。そのせいで縁談がご破算になったこと。クソ温羅杜はブチ切れて、ついでに頭のネジが飛びすぎて、言葉を温羅杜一族の産む機械にしたてあげようとしたこと――。

 全身麻痺は後天的なもんだから遺伝しないし問題ない、てなもんでな。麻癖ったのは逆にちょうどいいつって、言葉に洗脳施して同意を取りつけやがったんだ。トチ狂ってやがんだろ?

 そんでさすがの言葉もおかしくなって、音波を責めた。あんたのせいでこんなことになった、責任取って殺せってな。

 こっからはニュースで知ったことだが――、音波は、言うとおりにした。姉を、手にかけた。そして言葉はその場面を記録してて、サイマトネットに公開するようにしてたんだ。それで、温羅杜は完全に終わった。金だきゃ、だいぶ残ったみたいだがな。

 それがたしか、四年前のことだ。その後のことはどうなったかはしらねえけど一族は自殺かなんかしたんだったっけか。音波のほうはたぶん、どっかの施設にでもぶちこまれて、償いかなんかのためにJ.K.に放りこまれたんだろ、たぶん」

「そ、そうだったの……」

 

 まさか音波さんにそんな過去があったなんて。重すぎてコメントに困るわよ……。

 

「力トリナってひとのところで吸血体質にされちゃったのかしら?」

「十中ハ九な。あのクソババアはえげつねえ悪趣味してやがった。アタシも――」

「あなたもなにかされたの?」

「いんや、なんでもねえ。喋りすぎたな……。腹減った。んなことなら捨てちまわずに血飲んどきゃよかったぜ。選り好みするなんざ、アタシもずいぶん平和ボケしちまったもんだ」

 

 深淵さんがガムの捜索を再開しました。わたしは空腹を再認識させられ、ちょっびりむなしくなって、すこし手を休めました。

 

「あたしたちの食べ物もなんとかしなきゃね……。ぽよはどこにいったら手に入るのかしら」

 

 クロスでマップを呼び出して、ザ・ウォッチャーがJ.K.中を飛びまわっているのを見つめます。この辺りにはあんまし飛んでないみたいだけど、ぽよが売ってそうな場所はだいたい、配信ドローンの存在を示す光点がひしめいてます。

 

「店は大体じーじに占拠されてたし……。街にはザ・ウォッチャーもじーじもうようよいるし……」

「とっ捕まったJKの部屋にでも押し入って、備蓄をかっばらうしかねえだろ。アタシもここにゃ、そのつもりで入ったからな」

「だめよ! そんなの泥棒じゃない!」

「おめでてーやつだな。てめえ風紀委員かなにかか?」

「そうよ!」

「は、なら聞くが風紀委員さんよ。秩序を守ってアタシらにゃ死ねってのか?」

 

 う……、昨日科藻さんにも似たようなこと言われたかしら。

 

「でも、どんなときでも、秩序を守らないと社会がめちゃくちゃになっちゃうじゃない!」

「逆だ、アホ。モラルやルールが意味を成すのはその社会が、想定されたどおりに動いてるときだけだ。社会が秩序の下地になってんだよ。社会が破綻すりゃ、社会に適合しなくなったルールは枷にしかなんねえ。今のJ.K.は、さきに社会のほうがぶっ壊れちまったんだ、社会自らな。そんな社会の秩序なんざ、イヌも食わねえクソのカスだ。てめえが考える秩序を守らせてえなら、てめえでそういう社会をつくるこった」

「そ、そんなこと、できるわけないわよ……。でも、そうだわ、この混乱が収束したあとで、泥棒に入られた子は困っちゃうじゃない? こういうときだからこそ社会が元に戻ったときのことを考えて、自制して、守らなくちゃいけない最低限の秩序はあるはずよ!」

「ほう、なら聞かせてくれよ。この混乱はいつ、どうなったら収まんだ? 収まったら、元通りののJ.K.になる保証はあんのか?」

「え……。そ、それは――たぶん、この惨状を知った地上のだれかが、きっと助けてくれるにちがいないわ、ぜったい!」

「それはだれだ? なんの利益があってだ?」

「利益って……」

「あのなあ。利益がなきゃ、だれも動きゃしねーよ、バカ。サリンジャーはJKPのパシリなんだろ。JKPは経営判断で、事業内容を社会のニーズに合わせて修正しただけだ。んで、あたしらはクソSRY宣言でそれに同意したことになってやがる。大義名分の余地すらねえんだよ。外の連中が口出す隙がどこにある? んなことしようもんならよ、そりゃただの侵略行為ってことになんだろうが。

 こねえんだよ、助けなんざ。二度と戻らねえんだよ、以前のJ.K.にはよ。だからアタシらは、てめえの頭でどうやってこの事態を乗り越えるか考えて、てめえのちからで助かるっきゃねえんだ。なんとしてでも。レズ奴隷にされたくねえんならな」

 

 うう……。深淵さんの主張には、一理あります。今日明日をなんとか逃げ延びても、一ヶ月、二ヶ月後にはどうなっているのか見当もつきません。先々のことも考えながら行動しなくちゃ……。

 

「深淵さんはどうするの? これから」

「計画はある。だがてめえらにゃ話す気はねえ」

「どうしてよ?」

「てめえらがとっ捕まってレズ奴隷にされて、サリンジャーにバラされたらおじゃんになるからな」

「それは、そうだけど。協力すれば、その計画がうまくいく確率が高まるんじゃない?」

「だれとでもってわけにゃいかねえ。こいつとならいけると思ったやつとは、協力するだろうよ。ま、そんなやつぁいねえだろがな」

 

 深淵さんは音波さんとは異なるベクトルで、我が道を行ってる感じ。しっかりした自分の意見をもってて頼りになりそうな子(けして褒められた考えばかりじゃないですけどね、くちもすごくわるいですし!)とせっかく出会えたというのに、このさきいっしょに助けあって、というのは望めなさそうなのかしら。

 

 でもほんとうに、食糧問題はどうしたらいいんでしょう。ほかのJKのぽよやお菓子を盗むのはなしにして、ここにはJK以外に生き物はペットぐらいしかいません。それも、そんなにいるわけじゃないです。

 

「最悪……、共食いするしかないのかしら。JKがおいしかったらいいんだけど――かわいいし、きっとおいしいわよね……?」

「泥棒はだめでカニバはいいのかよ。てめえ頭おかしいんじゃねえか? ……てか、人間はうまかねーよ」

 

 深淵さんが呆れた物言いで突っこんできました。

 

「食べたことあるみたいな言い方やめてよ、ホントにどうすればいいか、悩んでるんだから」

「……。……おい、見っけたぞ。んなとこさっさと出――」

 

 ようやく、深淵さんが目的のガムの箱を発見してくれて、これでひとまず音波さんの食糧問題は先延ばしにできたわね、と安堵したのと同時でした。

 

「にゃっほー☆ 兎浪せんぱぁい、しんえんちゃん♪」

「ごきげんよろしゅー。ちゅっても、兎浪さんは昨日ぶり、しんえんちゃんは二日ぶりだケド」

 

 ひょっこりと、お部屋の入口に見知ったJKが現れました。黒い下着みたいなえっちな衣装だけを身に付けた、夢魔JK――。

 

「タマさんと、科藻さん!? どうしてここに!?」

「どうしてって、そりゃあーた、愛のちから? 的な? 兎浪さんにどーしても会いたかったんで、われわれ」

「タマ、兎浪先輩みたいな頭かちかちJKをとろとろずぶずぶに堕としちゃうの、すっごく好きなんでぇ~♡ がんばって探しちゃいましたよぉ~♡」

 

 わたしは、ぜったいに遭いたくない二人組に、見つかってしまったのでした。

 

 

 

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