百合はいつかガンに効くようになる!オルタナティブ! 作:伊土 讃阿
/Stage II promotion - 促進 -
/part 5
なんの脈絡もなく音波さんの部屋に登場したタマさんと科藻さんに、わたしは震える声で言い返しました。
「わ、わたしはぜったいにJKPなんかに屈しないわよ!」
どうしてふたりがここに……それに、わたしを探してたって、どういうこと!?
深淵さんはめんどくさそうに頭を掻きました。
「んだよ、てめえの客か。ならアタシは帰っていいんだろな、タマ、科藻」
「えぇ~、やだぁ、ノリわるくないですかぁ~? しんえんちゃんもついでに遊びましょ~? 去年、三日三晩、くんずぐれつ♡ ねとねとしっぽり♡ いちゃいちゃまぐわいまぐわい♡ しまくったタマたちの仲じゃないですかぁ♡」
「てかさてかさ、しんえんちゃん、速攻でこっちくるかと思ったのに、なーんで逃げまわってるワケ?」
「レズ奴隷なんかになりたかねえからに決まってんだろ。てめえらと寝たのは金のためだ」
「またまたぁ~、ちょっと腰撫でられただけであへってたくせにぃ~」
「レズ奴隷適正ばっちりなのにナー」
深淵さんはぺっと唾を吐き捨てました。音波さんの部屋のなかなのに!
「はっ、アタシはもう奴隷にゃならねえ。なにかにアタシの生き方を支配されるなんざ、二度とごめんだ。アタシはJ.K.を出てく。奴隷にすんなら、ほかを当たんな」
「ふぅん、つれないですねぇ。そういうことならぁ~」
「実力行使、しかないっしょ!」
タマさんと科藻さんが部屋に飛びこんできます。がらくたの山を避けて、左右からわたしたちを挟みこむようにして駆け寄ってきたので、ちょうど部屋の入口ががら空きになりました。
深淵さんはがらくたの山を飛び越えるつもりだったのか、すかさずそこに突進しかけましたけど、わたしは深淵さんの腕をつかんで部屋のさらに奥に後退しました。
「ああ!? なにしやが――」
声を荒げる深淵さんの鼻先でばぎばぎと床が破られ、じーじが壁のように立ちはだかりました。
「た! け!」「て! す!」
「科藻さんはじーじを呼びだせるのよ!」
「んだよそれ、ずるじゃねえかオイ!」
「あっれー、兎浪さん、どーしてあーしのちからのこと知ってんですかい? もしかして昨日、マロンさんと射鶴木さんとやってんの、覗いてた感じ?」
「にゃふにゃふにゃふ♡ これはますます無事に返すわけにはいきませんねぇ~。おとなしくおレズにかかっちゃってくださぁい♡」
じりじりと、タマさん科藻さんじーじににじり寄られるわたしたち。 ついに逃げ場をなくし、バルコニーまで追い詰められてしまいました。うう、息苦しい……空気も薄くなってきてます。
わたしにだけ聞こえるようにに、深淵さんがぼそっとたずねました。
「オイてめえ、なんでさっきじーじが飛びだしてくる場所読めたんだ」
「わたし、耳がいいの。だから音でどこから出てくるのがわかるのよ」
「へえ、いいじゃねえか。ならその耳、こっから脱出するまで貸しな」
「脱出って、どうやって――」
「こうやんだよ!」
どんっと深淵さんに肩を突き飛ばされたかと思いきや――わたしは突風で吹き飛ばされたみたいに後方へ不自然にすっ飛んで……二階から、落ちました。
「ぅぎゃあああああ!」
お腹のなかがひゅんって浮きあがる、気色悪い浮遊感。みるみるうちに迫ってくる地面。頭のなかで駆け巡る、すーちゃん、それにお父ちゃんとお母ちゃんの顔……わたし、死ぬんだ……ぐちゃぐちゃになって……。ごめん、マチ、ひとりにしちゃって――。
ぎゅっと目をつぶって、その瞬間を待ち受け――。再び一瞬だけ、今度は下から突きあげるみたいに突風が巻き起こりふわってからだが浮かびあがって、べしゃっと頭から地面に落っこちました。ベッドから落ちたぐらいの衝撃で。
「ぁっだぁああ……い、いったいなにが……」
じんじんする鼻をさすりながら立ちあがると、深淵さんが階段一段飛ばしぐらいの軽快さでしゅたっと隣に降り立ちました。
「オイ、音波回収して逃げんぞ。じーじが下から来そうなら言え」
「え? え?」
「あーん、逃げられちゃいますよぉ~。ナモ、なんとかしてくださぁい」
「わーってますよーっと。おじーちゃん、ちゃきちゃき働いてくださいナ!」
「……! 深淵さん! 三体くるわ!」
「はっ、オラこっちだレズ夢魔ども! 追いつけるんなら追いついてみやがれってんだ!」
深淵さんは二階で悔しそうにしているタマさん科藻さんに中指を立てて挑発すると、わたしの手を引いて屋敷の裏手にまわりこみました。
迷いなく花壇を踏み荒らし薔薇のアーチをくぐり、庭園を走り抜ける深淵さん。科藻さんはわたしたちを見失ったのか、かなりあてずっぽうに召喚されたじーじが、生け垣をぶち壊していきます。
「ちょ、ちょっと、どこいくの? 音波さんがいる調理場は、表側から入ったほうが早いんじゃないの?」
「てめバカか? あのまま連中引き連れてって、音波を抱えて逃げられるわけねえだろ。いったん連中と鬼ごっこして、こっちに引きつけてから撒くんだよ。抜け道知ってんだ」
「な、なるほど。あ! この先曲がったところで地面から飛び出してきた音がするわ!」
「待ち伏せに切り替えたか。こっちの正確な位置はつかめてねえのか? おし、また家んなか入んぞ」
「はいんぞって、この窓鍵かかって……あー! こら! またひとんちの窓割って!」
「助かりたくねえのかよ、てめえはよ……」
植木鉢を窓に投げつけた深淵さんは、踵を返して元来た道を引き返しはじめました。
「え!? おうちに入るんじゃないの!?」
「音でばれてんだから、こっから素直に入るわけねーだろ?」
といって深淵さんは、別の窓に手のひらを押し当てました。すると、だれも触っていないはずの鍵がひとりでに開いたではありませんか! まるで内側にいる透明なだれかが、開けてくれたみたいに。わたしはぎょっとしました。
「え!? おばけ!?」
「んなわけねーだろ。あたしが動かしたんだ」
「深淵さん、おばけを動かせるの?」
「ひとの話聞けっての。よいしょっと。おら、手貸せ。引っ張り上げてやる。音立てんなよ」
「んしょ……。というか、こういうことができるなら窓割る必要なかったんじゃない?」
「なかに入ったのはすぐにばれる。窓が割られてりゃ、とりあえずそこから入ったって考えんだろ。でも窓が割られてなきゃ、足跡で辿ろうとする。足跡をごまかす工作をしてる手間も時間も余力もねえ。だからカモフラージュで窓を割ったんだ」
「な、なるほど……。深淵さん、やっぱり、意外と考えてるのね。いんちきみたいだけど」
「意外ってな、てめ。ま、姑息な手であることは否定しねえけどよ。これもタマと科藻にはどこまで通用するか……」
「どういうこと?」
「裏のかきあいなら、連中のほうが数段上なんだよ。とくにタマは油断ならねえ。"虚偽を司る夢魔"らしいからな。オイ、こっちだ」
深淵さんに先導してもらって、忍び足で廊下を進みます。わたしは一応、クロスでマップを呼び出しました。ザ・ウォッチャーは付近にはいません。温羅杜家はプライベートスペースだから、あのふたりでも連れてこられないのかしら? なんにせよ助かります。
やおら、深淵さんが階段下で足を止めると、壁の板張りのうちそこだけ色が黒ずんでいる一枚をぐっと押しこみました。すると、壁がすーっと静かに沈んでいき、地下への階段が現れたではありませんか。
隠し通路! 地下室! さすがお屋敷ね! こんな状況でも、ちょっとテンションあがっちゃうわ!
オレンジの非常照明を頼りに、冷たい通路を下っていきます。
「ねえ、深淵さん、さっきどうやって助かったの? わたしたち、ニ階から落ちたはずよね」
「あ? ニ階程度じゃ、あんなもんだろ」
「ぜったいちがうわよ! ……というかあなた、わたしを突き飛ばしたでしょ!? なんてひどいことするの!? 死んじゃうとこだったじゃない!」
「んだよてめ、今更キレてんじゃねえよ。情緒不安定か? ちゃんと夜は寝とけ。っと、ぶね、行き過ぎるとこだった。たしかここだな」
手探りで壁のスイッチを押して、深淵さんが新しい道を開きました。今度は広くて明るめの部屋につながっていて、そこは絵やら、鎧やら、きんぴか武器やら、壷やら、なんだかとっても高価そうな物品が整然と並んでいました。宝物庫というやつでしょうか。さすがお金持ち。
「たしかあっちから玄関ホールに……」
まっすぐ宝物庫を突っ切って、別の扉に向かう深淵さんの肩をつかみました。
「ね、ねえちょっと!」
「んだよ、まだ文句あんのか?」
「ちがうわ! じーじがきてるの!」
今まさに出ようとしていた扉をどっかーん! とぶち破って、じーじがのたくり出てきました。そして、わたしたちが入ってきた扉からも。
「こ! て!」「ろ! し!」
完全に、退路を断たれてしまいました……。
「……クソ、まずった」
深淵さんが苦々しげに吐き捨てます。
じーじがかぱっと開いて、なかからタマさん科藻さんがよっこらせと這い出てきました。
「にゃふふ♡ なんですかぁ~、ここ♡ 地下ですかぁ~?♡ 袋のネズミとはこのことですねえ~♡ 兎浪先輩♡」
「くしししっ。鬼ごっこはこれにてオーシマイ。やー、完壁にハマってくれちゃいましたナー」
「てめえら、なんでこいつの居場所がわかんだ?」
「えぇ~、言ったじゃないですかぁ~、愛のちからだって♡ どこに逃げてもむだですよぉ~♡」
「居場所がわかることは否定しねえんだな」
「え!? そうなの!?」
「んー、それはJKの秘密的な? みたいな? 企業秘密ってコトで詮索無用で頼んまーす」
「いや、てめえらの態度でわかった。たしかこいつを探してるつってたな。そら風紀委員だからだろ。風紀委員にゃ、治安維持能力としてJKPにも容易に書き換えられねえ特権がいろいろあって厄介だから、はやいとこ潰そうって腹なんだ。そんでもって、風紀委員の場所は探すまでもなくリアルタイムでわかってんだろ。でなきゃ、こんなひとけのねえ
「え、どうして風紀委員の場所がわかるの?」
「てめえのアカウントでログインしてる個人端末。それっきゃねーだろ、単純によ。サリンジャーどもはどこに、だれがいるかわかってやがんだ。考えてみりゃ当然だがな」
苛立たしげに自らのクロスをむしりとり、ばきぼき握りつぶす深淵さん。
「にゃぁ~、あいかわらず腹立つぐらい鬼鋭いカンしてますねぇ~、しんえんちゃん」
「くっしし、でもま、今回はわれわれの勝ちってことで。次回なんてもうないケド♡」
しゅるしゅるしゅると四方から、触手じーじが忍び寄ってきます。
くっ、こうなったらわたしが説得するしかないわね!
「ちょっと! 鬼ごっこで相手の場所がわかってるなんていんちきよ! はじめからやり直しを要求するわ! ね!? そうしましょ!」
「兎浪さんや兎浪さんや、あーしらべつに鬼ごっこしてたわけじゃないゾ。状況についていけなさすぎてバグるのやめようナ?」
「すみませぇ~ん♡ タマたちもお仕事ですのでぇ~♡」
ぜんぜんだめでした。科藻さんもタマさんも聞く耳を持ってくれません。今度こそ絶体絶命のわたしたち。ふたりともなすすべもなく、壁に貼りつけにされるみたいに手足を拘東されてしまいました。
「ううぅ……きもちわるい! 深淵さん! どうしたらいいの!?」
「るっせえ! ちったあ自分で考え――んっぐうぅ」
メイド服のミニスカートのなかに科藻さんの指の侵入を許してしまった深淵さんが、声を噛み殺します。
「くっしっし♥ しんえんちゃんのからだ、もう熱くなってきてますナー♥ あの夜のこと、思い出しちゃったかー?♥」
「んなわけ、っぐ、うっ、ふっ……。てめえら、なんざっ、腹減ってさえ、なけりゃ……!」
「にゃふにゃふ……♥ あっちはしっぽりはじめちゃったみたいですしぃ~♥ タマたちもなかよくレズりましょ~、せんぱぁい♥」
わたしの前に立ったタマさんが、びっくりするぐらいやわらかくてすべすべの両手で、わたしのほっぺたを挟んできました。
「ひ、う……!」
ぞくぞくと頬肉がとろけそうな体温で…… 、タマさんのコロンの匂いでくらくらして……、ぷるぷるの唇がすぐそこに迫ってきて……金色の虹彩が、わたしの視界を埋め尽くして……、頭痛が、ずきずき、目を覚まします。
――のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。のいつぇるふぁ。
「う、やめ……」
「あにゃぁ~、やっぱりだめですかぁ~。でもこっちも暇じゃないですのでぇ~。ひとまず催眠かけちゃいますねぇ。ねんねんころぉり~♥」
「ぎぇぴゃ!?」
タマさんの眼がにわかに、びかびかびかっと光り――わたしの意識は真っ白に漂白されました。
――故郷の、スフィア・ミンスターで。かわいがってた、妹がいたんです。
ふたつ下で、甘えん坊で、やんちゃで、甘いものが大好きだった妹が。すーちゃんって、呼んでました。いっつもいっつも、ナーちゃんナーちゃんって、どこに行くにもわたしのお尻にくっついてた、すーちゃん。
すーちゃんがいるだけで家はすごく明るくて、お父ちゃんもお母ちゃんもわたしも、すーちゃんのことをすごく、かわいがってたんです。
七年前のことでした。村に、都会でお店を出してるお菓子焼きのおねえさんがやってきたんです。おとなふたり分ぐらいの大きな馬ニ頭に牽かせた菓子焼き小屋の馬車で、修行のために世界中まわってるんですって。とてもきれいで、おしゃれで、優しいおねえさんだったので、すぐに村のみんなと打ち解けて、人気者になりました。
すーちゃんもおねえさんのお菓子が大好きで、家のお手伝いをしておこづかいをもらうたびに、おねえさんのところに行ってましたっけ。それまでわたしにべっとりだったのが、急におねえちゃん離れしたもんだから、わたしはちょっと寂しかったのを、覚えてます。
あれは……すーちゃんの誕生日の三日前でした。わたしはすーちゃんを喜ばせたくって、なけなしのおこづかいでなにかできないかって、お菓子焼きのおねえさんに相談したんです。
おねえさんは――。
「それはとってもすてきね。いつも遊びにきてもらっているし、わたしからもなにかしたいわ。そうだわ、お茶会を開きましよう」
って、提案してくれました。
「その代わり、ご家族には内緒よ? おタ飯のあと、こっそりおうちを抜け出してくるの」
「どうして?」
「だっておとながいると、あんまり甘いもの食べすぎると太っちゃうぞ、とか、虫歯になっちゃうぞ、とかって怒られちゃうじゃない。おねえさん、妹さんにたくさんお菓子をごちそうしたいもの」
いたずらっぽく片目をつむったおねえさんに、わたしはぜったい内緒にすると約束して、そのとおりにしました。
……当日のすーちゃんの喜びようといったら。すーちゃん、ホントにしあわせそうだった。大好物のタルトタタンにガトーショコラ、アップルパイ、特大のプラムケーキまで用意してくれてたんです。きっと、一生分のお菓子を食べたんじゃないかしら。
わたしも、すーちゃんが幸せそうで、うれしくって……気づいたら、食べすぎてて……いつのまにか、眠ってて。
起きたとき、あたりはすっかり暗くなっていました。暖炉の火もろうそくも消えて、お茶会をしていた居間は暗く、冷え切っていて、残されていたのは、食べ散らかしたスイーツがたくさんと、わたしひとりだけ。
わたしったらお茶会の途中で寝ちゃうだなんて、恥ずかしい、すーちゃんはきっと呆れて先に帰っちゃったのね、なんて思っていました。
おねえさんの寝室から明かりが漏れていたので、お礼を言って謝ろうと思って、わたしはそちらへ近づいて……すーちゃんの声を聴きました。
笑ってるような、泣いてるような、叫んでいるような、聞いたことのない、妹の声。わたしはどうしてだかどきどきして、息を殺してそっとおねえさんの部屋を覗きこみました。
マシュマロみたいな、ふかふかしてそうなベッドのうえで。おねえさんと、すーちゃんが……生まれたときのままの姿で、抱きあっていました。
ねとねとと、舌を絡めて。にゅるにゅると、足をもつれあわせて。
当時はなにをしているのかあまりよくわかっていませんでしたけど、ものすごく罪深いことをしているんだという直感がありました。それを、見てしまっているわたし自身も、とてもわるい子になっちゃった、そんな気がしていました。
妹のからだを撫でまわしながら、おねえさんが話している声が聞こえました……。
「次は――おねえちゃんも食べちゃおうかしら」
とか、そういうことを。わたしは急に怖くなって、一目散に逃げ出しました。すーちゃんを、置き去りにして。
お父ちゃんとお母ちゃんにばれないように自分の部屋に戻って、毛布をかぶって、一晩中、震えていました。
翌朝、おねえさんの小屋はこつぜんと、村から姿を消していました。まるで魔法のように、跡形もなく。轍すら残さず。すーちゃんも、いっしょに。
村中、大騒ぎでした。お父ちゃんは仕事をお休みして、毎日あちこち探しに出かけました。お母ちゃんは心配しすぎて、寝込んでしまいました。わたしは……なにも言えませんでした。
しばらくして、おねえさんはわるい魔女だったって噂が流れました。お父ちゃんはおかしくなって、すーちゃんを探すのはあきらめました。ですけど仕事には戻れなくなって、毎日お酒を飲んではわたしとお母ちゃんに当たり散らすようになってしまいました。
お母ちゃんはベッドから出られなくなって、みるみるうちにやつれて、病気がちになってしまいました。わたしのことをすーちゃんと呼ぶようになったり、記憶があいまいになって、幻を見るようになりました。
幸い、村のひとたちが同情してくれて、ものすごくよくしてくれたので、なんとかやっていけましたけど……わたしのお家は、いつも重苦しい暗闇に閉ざされたように居心地のわるい場所になってしまいました。
わたしは……そうして、すこしでも家計を助けたくてJ.K.にやってくることを決意したのでした。
いえ、ホントのとこ、たぶん……実家から逃げ出したかっただけなんです。わたしがばかで、すーちゃんをわるい魔女に差し出してしまったばっかりに、なにもかもが壊れてしまった――その罪悪感から逃げたい一心で、わたしはスフィア・ミンスターを離れた……。
ような、気が……する。
いえ。たぶん、ぜったいそうだわ……。
だからわたしはずっと、わるいレズ行為を認められなかったんです。
だからわたしはずっと、風紀委員としてレズ行為と戦ってきたんです。
レズ行為、許すまじ。なににかえても、わたしはレズ行為だけは、許容してはならないのです……!
のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ! のいつぇるふぁ!
頭が、割れそうに痛い……! でも……! うおおお……!
渾身のちからを込めてもがきます。ぶちぶちぶちぶちとじーじを腕力だけでちぎっては投げてちぎっては投げてみせると、タマさんが驚いたふうに飛びのきました。
「えぇ~、うそぉ、兎浪先輩、そんなパワータイプでしたっけぇ。てかぁ、催眠失敗しちゃいましたぁ~。ガン萎え~」
深淵さんのぱんつのなかに手を突っ込んでいた科藻さんも、顔をこわばらせています。
「おタマの催眠がはずれるって、マー? 兎浪さんめっさ催眠弱そうなのに? ばちぼこに記憶虚偽ったのでは?」
「そのはずなんですけどぉ~、なぁんか横やり入ったようなぁ……あれぇ~?」
「はーっ、はーっ、レズ場の、ばかぢからってやつよ……!」
「なに言ってんのかよくわかんないですケド、ならもっとぶっといので拘東させてもらうだけだゾっと!」
わたしの胴体ほどの太さの触手じーじが、高そうな絵や壷を叩き壊しながら躍りかかってきます。
「て! た!」
わたしはすんでのところでかわして、壁にかけられていた巨大な黄金の両刃斧をひっつかみました。
「っらぁ! どっせい!」
見た目ほどではありませんけど、ずっしり重いそれをぶんまわし、迫りくるじーじをかたっぱしからぶった切っていきます。昨日、たまたま木こりの本を読んでおいてよかったわ!
宝物庫の床は、みるみるうちにじーじの肉片となぎ倒されたお宝の残骸だらけに。タマさんと科藻さんは戦々恐々といったていで、わたしから距離を置きました。
「えぇ~、こわぁ。先輩まじやばぁ。なんか覚醒? ばーさーかー? 的なやつですかぁ?」
「いやいや兎浪さんマジでバグりすぎっしょ!? マジでどうした!?」
じーじをおおむね片付けると、ぎしぎし尾を引く頭痛をこらえつつ、深淵さんの手足を縛っていたじーじをばすばすっと切り落としました。
「お、おう……やりゃできるじゃねえか、てめ」
深淵さんもちょっと引いてます。ぜいぜいと肩で息をしながら、わたしは宣言しました。
「わたしはね……。この世のなによりも、だれかを不幸にするレズ行為が許せないの……。世界を脅かして、みんなを危険にさらすレズ行為……それを排除したくて、風紀委員やってるの……! わたしは、あなたたちには負けない……!」
そしてびしっと黄金の斧をタマさんと科藻さんに突きつけた――、と同時。
「け! す!」
横からすごい勢いでじーじが突っこんできて、がつんっとわたしの手から斧をはじき飛ばしましました。
「えっ、あ!?」
耳をつんざく音を立てて斧が床をすべり、それに気を取られているあいだに、また極太じーじが飛びかかってきて、わたしの両手両足をからめとってしまいました。
今度は……ちからづくではどうにもなりそうにありません。さっきの大立ちまわりで、体力をねこそぎ使い切ってしまったみたいでした……。お腹も、すきすぎて……もう指一本、動かせそうにありません。
「やー、びびりましたケド、詰めの甘さはあいかわらずですナ。相手にそんなへろへろなとこ見せるのは、ぜったいだめなんだゾ、兎浪さん♥」
「ペース配分考えないからですねぇ~。レズえっちとおなじですよぉ♥」
ああ、そんな……。なんか奇跡的にうまくいって、勝てそうな感じだったのに……! 気を抜いてさえいなければ……!
一転して絶望に打ちひしがれていたわたしに、深淵さんのくぐもった声がかけられました。
「
もっちゅもっちゅとなにかを頬張る深淵さんのくちのまわりは、薄紅色の粘液でべとべとに汚れています。その手には……まだひくひく動く桃色の肉片が握られていました。
「んぐっ、ごく……。へえ、まあまあいけんじゃねえか。すくなくとも……人間よかうめえな」
今度こそ、真っ青になったタマさん科藻さん
「ぅんにゃあぁ~、むりむりむりむりぃ~!」
「え? は? しんえんちゃん食ってんのってそれ……おじーちゃん?」
「ちょっとぉ、タマ、まじでああいうの生理的にNGなんでぇ、どうにかしてぇ、ナモぉ!」
「いやいや、あんなんただのパフオーマンスだって。おじーちゃん食っても、しんえんちゃんはしんえんちゃんでしょ!」
「ろ! こ!」「し! て!」
深淵さんを押しつぶすように、新たなじーじが次々と飛び出してきます。深淵さんは手の甲で口元をぬぐうと、右の眉の上の傷を引きつらせ、いつのまにか深い青から漆黒に変色していた右目で、もの悲しそうにじーじたちを見渡しました。
「今まで気にも留めなかったが……ってえな、いてえ、いてえよ、てめえらの苦痛。そんなに痛かったんだな。そりゃ痛ぇわ。
意識があんのに全身をずたずたに切り裂かれて、せめえ肉んなかに押し固めらて、搾りあげられてねじりまわされてんだもんな。ふつうなら気が触れるぐらい痛え。だが――、はっ、その程度だな」
野生の獣がうなるような、低い声。ふわ……とわたしの髪が、わたしの鼻をくすぐりました。
風……? 地下なのに……? いえ――。
深淵さんのスカートが、赤毛の三つ編みが、ふわふわとかすかになびいています。足元の肉片や肉汁が、まるで自然落下映像の逆再生みたいに、ひとりでに浮きあがって……まるまって。床に落ちてたお宝も、ふわりと漂って。
「その程度の痛み、アタシは息をするように味わってたぜ。その程度の苦しみ、アタシにとっちゃ
浮遊していた刀剣や絵なんかが、びゅんびゅん飛びだしてじーじたちをざくざく突き刺さりました。壁に縫い留められるかたちになったじーじたちに悠然と歩み寄りつつ、深淵さんが手のひらをうえに右手をすっとかかげます。
その白魚みたいななまっちろくてほっそりした手の周囲が、にわかに陽炎めいてゆらめきます。ゆらぎは、みるみるうちに大きくなっていって、右手が歪んで見えるぐらいにねじまがって……ばきゃぼぎゃと、なにかが折れる音とともに、空間ごとなにもかもがごちゃまぜになったみたいに、歪曲した、直後。
「まだまだ奥が深ぇんだぜ、苦痛の奈落ってやつぁよ。味わいやがれ……あたしの奈落をよ!」
深淵さんの右腕が振るわれ、がおん! と空気が割れるような怪音がして、部屋が真っ暗になりました。ですがそれも一瞬のことで、すぐにまばゆい人工陽光が差しました。地下の、宝物庫に。
わたしは……いつのまにか寝ちゃってたんでしょうか。今の今まで、逃げ場のない地下室でじーじに囲まれていたはずなんですけど、今わたしの目の前に広がっているのは――ぽっかりと、地上まで天井がぶち破られ、半壊した地下室でした。
すべてのじーじは、巨大なハサミで切りとられたみたいにその上部がごっそりと消失してしまっていました。最後のちからを振り絞るようにじーじたちはぶるるっと震えて、ひどく――落ち着いた音色で鳴きました。
「と。が」「あ。り」
「は。おめっとさん。これで楽になったろ」
それきり動かなくなったじーじをそっと左手で撫でる深淵さんには……右腕が、ありませんでした。どぱっどぱっと鮮血を吹き出しているというのに、深淵さんは平然としています。
「ちょ……あ、あなた……深淵さん!?」
「あ?」
「う、うで? うで! ない! じゃない! 血! とめないと……!?」
「あー、いいって。んなもんすぐ治っから」
「治るわけ……えあ!? あれ!?」
深淵さんの言うとおりでした。なにかに強引に噛みちぎられたみたいな肩口からは、みるみるうちに骨がめきめき伸びて肉がぐじゅぐじゅまとわりついて血管がするする張り巡らされ、白いまっさらな皮膚に覆われて、きれいな女の子の腕が生えてきたのでした(かなりグロかった! ですけど!)。肩に赤いリンゴみたいな痣があるのをのぞいて、一点のくすみのない肌……ホントに夢でも見ているんでしょうか、わたし。
「奴隷だったからな。"
「そ、そうなの……? というか、なにが起こったの……?」
深淵さんはなんでもないふうに肩をすくめました。
「ブラックホールをつくって、それでどついた。つまるところブラックホールパンチだ」
「ぶらっくほーるって、あの、宇宙の……?」
「ああ。すべてを喰らう宇宙の牙だ。だからあたしは今の技をこう呼んでる。"
深淵さんは、隅っこのほうでがたがた震えていた夢魔ふたりにたずねました。
「いいいいいやいやいやまぢで死んじゃう説濃厚しょソレ!」
「今のはタマたちに使ったりしませんよねぇ~!?」
「あ? 使うに決まってんだろ。自分がやられて平気なことなら他人にやっても平気なんだよ」
「ひにゃぁんっ!? ごめんなさぁい!」
「激ヤバサイコムーブやめてもらえます!? さすがにつきあってらんないゾ! サイナラ!」
ついに尻尾を巻いて地下通路に逃げこむふたり。
……ほっ、なんとか切り抜けられたみたいです!
安堵のあまり腰が抜けてしまって、わたしはその場にへたりこみました。右側がそっくりなくなった消防士コートを見下ろして、ちょっと悔やむみたいに深淵さんがぼやきました。
「あーあ、久々だったから出力調整ミスっちまったな。気に入ってたのに台無しになっちまった」
「ええ……服なんてまた拾えばいいじゃない……。それよりも、痛くなかったの?」
「あ? いてえにきまってんだろ。けどこの程度なら大した事ねえよ。腕が丸ごとなくなるぶん、苦痛の面積も体積もちいせえからな」
「言われてみればそんな気もするけど……そういうものなの?」
「そういうもんだ。それよかてめえの頭痛も収まったみてえだな」
「え。なんでわかったの」
「アタシには他人の苦痛が"視え"んだ」
「見える? よくわからないけど、すごい? わね」
「あ? ぜんぜんすごかねえよ。昔カトリナがここに"電極"入れやがったせいだ」
いつのまにかもとの海のように青々とした色合いに戻った眼のうえをとんとん、と指でたたく深淵さん。
「他人の苦痛なんざ視てえわけがねえだろタコ」
「む。ちょっと、そんな言い方ないじゃない? あなたね、ずっと思ってたけど、ことばづかい直したほうがいいわよ!」
「じゃかあしい、アタシの勝手だろ」
深淵さんがぺっと唾を吐きました。ここだっていちおう家のなかなのに、です。
「それよか音波が心配だ。連中の目的がホントにてめえだけで、あいつらふたりだけで来てたなら見つかっちゃいねえ可能性もあるが、ほかの仲間がいたなら、たぶん見つかっちまってる。あっちのが表に近いからな。ここで時間かけすぎた。それに、あの言動、妙にひっかかりやがる……」
「あ、そ、そうね! はやくガムを持って行ってあげましょ!」
「……あ。やべ」
「え?」
深淵さんはものすごくばつがわるそうな表情で、コートの右ポッケに腕を突っこんで……穴の開いた底から手を覗かせてひらひらさせました。
「……ガム、ブラックホールに飲まれたわ」