タブレットを買ってから数日。すっかりミュナはタブレットに夢中だ。ゲームをやるだけではなく、家に居ながら大学に出ている俺にメッセージを送れるのが楽しいらしく講義中でものべつメッセージが来る。講義中にスマホを弄るわけにもいかないので休み時間に纏めて送ることになるので、すっかりミュナも大学の時間割を覚えてしまった。今では有料のスタンプを欲しがっていて少し困る。でも俺だけ使っているのも悪い気がするし、なかなかどうして悩みどころである。
バイトも休みでサークルも人が集まらず、仕方なく真っ直ぐ帰ろうとした日のことだった。夕飯はスーパーで何か買おうかと自転車を走らせているところに、お囃子の音が聞こえてきた。気になって進路をお囃子の方面に変更してみると、出店があれこれと軒を連ねていた。そう言えば夏祭りの貼り紙がしてあったと思い出して、スマホを取り出してミュナにメッセージを送る。
『お祭りやってるのに気づいたからちょっと覗いてみる』
『そういやこの時期やってるね。音だけ聞こえてる。写真よろー』
『わかった』
家の近所の小さい神社にしてはお祭りの規模は割と大きく、子供たちが出店を前にはしゃいでいる。浴衣を着付けた子も少なくない。前に言われた「時間が止まった陸の孤島」というのを改めて実感する。ミュナと同じぐらいの年齢の女の子の三人組が浴衣を着てたこ焼きを頬張っているのを見て、ミュナのことを思い出す。いや、性的な意味ではなく。あいつはずっと前からあの部屋で一人でいてお囃子の音だけを聞いていたのだろうか。
「……写真以外にも何か土産買って帰っか」
人出が増えてきたので自転車を降りて押しながら神社に向かった。
まずはきっちりと参拝する。子供の頃から両親に神社のお祭りや初詣では出店を覗くのは参拝してからと叩き込まれた習慣は今も抜けないし、抜く気もない。ちょうど財布に五円玉が入っていたので賽銭箱に投げ込んで二礼二拍する。
(単位が無事取れますように)
(家族が元気でいますように)
(ミュナも楽しくやれますように)
心の中で祈って一礼して適当にその辺の社務所や狛犬の写真を撮ってミュナにメッセージを送る。
『こんな感じ。ちっちゃい神社にしては規模でかいわ』
『おみこしとかあるかな?』
『探してみる』
境内を回ってみたが、神輿庫はあるもののシャッターは全開で中は空っぽだった。参道から聞こえるお囃子の音と歓声を頼りにあちらこちらを回ってみる。
「わっしょい!わっしょい!!」
「お、いたいた」
出店の間をゆっくりとお神輿が上下に揺れながら進み、後に山車が続いていた。山車は子供たちが乗っていて笛や太鼓を叩いている。法被姿が幼いながらに勇ましい。勝手に写真を撮って大丈夫かと不安だったが、割とあちらこちらでスマホを向けている人が居たので俺もこっそり紛れてお神輿と山車の写真を撮らせてもらってミュナに送る。関係者なのかリテラシーがガバガバなのかは定かではない。
『お神輿と山車見つけた』
『えっと、なにそれ』
『おみこしとだし、だ。引っ張ってる方がだし(山車)な』
『ほえー、ものしりー』
『適当に回ったら帰るから』
『はいはーい』
自転車を回収して押しながら何を買って帰ろうかとぶらぶら見て回る。スーパーとは別方向に来てしまった上に今から引き返しても閉店してしまっている時間なのでついでに俺の夕飯になるものも欲しい。だが、いざそうなってくると貧乏性がむくむくと頭をもたげてきだした。
たこ焼き。冷凍食品でも十分美味いし安い。大学の近くにもう少し安い店もある、パス。
焼きそば。食べたかったら自分で作るかなんならカップ焼きそばで良い。パス。
綿菓子。袋はでかくて高い。一本で買っても持って帰るうちに萎む。パス。
じゃがバター。じゃがいもが昨日スーパーで一個三十八円、三個で九十八円だった。パス。
唐揚げ。コンビニで揚げたてが買えるのに一カップ五百円出す気はない。パス。
もちもちポテト。見たことがないしちょっと惹かれたけど七百円は強気すぎる。悩んだけどパス。
金魚すくい。食べ物ですらないしそもそも居候はこれ以上増えなくていい。
あれでもないこれでもないと参道を彷徨う。ふと、見慣れない屋台が目についた。褐色肌の日本人には見えない店員が片言で呼び込みをしている。
「イラシャーイ。オイシイヨー」
「これなんすか」
「ケバブデスヨー。トルコリョウリヨー。コノパン、ピタイイマスネ。コレニオニクトサラダハサンデタベマスネ。ゴヒャクエンデオニクモオヤサイモイッパイイッパイデスゾー」
初めて見る食べ物に、店員の軽妙かつ愉快な喋り方も相まってがぜん興味が湧いてきた。
「えっと、持って帰って家で食べたいんすけど」
「フクロイレルカラダイジョブネ」
「あ、じゃあ一つください」
「シバシマタレヨー」
とりあえず俺の主食は確保できた。店員が肉塊をナイフで削いでいるのを眺めつつ、周囲を見回すと隣の屋台がりんご飴の屋台だと気づいた。一番安いいちご飴が一本二百円だった。
「すんません、飴って持って帰れます?」
「んあ?飴んとこにフィルムかけて縛るぐらいしかできんけど」
「そんでいいです。隣の屋台で手提げ貰うんでいちご飴一本下さい」
「ここで食わんのけ?」
「風邪ひいて家出れない妹に土産で持って帰るんで」
最近はミュナ関連の言い訳がすらすらと出るようになってきてしまった。地獄に落ちたら間違いなく舌を引っこ抜かれるだろう。
「偉いっ!みかん飴もおまけしといたる」
「わ、そんな、すんません」
「ソース、ヨーグルトガカラクナイカラソッチノホウガヨサゲネ。オニクチョトオマケシトイタヨ」
横からケバブ屋も割り込んできた。話を聞いていたらしい。ここまでしてもらうと心苦しくはあるが、ミュナが家から出られないのは事実なのでこれぐらいは許してもらいたい。ケバブの袋に飴を入れて、なるべく揺らさないように安全運転で家へと向かった。
「ただいま、お土産あるぞ」
「おかえりなさーい」
家に帰るとミュナがタブレット片手に駆け寄ってきた。据え置きゲームの方は最近お休みのようだ。音漏れが怖いのでそれで良いと思っている。
「お祭りどうだった?」
「割と賑わってたぞ。地元の人が多かったんじゃないかな」
「写真ありがとうね。初めて毎年聞いてた笛の音の正体がわかったもん」
家の前の道はお祭りの範囲から少し逸れていて山車もお神輿もここまで来ないのだろう。ミュナは毎年音だけを聞いてお祭りに思いを馳せていたのだろうか。
「お土産ってなになに?スーパーボールとか?」
「いや、飴と……なんだっけな、ケバブ?」
「わっ、すっごい」
ミュナは特に飴の方に目を輝かせている。
「家出れない妹が居るって言ったらおまけして貰ったから遠慮せずに食べてくれ」
「妹、妹ねえー……えへへー」
ミュナは照れたような表情を浮かべてみかん飴に手を伸ばす。
「妹かぁー。でも、妹にあれこれしちゃってるお兄ちゃんはエッチでダメなお兄ちゃんだね♪」
「う、うるせえよ」
最近はミュナに誘われたら割とあっさり陥落してしまっている身としては耳が痛かった。
「ん-、あまーい」
ミュナはみかん飴を舐めずにぼりぼりと齧る。これ見よがしに舐めしゃぶられるよりは下半身には良いので敢えて言及せずに持ち重りのするケバブを手に取って端っこを齧る。少しぱさついたパンの感触と複雑な味のソースで味付けられた肉と玉ねぎの歯ごたえと風味が渾然一体となってなかなかうまい。値段はまあまあ張ったが、お祭りの屋台の中でなら安い方だろう。
「甘いもん食ってるとこ悪いけど、ミュナも食ってみ。こっちも肉おまけして貰ったんだからちょっとはな」
ミュナにケバブを差し出す。ミュナは今日は素直に端っこに齧りついた。
「むぐむぐ……あ、これ美味しい」
「俺もけっこう好きだわ」
中身がこぼれそうになるのをなんとか抑えながらも二人で交互にケバブを食べ進んでいく。
「今日は普通に食べるのな」
「えー、普通じゃない食べ方ってなにー?具体的にはー?」
ミュナの表情がサキュバスのものになる。
「ねえねえ、具体的にはどんな食べ方ですかなー?」
「こないだのクレープみたいな……口移しと言うか……」
「して欲しいの?」
悪戯っぽくぺろりと口元を舌で舐める表情にどきりとして唾を飲む。
「お肉とかお野菜だと硬いからたぶんあんまりきもちくないよ」
「……それもそうか」
一転、真面目な顔になったミュナに冷静に返された。正論であった。
「いちご飴も飴があるから危ないよね。我慢してね、お兄ちゃん」
「うん、別にやりたいわけじゃないからな」
「ほんとかなー?」
くすくすと忍び笑いとともにまた妖艶な表情を覗かせるミュナ。よくもここまで表情がころころ変わるものだ。
「ご馳走様。お兄ちゃん、これしか買ってきてないんでしょ。あと全部食べていーよ」
「買い置きのカップ麺でも足すから気に入ったんなら食べていいんだぞ」
「ん-、じゃあ貰おうかな」
「そうしろそうしろ」
笑顔でケバブにかぶりつくミュナを眺めながら電気ケトルに水を入れる。ミュナは別に食べなくても支障はないらしいので貰ってしまっても良いのだが、ああも美味しそうに食べられたらこっちとしても食べさせ甲斐があるのでついつい譲ってしまった。適当な嘘に騙されて肉を増量してくれた店員も冥利に尽きるだろう。
「うん、美味しかった!ありがとうお兄ちゃん!」
「良かった良かった。ミュナ、ちょっとこっち来い」
「?」
ケバブを完食したミュナを手招きする。その口元はヨーグルトソースでべたべたになっていた。
「動くなよ、口元拭くから」
「お兄ちゃんが舐め取ってくれたら綺麗になるし気持ちいいし一石二鳥だよ?」
「しません」
「むー」
膨れて抗議するミュナをスルーして口元をティッシュで拭ってカップ麺にお湯を入れる。最近のカップ麺は調味油を蓋の上で温めないといけないなど落とし穴が仕込まれていて油断ならないのでミュナを放ってしっかりと作り方を読み込む。
「ほれ、俺はカップ麺食ってるからいちご飴でも食ってタブレットで遊んでな」
「はーい」
不承不承といった顔をしてミュナは俺から離れいちご飴を口にする。一つ口に入れるやいなやその表情は笑顔に変わった。
「あまーい!美味しいー!」
「おう、良かった。楽しんでくれ」
カップ麺を完成させて啜る。予定していたよりも出費はあったが、ミュナが楽しんでくれたのであればまあ良かったと言える。ケバブはもう一度じっくり食べたいのでまたどこかで出店してくれないかな、などと思いつつスープを残して麺を完食。スープを飲み干すのは憚られたので流し台に捨てに行く。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「ん?」
スープを捨てているところにミュナが後ろから裾を引っ張ってくる。カップを洗ってから振り向くとミュナがいちご飴を手にしていた。
「まだ食べてなかったのか?」
「ん」
いちご飴は小ぶりのいちごが三個纏めて串に刺さっていた。ミュナが持っている串にはいちごが二個刺さっている。一個しかまだ食べていないようだ。ミュナは、残ったいちごの一つを咥えて引っ張って串から外す。そして、唇にいちごを咥えたまま俺に向かって目をつぶって背伸びをした。
「えっと、食えってこと?」
「ん」
ミュナは肯定を示すかのように一際大きく背伸びをした。仕方がないので唇を寄せていちご飴を受け取った。飴の甘味が舌に広がる。ミュナの舌がぺろりと俺の唇をなぞって背筋がぞわりとする。
「美味しい?」
「お、おう。うまいぞ」
いちごを噛むとぱりぱりとした感触に遅れていちごの甘味と瑞々しさが口の中に広がる。りんご飴も迫力があって良いが、食べやすさで言えばやはりいちご飴に軍配を上げざるをえない。
「よかった。お兄ちゃんと一緒に食べたかったから今まで食べずにいたんだ」
「そっか」
食事が必須でない彼女からすれば、一緒に食べたという思い出が何より大事なのだろう。そういえば前にもそんなことを言っていたと思い出した。
「ミュナ、お兄ちゃんが見せてくれたお祭りの景色も、この味も忘れないからね」
「おう……」
俺以外には認識されず、外にも出られない。そんなミュナは今までどれほどの期間をこの部屋で一人で過ごしていたのだろうか。
「じゃ、お兄ちゃん。最後の一個はお兄ちゃんが食べさせて欲しいな」
「えっ!?」
感傷はミュナの突然の発言で中断された。ミュナは串を俺に突き出してさっき自分がしてみせたように俺に口移しでいちご飴を渡せと乞う。恥ずかしくはあったが、かつてのミュナのことを考えてしまった俺は断れず、いちご飴を引き抜いて口に咥えてミュナに向き合った。
「いっただきまーす!ん……ちゅ……」
ミュナの唇が近づいてきていちご飴を奪いながら舌が伸びて俺の口内に侵入する。長い舌が俺の舌に絡みつき啜り上げる。
「ぷあっ!お兄ちゃん、ニンニクくさいー!カップ麺何食べたのー!?」
「えっと、ニンニク背脂マシマシ麺……」
「やだー!もー!」
涙目でミュナは俺を睨みつける。最後の一個が台無しになったミュナからしたらたまったものではないだろう。流石に罪悪感が湧いてきたので慌てて家を出て自転車を神社へと走らせる。
店じまいをしかけていたりんご飴屋の大将に、妹がいちご飴を落としたからもう一個買いに来たと嘘をつくと今度はぶどう飴をおまけにいただき、ケバブ屋の店員からは店の名刺をいただいた。
店は割と近くで、気が向けばケバブを買いに行ける距離だったのは収穫ではあった。
帰ってからミュナに飴を最初から串から外した状態で半分こされた。少しショックだった。
コロナ禍でお祭り界隈も大変だそうで屋台とかも削減されててどうにも寂しいので屋台に思いを馳せながら書いていたらエロに繋がりませんでした。
一応、この先やることはプロットはできていますので早めにエロシーンも入れて前後編完結させたいです。
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